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真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第三部「天下鳴動編」
43/62

第三十六話「章陵の大掃除 其の弐」

 どうも、不識庵・裏です。


 ようやっと、先程段落「十三」を書き終えましたので、これまでタラタラと仮更新にしていた物を改めて「其の弐」と致しました。


 ですが、今回で終わりじゃありません。次に終わらせる予定なのです。半年以上時間かけていたわりに全然話を進めておらず、泣いて詫びたい気分ですが、最後まで読んでいただけたら嬉しく思います。



 ――章陵の県令宅に明命が忍び込んだのとほぼ同時刻。南陽国首都宛の城内のとある一角にて――



「ねぇねぇ、朱里ちゃん。あの子今頃何してるかな? 」


「あの子? あの子って……一体誰の事かな、雛里ちゃん? 」



 そう言葉を交わすは、雛里こと龐士元(ほうしげん)と朱里こと諸葛孔明。南陽に赴任してからと言う物、二人はそれぞれ治中(じちゅう)主簿(しゅぼ)として忙殺される毎日を過ごしていた。


 だが然し、流石にこの時ばかりはと気分転換すべく、二人は共通の趣味であるお菓子作りに励む。そして、出来上がったそれ等を茶請けにし、二人は午後の一時をお茶と共に楽しんでいたのである。



「ほら……『威公(いこう)』ちゃんだよ、朱里ちゃん。行き倒れになってた所を水鏡老師に助けられたあの威公ちゃん 」


「……はっ、はわわっ!? そっ、それって、何時も変な事ばっかり言ってた威公ちゃんだよね!? 名前の方も全然訳が判らなかったから、水鏡老師に『楊儀(ようぎ)』って適当に名付けられたあの威公ちゃんだよね!? 」



 雛里の言葉に何か思い出したのか、目をぱちくりさせながら慌てふためきながら叫ぶ朱里。そんな彼女の様子からして、いかにその『威公』なる人物が尋常ならざる物であるのが嫌と言うほど窺える。



「ふふっ……そう言えば威公ちゃん、色々とお世話してくれた朱里ちゃんの事をとっても気に入ってたよね? あ~あ、何だかちょっと妬けちゃうかな…… 」


「は、はわわわわ…… 」



 悪戯っぽく笑みを浮かべながら言う雛里に対し、完全な怯えの表情になる朱里。恐らく朱里はその『威公』なる人物が苦手かと思われた。



「朱里ちゃん。私達が旅立ったあの日の事なんだけど、威公ちゃんだけ見送りに来なかったよね? 何でなんだろ? 」


「あ、あはははははははは……さぁ、何故なんだろうね? 」 



 とチラッと朱里を見やりながら雛里が言うと、冷や汗を顔に浮かべ明後日の方向に視線を逸らしながら答える朱里であったが、その口調は妙に上擦っていた。



「? 」


「あはっ、あはははははははははは…… 」



 そんな朱里に小首を傾げる雛里であったが、当の彼女は誤魔化し笑いを上げるのみ。この時彼女の脳内には当時の事が鮮明に蘇っていた。



『ううっ、流石に言えないよ。幾ら私と別れるのが嫌だからって、威公ちゃんが余りにもしつこく妨害してきたから風雷兄さんに頼んで縄で雁字搦め(がんじがらめ)に縛ってもらったって…… 』



 と内心ぼやく朱里であったが、その『威公ちゃん』と望まぬ再会を果たす日が近い内に来ようとは、この時彼女は微塵だにも思っていなかったのである。




――六――




「こっ、これは……っ!! 一体どれだけ悪い事をすればこんなに貯め込められるのでしょうか!? 物凄~~く許せないのですっ! 」



 蔵の中に侵入した明命であったが、彼女の目に映った物は到底信じられない物ばかりであった。大量の銅銭を詰め込んだ木箱が山積みにされていただけでなく、金銀や翡翠に琥珀などの宝石の類や高価な品物が所狭しと置かれている。この光景に、明命は歯軋りと共に義憤の炎を揺らめかせた。



「これだけ貯め込んでれば、県令が不正を働いてるのは一目瞭然っ! こうなった以上、見張りが戻ってくる前に証拠の品を少し拝借して、一刻も早く大哥(ダークォ)の元に戻らねばならないのですっ! 」



 そう気合を入れ直し、直ぐ目に入った金の耳飾りを証拠品として懐に入れると、この場を後にしようとする。然し、次の瞬間かすかな音を拾ったのか、彼女の耳がピクリと蠢いた。



「んっ……何か聞こえるのです!? 」



――……スン……グスン……――



 微かにだが、明命の耳が捉えたのは女性、然も若い娘の泣き声らしき物であった。



「女の子の泣き声!? 一体何処から……? こう言う時は耳を澄ませるのです 」



 そう呟き、彼女は両目を瞑ると聴覚に全神経を集中させ、微かに聞こえる泣き声を懸命に拾う。



――グスン、グスッ……誰か、助けて……――


――泣いてばかりいないで、どうか気をしっかり持って下さい! 絶対誰かが助けに来ますから! ――



「ん……どうやら声からして二人みたいなのです 」



 それから数分ほど経過し、聴覚を研ぎ澄ました明命の耳は二人分の声を拾った。一人は先ほどと同じ泣き声で、もう一人は別の若い娘の物と思われる。そして――明命は勢い良く開眼すると、とある方を鋭く睨み付けた。



「どうやら……声はこの木箱の下からするようなのですっ! うぬぬぬぬぬ~~~っ!! 義雷様の怪力が欲しいのです~~っ!! 」



 気合一閃。明命は渾身の力を込め、銅銭がぎっしりと詰まった重い木箱をどかす。すると、それがあった場所には床下への出入り口が隠されていた。



「これは……どうやら地下への入り口みたいなのです。早速ここも調べないといけないのです! 」



 と逸る心を抑えつつ、さっそく地下へ潜ろうとする彼女であったが、寸での所で思い止まる。



「危ない危ない……一旦ここまで調べたのなら、先ずは大哥に報告しなければならないのです。※5『阿呉(アウー)』、出番ですよ? 」



 そう懐に手をやって左胸の辺りをまさぐると、彼女の手には白い鳩が載せられていた。『(ウー)ちゃん』と名付けたその鳩の脚に一心への伝言と先ほどの金の耳飾りを括りつけると、明命は『呉ちゃん』を通気用の小さな窓から羽ばたかせる。



「これで良しっと……それでは、今度こそ調べさせてもらうのです 」



 小さな相棒が白い翼を羽ばたかせたのを確認すると、今度こそ明命は地下へと潜り込んで行った。




※5:日本語に約せば『呉ちゃん』、即ち『うーちゃん』という意味。元ネタはアニメ版。




――七――




「これは……どう見ても地下牢としか思えないのです 」



 秘密の入り口を潜り(くぐり)、蔵の地下へと潜入した明命であったが、下りた先の地階の通路の幅が意外と広く、且つ階層全体も確りとした造りになっているのに驚かされる。それだけではない、通路の両脇にずらりと並ぶ鉄格子の扉の存在に、心中穏やかならざる物まで感じさせられ、然もそれ等の鉄格子の向こう側からは、何やら人の気配らしき物さえも感じられた



高々(たかだか)一県令にしか過ぎない身分なのに、自身の屋敷の蔵に不正に財を貯め込んだだけでなく、こんな地下牢までこさえていただなんて……一体何の目的なのでしょうか? 何だか、物凄く嫌な予感がするのです 」



 息を殺し、足音を立てぬようひっそりと通路を忍び歩き、明命は泣き声のする方へと向かう。そして、少しばかり歩いた先にあったとある鉄格子の向こうから、その泣き声が聞こえていた。



「ふむ、どうやらここからみたいですね? 一体誰が泣いてるのでしょうか? 」



 そう呟いて、明命はそっと鉄格子の向こう側を覗き込むと、彼女の視界には少女の姿が二人映った。



(ふむ……何れも私と同じ歳位の女の子みたいなのです。一人は服装からして何処かのお嬢様みたいですし、もう一人は……どこかで見た事のあるような服を着てるのです……うーん、思い出せないのです )



 一人は自分よりやや年少っぽい感じの、いかにも令嬢らしい服装の長い黒髪の少女で、もう一人は何やらどこかで見たような衣服に身を包んだ少女であった。何とか思い出そうとするも、中々思い出せない。



「グスッ、ウウウッ……どうせ、もうおしまいなのですわ。わたくし達、みーんな奴隷商人に売り払われてしまうんですわッ!! 」


「そんな事ありませんっ! 絶対に、絶対に誰かが助けに来てくれますわっ! ですから、最後まで諦めないで下さいましっ!! 」



 どうやら、この二人のやり取りを見るからに、恐らく不当に囚われの身となったと思われる。意を決し、明命は囁くような小声で二人に呼びかけた。



「もしもーしっ、ちょっとよろしいでしょうか? 」


「……ッ! どなたですかっ!? 」


「まっ、まさか、わたくし達はもう奴隷商人に買い取られてしまったんですの!? 」



 絶望・焦燥等と言った様々な負の感情を顔に浮かべ、二人は明命を見上げるが、そんな彼女らを安心させるべく明命はフッと穏やかな笑み浮かべて見せる。



「大丈夫なのです。私は奴隷商人なんかじゃありませんよ? 寧ろその逆で貴女方を助けに来たのです 」


「「……ッ!! 」」



 そう穏やかな笑みを交えつつ、力強く言い放った彼女の言葉に二人の顔に希望の色が広がっていくと、他の地下牢の方からも一斉に動く気配がし始める。慌てて明命が周囲を見回すと、通路の両側に設けられた鉄格子の向こう側から、多数の少女や成人に入った女性の顔が現れた。



「お願い、早く私たちをここから出してっ! 」


「もう既に売られてしまった人たちもいるのよ。だからお願い、ここから出してっ!! 」


「私っ、私もっ!! 早くお家に帰りたいの! 」


「なっ……!! こっ、こんなにいるのですかっ!? これは想定外だったのです…… 」



 その光景に思わず明命は絶句してしまう。何故なら、囚われの身となっている女達の頭数はどう少なく見積もっても三十は超えていたからだ。それぞれ口々にここから出せと叫び捲くる彼女等に、明命は頬をひくつかせてしまう。



