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真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第一部「楼桑村立志編」
9/62

第九話「西涼よりの客人」

 まずは、先週の大地震で被災された方々に心からのお見舞いを申し上げると共に、無残に命を奪われてしまった方々への心からのお悔やみを申し上げます……。


 お久し振りです。先週、かの大地震の直撃を受けた不識庵・裏です。二度と味わいたくない恐怖を味わい、ライフラインもまともに復旧せず、物資が足らない日々を過ごしております。


 ですが、やっと昨日ネット環境が生き返りました。地震さえ起こらなければ先週末にアップする予定であった、第九話の執筆を再開し、やっと先程書き終えました……。


 お金も何も力の無い私ですが、兎に角このいやな気分を吹き飛ばしたい思いで書き上げた、この九話。恐らくですが、生涯忘れられないと思います。


 ですが、その割には駄文塗れです!! それでも読んでいただければ物凄く嬉しく思います!!



『頼もーう!! 『幽州の三賢人』の老師方はここに在宅か!? 』



 その客人達が桃香の家を訪れたのは、桃香と彼女の家に厄介になる事を決めた紫苑の二人が、丁度夕食の支度をし始めた頃だった。玄関の扉の向こうから猛々しい女の声と、力強く扉を叩く音が響き渡る。



「ふぇ? 」



 麦粥を作るべく、鍋に麦を入れた桃香が、その大きさに思わず驚き、玄関の方を向く。



「あら……? お客様かしら? 」



 永盛が山で狩った、猪の肉の塊を捌こうとしていた紫苑も驚き、彼女も玄関の方を向いた。



「だぁ~れぇ~? お客さんなのぉ~? ふぅ~ん、このお酒変わった味ねぇ~。悪くないかも 」



 居間の方から間延びした女の声が飛んでくる。その声の主は、一日二日ですっかりここの雰囲気に馴染んでしまった雪蓮であった。


 彼女は長椅子にだらしなく寝そべり、『めんどくさい』の理由で髪飾りを始めとした装飾品も外していて、喜楽から貰った試行錯誤中の『米と麹で造った酒』を堪能している。



「『幽州の三賢人』……恐らく照世達の噂聞きつけた連中だな。ったく、最近この手合いが多くて敵わねぇ 」



 気だるそうな顔でぼやきながら、一心が居間から出てきた。雪蓮との情交を、夜明けまでのべつ幕なしでやったせいか、まだ少し眠たそうであった。



「あ、一心兄さん。どうしよう? 」



 困った顔で、桃香は厨房に入ってきた一心に意見を伺う。すると、彼はおどけた笑みを浮かべると、桃香の肩をポンポンと軽く叩いた。



「まぁ、いつものように諦めてもらうしかねぇだろ。そろそろ照世達も飯食いに来る頃だしな。一応だが、当人同士と話し合ってもらうだけよ 」


「うん……そうだよね 」


「大丈夫大丈夫! 照世達はな、桃香に面倒見てもらった恩義忘れちゃいねぇって。だから、安心しな 」



『おいっ! 誰かいないのか!? 』



 安心させるべく、一心が桃香を宥めていると、扉の向こうの声が一際大きくなってきた。正直やかましい事甚だしく、迷惑この上なしである。



「ったく、うるせぇなぁ……。紫苑さん、悪ぃが手桶に水汲んでくれねぇかな? 」



 忌々しげに扉を一瞥し、一心は紫苑に言う。



「え? はい……お水ですね? どうぞ、一心様 」



 水瓶から手桶に水を汲み、紫苑はそれを一心に手渡した。



「お、『さんきゅう』 」


「? 」



 受け取る際に一心が言った言葉に、紫苑は右手の人差し指を顎に当てて小首を傾げてしまった。



「あ、えーと、ありがとうって意味なんですよ 」


「そう……変わった言葉なのね? 」


(一心兄さん……何もこんな時まで、一刀さんの言葉を真似なくってもいいのに~ )

 


 慌てて、桃香が意味を説明するが、紫苑はちょっと腑に落ちないものを感じる。洒落を決め込んでる積りなのか、一刀の言葉を時折真似る一心に、桃香は内心あきれ返っていた。



「ったく、折角これから楽しい晩飯前の空気をぶち壊しやがって……追い出してやる! 」



 肩を怒らせて、ずかずかと玄関に向かう一心。彼が右手に持った『招かれざる客撃退用』の得物は、チャプンチャプンと水音を勢い良く立てていた。



『おいっ、いないのか……アウッ!! 』


「うるせぇぞ!! 一昨日来ゃあがれってんだ! このスットコドッコイが!! 」



 一心が怒鳴りながら威勢良く扉を開け、得物の中身を扉の前に立っていた人物にぶち噛まし、その人物が声の主と思われる、若い娘に鉄拳を振り下ろして沈黙させたのは同時に行われた。



「あ…… 」


「…… 」


「☆△◎■~~~!! 」



 呆然とした一心が目の前の光景を見てみれば、頭から水を被った美女が思いっきり顔をひくつかせている。彼女の足元では、若い娘がプスプス煙を上げる頭を両手で押さえてうずくまっていた。



「『一昨日来ゃあがれってんだ! このスットコドッコイが!! 』と罵るだけでなく……頭から水を被せる……。そう、これが幽州流の『ご挨拶』なのね…… 」



 あちらこちらから水を滴らせ、何とかギリギリで平静を装いながらも、彼女はこめかみに青筋を浮かべる。



「こっ、これはしたり……申し訳御座いませぬ。早く家の中にお上がりください。湯も用意致しますので…… 」


(この手の女は怒らせたらヤバイな……何とか機嫌を直してもらわねぇと、おいらの命が大変(てぇへん)な事になっちまわぁ )



