食べ物
その翌日、またレベ上げをパーティメンバーでこなし、もう少しで14レベになりそうなくらいになった。沙羅も同じく13の後半、桜庭さんは15レベに、片桐も13レベにと順調に進んだ。レイクヘッド周辺には効率の良い狩場が多く、中々はかどった。
「んー、これでなんとか平均15レベにはなったっすかねぇ?」
現在時刻19時、レベ上げも終了し、いつものパーティメンバーで武器のメンテナンス終了を待っている。
武器は定期的にメンテナンスをしないと使い物にならなくなる。特に遠距離武器は必要になる。
もっとも自分でする訳ではなく、お金を払い、NPCにして貰う。
これの面倒くさいところはわざわざ武器屋に行かないとできない事だ。だから今は4人で武器屋に来ている。メンテナンス終了まで武器屋にある簡易な椅子に座って待つ。
「どうですかね‥‥‥あと1日、いや2日くらいはレベ上げした方が良くないですか?」
「そうかもっすけど‥‥‥急いだ方が良いのも事実っす」
「急いだ方が?どういうことです?」
桜庭さんは目線を下げながら苦々しく話し出した。
「前に、スルトの話はしたっすよね」
その重々しい雰囲気に、談笑していた沙羅と片桐も口を閉じた。
「ついにPK、いや、そんな言葉じゃダメっすね‥‥‥殺人が、起こったっす」
沙羅が息を飲む音が聞こえた。
「それはもちろん街の外っすけどね‥‥‥それに加えていじめや女子への性的暴行がエスカレートしてるらしいっす‥‥‥」
次は片桐の舌打ちの音が聞こえた。
「ま、待ってください。それとボスとどういう関係が?」
「彼らは暴力や集団でのいじめでこの世界の闇から一時的に解放された気になってるんすよ‥‥‥。クリアなんて不可能だ、ずっとこのままなんだ、って感じっす。そこで、草葉の考えでは最初のボスを倒すだけでも、まだ希望の光はあるぞって、絶望するな、って教えられると思う。そんなとこっすよ」
草葉が‥‥‥。本当超人だな。でも、僕にはボス討伐より最初にするべきことがあると思う。
「‥‥‥僕は、スルトを見に行きたい」
好奇心とかじゃない。現状を知りたい。僕と同じ高校生が、どんな事をして、どんな事を思っているのか。
「それには反対はしないっすけど‥‥‥僕らはレベルが高いっす。それを見つかったら面倒な事になるっすよ」
「大丈夫ですよ。行くなら1人で行きますし、パーティは誰とも組みませんから安心して下さい。迷惑はかけちゃうと思いますけど‥‥‥」
「大丈夫っすよ。この辺の敵だと苦戦しないっすから。人数少ない方が経験値効率もいいし、片桐ちゃんのレベ上げしとくっすよ」
そこでええっ、と沙羅が立ち上がった。
「私もいくよ!」
まあ、言うとは思った。
「だめだ。危険すぎる」
「そんなの高坂くんも一緒だよ!」
「沙羅は女子だ。さっきの話聞いただろ?」
「聞いたけど。心配だよ!」
「何と言ってもだめだ。僕も心配になる。沙羅ばっかり見てるとスルトの視察どころじゃなくなっちゃうだろ」
頼むから折れてくれ。
「でも、でも」
どこか諦めがつかないのか、沙羅は下を向いたまま動かない。
「‥‥‥何日?」
片桐がボソッと言った。
「3日で帰る。ダッシュで行けば半日ちょいくらいだろ。別に他の街には寄らないし。往復で1日、視察で2日、かな」
そう言うと片桐は沙羅の頭を撫でながら優しく言った。
「沙羅、我慢しな。2日だけ。あたしが側にいるから」
な、なんか片桐イケメンだな。いや、おかんと言ってもいい。
「う、うん‥‥‥。高坂くん、無茶はダメだよ?」
沙羅が僕を正面から見据える。その目は少し、赤かった。
「分かってる。明日出発するよ」
