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真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第一部「楼桑村立志編」
8/62

第八話「様々な思い」

 どうも、不識庵・裏です。数日間スイッチ入りっぱなしだったお陰で、今回も実に短期間で仕上げる事が出来ました。それでは、第八話目宜しければ読んであげて下さいまし。


 それと、今回山の上の人様から許可を頂き、キャラクターの引用をさせて頂きました。真に感謝です。


 もし、宜しければ感想の他にも評価ボタンの方もお願いします。良し悪し関係なく、評価も自分にとっては大きな『心づけ』で御座いますので……

 


「ねぇ、一心…… 」


「どうした、雪蓮? 」



 情事の甘い余韻に浸りながら、一心と雪蓮は丸裸のまま地面に寝転がり、雪蓮は一心の胸に顔をうずめていた。そしておもむろに彼に呼びかけると、潤んだ瞳で一心を見つめる。



「実はね、私……男は初めてだったの 」


「そうかい? にしちゃぁ、随分手慣れてたじゃねぇか? 」 


「まぁね、私……ちょっと、そっちで興奮しやすい性質だったから…… 」


「成る程なァ……。要するにだ、その都度別の誰かってぇか、差し詰め仲の良い女辺りに鎮めてもらってたってたんだろ? 」



 苦笑いで一心が言うと、雪蓮は顔を赤らめ、少しした後にゆっくりと頷く。そして、何か覚悟を決めたかのような顔になると、ゆっくりと口を開いた。



「ねぇ、一心。本当に、私達と一緒に長沙に来ない? 桃香や一刀達も一緒にね? きっと、母様や冥琳……周瑜の事ね、皆も受け入れてくれると思うわ……。だから、お願い。今は本当にあなたが欲しいのよ…… 」



 甘えを交えた彼女の懇願を受けると、一心は真顔で考え込んでしまい、彼の反応に雪蓮は焦りと不安を覚える。



「そうだな……おいら一人だけだったら、おめぇさんの旦那になる積りさ。でもな、桃香は何か大望を持ってるような気がするんだよ。最近、前よりも鍛錬に励むようになったしなァ……瞳の輝きも、まるでキラ星みてぇだ。あいつはこれから、何か天下相手にやらかすような気がしてならねぇんだよ。おいらはあいつの兄貴として、行く末を見届けてぇんだ…… 」


「天下相手に? 」


「あぁ……(そう、かつてのおいら達みてぇにな ) 」



 そう、遠い目で夜空の星を見ながら言うと、一心は何も言わなくなってしまった。雪蓮は本当に切なそうな顔になり、目には涙を浮かべている。



「なぁ、雪蓮。おいらはこれまで色んな女を抱いてきた。誰も彼も一晩限りで、本気になれなかった。


 けどよ、おめぇさんを抱いてる内に、段々おめぇさんの事、マジで惚れちまったようだ。この気持ちは嘘じゃねぇ、だから……キチンとケジメつける積りさ。しかし、しかしだ。せめて桃香が一本立ち出来るようになるまで待ってちゃくれねぇかな? そん時ゃ、この一心。喜んで孫家の入り婿になってやらぁ 」



 おもむろに一心が言うと、雪蓮はクスッと悪戯っぽく笑った。そして、体勢をずらして一心に覆いかぶさると、一心に顔を近づけ、甘く囁き始める。



「そこまで待てないかもなぁ……。私って、堪え性が無いし……でもね、こんな私でも孫家の為、母様の為と、家を繁栄させたい気持ちはあるわ。一方で、そんなモンいらないという気持ちも私の中にあるのよ……悠々自適にのんびり暮らして、好きにお酒飲んで、楽しく笑って過ごせて死ねたら本望かな? 」


「何だそれ? 孫家の跡継ぎの台詞じゃあねぇなぁ…… 」



 一心が呆れて見せると、雪蓮は更に顔を近づけ始める。彼女の顔は本当に子供のような純粋な笑みであった。



「私ね、自覚しているの。私よりも、蓮華の方が母様の後を継ぐに相応しいってね。私って、政あんまり好きじゃないし、蓮華みたいに真剣に周りの話に耳を傾ける事も余り無いから……。家に力を着けさせる事はできるとは思ってるけど、それを永く維持させる力は、私には無いわ。いっそ、それなら…… 」



 彼女の言葉に、何か気付いたのだろうか、一心は眉をひそめる。



「おいっ、それって、まさか……雪蓮、 」



 そこまで言ったところで、雪蓮は右の人差し指を一心の唇にあてがい、彼の口を封じ込めた。



「ふふっ、結構鋭いのね、一心って♪ でも、最後まで言ったら面白味が無いでしょ? 今は二人だけの秘密って事にしといて♪ そ・れ・よ・り・も♪ 何だかこれからの事考えたら、またうずいてきちゃった……続きしよっか? 」


「やれやれ……、おいらを寝かさない積りかい? 」


「当然じゃない、こんなに綺麗な月夜なのに眠りこけるというのは野暮と言うものよ? 」


「どぉれ、おいらも侠の連中から『幽州の種馬』と呼ばれた漢だ。とことんやったろうじゃねぇか! 」


「期待してるわよ、『種馬』さん♪ 」



 そして、二人は月明かりの下、再び激しく蠢き始める。結局、この二人の演舞は、空が瑠璃色に変わるまで終わる事は無かった。




「只今戻りました……って、照世さん、兄上と雪蓮さんは? 」


「あっ、一心兄さんと雪蓮さんいないよね? 」


「案外、お酒でも飲んで寝てるのではないのかしら? 」


「これはこれはお三方、お帰りなさいませ。一心様と雪蓮殿なら、実は…… 」



 あの後、三人が家に戻ってみれば、居間に残っていたのは照世しかいなかった。おもむろに床を見てみると、義雷が大いびきをかいて寝っ転がっている。


 その隣では、すやすやと寝息を立てる明命が、『大虎猫様……可愛いのです…… 』等と寝言を言いながら、義雷に擦り寄っていた。恐らく照世が掛けたのであろうか、眠っている二人には上掛けが掛けられていた。