 すぐさま『劉備』の口調で詫びを入れると、一心は慌てて家の中に駆け込んだ。



「琥珀様、水も滴る良い女になってしまいましたね? 」



 彼女の後ろに控えていた、短く切った黒髪の女性が笑いを堪えながら言う。



「鷹那……冗談になってないわよ、それ? だけど、この子が『馬鹿』をしてくれたお陰で、交渉の席には着けそうね…… 」



 琥珀と呼ばれた女性が、面白くなさそうな顔で鷹那と呼んだ彼女にそう言うと、足元でうずくまる自分の娘に呆れの視線を浴びせる。



「こう言うのを『災い転じて福と成す』って言うのかな? 」



 一番後ろに控えていた小柄な少女が、複雑そうな顔でぼやいた。



「そうねぇ……『福』となるかどうかは、これから次第よ、蒲公英 」



 水を滴らせながら、そう語る伯母の顔は、蒲公英には極めて複雑なものに映った。




「最初に結論を言わせて貰いましょう……わざわざ涼州からお越し頂いた貴女様の期待に、この諸葛然明。お応えする事は叶いませぬ 」



 卓を挟んで淡々と語る照世の顔は、非常に冷ややかで、目だけで『お引取下され』と言うのが嫌というほど伝わってくる。



「申し訳ないが、私も諸葛君と同意見です。名君の誉れ高き、馬寿成様からのお誘い。無碍に断る真似をして真に申し訳ありません 」



 喜楽なんぞは、めんどくさげに胸元をぼりぼりと掻いているし、周囲に熟柿の臭いをぷんと漂わせる始末。



「私も諸葛君と龐君と同じでしてね……いやっ、真に申し訳御座いませなんだ 」



 道信だけは、本当に申し訳なさそうに謝り、卓にぶつける位頭を下げていた。



「成る程……噂には聞いておりましたが、お三方とも首を縦に振ってくださらないのですね? 」



 何とも言えない顔で琥珀が言うと、三人とも揃って首肯する。あの後、一心が慌てて琥珀たち一行を家の中に招き、一刀と義雷に壮雄の三人が湯の支度をした。



「ゲホッ、ゲホッ! 兄者ッ! 何で俺たちが湯の支度するんだよ! これじゃまるで※1丑八怪(チャオバークァイ)だぜ! ぷはぁ……フゥ~~ッ!! 」



 風呂釜と悪戦苦闘しながらも、勢い良く竹筒で息を吹き込み、薪を燃やす義雷。彼の顔は、既に煤で真っ黒けになっており、その怖さは普段より倍増されている。



「あ、兄上……水を汲んできました……俺も義雷兄者と同じです! 元々兄上の不始末じゃないですか!! 」



 井戸から汲んだ水を湛えた、大きな瓶を担いできた一刀。幾ら膂力を強靭にしたとはいえ、彼にとっては相当の重労働であった。



「い、一心様……薪を切ってまいりました。何で、俺がこんな事をしなければならんのだ…… 」



 大量の薪を載せた背負子を背負った壮雄が、歯を食いしばりながらも、足取り重くそれを運んでくる。彼は全身を汗まみれにさせ、不貞腐れた素振りを見せて一心を睨んだ。




「てやんでぃ! 文句抜かす暇あったら、三人ともさっさと湯の支度を終わらせろぃ!! 義雲の奴ぁ璃々ちゃんから手ェ放せねぇから、そいつ以外で力自慢のおめぇらに任せてんだ! おいらだってなぁ、必死こいて掃除してんだよっ!! 」



 自分の事は棚にあげ、弟達を怒鳴りつけながらも、必死の形相で浴室を掃除する一心。かくして、この四人は通常より可也速い速度で湯の支度を終えるのであった。



「お、お客人……どうぞ、湯の支度が終わりましたので、ごゆるりとお浸かり下さい…… 」


「判ったわ……ところで、貴方。名を何と言うのかしら? 」



 全身汗だくで、服の袖や裾を捲り上げた一心が、居間で体を布で拭いていた琥珀に拱手行礼すると、彼女は一心に冷ややかな視線を浴びせた。



「はい、私の姓は劉、名は思、字を伯想と申します…… 」



「そう、私は涼州武威太守、馬寿成です。劉伯想とやら、此度は大儀でした……今後はこのような間違いが無い様願いたいものですね。鷹那、支度を手伝ってくれるかしら? 」


「はい、琥珀様 」



 やや高圧的な態度で一心に言い放つと、琥珀は鷹那を伴い、湯に浸かり旅の埃を落とす。そして、それぞれ武威郡太守の衣冠と女官の衣服に身を包み、身だしなみを整えた。


 

「照世、今回おめぇさん達を召抱えに来たのは、何と西涼の馬騰なんだよ。余りにも従者の声が馬鹿でけぇんで、水かけてやろうと思ったら、間違って馬騰本人にぶっかけちまってなぁ……。おかげさんであちらはカンカンなんだよ…… 」



 その頃、夕食を摂りに来た照世達に一心が事情を説明すると、流石に照世も呆れてしまい、彼は眉をひそめてしまう。



「一心様、不可抗力とは言えど……流石にそれは拙いと思われますが? しかし、此度は仕方がありませんな。まずは、先方のお話位は聞きしましょう 」


 

 そう、照世がぼやいてみせるものの、非礼はこちらの方にある。なら、話くらいは聞こうと判断した彼等は、居間で客人を待つ事にした。


 暫くして、太守の衣冠に身を包み、同じく正装した女官を後ろに従えた客人の姿を見て、照世達は僅かにだが驚きの表情を見せる。



「お初にお目にかかります。私は涼州武威郡の太守、馬寿成にて御座います。此度は涼州にまで名が聞こえしお三方に、是非とも私の耳目となって頂きたく思い。遥々涼州より参りました 」


「臣下の龐令明と申します。どうか、此度は我が主公の話の頼みを、是非とも叶えていただきたく存じ上げます 」



 こう、話を切り出してきたものだから、一瞬彼らは躊躇してしまった。何故なら、今自分たちは前世で馬騰の一族だった者達と寝食を共にしている。それ故に、壮雄と固生に対する申し訳なさが、何気なく彼らの中に生じた。


