表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第三部「天下鳴動編」
45/62

第三十八話「章陵の大掃除 其の四」

 前回投稿した「章陵の大掃除 其の参」を編集しなおした物です。追加エピソードは御座いません! 

 


 ――二十壱――




 ――あれから数刻の後、伏完の屋敷の門前にて――



「それでは、頼んだぞ? 間違いなく、その文を宛に居わす国相閣下に届けてくれ 」


「はっ、畏まりました 」



 文を携えた早馬を見送り、少し安堵したのか一心は軽く伸びをしながらひとりごちる。



「ふぅ……体は若返っちゃいるが、おいらも昔に比べて随分と丸くなったもんだ。これが昔のおいらだったら、多分全員ぶっ殺して、事後報告ってぇ形にしていたかも知れねぇな? ハハハハッ 」



 そうこぼす彼の脳裏には過去の失敗談が過ぎり、当時と今を比較し思わず苦笑いを浮かべていた。



「んんっ? 」



 ふと、誰かの気配を背中に感じ、一心は後ろを振り返る。すると、そこには小さな美姫が熱を帯びた眼差しを彼に向けていた。



「おっ、大喬ちゃんじゃねぇか。一体ぇどうしたんだい? 」


「え、ええとその……いっ、一心様っ、どうか夜伽の相手をさせて下さいっ! 」


「おいおい。もう夜と呼べる時間帯じゃねぇし、もうちょいで朝になっちまうぜ? 」


「あうう…… 」



 恐らく、元来の彼女の主人たる雪蓮から、積極的に奉仕するよう言われていたのだろう。すっかり頬を紅く染めた彼女は、薄い夜着一枚しか羽織っておらず、それ越しで幼さが残る裸身がうっすらと透けていた。


 自分の愛妾になってまだ間もない少女が、懸命に夜伽の御強請り(おねだり)をしてくる。そんな大喬を一心はとてもいとおしく思えたと同時に、己自身激しい漢の滾り(たぎり)を感じてきた。


 ――この際だ、とことん可愛がってやる――そう思い、一心は滾った己自身を迷わず大喬に曝け出すと、それを見た瞬間、大喬は更に頬を紅く染めた。



「あっ……一心様 」


「どうやら、お天道さんが昇ってきたと同時においらの『お天道さん』も高々と昇ってきた様だ。大喬ちゃん。悪ぃが、おいらの滾りが落ち着くまでの間、とことん付き合ってもらうぜ? 」


「はいっ……私の身も心も全て一心様と雪蓮様お二人の物です。この大喬。一心様がご満足されるまでとことんお付き合い致します…… 」



 後はもう言葉は要らなかった。一心は大喬の体をヒョイと抱き上げ、彼女と男女の挨拶をすべく用意された部屋の方へと向かう。余談であるが、その後彼等二人が目を覚ましたのは昼下がりであった。


 それからと言う物、宛からの返事が来るまでの間、皆は思い思いに時を過ごし英気を養う。一心達に保護された楊儀なる娘は読書に、彼女の護衛である向寵は武芸の鍛錬に、そしてそれ以外の者達はと言うと……



「せっ、星っ……俺を干物にする積もりかっ!? もう、これで朝から五回連続だぞ。ハァハァ、ゼィゼィ…… 」


「ンンッ……フゥッ……私と愛紗を抱く以前は、桃香様に蓮華様、更には翠までをも交えた三人と同時に、それも一晩中まぐわっていたではありませぬか? それに、ついこの前は五人同時に夜明け前まで休まなく励んでおりましたし、それに比べれば、五回連続私とまぐわった程度で精が尽き果てる主でもありますまいに? 息切れするにはまだ早う御座いますぞ? フフフフフ…… 」


「冗談は休み休み言ってくれっ! 幾ら何でも、流石に間を置いてやってたぞ!? おまけに、星とする前から何だかムラムラしっ放しだし、星も星でどこかいつもと雰囲気が変だ! まさか、以前使った『※8アレ』を使ったんじゃないんだろうなっ!? 」


「さぁ~、何の事やら? それよりも、宛に戻れば私だけを可愛がる事が出来なくなりますからな? だから、その分まとめてお情けを頂きますぞ~! さぁ、我等二人日輪の如く激しく燃え盛りましょうぞ!! 」


「日輪以前に……あ、赤玉が出そう…… 」



 等と、寝台の上で大変仲睦まじく、生まれたままの姿で『紳士淑女のご挨拶』を交わす一刀と星。物足りなさげな星に対し、精根尽き果てたかの様に顔をげんなりさせる一刀。そんな彼の態度が気に障ったのか、彼女は一刀の耳元に顔を寄せると、やや低めの声で囁き掛ける。 



「ほほう……実は昨晩、主が一心大哥と義雷殿と共に『桃泡浴(タオパオユウ)』なる湯屋に入って行くのを見かけたのですが……? 」


「っ!? いっ、いや~汗かいたから、ひとっ風呂浴びてこうぜって兄上が言い出したんだよ。只単に普通に入浴してきただけだぜ? 」


「左様で御座いますか……ですが、湯屋にしては珍しく歓楽街、それも娼館が立ち並ぶ一角にありましたし、付け加えるならば随分と艶やかな色合いの建物だったような? 」


「ええと、そのぉ~~ほっ、ほら辛って奴隷商人に白状させた内容の裏付けも兼ねてたんだ。だから、ついでに風呂さ入るべ~て事に…… 」


「……ッ 」



 あれこれと言い訳を述べ、何とかその場を凌ごうとする一刀であったが、対する星の目が段々険しげに吊り上がり、それと同時にオッカナイ空気を撒き散らす。この時、一刀は己の肉体に纏わりつく星が人間ではなく、星の顔をした『何か』に思えてきた。



