第七話「蓮華」
どうも、不識庵・裏です。スイッチが……入り過ぎちゃって。あっという間に書いちゃいました。いや、毎日夜更かししただけです。それでは、第七話を読んでいただければ嬉しく思います。
一心と雪蓮が『男と女の挨拶』を激しく交わしている頃、一刀、桃香、蓮華の三人は村の近くに流れる川のほとりをぶらぶらと歩いていた。
あの後村に着くと、桃香は旅人達を自分の家に迎え入れる事にし、丁度父親の仕事の手伝いから戻ってきた親友の松花こと簡憲和を彼女らに引き合わせた。紹介がてら一心達の仲間達を交えた夕食を終え、しばらくしてから蓮華は一刀と桃香の二人を呼び出す。すると、彼女は『ちょっと着いてきて』と言うとおもむろに歩き始めた。
そして、いつの間にか村の近くを流れる川のほとりにまで辿り着いており、その間三人は何も言わなかった。
「ねぇ、二人とも。ちょっと聞きたい事があるの、いいかしら? 」
三人とも黙ったまま川沿いを歩いていたが、やがて三人の前を歩いていた蓮華が二人に振り返り、何やら思いつめた顔で言ってくるではないか。
「うん、いいよ? 何を聞きたいのかな? 蓮華ちゃん 」
「あぁ、俺と桃香をここまで引っ張り出すって言う事は、他の人に聞かせたくないんだろ? 」
彼女の顔を見て何か思ったのか。二人とも真剣な表情で頷く。
「ありがとう、ふたりとも…… 」
蓮華は目を細めて、二人に微笑んだ。
「ねぇ、貴方達って……付き合っているんでしょ? 」
「えっ!? 」
「ふえっ!? 」
彼女が振ってきた話題は二人を驚かせるのに十分な効果があった。
「ど、どうして、そんな事を聞いてくるのかな? 」
「そうだ、桃香の言う通りだぜ? 君には関係が無い事だと思うんだが、そこら辺どうなんだ? 」
『彼女は一体何を言っているのか? 』そう思うと、二人は顔を真っ赤にさせ、眼を白黒させながら聞き返す。
「……私、ここ楼桑村には目的があって来たのよ。それは間違いなく二人には関係があるわ 」
目つきを鋭くさせ、真剣な表情で蓮華は二人に言い放つ。二人は彼女の表情からして、それが冗談ではないという事を理解した。
「その前に、二人に事情を説明しないといけないわね……私の母孫堅は長沙の太守を務めているの。私は嫡子じゃないけれど、いずれは孫家の一員として母様や姉様を支えていかなければならないわ…… 」
夜空を見上げ、遠い目で蓮華は語りだす。
「私は、子供の頃から色々と叩き込まれてきたわ……。学問、兵法、礼法、そして武芸と……一応英才教育を施されてきたと自負はしている積りよ。だけど、まだ政にも、戦にも出る事も許してもらえない。姉様や姉様の親友の周瑜に、私と同い年か歳の近い家臣達が次々と経験を積んでいくというのに、私はただ指を咥えて見ている事しか出来なかった…… 」
話して行く内に、段々蓮華の顔が険しくなっていく。悔しさともどかしさがあったのだろうか、いつの間にか彼女は拳を握り締め、それをプルプルと震わせていた。そして、ギリッと奥歯をかみ締める音が彼女から聞こえてくる。
「蓮華…… 」
「蓮華ちゃん…… 」
気遣うように一刀と桃香が彼女に声をかけると、悔し涙を見られたくなかったのか、蓮華は目頭をぬぐう。
「正直悔しかったわ。自分ではもう経験を積んでも大丈夫だと思っていても、母様や姉様、そして臣下の者達は首を横に降るばかり。その度に『おまえはまだ力不足なのだ』と思われているような気がしてならなかったのよ…… 」
蓮華は一息吐き、再び語りだす。
「そんな風に自分を持て余してる内に、私は十六になってしまった。姉様や周瑜は十五で初陣を経験したというのに、私の焦りと苛立ちは余計強くなるばかり。そんなある日夢を見たのよ 」
「へ? 夢を? 」
「夢……? もしかしてそれが俺たちに関係あるのか? 」
「ええ、その通りよ。そして、その夢の中には赤い服を着た若い男が出てきたの。彼は私にこう言ったわ、『幽州は涿郡。涿郡は楼桑村にそなたの伴侶となるべき男出会うであろう 』ってね…… 」
