幕間其の伍「巴蜀からの新参者」 ――四――
お晩です、不惑庵・裏です。お昼には出勤せにゃならんので、前置きはここまでにしておきます。前回投稿から三週経過し、流石にこれ以上待たせるわけには行かないので、これまで書いた物を区切った奴を投稿いたします。
――五――
――あれから半刻(約一時間)ほど後、桃香の邸宅にて――
「下野してきたってっ?! ツツッ! 桃香、そ、そこ沁みる~~!! 」
「うん、あの二人、劉焉さんの所から下野してきたと話していたよ。一刀さん、じっとしてて。でないと、お薬がキチンと塗れないから 」
「それにしても、何で下野なんかしたんだ? 一郡の太守を任されていたんだ。それなりの身分だった筈なのに? ……まさか、謀反でも起こしたとか? それとも、或いは蜀からの間者なんじゃあ……? 」
「うーん、それは違うよ? 一刀さん。一応、それとなくは尋ねてみたけど、違うって言ってたし、何よりも紫苑さんの親友だしね? 実はね、劉益州(劉焉)が刺史から牧になった途端、以前よりも税率を上げる様各郡の太守に命じたみたいなの。あ、蜀からの行商人からもこれと同じ情報聞いてるからね? 」
「何だよ、そりゃあ?! 表向きは『州牧』でも、やってる事は『独立国家』その物じゃないかっ?! 」
「うん。他の太守は受け入れたみたいなんだけど、厳顔さん達は元々劉益州を嫌ってたみたいで、それに真っ向から反対したら、今度は謀反の疑いを掛けられたみたいなの 」
「で、こっちに来たって訳か? 」
「うん。厳顔さんが、魏さんを含めた部下や家人を含めた三十名を連れてここに来たのが三日前。丁度、一刀さんが酈の山賊討伐に出ていた時だった訳 」
「成る程、何であの二人がここにいたのか良く判った……イッツ~~ウ!! そこも沁みる!! もうチョイ丁寧にやってくれよ!! 」
「これでも可也丁寧にやってるんだよ? 一刀さん。一刀さんは男の子なんだから、ガマンガマン♪ 」
「うへーい…… 」
桃香から傷の手当てを受けながら、事情を説明されていた一刀であったが、薬が可也沁みた様で大きい悲鳴を上げると、彼女は苦笑いを浮かべていた。
「それにしても、何で魏延があそこまで桃香に入れ込んでたんだ? 三日前に仕官したばかりで、意気揚々としてるのもあるのかも知れないが、ちょっとおかしくないか? 」
「それは…… 」
一刀に尋ねられ、桃香が困った風に眉根を寄せると、扉を叩く音が室内に響く。
「はい? 」
『ご主人様、甘で御座います。厳顔様がお越しになられました。如何致しましょうか? 』
「それじゃ、こちらの方にお通ししてもらえるかな? 」
『畏まりました 』
桃香がそれに応じると、扉の向こうから若い女中の声が返ってくる。現在、桃香は国相と言う然るべき立場である為、それに見合うべく身の回りの世話をしてくれる使用人等を何人か雇っていたのだ。
元々、彼女は一心達に出会うまで貧しい村で一人暮らしをしてきたし、生活に必要な事は一通り何でも出来たが、今はそう言う訳にも行かない。身分が上がると言う事は、生活も保障される反面、それなりの息苦しさや不便さも生じてしまう。これに関しては甘受するしかなかったのだ。
余談であるが、この甘なる女中は従妹の奏香(劉封)の養父劉泌が自分の家で雇っている女中の一人で、桃香が奏香に頼んで寄越してもらったのである。その甘さん曰く、『家事から用心棒まで何でも出来ます』との事であったが、取り敢えず彼女には細かい所の掃除や洗濯等の手の届きにくい範囲での家事を任せていた。
彼女は十八と桃香と同い年で、ちょっときつ目がちだが美人だし、大きい乳房にくびれた腰、滑らかな曲線を描く程好い大きさの尻と、実に女らしさに溢れた体つきをしている。だが、それとは裏腹で、彼女にはやや口がきつい所があり、丁寧な口ぶりながらも可也毒を交えた発言をする事が多かった。例えば――
例:其の壱
