Ⅷ 狙撃兵、シャリス・ワッターズの場合
いつでも後ろから覗いている
あなたの姿を見守っている
どうか、今日も生きていて欲しいと願いながら
心は必要ない。静まり返った水面のように、揺らめきのない平面を意識する。
どうせ私は機械。引き金に指を置き、鉛の塊を撃ちだす装置。
ガラス細工の心臓を、心の代わりに回転させる。オイルを体中に巡らせて、錆ついた指を引き絞った。
バレットM82の銃身が、鋭いマズルフラッシュを吐きだす。重い反動を右肩に受け止め、送り出した弾丸の行方をスコープ越しに夜色の瞳が見送る。
照準の先。煌びやかなパーティー会場で、ワインを煽る男がいた。
‡
双眼鏡を覗き込み、八雲は八五〇メートル先の的を注意深く観察する。もうどれほど時間が経っただろうか。そろそろ集中力も底を尽きそうだが、我慢して目的の痕跡を探す。
ボタン一つで倍率と解像度を調節してくれる高性能双眼鏡を駆使すれば、さほど難しい探し物でもないはずなのだが。どいうわけか、それらしい痕跡は欠片も見付からない。
小さく唸りながら観察の幅を広げてみる。
左右一〇メートルから始めて、三〇メートルまで達した時にようやくそれらしいものが発見できた。
「おお、あったよ晶少佐。素晴らしいね。ど真ん中を撃ち抜いているじゃないか、隣の的だが」
「…………」
いったい、どうやればあんなに離れた隣の的を撃ち抜けるのか。双眼鏡を外し、足元でM1500ヘビーバレルを構えたままピクリとも動かない九条晶を見降ろす。
心なしか、視線は八雲から逃れるように反対側へ逸らされていた。
「まあ、前の出動の時から思っていたのだがね。少佐、銃器の扱いが壊滅的に下手糞だね? どうやって今の地位に昇りつめたのか教えて欲しいくらいだよ」
やれやれと頭を振る。背後に控えている褐色の少女も、また同じように頭を振っていた。
ショートカットの銀髪を風になびかせ、小柄な体格に似合わないほど大きなアンチマテリアルライフル――バレットM82――を背中に背負った少女だ。
一応、彼女を呼んでおいて正解だったらしい。まさかここまで晶の腕が酷いとは思っていなかったが、我が部隊の誇れる狙撃手様なら見られるくらいには指導できるだろう。
できると信じたい。
「すまないね、シャリス君。ちょっとお手本と言うのを見せてやってくれないかな?」
小さく頷いて、シャリス・ワッターズはキャリングハンドルを掴んだ。背中から抜刀でもするかのように引き抜き、振りまわした遠心力でバイポットを展開する。
うつ伏せにバレットM82を構えれば、リコイルショックで腰骨を痛めてしまうだろう。故に彼女は素早く三角座りをして、足の間にライフルを設置した。
軽い動きでボルトがスライドし、次の瞬間には轟音が響いている。
反動で跳ね上がりそうになる銃身を、横に転がる事で抑え込む。そして、セミオートの性能に任せるまま再び引き金を引き絞った。
夜色の瞳が、スコープ越しに捉えた的は一〇〇〇メートル先。晶と同じ的を狙った一射目より、更に遠い位置を睨んでいる。
後ろでは、八雲が双眼鏡を構えて成果を待っているはずだ。外すわけにはいかない。そう考えた途端に、心臓が弾んで体中の血流が急速に走り出す。
血肉の通った心を回し、二射目を放つ。重い反動を肩に受けながら、飛び出した弾丸をスコープ越しに見送りつつ思う。
なんとなく、懐かしいと。
‡
ガラスを突き破り、眉間を抉ってザクロを作る。そのはずだった弾丸は途中で止まっていた。
会場に悲鳴が響く。
吹き飛んだガラス片に、貴族階級のお歴々は恐怖を示したらしい。付近の係員に詰め寄って、何が起こっているのかと問いただしている。