 だが、三人の考えは既に揺ぎ無いものであった。そして、三人は互いに頷き合うと、先程の彼女への返答を口にした訳である。



「ならば……せめてもの私の頼みを聞いていただけませんか? 」



 諦めきったような顔で、琥珀は照世達に話を切り出した。



「ふむ、『頼み』ですか……場合にもよりますが、どのような事ですかな? 」



 白羽扇を顔にあてがい、目を細めながら照世が尋ねる。すると、初めて彼女は表情を少し砕けさせた。



「些細な事では御座いません。私の娘と姪を、お三方の下で学問を学ばせてはいただけませんか? 」


「無論、只とは言いません。謝礼も持参いたしました 」



 琥珀が後ろに控える鷹那に向きながら言うと、鷹那は布に包んだ金塊を三人の前にそっと置いた。




「ふぇ~~ 」



 前掛け姿の桃香が驚きのため息を吐く



「あらあら…… 」



 同じく、前掛け姿の紫苑も驚きで目を見開く。何故なら、二人の少女が、正確に言うと先程扉の前で大声を張り上げていた方が、用意された食事を物凄い勢いで平らげていたからだ。



「おかわり! 」



 威勢のいい声を上げ、その少女が麦粥を入れていた空の丼をドンと音を立てて桃香の前に置く。



「う、嘘……これで五回目の『おかわり』だよね……。さっきのあれ、三人分盛ってたんだよ? 」



 顔をひくつかせて、思わずそれを凝視する桃香。彼女が食べた量は、下手をすれば一番の大食漢である義雷と壮雄に匹敵するものであったからだ。



「え? あれじゃあたしの腹はまだ満たされないよ 」



 『何を言っているのだ? 』と言わんばかりに、少女は呆れ顔を桃香に向ける。



「と、桃香さん、取り敢えずこちらのお客様がおかわりをご希望されてますから…… 」



 何とか笑顔を取り繕い、桃香を促す紫苑。だが、彼女もこの少女の食べる量に内心辟易していた。



「は、はい。判りました、紫苑さん……(このままだと皆の分全滅だよぉ~~ ) 」



 そう言うと、桃香は空の丼に麦粥のおかわりを盛り始める。あれだけ大量に作ったはずなのに、麦粥の入った鍋は既に底を突こうとしており、それを見て桃香はがっくりと肩を落とした。



「ごめんねぇ~、翠姉様たっくさん食べる人だから 」



 そんな桃香の様子を見て、流石に気まずいと思ったのか、『翠姉様』と呼んだ大食漢の隣で食事を摂っていた小柄な少女が、申し訳なさそうに二人に謝った。




「申し訳ありませぬが、これは頂けませぬ…… 」



 そう言うと照世は、差し出された金塊をそっと突き返す。照世と同意見なのか、喜楽も道信も揃って頷いた。



「どうしてなのでしょうか? 訳をお聞かせ願えませんか? 」


「私も主公と同じです。そこまでして拒絶されるのか、説明して頂けません事には、当方と致しましても納得できかねます 」



 『ここまで拒絶するとは何様の積りだ』と、言わんばかりに、琥珀と鷹那は突き刺すような視線を目前の三人にぶつけた。すると、照世はすっくと立ち上がり、後ろ手に手を組むと、卓の周りをゆっくりと歩き始める。



「※2『子曰く、束脩(そくしゅう)を行なうより以上は、吾れ未だ(かつ)(おし)うること無くんばあらず 』 」



 涼しげな声で照世が言った言葉に、琥珀と鷹那は思わず目を見開いた。



「これは…… 」


「※2『論語』の一節ですね 」



 二人は感慨深げに言うと、嬉しさで顔を綻ばせた。照世はフッと笑みを浮かべて首肯する。



「故人たる孔子も、こう申されております。況して、馬閣下は田舎学者にしか過ぎない私達に礼節を尽くしてくださいました。これ以上、一体何を望めというのでしょうか? この然明、喜んでご息女達に学問をお教え致したく存じ上げます……龐君と徐君はどうかな? 君達の意志を聞かせて欲しい 」



 琥珀と鷹那に照世はそう答えると、友たる二人に顔を向け、彼らの意見を伺った。



「然明、俺も君の考えに賛成だよ。こちらの涼州からのお客人は、非才の身にしか過ぎない俺達に最大の敬意を以って接してくれた。これ以上の束脩は要らぬというものさ 」


「私もだな……ここは一つ、私達も『吾れ未だ嘗て誨うること無くんばあらず』の言葉に倣おうではないか 」



 実にいい笑顔で快諾する二人に、琥珀と鷹那は顔を綻ばせる。



「お三方には心から感謝いたしますわ……これで私も安心して西涼に戻れるというものです 」


「私もです、どうか姫様方を宜しくお願いいたします 」



 琥珀と鷹那は、三人に心から感謝の意を示し拱手の礼をした。



「いえいえ、お召抱えに応じられぬ非礼に比べれば容易いものです。ところでですが、馬閣下。宜しければ七日間程お時間を頂けませぬかな? 」



 突然の照世の言葉に、思わず二人は驚いてしまった。彼は席に戻ると、白羽扇を顔の前にかざし、ゆっくりと語り始めた。



「遠路遥々、西方から来られましたお客人方をこのまま返してしまうのは、正直心残りと言うものです。これまで私達の噂を聞きつけ、あらゆる人物がここを尋ねてまいりました。ですが、いずれも己の立場や威光を傘に着るものばかり。加えて、愚かにも家名を振りかざすだけのような、袁家の跡継ぎが如き※4小人(しょうじん)も御座いました…… 」



 ここで一旦区切り、琥珀と鷹那を真っ直ぐ見据え、照世は言葉を続ける。



「然し馬閣下は、庶人にしか過ぎぬ私達に当たるに際し、衣服を改め、礼節を以って臨んで下さいました。それだけでは御座いません。大金を用意してまで、ご息女達に学問を学ばせて欲しいと真摯に頭を下げる姿勢に、この然明、学を尊ぶ人だと感服致しました。ならば、私はそれに対し、出来るだけ報いたいと思った次第。その為には七日間程お時間を頂きたいのです 」



