意外と‥‥‥
光。目を開けていられないほどの光が生まれた。
その光は青暗くなった空間を照らした。なんとも神秘的な画が、空間に広がった。
およそ10秒近く照らし続けただろうか、その光が輝きを消すと、そこにあの蟻達の姿はどこにも無かった。
「はあ、はぁ、はぁ」
息が続かない、頭も回らない。何も考えることができない。いや、考えることは出来るのだがその答えが、分からない。
私の手にあるこの剣は何‥‥‥?分からない。装備しているこの鎧は‥‥‥?分からない。
それと、私は何かを聞いたような気もする。それと、私は誰かの名前を口にした‥‥‥?
分からない。分からない分からない。
「かえ、ろう」
ずるずると足を引きずりながら、フリスタスへと歩き始めた。
そこで、HPゲージは相変わらず残り1割しか残っていないことに気づき、回復薬を使い、HPは徐々に回復を始めた。
HPが一定量まで回復し、少しホッとした瞬間、装備されていた鎧と剣が青白い光の粒子となって消滅した。
その粒子は私の体に巻き付くように集まり、違う防具、武器の形に姿を変えた。あの、全身真っ黒の装備。
「ブラックシーズ‥‥‥」
私が、元に装備していたものだ。
右手には私が装備していた拳銃の〈レイジカル〉が握られていた。
「‥‥‥何なのかしら、全く‥‥‥」
ただ、助かった事に関しては本当に良かった。
ホルスターにレイジカルを戻し、また、フリスタスへと歩き始めた。
出せ!ここから出せよ!
何も無い空間。目に見えるのは闇。
きっと奴は今、目を閉じているんだろう。
くそ!人の体を使って好き勝手しやがって‥‥‥。
『出せっつってんだよ!このクソ魔王が!』
何も無い闇に、その叫び声が響き渡った。しかし、返事は何も無かった。
なんで、こうなったんだ。
確か、ジーラの薬草屋近くで何かを聞いた‥‥‥?その後意識が遠くなって‥‥‥そこからちょっとの間、記憶がない。
次に自分、高坂咲人の〈目〉が見たものは、魔王城だった。
最も、高坂咲人にはそれを見る事しか出来なかった。
自分の口が、体が、勝手に動くのだ。しかも、誰もが僕の事を魔王様と呼ぶでは無いか。
そこで確信した。今、自分が見ている景色や風景は、魔王の目で見ているものだと。だが、その魔王は、紛れもなく高坂咲人の姿をしている。
つまり
高坂咲人が、魔王。
その事実はもはや揺るぎないだろう。今、高坂咲人の体は魔王によって使われている状態だ。だが、僕の意識はこの闇にある。
どうにかして、魔王から体を取り返す事ができれば‥‥‥。
そこで、ふと気付いた。
クリアはどうなるのだろう、と。
僕達はこの世界の攻略、つまりはクリアの条件が分からず、一番可能性の高いと思われる〈魔王の討伐〉を目標にして戦ってきた。
しかし、その魔王は高坂咲人だ。
そうすると、どうなるのだろうか。高校生達は、沙羅は、椿は、夏美は、片桐は、桜庭さん達は、そして霧崎は、魔王である高坂咲人を討伐しに、つまりは殺しに来るのだろうか。最も、魔王が2人以上いる、となれば話は別だろうが。
ゲームの頃の魔王は、女アバターだったはずだ。それが何故‥‥‥。考えれば考えるだけ混乱してくる。
「ん、ああ」
高坂咲人の口が勝手に動く。魔王だ。
「っと、ちょっと寝ちまったのか」
寝ちまったのか、じゃねえよ!
