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 桜の蕾が大きくなり、もうすぐ花をつけようと準備を始めていた。梅の花は、もう咲き誇り、人々の目を楽しませていた。


 彩美は、嫌がる新を説得して、卒業式を終えた今日、この街を出る事にした。一仁との戦いを回避する方法として、それしか思い浮かばなかった。

彩美が住んでいた街に小さなハイツを見つけ、そこに引越しの準備をしている。新と行は、正社員の仕事を見つけ、彩美も近くのスーパーのレジの仕事を見つけた。確実に新しい環境を整えてきた。


 卒業式を終え、早々と校内を出る。

「じゃあ、零時に駅前で。」

「うん。気を付けてね。」

「彩美こそ、見つかるなよ。」

「うん。」

 十字路で別れ、彩美は急いで最後の荷物をコンビニに持って行き、新しい住所に送付した。ファッション雑誌を一冊買って、コンビニを出る。

「彩美。」

 コンビニから少し歩くと、一仁に会う。学生服のボタンは全てなくなり、シャツが露わになり、少し寒そうに見えた。

「おかえりなさい。今、帰り?」

「そうだよ。」

「全然、ボタンがないじゃない。」

「あっという間に、取られたよ。」

「瑤子さんには?」

「瑤子?どうだろうな?」

「そう。」

「これから、暇だろう?」

「嫌な言い方をするのね。実際、暇だけれど。」

「じゃあ、コーヒーでも奢るよ。」

「うん。」

 近くのカフェに入る。席に腰掛けると、一仁が立ち上がる。

「何を飲む?」

「ホットカフェモカ。」

「わかった。」

 チーズケーキとコーヒーを持ってくる。

「彩美、チーズケーキが好きだったよな。」

「憶えていてくれたのね。ありがとう。」

 二人で向かい合いに座り、温かいコーヒーに口をつけた。

「こんな風に二人でお茶をするなんて、久しぶりだな。」

「そうだね。」

「これから、カラオケでも行かないか?」

「いいよ。かずちゃんの奢り?」

「仕方がないな。奢るよ。」

「わぁい。ありがとう。」

 彩美が笑顔を見せると、一仁は眩しそうにそれを見つめた。彩美の胸がちくりと痛む。

「かずちゃん、瑤子さんとはどうなったの?」

「瑤子?別に。」

「瑤子さんとは、このままでいいの?」

「いいも何もないだろう。最初から、瑤子が一方的に恋人面していただけなんだから。」

「そう。」

 彩美は小さな溜息を漏らした。

「瑤子さん、とても良い人だと思うわ。」

「何が言いたんだ?」

「本当に瑤子さんと何の関係もないの?」

「どう言う意味だ?はっきり言えよ。」

「間違っていたら、ごめんなさい。私が感じるだけなんだけれど、二人は身体の関係があるように、思うの。違う?」

 一仁が目を逸らして、口を閉じる。

「やっぱり。瑤子さんは、しっかりした考えの女性だと思ったの。だから、意味もなく、かずちゃんの彼女面をするようには、思えなかったの。」

「俺を責めているのか?」

「まさか。でも、このままじゃ、瑤子さんが可哀想よ。」

「瑤子は、俺の気持ちがない事をわかっていて、この関係を望んだ。承知の上なんだ。」

「承知の上ね。それしか、選べなかったんじゃないの?」

 一仁は何も言わずに、彩美を見ていた。

「別にかずちゃんを責めているわけじゃないわ。瑤子さんにも責任があるもの。でも、もう少し、瑤子さんの事を考えてあげられないの?」

「ムリだ。それに、もう関係は終わっている。」

「そう。」

 彩美は一仁から目を逸らして、そっと溜息を漏らした。

「こんな事を彩美は気にしなくてもいい。」

「わかった。かずちゃんが、触れられたくないのなら、もう言わない。じゃあ、カラオケに行きましょう。」

「そうだな。」

 トレーを片付け、店を出た。カラオケに行くと学生で溢れかえっている。少しだけ待ち、部屋に案内される。二人で過ごすには大き過ぎる部屋。ソファーの奥に一仁が座り、バッグを間に置いて、彩美は腰掛けた。

