幕間其の五『巴蜀からの新参者』 ――参――
こんにちは、皆さん。後十五分後には出勤しなきゃならない不惑庵です。
午前中の時間使って、先程本文を書き上げましたので投稿致します。また、今回は前回の後書きで書いた『予告』通り、とある人物が出てきます。
それでは、昭烈異聞録最期まで楽しんで頂けたら嬉しく思います。
――四――
「このおおおおおおおおおおおおっ! 高が男の癖にいっ!! 貴様の様な口だけ男、修正してやるッ!! 」
「コレガワカサカーッ!! 」
一刀に言い伏せられ、逆上した魏延が彼を殴り飛ばしたのである。突然の事に対処できず、モロにその拳を浴びた一刀は意味不明の悲鳴を上げつつ、もんどり打って部屋の片隅に転がされる。だが、彼女の攻撃はこの一撃だけではなかった。勢いを駆って、彼女は一刀に躍り掛かるや馬乗りになり、彼に拳の連打を浴びせ始めた。
「このこのこの~~っ!! ワタシは男、それも貴様の様な口だけの根性無しが一番嫌いなんだ!! 」
「グッ、ガッ! そ、その口だけの根性無しが、二百人の山賊を討伐出来ると思っているのか? 常識で考えれば判るだろう?! ウグッ!! お、俺だって、昨年黄巾賊と命がけで戦ったし、それなりに場数は踏んでいるッ!! そ、それに口だけと言うのは、理屈ばかりで実が伴ってない事を指すんだ。もう少し考えてから言葉にしろ!! 」
「な・ん・だとぉ~~~~!! あ、ああ言えばこう言う、貴様の頭の中には『詭弁』しか詰まっていないのかッ!! このワタシをどこまでもコケにして……!! もうっ、我慢の限界だ!! 」
「……(参ったな、ここまで話が通じないとは…… ) 」
殴られた影響で眼帯がずれ落ち、白く濁った右目がむき出しになりつつも、一刀は彼女に哀れみの混じった眼差しを向ける。それを見て、魏延は更に声を荒げた。
「貴様っ、何だその目は!? ワタシに殴られて何故殴り返そうとしない?! 貴様も武人なら殴り返して見せろッ!! 」
「……俺は君と戦をしているんじゃないんだ。君が納得行かないって言ってたから、俺はその理由をキチンと述べただけに過ぎないし、況してや君は女性だ。生憎と、俺は戦の時以外で女を殴る拳を持ち合わせては居ないんでね? 」
殴られた衝撃で切ったのだろうか、口元ににじんだ血を右手の甲で拭いつつそう言う一刀だが、当の彼女にその言葉の真意は届いていなかった様だ。
「ふんっ、そうか? 然し、ワタシには貴様を殴る理由が大いにあるッ!! 貴様が殴らなくともワタシは―― 」
そう嘲ると、口元を醜く歪ませ、更に拳を叩き込もうと右腕を振りかぶる。
「焔耶ちゃん……いい加減に……しないと……!! 」
「魏延ッ、貴様あっ!! 傍若無人な振る舞いも大概にしろッ!! 」
「魏延ーンンンッッッッッッ!! 一刀様への乱暴狼藉、絶対に赦せぬ!! ここから先は私が相手だ!! 」
「この痴れ者めっ!! 貴様は人の皮を被ったケダモノかッ!? これ以上一刀殿への暴力はこの趙子龍が赦さぬッ!! 」
「こぉんのおおおおおおおおおおおおっ!! 表へ出やがれっ、この生意気女ッ!! 手を出してないのに一刀を殴りやがって、絶ェ対に赦さねぇっ!! 」
「好い加減にしろいっ、この阿婆擦れっ!! 野郎ども、この女ッ子に礼儀を教えてやるぞっ!! 徹底的にヤキ入れたらあっ! 」
「「「「「「合点承知之助ッ!! 」」」」」」
「鈴々も完全に頭にきたのだー!! ここから先は鈴々が相手になるのだー!! 」
とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、桃香と蓮華が怒りを露にし、完全に激昂した愛紗を始め他の面々が動こうとしたその瞬間であった。
