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Ⅹ 衛生兵長、飯塚ナツキの場合

何もない、何一つない

なさすぎて

思うことすら見あたらない


 健康診断の書類をまとめて、飯塚ナツキは七海八雲の執務室を目指していた。

 この第一一〇小隊の隊員には、わりとデリケートな体質の人間が多い。パンツァーはパンツァーでデリケートな機械であり、カウンセリングに気を遣うのだが。そういう間接的なものではなく、直接的に真衣やアヤカは目を離すことができない。

 機械義肢を提唱する医者からしてみれば、彼女らはその成功例として素晴らしい存在だろう。だが、ナツキの考えは違った。

 所詮、生身でない手足は異物。残っている生身の部分が、その擬似的なパーツを受け入れてくれるとは限らない。単純な拒否反応から、生身との誤差で生まれる変調。その辺りを考慮すれば、あまりいい顔はできないのが事実だ。


「真衣ちゃんの身長、やっぱり義腕が重いせいで伸びないのよね。右側に背骨が歪んでるし、それも原因だろうけど」


 短く吐息してナツキは思う。

 この隊に引き抜かれてから忙しいことだらけだと。

 アヤカの義足を、彼女の成長にあわせて注文し直さなくてはならないし。徹夜を連発した結果、先日とうとうぶっ倒れたステロの栄養食も作らなくてはならない。

 狙撃銃の強化試験に一発撃ってみたら鎖骨が砕けた、と無感情に言ってきたシャリスの再生治療を週末までに終わらせて。


「愛琳が莫迦やって、撫子に実験薬飲ませてたみたいだから。お仕置きと毒抜きもしないと……」


 アヤカのスリーサイズ計り直して、たぶんそろそろまたトリトナが――


「ドクター、いつものです。よろしくお願いします」

「今日はパンツァーなのね。トリトナは?」

「дa.私の背中に。先ほど工兵としての演習を希望されまして。一人でやらせると非常に危険ですから、ブリュンヒルトを出して付き添っていました」

「けど、結局気絶したのね?」


 дa.と答えるパンツァーは、申し訳なさそうに眉根を寄せている。だが、一日四回は医務室にやってくるトリトナだ。こればっかりは仕方ない。

 工兵演習というのも、危険度を減らすために爆竹で行っているはずだが。


(それで気絶できるのもすごいけど。そんな子供の遊びみたいなのを戦車が見守ってるって、かなりシュールよねえ)


 とりあえず、あとで精密検査をするから医務室に寝かしておくよう指示を出してナツキは歩き出す。今の重要なのは、八雲に診断結果を持って行くことだ。

 いろいろと気遣いをするため、デリケートな一一〇小隊に必要な書類である。ならば、悪いが恒例行事のトリトナには待ってもらうほかない。

 大丈夫。あの子わりと頑丈だからと頷き、心持ち大きめの両開き戸へたどり着く。中では八雲が仕事をしているはずで、副隊長の晶も手伝いに付いているはずだ。

 なんだかんだで中のいい二人なら、そろそろ仕事を片付けているはず。そんな時間帯を狙ってきているはずと、ノックしてから戸を押し開き。


「あっ」

「え?」

「ふむ」


 という、異口同音が部屋の中に響いた。

 ナツキの見た光景は簡単である。晶がうつ伏せの八雲に跨がって、激しく海老反り固めを決めている真っ最中の状況だ。

 この二人は、執務中にどうやったらプロレスごっこを始められるのだろう。という疑問は横に置いておいて、手元の書類を一枚めくり。


「隊長。また即席系の合成食を隠れて食べましたね? ちょっと血圧高めですよ」

「いやあ、最近また面白い新作が出たものでね。つい。ゲルルン飲料味噌汁味。お袋の味を完全再現! 以来の傑作だよ? ナツキ君も一つどうかね?」


 ゼリー飲料でどうやってお味噌汁の味を再現するのだろうか? 相変わらず、この『ゲルルン』という銘々も合わせて消費者を馬鹿にしているとしか思えないが。

 これでもコア大多数の消費者が愛飲しているのだから不思議だ。主に流行らせたのは目の前にいる男のような気もするが、きっと追求しない方が身のためだろう。

 小さく二度頷き、ナツキは無視する方向で決めた。


「ああ、あとこれ。先日の健康診断の結果が出ましたので、お渡ししておきますね。味音痴隊長」

「試してみれば絶対にハマると思うのだがね。ほら、この裏側に書いてる説明文にも『中毒性が御座います。用法容量をお間違いなく、楽しんでください。過度の接種はお客様の責任であって、当社では一切の責任を負いません』と書いてあるのだからね」