「先に入れていい?」

「いいよ。」

 彩美は、お気に入りのミュージシャンの新曲を入れた。バラード調の曲を丁寧に歌い上げる。

「彩美、意外とうまいな。」

「意外なんて、失礼ね。」

「褒めているんだよ。」

「そうかしら?」

 不機嫌そうな表情をした後、二人で顔を合わせて、笑った。一仁もドラマの挿入歌になっている新曲を歌う。

「かずちゃんが、こんな流行の歌を知っているなんて、意外だったわ。」

「結構、レンタルとかしているんだ。ドラマもチェックしているし、な。」

「そうなんだ。」

「同じ屋根の下にいても知らない事って、多いんだな。ほとんど自分の部屋にいるから、余計だな。」

「そうね。でも、私の知らないかずちゃんの顔を知っているのよ。」

「彩美の知らない俺の顔?」

「クールなかずちゃん。学校では、そのイメージらしいわ。」

「あぁ。いつも一人でいるから、そんなイメージなんだろう。」

「どうして?友達がいないの?」

「いないんじゃなくて、作らないの。彩美や家族以外に情を持ちたくないからさ。それに友達同士で一緒にいるのが面倒だから。」

「楽しいじゃない。くだらない事で笑ったり、ドラマの話をしたり、すごく楽しいわよ。」

「いいんだ。そんな事より、大切な人をもっと大切にしたい。それに、そんなに多くの人を守れるほど、器用じゃないんだ。」

「かずちゃん…。」

「だから、彩美や一紗、両親には優しく出来る。それでいいんだ。」

「そう。」

 彩美は、言葉を見出せずに、歌う事で誤魔化した。一仁の心が彩美の心に重く圧し掛かろうとしている。交互に曲を入れ、二時間、熱唱をした。

「そろそろ、帰るか?」

「そうだね。」

 一仁の大きな背中に着いていく。

「楽しかったな。」

「うん。」

「また、来ような。」

「うん。」

 彩美は俯いて、溜息を漏らした。

「ごめんね。」

 一仁の背中に小さな声で呟いた。

「何か、言ったか?」

「ううん。何も。」

 無言のまま、歩く。家に着くと、夕食の時間だった。着替えをして、食卓に着く。

「随分、遅くまで遊んでいたのね。」

「二人でカラオケに行ってきたんだ。」

「私も行きたかったな。」

「今度、一緒に行こうな。」

「うん。カラオケもいいけれど、ボーリングがいいな。お姉ちゃん、私、すごくうまいんだよ。お兄ちゃんに教わったの。」

「そっか。」

 一紗に向け、笑顔を見せる。

「お姉ちゃんにハンデをあげる。負けないからね。」

「私も負けないわよ。」

「うん。」

「私も行こうかしら?」

「母さんも?」

「私、うまいのよ。昔はお父さんとよく行ったのよ。」

「じゃあ、母さんの奢りだよ。」

「そう言う場合、親に奢ってあげるものじゃないの?」

「俺が稼ぐようになったらな。」

「期待しているわ。」

「私にも奢って。」

 一紗が一仁に笑顔を向ける。一仁も笑顔で一紗に答える。

「もちろん、一紗にも奢ってやるよ。あっ、彩美にも、な。」

「あら?私も。ありがとう。」

 彩美の笑顔が少しだけ引き攣っているのを感じていたが、どうにも出来ない。


 食事を終え自分の部屋に戻ると、彩美は大きな溜息を漏らし、ベッドに腰掛けた。買ってきた雑誌を開く気にもならず、ぼんやり時計に目をやる。未だ八時を指したばかり。机に座り、便箋を開いた。


『かずちゃん、ごめんなさい。私は、この街を出ます。やっぱり、かずちゃんと一緒にはいられない。誰かが争うのをもう見ていたくないの。私の事は忘れてください。かずちゃんなら、もっと素敵な女性と恋愛が出来ると思う。それに、瑤子さんも素敵な女性だと思う。よく考えてみてください。あと、おじさんとおばさん、一紗ちゃんによろしく伝えてください。遠い空の下で、かずちゃんの幸せを祈っています。P.S.遊びに行く約束を守れなくて、ごめんね。可愛い彼女と行ってください。』


 便箋を折り畳み、封筒に入れた。糊付けはしないで、机の上に置いた。立ち上がり、小さなボストンバッグに荷物を詰め込む。必要最低限の物だけしか持たない。それ以上の物がなくなれば、不信感を抱かれる。お気に入りの本もCDも大半を置いていく事を決めていた。時計の針が十一時三十分を指そうとする。彩美は、静かに部屋のドアを閉め、忍び足で家を出た。玄関を出ると駆け足で門まで向かう。門の前で振り返り、家を見上げた。