 語り終えると、照世は二人に一礼し、用意された茶をひと啜りして喉を潤した。



「成る程……諸葛老師は何か私達に授けてくださる物がおありのようですね? なら、言われた通り七日間お待ち致しましょう 」


「主公、七日間程なら問題は無いかと存じます 」



 そんな照世の言葉に、彼女等は満足そうに頷きあったのである。


 

「なっ、何だよ! あたしの何処が『※5(ぶた)』だっていうんだ!! もう一度言ってみろ!! 」


「敢えて言おう、『(ぶた)』であると! 」


「あら……? 」


「また、姫の遠慮なく食べる悪い癖が出たのでしょうか? 」



 召抱える事こそは適わなかったが、予想外の答えに上機嫌の二人は一先ず退出し、別室において平服に着替えた。そして、話し合いをする前に当たり、ここの家人に翠と蒲公英に食事を用意して欲しいと頼んであったので、自分達もそれを頂こうかと思い厨房に向かったのだが……。ここで一波乱起こっていたのだ。


 厨房の中に入ってみれば、蒲公英に羽交い絞めにされた翠が、手足をばたつかせて大声で喚き散らしている。一方、そんな翠の前では一人の長身の男が微動だにせず、雄弁を振るっていた。


 彼の身の丈は※6:八尺一寸(約百九十センチメートル)で、鋭利な刃物を思わせる三白眼の持ち主である。灰色の頭髪は折り目正しく整われており、威風堂々とした振る舞いは、彼が自ら放つ雄弁と相まって一角の傑物を思わせた。



「琥珀様、いかが致しましょうか? 」


「待って、もしかすると、いい人材を見つけられる好機かもしれないわ 」



 止めに入ろうかと思ったのか、鷹那が琥珀を伺うが、彼女は興味深そうな視線をこの長身の論客に向ける。そんな二人のやり取りに気付いていないのか、彼は雄弁を振るい続けた。



「貴公は元来招かれざる客の従者でありながら、食事のもてなしを受けてもらっただけでなく、あまつさえ必要以上にそれらを貪り、そして、それを悪びれもせず、しまいには三老師方や、ここの主たる玄徳殿達の糧まで喰らい尽くした! これは賓客としての振る舞いか? 否ッ! それは卑しき猪そのものなのだっ!! 」 



 翠の怒気や殺気にたじろぐ素振り一つ見せず、彼は朗々と声を張り上げる。



「むむむ…… 」



 図星を突かれ、思わずうなって黙り込む翠。



「なにが『むむむ』だ! 貴公のこの振る舞いで、最後に誰が恥をかくのか判っているのか? 貴公の母である馬寿成その人ではないか! 良くもそれで『西涼の錦馬超』と豪語できたものよ! 」


「……すまなかった……あたしのした事は確かに『猪』だし、母様に恥をかかせてしまった。すまない、あたしが悪かった 」



 止めを刺すが如く、男は翠に指を突きつけて一喝すると、ついに彼女は顔をうつむかせて跪き、自分の行状を詫びた。



「見事な論客振りね、見ていて惚れ惚れしたわ 」



 娘が謝罪するのを見て、琥珀はこの男に拍手と共に彼への賛辞を送る。そこで初めて気付いたのか、その場に居た全員が彼女の方を向いた。



「あ、母様…… 」


「翠、ここは城下町の菜館ではないのよ? 他人(ひと)様の家で食事を馳走になる時は、もう少し考えなさいって、今朝言ったばかりだと思ったのだけれど? 蒲公英、貴女も止めないと駄目じゃない? 」


「姫様方、ここは武威ではありません。元々我々は招かれざる客です。然るに、もう少し身の程を(わきま)えるべきだったと思いますが? 」


「うっ……そ、それは……つい、食い物を見ると手が止まらなくなるというか…… 」


「あっ、えーと……その~……食べてる最中の翠姉様を止めるのは、暴れ馬を殴って止めるのより難しいと思うんだけどなぁ…… 」


「あのねぇ……ハァ~、もういいわ。どうやら※7『無患子(むくろじ)は三年磨いても黒い』ようだし 」


「はぁ~~っ、この期に及んで言い訳をするとは、この龐令明、お二方には呆れて何も申す事ができません…… 」



 琥珀と鷹那が呆れ顔を作ると、忽ち翠と蒲公英はがっくり肩を落とす。そして、琥珀と鷹那に少し遅れて照世達が厨房の中に入ってきた。すると、彼の視線が先ほどの男を捉える。



「桃香殿、流石に私達もお腹が空きました。食事の用意を……おや? 徳昂ではないか。何か私達に用かな? 」


「これは、老師方……何か興を惹く書物をお借りしたいと思い、お探ししておりましたら、玄徳殿の家に向かったとの話を聞きました。そして、ここにお寄り致してみれば、何と、こちらの娘が老師方の食事まで平らげてしまったとの話。聞けば、かの天下に名高き西涼の馬寿成が一子、『西涼の錦馬超』と声高に名乗るではありませんか。然し、その割には悪びれもせずにおりましたので、つい口を出してしまいました。申し訳御座いません 」



 照世に徳昂と呼ばれた男はそう言うと、拱手で一礼し、照世たちに謝罪の言葉を言った。しかし、琥珀と鷹那は更にこの徳昂なる男を興味深そうに見る。堪らなくなったのか、琥珀は照世に、かの人物について尋ねて見る事にした。



「諸葛老師、宜しければこちらの御仁をご紹介して頂けませんか? 」


「あぁ……馬閣下、もしかして徳昂に目を掛けられましたな? この者は姓を()、名を(かい)、字を徳昂(とくこう)と申します。元は益州の人で、学問を修めていたそうなのですが、戦乱や内乱が続いていたとの事で故郷を離れ、巡り巡ってここに居を構えたのです。彼の才覚は豊かで、政や兵法にも明るく、特に弁舌に秀でており、その舌鋒の鋭さは正しく※8『蘇張(そちょう)の弁』と言えましょう。この然明も、彼とは論戦をしたくありませんな。徳昂、こちらは涼州は武威郡太守の馬閣下と、側近の龐令明様だ 」