「麻薬かっ!!」


 と、不意に言葉を挟んできたのは海老反り固め中の晶だった。いろいろな思考停止から復帰して、両脇にホールドした足を捻っている。


「いやちょっと待て。いろいろ待て! ナツキ。私の頭は大丈夫か? 医療関係者としての意見をくれ」

「何を言ってるのかわからないけど。大丈夫よ、たぶん。この場で治療が必要なのは隊長だけだと思うわ」


 それはよかったと、心から安堵している晶を見てナツキは思う。確かに七海八雲と過ごしていれば、自分の正気度を逐一確認したくなってくる。少し昔の自分もそうだったし、きっと彼女も同じ気持ちなはずだ。

 ならば、一一〇小隊では先輩である友人として安心させてあげる必要がある。これも衛生兵として必要なケアの一つだ。


「大丈夫、心配しないで晶。慣れれば頭のこととか気にならなくなるから」


 大丈夫の基準はどこに!? と叫びながら海老反りを強める晶の下で、八雲が小さくタップしている。

 表情は相変わらずの笑顔だが、背骨は限界なようだ。額にはうっすらと脂汗が浮いているし、嫌な音が聞こえてくる気もする。

 整体の準備をしておいた方がいいかなと思ったところで、そういえばトリトナを放置したままだったことをナツキは思い出した。

 大事ではないにしろ、治療に消毒くらいは必要だろう。パンツァーを困らせるのもよくない。


「とりあえず、仕事があるので私は行きますけど。二人とも、プロレスごっこは程々にして仕事しておいてね?」


 持ってきたファイルを適当なところに置いて、部屋を出る。後ろで、肉体言語とか調教とか体を重ねて親睦を深めぐああああとかいろいろ聞こえてきた気もするが。そんなものは、ドアを閉めると全部消えてしまった。

 今日も一日、忙しくなるなあとしみじみ思いつつナツキは自分の城(医務室)へと歩き出す。





 目の前に出された仕事を、漠然とこなして一日を終える。それが普段の過ごし方だった。

 社会の歯車として、多忙な日々を過ごすことに文句はない。

 辛いことはいくらでもあるし、辞めたくなるときも多々あった。しかし、これは仕事なのだから仕方ない。それが当然の作業であって、雇われたからには普通のことだ。

 愚痴をこぼしながらも手を動かし、帰りに行きつけの店へ寄って酒が飲めれば十二分。そういう納得をして、世渡りをしているのは自分だけじゃないだろう。


「はあ……なんで、最近の子って血が嫌いとか注射できませんとか言うのかしら。医療関係目指して来てるんですよね? 大尉殿」

「いろいろとご苦労かけるね、飯塚曹長」


 軍医の新人リストをめくりながら歩く横。苦い顔をした人事部の初老大尉が、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 別に彼を責めているわけではないが、この新人を採用したのは人事部だ。まったく責任がないとも言いきれない。

 出来るなら、人事部の見る目がないと罵りたいところではあるが。


(流石に、これはお酒飲みながらする話よね)