状況がわからず喚き散らす人の中で、たった二人だけ冷静な人物たちがいた。窓際に立つ二人だ。
片や男の方が、ワインの入ったグラスを回しながら口を開く。
「おお、どうだねこの色。きっと半世紀ものだよ? 今の混乱に乗じて、一本くらい拝借してもばれないのではないかね?」
「あら、いい考えね。一本なんてケチくさいこと言わないで、ダースぐらいお土産にしましょう。それで、隊の皆と飲み直すの」
どう? と首を傾げる女に、男は大爆笑して同意した。酒が飲めない子ら用に高価なジュースも拝借しようという話で結論を出し、二人揃って窓の外へと視線を向ける。
肉眼では見えないが、その方角に狙撃手がいるはずだからだ。
「どれくらいかわかるかね?」
「んー、一〇〇〇? あ、一五〇〇かも。どっちにしろ凄い遠くよ」
「だね。一六〇〇の距離で、重力に引っ張られる弾丸は一〇メートルほど下に逸れると言うし。この距離で正確に眉間ともなると、かなりの腕が必要だろうね」
欲しいなと男が呟くのに合わせて、遠くで小さな光が瞬いた。マズルフラッシュだと理解したころには、既に到達した弾丸が眉間の手前で阻まれている。
停めたのは、見た目だけなら分厚い鉄板。その実は、最新の技術を詰め込んで完成した最強の楯。
彼女の事を『双楯』と呼ぶ者たちがいる。どれだけの猛攻を浴びせようと涼しい顔で防ぎきる楯と、いかなる相手でも打撃でノックダウンする楯と。そんな二種類の使い方をする無茶苦茶な存在を揶揄する呼び名だ。
肩甲骨の辺りから伸びているアームの先に、見た目だけなら分厚い鉄板の楯が一対取り付けられていた。広げればまるで翼の様になるそれを、彼女は自由自在に動かしていく。
二射目から遠慮がなくなった連続の狙撃を、一つも漏らさず叩き落とす。そうした上で、にっこり笑顔の余裕も持ちながら会話を続けていく。
「欲しいって、どうするのよ? ここを狙ったってことは、きっと反政府勢力よ。懐柔できても本局が黙ってないんじゃない?」
「ははは、そんなことを君は気にしなくてもいいよ。それを処理するのは私の領分だしね。ともかく、彼女を警備隊よりも先に捕獲しよう。何やら、狙撃を止められて熱くなっている様だからね」
「まったく……わかったわ、こっちは任せてちょうだい。お酒とジュース、忘れたら明日のご飯は全部アヤお手製のを食べさせるわよ」
「了解した。私の胃袋にも限界と言う物があるからね。肝に銘じておこうではないか。隊舎で、お父さんの帰りを待っているといいよ」
はいはい。紐を養うため、嫁は仕事に精を出しましょうかしらねえ。と皮肉たっぷりなセリフを残して、女は窓から外へと飛び出した。見れば一対の楯を壁に突き立てて姿勢を保ちつつ、軽業師のようにひょいひょいと目的地へ走っていく。
楯を装備しているから防御特化の能力と思いきや、彼女が部下としては最強なのだから『双楯』の異名は伊達じゃない。
さて、と一拍の間を置いて、特殊素材のグラスを眉間の辺りまで持ち上げる。次の瞬間には鉄の擦れる音と共に吹き飛ばされ、中身が床一面に散乱した。
弾痕は天井に。軌道は逸らせたようで、何よりである。
「会場にいらしゃる御歴々、ちょっとお耳を拝借してもよろしいかな? この状況を無事に生き延びる、素敵な方法を私は持っているわけだがね。代わりに、ちょっとばかり出資をお願いしたい。最高の酒と最高のジュースをダース分、提供してくれる太っ腹な方はいらっしゃるかね?」
しんと静まり返った会場を、右から左へ眺めていく。
