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「ただいま。」

 一日の授業を終え、一仁の家に辿り着いた。

「おかえりなさい、お姉ちゃん。」

 玄関の横を通りかかった一紗が、微笑みながら、彩美を見上げる。

「ただいま。」

 どうにか微笑みながら挨拶を声にした。

「早かったのね。」

「そう?かずちゃんは、まだ?」

「うん。まだだよ。」

「そっか。」

 一紗と別れ、部屋に入った。窓を少しだけ開け、空気の入れ替えをする。着替えを済ませ、ベッドに腰掛けた。立っているのさえ辛いほど疲れていた。

「新…。」

 唇に触れ、新のぬくもりを思い出していた。

「これで、よかったのよね。」

 自分を納得させるように囁き、溜息を漏らした。瞳を閉じ、何気なく風の音に耳を澄ませる。

急に風が変わり、何かを伝えようと音を鳴らす。それと同時に、強力な力を感じ取り立ち上がった。

ぼんやり、燃え盛る炎と新の姿が瞼の奥に映る。

「新!」

 部屋を飛び出し、瞼の奥に映った映像の場所、砂浜に向かい走り出した。さっきまで晴れ渡っていた青空が雲を呼び、泣き出した。雨の中を必死に走り続ける。砂浜に近付く毎に雨は強さを増していた。

それによりますます普通じゃない事を実感出来る。

「新!かずちゃん!」

 砂浜に二人の姿を確認すると、大声で叫んだ。一仁が口を動かすのがわかるが、何を話しているのか、聞こえない。砂浜に下り、砂に足をとられながら、走る。二人の間にあった緊張した空気が解かれると同時に、雨が止み、雲が散る。

「じゃあな。」

 新が、彩美の肩を叩き、歩き出す。

「新?」

 新の背中を見つめてから、一仁を見上げた。

背中に雲の切れ間から光を降り注ぐ夕陽を浴びながら、彩美に微笑みかける。

「どうしたんだ?」

 何もなかったような表情をしている。彩美はとっさに言葉が思い付かずに視線を泳がせると、黒い物が目に飛び込んでくる。足元に転がっていたのは炭と化した木片で、それを手に取り、一仁を睨み付けた。

「かずちゃん、新に何をしようとしたの?」

「別に何もしていないよ。」

「嘘よ。じゃあ、この燃えた木片は何?かずちゃんが、力を使ったんじゃないの?」

「どうして、わかった?」

「風が教えてくれたの。」

「風が、ね。」

 一仁が口元だけ笑みを作る。

「新に手出しをしないで。新には力がないのよ。かずちゃんや私とは違うの。」

「そんな怖い顔をするなよ。」

「茶化さないで。」

「わかったよ。」

 諦めたように微笑む。

「帰ろう。」

 一仁が歩き出す。

「待って。」

「何だよ。」

「新と行が手首に火傷をしたの。まさか、かずちゃんの仕業なの?」

「もし、そうだとしたら?」

「許さないわ。」

「具体的に、どうするつもりだ?」

「絶対にかずちゃんと結婚なんてしないわ。もう、話をするつもりもない。今すぐに、家を出るわ。そして、かずちゃんに会わない。一生、ね。」

 一仁は呆れ果てたように溜息を漏らした。彩美は真剣な表情を崩さない。

「どうして、俺がそんな事をすると思うんだ?何か確証でもあるのか?」

「何も証拠はないわ。」

「じゃあ、俺の仕業じゃないよ。そんな事をしても何の得もない。」

「……。」

「七海達は、俺達の力を知らない。それでは脅しの意味がないだろう。」

「…そうね。疑って、ごめんなさい。」

 彩美は、肩の力を抜き、溜息を漏らす。

「かずちゃん。もう、新に手出しをしないで。どんな事があっても、私が新を守るわ。かずちゃんと敵対するなんてしたくないの。だから、お願い。」

「あんな怖い顔で睨み付けられたんじゃ、仕方がないね。わかったよ。でも、どうして、そんなにヤツを守ろうとするんだ?」

「好きだから。傍にいられなくても、彼だけを愛している。この気持ちだけには、嘘を付けないのよ。」

「変わらないな。」

 空気に消えてしまう位の声で呟く。

「えっ?」

「何でもないよ。もう、帰ろう。」

「うん。」

 一仁の後を着いていく。肩幅が広く、大きな背中は、まるで知らない人みたいに遠く感じさせる。

沈黙だけが二人の間にあった。

「彩美。」

「はい。」

「もう少し、考えて行動したら、どうだ?」

「どういう意味?」

「俺は、彩美より力が強い。早い話が彩美を殺す事さえ簡単に出来る自信がある。その俺に逆らい、七海を守ろうとするのは、無謀な話だ。それだったら、俺の言う事を聞いた方が、七海を守る事になる。」

「私は殺されてもいい。でも、新だけはどんな事をしても守るわ。例え、かずちゃんを殺す結果になっても。」

「俺を殺す?彩美にそんな事が出来るのか?そんな覚悟が出来るのか?」

「そんな状況になったら、やるわ。出来る、出来ないじゃないの。遣って退けるわ。」

「普段の彩美からは、想像も出来ない言葉だな。わかったよ。彩美に殺されたくないから、もう何もしないよ。」

 胸の前に両手を上げ、苦笑いを浮かべる。

「わかってくれれば、いいのよ。女はいざとなったら、強いのよ。覚悟しておいてね。」

「わかりました。」

 二人で顔を合わせて、少しだけ笑う。

「彩美は、普段はお嬢様のように見えるけれど、化けの皮を剥がすと鬼のような顔になるんだな。」

「失礼な言い草ね。」

「本当の事だろう。」

「じゃあ、せいぜい、化けの皮が剥がれないように、行動する事ね。」

「わかりました。」

 二人の間に穏やかな空気が戻る。二人の背中が夕陽に消えるように遠ざかっていった。

けれど、彩美の中には大きな塊のような何かが胸に痞えたまま…。

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