「もしかして、それが一刀さんな訳? 」
「ええ、更にこうも言ったのよ、『『北』と『刀』の名を持つ男を探しなさい 』ってね 」
「「!? 」」
蓮華の言葉を受け、二人は激しい衝撃を覚える。彼女は夢のお告げを確認する為にこの村に来たというのだ。
ましてや、蓮華の夫になるべき男とされた一刀は、正直どう返せばいいのかわからなくなる始末。桃香は桃香で、無意識の内に一刀の左腕を掴んでおり、蓮華に対して『貴女には渡さない』と言わんばかりに彼女を睨みつけていた。
「桃香!? 」
左腕に伝わってくる感触に一刀は我に返り、自分のそれを掴んでいた桃香に顔を向ける。すると、あの温厚な桃香が敵愾心をむき出しにしているではないか。
彼女から伝わってくる殺気に一刀は言葉を失い、たまらず蓮華の方をチラッと見てみれば、蓮華は物凄く寂しそうな顔になっていた。
「渡さない……。蓮華ちゃんには悪いけど、一刀さんは渡せないよ……。だって、私ッ! 一刀さんの事愛してるんだからッ!! 」
「やっぱり……やっぱりそうだったのね。城下町からずっとあなた達を見ていたけど、二人が一緒に居るのが自然体に見えたもの 」
初めて一刀は気づいた。自分が桃香を想っているのと同じく、彼女も自分の事を想っていてくれたという事に。
「桃香…… 」
「ごめんね、本当は自分の力でちゃんと立てるようになってから、一刀さんに言おうと思っていたの……。でも、蓮華ちゃんにいきなりあんな事言われたら、何だか、何だか……蓮華ちゃんに一刀さんを長沙に連れて行かれると思っちゃって……。本当にゴメンネ…… 」
段々桃香の声が涙声になってくる。そんな彼女の姿を見て、一刀は迷わず桃香を抱きしめた。
「えっ? か、一刀さん……? 」
「謝るのは俺の方だよ、桃香。俺、本当は桃香に見合う奴になってから君に告白しようと思ってたんだ。だけど、桃香の気持ちを聞かされた以上、黙っているわけにはいかない 」
覚悟を決めた顔で、一刀は桃香の顔を真っ直ぐ見る。
「俺、桃香の事が好きだ。いや、愛している! この世界で誰よりも愛してるんだ。例え地が尽き、海が枯れ果てようとも、俺は桃香の事を愛してるんだ! 」
「ありがとう、一刀さん……嬉しい、本当に嬉しいよぉ…… 」
実に芝居掛かった臭い台詞といえばそれまでであろう。しかし、桃香には一刀の告白が嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて堪らなくなり、彼女も一刀を力強く抱き返すと、人目も憚らず嬉し涙を流す。
一方の一刀は、臭い台詞を吐いたのにもかかわらず、堂々としており、大業をやりきった達成感に満ち溢れた漢の顔になっていた。
「ごめんな、蓮華。これが俺達の君への返答だ。悪いけど、君が見た夢に答える事は…… 」
「ふざけないでよっ!! 」
悪いが蓮華には諦めてもらおうと思い、一刀が彼女に言葉を掛けたその直後だった。蓮華が物凄い剣幕で二人を睨み、怒鳴りつけたのだ。
「れ、蓮華ちゃん? 」
先程までの幸せ絶頂な雰囲気は消し飛んでしまい、桃香は彼女の剣幕に怯え、一刀に体を密着させる。
「夢の内容を確認しに来ただけではないわ。私、初めて外の世界に出て、成果を出して母様や皆を見返してやりたいという気持ちもあった。だから、私はここに来たのよ!? なのに、私が夢の話をしたら、どさくさに紛れてお互いに愛の告白!? 冗談じゃないわ!! 私は、私は……貴方達の道化じゃないっ!! 」
怒りで顔を歪ませ蓮華は激昂し、両目からは涙を流していた。すると、一刀は桃香から離れると、蓮華の前に進み出て頭を下げた。
「ゴメン、確かに君が夢の話をしなければ、俺も桃香も、お互いに気持ちを確かめ合うのがずっと後になったと思う。だけど、俺と君は今日初めて会ったばかりだ。なのに、いきなり夫だ伴侶だなんて言われて、納得できると思っているのか? 」
「それは…… 」
