喫茶店にて
現在時刻朝の7時半、宿屋から最寄りの喫茶店でみんなと朝食を取っている。ここにはリーティも一緒だ。10時からは2日目の討伐会議が予定されている。
「ふあ、ああ」
「ちょっと、咲人大丈夫?」
夏美が心配そうに聞いてくる。今から討伐会議2日目というのにあくびをしてしまったからだろう。
「問題ないよ。昨日夜更かししちゃっただけだから」
「夜更かし‥‥‥何してたの?」
「え、うーんまあちょっとね」
右腕の痛みについて考えてたなんて言ってたら心配させちゃうだろうしな‥‥‥。よし、言わないでおこう!
「何でもないよ」
「何よ言えない夜更かしって‥‥‥はっ」
はっ、て何を思いついたんだ。
「い、いや年頃だしね。仕方ないよね」
「ま、待て!お前は何かを誤解している!」
すると遠くではあ、というため息が聞こえた。
「呑気なものね」
黒色のジャージに髪を後ろでまとめている霧崎の姿が目に入る。 1人だけ席が少しだけ遠い。
「霧崎、最近その格好よくするな」
前はどんな時も基本装備服だったがこのジャージ姿も見慣れてきた。
「いけないかしら」
霧崎はこっちをジロッと睨んだ。
僕がひるんだ。
「別にいけないとか言ってないだろ。似合ってんだし。だから睨むなって‥‥‥」
睨まれるのには慣れないな‥‥‥。
すると喫茶店のドアに付いている鈴がカランと鳴った。
「あれ、高坂くんじゃないっすか。偶然っすね‥‥‥ちょっと来い」
「え、ちょ、桜庭さん?!」
意味もわからず店の端に呼ばれる。なにこれ怖いんだけど。
「あの子たち、君のツレだったんすか?!えーと、霧崎さんだったっけ。彼女以外にもあんなに‥‥‥。チッ、リア充が」
「いきなりなんですか!あ、一緒に朝食どうです?」
せっかく偶然会ったんだ。聞きたいこともあるしちょうどいい。
「‥‥‥まあ、乗らせてもらうっす。あ、笹森さんも来るっすよ」
笹森さんもか。歓迎だ。
桜庭さんと一緒に元いたテーブルに戻る。
「ん?咲人、その人誰?」
リーティがオレンジジュースを飲みながら聞いてくる。
「あ、桜庭宏太〈サクラバコウタ〉っす。17なんで高3っすね」
一つ上か‥‥‥背は低いけど。
「キミは、NPC?」
「リーティっていいます。16です」
あ、これ説明しないといけない感じか。
「あのですね、これには」
「NPCは人間、って話っすか?」
‥‥‥知っているのか?
「そ、そうです。知っているんですね」
そう言うと桜庭さんは少し笑みを漏らしていった。
「気づいたのはこの世界に飛ばされた翌日っす。あるNPCの言動がゲームの頃と少し違うのに気づいたのがキッカケだったっす」
飛ばされた翌日?!早すぎるだろ。大抵の人は戻りたい、夢じゃないか、と思うのに‥‥‥普通じゃないなこの人。
「なかなか自分のことを考えるだけでいっぱいいっぱいっすからね。普通じゃ気付かないっすよ」
桜庭さん、嬉しそうだな。今まで他に気づいた人いなかったのかな。
「あ、笹森さん来たっすね。笹森さん、こっちっす!」
喫茶店の入り口には白のパーカーを着た笹森さんが立っていた。
「こっちって‥‥‥。お、高坂くん、奇遇だな。そっちの子は、NPCか。笹森一葉〈ササモリカズハ〉だ。よろしく」
なんというか、分かっていたけど大きい。何が、とは言わないけど。
「一緒してもいいのかな?」
「もちろんです」
あれ、そういえば草葉はいないのか。
「草葉さんは来ないんですか?」
「ああ、あいつはこないよ。あ、味噌汁ないのか‥‥‥」
こないのか‥‥‥。あと喫茶店に味噌汁はないと思います。
「‥‥‥確か君は、HPO経験者だったよね?」
笹森さんが渋々サンドイッチを注文した後僕に聞いてきた。
「そうです。まあ半年もせず止めてしましましたが」
「半年‥‥‥?随分中途半端な時期に止めたね」
「そう、ですね。中途半端ですね」
人によって違うがやってみてつまらないならすぐにでもやめるだろうし、面白いならもう少しするだろう。
「何かあったの?ああ、君が話したく無いならそれでもいいんだ」
笹森さんが慌てて付け加えた。
「その、今の僕を見ても分かると思うんですけど、称号が貰えなかったんです」
この事は言わないほうがよかったか?行った後に少し後悔した。
「も、貰えない?半年もやって?」
笹森さんが目を見開いて言った。
「そうです。それまでは何とか基本スキルで頑張ってたんですけど、限界を感じた、というか」
もう隠しても仕方ないな。相談すれば何か分かるかもしれないし。