八割は意味がわからないという表情に、一割は理解したうえで訝しんでいるようだ。残りの一割は、様子見をしているといったところか。反応らしい反応を示す者は、誰ひとりとしてない。
これはいよいよ、こっそり拝借するしかないだろうかと考えだした辺りで一つの手が上がった。
白髪の目立つ老人。肩幅の広い体格と、瞳には不思議な威力が込められている。
「う、ん? 確か、九条家のバケモノ老人だったかね。政界での活躍ぶりはかねがね。貴方が、出資してくれるのかな?」
「ふむ、貴様の事も知っておる。勝手に部隊を乗っ取って、好きなように再編成しておる物好きだったか? その手並みを見せてみろ。そうすればダースなどとケチくさい事を言わずに、いくらでもくれてやるわい」
頭一つ分ほど背の高い老人に見下ろされ、八雲は笑う。九条家を陥れようとし、失敗した者たちを震え上がらせるバケモノを前にしても、一つの迷いもなく笑っていられる。
眉根を僅かに動かして、老人は初めて不敵な笑みを向けてくる男へ口の端を歪めて見せた。
愉快気に笑う二人の男を前に、周囲の人間が一歩退く。
「知っておるかもしれんが、九条武文(-たけふみ)という。好きなように呼ぶが良い」
「ははは、ではたっくんとでも呼んでやろうかね。私は七海八雲だ。最高級の酒とジュースをダース分、速攻で一一〇小隊の駐屯まで宜しく頼むよ」
ならばやっくんと呼んでくれるわ、と愉快気な武文が応じて再び二人は笑う。そして、周りの人間が更に一歩後ろへ退いた。
すでに、銃撃の続きはやってこない。
窓の向こうではマズルフラッシュの代わりに、警備隊の物らしき灯りの粒が動き回っている。
にっこりと楽し気に笑う八雲は、最後に九条のバケモノと握手をして会場を後にした。外で預けていた棺桶を思わせる鋼の箱を受け取り、スーツを脱いでその下に着ていた装甲服を露わにする。
服の下に着るという状況であったため、必要最小限の装甲しか取りつけていないタイプ仕様だが。反政府勢力へちょっかいを出すだけなら、八雲はこれでも十分だと頷く。展開された棺は、巨大な砲だ。撃たなくとも、ぶん殴れば人が軽々と吹っ飛ぶ程の重量がある。
装甲服のアシストを受けつつ、ピナカ=トリシューラを担いで正面入り口から堂々と外に出た。
複数の不審車両から大慌てで降りてくる黒ずくめの男たちと、不意に目があった。
「へ?」
丁度、扉をぶち破るための爆薬を設置しに来ていた男が目の前に突っ立っている。手には無骨な機械の塊を持ち、その表面には数字の減っていくディスプレイが備え付けてあり。
八雲は、無言でピナカ=トリシューラを振り抜いた。打撃の音と、吹っ飛びの悲鳴が同時に来る。更に少し遅れてくるのは、爆破と誘爆による二重奏だ。
不審車両が二台まとめて吹き飛び。わあ、と叫びながら黒ずくめたちは逃げ惑っている。
ホームランと叫ぶ声だけが、無駄に楽しそうな音を響かせた。
‡
帰ってみれば、そこは既に酒盛り状態だった。
愛琳と真衣はジュースを飲んでいる様だが、アヤカと撫子とステロペースがふらふらしている。メイド姿のパンツァーがオロオロしている所を見ると、そうとう飲まされてしまったらしい。
よくよく見てみれば、ダース以上の酒瓶が散乱していた。つまり、どこかに隠していたアルコールを引っ張り出してきたのか。もしくは、九条翁がダース以上の酒をよこしたかのどちらかだろう。どちらでも結果は変わらないが。
「まったく、相変わらずのウワバミだね。こんなに飲ませて、あとが大変じゃないかね」
「んあ……八雲が遅かったせいよ。私のせいじゃないわ」
責任転嫁とは酷い話だ。やれやれと首を振って八雲は息を吐く。