「さようなら。」

 小さな声で呟き、歩き出した。夜の街は、静かに眠っているようだ。駅前に近付くと少しだけネオンが明るくしていた。

「彩美。」

 駅が見えてくると、新と行が微笑みながら、彩美を迎える。ほっと胸を撫で下ろすような笑顔を見せ、駆け寄った。

「待った?」

「大丈夫だよ。行こうか?」

「うん。」

 車に乗り込み、発車する。街が遠くなるのをぼんやり眺めていた。

「今日、かずちゃんとカラオケに行ったの。楽しかったけれど、少し苦しかった。かずちゃんに何度も嘘をついたわ。仕方がないとわかっているけれど、辛かったの。」

 新は無言のまま、彩美の手を握り締めた。

「かずちゃんなら、きっと素敵な彼女が出来るわよね?私なんかより、ずっと素敵な女性。だから、大丈夫よね?」

「彩美は間違っていないよ。」

 行がミラー越しに微笑む。

「新と行と三人で新しく生活を始める事、間違っていないよね?これでよかったんだよね?」

「俺達が離れる理由はないよ。」

「うん。」

「彩美、疲れた顔をしている。少し眠りなよ。着いたら起こすよ。」

「うん、ありがとう。」

 横に座る新が、肩を抱いて、横になるように促す。彩美は素直に従い、新の腿を枕に、横になった。瞳を閉じて、車の揺れを感じていると、知らないうちに眠ってしまう。

「奥山は、これで諦めると思うか?」

 彩美が眠った事を確認して、口を開く。

「ムリだと思うな。まぁ、時間稼ぎにはなるだろう。あの奥山だ。何処までも彩美を探そうとするだろう。地球に来てまでも争うようなんだな。」

「仕方がないよ。彩美を失いたくない。ただ、それだけの理由だ。でも、彩美は傷付く。それだけが、嫌だな。」

「彩美は優し過ぎるんだよ。奥山の事なんて、気にしなければ、もっとラクになれるのに、それが出来ない。」

「彩美の良い所だよ。行、お前まで巻き込んで悪かったな。ここでは、お前まで巻き込む理由は何もないのに、さ。」

「巻き込まれたなんて、思っていないよ。俺自身が、一緒に行く事を決めたんだ。天上球にいる時から、俺の家族は、彩美とお前だけだ。だから、一緒にいて、当たり前だろう。」

「ありがとう。」

「新だって、俺と別れるのは辛いだろう。」

「そうだな。」

 二人は声を潜めて、笑い合った。

「新、学校での噂を知っているか?」

「噂?」

「俺達、ホモだと言う噂があったんだって、さ。お前が彩美と再会する前まで。」

「何だよ、それ。気色悪いな。」

「俺だって、同じ意見だよ。」

 少しだけ笑って、新が真顔に戻る。

「行、ずっと聞きたかったんだけれど、正直に答えて欲しい。」

「何?」

「今も彼女を、愛しているのか?」

 新が真剣な表情をする。行は、前を見つめたまま、口元だけ笑みを浮かべた。

「例え、そうでも何も変わらないよ。そうだろう?それでいいんじゃないか?」

「そうか。わかった。」

 二人の間に沈黙が流れる。

「それにさ、彼女は何も気付いていない。」

「鈍感だからな。」

「そうだよ。物凄く鈍感だから、さ。」

 お互いに含み笑いを漏らす。

「そろそろ、着くよ。彩美を起こしてもいいんじゃないか?」

「あぁ、そうだな。彩美、彩美。」

 彩美が目を擦る。

「そろそろ、着くよ。」

「うん。」

 瞳を開け、身体を起こす。

「本当だ。もうすぐだね。」

 見慣れた景色を眺めて、微笑む。車を駐車場に置き、部屋の前に立つ。

「じゃあ、十時頃、朝食にするわ。それまで少し休みましょう。」

「おやすみ。」

「おやすみなさい。」

 行は、隣の部屋に入る。彩美と新も部屋に入った。

「シャワーを浴びる?」

「いいよ。このまま、眠ろう。」

「うん。」

 新は、部屋の真ん中に立ち尽くしている。

「新、どうしたの?寝よう。」

「あのさ、彩美。」

 新が真剣な表情で彩美を見つめる。

「どうしたの?」

「結婚しよう。」

「えっ。」

 彩美が瞳を見開き、新を見つめた。

「紙切れに拘るわけじゃないけれど、ずっと一緒にいる約束として、さ。それに、ここでは、俺達は結婚出来る。そうだろう?」

 新が頬を染め、恥ずかしそうに微笑む。

「うん。そうね。」

 彩美が嬉しそうに笑みを浮かべる。

「結婚してくれますか?」

「もちろん、お受けします。」

「よかった。」

 彩美の頬に触れ、口付けを交わす。

「じゃあ、明日、もう今日か。市役所に手続きに行こう。」

「うん。」

「じゃあ、眠ろう。」

「うん。」

 二人で笑顔のまま、見つめ合った。


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