「運営のミス、ではないよな。そんなの初めて聞いたな‥‥‥。桜庭、お前は?」
「‥‥‥いや、ないっすね。討伐会議に参加した中でも称号を持ってないのは高坂くんだけだったし‥‥‥。普通ならとっくに貰えてるはずっすよ」
やっぱり前例はないのか‥‥‥。一体何なんだろう。
「高坂くんゲームの時も称号無かったの?聞いてないよー」
「あ、ああごめん沙羅。教えとけばよかったな」
でも変に言って心配させちゃうのもあれだし‥‥‥。
『咲人はね、変なとこで考えすぎなのよ。そんな事してると逆に相手に心配させちゃうんだから』
‥‥‥昔、言われたな。これからはもっと話すべきなのかな。あの子元気にしてるかな。
ちょっと考え事をしてると桜庭さんがポツリと話し出した。
「いや、ちょっと待つっす‥‥‥そんな〈伝説〉、は聞いたことあるっす」
「あ、その〈伝説〉が僕なんです。まあ皮肉の意味が込められてるんでしょうけど」
そう言うと桜庭さんはポカンとした表情から動かなくなった。
「‥‥‥高坂くん、伝説、とは?」
「‥‥‥〈HPOを始めて半年近くにもなるのに称号を持っていない伝説のプレイヤー〉っていうのが一時期プレイヤーの中で話題になったんです」
今思えばあの時は僕のアバター周りには常に人がいたな‥‥‥。知らない人とパーティ組んだら第一声が大体「本物だ!」だったし。
笹森さんがへぇ、と声を漏らしたあと、こう続けた。
「それはいつ頃の事なの?」
「えーと、伝説って呼ばれ始めたのは中3の冬ごろだったと思います」
「約1年半前か‥‥‥。それが関係しているのか今も称号がない、そういう事かな?」
「‥‥‥そうです。今は霧崎から貰った防具と武器でなんとかなっていますがこれからはみんなとの差が出てくると思います」
笹森さんは少し気まずそうに下を見た。あ、同情されてる?!
「まあ気にしないでください。別に無いと死ぬ訳でも無いですし。何とでもなりますよ」
本当に無理そうな時は下の街へ行って地道にレベルを上げて暮らしていけばいい。
「‥‥‥分かった。私も他のフレンドに何か知ってる人がいないか聞いてみるよ」
「助かります。沙羅?どうした?」
ふと見るとなぜか涙目になっている沙羅がいた。
「こんなの、不平等だよ。おかしいよ」
‥‥‥優しいなあ相変わらず。
「沙羅が泣くことじゃないだろ?僕が大丈夫って言ってるんだ。なら大丈夫だよ」
説得力もクソもないっていうのは自分でも分かってるけど、沙羅が泣くのは僕が辛い。
「な、泣いてないし!泣いてるって言ったら椿さんの方が泣いてるもん!」
「え、そこ‥‥‥?椿も。心配してくれるのは嬉しいけどさ」
「な、泣いてませんよぉ‥‥‥ヒクッ」
やばいやばい。超同情されちゃってる。
どうしようか考えてると笹森さんがクスッと笑った。
「高坂くん、心配してくれる人は自分にとって宝だぞ。大切にするんだよ」
「は、はあ。分かっているつもりなんですけど‥‥‥」
「いや、君は分かっていないよ。羨ましいくらいだ」
そう言って笹森さんはまたクスッと笑った。
「笹森さん、ゲームの頃のアバターネームは何でしょうか」
遠くで僕達を見ていた霧崎が笹森さんに向かって聞いた。霧崎の敬語は聴き慣れていなかったから少し違和感を感じた。
「ササハ、だがそれがどうかしたか?」
ササハ‥‥‥?名前から文字ったのか。
「ナネディアギルドの刀使いのササハ。ですよね」
笹森さんが驚いた様に霧崎を見た。
「いや参った。なぜ分かった?そんな事一言も言った覚えは無いのだが‥‥‥」
「その言葉遣いに女性ユーザーの少ないこのゲームの頃リアルでも女だと言っていましたし、昨日家が剣道の道場をやっていると聞きました。その人でないわけがありません」
あ、ちょっと、話についていけないっす。夏美に関してはウトウトしてる。
笹森さんが頭を掻きながら霧崎に言った。
「隠していたわけじゃないんだけどね‥‥‥。ゲームの頃会っていたのかな?」
それを聞いた霧崎は顔を下に向け、ぼそりと言った。
「‥‥‥ナネディアギルドは私が潰したギルドの一つですから」
え、なに、潰した?ちょちょ、話についていけないって!
「そうか‥‥‥君が、〈伝説〉の‥‥‥」
「‥‥‥そうです」
「あ、あのー、話に全くついていけないんですけどぉ」
ごめんなさい!シリアスな雰囲気ぶち壊しちゃって!
「あ、ああすまない。話すよ」
「あ、はい」
なんとか話してもらえるみたいだな。ふう。
あと桜庭さんはいつまでポカンとしているんだろうか。




