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 天上球の空は綺麗に晴れ渡っていた。地球よりも少し科学が進歩しても街の装いはそれほど変わらない。人々は街を行き交い、変わらない日常を楽しんでいる。

 一週間の狭い部屋での旅を終え、アスファルトで舗装された地面に足を付ける。手錠をされているが四人の表情は暗くなかった。

シンはアヤミに手を差し出し、気遣いながら歩いている。

そして、四人はマザーのいる政府ビルの中にある小さな収容所に別々に入れられた。窓もない壁、薄暗い廊下が見えるだけの鉄格子が、余計な重圧を与えている。

「午後一時からマザーがお会いになるそうです。昼食を摂って、待っていてください。」

「ありがとう。」

 アヤミは食事を受け取り、口にした。お腹にいる子供のためにも栄養が必要だと自分に言い聞かせながら。本当は食事など欲しくない。緊張と恐怖で潰れてしまいそうだ。スプーンを持つ手も震えている。深く息を吐き出し、そんな自分を落ちつけようと足掻き続けている。

「一人になるとダメね。弱気になってしまう。しっかりしなくちゃ。」

 独り言を呟き、箸を置いた。どうにか半分ほど食事に手を付けた後で。

「大丈夫よ。私達が必ず守ってあげる。」

 お腹に触れ、子供に、自分に言い聞かせるように、言葉を声に乗せる。

「光彩美さん、出てください。」

「私は、もう光ではありません。七海彩美です。」

「マザーは貴方達の結婚を認めていません。地球では知りませんが、ここでは光彩美さんのままです。」

 冷静沈着と体現している男性に着いて、部屋を出る。少し歩き、冷たい空気を纏った部屋に通された。収容所より薄暗く、真ん中に椅子があるだけの殺風景な場所。

「ちゃんと昼食、食べたか?」

 四つの椅子の右側真ん中に座るシンの横、左側真ん中に座り、数時間ぶりにシンの顔を見上げた。

「うん。少しは摂るようにした。」

「そうか。」

 二人は顔を見合わせ、小さく頷き合う。

「久しぶりですね。」

 部屋の明かりがもう一段暗くなると、穏やかな声が上から囁きかける。四人は口を閉じ、一様に掌を握り締めた。

「光さん、貴女…。」

 驚きを含んだ天からの声が震えている。

「子供を身籠っているのですか?七海さんとの子供なのですか?」

「はい。私達は地球で結婚して、子供を授かりました。」

「…そうですか。七海さん、貴方は、こんな重罪を犯してまで一緒にいたいと願うほど、光さんを愛しているのですか?」

 マザーの声が動揺の色を隠さないまま、発せられる。

「はい、愛しています。どんな事をしても一緒にいたい。マザーから見たら、間違った想いなのかもしれない。でも、俺は、俺達は、この気持ちをどうにも出来なかった。ただ、一緒にいたい。それだけが願いだった。俺はあの時よりもアヤミを愛しています。この気持ちに嘘はつけない。」

 コンピュータのはずなのに、感情の篭った溜息が聞こえ、沈黙が流れる。

「わかりました。私が決めた事で貴方達を苦しめてしまいましたね。いえ、貴方達の他にも同じように胸を痛めた方々がいますね、きっと。今、この時から強制結婚を廃止したいと思います。愛する気持ちを止める権利は誰にもないはずですからね。」

「マザー…。」

「四人にはこれから自由に生活して欲しいと思います。そして、本当に愛する人と結婚し、子供を育てて欲しいと願います。」

「ありがとうございます。」

「微風さん、貴方は、忘却処理を望んでいるそうですね。どうされますか?」

「もう望んではいません。忘れたい記憶も俺の一部だとわかりましたから。」

「そうですか。それでは、七海さん、微風さん、奥山さんには、三層公務員として、これから活躍して欲しいと思います。配置などはおってお知らせします。あと、住む場所ですが三層公務員の宿舎を用意したいと思います。よろしいですか?」

「ありがとうございます。」

「光さん、元気な子供を産んでください。」

「はい。」

「何かあるようでしたら、聞きますが。」

「あの、マザー。」

 カズヒトがゆっくり顔を上げた。

「何ですか?」

「地球での俺達はどうなってしまうのですか?家族が心配していると思うのですが。」

「それなら心配はいりません。関わった全ての人物から貴方方の記憶は消去されてします。」

「消去?」

「本来なら貴方達は地球にいてはいけない存在。仕方がないのですよ。」

「でも、俺達は子供からやり直しました。それでも地球に存在しないのですか?」

「身体も心も年齢を支えきれなかったのでしょう。だから、子供に戻ってしまった。多分、生後すぐの身体だったのでしょうね。」

「じゃあ、本当の両親ではないと…。」

「そうですね。血の繋がりはないと思います。でも、詳しくは今の段階ではわかりません。」

「そうですか。」

 カズヒトが深く溜息を零した。

「カズちゃん。」

 アヤミが心配そうにカズヒトに視線を向ける。

「でも、おじさんもおばさんも一紗ちゃんもカズちゃんの本当の家族だったのよ。それは変わらない。」

「ありがとう、アヤミ。」

 カズヒトが諦めを含んだ笑みを漏らす。

「マザー、お願いがあります。」

「何ですか?」

「俺を忘却処理してください。」

「カズちゃん!」

「地球での記憶、アヤミとの婚約。全てを忘れて、やり直したい。」

「わかりました。本当に宜しいのですね?」

「はい。新しく始めるためには必要な事だと思います。きっと、全てを忘れられたら、七海や微風とも友人として付き合っていける。それが、俺の願いです。」

「そうですか。奥山さんの願い、受け止めます。忘却処理が終わったら、両親の所を訪ねてください。ずっと貴方を待っていますよ。」

「父さんと母さんが?」

「えぇ、何度も政府に足を運ばれ、貴方の行方を追っていました。貴方方が地球にいた五年の間に妹も生まれ、四歳になるそうですよ。」

「妹?」

「カズサさんとおっしゃるそうです。」

「カズサ…。」

 カズヒトの口元が軽く弧を描いた。

「ありがとうございます。マザー。」

「皆さん、幸せになってください。」

「はい。」

 同時に四人が席を立った。

 アヤミとシン、ユキは、そのまま新しい部屋に案内された。

 

 カズヒトは、アヤミと強制結婚を言い渡される前の記憶を残し、忘却処理が行われた。政府の外に出ると、両親がカズヒトを待っている。

「父さん、母さん。」

「カズヒト…。」

 母親は大粒の涙を零し、カズヒトを抱き締める。

「どれだけ心配したと思っているの。貴方って子は…。」

「無事でよかった。」

 父親に肩を軽く叩かれ、カズヒトは口元だけに笑みを浮かべた。

「おかえりなさい、お兄ちゃん。」

 カズサが、カズヒトのズボンを引っ張りながら、顔いっぱいの笑みを零している。

「初めまして、カズサ。」

「私、お兄ちゃんと会えるのを楽しみにしていたの。よろしくね。」

「よろしく、カズサ。」

「うん。お兄ちゃん。」

 カズヒトが微笑みかけると、カズサは人懐こい笑みを零し、カズヒトの手を握り締めた。

「帰りましょう。」

 一つになった家族の影が、温かい家に向かい歩み出した。

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