「焔耶あああああああああああっ!! 何を考えておるのだ、お前はぁあああああああああああああああああああ!! 」
「ぐあっ?! 」
それは別の方から上がった怒声と共に掻き消された。行き成り一刀の視界に一人の女性が割り込んでくると、彼女は物凄い勢いで魏延の顎に拳を叩き込んだのである。
「このっ、この大馬鹿者がああああああああああああっ!! まさかっ、まさかそこまで考えなしだったとはなあっ!! 」
「うぐうっ!! 」
可也強力であったのだろうか、天井に吹っ飛びそうな位に魏延は殴り飛ばされた。だが、これで終わりではない。地面に叩きつけられる直前、又しても女性の拳が魏延の頬を捉える。
「「「…… 」」」
「き、桔梗!? 」
余りにも強烈な印象だったのか、女性が魏延を殴ってる間、一同何も言えなくなってしまい――女性の事を知ってる紫苑だけは別だったが――只々成り行きを見守っているだけしか出来ない。
何故か、この時一刀には紫苑から桔梗と呼ばれた女性が、魏延を殴ってる背景に燃え盛る太陽や星々が煌く宇宙空間、更には盧山の滝が見え、極め付けに「BAKOOOOOOOOM!!」とか「JET!!」等と在り得ない擬音が飛び交ってるようにも見えた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラドラララララララララララララララ無駄無駄無駄無駄無駄無駄アッ! 」
「ぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわっ! 」
まだ、桔梗による魏延への制裁は終わっていない。物凄い勢いで拳の雨霰が繰り出されると、最早魏延は指一つ動かせなくなり、完全に殴られっぱなしである。
「オララララァーーーーッ!! 」
「グワアアアアアアアアアアアアアアアーーーッ!! 」
そして、止めの一撃が魏延を捉える。桔梗から渾身の一撃叩き込まれ、魏延は部屋の壁に思い切り叩きつけられると、叩きつけられた壁には少しばかりのひびが入っていた。
(ふへぇ~~、昔読んだ漫画で似た様なシーンがあったけど、思わず『ドッギャアアアーン!!』って擬音を使いたくなりそうだな? )
等と、思わず場違いな事を考えてしまう一刀。
「やれやれじゃな 」
(あ、あのポーズ……『バァ~~ン!』とか『ドォ~~ン!』って文字が見えそうだ…… )
そうぼやくと、左手で顔を覆い、妙な姿勢を決める桔梗。こんな状況にも拘らず、又しても一刀は昔読んだ漫画を思い出す始末。尤も、この時の彼の顔も、その漫画風な表情で固まっていたのだが、これは余談。
「全く……尻が青い頃からお前の面倒を見てきたが、ここまで酷いのは今日まで見た事が無かったぞ?! 」
「う、ううう…… 」
と、桔梗は呻く焔耶の首根っこを掴んで一刀の方に向かい、そして……彼女の頭を押さえて床に叩きつけると同時に、自身も深々と頭を下げた。
「まっこと、申し訳ありませなんだっ!! この大馬鹿者による仲郷殿への無礼の数々、心の底からお詫び申し上げる!! 焔耶アアアアアアアアアアアアッ!! 貴様も詫びを入れぬかっ!! 態々正論を言って諭そうとした仲郷殿に暴力を振るい、貴様は人として最低の行為を働いたのだぞ?! 謝れッ、謝らぬかあああああああああっ!! 」
「ぐうっ! 」
「え、ええと……お尋ね致しますが貴女様は? もし、宜しければお名前をお聞かせ頂きたい。某は劉北、字を仲郷と申します 」
未だ状況がつかめてないのか、少し呆然とした風で一刀が尋ねると、桔梗は朗々と名乗りを上げた。この桔梗であるが、義姉紫苑と同年代かやや上位かと思われ、熟成した雰囲気の中にそこはかとない若さも感じられる。
「おお、これは失礼。わしは厳顔と申す者で、一応この度阿呆の師母をしており申す。貴殿が仲郷殿ですな? 貴殿の事は我が友黄漢升からの文で存じておりましたぞ? 」
