佐々木京子の場合 3
結局、今日の部活は散々だった。
体調が悪くないにも関わらず体はどこか重く感じ、気が急いてばかりで足が空回りしてばかりだった。おかげで計測タイムは自己記録にはほど遠いものだったし、練習メニューをこなすにも身が入らずなぁなぁで終わってしまった。
「……はぁ」
肩を落として電柱にもたれかかる。コンクリートの電柱に私の頭がコツンと当たる。
自然と思い浮かぶのは、住田のこと。
遅刻ギリギリになって教室に滑り込んで周りのみんなに挨拶をしている姿だったり。
放課後の部活に真剣な表情でチームメイトに声をかけている横顔だったり。
苦手な英語を一緒に勉強している時に四苦八苦しながら辞書を片手に頑張っている顔だったり。
……私や他の皆には見せない表情でとある女子と楽しそうに話しているところだったり。
「はぁ……」
二度目のため息。最近よく浮き沈みして制御できないこの気持ちだけれど、今回ばかりは浮上するのに時間がかかりそうだった。そんなことを考えている間に預けていた体はほとんど電柱に密着していて、両手を回せば抱きついているように見える。と、
「何やってんだ、お前」
「っ!? す、住田!?」
声を聞いてすぐさま背筋が反り返るほどピン、と真っ直ぐになる。振り向くときょとんとした顔の住田がそこにいた。自分の聞いた声が間違いないのを確認するやいなや、私はさっきまで寄りかかっていた電柱の後ろに回って体のほとんどを隠して顔だけのぞかせた。
「ちょ、あんた自転車通学でしょ。何でこんなところにいるのよ」
ばくばくと鳴っている心臓を押さえながら、私は住田を頭から足下まで観察した。
「って、住田。足、どうしたの?」
両足で立っていると思っていた住田の足下を見ると、右足がつま先しか地面についておらずほとんどの体重を左足に載せて立っていた。
「フォワードと接触したときにちょっとね……。まぁ大したことじゃないんだけど」
「大したことって、ちゃんと診てもらってないでしょ?」
「保健室では軽い捻挫って言ってたけど」
当の本人は私の気持ちとは裏腹にあっけらかんとしている。
「本番の試合までに間に合うから何とかなるでしょ」
「でも、すぐレギュラーに戻れるかは別の話でしょ……?」
以前住田自ら聞いた話だ。ゴールキーパーは何人も控えの選手がいる反面、一度レギュラーとして定着すればよほどのことがないかぎり替わることはない、と。
「でもまぁ、もうレギュラーになれないわけではないし」
それは暗にレギュラーを外されたと言っているようなものだ。私に置き換えれば、怪我をした私にかわって誰かが競技に出るということだ。そして、私より上の記録が出たとしたらそのままその人がレギュラーとして定着する可能性が出てくる。そうなれば、もしかしたら二度と望む競技に出られなくなるかもしれない。そんなのは絶対にいやだ。
「そんなのって……」
私は口を開きかけたけど、それを言っても住田が困るだけなのは少し考えれば分かることだった。私はそれ以上何も言えずにうつむいてしまう。
「スポーツにはつきものだからさ。怪我するのもコレが初めてってわけじゃないし」
笑ってはいるものの、無理をしているのはハッキリと分かった。
「怪我してからずっとマネージャーに付き添ってもらってたけどとりあえず歩けるし、大丈夫大丈夫」
「っ」
住田の口から不意に出てきた人物に私は硬直した。さっきまでのふさぎ込んだ気持ちを軽く塗りつぶす不安が襲いかかる。うつむいたままのおかげで表情を見られなかったので住田は私の様子に気づかなかったようだ。
「……それで、そのマネージャーは?」
「え? 帰り道が逆だからこっちにはいないけど」
そう言って住田の声が私から別のベクトルへと向けられたのを感じて顔を上げた。目の前の彼は反対車線のバス停の近くに立っている女子を見ていた。背は私よりいくらか小さいだろう、華奢な印象で長い髪が目までかかっていて表情はよく分からない。
「……」
私はキリキリと締めつけられる胸を必死に、けれど目の前の彼に悟られないように落ち着かせようと右手で握りしめた。不安というものが形になるのなら、潰してなくしてしまえるくらい。