駆け付け三杯!! と酒瓶を押しつけてくる女は、新しいボトルを開けてグラスの様に乾杯してくる。
カツーンと瓶の響く音が鳴り、そのままラッパ飲みが敢行された。三杯とはボトル三本分ということなのだろうか、非常に恐ろしい発想だ。
「飲むのは後だね。狙撃手は確保できたのかね」
「隣の部屋よ。縛るの可哀想だから、そのまま放り込んじゃった。生きて帰ってきなさいね」
身体検査くらいはしたのだろうか。ナイフでも持っていられると、非常に厄介なのだが。
パンツァーが、大きな狙撃銃を抱えて近寄ってくる。いくつか改造を施してあるようだが、原型はバレットM82だろう。こんな代物を扱えると言うことは、それなりの体躯の持ち主なはずだ。
酒のボトルは持ったまま、グラスを二つ拝借して隣の部屋へと進む。ついて来るパンツァーの気配と、途端に張り詰めた空気を放つ視線の数々に後押しされるようだ。
皆の優しさに小さく笑い、ゆっくりとドアを押し開ける。中にいるはずの狙撃手を探して視線を巡らせ。
「…………」
部屋の真ん中で、小さくなってぷるぷると震える少女しかいなかった。
あれ、おかしいな? と眉間を揉みほぐし、再び部屋の中へ視線を巡らせる。だが、やはりいるのは小さな女の子一人だけだった。
褐色の肌と銀色の髪が印象的で、夜色の瞳は涙にぬれている。手違いだろうかとも思ったが、レジスタンスに少年兵はつきものだ。この場合は少女兵だが、そういうジャンルもないわけではない。
戦闘で疲れ切った兵士のもとへ近付き、気を緩めたところで自爆という手段は嫌というほど見てきた。
「彼女なのかね? 身体検査は?」
「дa.間違いありません。危険物は持っていませんでした。体内もスキャンしましたのでご安心を。こちらの銃はどうしましょうか」
「ふ、む。そこに立て掛けておいてくれないかね。それから、彼女と二人っきりにしてほしい」
もう一度、дa.と言ってパンツァーはテキパキと作業をこなしていく。言われた通りバレットM82を部屋の隅に立て掛け、椅子を二脚と机を一つセッティングして、お辞儀と共にドアの向こうへ消えた。そこから動く気配がないのは、いざという時に踏み込めるよう配慮しての措置か。冗談のつもりで着せたメイド服だったが、すっかり板に付いたようで嬉しい限りだ。
これが極東の文化、萌えというものなのだろう。
「初めまして、狙撃手君。私の名前は七海八雲。ターゲットの名前だから知っているとは思うがね。とりあえず、座りたまえ。酒……は不味いな。パンツァー君、ジュースを持ってきてくれないかね?」
ドアの向こうで、ガタリと慌てるような音が響く。どうやら、控えているのは彼女だけでもないらしい。
дa.今お持ちします! と心持ち余裕のない声に遅れて扉が開く。いつも通りの動作でボトルを机の上に置き、小さな礼の後にパンツァーは退出していった。
「さて、まだそんなところにいるのかね。話をしようじゃないか。私は、君をスカウトしたいだけだからね。特に危害を加えるつもりはないよ」
「銃……返して」
口元を引き結んだ少女が、瞳に涙と力を溜め込み睨んでくる。
上目遣いなのと、相変わらず座り込んだままという状況では愛らしさしか感じられないが。しかし、この状況で訴えてきたということは重要な物のようだ。
マガジンは抜いてあるし、薬室に弾丸が残っているわけでもない。その辺りの処理は、おそらくパンツァーがやってくれたのだろう。これなら、ただの重い鉄の塊と変わらないはずだ。渡して問題もない。
「ほら、これは返すよ。そこの席に座って、受け取ってくれないかね」
