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 強烈な背中に痛みを覚えて、目を覚ました。真っ暗な世界が彩美を包み込み、ベッドの中で蹲るしか出来ない。背中から何かが出ようとしているような痛み。痛みが強くなる度に、周りが明るくなり、不自然な風が渦を作り吹いている。

「新、助けて。」

 小さな声で呟き、ますます身体を抱え込んだ。

「彩美!」

 一仁が部屋のドアを乱暴に開け、飛び込んできた。

「かずちゃん…。」

 一仁を見上げる。電気さえ点いていないのに、顔がはっきりわかる。

「私、私…。」

「大丈夫だよ。落ち着いて。深呼吸をしてごらん。ゆっくりだ。」

 一仁の言う通り、ゆっくり呼吸をすると、ますます周りが明るくなり身体が熱くなる。

何度も繰り返すと、痛みは一気に治まり、背中に違和感だけを残している。

一仁は無言のまま立ち上がり、電気を点けると人口の光が部屋を明るくさせている。

彩美はその光に安堵を覚え顔を上げると、鏡に映し出された自分と目が合う。

「えっ。」

 驚きの声を上げ、口元を押さえた。悲鳴を懸命に飲み込むが、身体が震えは収まりそうもない。

信じられない気持ちで鏡を二度見しても、真っ白な翼を持ち白い輝きを放っている自分が映し出されている。自分にそっくりな別人としか思えない。

「かずちゃん…。」

 震える声で一仁を呼び、顔を見上げた。夢だと言ってくれるのを期待した眼差しで。

一仁は驚いた表情もなく冷静なまま、翼を持つ彩美を見ていた。

「俺達の本来の姿だよ。」

「本来の姿?」

「俺達は、天上球(てんじょうきゅう)という場所で生まれ、育った。何らかの事故により、俺達は地球に飛ばされ、今の姿になった。」

「かずちゃん…。」

「大丈夫だよ。そんな不安な顔をしなくても。何か遭ったら、俺が守ってやるよ。」

 一仁は、彩美の頭を撫ぜ、微笑んだ。

冷静な一仁の態度が、彩美に現実だと言い聞かせている。

「深呼吸をしながら、翼を仕舞いたいと思ってみな。翼は、背中に消える。」

「うん。」

 深呼吸をすると何もなかったように、今までの彩美の姿が鏡に映し出された。

「俺達には特別な力がある。彩美は、風と光の力を持っている。俺には、火と地の力がある。彩美はまだ上手く制御できないと思うから、動揺したりした時は気を付けた方がいい。わかった?」

「うん。ねぇ、かずちゃん。」

「うん?」

「天上球という場所で、新と行も一緒だったの?」

「知らない。でも、もう七海達に近付かない方がいい。理由はわかるだろう?」

 彩美は、頷く事も出来ずに黙ったまま、一仁を見ていた。

夢だと思いたい。でも、現実だと頭は理解していた、気持ちはついていけなくても。

「彩美、明日も学校だよ。もう眠りなさい。おやすみ。」

「おやすみなさい。」

 一仁が電気を消して、部屋を出ていく。

彩美はベッドに横になり、肩を抱き締め身体を小さくさせた。身体はまだ小刻みに震えたままだ。

「私、普通の人間じゃないの?天上球って、何?夢、そうよ。夢よ。これは、夢なの。」

 消えそうな声で呟き、流れ落ちた涙もそのままに、そっと瞳を閉じた。


 翌朝、カーテンの隙間から光が入り込み、目覚まし時計のけたたましい音で、重たい瞼を開け身体を起こした。頭が痛く、身体が重苦しい。よく眠れなかったからだろうか?