 照世から、紹介を受けると、すぐさま徳昂は琥珀に拱手行礼を行い、恭しく頭を下げる。



「これは失礼をば致しました、馬閣下。老師からご紹介いただきましたが、李徳昂にて御座います。諸葛老師は私をああ評してくださいましたが、老師と私が如きでは大人と小人の開きが御座います。これは正に買い被りと言うものです……それと、先程はご息女に対する暴言、申し訳御座いません 」


「いいえ、謝る必要はありません。非は私の※9豚児(とんじ)にありますから。それよりも、貴方がああ言ってくれたからこそ、娘も少しは改めてくれるものと思います…… 」


「非を責められこそすれ、そこまでのお言葉……この李徳昂、恐悦至極にて御座います 」



 感慨深げに答える徳昂を見た瞬間、琥珀の目が獲物を狙う狼の如き鋭さを帯びた。そして、彼女は本題に入るべくゆっくりと口を開く。



「ところで……李徳昂殿、貴方に頼みがあります……。私達と共に武威に来ていただけませんか? 無論、それなりの待遇はしたいと思っております 」



 自分の主君のしたい事を既に読んでいたのか、次に鷹那が阿吽の呼吸で彼女の言葉を続ける。



「我が主公たる馬寿成様は、己の耳目たる人物を探しております。ひいては徳昂殿に、その耳目になって頂きたいのです 」


「何と……この私に…… 」



 二人に言葉を掛けられ、徳昂は思わず絶句し、いい言葉が思い浮かばなかった。



「徳昂。私が言うのも何だが、君ほどの才の持ち主ならば馬閣下を十分に補佐できよう。私からも君にお願いしたい……頼む 」



 最後に照世が頭を下げて懇願すると、徳昂は目蓋を閉じる、そして、覚悟を決めたのか、彼は勢い良く開眼した。



「……この李徳昂、三老師の方々には大きく劣りますが、精一杯働かせて頂きたく思います。本日より馬閣下こそが我が主公! 粉骨砕身お仕えさせて頂きます 」



 そう言うや否や、徳昂は改めて琥珀に向き直ると臣下の礼をとった。琥珀と鷹那は嬉しさで顔を綻ばせ、それぞれ彼の手を取る。



「ああ……何て素晴らしい事でしょう! 鷹那、私は天下の奇才を召抱える事は出来なかったけど、徳昂と言う素晴らしき人物を幕下に入れることが出来たわ! 」


「諸葛老師からお墨付きを貰った徳昂殿なら、武威を、いえ、西涼を豊かにする知恵をもたらしてくれるに違いありません! 」



 嬉しさで涙を流す琥珀と鷹那を見て、徳昂も思わず胸が詰り、そして感涙した。



「なぁ、蒲公英ぉ…… 」


「なぁに? 翠姉様 」



 すっかり蚊帳の外にされてしまった翠と蒲公英。二人は複雑な表情で新たに生まれたこの主従を凝視する。



「あいつが母様の新しい家臣になったって言う事は……下手をするとあいつに言われっぱなしになるのかな? 」


「そうなんじゃないの? うーん、でもなぁ、たんぽぽもあの人ちょっと苦手かな? 」



 二人はそうぼやくと、これからこの男にああこうと、何かやるたびに口うるさく言われる姿を想像したのか、ウンザリといった風に露骨に顔をしかめる。だが、それよりも彼女らにとって嫌な報告がもたらされるとは梅雨ほども知らなかった。



「翠、蒲公英 」


「え? 何だよ、母様 」


「なに? 伯母様 」


「諸葛老師達とお話をつけたわ。あなた達は老師たちが『良い』と言うまで、武威に戻る事を許さないから、その積りでいるように 」


「良かったですね、姫様方。下手な都の学者より、遥かに優れた師の下で学問に励めるのです。お二人がより優れた人物になって帰ってくるのを、この鷹那、心よりお待ち致しております 」



 それは、この二人の『じゃじゃ馬』にとって、死刑宣告に等しい言葉であった。翠は武一辺倒だし、蒲公英は悪戯をするなどの悪知恵は良く回るが、彼女も基本は学問が大の苦手だ。村に入る際に、意図的に忘れた事を無理矢理思い出させられ、二人はサーッと顔から血の気が引くと、ガックリと肩を落としてうなだれてしまう。



「諸葛老師、龐老師、徐老師、学問を授けて欲しいのはこの二人で御座います。どうか良しなに……ほら、二人とも、老師方にご挨拶なさい 」


「は、初めまして……あたしの姓は『馬』、名は『超』、字は『孟起』です……これから宜しくお願いします…… 」


「同じく初めまして、たんぽぽの姓は『馬』、名は『岱』です……翠姉様共々宜しくお願いしまぁ~す…… 」


(鷹那、この二人本当にやる気が無いわね。先行き不安だわ…… )


(御意。ですが、やらせると決めた以上は、徹底的にやらせないと身になりませんので )


((はぁ~~~っ ))



 琥珀が無理矢理二人を三人の賢人達の前に突き出すと、二人とも脱力しきった風で、落ち込んだ声で名乗り上げる。そんな彼女等に琥珀と鷹那はひそひそと小声で囁き合うと、二人は盛大に長いため息を吐いた。



「あっ、あの大喰らいで、ガサツな女が俺だとぉ……!? 俺はあそこまで酷くないわ!! 」


「あっ、兄上っ! 落ち着いてください! 私だって、私だって、動揺を隠しきれません! あんな子供がこの世界での私だなんて……これなら主上(劉備)や黄将軍(黄忠)の方がマシだと言うものです!! おまけに『たんぽぽ』だなんて……真名とは言えどもあんまりではないかっ!! 皇天后土の神々よ! これは貴方方が我等に与え給うた試練だというのですかっ!? 」



