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真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第二部「黄巾討伐編」
36/62

第三十二話「虎口『後編』 劉玄徳は虎口を脱し、孫文台は麒麟児を得る」

 どうも、不識庵・裏です。ようやく再編集作業が終了しました。


 一昨日投稿した物に比べ、結構手直ししております。流石に作業でエネルギー使い果たしたので、前振りはここまでにしておきます。


 それでは、照烈異聞録第三十二話。最後まで読んで頂ければ嬉しく思います。


追伸:最後尾の方を編集し、『虎口後日談』を追加いたしました。(平成25年9月15日改訂)

――七――



「アーハッハッハッハッハ! アハハハハハハハハハッ!! 何という、何と言う滑稽さか! これを笑わずに居られようかっ!! 」



 それからと言う物、青蓮は笑った。笑いに笑い、正に『気が狂った』とも言えるほど笑い続ける。やがて笑いが収まったのか、その顔から笑みが消え、一呼吸入れてから桃香を見据えると、青蓮は厳しい口調で彼女に言い放つ。



「劉姓を名乗りしだけの夢想家の小娘がっ、世迷い事を申すなっ!! 玄徳よ、現実を良く見るが良いっ!! 貴様が蘇らさんとすこの()は、最早死んでいるのだっ!! 内には醜い宮廷内の権力闘争だけでなく、腐敗した官僚どもの手により民草の暮らしは逼迫するばかり! 付け加えて此度の黄巾どもの叛乱と、正に内憂外患の体を成しているではないかっ!! これの何処に蘇らせる価値があるのだっ!? 改めて言うぞ、玄徳よ。漢は死んだのだ! その様な物に肩入れするならば、我が下に入れッ! その方が、貴様にとってより好き道を進め様ぞっ!? 」


「成る程……確かに閣下の仰る通りですし、『漢は死んだ』そうとも言えますよね? 」


「なっ……そこまで判っているのなら、何故? 」


(なっ、何なの、この小娘は? 私にここまでされているのにも関わらず、どこからその様な余裕が……? )



 そこまで言われたのにも関わらず、青蓮の威圧に屈しないどころか、逆に桃香は柔らかい笑みで応じてみせる。この時、桃香から放たれた物は、青蓮が持つ荒々しい覇気ではなく、王者が身に纏う温かみを帯びた物であった。


 

「ですが……生意気を承知で申し上げます。閣下、漢はまだ死んでおりません。寧ろ、雄々しく息吹いております 」


「ほう……何故そう言えるのかしら? 漢は何処に生きているのやら? 」



 その言葉に、わざとらしく青蓮が尋ねて来ると、桃香は両手を胸の前で合わせる。そして――



「私自身の心です。私が居る限り『漢』は死にません。寧ろ新たな命を得て、更に強く蘇るのです。無論、私だけではありません。一刀さん、一心兄さんや義雲兄さん達に照世老師達、そして私の可愛い義妹(いもうと)の愛紗ちゃんに鈴々ちゃん、大切なお友達の松花ちゃん、朱里ちゃんに雛里ちゃん、星ちゃんに紫苑さん……私を信じてくれる皆の心の中に『漢』は生きているのです。これだけ沢山の人達の中に『漢』が生きていると言うのに、何故死んだと言えるのでしょうか? 」


「なっ……! 」



 そう誇らしげに語る桃香の姿は『慈愛の心』に満ち溢れており、その一方で『不退転の決意』を青蓮に示して見せたのだ。


 今のこの瞬間、劉玄徳こと桃香と言う少女は、その瞳には星の煌きを宿し、その身には気高く慈愛溢れる王者の風格を纏い、その胸には揺ぎ無い大志を抱く者へと変貌して見せたのである。一方の青蓮であるが、彼女は桃香が放つ物にすっかり中てられてしまい、何も言い返すことが出来なくなってしまっていたのだ。



「そう、桃香の言う通りね? 母様の言う通り、『漢』が死んでいれば、私は母様と共にあろうと考えていた。でも……昨年幽州で桃香達と出会い、そして惚れてしまった一心に抱かれてから、私の心にも『漢』が生まれたわ? フフッ、ある意味一心と私の間に出来た子も同然よね? 」


