Ⅳ 衛生兵補助、瞑愛琳の場合
もてはやされ
貶められ
次は、何を求められるのか
初めての称号は天才児だった。
齢にして十歳と少し。そんな低年齢で、一般的な教育をすべてパスしたときに与えられたものだ。
よくアニメに出てくる天才と同じ事をしたかっただけで、特に目的があったわけじゃなかったけど。周りにいる誰もが私を誉めて笑顔になる。そんな風景を見るのは悪い気がしなかった。
父と母も心から喜んでくれた。そして、なんでも望む物を用意してくれた。
何を言ってもダメとは言わない。眉根を寄せて、口の端をぎこちなく歪めて笑いながら誉め続けてくれた。
そうして、しばらく過ごす内に二度目の称号はやってきた。
天才という単語の前に『狂喜の』という言葉を付け加えることによって。
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世界中が統合され、軍が一つに集束され。そうなれば、その軍は何と戦うのか。
テロリスト、レジスタンス。そして、友軍だ。
規模の大きな組織が一枚岩でない以上、派閥間の争いは当然のように存在し。そのどうでもいいような争いに軍が巻き込まれる。
先週は共同戦線を張っていた第一一七特殊機甲隊が、今や第一一〇小隊と激突しているのだから良い例だ。
爆音が響いて、起伏の激しい高野で誰かが吹っ飛ぶ。
絶叫も掻き消したそれは、第一一七特殊機甲隊が保有する固有兵器の威力発揮。超大型天候操作ユニットを使い、頭上から雷の一撃を見舞う代物。まるで神の鉄槌でも下すかのように見えるそれは、コードネーム『デウス・マキナ(神の権威)』と呼ばれる兵器だ。
「全く、あんなものをバカスカ撃たれたんでは地形が変わってしまうね。ナツキ君、四時の方向に負傷者!! 一〇四の役立たずだが、助けて恩を売っておきたまえっ!!」
はーい。と遠くから微かな返事があるのを聞いて、八雲は頷く。
続けざまに手信号を辺りへ送って、リアルタイムに更新される戦況報告を端末で見つめながら。
「で? 愛琳君。瞑愛琳君。傷の手当ては終わったかね?」
声が放たれた方向は、彼の真横。セミロングの黒髪をサイドアップで纏め、僅かに目尻を下げた少女がいる。腰に簡易医療キットの詰まったポーチを装備する彼女は、衛生兵ナツキの助手という立ち位置だ。
白いブラウスにショートスカート。まるで、学校の制服のようなそれを着て包帯と格闘する姿は非常に微笑ましい。
肩を抱き寄せ、流れ弾から愛琳を護りつつ八雲は思う。自分に出来ない事を理解して、この子はとても楽しそうにしていると。わからない事があるからこそ、まだまだ上を目指して行けると。
不意に背後から小石が飛んできた。コツンと頭へ着弾したそれに応えて振り向けば、紅の双眸がこちらをじっと見ている。どこか咎めるような視線である事に苦笑を返すしかない。
愛琳と同じ服装にスパッツを履き、脚にはいつもの編み上げブーツを履いている。右肩に装備された防御装置がフル稼働していた。
手信号が来る。内容は、いちゃついてないで仕事しろ。
ふむ、と呆れの混じった息を吐く。答えはやはり手信号で作り。
『これでも、怪我人なんだがね』
『死ね』
なかなか辛辣な答えが来たね、と頬を掻きながら待つこと数秒。罪悪感のせいか、こちらを見ようとしないアヤカから追加の手信号が来た。
『ごめん。やっぱ今の無し』
思わず、失笑が漏れる。
微笑ましい限りだと頷いて、視線を隣へ戻す。もはや包帯に絡まっている愛琳を見て、更に二度頷く。
これなら問題はない。まだ、この一一〇はやっていけると確信を得る。
新しい人材を放り込んだことで、それぞれに戸惑いはあるだろう。しかし、その程度で揺らぐような娘たちではない事を再確認した。
「ならば、私もそれに応えなくてはいけないね」
く、と喉を鳴らして笑う。
笑って楽しく、傍らに置いた武装。棺を思わせる鋼の塊を撫でた。
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やったことは単純。死んだ動物を生き返らせただけだ。いや、より正確には『生き返ったように見せただけ』である。
実際は死んだ組織の代用になる機械を注ぎ込み、それまでの行動パターンをデータ化して再現しただけだ。