 そして、照世は三人に事情を語り始める。ちょっとした事で一心が雪蓮に揶揄し、それに立腹した雪蓮が家を飛び出したので、彼女に謝るべく一心も彼女を追いかけていった事を。



「それにしても、遅すぎるよ。兄上達を探しに行くべきだ 」


「うんっ、そうだよね。何かあったら一大事だよ 」


「そうね、二人に何かあったら大変だわ 」


 

 と、二人の身を案じた一刀達が声高に叫ぶものの、すぐさま照世が彼らを制した。



諸葛瞭曰く

「一心様達なら心配は御座いませぬ。大方雪蓮殿とじっくり語り合っているのでしょう。ご舎弟様方にこの照世申し上げる。互いを確かめ合っている時に、首を突っ込むというのは少々野暮と言うものでは御座いませぬかな? 」


(い、一瞬、照世さんの顔がゲームに出てくる諸葛亮に見えてしまった…… )



 妙に説得力のある彼の言葉に、一刀達は黙って頷く事しか出来なかったのである。そんな彼の姿に一刀は、昔遊んだ三国志物のゲームを思い出してしまった。


 結局その晩は二人を探さぬままにしていたのだが、翌朝になっても戻ってこない。もう、いても立ってもいられなくなると、一刀達は照世の制止を振り切り、付近を捜索し始めた。


 そこで何か気付いたのだろうか、一刀は桃香と蓮華を伴い、あの森の例の場所へと向かう。そこで見た光景に、思わず彼らは息を呑んでしまった。



「ん、ああ……どうした北の字ぃ。もう、朝なのか? も少し寝かせろい。夕べは色々あったんでなぁ、おいら疲れてんだよ 」


「う……ん……何よ、もう朝なのぉ? もう少し寝かせて……一心……♪ 」



 そこには、一糸纏わぬあられもない姿の一心と雪蓮が、二人仲良く寝息を立てていたのだ。二人ともそれぞれの長衣を上掛け代わりにし、雪蓮は一心の左腕を枕にしている。一心は、顔を雪蓮が口につけている紅に塗れさせ、甘えるように一心に擦り寄る雪蓮は、本当に幸せそうな寝顔であった。




「あ、兄上…… 」


「い、一心兄さん? 」


「ね、姉様~~!! 」


 

 予想外の出来事に三人ともうろたえてしまい、特に桃香と蓮華は顔を真っ赤にさせている。良く良く見てみれば、眠っている二人の周囲にはそれぞれの衣服や雪蓮の装飾品があちらこちらに散らばっていた。 


「こんな二人の姿……母様や冥琳に見せられないわね……はぁ~~ 」


「あ、あはははは……照世さんの言ってた事ってこう言うことだったのかなァ? 」


「義雲兄者と義雷兄者がこれ知ったら、面倒な事になりそうだ…… 」



 結局、三人ともそれぞれの兄と姉が目を覚ますまで、只々途方に暮れており、その場で立ち尽くす事しか出来なかったのである。余談であるが、この二人がようやっと目を覚ましたのは太陽が真ん中の位置に来た時であった。




「むむむ……ちと、複雑じゃわい…… 」


「どうかされたましたか? 永盛殿 」



 一方、趙子穹こと、雲昇達が使用している家の中で、黄国実こと永盛がその雲昇相手にぼやいていた。永盛は茶をすすっており、雲昇は書物を読み耽っている。



「桃香殿がこの世界の※1主上(しゅじょう)であることは理解しておる積りじゃ、しかし……あの女子(おなご)がこの世界の儂で、しかも子連れの未亡人……。おまけに義雲殿が亡き夫に瓜二つだと言っておる。この世界の儂なら、もうちょい違うと思うていたんじゃがのう…… 」


 

 どうやら、この世界の自分自身に対する複雑な心情を吐露していたようだ。『自分の想像通りではない』とでも言わんばかりに、腕組みをして唸るばかりである。流石に堪らなくなったのか、余り感情を表にしない雲昇が、珍しく少し眉をひそめると、書物を閉じて永盛に向き直った。



「永盛殿、余り気になさらない方が宜しいでしょう。主上の場合は偶然にも年頃の美しい娘でしたが、まさか永盛殿もそう言うのを期待されていたのですか? 」


「うむ、その通りじゃ。アレはちょっとのう…… 」



 そう雲昇が諌めると、少し気落ちした風に永盛がぼやく。すると、雲昇はフッと口角を歪めて薄く笑う。



「私達は、運良く来世でも主上に出会うことが適いました。そして、今こうやって新しい人生を謳歌しているではありませんか。一体、これ以上何を望めというのでしょう? 」



 彼の言葉を受け、永盛は驚きで目を見開く。



「おお……そうじゃったわい。前世での儂は、不覚にも短気を起こしてしまい、七十五の若さで早く死んでしもうたしの……。じゃが、今こうして四十前の若い体を得ておる。ならば、今度は百を過ぎても生きていたいものじゃて 」



「私もあなたと同じですよ。私も、もっと生きたかったのですが、体の方がそれに応えてくれませんでした。ですが、私は二十代の若い体を得ております。主上もさる事ながら、桃香殿がどのような道を進まれるのか? 今度こそ、それを見届けて行きたいものです…… 」



「うむ、その通りじゃな。壮雄も固生も同じ気持ちじゃろうなぁ…… 」



 そう、しみじみと語る二人の胸中は如何許り(いかばかり)のものであったのだろうか。しかし、新たな人生を得たこの二人は、これからの事に壮大な期待を寄せていた事は間違いないであろう。