「え、えーと。あのぉ、そのぉ…… 」


「皆様方、どうかどうかご静粛に。でないと、見張りに気付かれてしまいますわ? 」


「「「……っ!? 」」」



 どう声を掛けるべきか躊躇するだけの明命であったが、そんな彼女の状況を打破すべく先ほどの長い黒髪の少女が声を発す。それには凛とした響きが含まれていた。あれほど騒いでいた女達ではあったが、その言葉を受けると波が引くかの様に一斉に静かになる。その様子を見て、少女は更に言葉を続けた。



「ここから出たい気持ちは痛いほど判りますが、見るからにこのお方は単身でここに潜り込んだと思われますわ。だのに、このお方一人に全てお任せするのは到底無理と言う物でしょう。ですから、ここは一先ずこの勇敢な方に全てを託し、救援の方々を呼んで頂こうではありませんか? 」


「そっ、そうですわ! 確かに、この方の仰られる通りですわ! わたくし達は皆只の非力な女人でしかありませんし、先ずはそちらのお方に助けを呼んでもらうのが上策と思いますわ! 」



 黒髪の少女の言葉を補うべく、彼女の隣にいた『どこかで見たような服装』の少女も言葉を発す。先ほどまで泣き暮れていた為か、彼女の両の眼は赤く腫れ上がっていた。二人の言葉を受け、他の女囚達からは小さなざわめき声が起こり始める物の、皆現在の状況を理解したのか、それぞれ明命や先ほどの二人の方をジッと見やり一斉に頷いてみせる。



「ホッ……どうやら落ち着いてくれたみたいなのです…… 」



 と胸に手をやりつつホウッと安堵の溜め息を吐くと、思わずその場にヘナヘナとへたり込んでしまう明命であったが、そんな彼女に牢の中から長い黒髪の令嬢がすぐさま声を掛けてきた。心なしか、牢の中のご令嬢は苦笑を浮かべていた。



「あらあら、安堵するのはまだ早いですわよ? 何故なら、貴女様には今からすぐ助けを呼んで貰わなければなりませんから? 」


「ハッ……!! そ、そうだったのですっ!! ううっ、今の私のこんなざま、祭様や思春殿に見られたら絶対にお説教されてしまうのです…… 」



 そう窘められると、この場にいない人物の名を挙げ少しへこむ素振りを見せた明命であったが、すぐに気を取り直すと改まって牢の中のご令嬢と少女に向き直る。そして、小声でそっと二人に話しかけた。



「大丈夫です、後は私に任せてください。実は、私の他にも頼れる仲間がおりますので 」


「まぁ、まぁ、それは重畳と言う物ですわ! ならば、一刻も早くお願いいたしますわね? 先ほど(こう)県令が、(しん)と言う奴隷商人と今宵会うと言っておりました。そうなってしまえば、わたくし達は在らぬ所へと売られてしまうかも知れません 」


「わっ、わたくしからもお願いいたしますわ! こちらの方が仰った事ですが、紛れも無い事実ですわっ! 何故なら、見張りの連中がそう話しているのをわたくしも聞いてしまいましたのっ! 」



 二人の言葉を聞いた瞬間――明命は顔を一気に強張らせる。そして、彼女は鉄格子越しに二人の手をキュッと強く握り締めた。



「任せてほしいのですっ!! この周幼平、何が何でもここの皆さんをお救いして見せるのですっ!! だから、だからそれまでの間気をしっかりと持ってほしいのですっ!! ……あ、すみません。名を名乗るのを忘れていました……私は周泰、字を幼平と言うのです 」



 と威勢良く答えて見せた物の、明命は名を名乗るのをすっかり忘れており、少しばつが悪そうに彼女は名を名乗る。そんな明命の様が至極滑稽に見えたのか、牢の中の二人は可愛らしい笑い声を上げると、彼女等もそれぞれ自らの名を名乗り返した。



「クスクス……周幼平様ですね? ならばわたくしも名乗らねばなりません。わたくしは姓は(ふく)、名は寿(じゅ)と申しますの。以後良しなにお願い致しますわ 」


「フフッ。では、わたくしも名乗りますわね? わたくし、まみ――いっ、いえっ! わっ、わたくし姓は(よう)、名は()、字は威公(いこう)と申しますのっ! わたくしの方からも良しなにお願い致しますわっ!! 」 



 黒髪の少女が伏寿と名乗ったのに対し、もう片方の少女は一瞬何か言いかけ、すぐさま慌てて楊威公(よういこう)と名乗ったが、明命はそれを少しも気に留めなかった。寧ろ、黒髪の少女が名乗った『伏寿』と言う名に衝撃を受けたからだ。



「いっ、今何と? 今伏寿と名乗られませんでしたか? 」


「ええっ、そうですわ。わたくしは伏寿と申しますけど……? 」



 改めて名を伺い、間違いなく伏寿本人である事が判ると、すぐさま明命は拱手行礼で彼女の前に跪く(ひざまずく)



「これは失礼を致しましたのですっ! 伏寿様。貴女様の事は、鄧伯苗(とうはくびょう)殿から頼まれていたのですっ! 」


「っ!? 鄧伯苗ですってッ!? そう、露夏(ろか)が……あの子から頼まれていたのですね? 」


「はい、そうなのです。ここの門番に伯描殿が門前払いを受けていた所を私達が偶然通りかかった物でして…… 」



 目を大きく見開き、驚きと嬉しさを交えながら伏寿が言うと、明命はかくかくしかじかとこれまでの経緯を説明する。



「……と言う訳なのです。早速私は主の元へ戻りこの事を伝えますので、どうか今は我慢して欲しいのです 」


「成る程、判りましたわ……それでは、周幼平殿。何卒宜しくお願いいたしますわね? あと、お父様と露夏……伯苗には良しなにお伝え下さいまし 」


「周幼平殿ッ! 再度申し上げますが、本当に、本当にお願い致しますわ! 」


「はいっ、任せて安心なのですっ!! 劉大哥(ダークォ)(一心の通称)は弱き人を見捨てる真似は絶対にしないのですっ!! 」



 説明を終えた明命に伏寿と威公の二人が懇願してくると、対する彼女はえへんと、うっすーい胸を張って答えてみせる。すると、突如威公がしんみりとした顔でおもむろに言葉を発した。



「……実はわたくし、宛に向かわなければなりませんの。襄陽を発つ際、腕の立つ人に同行してもらってたのですが、ここ章陵に入った時にはぐれてしまいまして……今に到りますの。もし、わたくしの同行者に会う事が出来ましたら、この事をお伝え下さいまし 」


「……判ったのです。若しかすると、尋ね人の線とかで会う事が出来るかもしれないのです。もし、差し支えなければその方の名を教えて貰えませんか? 」



 威公から事情を聞かされ、神妙な表情で明命が窺ってくると、更に彼女は言葉を続ける。



「その方の名ですが、向寵(しょうちょう)と言いまして、女の方ですわ。特徴ですが、二十歳前後くらいの外見で背が高く、メイ……じゃなくって、女中の服を何時も着ておりますの。あ、そうそう。殿方みたいな喋り方をなさいますの 」


「……? 判ったのです 」



 『メイ……じゃなくって、女中の服を~』の(くだり)で、何かを言おうとするが慌てて言い直した威公。その様子に明命は小首を傾げて見せた物の、単なる言い間違いであろうと判断し、やや戸惑いながらもゆっくりと首肯する。そして、一旦出直すべく彼女は伏寿と威公に暫し(しばし)の別れを告げた。



「それでは……後でまた来るのです。先ほども申し上げましたが、どうかそれまで我慢して欲しいのです 」


「周幼平殿、ご成功なさる事をお祈り致しますわ 」


「周幼平殿、くれぐれもお気をつけて下さいませ…… 」


「はいっ! 合点承知之助なのですっ! 」



 と明命は破顔一笑で二人に答えて見せると、入って来た時と同じく痕跡を一切残さぬままこの場を立ち去ったのである。

 



――八――




 あの後無事に県令の屋敷を脱した明命は、合流先に指定していた伏家の屋敷に到着すると、早速報告すべく一心(男劉備)達の所へと向かう。



大哥(ダークォ)、それに皆さん。明命只今戻ったのです 」


「おうっ、お疲れ様だったな明命ちゃん。あんたが遣してくれた文と証拠品、しっかりと確かめさせて貰ったぜ? しっかしまぁ、ここの県令はとんでもねぇ野郎だな!? 」



 明命が一心に拱手一礼すると、対する彼は椅子に腰掛けており、左肩に阿呉(アウー)を乗せていた。その一心であるが、彼はしかめっ面で先程の文に目を通しており、傍らの机上には『証拠品』が置かれている。



「お疲れ様、明命 」


「黒猫ちゃん、大丈夫だったか!? 怪我とかはしてねぇか!? 」


「明命、敵の屋敷への潜入はざそ大儀であったであろう? ささ、先ずは私秘蔵のメンマでも食し心身の疲れを癒すが良いさ 」


「明命様、お役目お疲れ様です 」


「お疲れ様です、周幼平様……お嬢様は見つかりましたでしょうか? 」


「周ッ、周幼平殿……娘は? 阿寿(あじゅ)(寿ちゃんと言う意味)は見つかったのですかな? 」


「はい、私は大丈夫なのです。それと……伏閣下、そして伯苗殿。お嬢様の件ですが、取り敢えずは大丈夫なのです。地下牢に囚われておりましたが、それ以外では大事ありませんでした。 」


「ほっ、良かった…… 」


「ほうっ……それを聞いて安心致しましたぞ? まったく、寿命が十年は縮みましたわい。それにしてもあの向こう見ずめ、無事に帰ってきたらきつく叱らんといかんな…… 」



 

 次に、一刀、義雷(男張飛)、星、大喬が慰労の言葉をかけると、伏家の使用人である鄧伯苗(とうはくびょう)、この屋敷の主で伏寿の父である伏完も声をかけるとすぐに伏寿の安否を伺うが、明命から笑みと共に無事を知らされると、伯苗と伏完は安堵して胸を撫で下ろした。



「それでは、これから報告をさせて頂くのです。実は…… 」



 そう切り出すと、明命は先程まで見た事聞かされた事を皆に一切合財話し始めると、見る見る内に全員の顔が朱色に染まり始める。(まなじり)はキッと吊り上り、きつく握り締められた両の拳は怒りの余りプルプルと小刻みに震えていたのだ。それだけではない、それぞれの口元も怒りの相を描いており、義雷の様に歯をむき出して唸ったり、或いは星の様にギリリと歯軋りする音を鳴らしていたのである。