一刀から謝罪された後に指摘を受け、勢い任せに出していた怒りを霧散させると、気まずそうな顔で蓮華は言葉を詰らせる。
「君の事情は判った。けどさ……俺は思うんだ。恐らく君を戦や政にまだ出したくないと言うのは……お母さんは期待してるんじゃないのかな? 君に 」
「え? 期待してるですって? どういう意味なのよ!? 」
「君の姉さんの雪蓮さんや、その友達の周瑜さんが、君より早い時期に初陣を経験したのは、それが出来る高い才能を既に持っていたからだよ。当然、君と同年代の家臣たちも同じといえるだろうね。君をまだ出さないというのは、多分だけど、君をきちんと熟成させたいからだと思うんだ。それだけ君に期待をかけているんだよ 」
「でっ、でもっ。私は、もう大丈夫だわ! 」
一刀の言葉に蓮華はムキになって反論する。しかし、一刀はそんな彼女に手を突き出して、発言を制する仕草をした。
「今、君は大丈夫だと言ったね? 今の俺もそうだけどさ、桃香も然りで、まだまだ半人前以下だよ。城下町であんな乱闘やらかしたけどね。でも、俺と桃香は文武両面で優れた師に恵まれてる。そんな彼らから見れば、俺達は半人前以下さ……。だけど君は…… 」
一旦言葉を置き、そこから一気に畳み掛けるが如く、一刀は蓮華に言い放つ。
「君はあの時後れを取ってしまい、あんなごろつきに人質にとられる失態を演じたよね? あの旅芸人達の娘達を助けたい気持ちは、痛い程判る。でも、城下町だという事も、自分の立場も忘れて、君は先に剣を抜いたんだ。これってどういう意味か判るだろ? 」
彼の指摘は段々と加速し、熱を帯び始める。指摘する一刀の顔は物凄く険しかった。
「あの手の喧嘩は、先に武器をちらつかせた方が断然不利になるんだ。危うく、君の姉さんや明命さんに多大な迷惑をかけるところだったんだぞ? それだけじゃあない、君のお母上の孫堅さんが失脚する恐れも考えられる。一体、これのどこが大丈夫と言えるんだ!? 」
そして、あの時の状況を思い出したのか、腹立たしげに語尾を荒げ、一刀は彼女を一喝する。
「うっ……そ、それは…… 」
「雪蓮さんと明命さんがあの時来てくれなければ、正直俺はヤバイと思った。まぁ、あのままだったら、君も俺たちもあのごろつきどもと同じく、牢屋行きだったと思うけどね 」
言い終わったのか、フーッとため息を吐くと、一刀は蓮華に威圧的な視線を突き刺した。何も言い返せなかったのか、蓮華は完全に顔を俯かせる。
「一刀さん、ちょっとそれは言い過ぎなんじゃ? 」
散々一刀に責められ続け、蓮華の顔が段々泣きそうになって来たのを見かねたのか。彼女に助け舟を出すべく、桃香は一刀を諌めた。
「ゴメン、だけどさ……。桃香もあの時そう思ったんじゃないのか? 」
「うん……あれはちょっとね。実はね、私も蓮華ちゃんと同じく剣を抜きそうになったんだ。でも、一刀さんに止められたから……。だから、改めて思ったの。蓮華ちゃんには悪いけど、あれは正直頂けなかったかなーって? 」
謝りつつ、一刀が桃香に同意を促すと、彼女も気まずそうな顔で肯く。
「ご、ごめんなさい……。一刀に言われるまで、私、自分の仕出かした事の重大さに気付かなかったわ……。一刀、桃香……ごめんなさい 」
涙声で二人に謝ると、蓮華は両手で顔を覆い泣き崩れてしまった。すると、一刀は彼女の両肩に手を置き、優しく微笑む。
「俺や桃香だって、まだまだだもの。君だって、今を我慢すれば、絶対に強くなれるさ。俺たちよりもね 」
「うんうん、大丈夫♪ だって、蓮華ちゃん悪い人達を見過ごせない勇気を持ってるんだもの。もしかすると、雪蓮さんなんか足元に及ばない位強くなれるかもしれないよ? 」
「私が、姉様より……? 」
二人が掛けた言葉は、後悔と自責の念という名の大嵐が吹き荒れる蓮華の心に、明るい光を射し込んだ。彼女は泣くのを止め、涙に濡れた眼で二人を見上げる。
「そう、だからさ……お互い強くなろうぜ? 」
「そう、一刀さんの言う通りだよ♪ 私達お互い強くなって、一心兄さん達や雪蓮さん達を見返してあげようよ! 」
