サイン
若干ギャグ多めかもです。
引き続きよろしくお願いします〜
「あ、えーと。とりあえず座ろう」
初対面の女子に緊張してしまう例のアレが発動した。地面に座ったままというのもおかしいし。それに、なぜこの少女は僕に触れる?分からん。何故だ?彼女はNPCじゃない。何故だ?
「な、名前は?」
なんと話しかければ良いのか分からず、名前を聞いた。
その女子は少しビクッとしながら答えた。
「さ、咲野美穂〈サキノミホ〉、高校2年です」
綺麗な肩までの黒髪が印象的で前髪をピンクのピンで留めている。それに大きい黒ぶちの眼鏡をかけている。
「そ、そうか」
「は、はい」
あ、なんかすごい気まずい。だって特に話すことなんて無いもん。
すると咲野は緊張しているのか手をちょこんと上げて言った。
「あ、あの」
「な、なんでしょう?」
「お、お名前は?」
あ、自分の名前を言い忘れてた‥‥‥。それとこの最初にあ、とか付けちゃうのあるあるだよね。
「高坂咲人だ。高校2年だから同じだね」
ここで1つ、聞いておきたいことがあった。
「君って有名人なの?」
さっきの男子達は最初から彼女を知っているようだった。
「い、一応歌手をやってます」
「ごめん、僕あんまり流行に着いて行けてないから知らなかった」
妹がそれらしき事を言ってたような気も‥‥‥。思い出せん。
「いえ、いいんです。私もまだまだでしたから。それに、もう‥‥‥」
‥‥‥まあ、この世界にはテレビはおろかラジオもない。歌を届ける方法が無いのだ。
「でも、歌えはするだろう?君がいればいいんだから」
「‥‥‥そう、ですね」
あれ、なんか地雷踏んだ?どうにかしなきゃ‥‥‥。どうしよう‥‥‥よし
「あ、そうだ。目的を忘れるところだった。じゃあ僕はこれで」
NIGERU!というより、元々話すことなんて無いんだから僕がここにいても迷惑だろう。僕はフードをかぶりなおして席を立った。
「ま、待ってください!」
「え、な、なんでしょう」
さっきまでより大きな声で言うものだからちょっとテンパってしまった。
彼女はゆっくりと言葉を口に出した。
「どこに行くんですか?」
「どこって、スルトを見て回ろうかな、と」
幾ら何でも「スルトの視察及び現状確認」と言うのは少し気が引けた。その言い方はまるで、スルトに残っている人達を下に見ているように思ったからだ。
「危ない、ですよ?」
「それは承知してるさ。でも僕男だし。えーと、じゃあこれで」
まあ、だからなんだ、と言われたらおしまいだけど「性的暴行は受けにくいよ」とは初対面で言いにくい。というより恥ずかしい。
「さ、最後に1つだけ!あなたは、人間ですよね」
「そりゃそうだよ。極々平凡な男子高校生さ」
と言うと咲野はプッ、と笑い出した。
「あはは、平凡、じゃないですよー」
「ギャグじゃないんだけどな‥‥‥」
咲野の笑顔を見ているとこっちまで笑顔になりそうだ。
「また、会えますよね」
「‥‥‥そうだな」
彼女はこのままスルトに残るとしたら会える可能性は少ない。僕は数日後にはシグルーンまで行くだろう。でも、会えない、とは言えなかった。
外に出て、少し歩いた頃、道端で寝ている男子を見つけた。が、周りを見渡すとチラホラと同じような人たちがいる。一人一人に声を掛けていたら日が暮れる。
「思ったより、そうでもないな‥‥‥」
ガラが悪そうな人とかは結構見たがこれといって事件も無さそうだ。
いわゆるホームレス状態の人々は初期の1500サンを使い切ったが戦いに行けない人達だろう。これも先のことを考えると由々しき事態だが、暴力行為や性的暴行、エスカレートしたいじめの方がどうにかするのは先決だと思う。
最も、僕がその現場を見たところでどうにかできるのかも分からない。ただの自己満足なのかもな‥‥‥。
それより、後ろをちょこちょこしている女子は何をしてるんだよ‥‥‥。
「で、君はなんで付いてきてるの?」
「き、気づいてたんですか‥‥‥」
咲野があはは、と苦笑いしながら建物の陰から出てくる。
「気づくも何もバレバレだっての」
咲野はカアァッと顔を赤色に染めた。
「尾行とか、初めてで‥‥‥」
「いや、そこじゃなくてなんで尾行してたの?」
な、なんか話が噛み合わないな。するとまだ顔が赤い咲野は髪を整えながら言う。
「な、なんででしょうか」
いや、僕に聞かれても‥‥‥。
「ん?その眼鏡、度はいってないの?」
眼鏡の反射の光に色がついてなかったため気になった。どうでもいい事だけど。
「あ、伊達眼鏡です。あまり、知られたくないもので‥‥‥」
‥‥‥まあ、この世界では〈有名人〉という肩書きは有利にも働くかもしれないが不利に働く方が多いだろう。どこでも噂にされ、他人に無茶なお願いをされる。
人に幸せを届ける人自身が、幸せかどうかは分からない。
「なら、この街から出ていけばいい。カフトに行くと随分人は減るぞ」
「た、戦うなんて、無理です」
「ならどうやって暮らす?戦わないと、金は手に入らない」
「で、でも怖いよ。あなたは、あなたは戦えるの?」
パーティは組まない。昨日そう言って出てきた。パーティを組んだら自分のレベル、称号名などが丸わかりだ。称号名は隠したい。たかがその程度、と考える人もいるだろうが運が悪ければ称号名で性格がバレることもある。例えば好意を寄せている人とパーティを組んだとしよう。なんとか爽やかに振舞えていても頭の中は下心丸出しだったら称号に影響するだろう。
つまり、称号名は第1に隠さねばならない。信頼できる人や自分の性格を知っている人以外とは組みたくないのも当然だ。現実世界でもそうだ。知らない人を自分の家に入れるのは嫌だろう。少し違うがまあそんな感じである。
グダグダ言っているが結論を言おう。
別にパーティ組んでもいいんじゃね?!