「ほ~う、随分と回る舌をお持ちの様で? まさか、私だけではなく桃香様達の前でも同じ事を申されるのですかな? 」


「ううっ! すいません、つい遊んでしまいました…… 」



 その言葉が決定打になったようだ。一刀は正直に洗い浚い白状するが、星の方はと言うと『またか』と呆れ顔。



「やれやれ、矢張りでしたか? で、どの様な女でしたかな? 」


「はい? 何でその様な事を聞くんだ? 」


「決まっている。主をもっと知りたいからだ。一体、どの様な女子(おなご)が主の好みなのか、ご参考に聞かせて貰おうと思った次第ですぞ? 」


「い、言わなくっちゃあ……ダメ? 」


「無論。さもないと……みんなにチクッちゃうぞ☆ 」



 行き成り声色を可愛らしい物に変えた星であったが、それとは裏腹に目は全然笑っていない。



「んなっ!? はっ、はい判りました……『花蓮(ふぁれん)』と言う妓名(源氏名)の娘で、年の頃は十六から十八位。青い髪に白い肌、小柄だけど桃香並みの巨乳で…… 」


「ほうほう、桃香様並みに乳がでかかったと……? んんっ! ほれほれ主、もっと強うして下され! フフフ……一体どこまでイキが続きますかな!? 」


「こんなヤリ(・・)方で白状させるって、一体どんな拷問だぁ~~!! 」


「あははっ、まだまだ序の口ですぞ? それで、先程の花蓮なる娼婦の事ですが、桃香様並みの乳ならば、その揉み応えや挟み心地に、更にはどの様な姿勢でされたのも事細かに一切合財……ンッ! 話して貰いますぞ? ほらほら、動きが疎かになってますぞ? もっと頑張って下され? 」


「くうっ! こげな目に遭うんだったら、誘惑に負けて遊ぶんじゃなかった……! なけるぜ 」



 ――こんた拙いどっ! このままでは殺さるっ!(これは拙いぞっ! このままでは殺されるっ!)――


 そう判断し、己が立場を理解すると、器用な事に一刀は星と寝台の上で『命がけの体操』をしながら、OBAKAな火遊びの内容を全て白状させられたのである。


 そして、別の部屋では――



「いっ、いだだだだだだ! 黒猫ちゃん! ホントにこのツボ体に良いのかよっ? 思っきし痛ぇし、何だか体が動かねぇぞ!? 」


「大丈夫なのです、これは体にとても効くツボなのです。昔長沙に住んでいた時、旅のお医者様に教えて貰ったのです 」


「そっ、そうなのかい? 」



 と、大きめの寝台の上で義雷がうつ伏せになっており、その上では彼の背にまたがった明命が懸命に小さな指を押し込んでいる。後で『別の事』もする積りらしく、それも促進効果のある薬か油でも塗ったのか、二人とも全裸で肌は妙にてかっていた。


 片や今年で二十五と自称する強面の巨漢に、片や今年やっと十七歳になる小柄な娘。その二人が全裸で、それも寝台の上で睦み会う姿は、どう見ても悪漢が若い娘を手篭めにしてるとしか思えない。然し、この二人は外見や年齢を乗り越え、互いに強い絆で結ばれている。周りがどうこう言おうが、彼等にとっては馬耳東風でしかなかったのだ。


 さて、話を戻そう。実は、明命も度助平三馬鹿兄弟の『おイタ』を見届けており、この際釘を刺して置こうと彼女なりのお仕置きを企んでいたのである。無論、体に良いツボとは真っ赤な嘘で、寧ろ尋問や拷問とかに用いる激痛を与える物であった。元々、彼女は親衛として訓練を受けていたが、同時に『裏仕事』関連の訓練も受けており、その中には拷問や尋問の技術も含まれていたのである。



『ッ! こっ、これは……何だか物凄く気持ちがいいのです! 』



 自分の下で悲鳴を上げる義雷の顔を見た瞬間――思わず明命は女の快楽を得る。そして、彼女は普段見せない『女の顔』になると、『黒猫影』に扮した時に用いた『黒猫つけ耳』を頭に装着し、彼の耳元に口を寄せ猫撫で声で囁いた。



「にゃ~~ん♪ 」


「にゃ、にゃんだぁ? 行き成り猫の物真似しちまって、どうしたんだよ? 」


「にゃ~~ん……今突いてるツボは、普通の人なら血行が良くなって凝りが解れるのですが、他所で女遊びをするととても痛くなる効果をもたらすのですにゃあ~ 」


「イイッ!? ハ、ハテ? イッ、イッタイナンノコトナンダロ? ボクハシラナイヨ? 」



 行き成り痛い所を突かれ、顔を強張らせる義雷。もう、こうなってしまうと完全にばればれである。思いっ切り片言でしらばっくれようとするが、如何せん明命と義雷とでは得意分野が異なる。尋問に関しては一日の長があるこの黒猫様は、思いっきり彼の耳に噛み付いた。



「あだだだだだっ!! 思いっ切り痛デェエエエエ!! 」


「フーーーッ!! どうやら、嘘吐きの大虎猫様にはお仕置きが必要みたいなのですにゃ、ちゃんと白状しないと今度は義雷様の『雄』に思いっ切り噛み付いてやるのですにゃ! 」


「ヒイイイイイッ!? 」


「先ずは手始めに、その分厚い背中を引っ掻いてやりますのにゃ! ウニャニャニャニャニャ~~ッ!! 」



 そう叫び、黒猫になり切った彼女は義雷の背に爪を立てると、思いっ切りそこを引っ掻き始める。万夫不当の豪傑とまで謳われた義雷であったがこれには堪らず、情けない悲鳴を上げた。