「こんにちは甘さん。桃香はいるかな? 」
「これはこれは仲郷様……ご主人様に何の御用でしょうか? もしや、いつぞやみたいに、サカりの付いた犬や猫みたくワンワンニャンニャン吠えながら夜通しまぐわうお積りで? 」
「おごおっ?! 」
例:其の弐
「お待ちしておりました。宴の準備は整いまして御座います。ご主人様が今か今かと皆様方をお待ち兼ねです。ささ、こちらへ…… 」
「ありがとう、甘さん。それじゃ、お邪魔させてもらうよ? 」
「あ、仲郷様に皆様方。少し宜しいでしょうか? 」
「ん? 何か? 」
「え? 何かしら? 」
「何か言いたいのか? ならさっさと言ってくれよ 」
「一体私達に何を話したいのだ? 」
「うむ、雲長の申す通りだ。我々は桃香様との宴を早く楽しみたいのでな? 」
「これは失礼をば致しました。仲郷様の他に孫仲謀様と馬孟起様、そして関雲長様に趙子龍様と、今宵の顔ぶれを見ますからに、恐らくこの後、皆様方は仲郷様主導でご主人様をも交えた『情欲溢れる肉体の宴』を、それも白濁の汁濁で催されるかと思われますが、程ほどになさって下さいね? 」
「「「「「んなっ?! 」」」」」
「声が外に漏れてご近所迷惑になりますし、お掃除やらお洗濯やらと後始末の方も大変ですからね? 何せ、仲郷様と遊ばれた翌朝は寝具のお洗濯や寝所のお掃除が大変なのですよ? 仲郷様だけでは御座いません、皆様も閨に上がる前には、布なり紙なり何か拭く物を持って上がってくださいね? 遊ぶのは結構ですが、後始末をする者の負担も考えていただかないと…… 」
「「「「「……はい、前向きに検討いたします…… 」」」」」
と言ったやり取りがあり、一刀や蓮華を始めとした彼と親しい恋姫達は彼女を聊か苦手としていたのである。そんな『ちと怖い』彼女であるが、後日『甘夫人』と呼ばれ劉家の奥を取り仕切る様になるのだが、この時はまだ下働きの一女中にしか過ぎなかった。
「どうぞ、こちらで御座います 」
「うむ、かたじけないな 」
「いらっしゃい、桔梗さん。今お茶を用意させますから。甘さん、お客様にお茶の用意を 」
「畏まりました 」
「桃香様。まだほとぼりも冷めてない内から、行き成り家に上がり込んだ無礼をお許し下され 」
さて、その甘に案内され、厳顔こと桔梗が部屋に入ってくると、彼女は桃香に拱手一礼にて挨拶した。
「厳顔様、仲郷です。またお会い致しましたね? 」
「おおっ、仲郷殿もここに居られましたか……まぁ、桃香様と仲郷殿の関係は紫苑から教えられ、わしも存じております。だから、仲郷殿がここにいても何ら不思議は無いと言う物ですな? 」
「あ、あはははははは…… 」
一刀も厳顔に挨拶すると、彼女は含んだ笑みを共に彼に言葉を返す。
「で、桔梗さん。何の用でここに来たんですか? 若しかして、『魏さん』の件とか? 」
「はい、左様で御座います。あの阿呆ですが、まだ呆けておりましてな? 故に、部屋に入ったきり一歩も外に出ておりませなんだ。……桃香様に真名を『返上』されたのが余程堪えたみたいですぞ? 」
「なるほど、一刀さんの正論より私から真名を返上された方が効き目があったんだ…… 」
「はい、仰る通りです 」
「ですけど、それじゃ困ると思うんです。そんな調子だと、これから何かする時、誰かが諭そうとしても、魏さんは聞き分けないと言ってるのと同じ事ですから 」
「ああ、確かに桃香の言う通りだ。俺でさえこの有様だ。恐らく照世老師や兄上に説得されても聞かないと思うぜ? あそこまで酷い判らず屋、見た事ないぞ……あー、クソッ! 今更だけど、思い出したら腹が立ってきた……って、済みません。厳顔様の弟子を悪く言ってしまって 」
「ははは、構わん。寧ろ、本音を言ってもらった方が、こちらとしても気が楽になると言う物よ。アレは、直ぐ『意固地』になる性質でしてな? わしが何度も注意し、その都度仕置きをしても、一向に治る気配を見せませなんだ。本当に困った物よ…… 」