である。顔バレ?もうしてる。名前?もう名乗っちゃった。それどころか歳まで。レベル?彼女がレベルが高いからと殴りかかってくるとは思えない!そして称号?持っていない!!
「パーティを組もう。それで、分かる!」
「え、ええ?!」
急に急変した僕についていけないのか、咲野は驚いた顔で僕を見つめた。パーティを組めば何故彼女が僕に触れるのかわかるかもしれない。
「あ、咲野が嫌なら別にいいんだけどさ。ほら、称号名とか見られるし。でも、僕は組んでほしい」
「い、いえ、大丈夫です。お願いします‥‥‥」
あ、若干引かれたかな。まあ会って1時間も経っていないくらいの人にいきなりこんなこと言われたらそりゃ驚くだろう。
申請を出して、咲野が慣れない手つきで承認する。
「よし、パーティになったな。さあ見ろ!」
「称号、なし‥‥‥」
いや、だから片桐もそうだったけどそんな深刻そうに言わないで‥‥‥。
「れ、レベル13?!」
「そうだ。称号が無くったってそこまで行けるんだ。そりゃ最初は怖いかもだけどさ。僕は戦ってる時、生きてるって感じがするよ」
嘘じゃない。正直、僕はこの世界の方が生きていると実感する事が多い。戦ってる時、ご飯を食べた時、1日終わって宿屋に戻った時‥‥‥生きてるんだって、思う。
「〈幸せの代弁者〉か。いい称号だ。曇りの欠片もない」
この称号こそが、彼女の存在を明るく照らしてくれる。嘘じゃない、本当の存在を。
「た、戦えるのかな。私にも。でも、お金も無くって‥‥‥」
咲野が情けなさそうに呟いた。
「僕は良い人じゃないからお金を上げることは出来ない。そうだな、こうしよう」
彼女は何かを察知したのか目をギュッと瞑った。その顔はまた真っ赤に染まっている。
「そ、その、初めてだから‥‥‥」
咲野がボソボソッと呟いた。ええっ初めてなのか。
「じゃあ僕が第一号なのかな?えーと、これでいいや」
あいにく丁度いいものなんて持ってないからこれでいいだろう。こんなボロハンカチしか無いなんて‥‥‥。ペンはマジックペンがこの世界に飛ばされた時ポケットに入っていた。それをこの世界でも使っている。
「はい、サインしてくれる?」
「だ、第一号ってそんな言い方‥‥‥って、え?サイン?」
「そ、サイン。君、有名な歌手なんだろ?だからサイン。それを僕が1500サンで買おう」
我ながらいいアイディアだ。これを売れば倍、いや3倍は硬いな‥‥‥って嘘だよ?そんな腐ってないよ。ホントホント。
「あ、う、うん。ありがとう?」
「なぜに疑問系‥‥‥。はい、よろしく」
そう言ってハンカチを渡すと彼女は慣れた手つきでサラサラっと書いた。その後、何かを書いているのか時間がかかっている。
「‥‥‥よし。はい、どうぞ」
「うん。はい、1500サン」
「あ、ありがとう‥‥‥」
少し涙ぐみながら咲野が言った。僕がすこし苦笑しながらハンカチを見ると最後に「素敵な高坂咲人さんへ」と書いてあった。こ、これが歌手の底力かっ‥‥‥。クラっときたぜぃ。
「サインありがと。じゃあこれで。まだ見て回らないといけないから」
「‥‥‥はい。私、頑張ります。お金もいつか、絶対に返す」
彼女の言葉には決心がみえた。あの時の沙羅と同じだと、少し思った。
「ああ、頑張れ」
そんなこと言われたら何があっても売れないな、と思いつつ、咲野と別れた。
でも、何故彼女が僕に触れるのかは分からなかった。帰ったら考え直そう。