「せぇいやあああああああ!! 」


「はぁっ! 」



 楼桑村から少し離れた街道沿いの荒地で、馬に乗った二人の若者が木製の鍛錬用の槍をぶつけ合っていた。


 壮絶な気合をぶつけながら力強く槍を振るう男の姓は「馬」、名は「越」、字は「伯起」、真名は「壮雄」。


 一方、鋭い気勢と共にその剛槍(ごうそう)を受け流すは、姓を「馬」、名を「岳」、字を「仲山」、真名を「固生」。


 この二人、前世ではそれぞれ「馬超」、「馬岱」と名乗っており、従兄弟の関係であった。しかし、この世界に召喚され、新たな命を得てからは実の兄弟であるとし、壮雄は固生を弟と呼び、固生は壮雄を兄と慕う。


 二人は、一刀が現代から持ち込んできた書物に掲載されていた「(あぶみ)」の試用を兼ねた、馬術と武術の鍛錬に勤しんでいた。


 元来、この時代は『鐙』の存在はまだ無く、乗馬技術の上達が非常に困難だったのである。従って、騎兵の育成には莫大な時間と金が掛かったのだ。即ち、騎兵の数が多ければ多いほど、その勢力の財力の豊富さと軍事力の強大さが伺えたのである。



「兄上、いかがですかな? この『鐙』は? 」



 鐙の感触を確かめつつ、固生が兄に言う。彼の顔は満更でもなかった。



「あぁ、一刀は実にいい物を俺たちに教えてくれた。これなら村人達が気軽に馬に乗れるようになるし、騎兵の育成にも期間を短縮する事が出来るな! 」



 と、壮雄は明朗に答えた。



「兄上……その一刀殿の事ですが、随分と上達なさいました。乗馬だけでなく武術も然り、学問も然りですよ。……無論、桃香殿もですがね 」



 どこまでも広がる青空を見上げ、固生はしみじみと語る。



「ああ、実に素晴らしい事だ! 桃香殿も可也上達なされたしな。二人とも早駆けで俺達について来られるようになったし、馬上での槍さばきも様になってきた。……これからどうなるか判らんが、俺には桃香殿が何かやるような気がしてならんのだ! 」



 壮雄も空を見上げて声高に叫んだ。



「何か……ですか? 」


「もしかするとだ、桃香殿は天下に挑戦するような事をするかも知れん。もし、その時が来れば、俺は桃香殿に力を貸す積りだ。主上を含め、我等の面倒を見てくれた桃香殿には、返すに返しきれぬ恩義がある。この馬伯起、桃香殿の馬になろう、槍にもなって見せようぞ! そして……前世での未練を、この世で見事晴らしてみしょうぞ!! 」



 固生に向き直り、壮雄は力強く誓いを立てる。彼の両眼には炎が宿り、その筋骨逞しい体からは、抑え切れぬほどの覇気がみなぎっていた。



「そうですね……兄上、私も兄上と同じです。もし、桃香殿が前世の主上や丞相と同じ道を歩まれるとするならば、力に溺れし増長者の魏延が如き痴れ者が、桃香殿に刃を向ける事もありましょう。固生はその時、桃香殿や主上をお守りする刃になりたく存じます 」



 固生も兄に負けない位の強い意志を持って誓いを立てる。壮雄が激しく燃え盛る炎であれば、固生は静かに揺らめく篝火(かがりび)の様であった。特に、固生は前世で造反者を処断した経緯がある。彼の誓いはその時の事を見越しているように思えた。



「フッ、『ここにいるぞ! 』か? 」


「兄上も、存外意地が悪いですね。それでは、その時に出遅れぬよう、もっと、己を高めたく思います。兄上、いざ、参る! 」


「応ッ! 俺はいつでも構わん! どこからでも掛かって参れ!! 」



 前世では、真の主に巡り合えたのにもかかわらず、才を活かす事なく世を去った馬超こと『壮雄』。そして、前世では馬超の無念を胸に抱き、蜀に忠誠を誓った馬岱こと『固生』。前世でやり遂げられなかった事をなし遂げるかのように、二人は馬を走らせ、槍をぶつけ合う。


 後日、二人は新生劉家軍において、機動部隊の中心的役割を担う事になる。更に、固生は前世で言った決め台詞をまた言う羽目になるとは、この時予想もしていなかった。


 かつて、固生は桃香に想いを寄せていた。だが、一刀と桃香が両想いと知るや否や、黙って手を引き、そっと二人を温かく見守ろうと心に決めていたのだ。そして、彼は盲執者の妨害から幾度も二人を守るのだが、これもまた後の話である。




「それじゃ、今日はここまでにしておこう。皆、今日習った事をキチンと復習するんだよ? 」


「※2徐老師、ありがとうございました 」


「老師、また明日~! 」



 照世こと、諸葛瞭達にあてがわれた家は少し広めで、照世達はうち一室を使用して私塾を開いていた。照世、龐総こと喜楽、徐立こと道信の三人が、持ち回りで子供達や字の読めない大人達に字の読み書きや、学問を教えている。更に、三人の中では道信が※3撃剣の使い手であったので、学問の他にも基礎的な武芸も教えていた。



「うーんっ…… 」



 そして、今日は道信の受け持ち日である。講義を一通り終え、子供達を送り出した後、道信は誰もいなくなった教室で大きく伸びをした。



「ふぅ……まさか、この私が再び劉備様や孔明達と会えるとは夢にも思わなかった…… 」



 前世では、恩師たる司馬徽こと水鏡の推挙を経て、劉備に仕えたものの、その才覚を存分に振るうことが適わず、曹操の下で一生飼い殺しにされてしまった。師に対する申し訳なさ、主君に対する申し訳なさ、そして友に対する申し訳なさと、彼は後悔の内にその人生を終えてしまう。


 しかし、再び目を覚ましてみれば、懐かしい顔たちばかりであった。再び仕えたかった劉備と再会し、彼は思わず号泣したのを覚えている。然し、自分を起こしてくれたのは、劉備を名乗る少女であった。事態が掴めず、思わず混乱しかけたが、すぐさま同門で慧眼の友の照世が、皆に知恵を貸してくれた。