「姉様、それは私もよ? 長沙にいた時は、母様の為ひいては孫家の為に私は生きて行くんだと思っていた。だけど、今は違うッ!! 私に比べて、桃香はもっと大きな物に目を向けているわっ! 一刀やお義兄様たちだってそう、桃香の夢を叶える為に、屍山血河(しざんけつが)を突き進んでいるっ! 『漢』が生まれたのは姉様だけじゃないわっ! 私の心にも『漢』が生まれたのよ!? そう、桃香達と触れ合い一刀に抱かれてから……だから、私の『漢』は私と一刀の子と同じなのよ…… 」


「しぇ、雪蓮姉様? 蓮華姉様も? 一体どうしちゃったの!? 何を言ってんのよ? 」



 そして、桃香に併せるかの様に、今度は雪蓮と蓮華の姉妹が腰掛けていた座からすっくと立ち上がる。二人とも、それぞれ強い意志の光を両の目に宿しており、誇らしく叫んで見せると、母を始めとした周囲の者達を見やる。然し、その一方で末妹の小蓮は、突然の二人の姉の行動に激しく動揺していた。



「雪蓮、それに蓮華までっ! まさか、お前達はこの母を捨て、劉備の下に付くと言うのかっ!? 」



 無論、二人の母である青蓮が黙っている筈が無い。雪蓮は自分の跡継ぎである嫡子であるし、蓮華に到っては次女、それも雪蓮に万が一があった時の後継でもあったからだ。青蓮は眉を吊り上げると、憤怒の形相で変心した娘二人を威圧的に睨み付ける。



「いいえ、母様。私は劉家に臣従するのではありません。漢に帰順するのです。故に、私は玄徳を見届けたいし、私の中に生まれた『漢』を死なせたくないのですっ!! 確かに、玄徳が描く物は荒唐無稽かもしれません。ですが、正直言って……それに比べたら、孫家の家督なんて※1五銖銭(ごしゅせん)一枚の価値も無いわね? 」


「母様、私も姉様と同じです。私は玄徳やお義兄様と触れ合う内に、自分の意思で人生を決めたいと思いました。私は私の意思で、姉様と共に漢に帰順し、玄徳達に手を貸す積りですっ! そう、玄徳の臣下ではなく彼女の同志として、私と姉様はこれからの人生を歩んで行きますっ!! 」


「お、お前達……何と言う、何と言う事を……!! くうっ、外に出してみれば、余計な知恵を付けただけでなく、高祖被れの小娘に感化されていたとはなっ!? この、親不孝者があっ!! 」



 怒りの余り、青蓮は剣の切っ先を二人の娘に向け、今すぐにでも斬り殺そうとするが、すんでの所で思い止まる。そして……彼女は顔を思い切り俯かせると、喉の奥底から絞り出すような声で二人に言い放った。



「判ったわ、雪蓮、そして蓮華……二人とも勘当よ、もう私の娘とは思わない。雪蓮は廃嫡、そして蓮華にも孫家の跡目は継がさない。そこまで言った以上、お前達はそれ相応の代価を払わなければならぬのだから……! 」


「そう、判ったわ母様。まっ、こうなる覚悟はしていたけどね? だけど、これまで有難う。母様、私は母様の娘である事は一生忘れない積りだから 」


「母様……ここまで育てて下さり、真に有難うございました。たとえ勘当されようとも、私は母様の娘です。それはお忘れ無き様 」



 沈痛な気持ちを顔に滲ませ、それぞれ頭を下げ母への感謝の気持ちを述べる雪蓮と蓮華であったが、恐らくそれが起爆剤になったのだろう。青蓮は完全に怒り狂い、二人に怒りの咆哮を叩き付ける。



「二人とも、何を今更母娘の情を出すかっ!! さぁっ、出て行け!! 二人とも私の前から消え失せろっ!! 」


「「…… 」」



 母に怒鳴られ、雪蓮と蓮華は少し押し黙っていた物の、何か思い至ったのだろうか。二人は互いに頷いて見せると、それぞれ言葉を発す。



「判りました。それでは不肖孫伯符、これより『家出娘』になります。つきましては、これまでの自分を捨てる為にチョッとした余興を御覧に入れましょう♪ 」


「フフッ、本当はとても恥ずかしいのだけど……皆の者、とくと見るが良い!! 孫伯符と孫仲謀が演じる一世一代の余興だ、子々孫々末代までの語り草にせよっ!! 」



 そう叫ぶや、この姉妹は行き成りトンでもない事を始めた。何と、男性の将兵が居るのにも関わらず、二人は着ていた物を全て脱ぎだしたのである。周囲からは「おおっ、これは何と見事な裸体だ……」と驚きと、助平心丸出しのざわめきが起こり始めた。



