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「七海さん、お疲れ様。」

「お先に失礼します。」

 七海と呼ばれるにも慣れ始め、こちらに来て、三ヶ月が過ぎた。穏やかな時間が流れている。彩美は、何もなく三人で過ごす、この時間に満足していた。

 夕陽が街を照らしている。山際が真っ赤に染まり、反対側の山際は闇に沈もうとしている。彩美は、表から店に入り、買い物をしようとしていた。

「彩美。」

 背後から聞き慣れた声で呼ばれ、彩美の動きが止まる。ここで聞くはずのない声、ゆっくり振り返った。

「かずちゃん…。」

 彩美の声が震えている。表情が凍ったまま、一仁を真っ直ぐに見つめた。

「そんな顔をしなくてもいいだろう。三ヶ月ぶりに会った、従兄妹に対して、失礼だろう。」

 一仁が楽しそうに笑いを漏らす。

「どうして、ここに?」

「もちろん、彩美と帰るためだよ。もう、気が済んだだろう?帰ろう。」

「私は、帰らないわ。それに、あそこには、私の居場所はないもの。」

「彩美の部屋は、あのままにしてある。それに、大学にも休学届けを出してある。何も心配をしなくてもいい。」

「それに、私、結婚したのよ。今までとは、違うの。」

「結婚、か。」

 一仁が、口元だけ笑みを浮かべた。彩美は、右手に持っていたバッグを抱えて、少しだけ震えていた。

「とりあえず、そこのカフェでコーヒーでも飲みながら、話をしないか。」

 無言のまま、一仁の背中に着いてきた。

「彩美の好きなホットカフェモカだよ。」

「ありがとう。」

 一仁からコーヒーを受け取り、少しだけ口に付ける。

「どうして、ここがわかったの?」

「わかるよ。籍を移動していたから、ね。」

「そう。」

 彩美は、コーヒーに小刻みに口を付ける。自分を落ち着けようとしていた。

「彩美、どうして、七海なんかと結婚なんかしたんだ?」

「好きだからよ。」

 真っ直ぐに一仁を見つめた。

「好きだからね。あんな弱虫のどこがいいんだ?俺との戦いが怖くて逃げ出すような男なんだぞ。」

「違うの。私が言い出したの。もう、新とかずちゃんが争うなんて、見たくなかったの。」

「争いをやめるのは、簡単な事だよ。彩美が、俺を好きになれば良いだけだ。」

「ごめんなさい。」

 彩美は両手で持ったカップを見つめた。

「かずちゃんなら、もっと素敵な女性と恋愛が出来るわ。もう、私の事は、放っておいて。お願い。」

「彩美より素敵な女性か。」

 一仁がコーヒーを飲み込んだ後、小さな溜息を漏らした。

「自分でもどうかしていると思っているよ。でも、止められない。彩美が欲しいんだ。」

「かずちゃん、ごめんなさい。私、やっぱり、新と離れられない。ずっと、一緒にいたいの。だから、かずちゃんとは、一緒にいられない。わかって欲しいの。」

「彩美は、ムリばかり言うんだな。でも、いいよ。もう、彩美は俺と帰るんだから、な。」

「帰らないと言っているでしょう。」

「そんな事が言えるのも今のうちだけだよ。」

「かずちゃん?」

 怯えた瞳をした後、一仁を睨み付けた。

「何をするつもりなの?」

「別に。ちょっと、小細工をさせてもらっただけだよ。特別な事は、まだしていない。」

「帰るわ。もう、会う事もないわね。」

 彩美が立ち上がる。目が回る感覚を覚え、テーブルに手を着いた。

「コーヒーに何を入れたの?」

「ちょっと、睡眠薬を入れただけだよ。帰ろう、彩美。」

「かずちゃん…。」

 彩美が倒れこむのを抱きかかえた。店員が駆け寄って来る。

「どうかされましたか?」

「いつもの貧血です。気になさらないでください。」

「そうですか。タクシーをお呼びしましょうか?」

「大丈夫です。すぐ傍に車を止めてあります。そこまで運ぶだけですから。」

「お手伝いをしましょうか?」

「いえ、彼女、一人くらいなら運べますから、お気使い、ありがとうございます。」

 一仁は、彩美を抱き上げ、車に歩く。助手席に彩美を寝かせ、車を発進させた。

土手沿いの細い道を走っていると、前から車が来て、道を遮った。中から、新と行が出てくる。

「彩美を何処に連れて行くつもりだ。」

「家に帰るんだよ。お前らには関係ないだろう。邪魔をするな。」

 窓を開けて、苛付いた声を出す。

「彩美の意思を無視するな。彩美は、俺達といる事を選んだ。彩美のために、放っておいてくれ。」

「お前らと話をしていても平行線なのは、わかりきっている事だ。話もしたくない。」

 一仁が車のドアを乱暴に閉めて、川原に下りていく。

「ここで決着をつけよう。あとでゆっくりと考えていたんだが、仕方がない。」

「わかった。」

 新と一仁が川原で睨み合う。夕陽は沈みかけ、もう暗くなり出していた。

行は、一仁の視線が新に向かっている事を確認して、車のドアを開けた。

「彩美、彩美。」

 助手席に横たわる彩美に声を掛ける。

「うぅん。」

 苦しそうに声を上げ、瞳を開ける。

「大丈夫か?」

「目の前がくらくらするけれど、平気。」

 身体を起こすと地面が揺れる。頭がぼんやりして、思考回路がストップしている。

「行、かずちゃんは?」

「新と戦っているよ。」

「お願い。二人の所に連れて行って。止めなくちゃ。」

「ムリだよ。」

「ムリじゃない。だって、二人が争うなんて、そんな事をして欲しくないの。」

「わかったよ。」

 行は彩美を抱き上げ、川原に下りた。

「新、かずちゃん、止めて。」

 叫ぶけれど、声は届かない。新の周りに炎が出て、燃え上がっている。新は、川に手を向け、水を呼び、炎が一瞬のうちに消える。

「止めて!」

 声と共に突風が吹く。二人が同時に振り返った。

「彩美、また来るよ。今度は、帰ろうな。」

 一仁が車に向かって走っていく。新は追いかけようとはしなかった。一仁が車で走り出すのを確認すると、彩美と行の方に歩み寄る。

「彩美、大丈夫か?」

「ごめんなさい。」

「行が探し出せる範囲にいたから、よかったけれど、これからは気を付けるんだよ。」

「うん。」

「従兄妹だから心を許したい気持ちは、わかるけれど、こんな結果を呼ぶんだ。新がどれだけ心配したか。」

「はい。本当に、ごめんなさい。」

「もう逃げられないよ。」

「うん。わかっている。」

「帰ろう。」

 行と新が、彩美に笑顔を向ける。彩美も応えるように微笑んだ。


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