『この世界は、恐らくだが我々がいた世界と少し勝手が違うのであろう。混乱を避ける為にも、偽名を名乗った方が無難だと私は思う 』



 それ故に、前世で『徐庶』を名乗っていた彼は、姓を「徐」、名を「立」、字を「季直」と改める。真名を決めた際には、前世の様に道を誤らぬように願いを込め、『道信』と名乗ることにした。



「それにしても、こうやって子供達に学問を教えたり、武芸を教えて過ごすのも悪くない……劉備様も孔明も悠々自適に日々を過ごしている……だが、最近の桃香殿は何か雰囲気が変わられた。一刀殿と競うように勉学に一層励むようになってきたし、武芸の方も然りだ…… 」



 桃香の口添えで、この村で暮らし始めて彼是一年と三月。村人たちからの信頼も勝ち得てきたし、自分達も積極的に村人たちに働きかけた結果、この村で字の読めぬ者が居なくなった。村長にも感謝され、可能であるならば、このまま村で一生を終えてもいいと思ったほどだ。


 然し、三月ほど前に自分らと同じく別の世界から一人の少年がこの世界に舞い降りた。それをきっかけに、桃香の雰囲気が、なにやら変わり始めた。


 一言で表すのであれば、今の彼女には『(こころざし)』が宿っている。ふと、道信の中にある考えが浮かんできた。



「もしかすると、桃香殿は……かつての劉備様と同じく、漢の復興を志されているのではないのか? だとすれば、その時私は……そうか、私がこの世界に来た理由は、そう言う事だったのか 」



 そう、結論付け、道信はフッと口角をゆがめると、面白そうに微笑む。



「この徐季直、今度こそ、思うが侭に智と策を巡らせて見せよう! そして、桃香殿と一心様をお支えして見せようぞ! 」



 そう、声高に誓いを立てる道信の顔は、実に晴れやかなものであった。



「今日はいい天気だなぁ~♪ こうもいい天気だと、酒を飲まないというのは失礼ってモンさ~♪ 」



 村の象徴たる桑の大樹の下で、龐統伯こと喜楽は上機嫌で酒盃を傾けていた。前の世界では『龐士元』と名乗っており、『鳳雛』と号し、『臥龍』と号した諸葛孔明こと照世と並び称されていた。だが、その才をこれから思う存分振ろうとしたその矢先に、蜀攻略戦の最中に落鳳坡(らくほうは)で落命してしまう。



「ふぅ、前の世界では先に死んでしまったから、孔明、いや照世だったな。あいつには迷惑をかけてしまった。しかし、運命の悪戯か、又こうして楽しく酒を飲む事が出来る。実にありがたい事じゃないか…… 」



 酒盃を一気にあおり、酒精まみれの息を吐き喜楽は一人呟く。すると、彼の前に人影が現れた。その人影を確認するべく、彼は顔を上げる。



「喜楽、こんな所に居たのか 」



 白羽扇を片手に、照世がいつもの様に涼しげな顔で佇んでいた。



「おぉ、照世か。どうだ、君も一献? 」



 にこやかに笑い、喜楽は照世に杯を掲げる。



「……頂こう 」



 いつもの涼しげな顔のまま、フッと薄く笑うと、照世は喜楽から杯を受け取り、彼に酒を注いで貰った。



「……む? いつものと違うな? 匂いも味も異なる。少し粗い感じがするが? 」



 一口傾け、いつも飲んでいる物と全く異なる口当たりと匂いに、照世は僅かにだが、驚きの表情を浮かべる。



「お、判ったか? ご名答。それはな、わざわざ※4南方から米を取り寄せて作らせたんだよ。ほら、北の字君の故郷の酒らしい。彼も余り覚えていなかったようだが、米と麹で作ってみた 」


「成る程、ご舎弟様のか…… 」



 酒好きの喜楽から説明を受け、『なるほど、彼らしい』と、照世は納得の表情になる。また、照世は一刀の事を『ご舎弟様』と呼んでいる。自分の主公たる一心の実弟になったという事で、けじめをつける為だ。



「なぁ、照世。俺は思うんだがね。今の桃香ちゃんと北の字君は、正にこの『酒』そのものなんじゃないかな? 」


「ほう、ご舎弟様と桃香殿がこの『酒』とな? 」 



 喜楽の問い掛けに、照世が興味を示す素振りを見せると、彼は意味ありげに頷く。



「今この酒は試作段階だし、味も匂いも実に粗々しい。だが、様々な試行錯誤を繰り返してきちんと熟成させれば、この酒は大陸一の美酒になれると俺は思うんだよ。その時が来たら君と共にそれを飲んでみたいのさ…… 」



 酒盃を掲げ、感慨深げに喜楽は語る。



「ふむ……すると君は、あのお二人をこの未完成の酒に見立てているのだな? 」


「ああ、最近のあの二人は、どこか変だ。と、言うか、桃香ちゃんはかつての主公のように目に輝きを宿している。それと、北の字君は俺達の正体を知っているし、桃香ちゃんがこれから何をするのかと言うのも、予想しているのかもしれない。恐らく、彼は将来桃香ちゃんが立志した時、あの子を支える覚悟を決めているのだろう…… 」



 酒盃片手に、喜楽は熱弁を振るう。その姿は、まるで舞台役者のように大仰でかつ情熱的であった。



「だが、どんなにいい材料を用いようとも、職人の腕が悪ければ美酒どころか、どぶろく以下の悪酔い酒になってしまう。俺はそんな酒、死んでも飲みたくないんでね。だから、俺はあの二人を極上の美酒にする為の職人になる積りさ 」



 そこまで一気に語ると、いつもの飲んだ暮れとは違う真剣な目で、喜楽は照世を見つめた。



「フフッ、君がそこまで入れ込むとは、お二人は幸せ者だ。龐統伯が天下人と名将、或いは名宰相を育てるか……奇遇だな、私も君と同じ意見だ 」


「君も同じ事を考えていたのか? 」


「私は、この世界に呼び出された時、先帝に再びお会いできた事がとても嬉しかった。だが、天はそれだけで私達を呼んだ筈ではない。必ず何かの意味があると踏んでいたのだ。そして、この世界で先帝と同じ名を持つ少女に出会った。これは正に天命と言うものであろう 」