「おおおおお~~っ!! いっ、イカン!! 拙者の『泰山』に赤き血潮が~~!! これでは、後で拙者自身を持て余すではないかっ!! 」


「若ッ!! ジロジロといやらしく見んな!! 」


「アゴッ!! 」



 股ぐらを両手で掴み、前屈みになって目を血走らせた創宝が鼻息荒く叫ぶが、顔を真っ赤にさせた隣の優里が剣の鞘で彼の後頭部をぶん殴る。当然、彼は醜い悲鳴と共に強制的に沈黙させられた。



「しぇ、雪蓮……青蓮様どころか孫家を捨てた上に、何て破廉恥な真似を、何て……雪蓮、貴女には今度こそ本当に愛想が尽きてしまったわ! 」


「れっ、蓮華様っ!! お止め下さい!! 卑しき売女(ばいた)が如く、裸を濫りに見せてはなりませんっ!! くうっ……見損ないましたぞっ!! 」


「ハァーッ……伯符お嬢と仲謀お嬢、随分と大胆な真似すんじゃねぇか……改めて驚きだぜ? 」



 雪蓮と蓮華にそれぞれ強い思い入れがある冥琳と思春は完全に落胆してしまい、丁奉は二人の裸に思わず見入ると、この姉妹の大胆さに驚愕していた。やがて、この二人の姉妹は文字通りの『生まれたままの姿』になると、桃香達の方へと歩み寄るのだが、ここで意外な出来事が発生する。



「ちょっ、ちょっとぉ~~!! 雪蓮姉様も蓮華姉様も待ってってばぁ~!! 」


「え? シャオ? 」


「小蓮? 」



 そう叫ぶは、他ならぬ末妹の尚香こと小蓮であった。何と、彼女も着ていた服を全て脱ぎだすや、姉達の方へと駆け出して行ったのである。発達し捲くった雪蓮と蓮華に対し、小蓮は『一部の人間』受けしそうな、童女と言っても差し支えない裸体を曝け出したのだ。



「おほっ、これはこれで…… 」



 と抜かすは創宝。優里にぶん殴られ、地べたに顔をつけていたのにも関わらず、彼は小蓮の裸も凝視していたのだ。彼は右手の親指をグッと立てて見せると、恍惚の表情を浮かべて見せる。



「何を考えているの小蓮? 貴女まで私達に付き合う必要は無いのよ!? 」


「そうよ、私と姉様は覚悟を決めてこうしているのに、小蓮は関係無いじゃないっ!? それに、貴女まで居なくなると母様だけじゃない、美蓮(めいれん)(三女孫翊(そんよく)の真名)に蓮蕾(れんらい)(四女孫匡(そんきょう)の真名)だって、とても悲しむわよっ!? 」


「私だって、お姉ちゃん達と同じだもんっ。お姉ちゃん達が漢に帰順するんだったら、シャオもそうするんだからっ! それに、シャオが居ないとお姉ちゃん達の方が寂しいじゃない? 母様の方には美蓮姉様と蓮蕾姉様が居るから大丈夫だよ♪ 」


(まっ、本ッ当ーはいっつもつれない雲昇をシャオの虜にしたいのもあるんだけどねー? )



 この末妹の、まるで勢いで姉についてきたとも言える行動に、雪蓮と蓮華はそれぞれ眉を潜めさせて小蓮を咎めるが、当の彼女は本当に薄っぺら~~い胸をエヘンと反らして言ってのけて見せた。尤も、腹の奥底ではトンでもない本音を抱いていたのだが、これは余談である。



「やれやれ、姫様達だけでは心細う御座いましょう。本来なら、儂も全て脱いで行くべきとこじゃが、こんな年増の裸なぞ見ても、男衆には見るに堪えぬと思いますからな? 故に、このままで失礼致す 」

 

「「「祭っ!? 」」」


「さっ、祭……二十年以上私に仕えてきた貴女まで…… 」



 と今度は傍らの臣下の列から、※2艶然(えんぜん)とした祭こと黄公覆が出てくると、彼女は悠然とした足取りで雪蓮達の隣に立つ。この状況に、信じられないと言った風で、青蓮は呆然となってしまった。



「青蓮様……儂は長きに渡り孫家にお仕えしてきましたし、その忠義の心に些かも変わりは御座いませなんだ。故に、儂は孫家の次代を担う策殿達が道を過たぬ様、温かく見守りたく思います 」


