白い世界
目を醒ますと、そこは白い部屋だった。
ただただ白い壁と、ひたすらに白い天井、それと床。影も無い部屋なのだが、不思議と奥行きや壁、天井の存在は感じ取れる。
どうやら部屋は立方体で、どこにも出っ張りやへこみもない。
その神秘的で不気味な雰囲気から、純白という瞳が、どこからか私を見つめているような、そんな気がした。
いやしかし、よくよく目を凝らしてみると、この部屋は単なる四角い部屋では無いことに気づく。
壁に沿って、床から天井まで、20cm四方程度の、これまた純白の立方体が、ぎっしりと並べられているのだ。
その異様さに、思わず「ひぃ」と叫びそうになるのを、必死で堪えている自分がいた。
さらに部屋を見てみると、部屋の壁の向こう側がさらに大きな部屋になっている事が見てとれた。
向こう側の部屋の壁にも、この部屋と同じように、びっしりと白い箱が並んでいる。
そして、今私がいる部屋は、その箱のうちの1つであるようだった。
うっすらと広がる、その壁の向こうの部屋の中央辺りに、丸椅子のような何かに座る人影のようなものが見える。
腹の立つ事に、そのどちらともが純白で、凹凸を全く感じられないような物なのだ。
滑らかな輪郭が、認識の範疇を超えた何かを感じさせる。
とその時だ。
「やぁ」
唐突にその人影が話しかけてきた。
何事かと思ってその人影を注視すると、やはり私に向かって話しかけているのだと解る。
「目を覚ましたのかい、白色の御人や」
妙な奴だ。
こちらは無視していたのに、注意のひとつもしやしない。見たところ、こちらにさほど興味が無いと見える。
面白いから、「おぅ」と一言答えてやった。
しかし奴は何も答えず、ただこちらをじっと見つめている。
「御前は知らんだろうが、私はこの無色無過の空間で、ただ孤々独々とした時間を過ごしているのだ」
しばらくした後に、例の人影が口を開く。
だが、開いたかと思えばこんな下らない話である。
全くもって、興味がわかない。
「白色の御人は、この槌が見えるか」
そういって、人影の白い腕がすっと上がる。
槌とは言っていたが、その手に握られていたのは、見たこともない、本当に奇妙極まりない、グロテスクと形容出来るような形をした道具であった。
「これはなぁ、凄いものなのだ」
「はぁ」と気力の無い答えを奴に返すと、奴は向こう側の部屋の壁に沿って並べられた、小さな箱のような部屋の1つを手に取り、さらに言葉を続ける。
「私は暇で仕方ないのだ。こういった箱部屋はいくつもあるのだが、御前はこれが何か解るか」
「さぁ」と言おうとした瞬間、奴からその答えが提示される。
苛々とした気持ちを抑えつつ、その話を聞いてやる。
若干の興味が出始めたのだ。
「これはな、暇潰しの道具なのだ。見ておれ」
奴はそういって、槌を手に持った箱部屋にあてがった。
その瞬間である。
グシャリ
奇妙で吐き気を催すような音が聞こえた。
ハッキリとは見て取れなかったが、どうやら箱部屋が潰れたようである。
人影の手から、これまた白い、サラサラとした液体が流れ落ちていた。
「どうだろう。見ていて気持ち良くは無かったか。これはな、私にとっての暇潰しなのだ」
狂気じみたその様子に、ゾクリと、背筋に冷たいものを感じる。
行為の異常さ、精神の異常さ、そして何より、次は自分がやられるのではという恐怖が、白い心の中でない交ぜになり、死を恐れた。
「だがなぁ、この部屋にある何もかもを思うがままに出来る私にも、恐れているものがあるのだよ」
人影が手を伸ばし、私の箱部屋を手に取る。
慣性の働かない部屋の、その妙な感覚に困惑し、死への恐怖に、身体が打ち震えた。
「ご覧。この部屋の外から、巨人がこちらを覗いているだろう」
確かに、目を凝らして箱部屋の外の、さらに外を見てみると、巨大な人影がうかがえる。
「あいつはなぁ、私が綺麗な箱部屋を潰すと、どんどん目付きを鋭くしやがるんだ。まるで、この部屋の物が、全部あいつの物であるかのようにな。そうして、巨大な巨大な槌を持って、威嚇して来るのだ」
人影が苛立っている様子が良く解る。
力を込めて語る度、奴の腕が震え、部屋が上下左右に振られる。
気が付くと、奴の声が部屋の中からも聞こえていた。それは、壁に並んだ箱部屋から聞こえて来るのだ。
ぐるりと部屋の中を見回すと、同じ白さの中でも一際目を引く箱部屋が1つ。
それを手にとって見てみると、中に箱部屋を手に取った人影が見える。
そこから、声が聞こえて来ているのだ。
その人影は声と言い、挙動と言い、確実に奴であった。
「今となっては、奴の苛立ちはもう限界まで差し迫っているのだ。私が潰す事が出来るのも、後1つが限界だろう。そこで、だ。終わり良ければすべて良しと言うように、最後の最後は、最も鈍く輝く御前で締めようと思っているのだ」
なんだって。
そんなの、堪ったもんじゃない。
大きな声で、何度も何度も「やめろ」と叫ぶが、依然奴の興味は、この箱部屋には無いようだ。
「やめろ!お前の箱部屋がここに……」
槌が迫り。
グシャリ
そうして全てがなくなった。
---解説---
人影=現代人
主人公=過去
巨人=未来
槌=科学
巨人の槌=カタストロフィ
箱部屋=事象
綺麗な箱部屋=環境とか
サラサラとした液体=悲しみや怒り、苦痛など
と置き換えて読んでみてください。
科学によって様々な環境等を破壊する現代人が、過去にまで手を出した時、それは未来に託された最悪のカタストロフィへと導く一手に繋がるのです。