「なぁ、今の話を聞いて皆はどう思う? この寇って糞県令と辛ってぇ奴隷商人は無罪か? それとも……有罪かッ!? 」



 場の雰囲気を打ち破るかのように、一心が重々しく口を開いてこの場にいる者全てを伺うと、彼らはさも当然の反応を示す。



「当然決まってンだろ、兄者? モロ有罪じゃんかよっ!! 昔兄者が痛めつけたあの猪野郎(ブタヤロウ)と同じか、それよりもっと酷い目に遭わせてやんねぇとこちとら気ィ済まねぇぞ!? 」


有罪(ギルティ)ッ!! 兄上、こいつらには然るべき報いをくれてやるべきだ!! 」



 鼻息荒く、両の拳をボキリボキリと鳴らして吼える義雷に、右の親指で首を掻き切る仕草を見せると、それを思いっきり下に突き立て声を張り上げる一刀。



「当然、有罪ですな大哥? ここまでの人非人(にんぴにん)どもともなれば、幾ら情け深い桃香様や蓮華殿でも間違いなく厳しい裁きを下しましょうぞ! それに……一人の女子(おなご)として、こやつらは絶対に赦せぬ!! 」


「さっき、私は必死に助けを求める沢山の女の人達を前にしておきながら、幾ら任務とは言え誰一人として助ける事が出来ませんでした……。だから、はっきり言うのですっ! こんな非道は絶対に赦して良い筈がないのですっ!! 」


「わっ、私も赦せません! 私と小喬ちゃんも昔悪い人達に騙されて、奴隷として売られていました……もし、あの時雪蓮様と冥琳様が私達姉妹を身請けしてくれなかったと思うと……だから、私達の様な子を出しては絶対に駄目なんですっ! 」


「かっ、仮にも県令たる役職に就いていると言うのに、こんな悪事に手を染めてるなんて……士大夫の、いえ人としての風上にも置けませんっ!! 」


「あっ、あの県令……私達の声に一切耳を貸さなかった所か、不正に蓄財していただけでなく人身売買までしていたとは……幹が腐れば枝葉まで腐るとは正にこの事だ! 私の可愛い阿寿にまで手を出したその罪、絶対に赦せぬっ!! 赦してなるものぞっ!! 」



 腕組みして渋面を作り、忌々しげに声を荒げる星。胸の前で両の拳をキュッと握り締め、悔しさを(あらわ)にする明命。自分自身の過去を思い出し、自分自身の両腕をキュッとつかんで小刻みに身震えさせる大喬。


 そして、歯噛みしながらわなわなと全身を身震いさせる伯苗と伏完。皆怒りの反応は様々であったが、彼らは何れも背中から義憤の炎を燻らせており、怒気を漲らせて(みなぎらせて)いたのだ。



「よしっ、それじゃあ決まりだ。皆、これから直ぐに支度しろい! 夜になったら、あの腐れ県令の屋敷に殴り込み掛けるぞ! 出入りだっ!! 」


「応ッ! 」


「兄上、ちょっと待ってもらえませんか? 」



 と一心の号令の下、一同が行動に移そうとしたその時である。一刀が高々と挙手したのだ。



「どうした北の字? 折角これから盛り上がろうってェ時に茶々入れるたァ、些か(いささか)無粋(ぶすい)じゃねェのかい? 」


「あ、あははは…… 」



 思いもよらぬ形で出鼻を挫かれ、白けた風で半目を自分に向ける兄に、一刀は苦笑いで応じる。もっとも、他の者からも半目を向けられたが、状況が状況ゆえに仕方のない事だ。



「水を注した事に関しては謝ります。ですが、只殴り込むよりももっと良い方法を思い付いたんです。あの業突く張りの県令には打って付けじゃないかと思うんですよ 」


「ほう~~北の字よぉ。おめぇさん、何時の間に照世(しょうせい)(男孔明の真名)達の物真似をする様になったんでぇ? まぁ、いい。で――どんな策を思いついたんだ? 言ってみろい 」


「はい、判りました。では、皆様方もそっと近うに。お耳を拝借…… 」



 口角を意地悪く歪ませて一心が一刀に言うと、対する彼もしたり顔で口元に笑みを浮かべる。そして――彼は右の人差し指をクイクイ曲げて一同を近くに招くと、わざとらしくひそひそと『秘策』を囁いた(ささやいた)



「――と、まぁ以上です。ちぃーとばっかし人手とか物とか要りますけど、伏閣下にご協力頂ければ上手く行くと思うのですが…… 」



 説明を終え一刀が期待を込めた視線を伏完に向けると、彼は苦笑いを浮かべてみせる。



「やれやれ――そう言われますと、協力せざるを得ないではありませんか? ですが、見ず知らずの儂等の為に骨を折ってくださってるのです。この伏完、貴方達への全面的な協力を約束致しましょう 」


「有難う御座いますっ! 」



 そう拱手一礼で返す一刀の顔は、実に晴れ晴れとした物であった。




――九――




 その夜の事である。(こう)なる県令は、私室に於いて(しん)なる商人と差し向かいで杯を傾けており、すこぶる上機嫌であった。




「わはははは! さぁさぁ※1辛先生、酒はまだまだありますぞ? もっとジャンジャン飲って(やって)下され。今宵は良い取引が出来ましたからな? 」


「おっとっとっと……寇県令様、酒が零れてしまいますぞ? 」 


「おおっとぉ、これはしたり。折角の酒を零してしまいましたな? わぁっはっはっはっは! 」



 両者とも既に出来上がっていた様で、何れも顔を真っ赤にさせており、辺り一面に熟柿の臭いを撒き散らしている。一見すると、只の中年男同士の飲酒に過ぎないが、会話の内容は聞いてて余り良い物ではなかった。



「それにしても、県令様。今回は大収穫ですなぁ~! 上物の娘が五人に、難なく顔立ちの好い娘が二十六人も。手前と致しましても、出来うる限りの高値を出させて頂きました 」


「これこれ、余り大きい声を出すものではないぞ? まぁ、辛先生の言うとおり今回は可也儲けさせて貰ったからな? グフフフフフフ…… 」



 ぶくぶくと太った体型の寇県令は醜悪な蟇蛙(ヒキガエル)を髣髴させ、実に見るに耐えない物であった。それに対し、辛なる商人はがりがりとやせ細った体格で、両の目はぎょろりとしており、こちらは小狡い蜥蜴(トカゲ)を思わせる。



「ヒック、商売が上手い辛先生の事だ。大方、儂から買い取ったのより更に高値をつけて、どこかで金持ち相手に売り捌く腹積もりであろう? 」


「はっはっは、それを言われては敵いませんな? 私も商人ですし、矢張り儲けが無ければ成り立ちませんからね? まぁ、次回も良い物を提供して下されば、それ相応の値で買取らせていただきますので…… 」



 酒精混じりの息を撒き散らしつつ、寇が下卑た眼差しを辛に向けると、対する彼は苦笑いと共に常套句で返して見せた。



「うむうむ、任せておくが良い。何せ、儂は県令だからな? その気になれば、女や丈夫な男なぞこの県内であれば幾らでも調達できると言う物よ。ふっふっふっふ…… 」


「はははっ、今後とも良しなにお願いしたい物ですな? 」



 醜悪な二重顎(にじゅうあご)を三重どころか四重にして寇が頷いてみせると、辛が愛想笑いで返す。これもいつもの二人のやり取りであった。



「旦那様、旦那様…… 」


「ん? 何だ? 」



 と、盛り上がってる二人の前に女中と思われる一人の少女が跪く。この県令の趣味であろうか、この少女は素肌が透けて見える薄絹の服を着させられており、(くん)と呼ばれるスカートはとても短く、素足を露出させられていた。恐らく、いつもこの蟇蛙に慰み者にされていたのだろうか。少女は体を小刻みに震わせており、雰囲気はどこか隷属的なものが感じられる。



「はっ、はい……。『汝南の遣いと名乗れば判る』と申される方が、旦那様に目通りを願い出ております。いかがされますか? 」



 次の瞬間、先程まで上機嫌であった寇の顔が見る見る内に渋い物になると、彼は舌打ちすると共に悪態を吐いた。



「チッ! あの蜂蜜塗れ(まみれ)の糞餓鬼に、舌先三寸の雌犬めが……。己が無能な故に南陽を追い出されたと言うに、まだわしに貢がせるつもりか? 」


「ひっ!? 」



 と忌々しげに顔をしかめ、懇親の力を込めて酒器や酒肴が載せられた卓をドンと叩くと、卓上の物が振動と共に揺れる。その様に、少女はすっかり怯えの表情になると、力無くへたり込んでしまった。



「まぁまぁ、寇県令。お気持ちは判りますが、この娘が怯えておりますぞ? ここは一旦、一息吐いて落ち着かれるが宜しいかと存じ上げますが? 」


「ハーッ……そうであったな。いやいや、辛先生にはお見苦しい所を見せてしまった。おお、おお。そちにもすまない事をしてしもうたのう? 大事は無いか? 」



 辛に諭され、寇は一息吐いて気分を落ち着かせると、未だ怯えたままの少女の方に向き直り、わざとらしげな『優しい笑み』を向ける。



「はっ、はい……そっ、それで先程の『お客様』の件ですが、いっ、いかが致しましょうか? 」


「ふむ……ならば、ここではなくどこか別の客間に通しておくのだ。後は適当に女どもに命じて酒や食事でも振る舞っておけ。『儂は今忙しい。後で必ず伺う』と申し伝えておくのも忘れるなよ? 」


「かっ、畏まりました…… 」



 尊大な口振りで少女に言い渡し、彼女が奥の方へと消えていくと寇は「ふん」と鼻を鳴らして座に座り直した。



「全く……あれだけ散々貢いでやったと言うに、まだ足りぬと申すか…… 」


「おやおや、県令様。まだ『あの方々(OBAKAども)』との縁をお切りになってなかったのですかな? 」



 わざとらしげに気遣うような素振りで、辛が寇の杯に酒器を傾けてやると、彼は苦々しく語り始めた。



「既に存じてると思うが、儂はかつて徴税官だった頃当時の太守であった袁術と側近の張勲(ちょうくん)めにこれまで『必死に集めた金品』を貢いでいたのだ。まぁ、その結果儂は章陵(ここ)の県令になれた訳なのだが、県令になればなったらで今度は奴等から要求するようになってなぁ……それは徐々に膨れ上がり、儂が先生との取引で得た金の約六割は奴らの懐に入ったと言っても過言ではなかったぞ 」


