分からぬ考え
「う‥‥‥ここ、は」
目を開けると、そこには見知らぬ天井があった。その天井はとても高い位置にあり、装飾された綺麗な石が幾つもつるされていた。
俺は、ベッドの上で寝ていたらしい。
そうか、俺は敵に捕まって‥‥‥。
「っ!」
体を起こすと、頭痛が襲ってきた。
一体何が起こったのか‥‥‥あの使用人の目を見た途端に‥‥‥。
と、考えていると、扉の開く音がした。
「あ、起きた?ごめんね、アーシャが勝手な事して」
入ってきたのは白銀の髪の女だった。服装が大胆な鎧からゆったりとしたドレス姿へと変わっていた。
「‥‥‥アーシャ?」
「そ。さっきの使用人の事ね。もう、レインを使う事無いのに‥‥‥」
女は、腰に手を当て軽く溜息をついた。
「そうだ‥‥‥そいつに何かされて‥‥‥」
「ああ、あの子は相手の色んな感覚とか五感を好き勝手できるレインを持ってるの」
そう言った後、「とんでもないよね」と笑った。
「レインって、何だ?」
その笑みを無視し、俺は気になることを聞いた。
「ん〜、説明が難しいな‥‥‥簡単に言うと〈力の結晶〉かな‥‥‥。捉え方は人それぞれなんだけど」
‥‥‥全く簡単に言えてないと思うのだが。理解ができない。
俺の顔を見て、理解できてないことを察したのか、女は顎に手を当てて何かを考え始めた
「えーとね、ちょっと待ってて」
そう言って女は、白銀の髪を揺らしながら部屋を出て行った。
少しすると、手に小さなナイフとゴツゴツとした石を持ってきた。
「普通じゃこのナイフで、ストーンを切ることなんてできないよね?」
そう言ってナイフと石を俺に手渡して確認させた。
ナイフは高級そうなものだが、切れ味は大したことはなさそうだ。石も、ナイフどころか剣であっても切れそうにない。色も茶色っぽくてどこか黒ずんでいる。
俺はそのナイフと石を女へ返した。
「見ててね」
女は石をベッドの近くにあるテーブルに置き、ナイフを右手で持った。女は一言も言葉を発さず、目を瞑った。
その整った顔も、綺麗な髪も、着ているドレスまでもが美しく見える。
いや、美しいのだ。誰が見てもそう思うだろう。
女は、すっとナイフを下ろした。そして石に接触。石はいとも簡単に、切断‥‥‥されなかった。
〈通り抜けた〉のだ。まるでそこには石なんて存在しないかのように。女はそっと目を開け、ゆっくりとナイフを石から引き抜いた。
「切れた、のか?」
そう問うと
「触ってみて?」
と返された。
石は変わらない姿でテーブルの上に存在し続けている。
恐る恐る、その石に手を伸ばした。
そして、俺の手が石へと当たった。が、石は元の姿のままで、特に変わった様子はない。
「切れて、ない‥‥‥?」
石を持ち上げ、色々触ってみるが、どこも切れてはいない。
「そ。切れてないよ。今は、ね」
その言葉の最後に女は笑った。俺の反応が予想通り、と言わんばかりに。
「‥‥‥どういう事だ?」
俺がそう言うと、女は笑顔のままナイフを持ち上げた。そのまま、何もない空間で、そのナイフを静かに下ろした。
「こういうこと」
その瞬間、バキッという異質な音が、俺の手の中から聞こえた。
石は切れてはいなかった。つまり、今、切れたのだ。
しかも、その石の形はゴツゴツとした石が単に二つに切れただけの物ではなかった。
「ハート‥‥‥」
その形は、立体的なハートの形をしていた。直径も随分と小さくなりおよそ3センチ弱程だろう。
「‥‥‥い、色、綺麗でしょ」
女は顔を赤らめ、そう言った。真っ赤になったその顔と白銀の髪が不思議な光景を生み出していた。
「そう、だな」
元の石の色からは考える事ができない様な真紅の色がハートの形となっていた。
「そ、それ、あげる」
まだ顔の赤い女は、少しぎこちなくそう言った。その顔を演技だとは考える事ができず、思ってしまう。
‥‥‥この女は、何を考えているのだろう、と。
「‥‥‥あんたは、何が目的なんだ。こんな事をして、俺をどうしたい」
そう言うと、女は赤らめた顔のまま、真っ直ぐ俺の目を見た。
「シュアナ・シーベル。私の名前。シュアナって呼んで」
「答えになってないぞ」
俺が言うと、シュアナ・シーベルという女は少しだけ下を向いた。
「‥‥‥好きな人に、プレゼントもあげちゃダメなの‥‥‥?」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
好きな、人?‥‥‥。
「‥‥‥ぶえっくし!」
男は体を震わせながらくしゃみをした。
「くそ‥‥‥誰か噂してやがんな?」
その赤い髪とあまり清潔には見えない服装で、男とすれ違う人は皆顔をしかめる。なにより、酒臭いのだ。