(まっ、儂もそろそろ永盛と身を固めたいのもあるし、奴と家庭を築いて見たいしの? それに、喜楽殿が居れば美味い酒もまだまだ呑めるからのう~ )



 これまで母親代わりを努めてきた彼女らしく、温かみのある発言ではあったが、心の中では『女の本音』を秘めていたのである。況してや、彼女の場合この時代に於ける『結婚適齢期』どころか、『女として』危機を抱かざるを得ない状況に陥ってるから無理も無い話であった。



「蓮華、何て事してんだよっ!! 」


「雪蓮っ! 何と無茶な事をするのだっ!? 」


「……矢張り、この状況下では私と言う事なのでしょうか? ハァッ……小蓮殿、もう少し姫君らしく慎みをお持ちなさい 」



 無論、この状況を黙ってみている漢どもではない。一刀と一心、そして雲昇の三人は雪蓮達の方に歩み寄ると、彼女らの裸体を隠すべく、それぞれ身に纏っていた戦袍や長衣を被せてやった。雪蓮には新調したばかりの一心の緋色の長衣が、蓮華には一刀の漆黒の戦袍が、そして小蓮には雲昇の純白の戦袍が被せられる。


 尤も、雲昇の場合近くにいた義雷から、「よっ! 流石は雲昇だな? 劉家一の女泣かせの上に、北の字が言うとこの『蘿莉控(ロリコン)』ときてやがらぁがな!」と茶々を入れられるが、「明命殿を見初めた義雷殿には言われたくありませんね?」と簡単にやり返されてしまうと、図星を突かれてしまいあっけなく沈黙してしまったのだが、これは余談。



「ありがと、一心。フフッ、また一心のお気に入りを貰い受けちゃったけど、ある意味私にとっての花嫁衣裳も同然よね? 」


「やれやれ、その長衣は※3四千銭もしたのだぞ? 後で返してくれねば私が困る……全く、こんな無謀な真似をする娘が私の妻とはな? 正直、呆れて言葉も出ぬぞ? 」


「フフッ……後でちゃんとした花嫁衣裳を着たいけど、今はこの武骨な黒い戦袍でも十分だわ? 」


「オイオイ……そんな事暢気な事を言ってる場合じゃないだろ? 先ずはここを出ないとな? 」


「ふっふーん♪ これってぇ、雲昇からシャオへの『愛の形』と受け取っていーのかな? 今はペッタンコだけど、母様やお姉ちゃん達もみーんなオッパイ大きいから、シャオもいい先物買いになると思うわよ~♪ 」


「いえ、それは有り得ませんので、お間違い無き様に。私は一心様や一刀殿と違う立場です。故に、主人筋に当たる人物と同じ血筋の女性(にょしょう)を妻に娶る気はありませんので 」


「ぶーぶー!! 雲昇って、本ッ当ーにカタブツなんだからぁ~!! 」



 と雪蓮と一心、蓮華と小蓮、そして小蓮と雲昇と六者六様のやり取りが繰り広げられるが、その一方では、完全に敵愾心を剥き出しにした青蓮が思春を見やる。そして、青蓮は黙ったまま顎をしゃくり上げると、思春は少し躊躇った物のゆっくりと頷いて見せた。



「…… 」


「……なッ!? は、はっ! 畏まりました、青蓮様…… 」



 今、『江東の虎』は凶暴な本性を露にし、桃香達を喰らうべくその獰猛な牙を剥き出して見せたのである。



――八――



「出会えーっ!! 出会え、出会えーッ!! 劉備達が主公に無礼を働いた上に、伯符様や仲謀様達を始め、公覆殿まで拐かさん(かどわかさん)としているっ!! 即刻この曲者どもを討ち取るのだーっ!! 」



 思春がそう叫ぶと、天幕の外から武装した兵士がわらわらと入り込んで来る。彼等は一斉に槍を突きつけると、桃香達を取り囲み始めた。



「みんなっ!! 孫家の兵が!! 」


「義姉上っ! それに朱里と雛里に松花殿もっ!! 早く私と鈴々の後ろにっ!! 」


「桃香お姉ちゃんっ!! ここは愛紗と鈴々達に任せて欲しいのだっ!! こんな連中、得物が無くても『ちょちょいのぷー』でやっつけてやるのだー!! 」


「フフッ……得物は無くとも、斯様な雑兵ども蹴散らしてくれようぞっ! この趙子龍が華麗な技を馳走してくれるっ! 」


「お任せ下さい、桃香さん。私は弓だけでなく素手の格闘にも心得が御座いますので。フフッ、そう言えば子供の頃は良く桔梗と殴り合いの喧嘩をしていたわね? 」



 彼等の姿を目の当たりにし桃香が叫ぶが、すぐさま愛紗、鈴々、星、紫苑の四人が桃香や朱里等を背に庇う。武に長けた四人の女傑であるが、得物の類を持っていないのにも関わらず、拳をボキリと鳴らして、槍を突きつける彼等を険しげに睨み付けて見せた。