「イダイダイダダダダダダダダッ!! だぁ~~っ!! かっ、勘弁してくれ!! おっ、俺が悪かった~~!! 」


「正直に白状するのなら、やめて上げますのにゃ! さもないと……次は本当にここをやっちゃいますのにゃ! 」



 そう言って、明命は両の(まなこ)を妖しく光らせると、躊躇無く右手を滑らせ義雷の『とある部分』を掴む。どうやら、彼女は本気の様だ。



「う゛っ……わっ、判った白状するよ。確かに、『桃泡浴』って湯屋で女と遊んだ! 元々、兄者や北の字と三人であの蜥蜴野郎の証言の裏付け調査目的で歓楽街に足運んだんだが、つい…… 」


「つい? 」


「魔が差しちまったんだよ、テヘ☆ 」


「『テヘ☆』で済むのなら、警邏隊は要らないのですにゃ! 」



 目を更にグンと吊り上げ、明命が『とある部分』を掴んでいた右手に力を入れると、義雷は声にならぬ悲鳴を上げた。



「~~~ッ!! ↑↑↓↓←→←→ba~~!! ☆@Q$#ーッ!! 」


「湯屋で女と遊んだのは判ったのですにゃ! それでは、どの様な雌猫と交尾なさったのか、毛並みとかも白状して貰うのですにゃ! 」


「~~ッ! それも言わなくッちゃあ駄目なのかよ? 」


「駄目なのですにゃ。言わないと…… 」


「わっ、判った言う、全部言う! だから、これ以上はやめてくれ~~!! 俺様の息子が泰山に召されてしまわぁ!! 」


「大変素直で宜しい! では、雌猫の事を全部話してもらうのですにゃ! 」


「え、え~と……明鳴(メイメイ)ちゃんって名の、黒猫ちゃんみてぇに小柄で長い黒髪の、歳は十五・六位ぇの若い娘で…… 」


「ふむふむ。では、次にどの様な体勢で交尾なさったのかも言ってもらうのですにゃ! 」


「……ちっきしょぉ~! こんなんだったら、遊ぶんじゃなかったぜ……! 」



 未だに『ソコ』を掴んだままの明命が、また更に力を入れようとすると、それを止めるべく慌てて叫ぶ義雷。完全に主導権と『タマ(・・)』を彼女に握られ、己の立場が完全に不利だと悟ると、彼もまた先程の一刀と同じく全てを一切合財白状させられたのである。小柄な明命が巨漢の義雷を圧倒する様は、まるで獰猛な虎を平伏させる小さな黒猫を髣髴させた。



「こ、こんなに凄いんですの? 男女の睦み合いって……ああっ、何て激しい……んんっ、以前クラスメートに貸して貰ったDVDで見た物より凄いですの…… 」



 一方、その頃。一刀と星に宛がわれた部屋の前では、先程から小さな少女が扉の前で屈んでおり、事もあろうかその隙間から一刀と星の『やり取り』を覗き見ている。



「本当に……ああっ、そんなはしたない事をなさるんですの……? 」



 その少女であるが、他ならぬ楊儀で、変に勘の鋭い彼女は、一刀と星の関係が他ならぬ物であろう事に何気なく気付く。


 恐らく、二人は『男女の挨拶』をするであろうと判断すると、彼女は頃合を見計って物音を立てぬ様こっそりと部屋の前に張り付き『独り鑑賞会』を楽しんでいたのだ。


 まだ男を知らぬ彼女に取り、歳が近い二人の男女の『ご挨拶』は可也刺激的で、気付かぬ内に楊儀は己の昂ぶりを鎮め始めていた。


 然し、喘ぎ声を交えた彼女が発する言葉の節々に、何やら聞きなれぬ物が混ざっている。若し、一刀が彼女のそれを聞いていれば、直ぐにピンと来たに違いなかろう。


 けれども、それは実現されなかった。何故ならば、楊儀主催の『独演会』はとある人物に背後から忍び寄られて、強制終了させられたからである。


 そのとある人物とは、彼女のお守り役の向寵であった。歴戦の(つわもの)を思わせる雰囲気の彼女は、扉の向こうに気取られぬ様、小声であるが幾許かの威圧を込めて話し掛ける。



「楊儀よ。訳の判らん言葉を並べ立て、それも淫らに己を慰めながらの覗き見とは、中々に趣味が悪いな?  」 


「ひうっ! しょ、向寵さんっ? 」


「声を立てるな、扉の向こうで仲郷殿とまぐわってる子龍は怖い女だ。覗き見していた事がばれれば、次の瞬間お前はあいつの槍で喉首を突かれる事になるぞ? 」


「ひっ…… 」



 向寵に一睨みされ、そう言われてしまうと、元が小心な彼女は慌てて両手で自分の口を塞ぎ込む。それを見て、白霧(ぱいうー)(向寵の真名)はやや表情を和らげると、諭す様に話しかけた。



「さぁ、判ったのなら大人しく部屋に戻るぞ? 男に抱かれて少々鈍ってるとは言えども、何れは奴に気付かれてしまうからな? 」


「わっ、判ったのですわ。ですが、何で向寵さんがここに? 」


「んっ、私か? なぁに、あの子龍がどんな感じで男としているのか一度見て置きたかったし、ついでに最近己を慰めていなかったから、丁度良い『おかず』を調達しておこうと思っただけさ。フフフフフ 」


「んにゃっ!? 貴女だって(わたくし)の事をああいう言える立場じゃありませんのっ! 」


「ふむ、そうか? お前もムラムラしていたのだな? 判った、正直可也不本意ではあるが、お前の昂ぶりこの私が篤と鎮めてやろう。男であろうが女であろうが、依頼者の『ソッチ』のお世話も女中のお勤めの一つだからな? 」


「なっ、何でそう言う発想になりますの!? 私、女同士でそこまでした事ありませんわよっ!? 」


「なぁに、遠慮するな。女同士でするのも淑女の嗜みの一つ。私もそれなりに習得している。本音を申さば、私も女同士でするのは好みではない。だが然し、この際生意気娘を調教するのも一興……さあ、私の部屋でしっぽり濡れようじゃあないか? フフフフフ…… 」


