神的少女
大変遅くなりました。すいません。
俺は夢見ていた。
いつか、美少女が降ってきてハーレムを築いたりだとか、異世界に転生してチートみたいな能力を授かって無双したり。
でも、そんなものは所詮想像の中の世界だ。アニメの、漫画の、小説の中の世界だ。現実はそんなに甘くない。
「ブルアアアッ!」
今、俺の目の前で唸り声を上げているこのイノシシ型のモンスターも、想像の中の俺ならいとも簡単に倒していただろう。
「あ‥‥‥あ」
でも、体が動かない。武器が重い。
呼吸ができない。これが、現実。
こんなちっぽけな相手に俺は武器を振る事すら出来ない。
「ブルアッ!」
イノシシ型のモンスターが俺に向かって突進してくる。
俺はまた、また何もできないのか。
いじめられている女子を1人助ける事もできない‥‥‥。無力なまま‥‥‥。
終わった‥‥‥と思った。そのとき、
一閃。眩い程の赤黒い光が目の前を薙いだ。空気を斬る、というものを初めて体感した。
イノシシ型のモンスターは消滅し、それを倒した男は手に持った大剣を芝生にさし、「よし、問題無いな」と呟いた。
「大丈夫か?」
俺と同じ位の年なのだろう。しかし、どこか達観したところがある様で年は上に見える。
その男はふっ、と俺から目線を外し、後ろを見た。
「まあこんなところだ。まずは一発、かましてやれ。怖くなったら全力で逃げろ。イノシシといっても足はそこまで速くない。心配なら方向を変えながら走った方がいい」
「‥‥‥分かった。やってみる」
その男の後ろにいたのは金髪の少女だった。その髪は染められている様なものではなく、何にも変えがたい美しいものだった。
記憶にあるその髪と、全く変わってはいなかった。
「ア、アリスか‥‥‥?」
「‥‥‥蓮?」
「あ、ああ。そうだ‥‥‥久しぶりだな」
髪は変わってはいなかったが、顔つきは変わっていた。少し大人っぽくなり、その美貌がなおさら引き立っていた。
「うん、久しぶり」
「アリス、知り合いか?」
それより、この男は誰なんだ‥‥‥?という俺の思いは余所に、アリスはその男を見て頷いた。
「うん。昔の友達」
「おお。そうか、高坂咲人、高2だ。よろしく」
「ああ‥‥‥よろしく。真田蓮だ。俺も、高2」
やはり、どこか違う。こいつが俺と同い年だと‥‥‥?いや、顔はどちらかというと幼いのだが、やはりどこか達観した様に見える。
その男の顔を見ていると、横にいたアリスが首を傾げた。
「蓮も、レベル上げ?」
「‥‥‥まあ、そんなところ。それより、アリス、その頬の‥‥‥」
アリスには顔に傷があった。赤く腫れ、見るからに痛そうなものが。それは素人目にも自然にできたものではないという事はすぐに分かっていた。
「あ‥‥‥気にしないで」
アリスは頬の腫れを手で隠しながら言った。
「でも、そういう訳には」
「‥‥‥真田、ちょっと話がある。一度街へ戻ろう」
「でも‥‥‥いや、わ、分かった」
一度はそのまま聞こうと思ったのだが、高坂咲人の顔を見ると、何故かビビってしまう。
「高坂‥‥‥あ、あの」
「分かってる。というより‥‥‥こうせざるを得ない、かな」
「‥‥‥?」
アリスは高坂咲人のその言葉に首を傾げた。
これは今から一時間ほど遡ったときのことだ。
「ふう‥‥‥ここまで来れば、大丈夫だろう」
公園から少し離れ、大きな噴水の近くにある2つのベンチに、まだ気絶している神谷と仁科の2人を寝かせた。髪の短い方が神谷、巻いている方が仁科らしい。
正直、抱えるのもスキンシップの内に入ってしまうので遠慮したかったが、あの音には耐えがたかった。
「大丈夫って、何が?」
アリスは僕の後ろから怪訝そうに言った。
「あの声‥‥‥いや、音だ。この2人が倒れたのも、その音が原因だろう」
「‥‥‥でも、嫌な声じゃなかった。綺麗だった」
アリスはそう言う。
しかし、そもそもあれはそんなものではない。嫌だとか好きだとか、ましてや綺麗、だとかそんなレベルの話ではないのだ。
僕達の器が、あの音に耐えられないのだ。
「あいつが言ってた天敵って、一体‥‥‥。この音の事なのか‥‥‥?」
うーん、考えてもイマイチよく分からない。そもそも魔王の天敵とは何なのだろうか。現実の知識から普通に考えれば、勇者、だろうか。
「戦士はいても、勇者はいないよなぁ」