犬や猫程度なら、生きていた頃と変わりなく動き回る。
機能しなくなった脳を無視して、体は活動を続けていく。
何が違うのか。これまでと同じように動けば、それが望ましいはずである。
どうして誰も喜ばないのか、まったくわからなかった。
「天才少女にもわからないことがあるのかね」
声が降って湧く。
広い研究室で一人だけ置き去りにされ、黙々と研究する事だけを求められる日々。もう、実験結果すら書面でしか確認されなくなった頃。
その声は、不意に割り込んできたのだ。
「わからない、と思うのはいいことだね。それは、もっと、と願うことの同義だよ。欲張り、まだ足りないと求めることでもある」
にこりと、それは笑う。
わからない。誰もやってこない場所に、なぜそれが来たのか。どうして楽しげに喋っているのか。
この思いも、もっとを願う意識なのだろうか。
「楽しく嬉しいから笑うし、君に会いたいから来ているんだよ。それは、わからないではないね。きっと、わかりたくないの分類だろう」
そして、それは手を差し伸べてこう言う。
ほら、と招きの声を発しつつ。
「もっとを願うなら、手を出したまえ。私もまた、もっとを望み、そうして踏み込んでいく者でね。旅は道連れと言うし、君も一緒に行こうじゃないかね」
無茶を言う。
いったい、どれだけの保護規約がこの部屋に存在するか。この男が知らないはずはない。
ここに入るだけでも、徹底的なセキュリティチェックを受けているはずだ。それがイコールで、檻の分厚さを物語っている。
出られるはずがない。ずっとこのまま、望みもなく一人だ。
「君は昔の私と、ほんの少しだけ同じだね。そして、そんないじける子供の扱いを、私は既に身を持って教えられたよ」
刹那、室内の照明が真っ赤に切り替わる。警戒の意味を持つ色が、部屋の中を満たしていた。
疑問を持つ暇もない。
あまりに急展開のまま、入り口のドアが吹き飛ぶ。更に黒の棺を思わせる物体が放り込まれ。
「そんな可愛い娘を、あなたみたいなやさぐれと一緒にしちゃダメよ?」
ドアの向こう、銃弾の雨を防ぐ誰かがいた。
声は女のもので、破砕の音も同時にやってくる。
わあ、と蹴散らされる兵士たちの声も混じり出した頃。黒の棺を肩上に担った男が、もう一度手を差し伸べてきた。
「この施設は、第六五〇総合研究大隊の直下施設でね。大義名分と、利益の損得さえ発生すれば攻撃可能施設なんだよ。そして、ここを全て灰にすれば君を縛るものはなくなる。とりあえずはそこまで、出来るならその先まで、一緒に行こうじゃないかね」
出ていけるのか。ここ以外の場所へ、望みのままに。だが、そもそも願ってまで行きたい場所がどこにあるのだろう。
迷い躊躇う手が、中途半端に虚空を舞い。自由の重さに耐えられず、墜落しそうになった。
手が来る。差し伸べられていた手が、こちらの手を強引に掴む動きだ。
「一緒に来たまえ。損はさせないし、きっと楽しくなるよ。なんせ私の願うもっとは、もっと楽しくだからね」
柔らかく笑む男の肩上、担われていた黒い棺が展開をはじめている。
展開前の状態で、既に二メートルほどの全長があった。それが今、中心線を軸に上下に分かれて展開していく。
まるで、折りたたみナイフのようだ。
半円を描く軌道で下側が回転し、二〇センチほど戻るようにスライドすることで上側へアジャストする。
砲だった。気付けば、二メートルの棺が三・八メートルの長大な砲へと変化していく。先端部が更に割れ、獣が口を開くようにしてスリットを作り出した。
最早、それがただの砲には見えない。フレームに彫られた銘――ピナカ=トリシューラの名の通り、槍のようにすら見えてくる。
砲にしては長く大きすぎ、槍にしては幅と分厚さがありすぎた。どちらでもない中途半端な兵器が、軽々と振られるだけで天井を削り崩す。
「さあ、楽しんでいこうかね」
同時、砲撃を放つ。
膨大な熱量が、空間を一閃した。
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「真衣君。ユニットの位置は特定できるかね? こちらも、固有兵器を展開して対抗しようと思う」
『ちょっと待ってくださいね、隊長。なうろーでぃんぐ!』
八雲の通信に、ヘッドギアのスピーカーから幼くも明るい声が応えた。