「そう言えば、時折ぼやいておりましたなぁ? 無能なくせに、家名と贅沢を好む所は立派だと 」


「うむ、確かにそう言った事もある。で――ようやくあの連中が南陽から出て行ったし、これで奴らから解放されると思っていたのだが……この有様よ。おまけに、もし断ろう物なら儂がしていた事を全てばらすとも脅してきよった 」


「成る程……そうなりますれば、手前の方と致しましても商いに悪影響が出るやも知れませんなぁ? 」


「全くだ……何かいい知恵は無いものかのう? 」


「ふーむ…… 」


「旦那様、旦那様……宜しゅう御座いましょうか? 」



 とうんうん唸る二人の中年男であったが、二人の前に先程の少女と同じ服装の別の少女が跪く。先程の少女が豊満な体型をしていたのに対し、この少女は細身であった。



「……うむ? 何だ、申してみよ 」



 不意を突かれ、思わず目をぱちくりとさせた寇であったが、直ぐに気を取り直し彼女に言い放つ。



「はい、街の方々が日頃激務でお疲れであろうと、旦那様を労いたく宴を開きたいと目通りを願い出ております。如何致しましょうか? 」


「なあっ!? うっ、宴とな? 今まで斯様な話は聞いた事が無かったぞ!? 」


「ほほう~、民衆にここまで慕われているとは。流石は寇県令様。これこそ正に人徳のなせる業ですなぁ? 」



 思いもよらぬ申し出に、寇がびっくり仰天と言った風で目を大きく見開いてると、相槌を打つかの様に言葉を発す辛。すると、忽ち寇は顔をだらしなく緩ませた。



「これこれ、幾らおだてた所で何も出ぬぞ? ぐふふっ 」


「いやはや、ここまで民に慕われる県令様は今まで見た事がありません。正しく貴方様こそ士大夫の鑑でしょう 」


「わっはっは。そこまで言われると、何だかこそばゆいのう~~ 」



 矢鱈目鱈と辛におだてられ、すっかり舞い上がる寇。今の彼なら大樹のてっぺんまで登れそうな勢いが感じられる。



「だ、旦那様。いかが致しましょうか? 」


「うむ、先ずは目通りを願い出て居るのであったな? ならば会うて(おうて)やろう 」



 恐る恐る少女が伺うと寇は完全に上機嫌になっており、彼は満面の笑みと共に快諾したのである。


 


※1:この場合は『辛さん』と言う意味。『教師』の意味での『先生』は『老師』。




――十――




「ほほう、そち達が儂を労いたいとな? 」


「はっ、左様にて御座いまする。我等一同、連夜激務でお疲れの寇県令様を労いたく思い、此度はささやかなれど宴を催さんと参りました次第にて御座いまする 」



 早速寇は住民の一団を邸内に招き入れると、わざとらしく威厳のある素振りを見せ付ける。そんな醜悪な蟇蛙の前にて、拱手行礼で跪き見事な口上を述べるは一心(劉備)であった。



「お口に合うかどうか不安では御座いますが、皆で酒肴(しゅこう)を持ち寄って参りました 」



 そう言って一心が左手をかざして見せると、後ろに控えていた一刀や義雷を始めとした仲間達の他に、伯苗(はくびょう)鄧芝(とうし))や他の伏家の使用人たちが、様々な料理が載せられた皿や美酒で満たされた壺を高々と掲げて見せる。それらの物を目にし、寇は益々満足げに頷いて見せた。



「ふむふむ、ここまで儂を慮って(おもんばかって)くれるとは……まこと、そちたちこそ民草の鑑と言う物だ。褒めて遣わすぞ? 」


「県令様から過分なまでのお褒めの言葉を頂き、まこと恐悦至極にて御座いまする 」


「どれ、折角の馳走を無駄にする訳にも行かぬからな? 早速始めてくれ! 」


「ははっ! それでは、僭越ながら慰労の宴を始めさせて頂きまする 」



 歓喜の余り、贅肉で膨らんだ顔をプルプル震わせ申し付ける寇に対し、優雅な仕草で畏まる一心。



(ケッ……手前ェにとっちゃ、最後の宴になるんだ。精々楽しませてやらぁ! )



 ――が、この時彼は口角を意地悪く歪ませ、内心毒吐いていたのである。



「ささ、皆の者。県令様からお許しを頂いたのだし、待たせてはならぬ。早速宴席の支度を始めるぞ? 」


「「「はいっ! 」」」



 そう一心が言うと、皆は一斉に動き始め、あっという間に庭内に宴席が設けられた。



「お待たせ致しました。県令様、宴の準備が整いまして御座います。ささ、こちらへどうぞ…… 」


「ふむ、中々どうして立派ではないか。おおっ、そうだ。儂の客人も招いても良いかの? 」


「はい、畏まりまして御座います。なれば、お客人の分も直ぐに用意致しまする。酒も料理も不足分は至急手配させます故に…… 」



 こうして、寇は馬商人(実は奴隷商人)の辛を同席させると、盛大に宴を始めたのである。



「ささ、どうぞなのです 」


「ささ、どうぞご一献。肴に特製メンマはいかがでしょうか? 」


「どうぞ、お召し上がりくださいませ 」



 女中の服に身を包んだ明命と星、そして伯苗の三人が客人(ホスト)たる二人の杯に酒器を傾けたり、料理を小分けにした皿を差し出したりした。



「おおっと……ふむ、そちは中々酒の注ぎ方が上手い様だな? 褒めて遣わすぞ。それにこの料理も中々美味そうではないか 」


「これはこれは……かたじけない。ハハッ、これほどの美女に酒を注いでもらうとは……これならどんな安酒も極上の美酒に化けそうですな? それに特製メンマとは、一体どんなメンマなのやら? ならば、そちらの方も馳走になりましょうかな? 」



 完全に緩みきった表情で寇と辛がお持て成しを受け捲くっていると、その傍らで一心がとある方を見やり声高に叫ぶ。



「ささ、持て成しは酒や料理だけでは御座いませぬ。余興も用意致して御座います。これ、県令様方に踊りを御覧に入れさせよ 」


「はい、畏まりました…… 」



 と、彼が見やった方から綺麗な舞妓の衣装に身を包んだ大喬が姿を現す。彼女はススッと二人の前に歩み寄ると、優雅な拱手行礼を行い、小さい口から透き通る様な美声を紡ぎ出した。



「瑣末な素人芸では御座いますが、どうか最後まで御覧頂きたく存じ上げます 」


「おおっ、おおっ……。まだ幼い様だが、これはこれで中々……何と美しいのだ…… 」


「ま、全くですな。こっ、これ程の器量良しは中々お目にはかかれませんぞ? 」



 どうやら、二人はこの小さな美少女に骨抜きにされたようだ。そして――次に奴等はだらしない顔のままで、何やら良からぬ事を互いに耳打ちし始める。



『ところで、どうだ……宴が終わり次第、何か難癖をつけてこの娘を手に入れようと思うのじゃが…… 』


『これはこれは県令様もお人が悪い……もし、もしもですぞ? 売り物になされるのであれば、是非とも私にお声を掛けて下さいまし。この娘なら、先程の長い黒髪の極上品と同じ位……そう、一万銭の値を付けましょう! 』


『ふむ……それも悪くはないやもしれぬが、これほどの物になるとなぁ……まぁ、良い。先ずはこの者の舞を見てから考えよう 』


『ええ……お話の続きはまた後にでも 』


「…… 」


(この二人、昔私と小喬ちゃんを騙した悪い人達に雰囲気がそっくり……物凄く嫌っ! )



 二人が一体何を企んでるのか、それから発せられる物で悟ったのであろう。無言を通す大喬であったが、その心中では奴等への嫌悪感を募らせていた。



「おやおや、気が昂って(たかぶって)居るのか? 問題無い。何時もの様に一呼吸置いてから舞うが良い 」


(大喬よ、安心するが良い。雪蓮からそなたの身を預かってる以上、この一心がきちんとそなたを護って見せるからな? )



「スウッ…… 」


(大丈夫。今の私には雪蓮様、そして雪蓮様と私を愛してくれる一心様や皆が付いている。だから、私は私の役目を果たさなくっちゃ )



 然し、一心が優しげな眼差しを大喬に向けると共に温かい言葉をかけて来ると、彼女は一息入れて気持ちを切り替える。それを合図に、伏完が苦心の末に掻き集めた芸人たちが演奏を始めると、大喬は華麗に舞い始めた。




「ふふっ。運が良かったわね、貴方達? 何せ、この尊娘々(そんにゃんにゃん)様たちが偶々巡業で章陵(ここ)に立ち寄ってたから、手を貸して上げられるんだから 」


(これが終わったら一刀さんと逢い引きでもしちゃおうかな? ついでに秀児様に挨拶でもしとくのも良いかもしれないわね? )


「楚々ちゃんが得意なのは歌だけじゃないのよ~ん♪ 楽器の演奏もバッチリだし、聞いた者の心を鷲掴みにしちゃうんだから~ン♪ ウッウ~ン、極・好(ジィハオ)~~ン!! 」


(報酬は後で宛の桃香ちゃんや蓮華ちゃん達の方に請求しとくわよ~~ン♪ 取り敢えずぅ、大出血のご奉仕価格という事で五百銭位(約十五万円)に負けとこうかしらねん♪ )



 ……のだが、楽器を演奏する芸人の一団の中に、一刀達にとって見知った顔が約二名。この芸人達であるが、実は楚々と高伯の『際兄妹』率いる芸人一座であったりする。表向きは笑顔を振りまいていた物の、この兄妹の腹積もりは可也強か(したたか)な物であった。



「これは……何とも美しい……舞だけではない。演奏の方も、何とも美しくそして心地良い音色を紡ぎ出しているのだ…… 」


「まっ、(まこと)に左様で御座いますな!? 心が洗われるほど美しいと言うのは、正にこの事ではないかと…… 」



 美しい舞と演奏の虜になったのか、寇と辛は何れも恍惚の表情を浮かべている。両の眼は小さな舞姫の舞を必死に追い、両の耳は一座の演奏が紡ぎ出す音色を一つも零さんと懸命に拾っていた。