ボソッと口から漏れた言葉に、アリスが反応した。
「ゆうしゃ‥‥‥?」
「何でもないよ。さて、これからどうしようか。この2人をここに放置していくのも色んな意味で危険だし」
この2人も、アリスと比べると見劣りしてしまうが、とても整った顔をしている。こんなところに意識の無い2人を置いていけば良からぬ事になるのは目に見えている。
「うーん、かといって僕がこの2人を抱えて歩くと犯罪臭がすごいからな‥‥‥」
と、自分で言うが、もはや犯罪も何も無いのだ。ここは日本では無いのだから。法律も、決まりも、僕達には何も無い。
「じゃあ、簡単に食べられるのにする?」
アリスが首を傾げてそう言った。
「簡単にって?」
「あ、いた。あそこ。あの屋台みたいなの」
アリスが指さした先を見ると、屋台のような雰囲気のお店があった。
というか、見覚えがあった。
「あれ‥‥‥?なんでスルトに。ちょっと待ってて。買ってくるよ」
「え、あ‥‥‥うん」
僕はそう言って小走りにそのお店まで向かった。その店前に並べられたものを見ると、まだそこまでの時間は経っていないのに、とても懐かしく感じられた。
「‥‥‥いらっしゃい」
「あはは、やっぱりおじさんだ。山菜ドック2つ‥‥‥いや、4つで」
こんな事で少し嬉しくなった。この世界で奮闘していた高坂咲人と接したことがある人に会えたから。このおじさんが覚えていなくとも、僕は覚えている。それでいいんだ。と自分で納得した。
「20サンだ」
「はいはい」
今なら分かるが、1つ5サンって破格だなあと思ってしまう。いや、最初の頃は切り詰めてて大変だから丁度いいのかもしれないが、ある程度お金に余裕が出てくると、5サンでパン1つというのはとても安く感じてしまう。
「まいどあり」
「あの、
その言葉を背中に受け取り、幸せになっったのだが、目にしたもので急に冷めていった。
「ねえ、ちょっと付き合ってよ」
「マジ可愛いな」
「おい、俺が先に声かけたんだぞ」
「お?そこに寝てる2人も可愛いじゃん」
‥‥‥ほんの少し目を話すだけでこれである。4人の男たちがへらへら笑いながらアリスのいるベンチの付近を囲んで立っていた。が、そこまで派手な印象は受けない。髪も染めていないし格好もどちらかというとまともだ。
「ふう」
と、ため息にも似た一息ついてベンチまで歩き始めた。
と、そこで気付いた。自分の服装にだ。
今は、というよりずっとなのだが、ブラックシーズを着ている。魔王城に行った時もそうなのだが、魔王だから魔王らしい服装を、という決まりは無いのだろうか。気にした事すらなかった。
というより、魔王らしい仕事をした事も無い。何人かに顔は合わせたりしたが、僕にはまだほとんど紹介されてもいない。
「まあパーカーよりはいいか」
まだ強そうに見えるだろう。そう判断してまた歩みを進める。依然として男たちはアリスに詰め寄っている。
何が彼らをこう動かすのだろうか。
それはアリスが可愛いから。もちろん一番はそれなのだらう。しかし、もしも。もしもここが現実世界だったとしたら、彼らはアリスにこの様にしつこく言いよることができるのだろうか。
いや、もちろんできる奴もいるだろう。しかし、見るからに今アリスに言いよっている男4人は、現実世界ではそこまで目立たないグループに属しているイメージがある。まああくまで想像の域を超えないのだが。
「はいはい、ちょっとどいて」
頭の中でぶつぶつ考えていても仕方が無いので諦めてその男たちに後ろから声を掛けた。
「僕の友‥‥連れなんだ。悪いけど諦めてくれ」
おおっと、友達と言いかけそうになってしまった。危ない危ない。中1の時の「僕だけ友達だと思っていた事件」から学んだからな。
僕がそう言うと、男4人は僕の顔をジロッと見た。まるで僕がどのカーストに位置しているかを品定めするように。
「はあ?」
「お前にゃ釣り合わねーよ!」
「それな!」
「マジそれ〜」
‥‥‥前言撤回しようかな。相当たちが悪いみたいだ。あと、釣り合わないのは分かるが、それはてめぇらもだぞ。と言ってやりたい‥‥‥っ。
「しかも格好ださっ」
「それな!」
全身真っ黒の装備のブラックシーズシリーズは、どうしても目立ってしまう。のは分かるが、ダサいって‥‥‥。え?ダサいの?ダサいかもしれない。現実世界ではあまりおしゃれに気を使ったことが無かった為、よく分からない。