 白羽扇を顔の前にかざすと、照世は目を細めて青空を見上げる。



「ならば、私はその天命に従うまで。前世で先帝をお支えしたように、今度はこの世界で私が桃香殿を支えて見せよう。そして……ご舎弟様を桃香殿の片腕にふさわしき人物に育てて見せよう。それに、もしかすると、この世界の私に出会えるかもしれない。それが適うなら、私はもう一人の自分も教え導いてみたいし、逆に教えを請うてみたいものだ…… 」


「おっ、そこら辺は俺も同意見だな。出来る事なら黄将軍の様な美女がいいな 」


「私は……そうだな、桃香殿の様な優しく美しい娘がいい 」


「ボンッ、キュッ、ボンッと、凹凸(おうとつ)がしっかりしてるのがかね? 」



 喜楽が下品ににやけて笑って見せると、珍しく照世が呆れ顔になった。



「君も存外下品だな? 一心様と義雷殿の影響か? 」


「フフッ、俺は前からこうさ 」



 すると、二人とも高らかに笑いあい始める。思えば本心から笑いあうのも何と久し振りのことであろうや? 前世で臥龍鳳雛と称された、天下の奇才たるこの二人。後日、彼らはもう一人の自分自身との邂逅を果たすのだが、その時彼らは思わず軽い落胆を覚える事となる。




「そらそらそらぁ、どうしたどうしたぁっ! 」


「くっ……、何て力なのです! 」



 桃香の家の裏庭で、義雷と明命が木剣を交えた打ち込みを行っていた。始めるにあたり、義雷は明命に『好きに打ち込んできな』と言うと、彼女は俊敏な動きを駆使して、一撃必殺の戦法で彼を倒そうとしたのだが……それが全く通用しなかった。


 彼の動きは一見すると滅茶苦茶のように思えるのだが、野性的本能と言うか、相手の殺気に対して自動的に反応するのだ。ついにはいつの間にか正面からの打ち合いになってしまい、完全に彼の土俵に導かれている始末である。


 明命は動揺していた、武芸の師である黄蓋こと祭や、甘寧こと思春から一本を取る事が適ったからこそ、今回の幽州への同行を命じられたのである。確かに、自分はまだ実戦経験もそんなにあるわけではないが、そんじょそこら辺の強者にも負けない自負もあった。だが、今この目の前で木剣を振るう身の丈八尺余りの巨漢は、祭や思春とはケタが違いすぎた。


 恐らく、この男と対峙したら、あのお二人でも簡単に勝たせてもらえないだろう。いや、下手をすれば主公たる青蓮様や雪蓮様でも負けてしまうかもしれない。そう考えると、明命は彼に対して恐怖心を抱いた。



「っおらっしゃらぁ~~~~っ!! 」


「あうっ! 」



 一見、力任せに見えるが、正確に狙い定めた義雷の鋭い振り上げを受け、明命は木剣を思いっきり弾き飛ばされた。そして、先程までそれを握っていた両手に物凄い痺れが走る。その凄さに明命は思わず痛みと痺れで涙ぐんでしまった。



「どうした、どうした、明命ちゃんよ。剣先がビビってたぜ? 」


「えっと、その……義雷様のように物凄く強い人は初めてだったのです。恐らくですが孫家の人間で、義雷様と同じ位に強い人は居ないのかもしれないのです…… 」



 呆れ顔で義雷が言うと、明命はシュンと落ち込んだ素振りを見せる。喧嘩と殴り合いの戦にゃ滅法界強いが、女の涙にゃ弱い。張叔高こと義雷はそう言う漢だ。だから、そんな彼女の姿に義雷は焦りを覚えた。



「え~~、あぁ~~、そのぉ~~……俺ぁ、頭が悪ィからよ、だから兄者達のようにイイ言葉なんて思いつかねぇ。まぁ、その、何だ。気を落とす事ねぇよ。北の字や桃香ちゃんなんて、最初はへっぴり腰の度素人だったんだぜ? 最近は俺より、まぁ、少し劣るが可也出来るようになったけどな。それでも、あいつらここまでなんの結構速かったんだぜ? 桃香ちゃんは一年ちょいで、北の字なんかたったの三月だ 」


「えぇーっ!? お二人ともそんな短期間であんなにお強くなられたのですか!? 」 



 落ち込んでいる明命を励ますべく、しどろもどろで義雷が掛けた言葉に、彼女は信じられないといった風な顔で驚きを覚える。



「あぁ、そうだぜぇ。俺ァ馬鹿だけど、嘘はつかねぇ 」


「お二人とも、昨日打ち込みをさせて頂きましたが、私は五本中一本も取れませんでした……。私は長沙を出る前までの半年間、特訓漬けの毎日を過ごしてたのです。その成果が実ったのか、親衛隊長の甘寧殿に、筆頭武官たる黄蓋様から十本中一本取る事が出来るようになりました。悔しいですが……恐らく桃香様と一刀様はあのお二人よりお強いと思います。何故、そんなに早い時間でお強くなられたのか、その訳をお教えいただけませんか!? 」



 明命が、涙ぐんだ目で痛切そうに叫ぶと、義雷は遠い目で空を見上げた。



「恐らくだけどよぉ……二人とも『志』ってぇ奴を持ってんじゃねぇの? 三月ほど前に北の字の奴が兄者頼って村にやってきたんだけどさ。そん時何があったかは俺ァ知らねぇ。けどよ、そっからあの二人は、目がキラキラと光るようになったんだよ。


 ……人間ああなったら、凄ぇもんよ。学問だろうが、武芸だろうが集中して飲み込んじまわぁな。まっ、何しでかすは知らねぇが、俺ァそん時ゃあ、喜んで手ぇ貸す積りだぜ!! 」