「ありがとう……二人とも。何だか元気が出てきたわ 」
「よしっ! その意気だよ! お互いに頑張ろうぜ! 」
「!? 」
一刀が実に『イイ』漢の笑みを蓮華に向けた、その瞬間であった。自分の中で何かが弾ける感覚が彼女を襲う。すると、蓮華の胸はトクントクンと高鳴り始めた。
『な、なんなのっ? この気持ち……? もしかして、今、私……一刀を意識し始めてるというの? 』
良く良く思えば、孫家も女系の家である。男と言えば戦に不向きな文官か、或いは一般の兵卒しかいない。況して蓮華自身、籠の中の鳥に等しい状態で十六歳まで過ごしてきたのだ。男性に免疫がないのも、仕方がない事である。
旅の道中で同年代の男性とすれ違ったり、道を尋ねるなどの最低限の会話はした。だが、今こうしてまともに話している同年代の男は一刀だけである。そんな彼に自分の欠点を露呈されたり、励まされたりと、自分の心に激しいぶれを与えたのだ。彼の存在が彼女の中で急激に大きくなるのも無理のない話であった。
「蓮華? どうしたの? 」
そんな彼女の様子を変に思ったのか、一刀は顔を近づける。
「!? い、イヤーッ!! 」
「うおっ!? 」
「かっ、一刀さん大丈夫!? 」
一刀の顔を見た瞬間、蓮華は高らかに悲鳴を上げると、思わず彼を突き飛ばしてしまう。何故なら、まるで彼に自分の心を丸裸にされるような気分になったからだ。彼女にいきなり突き飛ばされ、一刀は尻餅をついてしまい、桃香は大慌てで彼の元へと駆け寄る。
「イツツツツ……。なっ、何すんだよ! 俺、君に何か変な事したか? 」
意外と痛かったらしく、一刀は目尻に涙を浮かべて蓮華に抗議した。
「ごっ、ごめんなさい……。その、私……今まで歳の近い男の人とまともに話した事が無かったの。だから……さっきまで一刀に怒られたり励まされたりしてる内に、何だか一刀を意識しちゃったら、恥ずかしくなっちゃって……本当にごめんなさい! 」
「成る程、そう言う事か……はぁ~てっきり言い過ぎたから嫌われたのかと思ったよ 」
「嫌ってなんかいないわッ! むしろ嬉しかったのよ……私にここまで本気で接してくれたのって、一刀が初めてだったんだもの…… 」
「え…… 」
顔を真っ赤にして叫ぶと、蓮華は一刀に対して優しく微笑みかける。そんな彼女の素振りに一刀は言葉を失い、桃香の胸中は穏やかではなかった。
(蓮華ちゃん、さっき一刀さんを意識したって言ったよね? それに、何だか蓮華ちゃんの一刀さんを見る目が優しくなってるような……? まさかじゃないけど、蓮華ちゃん、もしかして……一刀さんの事が好きになり始めたんじゃ? )
「ねぇ……二人にお願いがあるの 」
桃香が心の中で蓮華に警戒心を抱いてると、その蓮華が何か決めたかのような顔で、二人を真っ直ぐ見る。
彼女の瞳を見て、桃香はそんな蓮華を警戒している自分が、何だか卑しく思えてきてしまった。そして、そんな自分自身を正すべく、自身も真っ直ぐ蓮華を見る。すると、一刀も自分と同じく真っ直ぐ蓮華を見ていた。
「何だい? 蓮華 」
「何かな? 蓮華ちゃん 」
「あのね……私の友達になってくれないかしら? さっきは、半ば成り行き任せで真名を預けたけど、それをした以上は友達でいたいの……。いいかしら? 」
二人の顔を窺いながら懇願する蓮華の顔は、物凄く切なそうであった。
「ああ、いいぜ。今日から俺と蓮華は友達、いや、親友だ! 」
「うん、私もだよ、蓮華ちゃん♪ 遠い所から来た人とお友達になれるって、とっても素敵な事だよね♪ 今日から私達親友だよ! 」
「あ、ありがとう……二人とも、本当に嬉しい……あ、ありがとう、ありがとう…… 」
すると、一刀と桃香は物凄く「イイ」笑顔で快諾する。蓮華は心底嬉しそうになり、しまいには嬉し涙を流し始めた。
「それじゃ、仕切りなおしだな……。俺の姓は『劉』、名は『北』、字は『仲郷』、真名は『一刀』! よろしくな、蓮華 」