 苦笑しつつ肩をすくめ、明確な回答を避けながらナツキは思う。

 しんどいなあ、楽しいことないかなあ、と。

 新人の子たちが全員駄目ということはない。むしろ、優秀でいい子もたくさんいる。しかし、一部にはどう扱っていいか困惑する子たちもいるのだ。

 仕事が出来ないどころか、コミュニケーションも取りづらい。世代差のせいで話が合わない以前に、何を言っているのかすらわからない子もいる。

 自分の専門は外科で、精神科系の知識は新人に毛が生えた程度の知識しかないが。あるいは、これを気に勉強しなおせと言われているのだろうか。

 自分でセルフカウンセリングが出来れば、いざというときは役立つだろうけど。


「それにしても。ほとんどの新人さんは、軍医資格を取ったら辞めちゃうんですね。なんか、体のいい資格拾得学校みたいな」

「最近は多いよ、そういうの。医療系だけじゃなく、車両系資格とか。他にも、特殊資格系は軍の方が取りやすいらしくて」


 そう言うものだろうか、と思いながらナツキは首を捻る。

 自分の頃はそういうのとは違ったはずだ。いろんな意味で独創的な友人である九条晶は例外だが、他の同期は資格を取るために軍へ来たのではないように記憶している。

 もちろん、全員がそうではなかっただろうが。


「確か、私のときはニュースがきっかけだったような……」

「ん? 飯塚曹長が入隊した頃で、ニュースというと。ああ、あの特殊鎮圧部隊の。確か『第零零鎮圧部隊(ネームレス)』だったかな? 『五指(フィフス)』とかって、ずいぶん人気があったようだが」


 ええ、と答えてナツキは当時のことを思い出す。

 ニュースでは毎日のようにその名前が挙がり、過激派レジスタンスから街を護って、軍同士の戦闘行為でも負けなしという状況だったはずだ。

 たった五人のとんでもない部隊に憧れ、ちょっとしたアイドルの追っかけ感覚で入隊した人間が多かった。

 ミーハーで軍籍になるなんて、今から思うと非常に無謀だと思うが。周囲の雰囲気に流され、やってきた自分に文句をいう資格はないだろう。

 しかし、実は『第零零鎮圧部隊』というのが本当に存在するのかという疑問は入隊当初から謎のままだ。

 ニュースでやっていたといっても、本人たちが出てきたわけではなく。ただ黙々とキャスターが戦果を読み上げていただけで、入隊後もそれらしい姿を見たことはない。


(だから、結果的に皆は宣伝用のブラフだと思ったみたいだけど)


 本当にそうだろうか、とナツキは思っている。

 ミーハーで入隊した同期の仲間は、諦めて辞めるか適当に仕事をこなしているはずだ。進路を間違えたとぼやいて、お酒を飲むネタくらいに使っている子達もいるだろう。

 でも。


(でも、当時の治療カルテと入院記録が……)


 ミーハーに流されて入隊をしたが、医療に関わると決めたのは自分の意思だ。だから過去の記録にも目を通し、これまでの治療例を熟読して努力をかさねている。

 それは効率的な治療方法を模索するための行動であり、しかし思わぬ収穫を得てしまった。

 おかしなところがある。

 死者は出ておらず、戦闘の記録として治療と入院の記録が残っていた。数多くの書類から、当時の状況を垣間見ることなどできるはずもない。

 だが、その数が異常だった。小隊や中隊規模ではなく、大隊が五つ分つくれそうなほどの量だ。当時のことがわからなくとも、実際に戦場に出たのがこの倍以上いたことぐらい想像できる。


(つまり、師団か旅団クラスの兵士が戦闘をしていたはず)


 そのうち、三千人近くが医療施設送りになっているということだ。

 戦闘予定が、いくつか重なっていたのなら頷ける。大規模戦闘があったとすれば、納得することもできた。だが、そんな記録はどこにも残っていない。

 あるのは小さな戦闘行為が数回と、武装レジスタンスを一度撃退した記録だけ。

 治療理由には、そのレジスタンスでの負傷と書かれているのがほとんどで。つまり、よほど強い敵だったのだろうと想像するしかない。

 このことを考えていると『でも』とか『だが』とか『しかし』とか。よく否定が出てきてしまうなあと思いながら、ナツキは「でも」と呟く。


「そんなに強敵だったレジスタンスの記録が、どこにも残ってないのよね」


 ん? と大尉が、こちらの呟きに首を捻った気配を感じる。

 特に意識していたわけではないが、気付けば声に出していたらしい。不思議そうな表情を向けられたナツキは、苦笑いで肩を竦めつつ誤魔化した。

 レジスタンスの記録はどこにもなかった。捕虜にしたという人員も、戦闘のときに消費した物資の記録も。

 確かに記録はあるというのに、その事実を支える基礎部分が見当たらないのだ。


(どうして?)


 レジスタンスの殲滅は、確かにあった。それは間違いない。

 だが、その記録をでっち上げるわけでもなく。完全に消した誰かがいる。

 そんな事をするのは、何か知られたくない事をしていたか。もしくは、存在を隠していたい理由があるのか。


(隠れていたかったのは、第零零特殊鎮圧部隊の人たち?)