「な、何かどす黒い本音が丸聞こえだったような……あっ、ちょっ、その手を離して下さいませっ! いやぁ~~ 朱里ちゃあ~~ん! 如耶姉様ぁ~~! 」


「今日は楽しい~♪ 今日は楽しい~♪ 調教日和~♪ 」



 と、ヒョイと楊儀を肩に担ぎ、オッソロシイ即興の歌を歌いながら廊下の向こうに消えて行く白霧。因みに、その日の夕食の席に座った楊儀の表情は、すっかり憔悴しきっていたのだが、これは余談。




 ※8:第三十話に出てきた『北々蘿雄(ペイペイロウション)』の事を指している。




 ――二十弐――




「上意、上意だよ~! 」


「桃香、そんなに大袈裟に言わなくてもいいのよ? 」


「まぁ、良いんじゃないかしら? 考えてみれば、私達三人が揃ってまともに仕事をするのって、今回が初めてだし? 」


「私と桃香は毎日真面目に勤めを果たしておりますッ! 姉様が不真面目すぎるだけですッ!! 」


「あはははは……とんだ薮蛇だったかな? 」 



 それから五日ばかり経過し、陽こと劉協の上意を携え、桃香を筆頭に主な首脳陣が直接章陵に入る。早速、元県令の寇を始めとした罪人どもは桃香(国相)・雪蓮(右国丞)・蓮華(左国丞)の前に引っ立てられると、三人を代表し蓮華が陽からの上意文を読み上げた。


 通常であれば、陽からの上意を伝えるのなら使者一人寄越せば済むのだが、首脳陣のそれも上から三人を直接章陵に派遣している。これらの事から、如何に今回の事件がどれだけ重大かと言うのを思い知らされた。さて、蓮華が読み上げた上意だが、それは以下の通りである。



 ――嘘偽りを申し立て余等を欺き、一方で私腹を肥やすべく民に重税を掛け続けただけでなく、更には領内から幾数多の民を不当に拉致し、奴隷として売り飛ばすとは最早人の道を外れた鬼畜の所業であるっ!! 恐れ多くも、偉大なる世祖の生まれ故郷を荒らしたその罪、断じて許し難しっ! 然るに、厳しい刑罰を下手人どもに与えよ! ――


 文面からも判る様に、陽の怒りは可也の物で、首謀者の寇は全財産没収の上腰斬に処せられる事となった。



「おっ、お願いですっ、国相閣下! 二度としませんので、どうか、どうか御慈悲を~~!! 」


「そう命乞いしてきた人達を、貴方は今までどの様に扱ってきたのかな? それじゃ、今すぐ刑を執行してっ! 」


「はっ! 」


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ~~っ!! ……ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! 」



 早速、その日の内に寇は市中に引き出されると、衆人環視の中桃香の命にて凄惨な刑を執行される。最期の最期まで、桃香に命乞いし醜態を曝け出した寇の首は約一月晒される事となり、その間石を投げつけたり唾を吐きかける者の数が絶えなかった。



「悪いけど、私は貴方に同情はしないよ? 貴方は己の役割を果たさず、それ所か沢山の人達を苦しめて私腹を肥やしたんだから。だけど、貴方の首一つで南陽の役人達の襟を正せるのだから、そこだけは感謝しておくね…… 」



 そう呟く桃香の顔は、普段とは違い、何処か冷え切った物が感じられた。何故ならば、彼女自身楼桑村に居た頃数々の役人の不正を目の当たりにしており、幾度と無く理不尽な目に遭わされた事もある。それ故、今回の事件は桃香に取っても物凄く許せない事であったし、厳罰を以って臨むべしと陽に奏上していたのだ。


 この事件を皮切りとして、桃香達は汚職等の不正行為に対し、厳罰を以って当る様になる。普段の穏やかな雰囲気とは裏腹なその厳正な姿勢に、南陽の役人達は、皆畏怖すると同時に襟を正す様になった。


 そして、寇に与した者達にも裁きが下される。奴隷商人の辛は、寇と同じく全財産を没収。斬首刑とされたが、奴隷を売り飛ばした先を全て白状するまで刑の執行が据え置かれ、刑が執行されたのは三月後であった。次に、元県尉の丁には『自らを裁け』との沙汰が下され、沙汰を受けたその日の内に自決。他の役人達にも罪状の内容や、役職の大小に応じた公平な裁きが下されたのである。


 次々と咎人達が裁かれ、その数を徐々に減らして行き、最後に袁術の配下で金の受け取り役だった呂範一人が残された。他家の人間である彼女だけは、他の連中とは微妙に立場が異なり、城内にて軟禁されていたのである。桃香達三人の前に引き出され、呂範は訝しげに彼女等を見回した。



「……私をどうする積り? 」



 少し間を置き、恐る恐る呂範が尋ねてくると、雪蓮がそれに答える。



「そうね、これから私が話す事にどう反応するかで、お前の今後が決まる 」


「私の今後が決まるですって? それはどういう意味よ? 」



 眉を吊り上げ、呂範が問い返してくると、蠱惑的な笑みを美しい顔に浮かべ雪蓮は言葉を続ける。



「今回の一件において、首謀者の寇を始めとした関係者を処分する中、私達は王殿下の文を汝南の袁術に送り、お前や寇達との関係を問い質し、若し事実であればこれまで受け取った金銭を全て返す様申し伝えた、が…… 」


「が? 」


「『寇なる者からは一銭も受け取っていないし、当家の配下に呂範なる者も存在しない。よって、当方は無関係であるので、※9呂某なる者がどうなろうと知った事ではない 』――これが汝南からの返答だ 」