 そして、そんな翠と蒲公英に落胆するのは他にも居る。壮雄と固生、そう、元の馬超と馬岱だ。西涼の馬騰達が、照世達を引き抜きに来たと一心から聞かされた彼等は、どんな外見なのか見てみたいと思い、家の外からこっそりと様子を覗いていたのである。然し、見てみれば自分たちが抱いていたものと全く姿形が異なっていた。



 馬超と名乗る少女は、遠慮知らずで見境なしの大食いで、立ち振る舞いもガサツで女らしさのかけらも無かった。また、馬岱の方は小生意気そうな小娘であったし、真名だとは思うが、『たんぽぽ』と名乗っている。この世界の己自身を見て、彼らが受けた衝撃は相当なものであった。


 大声を出しては居なかったが、壮雄は拳をプルプルと震わせ、今にも飛び掛りそうであったし、固生の方は壮雄を抑えつつも、この世界の現実を生み出した天地の神々に対し嘆いていた。



「しかし、固生よ…… 」


「はい、何でしょうか? 」



 何やら翠と蒲公英を窘めているのか、二人に言葉を掛けている琥珀の姿を見て、壮雄は握った拳を下ろす。同じく、固生も彼女に目を向けていた。



「この世界の父上は、母上に良く似ている…… 」


「そうですね……確かに、母馬の如く優しかった伯母上様に良く似ておりますよ。どうやら、この世界の我等は良き母親に恵まれたようです…… 」



 もう、会う事の出来ぬ女性を思い出したのだろうか。二人が琥珀を見る目には優しさと、そして僅かばかりの羨望が交じっており、いつしか二人とも涙を流していたのである。




「久し振りね、馬騰……。まさか、こんなとこで会えるとは夢にも思わなかったわ!! 」


「! 貴女は……まさか!? 」



 琥珀が自分の娘と姪に、あれこれと心構えについて窘めている最中であった。抜剣した雪蓮が厨房の中に入り込んできたのである。柳眉を吊り上げ、眼光は鋭く、全身から漂う怒気は猛獣さながらのようである。今の彼女の姿は、先程までの、だらけて酒を飲んでいた『ぐうたら娘』とは全くの別人に思えた。



「忘れたか? 四年前貴様に恥をかかされた恨み、私は忘れていない! 孫文台が一子、孫伯符! この名を忘れたとは言わさぬぞ!! 」


「ねっ、姉様!! やめて、やめて下さい!! 」


「しぇ、雪蓮様~~!! おやめ下さい!! 」


「おっ、おい! 雪蓮!! 何人ン家の中でダンビラ振りかざしてんだ!! やめねぇか!! 」


「雪蓮さん、やめてくれよ!! 」


「オイコラ!! 何鼻息荒くしてんだ!! このじゃじゃ馬がぁ!! 」



 高らかに名乗り上げ、雪蓮が抜き身の剣を琥珀に突きつけると、たちどころに蓮華、明命、一心、一刀、そして義雷が駆けつける。力で勝てなかったのか、蓮華と明命の二人はあっさりと振り払われてしまった。だが、一刀と一心には力で勝てず、彼らに動きを封じ込められると、最後には一番の怪力の持ち主である義雷に完全に押さえ込まれてしまう。



「離しなさいよっ、このでくのぼう!! 私はこの女に恨みがあるのよっ!! 」


「るせいやいっ!! ここで暴れんだなんて、テメェはどうかしてらぁっ!! 」



 義雷に押さえつけられ、雪蓮は忌々しげに彼を睨んで見せるが、義雷もそれに負けじと割れるような大声で一喝し、猛虎の如き凄みと睨みを効かせる。そして、彼女は仇敵でも見るかのように琥珀を睨みつけ、唇をかみ締めた。彼女の視線の先の琥珀は、既に翠を始めとした馬家の将に守られており、琥珀は冷ややかに彼女を一瞥する。翠達はそれぞれの得物を手に、雪蓮を睨みつけていた。



「覚えてるわ……四年前の『涼州の乱』の折、私に挑んできた『江東の虎』の娘でしょ? あの獰猛な母親に随分似てきたけど、娘の貴女はまだ青臭いようね? 」


「貴様っ! 私だけでなく母までをも愚弄する気かっ!! 」



 わざと雪蓮を挑発するような言動を放つ琥珀の顔は、『威厳に溢れた馬家の当主の顔』でも『涼州武威郡太守の顔』でもなく、『優しい母の顔』でもない。今の彼女は、若い頃涼州に武名を轟かせた『西涼の狼の顔』そのものであった。『狼』と『虎の娘』のこの二人、一体過去に何があったのであろうや? それは当人同士でしか知らぬ事であったのだが……。



(ん? 『涼州の乱』だって!? そうか! それなら、納得が行くな……ここの世界は少し違うし、時間軸のずれもあるだろう。雪蓮さんがあの戦いに参加してもおかしくない話だ )



 そう、現代から来た一刀がこの場に居るのだ。彼は馬騰の言葉にあった『涼州の乱』から、三国志関連の出来事を思い出す。そして、黄巾の乱の翌年に勃発した内乱を記憶の片隅から手繰り寄せた。



(でもな……この始末どうつければいいんだろう……? 俺は迂闊にああこういえる立場じゃない、どうすれば…… )



 内心そう思うと、一刀は頼みとしている一心や照世を見る。既に二人は真剣な顔で、白羽扇を衝立に見立てて何やら小声で話し合っていた。



(照世、どうする? このままでは刃傷沙汰になりかねぬぞ )


(一心様、このままでは雪蓮殿も引っ込みをつけますまい。ならば…… )


(!? その策でいけるのか? 私は不安なのだが……? )


(聞けば、馬騰殿も『そちら』の方面で中々の英傑との事。この策なら、互いに後腐れも無いと思いますし、馬鹿馬鹿しいと一笑に伏す事でしょう…… )