警戒の色を最大限にする少女に、再び座るように促す。今度は机の上にバレットM82という餌を置いて、グラスに注いだジュースも付けてみた。毒入りと勘違いされるのもアレなので、一口だけ飲んで席に置く。
八雲も自分の席に座り直し、酒をグラスに注いで煽る。これで安心が勝ちとれるとも思えないが、相手が酒の入った人間だと思えば気分も楽になるだろうか。
「どうしたね。話が進まないじゃないか。名前すら教えてくれないとは、なかなか頑なだね」
もう一杯煽ってグラスを置き、ちょっと余裕の出てきた少女を見る。フーッ! と息を吐いて歯を食いしばっている様だが、前世は猫か何かだったのかもしれない。相変わらず、愛らしさが先行してしまう態度だ。
「まあ、なんでもいいけどね。とりあえず、このまま進まないとアレだし選択肢を用意してあげようかね。一つ目はうちの部隊に入隊する。書類手続きはこっちでやるから、気兼ねなく選んでくれていいよ。二つ目は入隊しないで一般市民に帰化する。新しい住居と『普通』の仕事は用意しよう。こっちも、安心して選んでくれればいい。三つ目はお勧めしないがね。レジスタンスに戻るというものだ。次は本当に掃討しなくてはならないし、運よく私の部隊が処理するとも限らない。間違いなく死んでしまうよ」
どうするね? と問いかけると、少女は僅かに怯む。
レジスタンスに戻ると即答されなかったのは行幸だ。だが、これでは苛めているように見えてしまう。なんとも性質が悪い状況である。
出来るなら死に急ぐような選択をしてほしくない。そんな気持ちが、それが態度に滲み出てしまっただろうか。
「君は、ずいぶん憶病なんだね。優秀な狙撃手は臆病者かのんびり屋と言うし、どうやらかなりの腕を持っているようだ」
三度グラスを煽る。椅子に深く座り直して体重を背もたれに預け、足を組んで即座の行動を封じた。更に天井を見上げて視線も外し、両手は指を絡めて膝の上に置く。
どれだけの実力者でも、これだけやれば動きは鈍る。初めに手をどけ、足を崩しながら敵の姿を探し、深く座り過ぎた椅子から立ち上がるのに二秒は必要だ。それだけあれば、頸動脈を極めるなり眼球を抉るなり何でもできるだろう。
これは、最大級の油断だ。これで相手が警戒を解かないなら、もうどうしようもない。
「だがまあ、これ以上はどうしようもないね。どうすればいいかな」
‡
少女は、目の前にいる男が理解できない。
思想や信仰、体制、姿勢、感情、意志の前に行動が理解できない。
椅子の後ろ足を支点にし、まるで子供がやるように揺すって唸る莫迦な生き物が理解できないのだ。
今回のターゲットは悪の権化だと聞かされている。何もかも自分の好き勝手にことを運び、それで周りに出る被害をまったく考慮しない非道な人間だと。
あのパーティーに集まっていた人物たちは全員そうで、いくら巻き込んでも誰も悲しまない。むしろ、世界を浄化するためには跡形もなく消し去る方が有益なのだと。
少女に指示を出したリーダーは、声高らかにそう言っていた。
果たして、こんな子供っぽいことをしている人間が本当に悪の権化なのだろうか。それが、少女には理解できなくなっていた。
「お前は、何?」
「ふむ、難しい質問だね。第一一〇小隊の隊長を務める七海八雲と言えば簡単だが。しかし、私という存在はその程度で語りつくせるほど底の浅い人間ではない。いうなれば、普通の七海八雲の三倍のスペックを誇る七海八雲とでも言えばいいかな? その内、赤い衣装と角を付けようかと迷っているくらいだよ」
普通の七海八雲って何だろう?