「私もだね。私の姓は『劉』、名は『備』、字は『玄徳』、真名は『桃香』! よろしくね、蓮華ちゃん♪ 」
「私もよ。私の姓は『孫』、名は『権』、字は『仲謀』、そして……真名は『蓮華』! 二人とも、改めてよろしくお願いするわね 」
仕切り直しと言わんばかりに、一刀は自分の名を高らかに名乗り上げると、桃香と蓮華もそれに続く。そして、一刀が二人の前に右手を差し出すと、桃香も蓮華もそれぞれの右手を一刀のそれに重ねた。
「私達、これで親友になれたのね…… 」
「うんっ♪ どんな時でも私達友達だよ! 」
「ああっ、だから楽しい時も辛い時も分かち合っていこうぜ! 」
満面の笑みで一刀が言うと、二人とも一刀に負けない位のいい笑顔で頷く。この時友の誓いを立てた三人であったが、後日この誓いは少し『形』を変えつつも、結果的に互いを助け合う事になる。
「ど~れっ、それじゃそろそろ村に戻ろうか? 兄上達も心配してるしな 」
「うんっ、そうだね。もう夜も遅いし、それに、あの親子も気になるから。璃々ちゃん泣いてないかな? 」
「フフッ、大丈夫よ。一心さんや、姉様達がついているもの……。今日は寝る前に、母様や皆への便りでもしたためようかしら? 」
そして、三人は村への帰路につく。その足取りはのんびりとしていて、夜空に輝く月の光を楽しみながらのものであった。歩幅のせいか、一刀が彼女等の先を歩き、蓮華と桃香は二人並んで歩く形になる。その間一刀は下手糞な鼻歌を口ずさみながら夜空を見上げ、蓮華と桃香は他愛も無い世間話で盛り上がっていた。
「ねぇ、桃香…… 」
「ふぇ? 何かな? 」
不意に蓮華に声をかけられ、きょとんとした顔で小首を傾げる桃香。
「私ね、もしかすると……一刀の事が好きになっちゃったかも♪ 」
「!? 」
すると、蓮華は悪戯っぽくクスッと笑い桃香にそっと耳打ちする。思いもよらぬ彼女の攻撃に、桃香は目を白黒させ、顔を引きつらせてしまった。桃香は思わず大声を出しそうになってしまうが、グッと堪える。そして、二人はヒソヒソ声でささやかな舌戦を始めた。
(ちょっ、ちょっと! 蓮華ちゃん! さっき聞いたよね? 私は一刀さんが好きだし、一刀さんも私の事を…… )
(聞いたわよ? でも、私の事を本気で思ってくれた男の人って父様以外では一刀が初めてだったのよ……。もっと彼を知りたいわ、それにね、私も『江東の虎』と言われた女の娘よ? 一度狙った獲物は逃さないわ…… )
(う~~っ! それって宣戦布告とみなして良いよね? )
(ええ、思った通りに受け取ってもらって構わない。彼なら母様も気に入ってくれると思うし、皆も納得してくれるわ。だから、私は一刀を長沙に連れて行く積りよ )
(ふ、ふふふふふふふふふ…… )
(うふっ、ふふふふふふふふふ…… )
この時桃香と蓮華は互いにいい笑顔をしていたが、目は笑っておらず、両者の間には火花が散っていた。
(聞こえてるぜ、お二人さん……。はぁ~~~、俺は桃香の事が好きなのに、でもなぁ……蓮華も捨てがたい……って、何言ってんだ俺!? 桃香を裏切っちゃ駄目だ!! しっかりしろよ、一刀!! 俺は兄上のように色んな女性とお付き合いできるほど器用じゃないんだぞ!? )
実は、小声で話していた積りでも、二人の会話は一刀に丸聞こえだったのだ。お約束だなぁだと思いつつ、二人に対して呆れてため息をつく。
しかし、桃香に負けないほどの美少女の蓮華に、好意を寄せられてるという自覚が生まれたのか、次第に一刀の中で彼女の存在が大きくなる。だが、先程桃香と互いに愛の告白をしたばかりだ。悪戯に彼女に気を移してしまおうものなら桃香に対する最大の裏切りでしかない。そう思うと、一刀は激しい自己嫌悪に陥る。
自分が実の兄と慕う一心のように、多数の女に一晩限りの愛を囁けるほど、自分は器用ではない。況して、例え割り切っていても、沢山の女達と関係を持てるようなタマでも無いのだ。
(これじゃ昔見たアニメみたいな話じゃないか! 俺は歌舞伎役者崩れのパイロットじゃないんだぞ!? )