 未だに眉をひそめて複雑な表情の一心とは逆に、照世は口角を僅かに吊り上げると、白羽扇で口元を覆い隠しひっそりと忍び笑う。彼の顔はこれから『罠』をしかける策士そのものであった。



 

 同時刻、冀州は某郡の某山中にて。



「でぇえええええっ!! 」


「んにゃああああああああああああっ!! 」



 類稀なる艶やかな長い黒髪と、それに見合った立派な体躯を持った少女が、炎の様な赤毛を持つ一際小柄な少女と共に、それぞれの得物を匪賊の集団相手に振り回している。


 見事な龍を得物全体に模した青龍偃月刀と、獲物を狙う蛇の姿を刀身に模した蛇矛の二つが生み出す、この兇悪な旋風。それは、これまで無抵抗の人間の命と財産を無碍に奪い取った人非人どもを、次々と薙ぎ倒して行く。


 これをまともに受け、彼らは到底無事では済まされなかった。それは、これまでしてきた悪行への手痛いツケと言えよう。絶望的な恐怖を味わい、醜い悲鳴を上げながら彼らは一人残らず絶命する。


 現に、この二人に討たれた連中の顔は恐怖で醜く歪み、彼らは成す術も無いまま、黙って彼女等の洗礼を浴びる事しか出来ず、その阿鼻叫喚の地獄絵図は暫くの間繰り広げられた。



「ふうっ、こっちは片付いた。そっちはどうだ? 鈴々? 」



 そう言うと、青龍偃月刀を振るっていた黒髪の少女が、顔に掛かった汗と返り血を手拭でぬぐい、得物を一振りさせてそれにこびり付いた血を弾き飛ばす。そして、先程まで蛇矛を振るっていた小柄な少女『鈴々』の方を振り返った。



「愛紗ー、こっちもぜーんぶやっつけたのだー! 」



 先程まで大立ち回りを演じていたとは思えないほど、ニパァッと明るく無邪気な笑みを浮かべて、鈴々と呼ばれた彼女は、先程の少女『愛紗』にそう答える。



「よしっ、それじゃ依頼通り、全員殺してくれとの事だったからな。礼金を受け取りに行くか 」


「応ッ、なのだー! これでご飯が食べれるのだー! 」



 愛紗のその言葉に、鈴々は目をキラキラさせると口から盛大に涎を垂れ流した。そんな鈴々の姿に、愛紗は苦笑い一つ浮かべて肩を竦めて見せると、賊徒を討ち取った証として、彼女は頭目の首を刈り取って布に包む。そして、それを得物の柄に括り付けると、既に先に行っていた鈴々の後を追う形で山麓の村へと歩を進めた。



「…… 」



 然し、何か思うところがあったのだろうか。ふと立ち止まると、後ろを振り向き、既に屍と化した彼らを一瞥して、こう言い放つ。



「恐らく、酷い暮らしに耐え兼ねて賊徒に身を堕としたのであろう。同情はしてやるが、人としての道を間違えたな 」



 軽蔑の眼差しを向け、唾を吐き捨てるかのように愛紗はそう言うと、今度こそ鈴々の後を追いかけていくのであった。



「あぐあぐ……この饅頭(マントウ)、中々うまいのだ 」


「ああ、そうだな。中の餡も下味がしっかりしている。これはもう一個食べたくなる味だな 」



 あの後、愛紗は、村にて約束の『証』を依頼者たる村長に渡すと、彼はおっかなびっくりでそれを受け取る。そして、その中身を確認するや否や、彼は飛び上がるように大喜んだ。


 これまで、先程の賊徒どもには散々村を荒らされていたらしく、一人残さず全て討ち果たされたとの報せを受けると村中で大喜びし、ついには祭まで始める有様である。


 愛紗と鈴々は村人達から何度も感謝され、約束の額より可也多目の謝礼を受け取ると、二人は近くの城下町により屋台で肉の餡入りの饅頭を可也購入する事にした。


 思いの外、それの美味さに舌鼓を打ちつつも、饅頭を頬張りながら街道を進み、愛紗は空を見上げて物思いに耽る。



「なあ、鈴々…… 」


「んにゃ? 」



 おもむろに愛紗が鈴々に声をかけると、彼女は食べかす塗れに口元をそのままにしたまま、きょとんと小首をかしげる。



「私達は、こうやって行く先々の村々で請われるまま、己の武を振るい、賊徒どもを誅しながら多少なりの『心づけ』を貰う日々を過ごしてきたが……果たしてこのままで良いものだろうか? 」


「ん~、鈴々は難しい事判んないけど、何かこのままじゃ駄目だと思うのだ…… 」



 そうやり取りを交わすと、二人はしばしの間無言であった。艶やかな漆黒の長い美髪を持ったこの少女は、姓を『関』、名を『羽』、字を『雲長』、真名は『愛紗』と言い、先日十六歳になったばかりである。片や、炎の様な鮮やかな赤毛を持った一際小柄な少女は姓を『張』、名を『飛』、字を『翼徳』、真名を鈴々と言い、現在十四歳であった。


 二人は幼なじみの関係で姉妹同然に育ち、それぞれ幼い頃に家族を失い、似たような境遇の持ち主である。特に、村を荒らしに来た匪賊連中に肉親を奪われたというのも重なっていて、そのような体験をした為に二人の賊徒に対する怒りと憎しみは相当なものであった。


 元からの才能もあったが、二人は旅の武芸者に師事を仰ぎながら腕を上げ、遂には名の知れた豪傑を簡単に打ち負かすほどにまでになった。そして、愛紗は十五歳になると、鈴々を伴い諸国を巡り、その道中で色んな学者から兵法や学問を学ぶ。その間、彼女は鈴々と力を合わせながら匪賊を討ち、幾らかの心づけを貰いながら、その日暮らしの日々を過ごすようにまでなっていた。



「そうだ、お前の言う通りだ。最早、官は当てにならぬ。ならば、我々が力無き人々の刃になろうと思い、こうやって匪賊の類を討伐し、僅かばかりの金を貰って暮らす日々を過ごしていた。だが、それももう限界だ。これでは根本的な解決にならない 」