「あ、そうだ。高坂君、その格好はやめといた方がいいっすよ。流石に目立ちすぎっす」
そう言って自分で自分の格好を見る。全身真っ黒でほとんど装飾もない。
「た、確かに‥‥‥」
「これを貸すっすよ」
メニュー画面で何かを操作したあと、僕にメールが届く。
「カーキフードにカーキレギンス‥‥‥。これ防具なんですか?」
「防具っすよ。防御値0の完全なる回避型っす。AGIが超上がるっす。まあ強さは圧倒的にブラックシーズの方が上っすけど目立つことを考えたらそっちがいいと思うっす。フードをかぶれば顔バレもしにくいっすよ」
防御値0か‥‥‥。まあ回避型だしいいか。AGI上がると移動も少し楽になりそうだ。ありがたく借りよう。
「でもこんなの売ってありましたっけ?」
「シーサイドで売ってたっすよ。奥の方にある個人のやってる小さな防具屋っす」
へえ、そんなところがあるのか‥‥‥。知らなかったなぁ。
「ありがとうございます。あ、メンテナンス終わったみたいですね」
明日朝一で出よう。ここからだとシーサイドとカフトのモンスターフィールドを抜けないといけない。レベル的に余裕だとは思うが時間が惜しい。
朝6時。朝ご飯を適当に食べて桜庭さんに貰ったカーキフードとカーキレギンスに着替えた。カーキ、というといろんな色があると思うがこれは茶色っぽい方だ。フードをかぶり、
「よし、行くぞ」
僕は一度来た道をダッシュで駆け抜ける。カーキシリーズのおかげなのか、いつもよりも足が軽く、速く走れる。
街、というから小さなイメージかもしれないが、日本でいう県である。そこまでは大きくないけど。スルトは今では東京みたいなものだろう。人口密度がすごいことになってそうだ。
1人になると色々と考える。学校でもそうだった。
僕は1つの疑問があった。それは牢獄についてだ。いじめや暴力をする人を何故誰も牢獄に入れようとしない?うーん、分からん。
「ぜぇ、ぜぇ」
あ、あともう少しでスルトだ。長すぎるだろ。電車とかバスとかないの?学校の持久走よりもキツイ。景色もあんま変わらないし‥‥‥。
げっ、もう11時か。お腹も減った。着いたらまずご飯だな。
「み、見えた」
スルトの大きな門が目に入った。でもここからが長い。見えてるけどなかなか着かない例のアレだ。
周りを見ると狩りをしている人たちが目に入る。みんなちゃんとパーティを組んで安全に戦っている。
あ、そうだった。フードかぶらなきゃ。
「到着〜。長かったぁ」
あー疲れた。まずはご飯食べよ。でもスルトはあんまりバリエーションないんだよな。
ふと目に入ったファミレスらしきところに入る。
「いらっしゃいませー。ご注文は?」
早いんだよ来るのが‥‥‥まだメニューも見てないのに‥‥‥。
「ええっと、じゃあベーコンサンドを」
メニューをサッと見てすぐに決める。
と、ほぼ同時に後ろの方でうおお!と声が上がった。すると直ぐに店じゅうの人が僕の後ろの席に集まった。
「咲野美穂だぜ?!本物だ!」
「まじかよ、サイン下さい!」
「可愛いなあ」
「結婚して下さいぃ!」
‥‥‥うん、誰がいるのかは知らんが最後のやつは常識を学んでから出直して下さい。
「あ、少々お待ちをー」
店員さんがワンテンポ遅れて戻っていく。
「こ、困ります。やめて下さい」
か細い女子の声が聞こえる。
「じゃあ握手だけ!」
「俺はハグ〜」
「パーティ組もうよー」
「結婚して下さいぃ!」
「ほ、本当に困ります」
迷惑だなぁ。それに何かデジャヴ。うーん、なんかやってるけど、とりあえず求婚してる奴は論外として、状況を知りたいな。うん、フードかぶってるし大丈夫だろ。