まあ装備は見た目もだが大事なのはその能力だ。いくら格好良かろうと、能力が低ければ何の意味もない。
「こ、高坂‥‥‥」
アリスがどうすればいいのか分からない様にこちらを見る。それに少し驚いた。
これだけ可愛いのだ。現実世界でもナンパなどは日常茶飯事だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
どうやって追い払おうか、と頭を悩ませていると、髪の短い、神谷がうっすらとまぶたを開けた。
「‥‥‥っ、眩し」
「お、目が覚めたか。大丈夫か?」
「は‥‥‥?何でこんなとこに」
まだ体が重いのか、神谷は寝たままこちらを見た。
「そうだ、意識を失う前の音を覚えてるか?」
「‥‥‥何の話?つーか、こいつら誰」
少し気だるそうに腕を目の上に乗せ、周りをチラリと見た。
「さあ‥‥‥?僕にもよく分からない」
「何それ、意味わかんないし」
チッ、と舌打ちしながら神谷はため息をついた。アリスと僕の会話に入ってきた時とは大違いである。まあ、あの変にキャピキャピした声はあまり好きじゃ無いのでそれはいいとしよう。というよりこれが素なのだろう。
すると、それを見た男子達はお互いにアイコンタクトを交わした。
「‥‥‥じゃあ、そっちの2人はいらないからさ。金髪の子だけちょーだいよ」
「そうだなー。それでいいよ」
分かるぞ、お前らの考えが手に取るように分かる!‥‥‥恐らく、神谷の性格を勘違いしていたのだろう。アリスに声をかけると、思ったよりも大人しく、これはいける!と踏んだ時に、一緒にいる神谷達に気がついたのだ。「大人しい子の友人」という勝手な構図が頭の中でできてしまい、神谷達を大人しい性格だと錯覚していたのだろう。
「‥‥‥なあ、お前らって現実世界ではどんな奴らだった?」
僕は空を見た。太陽(なのかは分からないが)はイラつくほど光を放っていて、目を細めずにはいられなくなる。
これも、現実のものではない。作られたもの。そのはずなのだ。
「は?いきなり何言ってんだお前?」
「こんなナンパまがいの事、出来たか?」
男達は一瞬、ほんの一瞬だけヘラヘラした顔を強張らせたが、すぐに戻った。
「関係なくない?いいからどけって」
「大方、こっちの世界で上手く立ち回れてレベルが上がって、自信がついたんだろ?それで、女子達が頼ってくれていい思いができたんだろう」
「‥‥‥何言ってんだお前」
僕もそうだからだ。いや、僕は女子達にうつつを抜かす暇などないほどレベルを上げまくったりしたが、それでも現実では一生話す事のできないだろう人達と関わりを持てた。それは間違いなく、僕の自信へと繋がっている。
だから、彼らの事もおかしいとは思わない。むしろ正しいとすら思える。
同年代の女子に頼られるのは嬉しい。カッコいいと思ってくれるのも嬉しい。みんなの見る目が変わるのも嬉しい。
その通りだ。
「単純だよなぁ、男子って」
僕も少し、心の中ではいい気になっていたのかもしれない。現実ではない、この世界の高坂咲人なら、色んな人を助ける事ができるのではないか、と。
「もういいわお前。飽きたから」
そう言って眼鏡の男子がアリスの前に立った。
「俺達だったらいい思いさせてやれるぜ?なんせレベルが4だ。この辺りのモンスターに敵はいない」
ドヤ!といった風に髪をかきあげながら彼はそう言った。
アリスはオロオロした様子でこっちを見た。
「あ、おい。確かに4レベあれば基本は大丈夫だけど、群れには気をつけろよ。あとマップボスにも」
と、ゲームの頃の知識などを思い出し、そう言った。モンスターは群れで襲ってくると、安全マージンを取っていてもとても危険な状態になる事がある。特に、1人で戦う場合。スタンを持つ敵は要注意だ。
すると、キメ顔だった男子は、はぁとため息をつきこっちを見た。
「いい加減、マジでウザイんだけど。お前レベルいくつだ?ああ?!」
「いや、だからな。レベルに関係なくこれは知識として知っといた方が」
「その格好もなんだ?黒ずくめで。カッコいいと思ってんのか?」
そう、僕は今まで、ほぼこのブラックシーズで行動していた。魔王城でもだ。