一定間隔で『なうろーでぃんぐ!』と言い続ける向こう。平坦な囁きの音で、ハッキングだとか衛星画像の解析などという単語が聞こえてくるが。これらを意識的に無視して、その結果を待つ。
未だに、真衣の無茶をする癖は治っていない。しかし、それも通信車両の容量を抑えることで予防はしてある。
一度に扱える情報の量を制限してしまえば、彼女の脳に不可がかかることも抑えられるし。本人の演算速度に変更を加えるわけではないため、他の『エリート』とも互角以上にやりあえるはずだ。
子供が楽しむのを邪魔しないように護るのは、親として当然の務めだと思う。何事もやり過ぎは良くない。適度な注意に留めて、自由を奪わないよう気を付けるべきである。
いい父親っぷりだという自覚を得つつ、TPOをわきまえているので表情には出さない。今は仕事の真っ最中だ。
愛琳の医療キットから皮膚再生フィルムを拝借して傷口に張りながら。
「愛琳君、治療はもう大丈夫だ。代わりに、いつもの身体強化ナノマシンを頼めるかね?」
「あ、はい。それだったら、最近新型を作ってみたので試しますね」
「せめて疑問してくれないかね。前回のように、亜音速機動の代償として膝間接の粉砕とかは嫌だよ?」
「ばっちりです。私の祖国では、三千年の歴史は偉大なんだそうですよ!」
ポーチからアンプルを出した愛琳が、満面の笑みでそれを差し出してくる。
医療系ナノマシンの確立は一〇年前からとか。それをいつも言って、成功率は五分五分とか。
この際、その辺りは総無視しようと八雲は思う。言うだけ、自分の恐怖心を煽るだけだ。
「信じているよ愛琳君。医療系ナノマシン確立の立役者。更には、そこから発展した身体強化系ナノマシンの第一人者として」
「期待には応えちゃいますよー。と言うことで、ぐぐっとどうぞ」
確か、意を決するときは「ナムサン」とか言う人の名前のような呪文を唱えるといいとか祖父が言っていたかね。と呟いて、ナムサン!! と叫んでから、八雲はアンプルの中身を空にする。
瞬間。一秒が二〇倍に引き延ばされた。
アンプルの中身は感覚操作系のナノマシンだったらしく、景色も動きも自分の行動でさえもスローに感じる。それは音も動議であり、目の前で喋っている愛琳の言葉は意味が理解できない。
思考が鈍っていないのは、ナノマシンに思考高速化の作用が付与されていたからだろうか? と首を傾げながら、手信号を使った。
『悪いが、何を言っているのかサッパリでね。世界共通語を話してほしい』
『あ、理論通りの反応ですね。思考が追い付いているなら成功です。これで、慣れれば弾丸とか余裕で避けられる設定です』
『身体能力に変化はないのだから、それは無理だと思うがね? あと、意志疎通が非常に面倒だよ?』
あはは、と苦笑いしているらしい愛琳に吐息で返答。それと同時に、端末が通信を受け取って震えた。
開いた画面には敵勢ユニットの正確な位置と、状況は把握していますと記入されたショートメールが届いている。
真衣・プロセッサからの報告だ。
相変わらず、どこから情報を仕入れているのか不明である。しかし、現状ではとても心強い。
端末をチャットモードにして、試しに誘導を頼むと手信号を送ってみた。
どうやって見ているのか、強制接続してきた『真衣ちゃん可愛いお』と表示されるアイコンが了解の言葉を書き込んでくる。
頷き、棺を思わせる鉄の塊を担ぎ上げた。
第一一〇小隊の固有兵器。二柱の内の一機を、八雲は展開し始めた。
既に、この戦線の勝敗は決定している。
隊長&オールマイティ
七海八雲
変態 愉快な男 お父さん
階級、大佐
現・副隊長
九条晶
回し蹴り系男勝り少女 九条家令嬢
階級、少佐
元・副隊長
???
お母さん 鋼の翼
階級、?
フォワード1
坂本アヤカ(さかもと あやか)
迎撃キック 接近戦最強 義足 最初の娘
階級、伍長
通信士
真衣・プロセッサ(まい‐)
電脳幼女 指折りの『エリート』 腹黒
階級、軍曹
衛生兵・補佐
瞑愛琳
天才 中国三千年の末裔 マッドサイエンティスト系衛生補助兵
階級、上等兵
フォワード2
???
陸上特殊車両運用兵士&メカニック
???
航空特殊機体運用兵士&メカニック
???
後方支援1
???
後方支援2
???
衛生兵長
飯塚ナツキ(いいづか なつき)
三つ編みの常識人 晶の同期
階級、曹長