それから
遅くなりました。
「‥‥‥ん」
私は気がつくと何故かカフトの路地にいた。時間は0時を回っていた。
確かスルトへクエストの報告へ行った後‥‥‥ダメだ、思い出せない。すぐに帰ったならこんなに遅くもならないしこんな所へ寄ることもないというのに‥‥‥。
周りには服がはだけてほとんど裸のNPCの女性とガマガエルの様な顔をした男子が眠っていた。
「どういう、状況よ‥‥‥」
はぁ、とため息をついたが、それで解決するわけではない。
「あの、大丈夫ですか」
ほとんど裸だった女性に声をかける。
「あ‥‥‥」
女性はうっすらと目を開けた。
「こ、ここは‥‥‥?」
「すいません。私にも分からなくて‥‥‥。そこの男子とはお知り合いですか?」
倒れている男子を目線で教えながら言う。
「いえ‥‥‥違うと思います‥‥‥な、なんで私はこんな格好を‥‥‥」
かあっと頬を染めてしゃがみこんだ。
「そうですか‥‥‥ねえ、あなた」
男子の肩を揺らしながら声を掛けるも、目は覚まさなかった。完全に眠っているようだ。
「街の中だし、大丈夫よね‥‥‥」
そう判断したものの、正しいのかどうかわからない。
頭が痛い。何かとても重要な事を忘れている様な‥‥‥。
「あの、わたし、帰ってもいいですか‥‥‥?」
女性が恐る恐る聞いてきた。
「ええ‥‥‥家は分かりますか?」
「あ、はい。それでは‥‥‥」
少しふらふらとしながら立ち上がり、ぺこりと頭を下げ、立ち去って行った。
私も、戻ろう。
この男をどうするか考えたが、このままにしといても大丈夫と判断した。スルトほど物騒ではないし、目を覚まさないことには何も出来ない。
なぜか、ここにいたのが私とNPCの女性、この男の3人以外にも誰かいた気がするけれど‥‥‥。
「‥‥‥気のせいね」
今はとにかくレイクヘッドに戻ろう。
なんか久しぶりな気がすんなぁ‥‥‥。
魔王城を目の前にしてそう思った。
「おーい、戻ったぞー」
重い重い扉を開け放ち言った。しかし、帰ってくる返事はなかった。
「あー、みんな外出てるか」
参ったな‥‥‥俺も中に入るか。
魔王城の奥に、入り口と同じほどの大きさのとても大きな扉がある。
「やっぱセンスねぇな‥‥‥」
その扉の横に肖像画が幾つも掛かっていた。
そこには歴代の魔王の顔が描かれていた。そこには勿論自分の分もある。
「こんな厳つくないっての‥‥‥」
はあ、とため息をつきながらその扉に刻まれている無数の刻印の一部をゆっくりとなぞった。
扉はガガガ、とゆっくりと開き始めた。相変わらず開くの遅いなと思った時、後ろの方でガチャン、と何かを落とした音がした。
「ま‥‥‥魔王、様‥‥‥?」
「え?おお、ご苦労さん」
黒いメイド服とでもいうのか、使用人の女性がいた。足元にはお盆と割れたティーカップが落ちている。お茶らしきものがカーペットにしみていった。
というより、この人間の格好でよく魔王だって分かったな‥‥‥。
「も、申し訳ありません!」
使用人は顔を青く染め、震えながらしゃがみ、割れたティーカップの破片に触ろうとした。
「ちょっと待て」
その手を俺は掴んだ。
「お、お許しください‥‥‥」
目をギュッとつぶり、この世の終わりだ、という顔をした使用人に罪悪感を感じた。なんかしたっけ俺‥‥‥。
「手ぇ怪我したらダメだろ。俺が片付けるから新しい茶、持ってきてくれる?」
そう言うとそこにはポカンとした使用人の顔があった。
にしても使用人の着ている服、露出多すぎるだろ‥‥‥。なんでへそが出てんだよ。見てるだけで寒い。
「魔王、様‥‥‥?」
「どうした?えーと名前は‥‥‥」
魔王城にはとてつもない人数が働いているため一人一人の顔を覚えていられない。
「あ、あ、アネケ、です」
緊張を隠せないのか途切れ途切れに言う。その顔はもうどんな感情が渦巻いているのか分からないほど混乱しているようだ。
「アケネか。アケネ、何をそんなに怯える?」
「ま、魔王様はとても厳格でお厳しい方だとお聞きしています‥‥‥」
アケネは目を合わせようとせず、体を震えさせながら言った。
「はぁ‥‥‥どこからそんな情報が流れてんだよ‥‥‥。アケネ、普通でいいって。俺もやりにくいんだよ」
自分で言うのもなんだが使用人達には気を使わせまくっていると思う。
俺はティーカップの破片を集め、また溜息をついた。
「て、ですが、魔王様‥‥‥。私はただの使用人です。そのようなことは‥‥‥」
「面倒くさいな‥‥‥」
正直、気を使われるとこっちも困る。無駄にビクビクされてもこっちも気分のいいものでもない。
「まあ無理はすんなよ。んじゃな」
「ま、魔王様‥‥‥」
口をポカンと開けたまま動かないアケネを置いて、扉に向き直る。
「あ、アケネも来るか?」
「い、いえ、まだ仕事が残っておりますので‥‥‥」
「そうか。じゃあ行ってくる」
指で扉をすっとなぞるとゴゴゴ、ととても大きな音を立てて扉が開いた。
とその時、後ろから怒声が聞こえた。
「おい、貴様!何をしているか!」
「‥‥‥あ?」




