痛みというものは。
あれから、どのくらい経ったのだろう?
俺はゆっくり目を開けたが、辺りは本当に目を開けているのか分からなくなるほどの暗さだった。ただ、分かったの事はどうやら俺は、足枷と手錠をかけられているようだ。
「誰かいねーのかよ! 」
叫んでみても、何も聞こえてこない。
一応犯人は分かっている。あのゴールドの瞳をしている人だろう。
数分して、不気味な音ともにコツコツとハイヒールの歩く音がしてきた。その音は、だんだんと俺に近づいてきている。
「あら、起きましたか? 」
顔は見えなくても、声であの女性だと分かった。
「おい、これはどういうことだ? 」
「あなたが知りたいと、仰ったからですよ。 ……さあ、あなたのお望み通り教えて差し上げましょう」
その瞬間、強烈な痛みが走った。
「痛いですか? 」
「っ……! お、まえ……何したんだ」
「お腹を少しだけ、ナイフで刺しました。あ、別に死にはしませんよ」
痛い、とにかく痛い。
どれくらいの傷か暗すぎて分からない。そしてこの暗さが、次に何をされるか分からない恐怖を俺に与えた。
「さて問題です。 なぜ、あなたは痛いのでしょうか? 」
「は……? それは、生きているからだろう」
「フフッ、そうですね」
彼女は不気味に笑い、ナイフで俺の頬を撫でた。
生温かい液体が頬に伝う。きっと、俺の血だろう。
「でも、本当は痛みなんて感じないのでしょう? 三咲 奏斗君」
「うっ‼︎ 」
彼女は俺の頬や腕などをナイフで切った。
きっと深い傷ではないだろう。さっきの腹の痛みと比べれば、断然痛くない。
「あなたは痛みを感じたいだけなのでしょう? 」
彼女のその言葉で、俺の心臓は一気に跳ね上がった。
いやいや、何言ってんだ。痛みを感じたいなんて、そんな発言をするのはドMな奴だけだろう。
「痛み、感じますか? 」
「感じる……痛みを感じるよ」
「あら、可笑しいですね。痛みというのは、あなたには分からないはずなのに」
「ど、どういう……ことだよ? 」
冷や汗が頬に滴り落ちる。
「無痛症とでも言えばいいのでしょうか。 あなたは元々、痛みなんて感じない。けれど、今あなたは痛みを感じている。さて、どうしてでしょう? 」
彼女は語りかけるように話す。
元々、俺は痛みなんて感じない。
いやいや俺は、この17年間怪我などして痛みを感じなかったことなんてなかった。
「昔”痛み”というのを、見たことはありますか? 」
見たことが……ある?
思い出そうとしたが、全く思い出せない。というか、そもそも俺はそのような体験をしたのか?
「あらあら、お客様が来てしまったわ」
「お客様? 」
暗くて何がいるのか分からない。
「奏斗を返してよ、お婆さん」
この声はスイ?
「まだ私は、三咲君と話しているの。邪魔者は……いや、元々嫌な存在だったから今ここで、殺してもいいかもね」
「っ……‼︎ 奏斗、逃げて! 」
「い、いや。足枷と手錠かけられているから、逃げられねーよ‼︎ 」
という言葉をした瞬間、俺の腹に二度目の激痛が走った。
いやー、最近ついていない気がする。女の子に突き飛ばされるし、ブラコンな姉に付きまとわれるし。
彼女は出来ないし、デートだってした事がなかったな。
3年前にいた彼女とは、デートをする約束をした日の前日に彼女の浮気が発覚。問い詰めたら、最後に”三咲といても楽しくなかったの。一緒にいても時間の無駄”と言われ、彼女とは別れた。
あぁ、せめて恋愛という甘い体験をしたーー
「っ……⁉︎ 」
そう思って目をつぶろうとした時、唇に何かが触れた。
それと同時に、光が差し込み俺の目の前には綺麗な水色の髪の子がいた。
「奏斗、痛くない? 」
切られたとこを見たが、傷なんてものはなかった。もちろん、痛みも。
「えっ……あ、うん。って、今何したんだよ⁉︎ 」
スイは俺から離れ、顔を少し赤らめさせた。
「秘密だよ」
口元に人差し指を立て、スイはにっこり微笑んだ。
ふと、辺りを見渡すと彼女はいなかった。あのゴールドの瞳を持った彼女。スイに聞こうと思ったが、雰囲気的に聞けなかった。
スイは光が差し込む窓を、じっと見つめていた。
なぜか俺は不安になった。この光にスイが吸い込まれそうで、消えてしまいそうで。
「スイ……」
「何、奏斗」
声をかけないと、どこかへ消えてしまいそうな気がした。
そんなわけないけど、俺は声をかけずにはいられなかった。
初めて会った時に感じた、儚げさ。
あの時と同じだ。
「いや、何でもない。出ようか、ここから」
「うん。その前に、手錠と足枷を外さないとね」
「あぁ、そうだね」
「じゃあ、どうしよっか?」
へっ?
どうしよっかって、どういうことだ?
「え、スイ。鍵とか持ってないの? 」
「持ってないよ」
当然のように答えるスイ。
「嘘だろう……。俺はてっきり、スイが鍵を使って外してくれて脱出! っていうことになるかと思ってたよ」
これはヤバイ。
俺は一生、この牢獄の中で暮らすことになるかもしれない展開じゃないか。
勘弁してくれよ……。




