娘とスキンヘッド
「もう、最悪!あんな本がこの世界にもあるだなんて!」
ビルの廊下を早歩きで進みながら夏美が半ば叫びながら言った。いや、そんなに怒らなくても‥‥‥今その本を懐に持っている僕が怒られてる気がするし。
「ま、まあまぁ。そんなに怒らなくても」
「咲人ー?どっちの味方なわけ?」
な、なんかめんどくさいな。
「それに、やっぱりあの赤髪。信用できないし」
「‥‥‥そうだな。あっ」
「どうしたの?」
「あ、あいつの拳銃。返すの忘れてた」
エロ本に気を取られすぎて気づかなかった。結構重いのに‥‥‥。
「持っといていいんじゃない?帰りにでも渡せば?」
まだお怒りなのか少し語尾が強い。
「な、なんでそんなに怒ってるんだよ。たかがエロ本くらいで」
「ふーんだ」
そんなに顔を明後日の方向に向けながら言わないでよ‥‥‥。まぁ、高1になったばかりの女の子だから仕方ないのかもしれないな‥‥‥なら、この懐にある本は絶対に夏美に見せるわけにはいかない!
「あ、夏美。そこの階段上がるぞ」
赤髪を信じていいのか分からないが、情報がない今としては可能性にかけるしかないと思う。
「分かった。娘はどこにいるんだろう‥‥‥」
「そうだ。その娘の容姿と大体の年齢教えてくれないか?」
僕はこの世界で主人の娘にあったことがない。だからどのような姿をしているのかも分からない。
「えーと、確か16才って言ってたかな。金髪で身長も160くらいだったよ」
「ありがとう。助かった」
んん?16?確か結婚云々言ってなかったっけ?まあいいや。
「ねぇ」
「ん?」
夏美が僕の耳に近づきコソッと囁く。
「ここのドア、開けてみる?」
夏美の目線の先には少しボロボロになったドアがある。赤髪の部屋と同じタイプのドアだ。でも情報とは違う部屋だな‥‥‥。でも娘はどこにいるか分からない。開ける価値はあるはず。
「よし、開けよう。夏美は少し下がってて」
デュホークブレイドに手をかける。落ち着け、もしも、もしもここに奴らのボスが居たら。この世界でのボスを僕は知らない。ゲームの頃はスキンヘッドだったけどこの世界でもそうとは限らないはずだ。
やることは2つ、娘の確認と敵がいないか。
バタン!
勢いよく開けて中を確認する。娘は、敵は?!
「‥‥‥ぇ」
そこには綺麗な金髪で身長も160くらいの女の子がいた。
着替え途中の下着姿で。
「キャアアァァ!!」
「お、落ち着け。僕たちは怪しい者じゃない君を保護しにきただけで」
「なにが保護よ!このっ痴漢!」
「いたぁっ!」
目覚まし時計らしき物が僕の鼻に激突した。
「さ、咲人!何があったの?!」
「む、娘らしき人がいた。保護したいけど、痛いっ!」
今度はタヌキの置物の様な物が後頭部に激突した。
「だ、だから話を」
「リーティ!どうした!」
夏美の後ろから厳ついスキンヘッドの人が走ってこっちに走ってくる。
スキンヘッド、ボスか?!
「お、おじさん。その人がわ、私の着替えをの、覗いてきて」
「お、おじさん?!」
「え、え?」
夏美も何が何だか分かってない様でアワアワと慌てている。
「てめぇ、覚悟しろやぁぁ!」
スキンヘッドの拳が僕の顔面に飛んでくる。も、もう分からん。
「はっ!」
目をさますと見知らぬ天井が。こんな体験するなんて思わなかったな。簡素なベッドに殺風景な部屋。恐らくあのビルの中ではあるんだろうけど‥‥‥
「いたた」
右目がすごく痛い。恐らくあのスキンヘッドに殴られたんだろうなぁ。
なにが何だか分からん。
その殺風景な部屋を出て、夏美を探す。夏美は大丈夫だろうか。
歩いていると女の子の笑い声が聞こえる。その声が聞こえる部屋をそっと開ける。
「そんな動物がいるんだ。不思議だねぇ」
「うん、まぁ襲ってくるから危険なんだけどね‥‥‥」
「へぇー、あっ」
そこには夏美と例の女の子が座って楽しそうにお喋りをしていた。えぇなにコレ。どんな状況?