そして、一刀は前の世界にいた時に、アニメが好きな友人と一緒に見たSFアニメを思い出す。あれも男女の三角関係を描いた作品だった。おこがましい事に、一刀は自分をその作品の主人公と思わず重ね合わせる。
(だけど、あの主人公は女のような顔してるけどイケメンだったよなぁ……。それに比べ、何で俺みたいなイケメンでも無い奴に蓮華のようなイケてる娘が? )
一刀は二人の事に悶々とし、桃香と蓮華はそんな一刀を巡り互いに火花を散らす。そんな三人を温かく見守るかのように、月は夜空に煌々と輝いていた。
「ったく、あのドチビブス……ホンマ腹立つわぁ…… 」
ふてくされた顔で竹簡の束を抱えながら、及川佑は陳留の城内をあてどなく歩いていた。先程から彼の頭の中は、自分に対して蔑んだ目を向ける、器量は良いが極めて性悪な小柄な少女で占められている。
曹孟徳に保護され、及川佑が『天の御遣い』の道化を演じるようになってから、三月ばかりが経っていた。陳留の町にも慣れ始め、町の人々にも顔を覚えてもらうようにもなったし、徐々にではあるが、彼女の臣下達との親睦も深めてきた。
その間、孟徳は各方面での情報を収集、積極的な人材の登用等の活動を行い、自己の陣容を徐々に強化し始めていた。その中でも筆頭といえるのが、先日軍師として召抱えた荀彧である。
それまで、孟徳は匪賊の討伐等においては、作戦立案は殆ど自分一人でこなしていた。ある日、孟徳が賊討伐の軍を起こした時の事である。当時糧秣の監督官であった荀彧は従来の物より少ない量を孟徳に提示し、それを受けた彼女を唖然とさせた。しかし、当の荀彧本人は毅然とした態度で孟徳に言い放つ。
『私の献策を用いれば、糧秣もこの程度で足りますし、必ずや主公に勝利をもたらしましょう。ひいてはわたくしめを軍師としてお傍に置いて頂きたく存じます 』
自分を試される事を最も嫌った孟徳としては、そんな荀彧の発言が面白くなかった。しかし、そこまで大言壮語を言うのであれば乗ってやろう。そう判断すると、孟徳は彼女を臨時の軍師に任命し、彼女の策通りに兵を動かす。
すると、どうであろうか。それは見事に当てはまり、ほぼ彼女の策通りに事が進む。最後の方で少し計算違いが生じたものの、孟徳による彼女への『閨でのおしおき』で済まされた。
佑はまだ孟徳に『真名』で呼ぶ事を許してもらえない。だが、自分より後で召抱えられた荀彧は、孟徳に真名で呼ぶ事を許してもらえただけでなく、正式に軍師に任命されたのだ。おまけに荀彧は極度の男嫌いで、取り分け佑に対しては顔を合わせる度に罵詈雑言をぶつける始末。
『近寄らないでよ、この無能! 』
『男なんて、女を見たらすぐに犯す事しか考えていないんだから 』
『あんたは最低揃いの男の中でも特に信用できないわね。理由? あんたの不細工な顔と存在自体が理由よ 』
正直、毎回こんな事ばかり言われ続けていては、佑の鬱積は堪り続けるばかりであった。自分は運動神経も悪くない方だし、頭も悪くないほうだと自負はしている積りだ。しかし、この世界では比較対象が余りにも違いすぎた。
自分は夏候姉妹の様な武に、荀彧の様な智謀も持ち合わせていない。精々現代人ならではでの、自分のアイデアを時折出しては、孟徳を始めとした彼女等の意表をつく程度しか出来なかった。
最近、孟徳の自分に対する態度も冷たくなったような気がする。現に孟徳から頼まれた仕事は『自分の読み終えた書物を全部、置き場所も寸分違えぬよう戻すように 』というものだった。屈辱に耐えつつも、佑は愛想笑いで応じる。そして、書庫の所在も教えてもらえぬままさまよっていたのだが……。
「文若様、すんまへん。孟徳はんから書物を書庫に全部戻すよう言われてたんやけど……。書庫はどこでっしゃろ? 」
ばったりと荀彧に出くわしたのだ。心の中で屈辱に耐えつつも、いつものように愛想笑いで彼女に書庫の場所を尋ねる。
「いやよ、何で私があんたなんかの為に教えてあげなくっちゃいけないのよ? 精々華琳様を怒らせて、首でも刎ねられるが良いわ 」
