男の翻弄
ベッドの上に座りながら、あの時のことを考える。
「好きな‥‥‥人って、何の話だ」
「‥‥‥まあいっか。時間はあるし!」
俺の問いに対する返事はこれだった。繋がっていない答えが、頭の中でぐるぐると回る。
惑わされるな。ここは敵地だ。
自分にそう言い聞かせ、ここからの脱出の方法を考える。
もう時間は0時を回っている。脱出をするのなら皆が寝静まった今だろう。そして、ここは奴の家だと思われる場所だ。が、問題なのはこの家のある位置だ。
部屋の窓を見るとそこには巨大な城、魔王城がある。
魔王城は地の果てにあると教えられた。少なくともあの女と出会った森から行ける様な距離では無いはずだ。
‥‥‥やはり、怪しいのはあのカード。
その結論に辿り着いた俺は、周りを見渡す。何か武器になる物は無いのか。と。
しかし、やはりこの部屋には何も無かった。あるのはテーブルと椅子、俺の座っているベッド。それに天井から吊るされている綺麗な石だけだ。吊るされた石は今は仄かなオレンジ色の光を灯している。
「あとは‥‥‥」
テーブルの上に置かれている石を見る。それはハートの形をしていて赤色がとても綺麗だ。
だが、これも武器にはならない。
そう思ったが、投げてぶつければ使えないこともないかと思い、ポケットの中へ石を入れた。
‥‥‥取り敢えず、この部屋から出よう。
そう考え、窓を開けようとするが、あの、レインという力なのかどうか分からないが、窓はピクリとも動かなかった。
「そうなると、やはりドアからか」
と思い、ドアのノブを回す。こっちはすんなりと開いた。
そこで、奴がトイレに行く時の為、開けとくね。と開けていたことを思い出した。
だが、俺はやはり、怖くなった。その理由は単純だ。
もしもだ。俺だったら、敵を捉えた時、拘束もせず、その部屋の鍵を開けておくことができるだろうか‥‥‥。
ーーできるわけがない。
今更、改めて思い知るその力の差に、どうしても怖くなる。
「くそ‥‥‥」
足の震えを抑え、足音を立てない様に、ゆっくりと歩きだす。出口を探そう、そう考えた。辺りはとても暗く、所々に吊るされている石の光だけを頼りに進んでいった。
長い廊下を歩くと、明かりの灯っている部屋を見つけた。少しドアが開いており、仄かなオレンジ色の光が暗い廊下を照らしていた。
その時だ。
「ひっく‥‥‥っく」
誰かが、泣いている声が聞こえた。
確認せずにはいられず、恐る恐る、腰をかがめてこっそりと中を覗いた。
「リュージュ‥‥‥ごめんね‥‥ごめんね‥‥」
机につっぷしているせいで顔は見えないが、あの白銀の髪が、机の上に乱雑に乗っていた。
「ごめんね‥‥‥ごめんね」
ーー何なんだよ‥‥。何故お前が泣く。何故、俺の名前を呼ぶ。
そして何故、謝るんだ。
「何なんだよ」
自分が脱走しようといているのも忘れ、声に出してしまう。
ビクッとした様に、白銀の髪を持つ女はこっちを見た。
「あ‥‥‥リュージュ‥‥‥」
「お前は、何なんだよ。何が目的なんだよ。俺をどうしたいんだよ」
その光景に、思わず後ずさりしながらそう言った。
涙で濡れた瞳は周りを赤く腫らし、乱れた白銀の髪は頬にくっつき、ドレスの袖は涙で湿っていた。
俺に何を求める?‥‥‥何故、涙を流す。何故、何故!