そーっと後ろの席を盗み見る。が、人が群がっていてよく見えないな‥‥‥。席に1人の女子が座ってるみたいだけど‥‥‥うーん見えん。
「お待たせしましたー。ベーコンサンドです。ごゆっくりー」
まあいいや。後でで。
「いただきます」
腹が減っては戦はできぬ。まず食べよう。戦はしないけど。そう思って口に入れようとした時、後ろから女子の声が切れ切れで聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと。触らないでっ‥‥‥」
「ベーコンサンド冷めちゃうだろぉが!」
あれ、何にキレてるんだ僕は。僕の沸点低すぎない?落ち着け、ヒッヒッフー。
「はあ?」
群がってた男子の1人がこっちにやってきた。別にヤンキーというわけではなさそうだがどこか高圧的だ。フード深くかぶっとこ。
「だったら食えばいいだろ?」
まあ、その通りだ。
「い、いや、ご飯は最高の状態で食べたいじゃないか」
「だったら店変えればいいだろ?あ?」
「僕はここのベーコンサンドが好きでね。うん」
食べるの初めてです。
「だったらお持ち帰りでーす。ほらよ!」
そう言ってテーブルの上のベーコンサンドを僕の足元に落とす。ガシャン!という音と同時に店員さんがショックを受けていた。
「お前最悪!ウケるわ〜っ」
「でてけよ〜。空気読もうぜ?な?」
ドクン、と心の裏側から何かが込み上げてくる。言葉では言い表せない、何かが。
「‥‥‥」
『咲人、食べ物の好き嫌いはダメよ!食べ物を粗末にするのはもっとダメ。どっちもその食べ物が可哀想よ』
自分の足元に落ちたベーコンサンドを拾い、1つを食べる。
「お、お客様、やめて下さ‥‥‥い」
僕は今、どんな顔をしているだろう。なんで、食べ物を落とされたくらいで。
また1つ、もう1つと落ちたベーコンサンドを口に運ぶ。
「全部食いやがったよこいつ!汚ねえ〜!」
「マジでウケるわ!」
男子たちはそう言ってまた笑う。
「あなたたち!いい加減に」
座っていた女子が我慢できなくなったのか立ち上がったが、僕はそれを片手で制する。
「‥‥‥ご馳走様でした。美味しかったですよ」
「お客様‥‥‥」
「ぶは、お前最高だわ。顔見せろよ!」
そう言って男子の1人がフードを引っ張った。
「‥‥‥おい」
僕からとても低い声が漏れる。なんでだろう。多分いきなり殴られてもこんな気持ちにはならないはずなんだけどな。
僕は、頭をよぎった言葉を口に出した。
「‥‥‥nebel」
「はあ?がっ??!」
男子がいきなり苦しみだす。でも僕は何もしていない。でも、僕が原因なのは分かっている。でも、止めようとは思わない。
「や、やめろ、なにして、やめて」
男子が更に苦しみだす。息ができないのか、地面に這いつくばった。それでも、止めようとは思わなかった。
「もう、やめて下さい!」
座っていた女子が僕に飛びつく。その子の頭があごに勢いよくあたり、押し倒されたようにして倒れる。痛みで我にかえった。
「痛っ!」
「ぶはぁああ!ゲホッ!はあ、はあ」
「大丈夫か?!」
息ができるようになったのか、四つん這いになりながら涙を流している男子に別の男子達が駆け寄る。
「な、なんだよお前。この、ば、化け物!」
「行こうぜ!気持ち悪りぃ!」
「マジ化け物じゃん!」
男子達はバタバタと店から出て行った。それよりもあごが痛い。
「痛た。あ、あごは効くなあ」
僕の上にはまだ女子が乗ったままだ。どうしようか。
「あ、あのー?」
「あっ、ごめんなさい!」
そう言って女子はバッと離れる。
‥‥‥ふう。
何しに来たんだっけ。そうだ、視察だ。