「うわぁ……この()の舞、何て美しいんだろう…… 」


「ほほぉ~、こんな舞を踊る娘見た事ねぇぜ? 」


「舞だけではありません。演奏の方もそれに見合う物だからこそ、あれだけの美が成り立っているのです…… 」



 無論、虜になったのは彼等だけではない。傍らに控える女中達や、強面の兵士も先程の二人と同じ表情になっている。



『……それじゃ、三人とも。手筈通りに頼むよ? 』


『うむっ、判っているぞ。一刀殿 』


『一刀様、任せて欲しいのです 』


『はい、畏まりました仲郷殿 』



 そんな感じで、この場にいる者達が幻想世界の虜になっている最中、こっそり一刀が動き出す。早速彼は星と明命、そして伯苗の三人に小声で囁くと彼女らは力強くうなずき、そして行動に出始めた。



「ささ、貴方達も御召し上がれ。酒の他にも特製メンマを始めとした珍味も用意しておりますからな? 」


「今宵ばかりはここの使用人や兵士の方々もお客様なのです。どうぞ御一献傾けて欲しいのです 」


「どうぞ、このお酒は飲み口も良いし余り残りませんから、女の方も安心して飲めますよ? 」


「え? 酒とメンマを勧めてくれるのはありがてぇが、俺はまだ仕事中だ。酔い潰れちまったら、それこそ首にされちまう 」


「あぁ、悪ぃなお嬢ちゃん。俺もそいつと同意見だ。腐っても俺たちゃ雇われの身なんでな? 仕事が終わってからだ。飲めるのは 」


「す、すみません。幾ら旦那様方が楽しんでるとは言え、使用人の私達まで楽しむ訳には行かないのです。どうか悪しからず御了承頂きたく存じ上げます…… 」



 ――と、彼女等は傍らに控えていた見張りの兵士や、どう見ても性欲処理目的と思われる傍女中(そばじょちゅう)にまで酒肴をすすっと突き出していたのである。最初は己の職務に忠実であった彼等であった物の、眼前に突き出されたそれらの美味そうな誘惑に負けたのか、終に折れてしまう。



「う、うむ……まぁ、しゃあねぇか? 本来は駄目なんだけどよ、旦那方も夢中になってるようだし、少しばかりならばれねぇかな……? 」


「一口っ、一口だけだからな? 一口つけたら仕事に戻らせてもらうぞ!? 」


「せ、折角のご好意を不意にするのも何ですから、少しだけ…… 」



 そう口々に言うと、彼等は差し出された物に手をつけ始める。それは、獲物が罠にかかった瞬間でもあった。『上手く行った』――そう内心で思うと、僅かにではあったが星達三人は口角を歪める。



「このメンマ、マジでうめぇな? 代わりをくれや! 」


「くぅ~~っ、こんなに美味い酒飲んだの久し振りだぁ~! もう一杯くれ! どうせ旦那達ゃ、踊りに夢中になってこっちに気付かねぇんだ!! なら、少し位ぇ羽目外したって文句なんざ言われねぇもんよ! 」


「ふうっ、お酒を飲むなんて久し振り……お代わりをお願いしても良いですか? 」



 余程心が強くない限り、一度甘い誘惑に乗せられれば、人はあっと言う間に気が緩んでしまう物だ。最初は「一口だけ」、「ちょっとだけ」の積もりでいた筈だったのに、いつしか彼等は杯を重ねたり或いは次から次へと様々な料理に箸をつけている。



『よしっ。他の所にも使用人や兵がいるかどうか、この邸内をくまなく探して見てくれ? そして、見つけたらさっきと同じく酒と料理を勧めるんだ 』


『『『合点承知之助ッ! 』』』



 そう一刀が言うと、星達だけでなく他の伏家の使用人たちも屋敷内を隅々まで駆けずり回り、探し当てた他の者達にも酒肴を勧めてはその虜にさせるのであった。




――十壱――




 大喬が舞い始めてから、彼是四半刻(約三十分)ほどの時間が経過した。一見小柄で且つ儚げな位に華奢な外見の彼女ではあるが、幼少の頃から一通りの芸事を仕込まれており、長時間舞えるほどの体力は持ち合わせている。よって、うっすらと汗はかいていた物の、大喬は息切れ一つせず美しく舞い続けていた。



「はぁ…… 」


「ほぅ…… 」



 一方の寇と辛。この悪党どもの意識は未だ現実に還って来ておらず、さっきと同じ表情のまま大喬の舞に見惚れており、彼らの脳内からは先程までの悪巧みの存在が綺麗さっぱりと消え失せていた。



「……ケッ! どうやら、人並みに美を感じられるみてぇだな? 正直、あんな奴等が大喬の舞をジッと見てんのかと思うと、物凄く虫唾が走るってモンだぜ!? 」


「兄者ぁ。どう見ても、ありゃあ蟇蛙と蜥蜴が大喬ちゃんに鼻の下伸ばしてるとしか思えねぇぞ? ハァ~ア……それにしてもよぉ、幾ら北の字の策たぁ言っても、目の前に酒があるのに飲めねぇたぁ正直きついモンがあるよなぁ…… 」


「あ、あはは。兄上、義雷兄者。もう少し、もう少しの辛抱です。お願いですから、まだ暴れ出さないで下さいね? ね? 」



 と、彼等から少し離れた所で腕組みしつつ、露骨に毒吐く一心と、苛立たしげに身を揺すらせ、やるせない表情の義雷。そして、二人の兄に対し何遍も申し訳無さげに頭を下げる一刀。



「あぁ、判ってる。だから何遍も頭ァ下げんなって 」


「安心しな。こう見えても俺様ァ『知性派』ってェ奴だからよ。それに、こん位ェの程度なら、まだ辛抱できる範疇だぜ? 」


「ほっ…… 」



 と、二人が苦笑交じりで一刀に言うと、安堵したのか彼は一息吐いて胸を撫で下ろす。そんなやり取りをしていた三匹の所に、女中メイド姿の星が早足でやってきた。



「お三方とも、こちらの方は全て終わりましたぞ。明命と伯苗殿達が指示通りに動いてくれましたからな? 」



 そう、不敵な笑みを浮かべて彼女が言うと、三人は何れもニヤリと凄惨な笑みで顔を歪ませる。そして――



「よし。それじゃ、仕上げに行くとするか。あの県令にこれまでのツケを支払わせてやるっ……! 」



 と、一刀は右手を高々と掲げると、指をパチンと鳴らして辺りに音を響かせる。それは合図だった。



「それっ! 今だ、とっ捕まえろっ!! 」


「よっしゃ、行っくぜぇ! ついでに一発や二発ぶん殴っても構わねぇぞ!! 」


「なっ!? なっ、何をするのだ!? おごおっ!!  」


「うわっ!? い、行き成り何をなされるかっ!? げぶうっ!? 」



 そう、一心と義雷が叫ぶと共に駆け出すと、他の者達も一斉に動き始め上座の寇と辛に殺到するや、忽ち(たちまち)彼らに縄を打つ。一方の下種どもであるが、行き成り現実に引き戻され、且つ突然の出来事に付いてこれなかった為か可也錯乱しており――



「るせぇぞ、この蟇蛙っ! 臭ェ脂を撒き散らすしか能がねぇ癖に、一丁前(いっちょめぇ)に人様の言葉を語るんじゃねぇよっ、おらあっ!! 」


「ぶべぶべぶべぶべららっ!! 」


「ヤイコラッ!! 蜥蜴の分際でやかましいんだよおっ!! ったく、人様と同じ扱いでてめぇを裁いてやるんだ。有難く地に這い蹲って(はいつくばって)感謝するこったなっ!? まずはこれでも食らいやがれっ!! 」 


「おぶ、おぶおぶおぶおぶおぶぶっ!! 」



 ――それに付け加え捕縛された際に一発二発どころか、相当な数の拳の洗礼を受ける始末。尤も、その中心人物は一心と義雷であったが――。



「い、一心様ぁ~! 」


「おおっ、大喬ちゃんお役目大儀だったな。後でちゃあんとご褒美をあげるからな? 」


「あ、有難う御座います…… 」



 “県令の注意を惹き付ける”と言う役目を終え、トテトテと大喬が一心の許へ小走りに駆け寄ってくると、優しげな笑みと共に彼は彼女の頭を撫でる。すると、忽ち大喬の顔に赤みがさした。



「なっ、何をするか。この無礼者どもめが!! 儂の名に於いて、即刻手打ちにしてくれるっ!! 」


「わ、私は寇県令の客人だぞっ!! 私に対する無礼は、県令様に対する無礼も同然だ!! 」


「…… 」 



 その一方で、捕縛した寇と辛に対し、侮蔑するかの様に冷たく一瞥(いちべつ)くれる一刀。そして、掃き捨てるかのように彼は冷たく言い放った。



「無礼? 無礼ねぇ……これまで散々悪事を働いといて、良く言うもんだぜ? 」


「なっ、何を言うか!? 儂等が何時どこでどの様な悪事を働いたのだっ!? 」


「そ、そうですぞ!! こちらの寇県令は常日頃真面目に政務に取り組んでおりますし、手前は至って普通の馬商人にしか過ぎませんっ!! 」


「なっ……!? 」


「んなっ……!? 」


「何だと……っ!? 」


「こっ、こやつらはっ……!! 」



 ――が、この期に及んでも、白を切る寇と辛。これには堪らず絶句する一刀と一心、そして義雷と星。然し、それに構うとこなく、二人は何処か(いずこか)見遣り(みやり)ながら大声で喚き散らす。



「え、ええいっ!! 兵どもは一体何をしておるのだっ!? こんな時の為に、儂は高い金を払って雇い入れておるのだぞっ!? 」


「だっ、誰か、誰かァ! わっ、私達を助けて下されえっ!! 」



 と喚き散らした二人であったが、彼等の叫びに応ずる者は誰も居らず、その様を見て一刀の隣の星がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。



「フフッ。お生憎だが、貴様等の願いは叶いそうにも無いぞ? ここの屋敷の者達だが、全て我々が精一杯持て成したからなぁ? 『特製の酒肴』で腹を満たして貰ったから、今頃夢の中で泰山に登ってるだろうよ? 」