もちろん、寝るときや休む時などは向こうの服に着替えていたが、ほとんどはこの服装で活動していた。
「格好良くは、無いかもな」
正直、このブラックシーズは装飾の類のものもなければデザインもくたびれていて、高校生から見れば格好良くは映らないだろう。でも。
「でも、イイだろ?」
「意味不明なんだけど‥‥‥」
ジロッと、横になっている神谷がこっちを見ながら言った。安心しろ。僕もよく分からん。
あと、お前もキャラがブレブレだぞ。少しは僕と会った時のテンションに戻れし。
「あー、分かった。分かった分かった。オーケー。もういいわ」
眼鏡の男子は空を見上げてこれ見よがしに深いため息をついた。わざとらしいため息は癖なのか、やけに癪にさわる。
ため息の後、眼鏡の男子は髪をかきあげながらゆっくりと言った。
「決闘って知ってるか?」
「え?そりゃ知ってるけど」
いきなり何を言い出すんだこいつは。と思ったが、僕は直ぐに察した。
「もしも、もしもだぞ。お前が勝ったら、その3人を連れて行くといい。でも、俺が勝ったら、その金髪の女子はこっちによこしな」
「ええ‥‥‥」
デュホークブレイドは今は魔王が捨ててしまったので無いが、それでも僕のレベルは13だ。あと、ほんの何ドットかで14になりそうなのだが‥‥‥。
決闘は、基本ステータスに依存する部分が多いため、施行する時には互いが同等のレベルでやる事が求められる。もちろん、レベルの違いすぎる相手とも出来るのだが‥‥‥。
「ま、待って。決闘って何?高坂が危ない事、する必要ないよ」
アリスは、彼女にしては大きな声で、そう言った。
「お前、高坂っていうのか。まあいいや。だったら、あんたが俺達と一緒に来ればいい。何、誓って嫌な思いはさせない」
眼鏡の男子がそう言うと、同調する様に周りの男子達も「そうそう」と頷いた。
「で、でも」
「決闘をした事はあるのか?」
アリスの言葉を遮る様に僕は言った。
「ああ、あるぜ。あん時は圧勝だったんだ。それもあんなヤンキーが痛い痛いって喚いててさ」
プッ、と吹き出した様に眼鏡の男子は顔を崩した。
「‥‥‥そっか」
経験はあるようだが、攻撃を受けた事は殆ど無いらしい。
「で、どうする?やってみるか?お前も痛い痛いって喚き散らすか?」
煽るように質問を重ねてくる眼鏡の男子は、心底楽しそうにしていた。そしてその周りの男子達も、決闘をしたところで彼の勝利を疑ってはいなかった。
「やめて、やめてよ。お願い。誰かが傷つくのはもう嫌なの‥‥‥。わ、私は好きにしていいから」
アリスが涙声で、眼鏡の男子の前に立ってそう言った。
そして。おい眼鏡。その好きにしていいから発言で前かがみになってるぞ変態。
「まあ、いっか。これだけの差があるなら何度でもなるでしょう」
ふう、と一息吐いて僕はボソッと呟いた。誰に向けた言葉でもなく、自分に言い聞かせる為に。
「あ?おい。なんか言ったか?」
眼鏡の男子がなんかほざいているか。
「アリス。大丈夫だ。僕に負ける要素は無い。問題は別にあるだけだ」
「高坂‥‥‥でも、でも」
アリスは僕の方を向いたが、その顔は下を向いていた。
アリスは昔、何があったのだろうか。
人には人の歴史があって今があるのだ。僕が彼女の今までに口を出すつもりは無い。それでも、今の僕にはその話も懐かしみを覚えてしまうだろう。
「‥‥‥アリス、今欲しい言葉は違うかな」
「おい、聞いてんのか?おい」
眼鏡は無視だ。
「ダメなの‥‥‥もう、私のせいで‥‥‥」
「単純な男子のくだらない喧嘩だよ。アリスは何の心配もしなくていい。どーんと構えてればいいって。あ、これ持ってて」
そう言って素早く取り出していたブツを渡す。
すると今度はプッとアリスが吹き出した。
渡したものはシーサイドで売っているよく分からない魚のキーホルダーだ。キーホルダーというには金具は雑な作りだが、とても面白い顔をしている。初見だと絶対に笑う。あの霧崎ですら顔が綻んだ。夏美に至っては30分くらいツボに入りっぱなしだった程だ。
「エールの言葉を、くれるかな?」
「‥‥‥が、頑張って?」
か、か、かわええ‥‥‥。眼福じゃあ〜。
「いい加減にしろよお前!シカトすんなや!」
くそ、もう少し目と耳のフィルムに収めて置きたかったのに‥‥‥。
「それじゃ、始めようか」