 力強く語ると、ドンと勢い良く義雷は己の胸を叩く。明命にはそんな彼らが羨ましく思えた。



「私も強くなれるのでしょうか……? 」



 頼りなさげに明命が言うと、義雷は大声で笑った。その姿はまるで大きな虎が爆笑してるように見える。



「がっはっはっは! あのなぁ、それはアンタの『志』次第ぇだよ! テメェが何してぇのか、そん為にゃあどうあるべきかってぇ思えば、アンタだって俺には劣るかも知れねぇが強くなれるぜ!! まっ、これは照世の受け売りだけどな!! 」 


「『志』次第……私の『志』は…… 」



 義雷の言葉は明命の胸に大きく響いた。ふと、明命は思う。自分は一体何がしたかったのか? これまでは只、自分を召抱えてくれた孫家の恩義に応える事のみを考えてきた。しかし、これだけで良いのだろうか? もっと、自分は何かしたい事があるのではないのだろうか? あれこれ考えてみるが、自分はあんまり賢い方ではない。只腕を組んで唸るだけであった。



「おいおい、行き成り『志』だなんて、直ぐに思いついたら人間苦労なんざしねぇよ。まっ、当面のアンタの目的はテメェのご主人を守る事なんじゃねぇのかい? 」



 流石に見かねたのか、義雷は苦笑いで彼女に助言を言う。すると、どうであろうか、彼女の顔がパアッと明るくなったではないか。



「そうです、私は肝心要な事を忘れていたのです! 私は蓮華様直属の親衛でした! ならば私の『志』は蓮華様を守り抜き、お家の力になる事なのですっ! 」



 はつらつと答える彼女の姿はとても眩しく、義雷は思わず頬を緩める。



「その意気だぜ? それじゃ、もうイッチョ行く? 」



 打ち込みを続けるかどうかを尋ねるべく、義雷は先程弾き飛ばした明命の木剣を彼女に差し出した。



「応ッなのですっ! 」


(何だか、義雷様は昔うちの近所のお猫様たちを仕切っていた大虎猫様にそっくりなのですっ! )



 にっこり笑いながら、義雷から木剣を受け取ると、明命はそんな彼の雰囲気に、昔自分の家の周辺を縄張りとしていた大きな虎猫を思い出す。気持ちを入れ替えたのか、彼女は先程と全く別人のような動きで打ち込み始めた。この時の経験が、後に彼女を孫家屈指の名将へと成長する足がかりとなる。


 また、この時から明命は、粗野だが純朴な義雷に想いを寄せるようにもなった。後日、この二人は背中合わせで敵陣で大奮闘するのだが、その様はまるで『獰猛な虎と俊敏な猫』のようであったと、兵達に語られるようになる。




「お~にさん、こちらっ♪ てぇ~のなぁ~るほ~うへっ♪ 」


「むっ、どこだ? どこだ? 」



 一心・義雲・義雷の三兄弟にあてがわれている家の庭で、目隠しをされた義雲が、歌を歌いながらはしゃぐ璃々と遊んでいた。それを璃々の母親である『紫苑』が笑みを浮かべて温かく見守っている。


 あの後、泣き終えて落ち着きを取り戻した彼女は、席を外していた一心と雪蓮以外の場に居た者達に自分の名を名乗った。即ち、姓は『黄』、名は『忠』、字は『漢升』、そして真名は『紫苑』であると。それを受け、照世、義雲、義雷の三人は僅かにだが眉をひそめ、後に話を聞かされた永盛は飛び上がるように驚いてしまった。


 義雲は義侠と慈愛の両面に篤い心を持った漢である。紫苑から事情を聞かされた彼は、赤の他人を決め込む事など出来なかった。まだ五つにもなっていない幼い璃々のことを思い、彼は璃々の父親役を買って出る事にしたのである。



「むっ、ここだな? ほうれ、捕まえたぞ? 璃々 」


「あーあ、つかまっちゃった~ 」



 普段は寡黙でしかめっ面が多い義雲だが、優しげな笑みを浮かべており、まるで璃々を本当の我が子に接するかのように振舞っていた。璃々を簡単に捕まえると、義雲はひょいと抱え上げ璃々に肩車をする。



「うわぁ、たかいたかーい 」


「ほら、璃々……暴れちゃいけませんよ? お父様が困っていらっしゃるではありませんか? 」


「はっはっは、わしは別に構わぬ。ほうら、璃々、どうだ? お山が見えるかな? 」


「うんっ、おやまもおそらも、みーんなみえるよ~♪ 」



 咎めるような口調とは裏腹で、紫苑は優しく微笑みかけると、座っていた椅子を持って義雲の後ろに回りこむ。そして、それに足をかけると、自分より遥かに背の高い義雲の目隠しを取ってあげた。



「済まぬな、紫苑……わしの背が高過ぎるばかりに手間をかけさせる 」


「いいえ、構いません。こうやって璃々と遊んでいただけるのですから、これ位の事は大した手間ではありません…… 」



 申し訳なさそうに義雲が言うと、紫苑は慈母の笑みを向ける。しかし、彼女の瞳は潤んでいた。



「義雲様、本当に宜しかったのですか? 璃々の父親になってくださるのは嬉しいのですが…… 」



 草むらに座り込み、紫苑は璃々に膝枕をして寝かしつけており、義雲も同じく草むらの上で胡坐をかいていた。



「構わん、そなたから事情を聞かされてはこの義雲、見過ごす訳には行かぬ。幼き璃々に父の死など理解できる訳もなかろう。ならば、この子の為、そして、そなたの為、わしは璃々の父になろう 」



 言うと、義雲はすっくと立ち上がり、後ろ手に手を組み、空を見上げる。



「今の貴方様のその仕草、亡き主人と同じです……。あの人もよくそうやって空を見上げておりましたわ 」



 懐かしそうに目を細め、紫苑は義雲の後姿に亡夫の面影を重ねたのか、そっと服の袖を顔にあてがい涙をぬぐう。



(平、興、索……三人とも常世(とこよ)で兄弟仲良くしておるか? わしがお前達の所に行くのは、少し遅れる事になりそうだ。だから、お前達はこの愚かな父の行く末を見届けてくれ…… )