「!? 」
桔梗と名乗った厳顔からの挨拶を受け、思わず一刀は驚いてしまった。何故ならば、厳顔とは元は劉璋の臣で、蜀攻略中の劉備に降りそのまま彼の臣下になった人物である。厳顔と聞けば、黄忠との老将タッグを思い出すが、生憎と目の前の彼女は妙齢のご婦人であるし、義姉紫苑に少し雰囲気が似ていた。
「貴女が厳顔様でしたか。我が義姉黄漢升から、貴女様の事を良く聞かされておりました。気骨に溢れ豪放磊落、それでいて公明正大と、郡の太守や一軍の将を安心して任せられる一代の女傑であると 」
「いやいや、それは単にあれがわしを買被ってるだけの事。ですので、真に受け成されるな? 」
ここの世界の厳顔について、義姉紫苑から色々と聞かされていた事もあり、一刀は多少なりに彼女の事を知っていた。だが、その義姉からの話では、確か厳顔は益州牧劉焉の配下で、現在巴郡の太守を任せられていた筈。そこら辺に引っかかりを覚え、敢えて尋ねる事にしてみた。
「……確か、厳顔様は現在巴郡の太守であると聞かされております。何故ここに……? 」
すると、桔梗は苦笑交じりで答える。
「ははは。それなのですが、ちと訳ありでしてな? 故に此度友人たる黄漢升の縁を頼り、こやつ共々ここの世話になる事になり申した。以後宜しくお願い致す。ほれ、お前も詫びを入れぬか!? 」
「くうっ……嫌だ!! たとえ桔梗様と言えども、誰がこんな奴に頭を下げる物か!! 」
と、頭を押さえつけたままだった傍らの魏延に言い放つが、当の彼女からの返答は『否』である。どうやら意固地になっているのか、言葉だけでも反省する素振りさえ見せず、その態度がまた桔梗の逆鱗に触れた様だ。桔梗は魏延の頭を一旦持ち上げると、また更に床に強く叩きつけた。
「まだ言うか、この度阿呆がっ!? 」
「がっ!? 」
「……厳顔様、もう良いですよ。今の魏殿に何を言っても届かないと思いますし、それにこんな状況で謝ってもらった所で、自分の方としても納得出来ません。だから、もう良いですよ 」
「くそっ……!! 」
そう言って一刀は地べたに頭を叩きつけられた魏延を一瞥するが、当の彼女は反抗的な態度を改めてない様で、未だに敵愾心をむき出しにした表情を一刀に向けていた。
「一刀さん、大丈夫? うわっ、殴られた所腫れてるよ!? 」
「一刀、口から血が……早く手当てしないと 」
「やい魏延ッ!! よくも……よくも一刀を殴ってくれたなあっ!? 後で覚えてろよ、コンチクショウ~~~ッ!! やられたら、倍返しだッ!! 」
「魏延……此度の仲郷様への辱め、この関雲長生涯忘れぬッ!! この償いは絶対にしてもらうからなッ?! 孟起の言葉ではないが……倍返しにしてやるッ!! 」
「魏延よ……悪し様に面罵されたにも拘らず、正論を述べて諭そうとした仲郷殿に貴様は暴力で応えると言う、武人として、否ッ、人として尤も恥ずべき行いをしたのだっ!! 況してや新参の貴様と異なり、仲郷殿は桃香様の半身とも言える存在。その半身に手を出したのだ、然るに後でそれなりの咎を受けるのを覚悟しておく事だな? だがその前に……一刀殿に土下座しろっ!! 」
そして、一刀の元に五人の恋姫達が一斉に駆け寄ると、桃香と蓮華は心配そうに一刀の顔を覗き込み、翠、愛紗、星の三人は魏延への怒りを露にし何れも歯を向ける。
「……くうっ 」
三人から詰られ、魏延は悔しげに顔を顰める事しか出来ず、その一方で桔梗は桃香達の方に顔を向けると、又しても魏延の頭を地べたに叩きつけ、平身低頭で詫びを入れた。