「悪いな、リーニャ。帰ってきて早々‥‥‥それと、こんな姿になっちまって」
「いいんですよ。どんな姿になってもあなたはあなたですから」
僕の目の前にいるこの女性、綺麗な黒髪のロングヘアーで、柔らかい表情が特徴的なとても可愛い人だ。
『正直、僕の好みにどストライクだな‥‥‥魔王には勿体無い‥‥‥』
ボソッと言う声が闇に消えていった。
「そうか‥‥‥というか、お前こっちの別宅で暮らし始めたのか?魔王城に住んどきゃいいのに」
「あんな広い場所で1人だなんて淋しいですから‥‥‥それと使用人達にも気を使わせてしまうし」
「‥‥‥そうか。まあ、こうして俺も帰ってこれた訳だし、好きにしていいさ」
「ええ、ありがとう」
‥‥‥おそらく、この女性は魔王の妻だろう。とても、彼女はとても幸せそうな顔をする。魔王が帰ってきた事が嬉しいのだろう。
正直、意外だった。HPOの頃の魔王は女だったが、普通のファンタジーゲームや小説、漫画などの魔王は男のイメージが強い。勝手なイメージなのだが、女を侍らせ、自分の持つ権力を好き放題使う。そんなイメージがあった。
だが、この魔王は少し違った。
アケネという使用人にも怪我をしないように、と接したり、ランヌオ・セシスという高圧的だった者にも、最後には剣を直して返したり、魔王のイメージとは少し違った事をした。まあ、ランヌオ・セシスの剣を破壊したのも魔王本人だが。
正直、僕自身魔王に恨みは無い。
今まで魔王討伐を目標にしてきたが、それは魔王に恨みがあるからではなく、この世界をクリアして現実世界へと戻る為の手段として、だ。魔王本人への恨みは特に無い。
ただ、気に食わないのは、僕の体を利用し、尚且つそれが当たり前だと言わんばかりの態度が気にいらない。
魔王にも事情はあるのかもしれない。いや、あるから復活したのだろう。だが、そんな事、僕が知った事では無い訳だ。
くそ、僕の声を聞けよ!せめて声さえ聞こえていれば‥‥‥。
「もうこんな時間か。皆にも顔見せに行きたいから、もう行く」
魔王がそう言って立ち上がった。
「はい、いってらっしゃいあなた。私はしばらく、この家にいる事にしますよ」
そう言ってにっこりと笑うリーニャさん。彼女は本当に魔物なんだろうか。アケネさんもセシスそうだが、見た目は完全に人だ。
「分かった。あんま無理はするなよ」
「ふふっ、相変わらず心配性なんですから」
「うるせっつの。んじゃ行ってくる」
そう言って、ドアを開けた。
灰色の空が、魔物達の街の上で広がっていた。
この家に来るときにも見たがやはり、ほとんど変わらない。人の住む街と。
もちろん、人間に近い容姿を持つ者もいれば、尻尾や耳、角が生えている者、完全に魔物の容姿の者もいる。しかし、街の様子は全く変わらない。皆、普通に生活をしている。物を買って、食べて、寝て、働いて。本当に人と変わらないじゃないか。
「なあ」
口が動く。もちろん僕が動かした訳ではない。魔王がだ。
しかし、誰に向かって話しているのだろうか。周りには誰もいない。
「おめえだよ。何勝手に人の女を好みにしてんだコラ」
『‥‥‥おい、聞こえてんのか』
「あげくにゃ俺には勿体無いだと?随分とした言い草じゃねえか」
『聞こえてんのかって聞いてんだよ』
「おーおー、聞こえてるぜ。耳障りだから喋んな」
かっちーん‥‥‥。
『そう言われると尚更喋りたくなるわー!‥‥‥バーカ!』
くそ‥‥‥ボキャブラリーの少なさが悔やまれるな‥‥‥。
「いい加減にしとけよ。お前を俺の中から消し去る事なんて簡単に出来るんだぞ」
『それは嘘だな。そんな事が出来るならとっくにしているだろう。万が一出来るとしても、それは簡単に、ではないはずだ』
「‥‥‥ほー。中々頭キレるじゃねぇか。ま、大人しくしとけや」
『待て。僕を解放しろ。体を返せ」
そう言うと、魔王は黙った。少しの間が空いた後、こう続けた。
「まあ、少し待てって‥‥‥そうだな、見た方が早えか」
見る‥‥‥?何をだ ‥‥‥?
「ああ、酔うかもしれねえけど我慢しろよ」
そう、魔王が言った瞬間、世界がねじ曲がった。
元々乗り物酔いをしやすい僕は、一瞬で気持ちが悪くなった。
気持ちが悪くなったからなのか、変な感情が湧いてきた。
魔王か‥‥‥何か、意外と話しやすいな‥‥‥。
そう思ったが、
「随分ヤワなんだなぁ、ガキ」
‥‥‥やっぱりないな。
魔王のイメージが違った方、すみません!笑