 何処までも広がる青空に、義雲はこの世界に呼び出されなかった息子達に思いを馳せる。後ろを振り返り、涙をぬぐう紫苑のそばに歩み寄ると、そっと彼女を抱き寄せてやった。



「あっ…… 」



 思わぬ義雲の行動に紫苑は声を上げる。何故だか、彼女の声は妙に艶っぽかった。



「無理をせずとも良い。わしはな、璃々よりもそなたの事を案じておるのだ……。辛かったであろう、最愛の夫に我が子の顔を見せる事すら適わなず、日陰者同然の日々を過ごしていたのだ。さぞ、断腸の思いであったろう…… 」


「義雲様はむごいお方です……。あの人と同じ声で、そのように言われてしまっては、甘えたくなってしまうではありませんか…… 」



 言うと、紫苑はクシャッと顔を歪ませ、両目からは清水の如き涙がとめどなく流れ始める。寝ている璃々を起こさぬように気遣ったのだろうか、彼女は義雲の胸に顔をうずめて、声を押し殺して咽び泣く。


 彼女の頭をそっと撫でてやりながら、義雲はこの親子に惨い仕打ちを施した者達に激しい怒りを燃やし始める。彼の口元からはギリッと奥歯をかみ締める音が響き、双眼からは瀑布の如き憤怒の涙がとめどなく流れていた。



(己が欲の為に益州を食い物にし、郷土を憂えた忠勇の士達を騙し討ち同然で無碍(むげ)に殺した奸物どもを、わしは許すわけにはいかぬ……!! 皇天后土の神々よ、ご照覧あれ! 『義侠の積乱雲』と呼ばれし、この関仲拡! 紫苑の亡夫に成り代わり、見事この親子と散った者達の無念を晴らしてみしょうぞ!! )



 声無き嗚咽を上げる紫苑を力強く抱きしめ、双眸(そうぼう)をカッと開き、全身から激しい義憤の炎を上げる義雲。その姿は、正に力無き者達の刃となり、邪悪なる者達を討つ武神そのものであった。




 

 馬に乗った四人の一行が楼桑村に辿り着いたのは、その日の夕刻であった。皆それぞれ、いずれも勇壮な雰囲気を纏っている。家々から炊煙を上げる光景を村の門から覗き見て、一行の中の一人が興味深そうに目を細めた。



「ここが楼桑村ね……。ふぅ、思えば西涼から遥々(はるばる)と長い旅だったわ……それにしても、流石は幽州は涿郡一の村みたいね? 炊煙の数と勢いも涼州の村々とは桁が違う…… 」



 恐らく一行の中では最年長であろうか、二十代半ばと思われる女性で、背も高く、栗色の髪を背中でまとめている。旅装姿だが、腰に帯びてる剛剣は可也の業物と思われた。一見すると妙齢の美女と思えるが、全身に漂う覇気は尋常ならざるものが感じられる。



「母様、何もわざわざ自ら出向く必要がなかったんじゃないのか? 」



 そんな彼女に対し呆れ顔でぼやくと、右手に十字槍を携えた若い女武者が、彼女の左隣に馬を寄せる。この女武者は、既にいくつかの修羅場を潜り抜けてきたのだろうか。語り口調も雰囲気も、実に堂に入ったもので、確固たる自信に満ち溢れている。


 先程の女性とのやり取りを見るに、二人は親子と思われたが、とてもそうとは思えなかった。何故なら、娘と思われし女武者は、どうみても年の頃が十五~十七位にしか見えなかったからである。先程の女性が母親だとしても、四十間際でなければ計算が合わない。



「そうだよ、何も伯母様が自らだなんて……最近、体の調子があんまり良くないんだからさ。翠姉様とたんぽぽだけで十分だよ 」



 一際甲高い声をあげると、自分の事を『たんぽぽ』と呼んだ女武者が面白くなさそうな顔で不満を漏らす。彼女は四人の中で一番小柄で、右手には片鎌槍を携えていた。だが、顔はまだあどけない少女そのものであったし、『翠』と呼んだ女武者よりは二歳ほど幼い感じに見受けられる。翠の母親と思われる女性に対し、『伯母様』と言うところからして、彼女の姪であり、そして先程の翠の従妹であろう。



「翠姫、蒲公英姫。琥珀様が今回ここに出向いたのは、『幽州の三賢人』をお召抱えになりたいと思ったからです。失礼ですが、お二方に任せては西涼にまで名が聞こえし人物に対して、礼を失してしまう恐れがあると思われますが? 」

 


 一行の中で一番最後尾に居た女性が、淡々とした口調で二人を諌める。外見なら『琥珀様』と呼んだ女性と同い年位だろうか、右手に戟を携え、体に巻きつけた革帯には幾数もの※5飛刀(ひとう)を括り付けていた。


 彼女は艶やかな黒髪を短く切っており、表情の乏しい顔と相まって何事もそつなくこなす印象を与える。そんな彼女の諫言が効いたのか、翠と蒲公英は肩をがっくりと落とし、表情を曇らせると落ち込む素振りを見せた。



「そうね、鷹那の言う通りだわ。今回あなた達を同行させたのは、西涼以外の土地を知って欲しかっただけではないの。人を統べる者の務めは、何も戦や政だけではないというのを、肌で感じて欲しかったからよ。ねぇ翠、蒲公英。私達の西涼をもっと良い国にするにはどうすればいいと思う? 」



 琥珀は向き直ると、フッと口元に笑みを浮かべて翠と蒲公英に問いかける。すると、二人は眉根を寄せて腕組みをしながら唸り始める始末。この二人の有様に、琥珀と鷹那は思わず肩を竦めて苦笑いをしてしまった。