「桃香様、左国丞様(蓮華の役職名)そして皆々様方ッ!! 此度のこやつの愚行は、わしの監督不行届きです! 況してや、お二人にとり、いえ皆々様方にとって仲郷殿は掛け替えの無い方であるのに、そのお方にこやつは難癖を付けた挙句手を出してしまいました! ……こやつの罪はわしの罪、故に咎はこやつ共々甘んじて受ける所存。本当に、本当に申し訳御座いませなんだっ!! 」
「ッ……! 」
「待って、蓮華ちゃん 」
「桃香?! 何故止めるの!? 」
「今、私も蓮華ちゃんも可也感情的になってると思うんだ。そうなると取り返しの付かない結果を招きかねないし、一旦落ち着いて頭を冷やしてから考えよう? ……焔耶、ううん、魏さんへの『処分』をね? 」
その言葉を耳にし、何か言おうと蓮華が動くが、其れを桃香がやんわりと制す。――が、その彼女が吐いた言葉も、魏延には可也きつく聞こえる物であった。何故ならば、魏延の事を『真名』ではなく、彼女の姓である『魏』の一文字でしか呼ばなかったからである。しかも、先程まで『焔耶ちゃん』と親しみを込めていたのが『魏さん』呼ばわりで、もう完全にあからさまな他人行儀扱いだ。
「と……桃香様ッ?! 」
思わず我が耳を疑い、魏延が愕然とした表情を桃香に向けるが、その彼女はにっこり笑みを交えてこう述べたのである。
「魏さん、さっきあなたが散々罵った挙句に殴りつけた仲郷さんは私にとって大切な人だし、ここの皆にとっても大切な人なの。あなたが男嫌いだと言うのは桔梗さんや紫苑さんから聞かされていたけど、ここではそれが通用しないし、そこら辺をキチンと理解してもらわないと困るの。だから、それを改めない限り今後魏さんを『真名』で呼ぶ事は出来ないかな? 」
「あ、あ……桃香様…… 」
未練がましく、まるで捨てられた仔犬の様な眼差しを向ける魏延に対し、桃香は嘆息すると躊躇無く言い放った。
「フウッ……追って沙汰を下すから、それまで桔梗さんの所で謹慎しててね? 無論、私のそばに来るのも駄目だよ? 」
「ん゛な゛っ?! 」
その言葉は、一刀に言われた物より可也堪えた様である。魏延は何も言えずに固まってしまい、漫画的表現を用いるならば『白く固まっている』で、白黒の二色で彩られた彼女の頭髪も黒の部分が一気に白くなったように思えた。
そして……このやり取りを見ていた周りの面々も一気に表情が凍りつく!!
劉北曰く
「うへぇ~~、こりゃあ劉備を妄信する魏延にとっちゃ強力なダメージだろうなぁ……桃香も徐々にリーダーとしての自覚が強くなってきてる。嬉しいけど、何だか怖い…… 」
孫権曰く
「と、桃香って、前々から怖いところあるなって思ってたけど、最近もっと怖くなった様な気がするわね? 一瞬、母様を思い出してしまったわ 」
孫策曰く
「へぇ~~楼桑村のホンワカ村娘から、随分と変わった物よね? だけど、これ位の態度で臨まないとウチの母様や曹操相手に立ち回れないわ。蓮華もそこら辺見習わないと駄目よ? 」
関羽曰く
「あ、義姉上……今の私には義姉上が頼もしくもあり恐ろしくも見えます…… 」
張飛曰く
「と、桃香おねえちゃん、なんだかとっても怖いのだー…… 」
馬超曰く
「顔は笑ってるけど、目が笑ってねェ!! あの目……マジギレした時の母様にそっくりだ!! 」
趙雲曰く
「……あの目、あの時愛紗と二人で一刀殿に夜這いをかけて見つかった時にしていたのと同じ物だ……矢張りこの方は怒らせると怖いな? 」
劉思曰く
「ほぉ~~、桃香も随分言う様になったじゃねぇか? 兄貴としては嬉しい限りだぜ。……と言う事は、おいらも気を引き締めねェといけねぇな、こりゃあ? 」
諸葛瞭曰く
「……桃香殿も、自分なりに学ばれたようだ……例え個人的に可愛がっていたり目を掛けていた人物であったとしても、罰するときは公平に罰さねばならぬ。嘗て私がそうした様に…… 」
諸葛亮曰く
「文長さんには気の毒かもしれないけど、流石に自業自得だし、桃香様の判断も当然だよね? 雛里ちゃん 」