「なっ、何だとおおおおっ!? 」


「そ、そんなぁ…… 」



 愕然とした表情で、二人が見る見る萎んだ(しぼんだ)かのようになると、女中姿の明命がその場に現れた。その表情は実に晴れやかで、足取りの方も軽く、弾む様な声で高らかに叫んだ。



大哥(ダークォ)、そして皆さんっ! 明命、囚われていた人達を全員解放してきたのです! 」


「おおっ、そいつぁ重畳だぜ明命ちゃん! で、全員無事か!? 」


「……それなのですが、長い事地下に監禁されていたせいか若干衰弱気味である物の、命に別状は無いのです 」


「あー……そいつぁ、しゃあねぇな? まっ、治療費や慰謝料はこの猪野郎(ブタヤロウ)どもに出させるさ。何せ、あんな高価そうな金の耳飾りを、まるでゴミみてぇに扱ってたんだしな? 全員分払っても、恐らく釣りが出るだろうよ? 」



 苦々しい表情で、一心が寇と辛にジトリと半目を向けると、明命の後ろから伏寿と威公が姿を現した。



「貴方が劉伯想殿ですね? 初めまして、私は伏寿と申します 」


「同じく初めましてですわ。(わたくし)は楊儀、字を威公と申しますわ 」



 そう、二人の淑女が優雅な所作にて拱手一礼するが、思わぬ形で不意を衝かれて(つかれて)しまった彼等は目をぱちくりさせると――



「おっと、すまねぇ。おいらが劉伯想だ。挨拶を返すのが遅れて失礼しちまったぜ 」


「悪ぃな、可愛い嬢ちゃんたち。俺様は劉伯想が義弟の張叔高! 」


「これは失礼、俺は伯想の弟の仲郷だ。仲郷と呼んでくれ 」


「これは失敬した。何せ突然の事だった故に反応が遅れてしまった。私は伯想殿が従者が一人趙子龍だ。以後良しなに 」


「ふふっ、別にそれ位の事で貴方達を咎めたりしませんわ。寧ろ、貴方達がご尽力して下さったお陰でこうして助かる事が出来たのです。貴方達には感謝してもしきれません 」


「ええ、伏小姐(シャオチェ)(伏家のお嬢様)の仰られる通りですわ。貴方方には感謝されこそすれ、咎める理由なぞありませんもの 」


「はははっ…… 」



 と、慌てて拱手一礼にて答えるが、対する彼女らは一向に構わないと言った風である。思わず気恥ずかしくなってしまい、一心達は苦笑いを浮かべた。そして――



「紅麗お嬢様ぁ~! 」


「ああっ、露夏! 露夏のお蔭で、こうして私達は助かる事が出来ました。貴女には感謝しても仕切れませんわね? 」


「いっ、いえっ、そんな……私には勿体無いお言葉です 」


「謙遜しなくても良いのですよ? 露夏、貴女の小さな勇気がこちらの勇敢な方々から協力を取り付ける事に繋がったのです。それは貴女の子々孫々にまで誇っても良いと思いますわ 」


「紅麗お嬢様…… 」



 と、感動の再会に互いに涙ぐむお嬢様とその侍女であったが、その一方で彼女らの傍らではこんなやり取りが交わされていた。



『判って居られるとは思いますが、義雷様。あちらのお嬢様方に変な気を起こさないで欲しいのです。それに……先ほど伯苗殿に射るような視線を向けていたのです……伯描殿だけではありません。朱里殿に雛里殿、そして優里殿(諸葛瑾(しょかつきん))にも懸想していたようですし…… 』


『わ、わあってらい! だから心配すんなって!! 言っとくが、俺様は黒猫ちゃん一筋なんだぜ? 』


『……ならば、後でそれを証明してほしいのです 』



 そう明命に耳打ちされると、焦りを浮かべてたじろぐ義雷。どうやら、彼は幼げな外見の少女を嗜好する傾向が強いと思われる。そんな二人を他所に、一心は一刀の方に歩み寄ると、その肩をバンバンと叩きながら弟を褒めた。



「さてと、後はこいつらを処罰するだけだな? それにしても北の字よぉ。今回おめぇさんが考えた策、中々のモンだったな? まぁ、照世達のに比べりゃ思い切り劣るかも知れねぇが、策を練る経験を積むにゃ丁度良かったかも知れねぇな? 」


「ははっ、正直ここまで上手く行くとは思わなかったんですけどね? それに、俺桃香や蓮華より策を練るの苦手だし…… 」


「あー……そう言えばおめぇさん、あの二人に一度も象棋で勝ててなかったな? 余りにも酷ェもんだから、見るに見かねた照世からも『駆け引きでは二人に劣る』って評価を下されちまったしなァ? 」


「ウウッ、それを言わないで下さいよぉ、結構気にしてるんですから。俺が弱いんじゃなくって、あの二人の方がべらぼうに強いだけなんですよっ!? 」


「判った判った。まっ、そう言う事にしといてやるさ。手厳しい評価を下した照世だけどな。その一方で、「水準よりは上」とも評価してくれたんだ。だから、あんまり気にするこたぁねぇさ 」


「あっ、有難う御座います。それを聞いて安心しましたよ 」


「あ~~まぁ、その、なんだ。戦に赴く時ゃあ出来る参謀用意しとけって道信と喜楽が言ってたのを忘れてたぜ 」


「そっ、それって……策を練るのに向いてないって言われたのに等しいんじゃ……ハァ~ア、自信なくしちゃいそう…… 」



 と兄から言われて、文字通りガックシと両肩を落として落ち込む一刀。そのやり取りが可笑しかったのか、伏寿と威公を含め周囲の皆から盛大な笑い声がドッと沸き起こった。




――十二――




(ん……? この劉仲郷って殿方、どこかでお会いした事があるような……? ですけど、(わたくし)が知ってる人の中に、片目が不自由な方はおりませんでしたし…… )


 そこから少しして、笑いが収まったのか。自分等を助けてくれた人達の顔を改めて覚えておこうと思い、威公(いこう)楊儀(ようぎ))は一心達の顔をじっと見やっていたのだが、その際一刀の方に目を向けた瞬間思わず彼女は眉を顰める(ひそめる)


 何故ならば、彼の顔貌(かおかたち)に何やら見知った物を感じ取ったからだ。然し、目前の一刀はわら(・・)で編んだ眼帯で右目を隠しており、自分の知り合いでその様な人物は一人もいなかった。



「ん? 威公殿、如何されたかな? もしや、何か俺の顔についているのかな? 」


「ひゃあっ!? 」



 どうやら彼女の視線に気付いた様だ。やや大きめの声で(おもむろ)に呼びかけると、一刀は戸惑いながらも威公に顔を向けたのだが、次の瞬間意外な出来事が起こった。



「……んんっ!? あれ? 俺、君とどこかであった事があるかな? 」


「え? え? そ、それはどう言う意味ですの? 」



 ――そう言うと、彼は左目を怪訝そうに狭めて彼女の顔をじっと見つめ返す。そして、顎に手をやり、眉根を少し吊り上げると、重苦しそうに口を開いた。



「う~ん……君の顔や姿形なんだけど、どこかで見かけた記憶があるんだ。だけど、多分他人の空似かも知れない。もし、気を悪くしたのなら謝るよ、どうかお許し願いたい 」


「いっ、いえっ。先にご無礼な真似をしたのは私の方ですわ!? こちらこそ、お許しを願いたく思いますの 」


「くっ、くくっ……こっ、これはしたり。思わず噴出してしまった 」


「ふっ、ふふっ。たっ、確かに可笑しいですわね? 」



 結局、少しばかり首を傾げて唸った所で解決の糸口にも繋がらない。そう判断し、軽く頭を下げ一刀は自分の非礼を威公に詫びると、対する彼女も慌てて頭を下げた。だが、互いに謝り合う姿が滑稽に思えたのか、思わず二人は軽く噴出し笑いをしてしまった。


 クスクスと可愛らしく笑い声を上げる威公の顔を見ていた一刀だった――のだが、次の瞬間。ふと一刀の脳裏にとある出来事が鮮明にに蘇る。それは彼にとって、余り思い出したくない心の古傷であった。



――今から約二年前。一刀がこの世界に来る直前の聖フランチェスカ学園において――



『先に結論を申そう。済まぬ、それがしは貴殿の気持ちに応えられぬ。だが、こんなそれがしの事をを好きだと申してくれて、真に嬉しく思うぞ。今更こんな事を申すのも真に憚られる(はばかられる)のだが、貴殿は章仁――いや、早坂殿にも負けず劣らずの素晴らしい男子だと思っている。だからこそ、今後とも互いに部活での先輩後輩の良き関係でいたいのだ。無体な事を申す様で、真に申し訳なく思うのだが、明日からはいつも通りで願いたい 』


『はっ、はい……。不動先輩。こんな俺の告白を最後まで聞いてくれて……本当に、本ッ当に有難う御座いましたあっ! 』


『あぁ……それでは、これにてごきげんようでござる。明日、また道場でな? 』


『残念でしたわね? 如耶(きさや)姉様には想いを寄せている殿方が居りますの。今の姉様に北郷様が入り込める余地など、到底あるとは思えませんわね? 』


『おごおっ!! 』


『これに懲りたら、変な真似を起こさぬ方が身の為だと思いますわ? 貴方の様なゴミムシ以下の存在が、姉様に近づこうとする事自体身の程知らずだと思いますのに……一体何を考えていらっしゃるのかしら? 』


『ゴッ、ゴミムシ……ガーン、ガーン、ガーン…… 』 




  ――「不動(ふゆるぎ)如耶(きさや)」――聖フランチェスカ学園の剣道部主将にして、嘗て一刀が恋心を抱いた一歳年上の女性。この世界に来る直前に勇気を出して如耶に告白した物の、見事に玉砕してしまい、更にはその際彼女の遠い親戚に当たる下級生の女子からきつい言葉で罵られたのだ。



「……ッ!? 」


(そうか。この威公って娘、顔や姿形が不動先輩の親戚と瓜二つなんだよ。だからか、さっき思わずハッとなっちまったのは。確か、『真宮(まみや)璃々香(りりか)』って名前だったか? はあ~~ぁ、何であんな奴の顔を思い出しちまったんだかなぁ……兄上達じゃないが、何だか酒を飲みたい気分になってきた )



 この少女と瓜二つで、思い出したくもなかった生意気な後輩の顔を思わず目の前の彼女に重ねてしまうと、険しげに顔を顰めて頭を掻き毟り(かきむしり)、大いに一刀は嘆息した。