すると、彼女は意地悪い笑みを浮かべ、あざ笑うかのように彼に言い放つ。余りにも酷い彼女の仕打ちに、彼は言葉を失い呆然としてしまった。
「突っ立ってると、他の人の邪魔よ! 」
「おごっ! 」
何と言う事であろう、彼女はすれ違いざまに佑の尻を後ろから思い切り蹴飛ばす。小柄で非力な彼女とは言えども、不意打ちを受けてしまった彼は前のめりに倒れてしまった。その拍子で抱えていた竹簡があちらこちらに転がってしまい、佑は慌ててそれを拾い集めた。そんな彼に周囲の文官に武官、挙句の果てに兵士からも嘲笑が浴びせられる。
「あんたには、そうやってる姿がお似合いね! 」
ざまぁ見ろと言わんばかりに捨て台詞を残し、荀彧は廊下の向こうに消えた。
「ふぅ、酷い目に会うたわ……でも、そろそろ書庫の場所が判らんと洒落ンならんわぁ…… 」
そして、先程の荀彧の仕打ちを経て、今彼は荀彧への恨みを募らせつつ、書庫の場所を探していたのだ。そろそろ華琳が部屋に戻ってくる頃合だろう、それまでに片付けていなければどんな責めを受けるか堪ったものではない。そう、焦りを抱いていると、彼の視界に文官の衣冠に身を包んだ女性の姿が映る。もう、なりふり構ってられず、佑は彼女を呼ぼうとした。
「あのっ、すみまへん。ちーとばかしよろしいでっしゃろか……っ!? 」
「はい、なんでしょう? 」
「しょええええええええ~~~っ!! 」
高らかに澄んだ女性の声が彼に返ってくるが……この瞬間、佑は信じられないものを見てしまう。それは余りにも凄すぎて、彼の度肝を抜くのには十分な効果があった。驚いた拍子で、また彼の手元から竹簡があちらこちらに飛んでいく。
「あら、ごめんなさい。私ったらまた悪い癖出しちゃったわ……私って、生まれつきこうなんです。お詫びに私でよければお手伝いいたしましょう 」
そう言うと、佑と同年代位と思われる女性が、にこやかな笑みを彼に向けていた。ただし、首を真後ろに曲げてでだが。彼女は体を正面を向き、首は真後ろの彼を真っ直ぐ向けている。普通の人間には到底出来ない芸当だ。
彼女は青みが掛かった長い銀髪で、藍寶石を髣髴させる青い瞳をしており、真っ白な肌はきめ細かい。顔立ちも神秘的な美しさを秘めていた。
「あ、あひ、あひひひひひ…… 」
眼鏡が思いっきりずれ、鼻水をたらして腰を抜かす佑の姿は、まさに醜態をさらけ出すにふさわしかった。だが、彼女はそんな彼の姿を気にせずにひょいひょいと竹簡を拾い集める。そして、彼の前にそれを全て揃えると、懐から手拭を出して彼の顔を拭き、最後にずれた眼鏡を元の位置に戻してやった。
「私が今から、三つ数え、最後に手を叩くと、貴方は元通り…… 一、二、三! 」
そう言って、彼女が三つ数えてから両手をパンと叩くと、佑は正気に戻る。
「あ、あれ? あー! あんさんは! 」
「ごめんなさいね、驚かせてしまって 」
彼女の顔を見て、佑が再び驚いてみせると、彼女は気まずそうに苦笑いを浮かべ、彼に頭を下げて謝った。
「ところで……私に何か用があったようですけど、一体どんな御用だったのですか? 」
「あっ、せや! 孟徳はんにこれを書庫に寸分違わぬよう戻せ言われたんやけど、書庫がどこにあるのか、さっぱり判らんのですわ 」
気を取り直して、彼女が佑に用件を伺うと、思い出したのか手をポンと叩いて、佑は彼女に用件を言う。
「ああ……書庫ですか。私がご案内しましょう。私もそこに用がありますから 」
彼女の答えは佑にとても心強く聞こえた。それどころか、感極まり大げさに嬉し泣きまでする始末だ。
「じ、地獄に仏や……軍師の様な性悪ドチビブスと訳が違う……あんさんは仏や、女神様や…… 」
「あぁ~、文若さまですね? フフッ、大丈夫ですよ。私も軍師殿は人間的に好きじゃありませんから。あら嫌だ、本音が出てしまったわ 」
うっかり本音を言ってしまい、思わず彼女は口に手を当てて周囲を見渡す。周りには誰もいなかった。しかし、佑は思わず彼女の手を強く握り締める。