ふと浮き上がった疑問を打ち消すように、頭を振って思考を順化する。
適当なことを言っているだけだろう。リーダーも、相手を見下したようなことばかりいう虚言癖と言っていた。乗せられれば、相手の真意を探る前に自分の方が喋らされてしまうに決まっている。
「警戒心満載だね。とりあえず、こちらから聞くことは殆んどないんだが。選んでくれないと、君の処遇を決めかねる。なんだったら、一時的に一一〇小隊に入ったふりをしてスパイをしてくれてもいいんだがね」
どうだね? 入らないかね? ほうら、入るって言ってみないかね。言えば楽になるよ、言ってみたまえはははははは!! と笑う男を殴りたい衝動にかられながらも考える。
確かに、スパイという選択肢は悪くないだろう。
初めからやってもいいと言われている時点で、今後は警戒されてしまうだろうが。そこは上手に偽装すれば何とかなるはずだ。
成功すれば、褒めてもらえる上に敵を倒すのも楽になる。お金も沢山貰えるだろうし、頼られる存在にだってなれるだろう。
うん、と小さく頷いて決心する。
「わかった。スパイする」
「言葉を選んだほうがいい気はするが、英断だね。私は君を歓迎するよ。では、手始めに名前を教えてくれないだろうか?」
向かい合う席を促しながら、男は嬉しそうにしていた。
ジュースの入ったグラスは結露していて、水滴がつぅっと表面を伝って押していく。
だが、席には座らない。きっと、座れば懐柔されてしまうと思うから。だからジュースを飲みほし、愛銃を回収して部屋の隅へと戻る。
ここには敵しかいないと思って行動しよう。
「私の名前は――」
‡
双眼鏡を覗いていた八雲が、感嘆の声を漏らして笑っている。
声音は楽しそうで、もちろん賛辞の言葉も忘れていない。
「流石だね、シャリス君。両方とも標的が吹き飛んでいるよ。口径がもう少し小さければ、ど真ん中だろうけどね」
「ちょっと、やり過ぎた」
果たしてこれはちょっとなのか、晶は非常に複雑な気持ちで標的を見ていた。何も、双眼鏡なんて使わなくたってわかる。標的は粉々だ。
元々が鉄板を貫通する為のライフルなのだから、木製の標的が威力に耐えられるはずもない。強化プラスチックの標的でも、あるいは同じ結果になるだろう。素材と硬度にも左右されるとは思うが、ほんの少し結果が変わるくらいの差な気がする。
「え、何? 私もあんなことしなくちゃ駄目なの?」
「まあ、無理じゃないかね。流石に、この体格でこんな銃を撃てるのはシャリス君ぐらいだと思うが。やってみたいなら止めないよ?」
「遠慮しとくわ」
肩を竦めるだけで八雲は答えとし、シャリスの頭を二度撫でて歩きだす。
肩越しに手をひらひらと振っているのが、無駄に挑発的だ。
「じゃあ、こちらも仕事があるからあとは任せるよ。せめて、的に当たるよう頑張ってほしいね」
ふふんと鼻で笑われたような気がして、イラッとする。無防備に背中を晒している姿を見ていると、思わず撃ってやろうかという気さえしてくるほどだ。
上達するならいいかもしれない。
スコープ越しに後頭部を覗き、サイトのど真ん中に持って来る。どうせ今の腕では当たらないだろう。なら、一発くらい撃って驚かせて――
銃声が鳴り響いた。
それもM1500ヘビーバレルよりも、圧倒的に大口径の物が真横で。
火薬の破裂音で鼓膜が叩かれ、耳鳴の高音が脳を貫く。驚く余裕もなければ、防ぐ術もない。
わかっているのは、シャリス・ワッターズが自分の上司を撃ったということだけだ。
なぜ? と視線を向ければ、やはりバレットM82を構えている少女の姿がある。口元に薄く笑みを浮かべ、嬉しそうな声を漏らしているような気がした。
「また、外した」
やけに音が遠い。きっと、聴覚が麻痺しているのだろう。
それでも、今の声は聞こえた。残念がっているような、でも外れてよかったと思っているような声だ。
確かに外れている。八雲は直前で靴を直す為にしゃがみ、結果として頭上を弾丸が通りすぎた。
ただの強運なのか、もしくはわざとなのか。その辺りの判断は付かないが。
「うん。またもうちょっと、スパイ続けないと」
嬉しそうに息を弾ませる褐色の少女は、バレットM82を担ぎ直して言った。
晶としては、この隊の意味不明度が上がっただけである。
隊長&オールマイティ
七海八雲
変態 愉快な男
階級、大佐
現・副隊長
九条晶
回し蹴り系男勝り少女 九条家令嬢
階級、少佐
元・副隊長
???