 ナツキは、昔よく流れていたニュースを思い出す。

 姿は一度も出てこず、場所と理由と名前だけ読みあげられていた彼らのことを。

 彼らは、それぞれに呼び名があった。

 唯一の女性『女剣豪(ムサシ)巴円ともえまどか

 双子のエリート『二つの頭脳(ツインズ)』ボイポスとアルテミス。

 天才的な技師『いかれた灯火(マッド・ジャック)』ウィル・オ・ウィプス。


(そして最後の一人が、最強『軍神』七海――)

「おや、八雲大佐?」


 不意に引き継がれた言葉で、ナツキは息を飲んだ。偶然だろうとは思うが、それにしてもタイミングが良すぎる。

 やあ、と軽く手を挙げて近付いてくる男がいた。それが、最強と目される『軍神』と同名の男だろう。

 こちらの行く手を阻む形であるいてくる八雲に、しかし大尉は気にした様子もなく歩みを止める。

 一緒に歩いている関係上、ナツキも足を止めるが。こちらが疑問を持っているのと対照的に、大尉の方は嬉しそうに目を細めている。

 旧知の知り合いだったりするのだろうかと思いつつ、正面の男をへ視線を向け。


(同じ名前は偶然? でも、こんな簡単に会えるものかしら?)


 少し背の高い男は、黒髪黒目の東洋系だ。身には戦闘用のスーツを着込み、装甲のパッケージも装着済みである。

 ヘッドギアは首後ろに固定され、左手には巨大な黒い棺を提げていた。


「元気そうだね、大尉。今年の新人たちはどんな感じかね?」

「粒ぞろい、とはいきませんなあ。医療系と言うことでしたが、大佐のハードワークについて行けないかと」


 ハードなのは、他の連中なのだがねと男は苦笑する。しかし、続く動作で伏せられた目には、若干の困りも混じっており。

 状況から考えるなら、これから戦闘があるはずだ。そこに医療系が不足しているというのは、確かに不安だろう。

 部下を気遣う立場なら、なおさらそういう気持ちがあるはずで。逆に変な気遣いを下から受けない為にも、こうして内々に人員を探しているのだろう。

 それは何とも。


(大変な人だなあ)


 信頼があり、部下を思うからこそ隠している。それは身近な人間に気付かれない努力であり、気付かせない思いがあり。


(例え実っても、成果にはならないのよね)


 ただ、目の前にある仕事を黙々とこなしていた自分とは違う。それは思うことのある人間の出来ることで。なんの目的も、到達点もない自分では出来ないことだ。

 手伝ってあげたいと一瞬でも思ったのは、果たして優しさからなのか。もしくは――


「あの、私も医療系です、大佐殿……」

「う、ん? ふぅむ、なるほどね」


 顔が近付いてくる。

 まず、至近距離で真っ黒な瞳がこちらを覗き込み。続いて手足をじっくりと観察され、突然伸びてきた手に腕を掴まれた。

 ふむと思案の声が漏れ、同時に声がくる。


「これは、久しく戦場に出てない軍人の肉付きだね。最後に戦場へ出たのはいつかね。野戦病棟の実働勤務時間は? 麻酔もなしに人の体を切った経験はあるかね? 今の所属と、過去に所属していた部署か隊を三つ挙げてほしいね。勤続何年なのかもいいかな?」


 まくし立てられた言葉に、思わず声が詰まってしまう。これらの確認はすべて、やはり部下の為なのだろう。中途半端な人間を連れていくことは出来ないということだ。

 当然の反応だろう。部下へ気遣いをする人間が、考えなしに適当な人員を連れて行くわけもない。

 つまり、これは。


(遠回しの拒否、なのよね?)


