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Ⅱ フォワード1、坂本アヤカの場合

掴んだものは何なのか

掴めたものは何なのか

それを確かめなくてはならない


 坂本アヤカは、新しく副隊長へと就任した九条晶を信じていない。それどころか認めてすらいない。

 この一一〇小隊で初めての隊員は彼女だ。故に彼女は設立当初から席を置く人間であり、現隊長の七海八雲と元副隊長が仲睦まじく殴り合いをしていた頃から知っている。ついでに言うと、二人が着任時に青痣だらけの姿でやってきたのすら見ていた。

 しかし、これは正確ではない。本当の事をいうのなら、アヤカは二人よりも前から一一〇小隊にいたのだ。

 二人が来る前の一一〇は酷かった。

 どこぞの政府で失敗した官僚が天下り同然で逃げ込んできたり、民間警備会社の社長が上層部へ取り入る為のワンステップとして着任したり。まともな上司がついたことなど一度もない。

 現行の戦争とは、利権の奪い合いによる副産物であるために非虐殺を謳ってはいる。しかし、いくら世間がクリーンな戦争に切り替わったとはいえ、死ぬ時は死ぬし怪我もするのだ。

 あくまで、極力殺さないだけ。必要以上に殺さないは、白旗を上げるまでは殺し続けるのと同じ意味である。

 実際、無能な上司の言葉一つで、アヤカも足を失っていた。

 当時の事を思い出す。

 心の支えとなる根幹の部分。劣悪な泥沼の中から、引き上げてくれた手を掴んだ日の事を。





 暗転した視界が復帰したときには、目の前が焦土と化していた。

 砲弾だろうか、もしくは敵兵の固有武装かもしれない。とりあえず、何かの兵器が利用されたのだろう。この平原は、そうやって作られたに違いない。

 肺が焼けそうなほど痛いのは、熱波をもろに吸ってしまったからか。ふらふらする思考が、記憶修復と状況判断の邪魔をする。


「う、ぁ……」


 誰かと言おうとした喉が、意味のある言葉を吐き出さなかった。呻くような声を連続して、ざらざらとした感覚が伴い咳き込んでしまう。

 気付けば、どろりと粘つく赤を地面に吐き出していた。荒い息をのみ込もうとして、更にもう一度吐き出す。

 地獄だ。どうしてこんなわけのわからない場所で、わけのわからない言葉の為に苦しんでいるのだろうか。仲のよかった同僚たちも、いつのまにかどこかへ異動になったり居なくなったり。自分だけ残された様で泣きたくなる。

 だが、感傷に浸っている場合でもない。

 単独行動をしていたにもかかわらず、ここをピンポイントで狙われたという事は。つまり、居場所が筒抜け状態だと言うことだ。長居すれば、今度は死亡確認の敵兵がやってくる。


(早く逃げないと)


 肩に力を入れ、膝をつこうとしたところで体勢が崩れた。疑問を抱く間もなく、体が仰向けに投げ出される。

 痛みを感じない。強かに打ち付けた背中は、肺から空気を追い出すだけで痛覚が遮断されているようだ。もっと言うなら下半身、太腿よりも先の感覚が消え失せているという事に、今更ながら気付かされた。

 これはまずい。走れなければ、すぐにでも敵に追いつかれてしまう。慌てて腰の医療キットへと手を伸ばし、中から違法すれすれの興奮剤を取り出す。

 この隊で配られた、正規の支給品だから笑える代物だ。

 使うのは嫌だが、これを足に注射すれば感覚が戻るかもしれない。いや、もし戻らなかったとしても動くようになるだろう。この場を生き延びるためには必要な処置で、仕方のないことだから。

