1.
新連載です。よろしくお願いします。
雷鳴が響き渡り、真っ黒な雲から大粒の雨が降り出した。所々大地が裂け、廃墟と化したビルが傾きかけている。周りを取り囲む壁に凹みが生じ、ここで行われている何かの激しさを物語っている。
「アヤミ!」
「シン!」
爆発で起きた突風に巻き込まれ、宙に放り出される。
アヤミと呼ばれた彼女は、ストレートの髪を胸まで伸ばし、コーヒー色の瞳の色は哀しみを隠せずにいた。
黒に近い茶色の髪をした彼シンは、大きな瞳が幼い印象を持たせている。
二人は精一杯腕を伸ばし、お互いのぬくもりを求めた。
「アヤミ!」
シンは大きな声で彼女を呼び、あと数ミリの距離を縮めようと指を伸ばした。
「シン、シン。」
風に負け、二人の距離は離れていく。
アヤミは数センチ先さえ見えない中、シンを探し瞳を見開いた。
「はっ。」
彼女は、夢から醒め、飛び起きた。大きく掛け布団が跳ね上がる。
「また、あの夢……。」
自分の声を確認するように呟き、涙で濡れた頬を指で拭く。
彼女、光彩美は小さな頃からこの夢を繰り返し見ている。シンと呼ばれる知人はいないし、似ているルックスの人もいない。でも、彼女自身が、夢の中のアヤミにそっくりになっていった。
「はぁ。」
大きなため息を漏らし、立ち上がる。カーテンを開け放ち、ベランダへと続くドアを開ける。朝の少し冷たい風が汐の香りを運んでくる。彩美は目を細め、少しだけ微笑んだ。
「風が気持ちいいわね。」
ベランダで太陽の光を浴びてから、着替えを済ませた。時計の針は八時を指そうとしている。
「おはようございます。」
一回に降り、食堂に座っている新しい家族に挨拶をする。
彩美の両親は不慮の事故で亡くなり、昨日から従兄妹の家でお世話になる事になった。
「おはよう、彩美。」
彩美と同じ年の奥山一仁。小さな頃から彩美と仲が良く、優しい表情で彩美を見守ってくれる。右も左もわからなくなりかけた彩美を引き取るように、両親を説得したのも彼だ。
「おはよう、お姉ちゃん。」
奥山一紗。一仁の妹で八歳。彩美を実の姉のように慕っている。
「彩美ちゃん、よく眠れた?」
一仁と一紗の母。彩美の母の妹に当たる。彼女は年齢を感じさせない笑顔を纏っていた。
「今日はゆっくりしなさい。明日から新しい学校だ。早く慣れるといいな。」
二人の父親。奥山グループの社長で、昔からの大地主でもある。でも、それを家族に感じさせないおおらかな表情をしている。優しい父親だ。
「ご飯にしましょう。」
ホテルの朝食を思わせる、焼き立てのパン、搾り立てのオレンジジュース、ハムエッグにサラダ。大きなテーブルの真ん中には、大輪の薔薇。
「貴方達、これからどうするの?」
「私、あすかちゃんの家に遊びに行くの。」
「図書館に行こうと思っている。」
「彩美ちゃんは?」
「私は散歩に出掛けようと思っています。」
「そう、お昼ご飯は?」
「俺、いらない。」
「私も。」
「私もいいです。外で済ませます。」
「じゃあ、お母さん。俺達も出掛けよう。映画でも見に行かないか?」
「そうね。」
それぞれが朝食を食べ終え、席を立つ。彩美も自分に与えられた部屋に入った。
白を基調にした品の良い家具が並び、ベッドが置いてあっても狭さを感じさせない広さ。今まで両親と暮らしてきた家とは何もかもが違う。
「トントン。」
溜息を押し殺し、一人用のソファーに腰掛けた。
置いてもらえる事には感謝している。それでも彩美の中には、居心地の悪さがある。
「はい。」
今まで感じていた全ての感情を置き去りに、ノックに返事をする。
「どうしたの?かずちゃん。」
「途中まで一緒に出掛けないか?」
「うん。」
一仁の優しさは変わらない。彩美に気を遣い、彩美が本当に必要とする時には手を差し伸べてくれる。
「ありがとう。」
慣れれば居心地の悪さも気にならなくなる。そんな一仁の気遣いに小さくお礼を口にした。
「彩美、これから何処に散歩に行くんだ?」
「海を見に行こうと思っている。一人でのんびり眺めたいの。だって、せっかく海の傍にいるのよ。もったいないじゃない。」
「もったいない、ね。これからはここに住むんだからいつでも好きなだけ見られるだろう。」
「いいの。それに、風を感じたい気分なの。」
「彩美は昔から風の強い日に好んで外に出た。何も変わらないな。」
「それに今日は天気もいいから、太陽の光が気持ちいいわ。」
「本当に変わらないままだ。じゃあ、時間はあるだろう?コーヒーを飲まないか?」
「かずちゃんの奢り?」
「いいよ、そのくらい。」
「御馳走様。」
二人は近くにあったカフェに入った。温かいカフェラテを買ってきて、向かい合いに座る。
「こんなところをかずちゃんの恋人に見られたら、誤解されるかもね。」
「恋人?」
「そうよ。いるんでしょう。知っているんだから。とても綺麗な人らしいわね。」
「あぁ、一紗から聞いたのか?」
「そうよ。」
「恋人でもなんでもないよ。ただ一方的に好意を寄せてきて、追いかけられているだけなんだ。」
「何とも想っていないの?」
「想ってないよ。俺が何も言わないのをいい事に彼女面しているだけだ。」
「嫌なら、きちんと言葉にしてあげればいいのに。その方が、お互いのためよ。」
「面倒くさいから放っておく。瑤子も俺の気持ちがない事は、承知しているはずだ。」
「そう。」
彩美は言葉を飲み込み、カフェラテに手を伸ばした。
少しだけ二人の間の距離を感じて、カップの隙間から小さく溜息を漏らした。
「ねぇ、かずちゃん。」
「うん?」
彩美は居心地の悪さを消したくて、話題を変えようとした。
一仁はそんな彩美を目を細め、見つめる。
「新しい学校はどんなところ?」
「この辺では有名な私立のエスカレーターの学校だよ。俺達は簡単な試験だけで大学まで進める。彩美の成績なら簡単だな。編入試験が難しいらしいじゃないか。」
「うん、難しかった。正直言って、受かる自信がなかったもの。」
「よくやったな。」
一仁が彩美の頭を撫ぜる。
「いつまでも子供扱いね。」
不満を零しながらも、彩美は嬉しくて微笑んだ。
温かな一仁の手は、優しいお兄さんみたいで昔から安心出来た。
「彩美、このまま、二人で遊びに行かないか?カラオケでもいいし、ボーリングでもいい。どうだ?」
「今日は遠慮しておく。また今度誘って。それに、かずちゃんは図書館に行くんでしょう?」
「わかった。今度、な。」
「うん。」
図書館の前で一仁と別れ、海に向かって歩き出した。少しずつ風が汐の香りを濃くさせる。
彩美は瞳を細め、全身で風を太陽の光を感じていた。
文章が硬いです。ラブコメじゃないから仕方がないけど…。
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