「うーん、ええと……兎に角政を何とかすればいいんじゃないのかな? 」


「えーと、たんぽぽ、政したことないから、良く判んないけどさ。翠姉様と同じで政とか、文官の人たちが頑張ってもらえば何とかなると思うんだけど…… 」


「……はぁ~~っ 」


「はぁ~っ……お二人にはしっかりした学問の師をつけるべきでしたね 」



 散々頭を捻って、二人が出した答えがこれである。今度は琥珀と鷹那の二人ががっくり肩を落として、ため息を盛大に吐くと、まるで『残念な子』を見るような目で翠と蒲公英を見た。



「なっ、なんだよ二人とも! そんなにアタシの答えがおかしいのか!? 」


「そーだよ、そーだよ! いきなりそんな事言われてもたんぽぽ達がキチンと答えられる訳ないじゃない! 」



 顔を真っ赤にして翠と蒲公英が喚き始めたが、琥珀は手を突き出して二人を一睨みすると、二人とも直ぐに口をつぐんだ。



「答えになっていないわね、それ。あなた達の言ってることは、ただ文官達に丸投げをするだけよ。いいかしら? 国を栄えさせる為には、全体的に物事を考える力が必要なの。翠、特にあなたは馬家の嫡子として、いずれは私の後を継がなくてはならない。蒲公英、あなたも馬家の一族として翠を補佐しなければならないのよ? 」



 琥珀の言葉に二人は神妙な面持ちで無言で頷く、二人の反応に彼女は満足そうに笑みを浮かべた。



「もし、かの賢人達……諸葛然明と龐統伯、そして徐季直。この三人を召抱える事が適わずとも、私はあなた達を……ここに置いて学問を学ばせる積りよ 」


「お喜びくださいませ、姫様方。琥珀様は姫様方を一人前にしたいようです 」



 琥珀の台詞は、この二人の『じゃじゃ馬』にとって、ある意味『死刑宣告』に等しいものがあった。珍しく鷹那が笑顔で祝辞を述べるが、彼女等にとっては『余計なお世話だ! この万年行かず後家!! 』と思ったに違いない。翠と蒲公英の顔が見る見る青ざめていく、正直今すぐ西涼に帰りたい、この場から引き返したいと思った。



「え、えーっと……あーっ、さっきの城下町の※6飯店に忘れモンしちまったぁ! 取りに戻んなきゃ! 」


「あーっ、たんぽぽもーっ! 」 



 咄嗟に閃いた言い訳を声高に叫び、この場から逃げ出そうとする翠。蒲公英もそれに続こうとするが、そうは問屋が卸さない。



「何処へ行こうとするの……私達の荷物は鷹那が管理していたはず。そうよね? 」


「はい、仰るとおりです……皆様方の荷物は私が管理しておりますから……。お二人とも、もう少し上手な嘘を考えるべきでしたね? 」



 冷ややかな声で琥珀が言うと、鷹那も同じく冷ややかな声で答える。この冷気を纏った圧力に屈した翠と蒲公英は、結局この二人に黙って従うしか道が残されていなかったのだ。


  




※1:皇帝や天皇に対する呼称。別の言い方で聖上(せいじょう)がある。


※2:教師を意味する『先生』の呼称の事、この場合だと『徐先生』。


※3:剣術の一種。剣撃を遠くから当てるというもの。詳細は不明であるが、日本で言うところの手裏剣術に近い物があるらしい。


※4:当時の中国において、稲作は温暖な南方で作られていた。幽州は寒冷地である為、主に採れる穀物は麦を始めとする寒さに強い雑穀であった。


※5:現在で言うところの『投げナイフ』


※6:旅館を意味する。飲食店ではないので注意。余談だが、飲食店は『菜館』或いは『餐館』と言う。




 ここまで読んでくださり真に感謝いたします。


 さてさて、今回は照烈異聞録の最大の特徴である、蜀漢の主な英傑たちにスポットを当てた積りです。


 特に恋姫キャラばかりに力を入れてしまいますと、何のために登場させたのか意味を成さなくなりますし、同時に文章に起こしておけば、キャラのイメージをバッとつかめるからなのです。


 私は基本オオナマケモノさんなので、モチベーションが下がりやすく、それを維持させる為に色んな事をしてます。最近ではニコニコ動画に投稿されている『三国志Ⅴ』のBGMを良く聞いてます。


 OPテーマの「光の龍」、初期設定画面で流れる「翠華の宴」、合戦時に流れる「竜戦」等を聞いて、インスピレーションを沸かせたり、テンションを高めております。


 特に恋人たちの甘い雰囲気を描く時には「翠華の宴」が一番いいですね。今回の一心と雪蓮の会話はそれを聞きながら書きました。


 登場人物の会話は声優さんの声を脳内でイメージして書きますが、蜀漢のキャラの声のイメージはつかんでる方とそうでない方がいます。


 一心さんは矢尾一樹さんか小山力也さん。義雲は楠大典さん、義雷は小山剛志さん、雲昇(趙雲)は浪川大輔さんをイメージしています。後、龐統こと喜楽さんなのですが、声のイメージは山寺宏一さんにしています。


 後のキャラはまだ声のイメージがつかめてマセーン!! 誰かいい人居たら紹介してくれ!! (私はホモじゃありませんので、誤解せんでくださいね(汗) )


 今回の追加エピソードは西涼馬家! 前書きにも書きましたが、山の上の人様からのご好意で「西涼に落ちた天の御遣い」から馬騰こと琥珀さん、龐徳こと鷹那さんをこの作品に登場させる事が叶いました。


 山の上の人様に心からの感謝を送らせて頂きます。ところでですが、イメージ合っていたでしょうか? 「こんなんじゃねーぞ! こんドヘタレがぁ! 」と思いましたらご一報ください。すぐさま訂正しますので。(汗



 今回の八話目で主な登場人物も意思表示が明確になってきましたので、お話を動かせそうかなぁ? なんて思ってます。ですが、私は一つ一つ出来るだけ丁寧に書こうと思ってるので、お話の進行速度が亀さんです。ちょっと不安でございます。


 では、今回はこれにて失礼します。早速今晩から九話目の作成に取り掛かりたいですね。


 それでは、また~! 不識庵・裏でした~!

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