「ハア~ァ、やっぱオッソロシイ母様の事だから、どうせこんなこったろうと思ってたわよ 」


「ふうっ……予想はしていたが、まさか本当にこうなるとはな? 関さん、張さん、懲らしめてやんなさいっ! 」


「兄者……まさか、それは一刀が話していた『黄門』なる隠居の物真似ですかな? やれやれ……兄者も直ぐに悪乗りをしたがる。まぁ、準備運動にはなるか? 最近、暴れ足りなかったのでなぁ!? 」


「おいおい……俺と義雲哥哥(あにき)は、強ぇ家来の『助格』じゃあねぇんだぞ、ったくよぉ~! まっ、こんな連中得物が無くとも瞬殺したるぜ!! 」 



 どうやら判っていたのか、雪蓮が盛大に呆れの溜め息を吐くと、一心は一刀から聞かされた『時代劇』の老主人公張りに義雲と義雷をけしかける。一方の義雲と義雷は苦笑交じりで肩を竦めて見せたが、直ぐに気持ちを切り替えて見せると、一心と雪蓮を護る鉄壁の如くその巨体を立ちはだからせた。



「小蓮殿、一心様達の方へ。私の後ろに居ては危のう御座いますっ!! さあっ、早くッ!! 」


「ちょっとー!! いーじゃないっ! こう言う時位雲昇の傍に居ても~!! 」


「これっ! 少しは聞き分けんかいっ、このじゃじゃ馬娘がっ! お主が傍に居ると、雲昇殿だけでなく儂等もやり辛いんじゃ! 」


「全くだ! 小蓮よ、お前も孫家の姫君なら少しは聞き分けよっ! 固生ッ! このじゃじゃ馬を摘みだせッ! 」


「はあっ? 兄上、何故私がっ!? それは雲昇殿の役目でしょうにっ!? 」 



 一方、未だに雲昇の傍を離れたがらない小蓮に、流石の雲昇も苛立ちを覚える。これには流石に堪らなくなったのか、永盛と壮雄がそれぞれ彼女を窘めるが、何とここで壮雄は弟固生に振って見せたのだ。思わぬ出来事に困惑して渋面を作る固生であったが、悪気の無い兄の一言に、固生は顔を引きつらせてしまう。



「こう言う時のお前だろうに? 固生よ、お前ほど家中で一番『厄介事』を任せられる奴は他におらぬのだぞ!? 」


「もっ、もしや、それは……私が『雑用将軍』呼ばわりされてるからと言う事でしょうかっ!? 」


「うむっ! その通りだっ!! 流石は俺の弟ぞ、己が立場を良く弁えてるではないかっ!! 」


「…… 」 


「あっ、何すんのよ、この無礼者ーっ!! きーっ!! 覚えてなさいよー、『雑用将軍』の分際でぇ!! 」



 そこまで言われてしまい、固生は完全に無表情になってしまうと、なんと彼は小蓮の首根っこをヒョイと掴んだ。後は、じたばたともがく彼女を一心達の方へと運ぶと、掴んだ手をそのまま放すや、乱暴に彼女を解放する。



「あいたっ! お尻打っちゃったじゃないっ!! シャオは淑女なんだから、もう少し丁寧に扱いなさいよねー!? 」


「どうせ、私は雑用将軍に過ぎんのさ、ブツブツブツブツブツ…… 」


「う゛っ……なっ、何だか滅茶苦茶怖いんだけど…… 」



 強かに尻を打ち据え、涙目になって小蓮が抗議する物の、それに対し固生は無表情のまま何やらブツブツ独り言を言うだけで、全く答える様子を見せない。彼のその姿に中てられ、小蓮は怯えの表情になってしまった。