龐統曰く
「うん、私もそう思うよ、朱里ちゃん。文長さんは桃香様に入れ込んでたし、桃香様も満更ではなかった様だけど、それとこれとは別。ここで桃香様が文長さんに情けを掛けたら、筋を通した一刀様に面目が立たないと思うよ? 」
と、一同がそれぞれ桃香について内心思ってる最中。完全に茫然自失の魏延の首根っこを桔梗が無造作に引っ掴んだ。
「あ、あ…… 」
「全く、呆けてばかりでないで、キチンと玄徳様にお答えせぬかっ、情けないッ!! 玄徳様、今のお言葉この厳顔しかと承りましたぞ? 」
「桔梗さん、それじゃお願いしますね? 」
「はっ! お任せあれ。ほれ、焔耶よ立たぬかっ! 貴様のその腐った根性、もう一遍わしが鍛え直してくれるッ!! 」
「と、とうか……さま…… 」
涙と鼻水を垂れ流し、呆けた表情を桃香に向け、うわ言を言う魏延。然し、そんな彼女を桃香は伏目勝ちで見据えると、また更に桔梗に言葉を掛ける。
「……若し、桔梗さん一人の手に余る様でしたら、援軍として関老師達を送りますから…… 」
「関老師……おおっ!! 想貫(紫苑の最初の夫の賈龍の真名)、いや賈龍に瓜二つなそちらの御仁ですなっ? それならわしも大歓迎ですぞっ!? ……それに、『色々』と尋ねてみたい事もありますしなぁ~~! 」
「むっ? 」
行き成りご指名を受け、困惑気味な表情を浮かべる義雲(男関羽)に対し、やや頬を赤らめ期待するかの様に熱い視線を送る桔梗。彼女は無意識の内に舌なめずりをしていた。
「アレの長さや太さに、持久力は如何程の物か、どれ位わしを満足させられるのか、そこら辺もじっくりと尋ねて見たい物よ……フフフフフフフ(何せ、わしの『初めて』を捧げた漢と瓜二つだし、そちらの方でも瓜二つだと良いのだがなぁ? フフフフフフフフフ…… ) 」
「なっ?! 」
ちと話が横道に逸れてる様である。魏延の首根っこを掴んだまま『女』の表情で身悶えする桔梗に、若干ながらもたじろぐ義雲。すかさず、そこに紫苑が割って入ると彼女は義雲の左腕に細腕を絡め、同じく『女』の表情で親友を艶かしく見やる。
「あらあら桔梗……人の夫に『ナニ』を尋ねる積りなのかしら? 」
「紫苑っ? 」
「『ナニ』とな? 決まってるだろう……無論『ナニ』、否、『男と女のあり方』についてよ。酒と喧嘩に好い男……女として生まれた以上この三つを愉しまねば、人生つまらぬとは思わないか? 」
「そうねぇ、ウフフフフフフフフ…… 」
「き、桔梗さん、紫苑さんッ? 」
何れも『女』の顔で笑みを浮かべてるが、何故か両者の間には火花が飛び散ってる様にも思え、そんな彼女等に中てられ顔を強張らせる桃香。何とも言えぬ異様な空気が場に立ち込め始めるが、突如パンパンと手を叩く音が響き渡ると、それはあっと言う間に掻き消されてしまった。
「お惚気はそれまでにして頂けませぬかな? 話が進みませぬし、何よりも国相閣下や皆が困惑しておりますぞ? 」
「一心兄さん? 」
「むっ、兄者 」
「あらやだ、失礼致しましたわ。義兄上様 」
「ほほう…… 」
手を叩いたのは他ならぬ一心で、この時彼は本来の姿で二人の熟女――もとい女傑をやんわり諌めたのである。
「はははっ、これはしたり。流石は桃香様をお育てし、皆から『大哥』と呼ばれて慕われてるだけある。忝く思いますぞ? 伯想殿……出来れば、貴殿ともじっくり語り合ってみたいところですなぁ? 」
「いやいや、礼には及びませぬ……そちらの方ですが、生憎この伯想何かと忙しい身。何れ間が空いた時にでも……(悪ィが、遠慮させてもらう ) 」
「フフフ、ならばその時が来るのを愉しみにしておりますぞ? それでは、皆様方。今日はこれにて失礼致す。ホレ、焔耶よ。わしと共に戻るぞ? 」