思わず本音を言った一刀に、桔梗は軽く笑い返して肩を竦めて見せた。
「うーん……だとすれば、当面の間魏さんは桔梗さん預かりにし、その間登城禁止並びに武官の地位を剥奪、平民に降格処分で良いですか? こんな状態だと、さっきみたいに誰かと揉め事起こしかねません。正直、政や軍議にも参加させたくありませんから……本当に申し訳ありません 」
そう言って、桃香は桔梗に頭を下げて謝意を示すと、慌てて彼女がそれを制す。
「おやめ下され。曲がりなりにも、貴女様はわし等の主。その主が一臣下に過ぎぬわしに頭を下げませぬな 」
「ですが…… 」
「それに、頭を下げねばならぬのはわしと、今ここにおらぬ度阿呆の方です。もし、仮にわしが桃香様の立場であれば、恐らくもっときつい罰を課していたかも知れません。また、あれの処分ですが、それに保護した女達への奉仕活動も付け加えて下され。呆けたままにさせるわけにも行きませんからな? 無論、勤めを怠らぬ様わしが見張っております故に 」
そこまで言うと、桔梗は一息吐き、再び言葉を発した。
「……あやつに関してですが、当面わしの下に置いて頭を冷やさせたいと考えておりましてな? 実は、その事でご相談致したく御伺いしたのです。尤も、桃香様に先に言われてしまいましたがな? はっはっは 」
「あはは……あ、そうだ。桔梗さん、ちょっと良いですか? 」
「おや? 何ですかな? 」
「実はですね、私達に教えて欲しいんです。魏さんが今の様になってる訳を 」
「何と? 焔耶の事を 」
「え? 」
「承知いたしました……ならば、奴の生い立ちから話さねばなりません。あれは、今を去る事彼是十数年前。……わしも紫苑も、まだ今の璃々位の幼子でした 」
桃香に尋ねられ、桔梗、一刀の両名が目を瞬かせると、桔梗は何処か遠くを見やった風でしみじみと語り始めた。
「わしの家は元々、巴郡に存在する一豪族でしてな? 一応それなりに大きい家でした。焔耶……魏延の親父※4魏孟纏は荊州の出で、武勇に優れており、わしの親父と知己を得ておりました。後に、孟纏殿はちょっとした諍いが切欠で、荊州に居られなくなり、親父の伝手を頼りに妻子を引き連れ巴郡に移り住んだのですが……何処かで聞きつけたのでしょう。当時の江州の県令がそれの武勇に目を付け、前任者が不慮の事故で亡くなり空席になっていた県尉に就けたのです。県尉は県の役職の中では上位に入りますからな? 故に、それに見合った高い禄が貰える訳です。これにより、魏家に幾らかばかりの繁栄がもたらされました 」
そこまで言うと、桔梗は用意された茶をすすって話を続けるが、この辺りから段々と表情に翳りが出始める。
「……然し、高い禄を得て良い暮らしが出来る様になると、矢張り何処か気の緩みが出てしまう物。彼は妻と娘がいる身ながら、偶々わしの親父と出向いた酒家にて、見てくれの良い酌婦に目を付け手を出し……結果、彼女を孕ませてしまったのです。その時生まれたのが焔耶でした 」
「「ッ?! 」」
我が耳が信じられないかの如く、表情が固まる一刀と桃香。そんな二人に桔梗は苦笑を浮かべた。
「確かに、耳を疑いたくなるかもしれませんが、これは紛れも無い事実です。そして、それからが大変でした。元々焔耶の母親は蓮っ葉で遊び人気質が強かったらしく、何と彼女は『真名は焔耶』との書置きと共に生まれたばかりの焔耶を孟纏殿の家の門前に捨てていくと、何処かへと行方を眩ませました 」
「そんなっ…… 」
「なっ……それでも親かよ? 」
「たった一度の過ちが焔耶をこの世に産み落とし、これまで円満であった家庭環境に亀裂を生じさせ……孟纏殿の奥方は離縁状を残すと家を去り、孟纏殿は孟纏殿で酒浸りの可也荒んだ日々を送る様になりました。焔耶は腹違いの姉を母代わりに育ちましたが、父親からは武芸の稽古と称した理不尽な暴力を振るわれたり、『お前は生まれて来なければ良かった』と呪詛の言葉を吐かれ続けたのです 」