「なっ!? 」



 雪蓮が言ったその言葉に、呂範の目の前が一気に真っ暗になる。確かに、危うい任務ではあった。だが、”成功すれば間違いなく昇進させてやるし、万が一の場合身の安全は保障してやる ”と、主君袁術とその側近で上司の張勲から頼まれたからこそ、貧乏暮らしを送ってる家族を楽にさせたい一心で、今回彼女は危険な任務を引き受けたのだが、最後は余りにも酷い形で裏切られたのである。


 自分の主君と上司からの思わぬ『蜥蜴の尻尾切り』に、呂範はその場にくずおれてしまうと、咽び泣きながらこの場に居ない二人に呪詛の言葉を吐いた。



「そ、そんな……私は家族に楽な暮らしをさせてあげたかったし、万が一身の安全は保障してやるって言われたから、今回引き受けたのに……余りにも酷い、酷過ぎる……袁術に張勲……この仕打ち、七代生まれ変わっても絶対に忘れてやる物か……例え死んでも泰山地獄から呪い続けてやる~~っ!! 」


「ハァ~~、やっぱりね。あのわがまま娘と腹黒三枚舌の事だから、多分そんなオチだろうって思ってたわ 」


「ええ、全くです。第一、私はあの袁術が正直に答えるとは思っていませんでしたから 」


「そうだよね、これで袁術が全く信用できないのは良く理解できたよ? 以前蓮華ちゃん達が言ってた様に、今後は十分に気を付けなくっちゃいけないよね? 」



 孫姉妹の言葉にそう桃香が相槌を打つと、何か思いついたのか、雪蓮は悠然とした足取りで未だ咽び泣く呂範の方へと歩み寄る。



「…… 」


「姉様? 」


「雪蓮義姉さん? 」


「呂範……信じていた主君や上司に裏切られ、さぞや辛かったであろう? 」


「……辛いわよ、故郷に残した家族が心残りだけど、どうせ私も死刑にするんでしょ? ウワアアアアアアアアア~~ッ!! 」



 と、呂範の肩に手を置くと、妙に優しい声で語り掛ける雪蓮。一見すれば、何処かの聖女様がお慈悲を与える光景に見えなくも無い。だが、彼女の本性を知っている蓮華と桃香は、何やらきな臭さを感じ取ると二人は肩を寄せ合い、ひそひそと言葉を交わす。



(ねぇ、桃香。姉様、若しかして何か企んでるのではないのかしら?  )


(う~~~~~ん……『のーこめんと』と言いたい所だけど、こう言う時の雪蓮さんってロクデモナイ事考えてる事が多いんだよね~? 一体何仕出かす積りなのかな? )



 等と懸念を抱く二人であったが、そんな彼女等を他所に、聖女然としたままで雪蓮は言葉を続ける。



「呂範よ、故郷に居るお前の家族だが、ここ南陽に呼ぶが良い。そしてお前の命……この孫伯符が預かろう! 」


「え? それは一体どういう意味なのよ……? 」



 主家に見捨てられ、正に風前の灯であった呂範にとり、その申し出は暗雲から差し込む一筋の光明であった。然し、流石に信用できなかったのか、彼女は涙に濡れた顔を雪蓮に向けその真意を問い質すと、雪蓮は表情と口調をいつもの砕けた物に切り替えて答えた。



「フフッ。まっ、流石に信用できないか? でも、このままアンタを袁術のトコに返した所で、口封じで処分されるのが目に見えてるわよ? 」


「う゛っ。確かに……それはあり得るかも? 」


「でしょ? 今更あんな連中に義理立てする必要も無いし、それだったら私の下で働いてくれないかな~と思った訳。で、聞きたいんだけど、アンタ袁術のトコで主に何やってた? 」


「……私の仕事は主に情報収集だったけど、以前は文官として色んな仕事をしていたし、状況に応じて武官の仕事もした事もあるわよ? 」


「ほほう……つまり、何でも出来ると言う訳ね? 」


「え、ええ……専門じゃないけど、一応一通りはかじってる、積り…… 」


(やっぱり……只単に、姉様面倒事を押し付ける相手を探していただけじゃない )


(うわ~~……何と言うか、ある意味えげつないよね? )



 無論、それを聞き逃さぬ雪蓮ではなかった。彼女は嬉しそうに目を細め、『獲物を見つけた』と言わんばかりに口角を吊り上げる。そんな雪蓮に、呂範はたじろいでしまうと、蓮華は顔を強張らせ、桃香は引きつった笑みを浮かべていた。そして、雪蓮は呂範の手を取ると、彼女に強く迫る。



「ねぇ、呂範……もう貴女にはウチに来るか、それとも死を選ぶかの選択肢しか残されていない……無論、故郷に家族を残したまま逝きたくないでしょ? ねぇ、来る? 来るでしょ? 来るしかないわよねぇええええええ? 」


「ヒッ、ヒイイイイイイッ!? わっ、判りました! 来ます、来ます、そちらのお世話になりますってば!! だから、怖い顔をこれ以上近づけないでぇ~~!! 」



 結局、呂範は鬼気迫る雪蓮の勢いに呑まれてしまうと、そのまま召抱えられ彼女の補佐役を務める事となったのである。名目上は『右国丞補佐』ではあるが、実際は『面倒事処理係』で、右国丞としての職務を全て押し付けられる羽目になった。



「くうっ……命拾いしたし、袁術のトコに居た時より待遇は滅茶苦茶良いし、大きい邸宅を宛がわれて家族全員を呼び寄せる事が出来たけど……何か、騙された気分よね…… 」



 と、後日竹簡の山と格闘しながらぼやく呂範であったが、正直運が悪いとしか言いようが無い。然し、その言葉とは裏腹に、彼女は自分を拾ってくれた雪蓮と孫家に感謝の念を抱くと共に終生の忠誠を誓う。


 一通り経験しているとの言葉の通り、呂範は軍事と行政に外交とあらゆる面で手腕を発揮したのだが、得意とする情報収集でのその活躍は目覚しく、雪蓮の期待に見事応えて見せた。桃香とは異なり、人材がまだ不足している雪蓮に取り、呂範の存在は極めて貴重な物となったのである。