「…… 」
一心にまで艶かしく熱い視線を送った桔梗であったが、ここから辞去すべく皆に一礼すると、未だ呆けた表情の白化した魏延を荒っぽく引き摺り、自身は意外と優雅な足取りでこの場から去って行くのであった。
「なぁ、桃香 」
「ん? なぁに、一刀さん? 」
魏延に殴られた頬に手を当てつつ、一刀は桃香に尋ねる。
「あの二人、何時頃ここに来たんだ? それに、紫苑義姉さんから前に聞かされた話だと、確か厳顔さんは巴郡太守の要職に就いていた筈。なのに、何故? 」
「うーん……まずは傷の手当てをしながら話すね? 」
そう答える桃香の顔には、多少なりの苦笑いが浮かんでいた。だが然し、この一件が切欠で焔耶こと魏文長は悪い印象を周囲に植え付けてしまい、信頼回復に少しばかりの時間を要する羽目になったのである。
この魏文長について、後世の歴史家『家 康像』は以下のように評している。
『魏文長は、誇り高く勇猛果敢で惚れ込んだ人物に一途であるが、その反面協調性を欠く嫌いがあり浅慮と、可也使い辛い人物であったに違いない。この点に関しては曹孟徳配下の夏侯元譲に酷似している。
魏文長が劉玄徳の麾下に入った当初、彼女の宿将中の宿将劉仲郷に因縁をつけた挙句理不尽な乱暴働きをし、その結果周囲から大顰蹙を買い、暫くの間毛嫌いされたのは余りにも有名で、笑い話や悪い引き合いにもされてしまった。
後に、この話を人伝で聞いた曹孟徳が自身の配下の夏侯元譲と荀文若に『行いを改めないと、魏文長の様に総好かんを喰らうぞ?』と諌めたと言う逸話まであり、妄信者が組織運営に如何に大きな障害をもたらすかの具体例にされたのである。
また、劉玄徳は魏延の事を『我が※3子顔』と呼び、これを聞いた魏延本人は雲台序列第二位の呉漢と同等に評してくれてると喜んでいたが、どうも劉玄徳は『武勇や一軍の将としては一級品だが、人格に難がありすぎる』とある種の皮肉を込めた様である。
そんな問題児の彼女であるが、彼女もまた劉玄徳の創業に大いに貢献した一人であるのも、間違いなく確かな事実である 』
※3:光武帝劉秀の配下の一人、呉漢の字。呉漢は武勇と将才に優れており、大きな戦功を立てたが、人格に難があり配下きっての問題児であった。荊州の群雄討伐の折、南陽郡新野で略奪行為を行い、その結果同じ光武帝の配下の鄧奉(新野が故郷)の怒りを買い、彼が謀反する切欠を作る。が、それでも光武帝の漢王朝再興に大いに貢献し、後に雲台に第二位として序せられた。
ここまで読んでいただき真に感謝。
今回は厳顔こと桔梗さんを登場させました。矢張り焔耶を出す以上彼女も出さなくてはいけませんし、ブレーキ役がいないと話になりませんからね?(汗
書いてて、魏延、焔耶ファンには手厳しい内容になってしまいましたが、彼女の場合「悶着起こしてから本題に入る」っぽい感じがしたので、敢えて今回ああいう流れにいたしました。
昔、大沢美月さんと言う方が描いた『ファイアーエムブレム~聖戦の系譜~』の漫画版で、巻末コメントで『ベオウルフを出さない理由ですが、実はベオウルフが好きじゃないんです』と書かれており、それがファンからの顰蹙を買い、抗議のレターが殺到したとか。
この事を思い出し、私もこう言った作品を書く以上、例え苦手だったり好きじゃないキャラでも、出さない真似はしないようにしてる積りです。本音を申さば、春蘭と桂花、焔耶は苦手ですし、思春もやや苦手キャラです。
だけど、苦手でも苦手なりに上手く乗り切らねば! キャラの扱いが偏って度へたくそな私ですが、今後とも宜しくお願いいたします。
……イカン! 早く家出ないと遅刻する!! と言う訳で、今回はこれまで!!
それでは、また~! 不惑庵・裏でした~~!!
……来月休みが六日しかないって、勘弁して欲しい……。