 心の中で、何度かそんないいわけを繰り返しつつ体を起こす。

 あとは、足の動脈に注射を――


「…………え?」


 声が出ていた。それが自分の声だと理解するのに、五秒ほどの時間がかかる。

 無い。無かったのだ。感覚が消えているのではなく、そもそも太腿から下は何もついていなかった。これでは、感覚どころの問題ではない。

 停止した思考が、ぐちゃぐちゃのまま再起動しようとしている。

 ダメという言葉を無視して、わからないことをわからないままにした脳が動き出そうとしている。

 どうなるか予想できるというのに、状況判断も行わずに感覚が再接続されようとしている。

 次の瞬間には、悲鳴が上がっていた。

 誰の声だ。私のだ。

 帰ってきた痛みと理解の追いつかない世界とに、両側から挟まれて押しつぶされる。ぺしゃんこになってしまったら、きっともう戻ってこられない。

 誰か。誰でもいいから助けて。


「劇的なタイミングだね。いや、狙ったわけではないのだが」


 不意に、誰かの声を聞いた。

 涙で歪み、揺れ動く視界の端に影がある。

 大丈夫だよ、私が来たからもう安心だね? という男は、手に持った注射器を首へと差し込んだ。

 柔らかな微睡みで包まれるような感覚に襲われ、そこで意識は完全にとぎれた。あとはただ暗闇に抱かれて、暖かな体温に全てを委ねるだけ。

 緩やかな、これが死なのかと思った。





 目を覚ますと、見えるものは殆どが白かった。

 天井も壁も、照らされているライトも。銀の器具とそれを操る緑服の人間だけが、室内で浮いているように感じる。


『やあ、お目覚めかね。悪いが、体の負担も考えて局部麻酔のオーダーを出させてもらっているよ』


 声が来た。聞いたことのある声だ。

 足を無くして、死んでしまったときに聞いたもの。それが、小さなノイズを含んでスピーカーから溢れ出る。

 音源は、白い部屋の四隅だ。声に反応した緑服が顔をのぞき込んできて、頷くと壁に向かって手を振りだす。そちらに、音源の発生元があるのだろうか。


『いや、流石だねウィルオウィプス(嫌われ者)君。助かるよ』

「カカッ! あんたには借りもある。気にするな。ついでに、こっちの新技術を採用してくれたから、また借り一つ作っちまったが。あれ? これイタチゴッコじゃね?」


 疑問のままに首を捻った緑男に、はの連続で笑う声が答える。返事になっていない言葉を横に置き、声は優しく話し始めた。


『坂本アヤカ君。過酷な日々だったね、苦しかっただろうね、そんな君を可哀想に思うよ。なんて無責任な事を言うつもりはない。ただ無言のままに道を示し、無闇に無くしたものの代わりを与え、無駄に力を付与しよう』


 ゆっくりと丁寧に発音される言葉が、一言も漏れることなく耳を犯す。

 それは、聞く気がなくても無理矢理に割り込んでくる声だった。逃れようはなく、そして、それは同時に放り出す声でもある。ずっと求めていた、助けてくれる誰かではないという証明の声。

 淡々と、声は続けて言葉を紡ぐ。


『好きにしたまえ。助けたのは、ただの慈善事業でね。望むのならば、新しい配属先を紹介してもいい。我々は、今後の君がどんな方向を目指していこうが一切関知しない。また、外部の人間に関知もさせないから安心したまえ』