 今回この出来事は『章陵の大掃除』と呼ばれ、様々な脚色を施されると、典型的な勧善懲悪話として後世の語り草とされた。また、この他にも一心達を中心とした創作話が付け加えられると、遂には『劉伯想巡察奇譚』なる一冊の本に纏まり、演劇の題目にも用いられる様になったのである。尤も、そこまで確立されるのはずっと後の事であった。



「あ゛~~本当に疲れたぜ? 」


「確かに。でも、これでようやく陽様を章陵に迎え入れられますし、少なくともやった甲斐はあると思いますよ? 」 


「はははっ、確かにお前の言う通りだな? さぁ、次は桃香達の手伝いをするぞ? 王殿下を迎え入れねばならぬのだからな? 」


「はいっ! 」



 と、全てを終え感慨に浸る一心と一刀。ここまで辿り着くのに色々とあったが、彼等は世祖の生まれ故郷章陵の大掃除を済ませ、ようやく南陽王たる陽を迎え入れる準備が出来たのである。



 ※9:「呂ナントカさん」と言う意味。






 ――二十三――




 悪徳県令の処刑から一月経過したある日、陽は桃香を始めとした臣下を引き連れ、漢王朝を復興させた世祖(光武帝劉秀の廟号)の霊廟に参拝すべく、その生まれ故郷である章陵を訪れた。



「泰山に居わします世祖様。私は劉協と申します。貴女様の生まれ故郷である南陽に昨年王として封ぜられました。一度死した大漢を蘇らせた貴女様の末裔の一人として、この劉協。南陽の地と民に永き繁栄と安らぎを与えるべく粉骨砕身致します。つきましては、どうか泰山より私達をお見守り下さいませ…… 」



 霊廟の前にて、劉協を始めとした一同が拱手行礼で平伏し、泰山に居る世祖即ち光武帝劉秀への言上を行う。この時、誰一人として無駄口を叩くものは居なかった。


 然し、流石に全員が全員平伏したままで居る訳には行かない。只でさえ陽は皇位継承権第二位の持ち主だ。彼女が危ない目に遭わぬ様、何時如何なる時直ぐに反応出来る様、武装した兵士や武官が霊廟の四方周囲に配置されており、その中には大身槍を右手に携え、漆黒の具足を身に包んだ一刀の姿もあった。



(ふうっ、厳かな空気って言うのはこう言うのを指すのかな? 星もさっきから一言も発してないし、あの鈴々でさえも口を閉じて神妙にしているしな…… )



 チラッと周囲を見やり、そう内心呟く一刀。彼の両脇では、星と鈴々が得物片手で直立不動の姿勢を取っており、両者とも神妙な表情で口を真一文字に結んでいた。


 元々、一刀の役職は『督郵丞』と領内監察官の補佐役にしか過ぎず、この様な仕事は元来の職務には含まれて居ないのだが、彼の武勇は誰もが認めており、今回彼は星や鈴々と言った武に秀でた面々と共に場内警備の任に就いていたのである。因みに、どこに配置するかは『くじ引き』で決められ、その際一刀と別の場所を引いた愛紗と翠は思いっ切り唇を噛み締め、大いに悔しがったのだがこれは余談。


 さて、それから一刻ばかり経過し、終始厳かであった廟参の儀もようやく終わりを告げると、南陽王一行は宿泊先に指定された伏完の屋敷へと向かった。屋敷に到着した陽達一行を、伏完は満面の笑みで迎え入れ、庭の方へ案内するとそこには一席設けられており、慎ましやかながらも歓待の宴が執り行われる。



「殿下、此度はようこそ章陵へお越し下さいました。どうぞ一献傾け、道中の疲れを癒して下さい 」


「あ、有難う。それじゃ、頂かせてもらうよ? 」


「はい 」



 そんな中、微笑ましい一幕があった。純真な笑みと共に、伏完の愛娘紅麗こと伏寿が陽に酒器を差し出してきたのである。尤も、その中身はまだ幼い陽のことを考慮し、酒ではなく葡萄の絞り汁と蜂蜜を水に溶かした物であった。


 同性愛の気があるのかどうか判らないが、どうやら陽は紅麗に一目惚れしたらしい。彼女に酌をしてもらう最中、終始陽は彼女に釘付けになり、その顔をじっと見つめていたのである。



「あの……殿下、わたくし何か粗相をいたしましたか? 」


「いっ、いやっ……な、何でもない、何でもないんだ。今回、生まれて初めて世祖の廟参をした物だから、恐らく緊張がまだ抜けていないだけだと思う 」  


「左様で御座いましたか、ならば、今宵はお早めに休まれた方が宜しいのでは……? 」


「いっ、いやっ、そこまで気を使わずとも良いよ。それよりも、伏寿殿は今お幾つかな? 私は今年で十四になるのだが、良ければ教えて貰いたい 」


「うふふっ、わたくしは今年で十三になります。殿下と一つしか違いませんわね? 」


「そうか……私と一つしか違わぬのであるのなら、伏寿殿。私の話し相手になって貰えないか? 」


「光栄ですわ、殿下。その申し出、喜んでお受けいたしますわ 」



 この二人のやり取りに、周囲の者達が思わず頬を緩める中、陽の後見役で教育係の陽春こと盧子幹が伏完の方へ歩み寄ると、そっと彼に耳打ちした。



『伏閣下……どうやら、殿下はご息女を見初められたようです。如何致しましょうか? 』


『盧将軍……貴殿が何を言いたいのか何となく判る。だが、まだ時期尚早だと私は思うし、それ以前に殿下は女だと先程貴殿が話したではないか? 女である殿下が、同性の者を傍に置くというのもどうかと思うのだがな…… 』