「ひでぇ……元はてめぇの火遊びが原因だろうが…… 」
「うん……それって、自分の不始末が招いた結果を全てあの子に押し付けて誤魔化してるだけ……生まれた以上、親としての責任を果たさなくっちゃいけないのに…… 」
「ええ、正直話してる儂自身当時の事を思い出す度、孟纏殿への怒りが募ってきます。ですが、この手の話は豪族や貴族の家にはよくある事なのです。何せ、わしの親父も他所で女を作る度母上に雷を落とされておりましたからな? ……仲郷殿も心当たりは御座いましょう? 」
「うぐうっ!! 」
「……ねぇ、一刀さん……こう言うお話を聞かされたからには、少し『自重』しようね? あ、章陵での『おイタ』星ちゃんからぜーんぶ聞かせてもらったから 」
「ぬぐおおおっ?! 」
桃香からの思わぬ薮蛇に、一刀が面白おかしく顔を変形させると、桔梗は軽く笑い声を上げる。
「はははっ。まぁ、どうしても他の女を求めてしまうのも男の性の一つですからな? 話がちと逸れてしまいましたが、荒んだ日々を送っていた孟纏殿は次第に体を酒毒に蝕まれてしまい、挙句焔耶が七つにもならぬ位に泰山に召されてしまいました。残されたのは姉と幼い焔耶二人の姉妹のみ。結局、見るに見かねたわしの親父が二人を引き取り、新たな家族として迎え入れたのです。無論、この事に関してはわしも母上も異論はありませなんだし、わしとしても妹が増えた様でとても嬉しかったですしな? ですが…… 」
「“ですが”と言う事は、まだ何か問題でもあったんですか? 」
「その口振りだと……また何か大変な事があったのでは? 」
「はい、その通りです。厳の家の新たな家族になった魏姉妹でしたが、焔耶は父親から受けた仕打ちが原因で、極度の男嫌いに陥っており、わしの親父に対しても反抗的な態度をとっておりました。それに付け加え、親父との武芸の稽古を頑なに拒み続け、已む無く当時『ピッチピチの娘盛り』だったわしがあやつを教える事になったのです 」
「ピッチピチの…… 」
「娘盛り…… 」
桔梗の言葉に引っかかりを覚えたのか、一刀と桃香が顔を引きつらせていると、桔梗はキッと眦を吊り上げ二人を睨み付ける。
「失敬な、わしにだって娘時代がありますし、それにわしはまだ二十代ですぞ? 」
「「に、二十代…… 」」
「……ほほう、お疑いでしたらこれより三人で閨にしけ込みますかな? わしの体に直接問うて見れば良く判るものよ……それに、仲郷殿に桃香様と、十代のまだ若い男女の体を味わうのも悪くはありませんしなぁ? フッフッフッフッフ…… 」
「いやいやいやいやっ、それは後で、じゃなく厳女史、話が逸れてますよ? 」
「そそ、そうです、そうですっ! そちらの問い掛けは後で結構、じゃなく。桔梗さんっ、お話の続きをお願いします! 」
「はははははっ、冗談、冗談ですぞ? それに、可也おもての仲郷殿に手を出したら、要らぬ恨みを買ってしまいますからな? では、話の続きを致しますぞ? 」
変に話が『ソッチ』方向に飛び始め、桔梗の目に危うい物が混じり始めるが、二人が慌ててそれを制すると、彼女は一笑に伏して見せた。
「師代わりとして、わしがあやつに学問や武芸を教えてる内につれ、焔耶はわしに心を許すようになると、互いに真名で呼ぶ様になりました。そして、あやつの姉も焔耶が落ち着いたのを見て安心したのか、自分の時間を過ごせるようになり、やがて……とある男と恋に落ちました。然し、それが更なる悲劇を招いたのです 」
そこまで言うと、伏目がちで何処かを遠く見やる桔梗。この彼女の表情に、一刀と桃香は重苦しい話を聞かされてる事を改めて思い知らされる。