 お前はいらないと、そう言われているのだろうか。

 もちろん、勢いで出た言葉だというところは否定できない。分不相応なことを言っている自覚もある。

 目の前の仕事を黙々とこなしていただけの頃とは違う。これまでの経験は、ほとんど使えない世界へ飛び込もうとしている。


「大佐殿は『軍神』なのでしょうか?」

「それはまた、懐かしい響きの名前だね。確かに公式発表の名前と、私は同姓同名だがね。本物とは限らないし、ただの偶然かもしれないよ?」


 確かにその通りだ。

 姿形はおろか、声すらわからない。そんな相手を特定することはできないだろう。とぼけられたら、そこまでだ。

 しかし、その反面。七海八雲なんて珍しい名前が、そう何人もいるとは思えない。

 もしかしたら、という思いを捨てるにはタイミングが悪かった。


「なぜ、君は『軍神』なんて過去の軍人を探しているのかね? ニュースでもやっていたはずだよ。第零零特殊鎮圧部隊は解散したと」


 確かにそうだ。ニュースどころか、軍内では正式に解任手続きが行われたらしい。一時期は、その話題で同期が盛り上がっていた。

 調べて、違和感に気付いた矢先の出来事だ。


「私が、軍に入った理由だからです」


 圧倒的な力に、憧れたのかもしれない。

 もしくは、何もない自分が情けなくなったからかもしれない。

 見た事もない『軍神』という、最強を銘打たれた存在が羨ましかったのかもしれない。

 調べるうちに膨れ上がった想像に、踊らされているだけということもありえる。

 だが、


「私は、今の自分が嫌いです。何をしていいのかわからない、そんな自分が好きではありません。なんでもできる『軍神』に心から憧れました」


 それでも憧れた事に変わりはない。自分にないものばかり持っているだろう、完璧な『軍神』という存在にだ。

 目の前にいる人間がそうだと言うのなら、近くにいることで私もちょっとはマシになるだろうか。そんな淡い期待が、心のどこかにはあった。

 だから、逢えたなら。もし、出逢う事が出来たなら。


「君の言う『軍神』とやらは、本当になんでもできる存在なのかね? 人生を棒に振るための、いい訳にされても困るわけだが。憧れられるほど完璧な存在であると、どうしてわかるのかね。見た事などないはずだよ?」


 そう、所詮は偶像だ。頭の中に、想像した形でしかない。

 自分の中で、都合のいい『軍神』を作り上げている自覚くらいある。それが身勝手な押し付けで、当の『軍神』からしてみれば迷惑極まりないイメージであることもわかっている。

 けど、だけども。


「あなたは『軍神』なんですか?」

「それに答える意味があるのかね。この身が『軍神』であろうとなかろうと、世間は勝手に妄想を上乗せしていくよ? ここで肯定しようが否定しようが、偶像に明確な形を与えるだけではないかね?」


 そうかもしれない。いや、きっとそうだろう。

 奥歯を噛みしめ、今の状況を思い返す。

 周りには、血で大騒ぎする資格が欲しいだけの新人たち。同期の子たちは、途中で辞めたり妥協して残ったりのばらばらで。自分がこなしている仕事の負担が、だんだん増えていっているような錯覚さえ覚えてしまう。

 しんどいと思いながら、人の体にメスを入れ始めたのはいつからだったか。

 昔は、もっと必死に誰かを救おうと思いながらやっていたはずだ。

 経験もなく道具もない場所で必死に内臓をかき分け、文字通り手探りの手術をさせられた事もある。

 それら全部が、私の『軍神』を追い掛けた結果であり。


「意味ならあります。私が自分の流され体質で、ここまでやって来てしまったのは自業自得ですけど。それでも、ここまで追ってきた人物を知る権利くらいはあるはずです」

「ははっ、なかなかの暴論だね。それで? 私が、ここで『軍神』であることを認めれば済むのかね。それで満足なら、そうするが?」

「いいえ、いりません。私は『軍神』がどんな人かなんて知りませんから。だから、私にとっての『軍神』は行動そのものです」


 一呼吸、溜めるように息を吸う。

 隣で黙っている初老大尉に、手の中のファイルを押しつけて渡して。更に一歩を踏み出し、七海八雲へ近付きながら。


「もう一度言います。私を、連れて行って下さい。人の体を切った経験なら、生きてるのも死んでるのも両方あります。昔、飲み水をやりくりして傷口を漱がなくてはならないような場所へ行ったこともあります。基本的に私は派遣制なので、所属した隊なんて星の数ほどもあります」