「……あんさんはワイの同志だす! ワイ、及川佑言いますー! よろしゅうに! 」
興奮冷めやらぬまま、佑は勝手に彼女の事を『同志』呼ばわりしただけでなく、自分の名を名乗った。
「まぁ……貴方様が噂の『天の御遣い』ですか? 会えて物凄く光栄です。折角名乗っていただけたのですから、私も名乗りませんといけませんね。私の姓は「司馬」、名は「懿」、字は「仲達」、そして、……真名は『仙蓼』と申します……。私の方こそ宜しくお願いしますね、御遣い様…… 」
普通であれば、彼女に悲鳴を上げられてもおかしくない筈なのに、彼女はさも当然といわんばかりに彼の手を握り返す。そして、そんな彼を頼もしい男でも見るかのように、うっとりした顔になると、彼女も自らの名を名乗った。
「『仙蓼』……なんて素敵なお名前なんでっしゃろ…… 」
「『佑』……なんて素敵なお名前なのでしょう…… 」
今互いに見詰め合う、佑と司馬仲達こと『仙蓼』。高祖劉邦が張良を、劉備が諸葛亮を、豊臣秀吉が竹中重治を、そして石田三成が島清興を得たように、及川佑は司馬懿と言う存在を得る。彼女という強力な後ろ盾を得て、今後、及川佑は曹家における自身の立場を徐々に強くしていく事になるのであった。
ここまで読んで下さり真に感謝いたします。
さて、今回は蓮華のお話を中心に描いた……積りです。前回で一心と雪蓮が急加速の大接近をしたのに対し、蓮華は行き成りアウェー状態です。
しかも、彼女が事情を話したのがきっかけで一刀と桃香が臭い告白合戦と言うオチ……。書いてて恥ずかしかった……。(苦笑
色々あって、最後に仲良くなれるかなァ~と思いきやそうではなかった!蓮華ちゃんも一刀に惚れ始め、桃香も黙っていないと、一刀争奪戦を勃発させちゃいました。この顛末どうしましょ?(汗 誰かいい案あったら教えてください。(嘘です
あと、蓮華のイメージですが、長髪バージョンです。単に私が長髪の方が好きなので、ずっとこれで行く積りで御座います!!(血涙
また、彼女の服装は、原作ゲームに出てきた私服姿を想像してもらえればわかりやすいかと思います。桃香の服装はアニメ版の真・恋姫で、最初に着ていた村娘の服装でございます。
雪蓮さんも露出を抑えておりまして、寒い北方を旅すると言う事で、長衣を着ております。ですが、明命ちゃんはゲームに出てきた私服(?)姿をイメージしています。
一刀が見たアニメは、有名な作品です。実は先日これの劇場版を見に行った影響で、ネタに使いました。君は誰とキスをする?
今回の追加エピソードは久し振りの及川君です。及川君はまさに『悲劇のヒロイン』っぽく不憫な扱いを受け捲くっております! 真・恋姫での魏編の一刀のポジションは正に彼なのです。
桂花の酷い台詞は、もう、真・恋姫を立ち上げて、イメージを確認して、みるさんの凶悪な桂花を意識して書きました。これでもか! これでもか! と言わんばかりに。
最後に出した孔明のライバル司馬懿こと司馬仲達なのですが、そんな彼女に首を真後ろに向けさせるという事をさせたのは、ちょっと拙かったかな?(汗 司馬仲達は首を真後ろに向ける事が出来たという逸話を聞いた事があるので、初登場からそれをやらせちゃいました。ゴメンナサイッ!
そして、真名の仙蓼(シェンリャオ、せんりょう)なのですが、これの花言葉は『恵まれた才能』という意味です。後に魏を専横した司馬仲達ですが、最初に召抱えられた時は文官だったとか。ですから、物凄い才能を秘めているというイメージで、彼女の真名を『仙蓼』にしました。
ちょっと、夜更かしが過ぎたものでして、今ハイになっております。だから、後書きの文章もちょっとぶっ飛んでるような……? 後で直そうかしら……?
まずは、改めて、ここまで読んで下さり本当に大感謝です!! 次回も頑張りますので、宜しくお願いいたします! 第八話でお会いいたしましょう!
それでは、また! 不識庵・裏でした~!