佐々木京子の場合 2
前回の続きです。
陸上経験者でなければ分からないと思われる単語がいくつか出てきますが、話の大筋に関わることではないので「あぁ、多分このことなんだろうな」と流していただけると幸いです。
4/16編集:このパートで出ている友人二人が別に投稿しているシリーズの登場人物の名前で投稿していました。まったく気づかずに自分でも何やってるんだ、ってなりました。
そんな訳で友人二人の名前がガラリと変わっています。初歩どころではないミスをしてしまい大変申し訳ありませんでした。
「だいいっかーい」
「京子の恋を応援しよーうの会ー」
「「いぇーい」」
「……」
パチパチ、と私の頭の上で二人のなにやら騒いでいる。
「司会はわたし、長谷川春香と」
「白鳥里美でお送りしまーす」
「……」
私は無視して二百メートルトラックの内側にある芝生に寝転がり、入念にストレッチをする。
「ねぇねぇ、住田君とは何かあった?」
真後ろにいた春香がぐるりと回り込んで、私の顔をのぞき込むようにして体をかがんで尋ねる。
「別に」
視線を外そうとわざと体をずらしてストレッチを続ける。が、
「同じクラスで、しかも席が前後で話さないってことないでしょ」
もう一人のマネージャー、里美が仁王立ちで正面に回り込み、なぜか自信満々に腕を組んで笑みを浮かべている。
「まぁ……そりゃ話すけど」
「ほらー」
「あたしらはその話を聞きたいのよ」
里美は小さい子が駄々をこねるように手に持っている記録ボードをブンブンと振りながら続ける。
「何かないの? デートに誘った、とか家に誘われた、とか」
「あるわけないじゃん……」
里美の言葉を想像して私は沈んだ気持ちになった。自分には到底できそうもなかったし、そんなことが起きるとはとても思えなかった。私は立ち上がり別のストレッチに切り替えた。
「でもお似合いだと思うよ? サッカー部の次期主将に陸上部のエースだもん」
「そうそう。周りから見たら理想のカップル、みたいな!」
「……」
言われて私は昼間のやりとりを思い出して、
「勉強教えてもらうことにはなったけど」
「え!?」
「なにそれ!?」
二人がものすごい反応速度でこちらに詰め寄る。
「ちょ、近いって……」
「そんな面白そ、もとい大事な話をあたしらにしないなんて!」
「情報の開示を要求します!」
「情報も何も、それだけだよ」
二人をかわして芝生を出て百メートルトラックのスタート位置へと向かった。
「それって二人? 二人だけで?」
葵がめげずに追いかけてきて、歩きながら尋ねる。
「そうじゃない? 前もそうだったし」
「前も~!? ちょっと、知らないことばかりじゃない!」
「言ってないもの、知ってるはずないでしょ。っていうか里美、タイム計るから向こうで待機してて」
「ちぇ~」
「仕事をしてください」
わかったよー、と渋々了解するとトボトボとゴールラインへ向かう里美。私はそれを確認してから片膝をついてスタートラインの前に備え付けられている器具、スターティングブロックに足をのせた。
「にしても真面目な話」
春香がさっきまでのふざけた口調からいくらかトーンを落として言葉を続ける。
「告白、しないの?」
クラウチングスタートの態勢を取っていた体が告白、という単語を聞いてぴくりと動く。顔を上げると、春香は打って変わって真剣な目で私を射抜いていた。
「その、どうだろ」
春香の表情に気圧されて私は煮え切らない返事しかできなかった。
「……うん、まぁ急に言われて答えれるもんじゃないよね。部活中に不謹慎不謹慎」
「不謹慎、は今更じゃないかな」
「ん、それもそうだ。アハハ」
乾いた笑いをあげる春香。一人ではあのテンションを維持することができないのかもしれない。と、そんなことを考えているとゴールに着いた里美が大きく手を振って「いつでもいける」と合図を送ってきた。
「京子、いける?」
春香はいつのまにかスタートを告げるピストルを片手に持って準備万端だった。私は頷いてから足場を確認し、手をラインにかからないように置いた。そして態勢が決まって静止してすぐに、
「位置について」
その言葉を聞いて私は頭の中の思考一つ一つを振り払って集中する。
「用意」
頭の中が空っぽになる一歩手前、最後に残った言葉は--