『あらあら、世祖が女の身にも拘らず、美女陰麗華を妻に娶ったのは有名なお話ではありませんか? それに、私は閣下が信頼置けるお方だと判断したからこそ、殿下が女である事を話したのですよ? 』


『むうっ……確かにそうであったな? だが然し、仮に私の娘を殿下のお傍に置くとしても、もう少し時間を頂けないか? 二人とも今日出会ったばかりだし、幾度か逢わせて互いを良く知ってからでも遅くは無いと思うのだが…… 』


『ふふっ、畏まりました。それでは、また後日にでも改めてお話しましょう 』



 悪戯っぽく笑みを浮かべる陽春に対し、複雑な表情で伏完が応えると、二人は一旦話を切り上げた。これ以降、陽春主導で陽は紅麗と何度か引き合わされると、二人は真名で呼び合う関係となった。やがて二人は結ばれ、紅麗は『伏南陽王妃』となるのだが、それはまだ先の話である。




 ――二十四――




「一刀お兄ちゃん、星。桃香お姉ちゃんからご飯の差し入れなのだー 」


「たんぽぽは串焼きとか持ってきたよ~! 」



 主な面々が歓待を受ける中、今度は屋敷の門前にて休む事無く警備を続けていた一刀と星であったが、彼等の前に鈴々と蒲公英の二人が大皿に盛られた肉粽(ロウツォン)(肉入りちまき)や、肉や野菜に魚をさした串焼きを運んでくる。



「おっ、二人ともありがとな? 何せ、さっきからずっと立ちっぱだったから、物凄く腹減ってたんだよ。星も一緒に喰おうぜ? 」


「ふむ、流石に私も腹が減りましたからな? では、遠慮なく頂きましょうかな? 」


「鈴々たちは先にご飯食べたから、お兄ちゃんと星がご飯食べてる間、たんぽぽと二人で見張っててあげるのだ 」


「慌てて食べるとお腹に良くないって、昔琥珀伯母様が言ってたからゆっくり食べててね? 」


「あんがとさん、蒲公英。どれっ、それじゃいっただきまーす! おほっ、この串焼きめちゃウマ~~!! (ちまき)も微妙な味加減で俺好みだし、くぅ~~っ! たまんねぇ~!! タマ姉たまんねぇっすよぉ~!  」


「ふむ、キチンとメンマを大盛でつけてくれるとは、私の好みをちゃんと覚えててくれたようだな? 味の方も申し分無いし、歯ごたえの方も抜群だ 」



 任務中である為か、流石に酒は無かった物の、これらの差し入れは実にあり難い物であった。早速二人はそれらに手を伸ばすと、無我夢中で食べ始め、その間鈴々と蒲公英が代わりに警備に入る。



『主……もし、宜しければ今宵如何ですかな? 』


『悪い、今朝愛紗と翠から先約入れられたんだ。それに、最近あの二人に構ってなかったし…… 』



 食が進み、段々と気持ちが落ち着いてきたのか、星は一刀に耳打ちし、こっそり『夜の予約』を入れようとするが、彼からの返答は『否』であった。



「やれやれ、ならば今宵は大人しく引っ込みますかな? んっ!? 」


「んっ、どうしたんだ、星……って、あれは早馬かな? 」



 思惑が外れてしまい、苦笑交じりで星が肩を竦めたその時である。屋敷の門前に一つの騎影が駆け込んできたのだ。



「止まれなのだ! お前、どこの曲者なのだー!? 」


「止まれッ! ちょっとぉ、ここが何処だか判ってるの!? 」



 鈴々と蒲公英が手にした得物を突き付けながら言うと、馬上の人物は声を大にして叫ぶ。松明の明かりに照らされ判明したのだが、その正体は宛からの伝令であった。



「ご注進ーっ! ご注進で御座いまするっ! 宛の龐統伯様(男龐統)から火急の報せで御座いまするっ!! 」


「何っ!? 」



 その言葉に、皆の顔に一斉に緊張の色が走るが、この場での責任者たる一刀だけは勤めて冷静に振舞う。



「火急の報せだって? 一体どんな報せなんだ? もし、良ければ委細構わず話してもらえないか? 」


「はっ……それでは、極秘事項で御座いますので、お耳を拝借 」



 そう言うと、伝令は一刀に『極秘事項』を耳打ちし始めたが、一方の彼はその間終始無表情であった。



「……! 」


「……それは事実なのか? 」


「はっ、相違御座いませぬ 」


「あい判った……では、早速今聞いた事を閣下達に伝えてくる。星、悪いが俺の代わりにここを頼む 」


「了解したぞ、一刀殿。後の事は私達に任せて欲しい 」


「鈴々、蒲公英。悪戯に騒がないで、さっきと同じ様に門を見張っててくれよ? 」


「合点承知之助なのだー 」


「たんぽぽに任せといて 」



 彼女等の返答を背に、桃香達に報告するべく一刀が庭の方へ足を運ぶと、入り口の直ぐ近くに女官達が控えており、その中に見知った顔を見かけた。



「あ、伯描(はくびょう)さん 」


「あら、仲郷様では御座いませんか? 確か、正門の警備に就かれていたと思いましたが、何かありましたか? 」



 その見知った顔とは、昨年黄巾討伐の折助けた章椿畫(しょうしゅんかく)の事で、伯描とは彼女の字である。元は(ぎょう)冀州(きしゅう)の首都)の人間であったが、黄巾との戦が終わっても故郷に帰らなかった為、陽の傍仕えの女官に組み込まれていたのだ。当然、傍仕えであるから、公式な外遊の際には同行しなければならず、今回彼女もここにきていたのである。