「リュージュ‥‥‥あは。カッコ悪いとこ、見られちゃったなぁ」
そう言ってこいつは、えへへと笑う。顔は笑っていても、目は依然と涙を浮かべたままだ。少しの間が空いた。
そして
「‥‥‥ごめんね、リュージュ」
目に浮かんでいた涙は、その頬を伝い、ポタッと床に落ちた。それでも笑ったまま、また、そう言った。
「いい加減にしろ!」
耐えられなくなり、俺は壁に拳を叩きつけ、怒鳴ってしまう。
「何故、涙を流す!何故、俺なんだ!」
こうなってしまったら脱出どころでは無い。そんな事は分かっている。
「こんな物まで渡して、お前は何がしたい!」
ポケットから乱暴に取り出したそれは、依然と綺麗な赤色をしていた。
それを投げつけてやろうかと思ったが、その涙を流す姿を前にすると、そんな事は出来なかった。
こいつは敵なのに。ここは敵地なのに。それなのに、それどころではなくなってしまう自分がいる。
まだ1日ほどしか経っていない筈なのに、こいつは何回、俺をかき回せばいいのだろう。
「殺すなら、早く殺してくれ‥‥‥こんな格好、あいつに見られたく無い‥‥‥」
こんな事を言う自分が本当に情けない。俺は無力だ。そう、思い知らされる。
壁を殴りつけた右手は赤く腫れ、熱を持っているのが分かった。その手には、ハートの形をした赤い石が握られている。
「‥‥‥リュージュ、私ね、私」
こいつがそう言いかけた時、俺のすぐ後ろからとても落ち着いた声が聞こえた。
「お嬢様。落ち着いてください」
振り返ると、俺を気絶させた使用人がそこにいた。
「アーシャ‥‥‥」
「‥‥‥事は軽いだろうと思っていましたが、そうでも無いようですね」
「‥‥‥うん」
「どう、なさいますか?」
俺を置いて、2人は話し始めた。
「‥‥‥」
返事は無かった。が、決め兼ねているのか、ドレスの裾を握ったり離したりを繰り返している。
「私はーー」
と、こいつが、シュアナが言いかけた時だ。
「うべらっ!」
人が、俺のすぐ左側に降ってきた。
何もない空間から、である。
「うおお、痛い‥‥‥って、ここ、どこだ‥‥‥?」
その男は周りをキョロキョロと見渡し、そう言った。
「うっせ、お前の教え方が悪いんだろ!」
と、今度はいきなり1人で喋り始めた。それを見た使用人が敵対心を露わにし、とても早く身を構えた。
「誰だ貴様は!」
「あ、えーと、僕は高坂咲人と言いまして」
‥‥‥コウサカサクト‥‥‥?珍しい名前だな。
「どうやって結界を突破したかは分から無いが、覚悟なさいな」
と、使用人はその女性的な体に反して男勝りな言い方でそう言った。
「どうやって結界を突破したかは分から無いが、覚悟しなさいな」
どんな状況だこれ!なんでいきなり攻撃されそうな事になってるんだい。しかも泣いてる人もいるし‥‥‥。
「ちょっと待ってくださいって。敵じゃないです」
必死にアピールするも、
「生憎、私はコウサカサクトなる名の人物を1人も知らない」
さらりと、冷たくあしらわれた。
『おい、変わるぞ』
「え?ああ、そうか」
自分の内側から聞こえてきた声を聞き、ピンときた。ここは魔王が表に出た方が早いじゃないか、と。そしていつもの衝撃を感じ、僕は裏へと入った。
僕の声よりも若干低いその声は、自分が高貴な位にいる事を証明するかのように、余裕のある声だった。
「お前ら、俺だ」
「何を‥‥‥言っている?」
使用人は少し驚いたのか、益々強く睨みを送ってきた。
と、その睨みとは裏腹の、驚くような、それでもって恐怖と動揺が混じった声が、1人の女性から発された。
「ま‥‥‥まお、魔王、様‥‥‥?」
「おう、久しいな。シュアナ」
魔王のその言葉に、女性はとても素早く床に片膝を付き、頭を下げた。
そして、その女性の行動を見た、構えていた女性は、面白いように顔が真っ青になった。
「も、申し訳ありません!」
その女性も片膝を付き、頭を下げながらそう言った。
「いや、こっちこそ悪かったな。驚かせちまって。転生移動に失敗したみたいでよ」
その言葉に、涙を流していた女性が信じられ無いといった顔で魔王を見上げた。
「魔王様が転生移動で失敗、ですか?」
「〈俺〉じゃあ、無いんだけどな。まあ、それでも俺か」
そう言って魔王は苦笑した。
いや、お前の教え方が悪いんだよ。
にしても、魔王城に戻ろうと思ったら見知らぬところへと来てしまったけど、やはり魔王の管轄内だったか。
「魔王‥‥‥だと?」
と、今まで黙り込んでいた男が、そう言った。
「ん、お前は‥‥‥人間か。珍しいな」
人間だと?!なんでこんなところに‥‥‥って、僕も人の事は言えないか‥‥。
「貴様か‥‥‥貴様かぁ!」
男は今にも襲いかかってきそうな目をし、拳からは、強く握られすぎて血が滴り落ちている。
いや、何かを握っているのだろうか。何かを握りしめてるようだ。
「‥‥‥ほう、いいオーラをしてるな。色は赤か。人間にしては天才的な素質だ」
「貴様だけは‥‥‥死んでも、殺す!」
何がこの男をここまで動かすのか。
相手は魔王だと分かっていて、敵うはずの無い相手だと分かっているはずなのに。
その理由は、彼以外には知る由もなかった。




