ポラロイドカメラ
『では、ここでお葉書を一通。ラジオネーム、ポラロイドさんからのお葉書です――』
ふと車内のラジオからそれが聞こえた。普段は聞き流す程度のラジオだが、この時ばかりは音量を上げて聞き入ってしまった。
ポラロイド。果たして、その人はどんな思いでこの名前にしたのだろうか。
彼は自称カメラ大好き人間。職業柄ともいうべきかもしれないが、外出の時にはいつもカメラを持っている。今日持っているのは、プライベート用の普通の一眼カメラだが、性能を語りだすと彼は止まらない。そして事あるごとに自分を写真に撮ってくれるのだ。練習にもなるらしい。
それこそ、今でいう世界中、データでやり取りできる仕組みなんてその時は僅かで一般人では手に出来なかった時代だ。
「はいこれ。バレンタインデーのお返し」
そう言って渡されたのは小包程度の箱。そしてきちんとラッピングされている。
「開けて良い?」
彼が笑顔で頷くと同時に開ける。
丁寧にラッピングを解いて最後の箱を開けると、カメラが入っていた。普通のカメラは角ばっているのが多いが、このカメラは丸っぽく、そしてやや奥行きがある。
「カメラ?」
「そうカメラ。面白いんだよこれ。僕も持ってるし」
何がどう面白いのか分からないが、彼が私の手にあったカメラを持って私に向けてシャッターを一枚切った。
その直後、カメラから白い何かが出てきた。私は驚いてやや大げさに飛びのいたが、そのリアクションに彼は楽しそうに笑っていた。
そして出てきた白いなにかが時間とともに色が浮き出てきた。そして更にしばらくするとその浮き出てきた色は先程撮られた自分だった。
「あっ!さっきまで真っ白だったのに私が出て来たよ!」
「それはね。ポラロイドカメラといって撮った写真がすぐに出てくるカメラなんだ」
子供のようにはしゃぐ私を彼はなぜか笑顔半分、淋しさ半分という表情をしていた。なぜそんなにやるせない表情をしているのだろうか。
「どうしたの?そんな顔して。もしかして引いた?」
「ううん。違うよ。むしろこんなプレゼントでもはしゃいでくれるのは送った側としても嬉しいよ。さびしいと思うのはちょっとした理由」
場の雰囲気は一気に反転した。先程まで明るかったのにいきなり暗く重くなった。
「今まで言えなかったんだけど。転勤することになっちゃった」
「え?それって遠いの?」
「うん。遠い。海外。フィンランドまで。日本に戻れるのは年に一週間ほどかも……。向こうに行ったら、手紙も一週間くらいかかるかも。エアメールだしね」
そう言って彼はもう一枚ポラロイドで私を撮る。そしてはきだされた写真がじんわりと浮き出てくる。戸惑った表情の私が映し出される。それを見て彼はうっとりとした顔をしている。
「いいよねえ。ポラロイドは良い味があるよねえ。一眼レフや最新のカメラとはまた違った味がある。撮ったやつがすぐに残るからどういう気持ちで撮ったのか新鮮なままであり続ける」
「そんな写真撮ってて楽しいの?」
「楽しいよ。写真はどうして理由付けが必要になるからね」
そう言ってもう一枚。今度は目に涙をためた写真が出てくる。
「どういうこと?」
「仕事のためとか、そう言う事じゃない。本心で撮りたいっていうやつ。写真は思い出を鮮明に残すための道具だしね。人の記憶じゃあどうしても時間とともに風化しちゃうし、どうしても記憶に残しておきたいために撮る。これも立派な理由でしょ?これならすぐに出来るから、撮ったままの感情がそのまま残るんだよ」
笑顔の彼に何も話せなかった。
彼に付いて行きたかった。でもその為には置いて行く物が多すぎる。彼との将来もどうなるか分からなかった。
だから私はここに残ることを決意した。そして海外に旅立つ前日に別れた。理由はやっぱり遠距離恋愛。大陸を隔てた二人は距離以上の何かが離れてしまっていたからだろう。私は少なくともそう思っていた。
今ではお互いに結婚して互いの近況を伝えあう仲だ。彼もすでに日本に戻ってきている。車の中にある写真にはもう彼との写真は残っていない。夫と子供と私の三人の写真だ。でも、撮ってある写真はデジタルカメラではなく、ポラロイドカメラ。彼から貰ったカメラは今も現役だ。
彼が言っていた言葉が最近になってようやく分かった気がする。
そこに写っている三人の笑顔。撮った私と夫との気持ちがそこには残っている気がした。少なくとも私が撮った写真にはそれは残っている。
最新のデジタルカメラの写真も飾ってあるが、やはり彼の言った通りに温かみがあるのはどうしてもポラロイドのカメラである。それは彼のあたたかみもあるのだろうか。そして彼は今でもポラロイドで撮っているのだろうか。
『本心のまま撮れるポラロイドカメラが僕は一番大好きです――』