何を、何を
遅くなりました。すみませぬ。
「あぁっ!」
「何?いきなり叫ばないでくれる?」
「き、聞き忘れてた‥‥‥」
明美に沙羅の事を聞こうと思ってたのに‥‥‥失敗したな。
「何のことかしら?」
「いや、何でもない。こっちの話だ」
仕方ないよね、だってあいつさっさと帰っちゃったし。ぼくわるくないよ。
「で、ジーラの薬草屋ってどこ?」
ゲームでも行ったことのない場所はさっぱりだ。まあ行ったことない所の方が多いけど。
「あと10分ほど歩けば着くわ。それよりもNPCに話を聞くのなら誰でもいいでしょう?」
「まあそうなんだけどさ‥‥‥。できるなら聞く回数は減らしたいし」
歩きながら霧崎は腕組みをして少し考え込む様な仕草をした。
「NPCの間に噂を広めさせたくない、と?」
「そういう事だ。僕達のことを良く思ってないNPCは沢山いる。むしろその方が多いかもしれない。僕がスルトについてかたっぱしから聞いたりしたら僕達、なんて言えばいいかな。現実世界の人間たちが何かを企んでいると考えてしまう人もいるだろう。今は対立につながる可能性のある行為は避けたい」
そう言うと霧崎は無表情のまま、歩きながら僕に問う。
「あなたの目的は何?この世界からの脱出?それともNPC達との友好?スルトの治安戻し?」
「‥‥‥全部だ。もちろん目標はこの世界からの脱出。でも、それを達成するためにはNPCの協力は不可欠だ」
「スルトは?」
「さあ、なんだろうな」
太陽に照りつけられる建物の屋根を眺めながら話していると心の中にあった自分の声に耳を傾ける。
正直、分からない。いじめのエスカレートや性的暴行、そして殺人。
どれもこれも今の僕とは無関係だ。他人の事だ。
現実世界にいたとき、いじめの現場を見たとしたら、僕は助けるだろうか‥‥‥おそらく、助けないだろう。
理由は色々あるが、単純に怖い、自分にターゲットが変わったらどうする?他人なんだし、ほっとけばいいや‥‥‥。そう、考えてしまう。
でも、この世界に来てから変わった気がする。
沙羅の時も、椿の時も、夏美の時も。所詮他人。分かってたはずなのに‥‥‥。
そう考えていると不思議と笑いがこみ上げてきた。心も、気持ち軽かった。
「はは、ほんとバカだな。バカバカ」
「それは私に対する言葉として捉えていいのかしら?万年数学赤点さん?」
「いや、シリアスっぽかったよね?まあ、お前らしいか」
このやり取りも、今は心地いい。現実世界にいた頃だと「え‥‥‥」って感じで普通に落ち込んでたと思う。
「でもちょっと現状が分かりにくいよな‥‥‥。まとめるか」
そう言ってメッセージ画面を開き、文字を打っていく。
・この世界はHPOの世界だ。
・NPCは意志を持っている。
・クエストというシステムの崩壊。
・NPCの〈王〉の存在。
・NPCとの友好関係の危うさ。
・NPCは僕達、異世界人の事をよく思っていない人が沢山いる。
・僕達が来たことによる治安の悪化。ほとんどが僕達が原因である。そしてその行為のエスカレート。
・殺人が起こった。それも、高校生同士で。
こんなところかな‥‥‥こう見るとNPC関係が多いな。
「意外とマメなのね」
「意外とって失礼な。現実世界にいたときとか毎日日記つけてたぞ」
そう言うと急に霧崎がビクッと反応した。
「え‥‥‥そ、そう」
「なんでそこに反応するんだよ‥‥‥。内容とか言わないからな」
そう言うと霧崎は少し歩みを遅め、口を開いた。
「‥‥‥それはいつからつけ始めていたのかしら?」
「え?えーと、4年前、だと思う」
「‥‥‥そう」
そう言うと今度は歩みを早めた。忙しい奴だな。
「なんでそんなことを?」
「何でもいいでしょう?」
僕には聞く分聞いといてこれだ‥‥‥。
すると、ひそひそっとした話し声が耳に入った。
「おい、あの子可愛くね?」
「話しかけてみろよー」
「ハハ、お前が行けよー」
「隣の奴は大したことないな」
‥‥‥うるせーよ!泣くぞ?
フードを深くかぶり直した。
「服装なんて関係無いのかしら‥‥‥」
霧崎がはあ、と溜息をついた。
「いや、大したこと無いって言われるよりいいだろ」
「私はその方がいいわ」
「あそ」
よくこういう風に話せるようになったな、と思う。現実にいたら業務的な会話しかなかっただろう。
「NPC、か」
「何?急に」
口から漏れた言葉に霧崎が反応した。
「意志を持っている。考えられる。だから人間と同じだ。って考えているわけだ」
「そ、そうね?」
霧崎が意味が分からない、というような顔をした。
「もちろん見た目も人間だ。だから人間。ここで質問です」
「何を言っているのか分からないのだけど‥‥‥」
「まあ聞け。質問だ。人間、というモノの定義って何なんだろうか」
「‥‥‥何が言いたいの?」
霧崎が腕組みをして足を止めた。それにつられるように自分の足も止める。
スルトを駆け抜けるような風が、僕と霧崎を巻き込んだ。
「この世界でさ、僕達って人間なのかな」
霧崎の顔は無表情だ。何を考えているのかは分からない。
その目は凍るように冷たいが、なぜかその顔を見つめ返してしまった。
「‥‥‥どうかしらね」
「‥‥‥悪い。なんでもないよ」
足を再び進めるが、霧崎の足は進まない。
「ねえ」
また足を止め、振り返る。
「振り向かないで」
「一体なんだよ‥‥‥」
また前を向く。すると誰の声か分からない様な、懐かしいような、声が後ろから聞こえた。
「無理は、しないでよ」
その声が霧崎のものだという事に時間がかかった。
「‥‥‥霧崎‥‥‥?」
「なにかしら、早く行きましょう。日が暮れるわ」
その姿はさっきの言葉なんて何も無かったかのように歩き始めた。
「お、おお」
そう言って、僕も歩き始める。