 更に一歩詰め寄る。

 平然としたまま、一歩も後ろへ逃げない男を見上げ。


「私を連れて行ってください大佐殿。そして、私に『軍神』としての行動を示して下さい。私が、軍に所属した意味を無駄にしないためにも」


 我ながら、随分むちゃくちゃを言っている。

 勝手に押しつけて、無理やり期待をして。そうして、結果を出せと強要している。

 しかも、相手は上官だ。こんな態度で詰め寄って、何かしらの処罰を下されてもおかしくはない。

 だが、例え罰せられたとしても、それはそれで一つの道になるような気もする。いっそ、軍を辞めるなら今なのかもしれない。

 たっぷり一〇秒の沈黙を貫き、八雲はようやく口を開いた。

 息を吸う動作を経て、その後に来る言葉に身構える。声は怒声か、それとも冷酷な通知か。


「大尉、流石は人事部のエースだね。その慧眼は、まだ衰えていないようだ」

「ありがとうございます、大佐殿。昔、戦場でこの目を潰さなくてよかったと。そう思っていただければ私の勝ちですね、ざまあみろ」


 はの音で笑いあう男二人に、ナツキは思わずぽかんとしてしまった。

 え、なに? この人たち、今なんて言った? という疑問の言葉が、喉から漏れそうになるのを飲み込む。


「君が最後の一人だよ、ナツキ君。今日、たった今から君は第一一〇小隊の衛生兵長だ。いらっしゃい。よく来たね。お望み通り『軍神』かもしれない私が、行動を持って証明しようじゃなかね」


 先ほどまでとは、打って変った優しげな笑みで八雲が言う。そして、同時にナツキの頭はパニックを起こしそうになっていた。

 何故か、自分の知らないところで人事異動が敢行されている。八雲が胸のポケットから取り出した紙は、簡易ながらも正式な異動通知だ。

 彼の手の中で、ひらひらと舞う白い紙。その上に居座った黒のシミたちは、嘘をつくはずがない。

 どのタイミングで、いったいどうして。そんな戸惑いで視線を彷徨わせると、初老大尉が疲れたように吐息している姿が飛びこんできた。

 そもそも、今日は人事異動に関する話し合いで出向を命じられている。だからこそ、病棟ではない場所で人事部の大尉と一緒に歩いていたのだが。


(てっきり、異動になるのは新人の子たちか。もしくは補充要員のことだと……)


 冷静になってみれば、難しい話でもない。

 つまり、異動になったのは飯塚ナツキ。私自身だということだ。


「え? あ。でも、病棟の方は? 私が抜けたら、誰が新人の子たちの指導や手術を?」

「ああ、大丈夫だよ。そっちはこっちで片付けとくから、心配しなくていい。このアホ大佐に借りさえなければ、こんなことするつもりもなかったけど」

「ほほう、上官侮辱とはなかなかやるね。これで右目の借りは返してもらったが、左目分と利子は残っているから忘れないように」


 なん、だと……と驚愕する初老を無視して、八雲の手が伸びてきた。

 強引に手を取る動きへ反応もできず、不意をつかれるような温かみが来て、追加で声も来る。


「これより七時間後、我々の第一一〇小隊は戦地への移動を開始する。紹介は移動中にするとして、必要な物のリストアップと周辺の準備を。本格的な隊舎への引っ越しは、これが終わってからになるがね。なあに、大丈夫。こんな戦闘、すぐに終わってしまうよ」


 暖かい温度に包まれたまま、手が引かれる。

 男女不平等野郎が、という悪態を背後に聞きつつ導かれるのは外だ。

 待たせてあったらしい車両には、運転席にメイドが乗っており。


「あら、この子が最後の子ね。いい感じよ。これで、怪我したらナノマシンでドカン治療が無くなると思うと……あ、なんか涙でてきちゃった」

「何を勝手に感極まっているのかね。さあ、ナツキ君。君の住居まで送ろう。というか、送るからさっさと荷造りしてくれないかね? わりと時間がぎりぎりでね? 流石の『軍神』も、時間を止めることは出来ないからね」


 は、はあ? と生返事になりながら、後部座席に押し込まれつつナツキは思う。

 なんか、アグレッシブな隊に入隊しちゃったなあ。人生設計ミスったかも。と。

 シートベルトを締め、いまいち実感がわかないまま戦場に行く事が決定してしまった状況を考えながら。


「ん? あぁっ!! 今『軍神』って認め――」


 言葉が終わるよりも早く、車体後部にロケットブースターを展開した車が突っ走った。

 体はシートに押しつけられ、体にかかる負担がとんでもない。

 なんなの、このむちゃくちゃな車は! と薄れる意識の中でナツキは叫んでいた。












隊長&オールマイティ

七海八雲

 変態 愉快な男

階級、大佐


現・副隊長

九条晶

 回し蹴り系男勝り少女 九条家令嬢

階級、少佐


元・副隊長

???