「咲人!目覚めたんだ。良かったー」
夏美がホッとしたように息を吐く。
「あ、ああ。結局そこの子は一体」
「そうだね。私もさっき聞いたばかりだからちょっと戸惑ってるけど、話すよ?」
「ああ、頼むよ」
にしても右目痛いなぁ。うー、この世界にも医者はいるのかなあ。
「ああ、お嬢ちゃん。俺から話すからええぞ」
「っ!」
僕の後ろから低い声が発せられる。正直すごいビビった。
「お、お前はこの子を人質にしてないのか?この子の父親と組んで」
「ふざけんじゃねぇ!」
スキンヘッドが怒鳴り声をあげる。
超怖いんですけど‥‥‥。
「あいつは自分の娘をなんとも思ってねぇ。俺たちになんて言ってきたと思う?『こいつ好きにしていいから金儲けに協力してくれよ。ほら、こいつ顔はいいだろ?』ってな。チッいま思うだけでも虫酸が走る。俺たちはお前らみたいな奴らから貰った金はあいつに渡してた。気づくと思ってたんだよ。金なんかにゃ変えられない大切な娘に。でも、あいつはダメだった。気づくどころかエスカレートしていきやがった」
な、なんだそりゃ。ゲームの頃とキャラ変わりすぎだろ‥‥‥。でも、いい人、ではある事は分かった。
「も、もういい分かった。ありがとうございます。あと聞きたいのは君にだ」
「な、なによ」
いや、自分の胸を隠すようにしてこっちを睨まれても‥‥‥。
「えと、名前なんだったっけ」
「リーティよ」
「リーティ、僕は君のお父さんを牢獄に送った」
「牢獄‥‥‥?」
「牢獄は、そうだな。悪いことをした人間を閉じ込めておく場所だ」
「‥‥‥そう。でもなんとも思わないわよ」
「そうか。ならいい。あ、あと着替え覗いてすまなかった」
するとリーティは顔を真っ赤にして吠える。
「お、思い出させないで!記憶から抹消したいくらいなのに!」
え、えぇそんなにショックだったのか‥‥‥。僕もショックだ。
「あ、もう一つ。君、結婚がどうとか主人に言わなかったか?」
「あ、あれね。反応を見たかったのよ。お父さん、どんな顔をするんだろうって。す、少しは私を見てくれるようになるかなって‥‥‥。でも、でも。ダメだったよ」
涙を目に浮かべながら噛みしめるように言う。辛いこと思い出させちゃったな。聞かなきゃよかった。
「ごめん、嫌なこと聞いちゃったね」
「べ、別に。‥‥‥あんた名前は?」
「高坂咲人。16才だ」
「同い年なんだ‥‥‥。まぁよろしく咲人。」
いきなり呼び捨てかい‥‥‥まぁいいけどさ。
「よろしく、リーティ。君は、これからどうするんだ?ここで暮らすつもりか?」
「そう、ね」
「俺の事は気にせんでええぞリーティ。お前のやりたい事をやれ。お前の人生だ」
本当にいい人じゃないかこの人。うん。人は見た目じゃないな。
「私、先の街に行って蜂蜜屋を開きたい。ここも素敵だけど先の街に行けばここにない材料で新しい蜂蜜が作れるも思うの。だから、おじさん」
「だから、気にせんでええ。行け。おい咲人ぉ!」
「はいっ?!」
急にスキンヘッドに呼ばれてビックリした。
「‥‥‥頼むぞ、絶対守れ。そこのお嬢ちゃんもだ。いいな?」
そこのお嬢ちゃんとは夏美の事だろう。
「ああ、絶対守るさ」
「それでこそ男だ!」
そう言いながらバンバン僕の背中を叩く。痛い!痛い。
ビルの出口でリーティの出発準備の完了を夏美とスキンヘッドと待つ。
「じゃ、頼むぞ」
「何回言うんですか‥‥‥あっ、忘れてた。これ、赤髪の酒臭い男に返してくれますか?」
そう言って赤い拳銃を渡す。また忘れるところだった。
「ん?こりゃあ‥‥‥。ほぉー、あいつに会ったのか。咲人、これからそいつと関わることになるかもしれんぞ?覚悟しとけぇ。ガハハハ!」
な、なんだそりゃ。
「準備終わったよ!‥‥‥おじさん、今まで本当にありがとう」
リーティがペコッと頭を下げる。
「まあたまには戻ってこい。自慢の蜂蜜持ってな」
スキンヘッドがニッと笑いながら言う。なんか感動するなぁ。
「じゃあ、行ってきます!」
リーティが歩き出し、僕と夏美も後を追うように歩き出す。
「‥‥‥行ってらっしゃい」
スキンヘッドの厳つい声とは裏腹の優しい小さい声が僕達の背中まで届いた。