 何事も中途半端はいけないからね、と付け足された言葉の意味が理解できない。

 どうして誰も助けてくれないのか。中途半端でもいいから、一時的にでもいいから、多くを望みはしないから。だから……


「や、ぁ……」


 思わず、言葉にもならない音が漏れていた。喉の奥、肺を押しのけそうなほど動いている心臓から声がくる。

 いやだと、もういやだと訴える声だ。それは涙を伴って、意味のある意志に変わっていく。


「やだ……もう、一人はやだ。誰か……誰でもいいから、一人に、しないで」


 手を伸ばす。掴んでくれる人を探して、行き先に迷った救いが立ち往生している。

 どこに行きたいのか、どうしたいのかすらわからない幼子の駄々だ。自分の子供でもないのに、わざわざ振り向いてくれる人間がいるわけもない。

 それならば、と思い。


「家族が。温かな、家族が欲しい」


 ぽつりと出た言葉の意味を噛みしめて、それが叶わないものだと理解していた。

 そもそも、この利権争いの軍に所属した理由が『孤児だったから』である。生きていく上で必要だったから、路地裏で野垂れ死に直前だったところを軍へ志願したのだ。

 当時は、年少時から優秀な軍人を育成するというプログラムに感謝もしたが。だが、それが今に結びついてしまったのは皮肉だろうか。


「お父さんと、お母さんが欲しい。兄弟も姉妹も、私が持ってなかった温もりが全部欲しい!」


 欲張りだろうか、という思いが頭を上げそうになる。こんなに望んで、叶うはずのない思いをどこに押し込めるのかという不安もよぎっていく。

 結局は手には入らないものを要求して、意味などあるのか。止まらない嗚咽混じりの呼吸を乱して、何かすがる物を手探りに探す。

 足がないのだ。ならば、どこにも行けない。すがる物を求めるどころか、もう孤独から逃げることも出来ない。


「全部、欲しいよぉ……」


 最後の力を振り絞った声は、やはり行き場がわからずに迷っていた。

 ずっと一人でいられるほど頑丈ではない。きっと、どこかで動かなくなってしまう。それも、誰が気付くこともないままに一人きりで。

 いやぁ……やだぁ……と駄々が溢れ出し、滲む視界が暗転していく。

 孤独だった。助けなどない、怖い世界に放り出されてしまった。顔を覆い、耳を塞いでうずくまりたくなる。


「それが、君の願いかね」


 静かで優しい声が、すぐそばに来ていた。戦場で聞き、スピーカー越しだった声が隣に立っているのを感じる。


「では、君の望みを叶えようではないかね。今日から、私が父親だ。母親もちゃんといるし、時期に兄弟・姉妹は増えるから心配いらないね」

「なに、言って――」


 戸惑いでぐちゃぐちゃになる思考を落ち着けるために手が来た。髪を整える動きで、頭を数度撫でられる。

 温かかった。これまで感じたことがないほどの安堵感に、全身の力が抜けていく。


「よく頑張ったね。アヤカ君、君は実に優秀だよ。これまでたった一人で、よくぞ耐え抜いた。そんな娘が持てて、私は誇りに思うよ。だが、もう我慢の必要はないね」


 停止した脳の隙間へ、滑り込むようにして声は続ける。

 抱き抱えられながら上体を起こされ、邪魔な涙も大きな指で払われた。人の体温に体重を預けながら、正面――かつては足があった場所を見る。

「優秀で寂しがりな我が娘へ、親バカな父としてはプレゼントがしたくてね。無くしたものの代わりを用意させてもらったよ。今度は逃げるためではなく、みんなで歩くために使ってほしいね」

 そこに、足があった。意識すれば、ぎこちないながらも反応が返ってくる足だ。

 足の更に向こう。ウィルオウィプス(嫌われ者)と呼ばれた緑男が、火の点いていない煙草をくわえて数度頷く。

 新しい足の各部をチェックするためか、爪先から太腿までをなで回し頬ずりまでした。勢い的には舐め回しそうなテンションで、ひゃっほおおおお、成功だぜぇい!! と盛大に騒ぎ出した瞬間、首の後ろを何かに射抜かれた。

 それは銀色の医療具――メスであり、服を貫通して壁に縫い止める軌道だ。

 え? とウィルオウィプスが首を傾げている間に、両腕と両足の裾を同じように射抜かれる。


「あれ? ちょっ! これが噂の死亡フラグか!?」

「人聞きが悪いね。ちょっと危険なダーツゲームだよ」

「ああ、やめて! 新しい世界とか見えちゃいそう!!」

「ははははは。やってみるかねアヤカ君」


 全力で首を左右に振って、以降はそちらを見ないように努力する。

 痛い。痛いけどこれはこれで、いやそんなことはなかった!! なんて声は、少しも聞こえない。


「そういえば名乗り忘れていたが、七海八雲というのが私の名でね。階級は大佐。着任は少し先になるが、一一0小隊の隊長になることが決まっている。ああ、安心したまえ。あんな無能のところにアヤカ君を置いていったりはしないよ。その足のリハビリとデータ収集の名目で、保護観察扱いにしてあるからね。新一一0が立ち上がるまでは、私のところに来るといいよ。そのときに母親の方も紹介しよう」