お母さん
階級、大尉
フォワード1
坂本アヤカ(さかもと あやか)
紅目の悪魔 接近戦最強
階級、伍長
通信士
真衣・プロセッサ(まい‐)
電脳幼女 指折りの『エリート』
階級、軍曹
衛生兵・補佐
瞑愛琳
マッドサイエンティスト系医療補助兵 中国三千年の末裔
階級、上等兵
フォワード2
御門撫子
旧家の出身 純和風 長女的存在 般若
階級、伍長
陸上特殊車両運用兵士&メカニック
パンツァー・カウフワーゲン
メカニック兼用 ロボ娘
階級、少尉
航空特殊機体運用兵士&メカニック
ステロペース・キュクロプス
メカニック兼用 父子家庭 エセ関西弁
階級、軍曹
狙撃兵
シャリス・ワッターズ
狙撃手 褐色少女 元レジスタンス 現スパイ
階級、中尉
工兵
???
爆薬姫
階級、上等兵
衛生兵長
飯塚ナツキ
三つ編みの常識人 晶の同期
階級、曹長
・陸上特殊車両『ブリュンヒルト』
……六足の脚を持つ戦車。重力制御機構を搭載し、自重を軽くした上でのホバーリング併用により高速移動を可能とする。
また、重力制御機構を応用して、重力の遮断幕。重力シールドを張る事が可能。
主砲は長さ五メートル、幅二メートル、厚さ一・五メートルのレールガン。
全長二〇メートル。全幅七メートル。全高は五メートルの化け物戦車。
コックピットは、分厚い装甲の奥の奥。そこにある制御盤へパンツァーの核ドライブを設置する。
・航空特殊戦闘機『カエルス』
……ステロペースの離縁した母、ガイア・ヘレネスが設計し、設計図だけを娘に託した代物。名前の由来はウラノスから。
デルタ主翼と先端翼を備えるカナードデルタ形式の機体であり、後部には小型の尾翼が上下に一対ずつ設置されている。
加速器は計5つ。主翼と尾翼にそれぞれ一つずつ小型の加速器を配し、その中心に大型推進の加速器が搭載されている。
デルタ翼である為、真上から見た形は三角形に近く。また、やや厚みはあるものの機体の凹凸が少ないよう設計である為。正面から観た姿は、金属の板から十字型に主翼と尾翼が張り出している様に見える。
武装は機関砲二門とレーザー砲三門だが、仮想翼が展開されれば砲門は自由に設定できる。機関砲は上部に、レーザー砲は下部にそれぞれ実装。
コックピットはバイクに乗る様な体勢になるもの。
・固有兵器、長砲&機甲殻槍『ピナカ=トリシューラ』
……熱量砲撃、レールガン、反動相殺用スラスターによる衝撃波。この三つによる三叉の攻撃が可能。内部に動力部とかして三叉槍を格納。外部の長砲部分をピナカ、内部の三叉槍をトリシューラと呼称する。熱量収束による砲撃は、射程が五キロ。それ以上は、熱が冷却して効果的なダメージにならない。
・個人武装、機甲殻薙刀『岩融』
……命名は武蔵坊弁慶の所有した大薙刀より拝借。通常時はただの薙刀と変わらない。機甲性能は振動。超過振動により、どんな物をも切断する事が可能。一度発動すると停止不能で、有効時間は五分間。