「ハァ~~ァ…… 」


「あ、あの……。仲郷様、如何なされましたか? 何やらお顔に険が入ってるようですが……わたくし、何か粗相(そそう)を致しましたか? もし、そうであれば謝りますの…… 」


「いっ、いやっ……何でもない、何でもないんだ。ただ、君に瓜二つだった奴を思い出してしまってさ。そいつに関して余り良い思い出が無かったんだ。だから、思わず顔に出ちまったんだよ。こちらの方こそごめんな? 君の気を悪くさせちまって…… 」


「いっ、いえっ。それでしたら別に……気に致しませんの…… 」


「ッ…… 」



 どうやら、一刀のそれは威公の目にも映ったようで、彼女は慌てふためくと共に怯えの表情になるが、すぐに一刀は己の非礼を素直に詫びる。そして、その後両者の間には何やら微妙な空気が流れ込んでしまい、二人は言葉を交わせなくなってしまった。



「あっ! そっ、そう言えば威公殿には尋ね人が居られたのですよね!? 確か向寵殿と言う御仁でしたよね!? 」


「え? あ、はい。そうですけど? 」


「明命? 」



 と、場の空気を一転させるかの如く、突如明命が間に割って入るや威公に声高に尋ねる。突然の出来事に目を白黒させる威公と一刀であったが、明命が気を利かせてくれたのだと一刀は即座に理解した。若干戸惑い気味になりながらも、威公は明命に応える。



「こうして県令も捕えましたし、威公殿の身の保障はされましたから、ここは所在を明らかにされては如何でしょうか? もしやすると、その向寵殿に会えるかと思うのですが? 」


「あ、あー……たっ、確かに貴女の仰る通りですわね? なら早速―― 」



 そう威公が明命に言葉を返そうとしたその時である。落ち着きを取り戻した威公達の前に、何やら黒色の球体が放り込まれたのだ。



「え? なっ、何ですの? これは? 」


「はい? これは一体…… 」


「まっ、まさか、これはっ!? 二人とも、これは―― 」



 思わず目が点になり、転がったそれをまじまじと見つめる威公と明命。その正体に勘付いたのか、二人に何か言おうとする一刀であったが、物凄い轟音と共に巻き起こった煙に遮られてしまった。




――十三――




「くそっ、やっぱ陽翟(ようたく)張闓(ちょうがい)が使った『アレ』と同じモンかよっ!!  」


「ゲホッ、ゴホッ! なっ、何なんですの~~!? 」


「迂闊だったのですっ!! 陽翟で同じ目に遭わされていたのに、すっかり失念していたのですっ!! ゴホッ、ゴホッ! 」


「くそったれっ!! 一体ぇ(いってぇ)、何処のどいつでぇ!? 」


「ちきしょおがあっ! 何処の誰なんだよ、余計な真似しゃあがったのはあっ!? 」


「いやぁ~~ん!! また髪と服が台無しよぉ~!! 」


「ゴホッ、ゴホッ! くそっ! これでは、まるで陽翟の時と同じではないかっ!? 」


「ケホケホッ、けっ、煙い…… 」



 もうもうと黒煙が辺り一面を多い、様々な悲鳴や怒号が飛び交う。そして――



「こっ、これぞ正しく天佑(てんゆう)!! 」


「けっ、県令様っ! どうか私をお見捨てにならないで下さいませ!! 」


「後で必ず助けに来る!! 然るに、辛先生には暫く辛抱していただきたい!! 」


「そ、そう言ってご自分だけ逃げるお積りかっ!? 」


「これは逃げるのではない! 転進なのだっ! そうよ、圧倒的不利な状況を打破する為の転進に過ぎんのだっ!! 」


「くっ、くそうっ!! 後で呪ってやるぞ!! 」



 そう声高に叫び、寇はこの場からの逃走を図る。その際辛から助けを請われるが、無情にもあっさりと見捨てた。彼から呪詛の言葉を吐かれながらも、寇は肥満体をごろごろと転がし、屋敷の塀にぶつかるとそれを支えとして立ち上がり、後はひたすら全力で走り去って行ったのである。



「出て来いっ、この糞県令がっ! 調べは付いているっ、神妙に出て来いッ! 」



 寇が逃げ去ったのと入れ替わりになる形で、今度は何処からか若い女の物と思われる怒鳴り声がビリビリと響き渡る。その頃になると、辺り一面を覆っていた煙も晴れ始めており、その中から一人の女性が姿を現した。どうやら、先ほどの怒鳴り声の主と思われる。



「さぁ、拐かして(かどわかして)くれた私の連れを返してもらおうか? ついでに、さっき放り込んだ煙玉分の金も払ってもらうぞ!? 」



 と未だ怒り心頭で叫ぶと、彼女はフンと一息吐く。これらの発言の内容からして、「煙玉」を放り込んだのは間違いなく彼女であろう。その彼女であるが、女性にしては背が高く、長身の雪蓮と同じくらいと思われた。


 着ている服の方はと言うと、どう見てもメイドが着る様な物で、(くん)と呼ばれるスカートが足首まで覆うほど長いのも特徴的である。


 彼女は武装しており、すらりとした右手には槍を携え、腰には柄に丸い環が付けられた「環刀(かんとう)」と呼ばれる刀を佩いている。


 大きい乳房が激しく強調された体には、飛刀が何本も括り付けられた革帯を巻きつけ、短く切った黒髪が良く映える小さめの頭には鉢巻を巻いており、それには(ひょう)と呼ばれる細長い形状の手裏剣が十本以上も挟まれていた。


 どう見ても、彼女の出で立ちは「殴り込みをかける完全武装のメイドさん」にしか見えなかったのである。



「さぁっ! さぁさぁさぁさぁさあっ!! 四海より慈悲深く寛大な私をここまで怒らせたのだ!! 覚悟を決めてとっとと出て来いッ……って、あれ? ここは県令の屋敷ではなかったのか? 何故奴の姿が見当たらない? それとも場所を間違えたのか? 」 


「ま、まさかあれはっ!? 」



 鼻息荒く声高に叫びまくる彼女であったが、どうやら目的の人物がいない事に気付いたようだ。忙しなく(せわしなく)周囲をキョロキョロと見渡す物の、彼女の表情に焦燥の色合いが強く浮かんでくる。すると、突然威公が彼女の方へと駆け寄り、(まなじり)を吊り上げ甲高い声で叫んだ。



「しょ、向寵(しょうちょう)さんではありませんのっ!? 一体何処にいたんですの? 貴女とはぐれたせいで、どんなに心細かったか……! 」


「ムッ? 貴様、何故私の名を――って、若しやお前は楊儀か? 顔がすっかり真っ黒になっていたから気付くのに遅れてしまったぞ? 」


「ええ、お蔭様ですっかり真っ黒けにされてしまいましたわ……全く、出立の際『私に任せておけ』と鼻高々に断言してた癖にこの有様ですの? 」


「くっ、そう言われても仕方が無い。だからこそ、こうして助けに来たんじゃないかっ!? 」


「んまっ! 何ですのそれ!? それで責任を果たしたお積りですの!? 」


「大体、右も左も判らない上に、私との約束を忘れて勝手にホイホイと動いたお前も悪いのだぞ!? そうなってしまえば、護りたくとも護り様が無いではないかっ!? 」


「むきぃ~~っ!! なっ、何ですのっ!? 水鏡老師様のご友人から派遣された腕利きの割りには大した事無いくせに、居直るお積りですの~~っ!? 」



 『向寵』と呼ばれた武装女中と『威公』――二人の再会は実に刺々しく、罵り合いも熱を帯びる有様だ。周りの皆は、先程までの騒ぎをすっかり忘れたかのように、両者の言い争いを只呆然と聞くだけである。



「むっ……向寵? 向寵だと? まさか……若しや、お前は『白霧(パイウー)』かっ!? 」


「なっ……貴様、何故私の真名を知っている!? 理由によっては屍になってもらう事になるぞ? 」


「まぁ、無理もあるまい。何せ、最後に会ったのは互いにまだ幼い娘であったからな? 白霧、私はお前の従姉妹の趙子龍だ。ほれ、昔お前とメンマの奪い合いをした星だ。 」



 そして――そのやり取りを見ていた外野の中から、意外な人物が声を上げる。その人物であるが、それは星であった。



「何ッ、趙子龍ッ!? 星ッ!? おっ、お前が『あの』星だとうっ!? 」



 どうやら、ついさっきまで言い争っていた威公の事はそっち退けになってしまったようだ。『白霧(パイウー)』――星にそう呼ばれた向寵は、今度は星の方に向き直ると、まるで射殺すかのような視線で彼女を睨むと共に声高に叫んだ。



「私は忘れてもいないぞ、星ッ!! 昔、常山でお前の父親に厄介になってた時、お前と食べに行った麺の屋台で、注文した湯麺(タンメン)の上に乗っかっていたメンマをお前にくすねられた事をなっ!? あれは最後に食べようと、取って置いたのにそれを、それを……お前と言う奴はっ!! 」


「何だ、もう十年も昔の事だと言うのにまだ根に持っていたのか? ならば予め食うなと申せば良かったではないか? てっきり、メンマ好きの私の事を慮ってくれて、わざわざ残していてくれたのかと思ったぞ? 」


「ぐぬぬ……相変わらずの減らず口だな? 十年前と全然変わってないぞ!! 」


「あ、あの……向寵さん? まだわたくしとのお話は終わって…… 」


煩い(うるさい)っ、後にしろっ!! 今私はこいつに用があるのだ!! お前との口喧嘩なら後で纏めて応じてやるっ! 」


「ひっ!? 」



 先程白霧と言い争ってた威公が、眉を顰めて彼女に詰め寄ろうとする物の、結局白霧に一喝されて呆気無く沈黙する。



(んっ? この者達、先程『向寵』、『楊儀』と名乗ってたな? かつての臣下に、斯様な名の者が居たのを思い出したぞ )



 そんな中、一心が目を瞬かせ(しばたたかせ)た。そう、一心の前世は劉備本人である。向寵と楊儀――かつての臣と同じ名であったので思い出したのだ。



(私が知ってる『向寵』は才覚と人格に優れ、孔明からの信頼も厚かった。だが、その一方で『楊儀』は……確かに、あれも優れてたが、その反面何かにつけては己が才を鼻に掛けていたし、人格に到っては頗る(すこぶる)狭量であった。それ故、良く周りの恨みを買い、特に魏延と仲が悪かったと以前孔明がぼやいていたのを覚えている。さて、こちらの二人は一体どのような人物なのやら…… )