「ああ、ちょっとね? 済まないが国相閣下に取り次いでくれないか? 」


「ふふっ、いつもと違い真名ではなく役職名で呼ぶとは、仲郷様は公私を弁えて(わきまえて)おられますね? わたくし、そう言う殿方は好きですわよ? 」


「ははっ、ありがとう、素直に受け取っておくよ。で、悪いんだけど…… 」


「あ、申し訳御座いません。無駄口でしたわね? それでは、直ぐにお取次ぎいたします 」



 と、一刀から苦笑交じりで軽く急かされ、章伯描は慌てて桃香を呼びに行くと、数分ほど経過して桃香が一刀の前に姿を現す。恐らく多少なりに酒を飲んだのだろうか、彼女の頬はほんのりと桜色であった。



「一刀さん、一体どうしたのかな? 」


「国相閣下、先ほど宛の龐統伯様より早馬が参りました。火急の報せで御座いまする 」


「え!?」



 いつもの砕けた物ではなく、拱手一礼で臨む真剣な彼の姿に、桃香は徒事ではないと判断すると即座に『国相』の顔に切り替える。



「火急の報せ……その内容を話してもらえますか? 」



 すると、一刀は一息吐いて呼吸を整え、自分自身にも言い聞かせる様にゆっくり声を発した。



「先日、雒陽(らくよう)にて……帝が崩御されました 」


「ええええっ!? 」



 宛から届いたその報せは、正に新たな動乱の幕開けを意味していたのである。黄巾討伐から、一年も経たず天下は再び鳴動し、桃香達は更なる試練に立ち向かう事になるのであった。




 ――おまけでごわんぞ☆――




 ――桃香達が章陵に来たその翌日、朝食の席にて――



「んんっ? どうした北の字、目の下に隈なんざこさえやがって? さては、まぁた岩場の猿みてぇにサカってたな? 」



 (タン)(スープ)で煮た粥を啜りつつ、一心が呆れた風で一刀を見やると、対する彼は幽鬼の様にげっそりしており、唇が乾いた口元からはか細い声が搾り出された。



「ピ、ピーチネクターちチョコレートシェイクを嫌とゆかぎい飲まされました……あとブルーハワイも……(ピ、ピーチネクターとチョコレートシェイクを嫌と言うほど飲まされました……あとブルーハワイも…… ) 」


「はぁ? ナニ言ってんだ、お前ぇさん? 遂に頭までやられちまったか? 」


「一心兄さん、おはよう~ さぁ~て、今日も張り切っていこうかな? 」


「お義兄様、お早う御座います。フフッ、今日も頑張らなくっちゃ♪ 」


「お早う御座います、一心大哥。今日も実に清々しい朝ですな? 」



 意味不明の言葉に一心が思わず眉を顰めると、桃香と蓮華に星の三人が姿を現す。彼女等の顔は実に晴れ晴れとしており、肌艶の方も妙に色鮮やかであった。



「あー……成る程。そう言うわけか 」



 この有様に一心は何か悟ると、苦笑いを浮かべるだけで、後は黙って食事を続けたのである。それからと言う物、桃香達が一旦宛に帰るまでの間、一刀はこの状態が続く事となり、その結果精力の著しい減退と酷い腰痛に悩まされ、周囲を大いに呆れさせた。


 後日、このやり取りは盗み見ていた者達がこっそり周囲に漏らしてしまうと、それはあっと言う間に大陸中に伝わってしまう。



 “南陽の劉仲郷なる男はまこと精力絶倫で、一晩に百人の女を抱いても全く果てないらしい”


 “劉北の近くに若い女、それも生娘を置くな。あっと言う間に犯されて孕まされてしまうぞ”


 “多少歳を経た女でも、見てくれが良ければ劉北は直ぐに圧し掛かってくるぞ!”



 等と尾ひれが付いてしまい、悲惨な事に彼は『鶏巴将軍(ジィーバジァンジュン)(ち◎こ将軍)』と言う不名誉なあだ名を付けられてしまった。


 『黒将劉仲郷』、『劉黒』、『独眼竜』何れも一刀の異名であったが、その一方で彼に対する陰口や蔑称は、先程の『鶏巴将軍』が良く用いられており、その中でも特に賈文和が公然と彼をそう呼んでいたと、後世の歴史家『(ジァ) 康像(カンシャン)』の研究で明らかにされている。



『劉仲郷は、極めて武勇に優れた人物であったが、一方では精力絶倫で様々な女性と関係を持っていた事も忘れてはならない。彼は比較的顔立ちが良く、且つ人柄も良かった為か、惹かれた女性の数も結構多かった。然し、その反面、そんな彼を嫌う女達も可也居たのも事実である。その様な事から、「鶏巴将軍」等と陰口を叩かれるのは致し方の無い事であろう 』



【南陽孫家の頼れる新参(ニュー・カマー)!】


 姓:呂 名:範 


 字:子衡(しこう)


 年齢:十九歳


 身長:六尺八寸強(約159センチ)


 体型:上から順に、普通(『挟める』位はできるらしい)、普通、普通、と到って普通で白蓮と良い勝負。(鶏巴将軍談)


 外見特徴:腰まで届く濃緑色の髪が自慢。人懐っこい笑顔と八重歯の持ち主。


 戦闘能力:そこそこ。


 知力:使える。


 諜報能力:スンゴい。曹家の女性の詳細な情報も調べられる位に。


 行政能力:即戦力。


 カリスマ性:及第。


 特技:諜報、自炊(白蓮や雄雲(関平)と同レベル)。


 好きな物:貧乏の無い暮らし。貯めた小遣いで可愛い服を買う事。


 嫌いな物:貧乏。恥をかかせた変態仮面ども(正体に気付いていない)。くすぐり責め。


 前職:袁術配下。下級文官だったが、裏仕事担当が多く『聖七号』と言う暗号名で呼ばれていた。


 CVイメージ:如月葵(吉田愛理)

 後書きですが……「其の参」の方を読み返して下さい。(苦笑


 それでは、また~! 不惑庵・裏でした~!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