「? ? 」



 力強く、愛紗が断言して見せるものの、鈴々は良く理解していなかったのか、小首をかしげるままであった。



「んー、良く判んないけど。愛紗は誰かに仕えたいのか? 」



 自分なりに頭を働かせたのか、鈴々が出した答えがこれである。愛紗は思わず苦笑を浮かべた。



「それも、良いだろう。だが、冀州の主な太守や刺史は話にならんし、皆自分の腹を肥やす事にのみ執心している。特に渤海(ぼっかい)の太守はその最たる例だ。己の栄華と家柄しか考えていないッ!! 」


「あ、あぁ~~! あの、胸がでかい『おーほっほっほ 』と笑うあのくるくる女だなー? 」


「そうだ、あの女……恥知らずにも、私達を無理矢理召抱えようとして、側近の武官二人に数名の兵をよこしてきたのを忘れた訳ではなかろう? 無礼極まりないとはこの事だ! 思い出すだけでも腹立たしい! 」



 忌々しげに愛紗が言うと、鈴々はニヒヒと笑う。



「無論、覚えてるのだー! あんなの鈴々だけでも『ちょちょいのぷー』でやっつけられたぞー? 」



 『えっへん! 』とでも言わんばかりに、鈴々は残念な胸をそらすと、鼻息を一つ噴出し自慢げに語った。そんな彼女を、愛紗は微笑ましく見つめる。



「鈴々、これから幽州に行こうと思う 」


「んにゃ? 幽州? 」


「そうだ、幽州だ。そこへ行って我々と志を同じくする仲間を得たいと思っているし、どこに居るかは知らぬが数多の優れた人物が居るそうだ 」



 そう語ると、愛紗は力強い眼差しで、遥か彼方を見やった。鈴々も彼女を真似て、同じ方向を見つめる。



「そう、きっと……我々と志を同じくする者か、或いは生涯お仕えしたい方とそこで会えるやもしれない……行くぞ、鈴々!! 」


「応ッ、なのだ! 愛紗がそう言うのなら間違いなさそうなのだ!! 」



 そう力強く叫ぶと、二人は街道を再び歩き始める。二人の恋姫が目指すはここより北の幽州。しかし、この二人が運命的な人物との出会いを果たすまでには、まだ少しの時間が必要であった。





※1:『容貌の醜い奴』の事をさす。醜男、醜女、ひょっとこの意味にも繋がる。


※2:「私から学びたい者がいれば、学費として束脩(そくしゅう)(干し肉を束ねた物を十組)一つさえ持参してくれれば喜んで教えたし、それ以上の物を持って来たら尚更だった。だから、礼節に従い教えを請いに来るのであるのなら、私は誰にでも喜んで教えるよ? 」と、いう意味。

 

 この故事から、学費や習い事の月謝、或いは入学金の事を『束脩(束修)』と呼ぶようになったと言われている。日本でも寺子屋で子供に学問を学ばせたり、本格的な芸の修行を行う際に当たっては、飲食物を師匠に修める習慣があった。


※3:孔子こと孔丘とその高弟達の言行を纏めた物。儒教の経書の一つで『大学』、『中庸』、『孟子』と合わせて『四書』と呼ばれている。


※4:身分の低い人間、教養や道徳心に欠けた人物、器量や度量の狭い小人物を指す。『君子』の対義語。


※5:中国では「猪」=「猪」、或いは「豚」を指すが、どちらかと言うと「豚」の方で用いられている。


※6:一尺=約二十三.三センチメートル(後漢)。今作では後漢の尺貫法を用いている。


※7:『生まれつきは直せない』ということ。無患子は追羽根の珠に用いるほか、石鹸の代用や子供の遊びにも用いる。幾ら磨いても黒さは消えないところから、労して功なきこと、また色の黒い者が化粧するのをからかったりする意にも用いられる。


※8:極めて弁舌の優れた人物。雄弁家。由来は有名な論客の蘇秦と張儀から、同義語に『蘇張の舌』がある。


※9:自分の子供をへりくだって言う時に使う言葉。馬鹿息子という意味も指す。『愚息』と同義語。

 

 ここまで読んでくださり真に感謝いたします。


 さて、今回は西涼からのお客人にスポットを当てました。ネットが繋がらない状況でありながらも、布団の中で話の構成を練っておりました。


 人様が作ったキャラを出演させる際に、自分なりの味付けをしながらも、その方が作ったキャラの範疇を超えさせてはいけないと、実に二律背反めいた状況下で頭を捻りました。


 そして、今回は私なりに『ネタ』をばら撒いた積りです。あれこれ言うと面白味が欠けちゃいますから、続きは感想欄でお受けいたしましょう!!(汗


 『涼州の乱』は実際に起こった出来事です。中央政権に不満を持った羌族の内乱に韓遂や馬騰が呼応し、董卓が孫堅と陶謙を伴って鎮圧したというものでした。


 これを接点として上手く使えないものか? そう思い、今回は雪蓮と琥珀様にああ言う形の因縁をつけました。(山の上の人様、ゴメンなさい!! )


 そして、今回の追加エピソードは愛紗と鈴々!! ようやっと九話目で出す事が出来ました。何せ、私の話は野郎率高めですから、出すタイミングが遅くなるばかり。


 流石に蜀の話ならこの二人を出さないと、いい加減お叱りが飛んできそうなので、必死こいて書きました!!(汗 雰囲気でていたかどうか物凄く不安です!!


 さて、今回の後書きはこれまでに致したく思います。照世は一体どんな策を用いるのか? あんまり期待しないでくださいね……(書いてる自分自身が腹芸苦手なので )


 これから第十話の執筆に取り掛かろうかと思います。現在会社は開店休業状態……。こればかりはどうしようもありません。


 被災されて不自由な日々を過ごされている方々も、どうか、どうか、気を強く持ってください!


 それでは、第十話でお会いいたしたく思います! 以上、不識庵・裏でした~!!


 

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