 お母さん

階級、大尉


フォワード1

坂本アヤカ(さかもと あやか)

 紅目の悪魔 接近戦最強

階級、伍長


通信士

真衣・プロセッサ

 電脳幼女 指折りの『エリート』

階級、軍曹


衛生兵・補佐

瞑愛琳メイ アイリン

 マッドサイエンティスト系医療補助兵 中国三千年の末裔

階級、上等兵


フォワード2

御門撫子みかど なでしこ

 旧家の出身 純和風 長女的存在 般若

階級、伍長


陸上特殊車両運用兵士&メカニック

パンツァー・カウフワーゲン

 メカニック兼用 ロボ娘

階級、少尉


航空特殊機体運用兵士&メカニック

ステロペース・キュクロプス

 メカニック兼用 父子家庭 エセ関西弁

階級、軍曹


狙撃兵

シャリス・ワッターズ

 狙撃手 褐色少女 元レジスタンス 現スパイ 

階級、中尉


工兵

トリトナ・ルー

 爆薬姫 不幸体質 黒髪ツインテ ドジっ子

階級、上等兵



衛生兵長

飯塚ナツキ

 三つ編みの常識人 晶の同期 人生設計失敗者

階級、曹長



・陸上特殊車両『ブリュンヒルト』

……六足の脚を持つ戦車。重力制御機構を搭載し、自重を軽くした上でのホバーリング併用により高速移動を可能とする。

 また、重力制御機構を応用して、重力の遮断幕。重力シールドを張る事が可能。

 主砲は長さ五メートル、幅二メートル、厚さ一・五メートルのレールガン。

 全長二〇メートル。全幅七メートル。全高は五メートルの化け物戦車。

 コックピットは、分厚い装甲の奥の奥。そこにある制御盤へパンツァーの核ドライブを設置する。


・航空特殊戦闘機『カエルス』

……ステロペースの離縁した母、ガイア・ヘレネスが設計し、設計図だけを娘に託した代物。名前の由来はウラノスから。

 デルタ主翼と先端翼(カナード)を備えるカナードデルタ形式の機体であり、後部には小型の尾翼が上下に一対ずつ設置されている。

 加速器は計5つ。主翼と尾翼にそれぞれ一つずつ小型の加速器を配し、その中心に大型推進の加速器が搭載されている。

 デルタ翼である為、真上から見た形は三角形に近く。また、やや厚みはあるものの機体の凹凸が少ないよう設計である為。正面から観た姿は、金属の板から十字型に主翼と尾翼が張り出している様に見える。

 武装は機関砲二門とレーザー砲三門だが、仮想翼が展開されれば砲門は自由に設定できる。機関砲は上部に、レーザー砲は下部にそれぞれ実装。

 コックピットはバイクに乗る様な体勢になるもの。


・固有兵器、長砲&機甲殻槍『ピナカ=トリシューラ』

……熱量砲撃、レールガン、反動相殺用スラスターによる衝撃波。この三つによる三叉の攻撃が可能。内部に動力部とかして三叉槍を格納。外部の長砲部分をピナカ、内部の三叉槍をトリシューラと呼称する。熱量収束による砲撃は、射程が五キロ。それ以上は、熱が冷却して効果的なダメージにならない。


・個人武装、機甲殻薙刀『岩融いわとおし

……命名は武蔵坊弁慶の所有した大薙刀より拝借。通常時はただの薙刀と変わらない。機甲性能は振動。超過振動により、どんな物をも切断する事が可能。一度発動すると停止不能で、有効時間は五分間。


・LVT-8(呼称:マヒシャ)

……水陸両用の歩兵運搬トラクター。現代のアムトラックの後継機。積載人数、一七名。

・C7

……皆さんご存知、C4の改良型。粘土状で加工しやすく、火や熱への反応が皆無なので直接着火でも爆発はしない。従来のものより信管の取り扱いが非常に簡単になっている。







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