あれから、混乱を続けていた気持ちも少し経ち、冷静になった。自分の身体の異変、天上球という別世界、まるでファンタジーだと他人事のように感じながらも、自分の中で今起きている現実だと無理矢理飲み込んだ。

こんなファンタジーの世界に足を突っ込んでしまった自分は、普通の人間の新とは一緒にいられない。いつかはバレテしまうだろうし、その時の反応が怖い。それなら今のうちに別れた方が傷は浅い。そんな事も考え続け、苦しくて眠りを誘い出す事が出来なかった。

大きな溜息を漏らし、カーテンを開ける。彩美の心を知らないかのような晴天が広がっている。着替えを済ませて、一階に降りると食卓には、一仁と一紗が座っていた。

「おはよう。」

「おはよう。」

「彩美、顔色が冴えないな。調子が悪いようなら、休んでいた方がいいぞ。」

「ありがとう。少し寝不足なだけ。大丈夫よ。」

 食卓に座り、そっと瞳を閉じた。一仁は何もなかったような顔をしている。

何もなかった方がどんなによかっただろう。

「おはよう。」

「おはようございます。」

 食卓に五人が揃い、食事が始まる。彩美は、目の前に出されたサラダに少し手を付けただけで、フォークを置いた。

「ご馳走様でした。」

 冷たい野菜ジュースで喉を潤し、俯いた。

「一紗、庭で待っているよ。行こう、彩美。」

「うん。」

 一仁に連れられ、庭に出た。綺麗に薔薇が咲き誇っているのに、今日は目にも入らない。

「彩美、そんなに気にする事はないよ。翼や力があっても普段はわからない。」

「うん。」

「七海の事なら、忘れてしまえばいい。今なら、そんなに傷は深くない。」

 彩美は何も言えずに、俯いた。

「俺と付き合うか?そうすれば、もっとラクに忘れられるよ。」

「かずちゃんは、それでいいの?」

「俺は構わないよ。」

「ごめんなさい。でも、私にはムリ。そんなに器用じゃないの。」

「そうか。でも、一年後の約束は伸ばせないぞ。憶えておいて欲しい。」

「はい。」

 小さな声で頷いて、ますます下を向く。

結局、答えは出なかった。新と別れ、距離を取る。簡単な答えのはずなのに、それを実行する事は出来そうにない。新が愛しい、一緒にいたい。そんな願いが邪魔をする。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。お待たせ。」

 一紗が、顔いっぱいの笑顔で走ってくる。

「じゃあ、行こう。」

 車に乗り込み、学校へ向かう。ぼんやり車窓から流れる景色を見ていた。

「ありがとうございました。」

 車を降り、校内に向かう。教室の前で深呼吸をして、ドアに手を掛ける。

「おはよう。」

 新と行が振り返り、笑いかける。

「おはよう。」

 バッグを置いて、小走りで美弥子の席に向かった。

「おはよう。」

「おはよう、彩美。」

 智恵達との何でもない会話に混ざる。

新と顔を合わせる勇気はなかった。新の視線を背中に感じながらも無視を続けるしか出来ない。

チャイムが鳴り、席に戻る。

「あのさ、彩美。」

 新が声を掛けてくる。彩美は授業の準備をして、聞こえないフリをした。

先生が入ってきて、ほっと肩を撫で落とす。

このままではいけないと思いながら、打開策を見出せずにいた。


 こんな調子で新を避け、長い一日の半分を終えた。午後一番の授業は、外で体育。体育着に着替え、外に出る。眩しい日差しは、空気を熱くし、風さえも暖めていた。

「彩美!」

 サッカーボールが彩美の前に転がり、ドリブルをしながらゴールに走る。彩美の足から放たれたボールはキーパーの手を掠め、ネットを揺らした。

「ヤッター。」

 キーパーの手からボールが放たれたが、彩美は身体の火照りを感じ立ち止まった。隣のコートで同じようにサッカーをしている新に自然と視線が向く。新もゴールを決め、嬉しそうに笑っている。

「こんなに傍にいるのに…。」

 小さな声で呟き、大きく息を吐いた。視線を無理矢理剥がし俯くと、靴紐がほどけている。しゃがみ込み、靴紐を結び直す。

「彩美、どうしたの?」

 美弥子の声を聞いて、急いで走り出そうとするが、目の前が真っ暗になり動けなくなる。くらくらと世界が回り、意識が遠のき、倒れていく自分を感じた。でも、どうする事も出来ずに、そのまま地面に倒れこむしかない。

「彩美!」

 遠くで新の声が聞こえた気がする。

けれど、応える事は出来ずに、そのまま、意識を失った。



やっとファンタジー要素が出てきました。

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