家にいた彼女は。
俺は2時間目まで睡眠をとった。
別に具合が悪かったわけでもなく、むしろ1時間目から出席できたが具合がまだ悪いという口実を手に入れた俺は、保健室で十分な睡眠をとった。
さすがに午前の授業を出席しないのは、まずいと思い仕方がなく3時間目から出席することにした。
俺は慎重に教室のドアを開けた。
また痛い目にあうのは、もうごめんだ。
「お、三咲じゃん。もう、大丈夫なのか? 」
「あぁ、大丈夫だよ」
最初に話しかけてきたのは、高校1年の頃に仲良くなった浦野 裕二だった。浦野は、いつも明るく話し上手で周りに冗談を言って笑わせてくれる奴だ。
俺とは正反対。俺はどっちかと言うと、口下手で冗談というのが苦手だ。
「てか、お前も災難だったな。春川に突き飛ばされた奴の下敷きになるなんてさ」
「本当だよ」
まぁ、そこまで痛くなかったけど本当に災難だったな。
俺は憂鬱な授業を受け、放課後を迎えた。
帰る支度をし、俺は1番に教室を出た。
特に用事があるわけでもない。ただ、早く学校を出なければならなかった。
なぜって?
……それは、姉ちゃんから逃げるため。姉ちゃんに会ったら、”一緒に帰ろう”と言われてしまう。一緒に帰ったら、また今朝みたいに周りから冷たい視線が注がれる。それは絶対嫌だ。
無事に姉ちゃんに会わずにすみ、俺は家の前にいた。
カバンから鍵を出し、鍵穴に鍵を差し込み右に回した時、俺は気付いた。
「あれ……開いてる」
朝鍵をかけたはずのドアが、なぜか開いていた。
しっかり閉めたはずなんだが……。
恐る恐る、俺はドアノブに手を伸ばしゆっくり開けた。
足音を立てずに歩き、ゆっくりとリビングのドアを開け、わずかな隙間から中を覗いた。
「誰も……いない」
もしかしたら、俺の勘違いだったかもしれない。
そうだ。そうに違いない。俺はいつも通りに部屋に入った。
そしていつも通りに、ソファーにカバンを置こうとした時俺は気付いた。
「えっ? 」
ソファーには気持ち良さそうに眠る、女の子がいた。
南国の透きとおった海のような髪。
華奢なからだつき。
夕日に照らされた彼女は、放っておいたら消えてしまいそうな儚げな雰囲気があった。
「て、見惚れている場合じゃないよな。この子……誰だ? 」
立ち尽くしていると、彼女の目が合った。
「アンタ、誰? 」
「いやいや、それはこっちのセリフだよ。ここ俺の家なんだけど」
「だから、アンタ誰? 」
彼女は顔を右に傾けた。
その仕草に、俺はキュンとしてしまった。
「三咲 奏斗。君は? 」
「……」
「君の名前は? 」
「……」
彼女は無言。
そして突然立ち上がり、ベランダに出た。オレンジ色に染まった空を見上げながら、彼女は言った。
「名前はないの」
か細い声。
彼女のその姿は儚げで、消えてしまいそうで思わず手を伸ばしてしまった。
「だから奏斗。名前を決めて」
「……はっ⁉︎ ちょっと待てよ。俺なんかが決めちゃっていいのかよ」
「今さっき”決めて”って言ったじゃん。奏斗、話聞いてた? 」
「聞いてたよ……」
けれど、今日初めて会った俺が彼女の名前を決めるなんて可笑しいだろう。
ていうか、無理だ。責任重大すぎないか。
「なら、決めてよ奏斗」
彼女はいつの間にか俺のすぐ側にいた。
「わ、わかったから離れろよ」
「わかった」
彼女ゆっくり離れ、ソファーに座った。
名前……どうしよう。
俺はセンスがいいわけじゃない。どちらかと言うと、悪い。
キヨコ? アキエ? それともノゾミ?
どれも俺の知り合いの名前だ。
ふと彼女を見ると、彼女は空を見つめていた。
水色の髪がなびくーー
「水色の……髪……」
「奏斗? 」
あぁ、決めた。
彼女の特徴的な水色の髪。
「よし、決めた。お前はスイだ」
「スイ? 」
「あぁ。気に入ったか? 」
「スイ……か。ありがとう、奏斗」
スイのひまわりのような笑顔は、さっきまで感じていた儚げさは全く感じられない。
「別に……。ていうか、スイは何で俺の家にいるんだ? 」
「奏斗は知らなくていい」
「何でだよ」
スイはまた、ベランダの方に向かいそしてクルッと俺の方に向き直した。
「奏斗、お腹が空いた」
さっきから少し思ってたけど、スイって少しマイペースだよな。
夕方5時半。
この時をもってスイとの同居生活が始まった。