 そう思いながら、一心は未だに口喧嘩を続ける二人をじっと見やると、ふと自分の視界の中に一刀の姿が映る。何やら、彼の方も顎を摘んで思案顔になっており、そんな一刀の姿に一心は苦笑を浮かべた。



(ははっ、どうやら一刀も私と同じ事を考えてるみたいだな? 一刀は私より遥か未来の人間だ。然るにあの二人の事も存じているのであろう )



 一心の推測はほぼ当たっていた。この時、一刀は目前の向寵と威公に複雑な思いを抱きつつ、思案に暮れていたのである。



(向寵と楊儀……何れも孔明に絡んでくる人物だ。向寵は人格者で軍事に明るいと、かの『出師(すいし)の表』で孔明に評された人物だし、楊儀は魏延と争った事で有名だ。さて、ここの二人が一体どんな人物なのかは非常に興味があるけど、さっき逃げた県令を何とかしないとな? )



 そう結論付けると、一刀は彼女等の間に割って入り事態の収拾を図る事にした。



「色々と思う事はあるかもしれないが、星、それに威公殿と向寵殿も一旦止め(やめ)にしてくれないかな? 今こうしてる間にも、県令の奴が上手く逃げおおせて、今度は逆に俺達を捕まえに来るかもしれないんだ。言い争うのはそれが終わったあとでも十分だろ? 」


「これは一刀殿……。確かにそうであった。こうもしてる間にあの外道は逃げおおせ様としてるのに、本当に申し訳ない 」


「あっ、仲郷様……申し訳御座いませんの 」


「んっ? 君は一体誰なんだ? 」


「あっ、そう言えば貴女にはまだ名を名乗っていなかったな? なら―― 」


「いや、その前に私から名乗ろう。既にこの楊儀とのやり取りで聞いてたとは思うが、私は向寵(しょうちょう)。以後宜しく頼む 」



 かくして、一刀達との自己紹介を終えると向寵は、次に県令に見捨てられた奴隷商人の辛への尋問を始める。一刀達は、この奴隷商人はごねるのではないのかと予想していたが、それの反応は意外なものであった。



「さぁ……洗い浚い(あらいざらい)吐いて貰うぞ? あの糞県令が、皆目見当も無く逃げ込むとは思えない。奴の行き先は一体何処なんだ!? さあっ、吐けッ!! それとも、まさか県城の方に逃げ込んだんじゃないんだろうな? 」


「いっ、言うから勘弁してくれ!! 寇が逃げ込むとすれば城の方じゃなく、恐らく県尉の(てい)の邸宅に違いない!! 寇の奴は、県尉も自分の仲間に引き入れていて、何か拙い事があれば必ず県尉の所に逃げ込む手筈になってるんだ! この際全部白状するが、何もさっき話した県尉だけじゃない。他の役人達も我々とぐる(・・)になってるんだ…… 」



 と、『一心兄さんと愉快な仲間達』の新参(ニューカマー)になった白霧こと向寵から短刀を喉元に突きつけられ、凄みの効いた声で脅し付けられると辛は喋った、喋るに喋り、これでもかと言う位に喋り捲った。その内容であるが、以下の通りである。


 ここ章陵は県令の寇を頂点として、重職に就いてる者の大半が彼と辛に加担している。その結果、県内各地から男女問わず様々な人間が寇の元に集められると、奴隷商人である辛により秘密裏で人身売買が行われ、そこから莫大な利益を得ていたのだ。そして――更に極め付けがあった。それは――



「何いっ!? 前任者の袁術に今でも金を掴ませていたのかっ!? それも、人身売買で得た金でだとうっ!? 」


「あ、ああ……元は下級の一徴税官にしか過ぎなかった寇が県令の地位に伸し上がったのも、当時太守だった袁術――正確に言えば側近の張勲(ちょうくん)を通し、奴に袖の下を掴ませていたからだ 」



 眉をキッと吊り上げ、声高に叫ぶ白霧に対し辛は力無く一息吐くと、更に言葉を続ける。



「ハアッ……だが、寇が地位を上げれば上げるほど、あれ(・・)(袁術)に収める額は増える一方だったし、仮に止め様物なら、ばらす(・・・)と脅される始末。奴の失脚は私にとって莫大な損害になるんだ。だから、何とかしたかったんだ……それと、今この屋敷に袁術の遣いが金をせびりに来ている筈だ。寇の奴が別室で持て成していたそうだから、隈なく調べれば見つかるだろうよ? 私が話せるのはこれで全部だ。どうせ、まともな役人にでも突き出すつもりなんだろ? 後は好きにしてくれ…… 」



 そこまで言うと、辛は力なく両肩を落としてうなだれた。そして、白霧は星の方へ顔を向けると、おもむろに言葉を発した。



「だ、そうだ。おい、星。その袁術の遣いとやらの姿、お前達は見ているのか? 」


「んんっ? ああ……そう言えば、ここからちょっと離れた客間らしき部屋で若い女を見かけたぞ? 年の頃は、多分私と同い年位だと思う。服装の方も、ここの女中みたいな物ではなかったし、きちんとした正装姿であったから、恐らくそれが袁術の遣いであろうよ? 」


「で、その女はどうしてる? 」



 すると、途端に星は意地悪く口角を歪めて見せた。



「フフッ、眠り薬入りの酒肴を飲み食いしたから、高いびきで眠っとるよ 」


「なるほど、だとすればそちらの方は問題ないか? 」


「まっ、一応そいつもふん縛っといた方が良いだろうな? 後で袁術に叩ッ返すのも良いし、或いは何かの交渉材料にも使えるだろうよ 」



 と、何時もの調子で一心が言うと、白霧は眉を顰めて彼を見やる。



「伯想殿、星が貴方の従者だと先程教えてもらったが、貴方は一体何者なのだ? 幾ら義侠心に溢れているとは言え、只の通りすがりに過ぎない貴方がここまでやる事自体変だと思うのだが……? 」


「あ~~、今ここで話す事はできねぇな? まっ、そう言うあんただって一応「訳あり」なんだろ? これが片ァ付いたらキチンと話すからよ、だから後にしてくれねぇかな? 」


「……判った。確かに、今聞く事ではなかったな? 」



 そう苦笑交じりで応える一心に、白霧も苦笑で返す。そして、今度は一刀が一心に話しかけてきた。



「兄上、予想外の出来事でこうなってしまいましたが、どうします? 」



 すると、一心はニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せる。



「奴の逃げ先は掴めたんだ……なら、こっちから先に殴りこむに決まってンだろうがよ!? 」 


「はぁ~あ、やっぱりな、聞く迄もなかったか…… 」



 長いため息を一つ吐いてぼやく一刀を他所に、一心は皆をぐるりと見回して力強く叫ぶ。



「全員、今直ぐ支度するぞ! 『出入り』だ! 人道を踏み外し、世祖の生まれ故郷を荒らしたあの糞県令を徹底的にぶちのめすぞ!! 」


「「「「「「「応ッ!! 」」」」」」」



 この時皆気炎を激しく揺らめかせており、その勢いは正に天を衝くほどであった。




【人物紹介】



姓:(しょう) 名:(ちょう)


字:不明


真名:白霧(ぱいうー)


年齢:十九歳


身長:七尺四寸強(約174センチ)


体型:胸:巨乳。ウエスト:普通。尻:引き締まっている。


外見特徴:武装メイド。ロンスカメイド服を着用しており、常時大量の暗器(隠し武器)を携帯している。


戦闘能力:ワンマンアーミー


知力:野戦参謀向け。


生存能力:極めて高く、山野に潜伏しても長期間生き延びられるほど。


苦手な物:融通の利かない衛兵。


CVイメージ:石川こよみ(たかはし智秋)


設定:楊儀の護衛にと水鏡が友人に頼んで手配してもらった人物。星の従姉妹の関係は本作のオリジナル設定です。



姓:楊 名:儀


字:威公


真名:?


年齢:推定十五~六位 


身長:六尺六寸強(約155センチ)


体型:胸:微乳。ウエスト:細い。尻:小さめ。


外見特徴:おで娘。パッと見は気品に溢れた美少女。


戦闘能力:美羽には勝てるでしょうね。


知力:減らず口は達者。


生存能力:期待しちゃ駄目だが、悪運は強そう。


苦手な物:品性の無い人物。


CVイメージ:大波こなみ(幡宮かのこ)


設定:行き倒れになってた所を水鏡に拾われ、楊儀と名付けられて彼女の保護を受けていた。朱里と面識があり、一方的な好意を寄せている。



 本当に申し訳ないです。ようやっと、さぁこれからだと言う所で「次回に続く」にしちゃいました。ラストまで一気に書きたかったのですが、残り字数の問題で次回に回そうと判断したのです。ダラダラ状態でイライラさせちゃって、悪い作者だ……。(涙


 えーと、今回は改めて向寵と楊儀を出したわけですが、以前の仮更新で書きましたが、楊儀はBASESON作品のとあるキャラを使っております。バレバレだと思いますが、敢えて正体は伏せておきますね。


 一方の向寵ですが……かの出師の表で孔明から高く評された人物だったし、出したいなと思っていたのですよ。結構「アレ」なオネーサンにしちまったし、星と従姉妹と言うオリジナル設定まで付け加えてしまいましたけどね?(苦笑 彼女に関してはイメージしていたキャラがあるんですけど、ここでは言いません。どうしてもと言うのなら、メールのみでお答えいたします。


 さて、これから気合入れて本当の意味での章陵の大掃除に取り掛かります。この話を書き上げないうちは、次の話に入れないと思ってますので。


 次回の更新ですが……来月の四十歳の誕生日までできたらなぁ~とか思ったり……。多分難しいかも?(苦笑 


 先日、かのヤマグチノボル先生が四十一で亡くなった事を知り、正直ショックでしたね。何せ、年齢殆ど変わらなかったんで。こう言う訃報を聞くと、健康管理を本気でやらないといけないなと痛感させられます。


 グダグダと書き込んじゃいましたが、次回も更新出来ましたら、一読していただけたら嬉しく思います。


 それでは、また~! 不識庵・裏でした~!

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