 では移動だと楽しげな八雲に抱き上げられ、体が僅かな浮遊感にさらされる。ふわりと心地よい感覚の後に続くのは、お姫様だっこによる運搬だ。

 こんな事はされたこともないので、なんだか気恥ずかしくなってしまう。首を竦めて、熱をおびた頬が見えないように顔を伏せる。


「おいおいおい、ちょっと待て。あんたせめて、この状況くらいは解除してってくれない!? というか、途中経過とかどうする気だよ?」

「ああ、この『韋駄天』の事なら資料をコピーしてあるからね。今夜中に目を通して、リハビリの内容を考えるよ。それでも問題が起こったら、そのときは呼び出すけれどね」

「コピーって……それ一応、開発局の機密なんだがなあ」

「問題ないよ。どうせ上はこんな物に興味はないし、何より雁首そろえて無能が多いからね」

「もの凄いこというなあ。ついでに、俺の開発した『韋駄天』けなすのやめてくれる?」


 そんなつもりはないよ、と八雲はウィルオウィプスの近くへ歩き出す。彼が歩くごとに、波間を漂っているような気持ちになった。

 ゆっくりと上下に揺れる動きは、赤子をあやすときのそれに似ている。


「こんなくだらない戦争で、無くしてしまった四肢の代わりを提供する君をけなすはずがないね。多くの灯火を集めるジャック・オ・ランタン、上層部から嫌われる救いの火種。今後も大いにやってくれたまえ。素晴らしい出来の手足を、誰かれかまわず与え続けるといいよ。そんな君を、私は誇らしいからこそ支援しているのだからね」


 不意に、二枚の楯が降り注いだ。

 それは八雲とウィルオウィプスの間に割り込み、刺さっていたメスを全て弾き飛ばす。小さな金属音と共に拘束は外され、地面に着弾する直前で旋回する挙動へと切り替わる。

 両側を廻り込むように背後へ流れ、合流する足音の元へと帰っていった。


「まだこんなとこにいたの? 人に戦後処理させといて、優雅に女の子抱えてるなんて。浮気?」

「話が飛躍しすぎてないかね? それに、どちらかと言うと隠し子だよ。今日から、我々の娘だね」


 あら、それは素敵だわ、とどの基準で判断しているのかわからない女が近寄ってくる。

 背中から二本のアーム、その先端には鉄板が二対。まるで鋼の翼を背負う様に立つ女は、にっこりと微笑んで頭を優しく撫でてきた。


「私、男はこの莫迦だけでお腹いっぱいなのよね。娘が欲しかったの、それもいっぱい。あなたが、その娘一号よ」


 新しい両親と新しい両足。手に入らないと思ったものが、一気に手元へ流れ込んでくる。

 許容量はとっくに超えているし、手に入れた幸せを実感する余裕すらない。それでも溢れ出した涙は、先ほどまでと違う意味を持っているのだろう。

 もう苦しくないし、怖くてたまらなかった涙を流しても辛くない。


「ちょっと早くなってしまったが、彼女が母親だよ。しばらくは三人暮らしだね。イベント的には家族旅行で絆を深めるところから始まり、お父さんの洗濯物と一緒に洗濯しないでというところまで行けそうだよ」

「ホント、八雲は莫迦ね。洗濯物なんて、分けるに決まってるじゃないの。もちろん、自分のは自分であらうのよ?」

「自らの嫁から拒否られた場合、夫はどこへ行けばいいのだろうね……」


 さあ行きましょうと無視を決め込んだ女の後に、肩を竦めて八雲が続く。

 安らかなゆり籠と、耳に心地いい鼓動が意識を満たす。眠気はすぐにやってきて、次に起きた時は三人揃って川の字に寝ているのだろうか、などと幸せな気持ちが支配を始めていた。

 さっきの口ぶりなら、まだ家族は増えるのだろう。まだ見ぬ兄弟・姉妹を思い描いて、無抵抗にまどろみへ落ちていく。

 意識の遠いところで、もう来るんじゃねえ!! と誰かが叫んでいた。






隊長&オールマイティ

七海八雲(ななみ やくも)

 変態 愉快な男 お父さん

階級、大佐


現・副隊長

九条晶(くじょう あき)

 回し蹴り系男勝り少女 九条家令嬢

階級、少佐


元・副隊長

???

 お母さん 鋼の翼

階級、?


フォワード1

坂本アヤカ(さかもと あやか)

 迎撃キック 接近戦最強 義足 最初の娘

階級、伍長


通信士

???


衛生兵・補佐

???


フォワード2

???


陸上特殊車両運用兵士&メカニック

???


航空特殊機体運用兵士&メカニック

???


後方支援1

???


後方支援2

???


衛生兵長

飯塚ナツキ(いいづか なつき)

 三つ編みの常識人 晶の同期

階級、曹長





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