「彼女――※5公結は焔耶と六つ違いの姉は、わしより少し年少でしたが当時は娘盛りの年頃で、しかも器量良しと、近辺では大変評判が良かったのです。無論、言い寄る男も引く手数多でしたが、その都度わしや焔耶が必死で追っ払った物です。そんな中、公結は閻文平と申す男と付き合い始めました。その閻文平ですが、文武両道で容姿端麗と周囲からの評判は良く、公結との組み合わせは、誰から見ても理想の物でした。当時、わしの家族も二人の交際を認めておりましたし、焔耶も最初は嫌がっておりましたが最後には渋々認めました物です 」
「その理想の恋人同士の二人だったのに、何故更なる悲劇を招いたんですか? 」
「そうですよ。話を聞くからに、そう言った悲劇とは程遠そうに思えるんですが? 」
「……どうやら、お二人はまだ十代とお若う御座いますから、世の醜さをまだ知り尽くしてないと見える。始めの内はどんなに『愛している』と互いに言い合っていても、男女の何れかが『特権』と言う猛毒に侵されてしまえば、忽ち脆く崩れてしまう物。閻宇の能力に目を付け、当時の有力者から縁談を持ち掛けられると、あっさりそちらの方へと鞍替えしてしまい。彼は公結に無理やり別れを告げると、直も追い縋る彼女に惨い仕打ちをしたのです…… 」
すると、桔梗は自分自身を落ち着かせるべく、常時携帯している酒瓶を空の茶碗に傾けると、酒で満たされたそれを一気に煽った。
「恐らくですが……あの男の本性が出たのでしょうな? 閻宇は数人掛かりで彼女を乱暴し、あらん限りの辱めを与えただけでなく、二度と人目に出れぬほどの傷を負わせたのです。公結は元の形が判らぬ程に顔を殴られ、鼻や歯をへし折られただけでなく、顎の骨までやられてしまい、あれだけ美しかった顔が完全に壊されてしまいました。他にも腕や足にあばらの骨まで折られ、純潔を穢し、挙句の果てに……『別の所』までをも穢し、そこにできた深い傷の影響で数日も経たぬ内に世を去りました 」
「え? 」
「なっ……?! 」
その内容に完全に言葉を失う桃香と一刀。特に一刀の脳内ではつい先日見た光景が鮮明に蘇る。見たくも無かった光景を思い出し、一刀は露骨に顔をしかめた。
「き、桔梗さんっ、そこまでされたのに、何でその男を罰せられなかったんですかッ?! 」
「そう、確かに桃香の言う通りだ。幾ら有力者に目を掛けられたからって、そこまでやって許される訳が無いだろうに!? 」
完全に怒りを露にし、正に『憤懣遣る方無し』の二人であったが、それに対し桔梗は苦笑一つ浮かべると、空になっていた二人の茶碗に酒を並々と注ぐ。
「まぁまぁ、先ずはそれを飲んで一旦気分を落ち着かせて下され。先程の仲郷殿の科白では御座らぬが、話は最後まで聞いて貰わんと判ってもらえませなんだからな? 」
「済みません……確かにそうでした 」
「申し訳ありません。物凄くお見苦しい所を見せてしまいました。ハアッ、俺も人の事えらそうに言えないよな~~ 」
そう自嘲気味に笑い、一気に茶碗を傾ける二人であったが、可也強かったのか両者とも激しくむせ込んだ。
「ケホッ、ケホケホッ……このお酒、物凄くきついよっ!? 」
「ブホッ、ゲホゴホッ、なっ、何じゃこりゃあ?! 昔爺っちゃんに飲ませて貰った芋焼酎よりきつかっ!? 」
訳:「ブホッ、ゲホゴホッ、なっ、何じゃこりゃあ?! 昔爺っちゃんに飲ませて貰った芋焼酎よりきついぞっ!? 」
「はははっ、それは『白乾児』と言って可也強う御座います。『白酒』と申せば判りますかな? 」
「「パ、白酒…… 」」
と、したり顔で笑い声を上げる桔梗から飲まされた物の正体を告げられ、それに思わず二人が絶句するが、それを頃合と見て桔梗は話を続ける。
「どれ、少し気が和らいだと思えますので、話を続けますぞ? 無論、家族に惨い仕打ちをされ、黙ってる親父ではありませんでした。親父は、当時既に刺史になっていた君郎めに文を送り、奴の非道を訴えたのですが……『戯言』と一蹴され、聞き入れてもらえませんでした 」
「何でそうなったんですか? 紫苑さんから劉益州の酷い遣り方は耳にしていますけど、幾ら何でもそこまでは酷くは無いんじゃないんですか? 」
「話を聞くからに、厳女史の家は影響力が強かったと見ます。だのに、それ程の家からの訴えを無視すると言う事は、その度腐れ外道の背後に可也の大物が潜んでいた事になりますよ? 」
「お二人の言わんとしてる事は判ります。閻宇に縁談を持ちかけ、奴が仕出かした所業を君郎に握りつぶす様仕組んだのは…… 」
そこまで言うと、桔梗は大仰に息を吐き、自身を落ちつかせ様とするが、名すら言いたくない程憎いらしく、忌々しげに顔を顰め、全身をわなわなと震わせ、怒りの気炎が燃え盛っていた。
「君郎の寵愛を一身に受けていた『黄皓』なる宦官なのです…… 」
「「黄皓? 」」
(黄皓――確か、蜀の二代目劉禅の寵愛を一心に受けた宦官で、奴はそれを笠に着て蜀を思うがままにしただけでなく、姜維からの再三の援軍要請も握りつぶし続け、蜀漢滅亡の要因になった佞臣だ。演義では処刑されたが、史実では鄧艾の部下に賄賂を渡して消息を絶ち、最後の最後まで狡猾だったんだよな。そして、次の閻宇だが、あれは演義じゃ碌な功績も挙げてない癖に、黄皓に取り入り、姜維に取って代わろうと画策した小人物だ……どうやら、この魏延絡みの話は、可也因縁深そうだな? )
“黄皓”――桔梗に続くかの様に、その名を口にする二人であったが、その一方で一刀の脳内ではそれに該当する人物を検索し、この二人の所業を思い出す。そして、この話の裏ッ側に一刀は何か強い悪意が潜んでいるのを感じた。
(……若しかすると、今の厳顔さんの話。俺達の今後に関わる可能性大だな……って、今は帝が崩御したばかりだし、陽様は未だ心が落ち着いていないんだ。第一、今の南陽には対外行動を起こす余裕も無い。取り敢えず今は話を聞くだけ聞いておこう )
桔梗の話に何となく予感を抱く一刀であったが、劉宏が没し混迷を極めている今の時期にそぐわないし、それ以前に何か事を起こすにしても、今の南陽には大規模な軍事行動を起こす力も無いのだ。今後の事は後で考えよう――そう結論付けると、一刀は再び桔梗の話に耳を傾ける。だが然し、この時一刀が抱いた予感は後日的中する事となった。
※4:魏延の父親は名前が不明の為、今作独自の設定にしています。
※5:魏延の腹違いの姉の名も、今作独自の設定です。
ここまで読んでいただき真に感謝。今回は桔梗さんの昔話(まだ途中ですけど)がメイン。焔耶の出生や過去を語ってもらいました。自分から見て、焔耶は「反社会的・桂花と同レベルの意固地な男嫌い・不協和音・春蘭とどっこいのOBAKA」ってなイメージでしたので、ンじゃなんでそうなったのか? ベタで御座いましたが、あんな感じの過去にしました。
あ、焔耶に姉がいたと言うのは、アニメ版からの引用です。お父ちゃんやお姉ちゃんの名前も、本作独自の設定なので、真に受けないで下さいね?(汗
黄皓と閻宇――蜀ファンから見れば「殺したい奴ワースト5」に入るでしょうね~特に黄皓。コイツ、史実では上手い事逃げたんですよね。最後の最後までむかつく奴ですよ。
閻宇ですが、長年功を挙げながらも、宿将の一人馬忠に遠く及ばずと評され、黄皓に阿り姜維に取って代わろうと画策するなど、国の現状より自分の栄達しか考えていない奴だったと思います。
昭烈異聞録に登場させる悪役キャラにある意味相応しいなと思い、取り敢えず今回名前のみ登場させました。
二話のラストの方で、桔梗の台詞で『そう、都から君郎様にくっついてきた、あの忌々しい宦官のせいでなッ!』と言うのがありましたが、『忌々しい宦官』とは黄皓の事です。奴のポジションは最初の方から決めていました。
まだ桔梗さんのお話は続きます。今日仕事から戻ったら、更新作業の続きに入ります。12時には家を出ないといけないんで、今日はこれにて失礼致します。
それでは、また~! 不惑庵・裏でした~~!!
追伸:甘さんのCVイメージですが、一色ヒカルさんで御座います。