「蓮華……今の君は丸腰だし、況してや裸も同然なんだ。桃香達の方へ 」


「ええっ、判ってるわ、一刀……どうか無事で居てね? ※4我愛你(ウォーアイニー)、一刀……チュッ♪ 」


「え? れ、蓮華? 今何を……若しかして、頬に口づけてくれたのか? 」


「フフッ、おまじないよ? お・ま・じ・な・い♪ 一刀や皆が最後まで無事で居られますようにってね? 」



 裸の上に戦袍を纏っただけの蓮華に対し、下がる様に一刀が言うと、彼女はすかさず彼の頬に軽く口付けてみせる。思わぬ彼女の不意打ちに一刀が目を白黒させると、蓮華はクスッと悪戯っぽく笑って見せた。



「いよっしゃあああああああ~~っ!! み・な・ぎってぇ……来たぞぉおおおおおおおおおおお!! 」



 大切な恋人の一人でもある蓮華からの祝福を受け、一刀は気合十分と言わんばかりに大声で叫ぶや、両腕を帷子の奥に引っ込めると、筋肉の大鎧に覆われた上半身を勢い良く曝け出す。何故か、この時彼の体からは青白い気炎の様な物が揺らめいてるようにも見えた。



「ケッ、この独活の大木がっ! 調子こいてんじゃねぇぞ!? コイツを喰らいやがれっ! 」


「うわっ! 蓮華、伏せろっ! 」


「キャアッ!? 」



 そんな一刀の存在が気に喰わなかったのか、舌打ちと共に丁奉が一刀につぶてを飛ばしてくる。然し、一刀は直ぐにそれに気付くと、慌てて蓮華を抱きかかえつつしゃがみ込み、命中するギリギリでそれをかわして見せた。



「ちいっ! 図体でけぇ癖に、意外と素早ぇじゃねぇかっ! 次は外さねぇ! 左目潰して、テメェを完全な目暗にしてやるぜ! 」


「貴方は丁奉ッ! この無礼者がっ!! 」


「この下衆があッ! もし蓮華に当たったらどうする気なんだ! 仮にも、貴様にとって蓮華は主君の娘だろうにっ! 」


「はん? 今更何言ってるんだよ? この際だから、甘チャンな仲謀お嬢に言っとくぜ? アンタはお頭だけじゃなく、孫家の主である文台様をも裏切ったんだ! 俺達『錦帆賊』が恩義を感じているのはアンタなんかじゃねェ! 文台様と孫家だけだ! 孫家を裏切ったアンタがどうなろうと俺の知った事じゃねェ!! 」



 直ぐに次弾を投げ放たんと、新たなつぶてを構える丁奉に、蓮華と一刀が顔を真っ赤にして怒鳴りつけるが、当の彼本人は『それがどうした』と言わんばかりに悪びれもしない。



「それによぉ……俺ッちが生甲斐感じてンのは、強ェ奴と喧嘩してる時だ! それ以外にゃ何の興味も無えんだよぉっ! 江賊だった俺ッちが孫家に仕えた一番の理由は、『強ェ奴』と喧嘩してぇからだあっ!! 」


「なっ、何て馬鹿馬鹿しい……!! 丁奉、それが貴方の本音なのっ!? 」


「ああっ、文台様は滅茶苦茶強ェ……正直今でも文台様にゃあ敵わねぇからな? 文台様こそが、俺ッちを満たしてくれるッ! だからこそ、俺ッちは孫家に仕えてるんだよおっ!! 」


「何という小人物! よもや、そんなくだらぬ理由で誇り高き孫家の武官に貴様が名を連ねているとは……何とも情けないっ!! 」



 この強者との喧嘩しか能の無い丁奉の言葉に、蓮華は激しい怒りを募らせた。桃香の下で、丁奉に近い人物を挙げるとするならば、喧嘩っ早い義雷や壮雄に鈴々と翠などである。


 然し、彼等の場合は『桃香の夢』に自分達の未来を託し、時には一致団結して力を合わせていた。だが、この丁奉からは彼等の様な物は微塵も感じられず、それどころか自己満足しか考えていない。亡き父の跡を継ぎ、女手一つで孫家を支えてきた母の下にこんな男がいるのかと思うと、蓮華には丁奉が情けなく見えた。



「ケッ……アンタは甘チャンだし、それに弱いからな? 所詮アンタなんかにゃ、俺ッチの気持ちなんざぁ判ンねぇだろうよおっ!? だったら、このデカブツ野郎より先に、アンタを泰山へ誘ってやらぁ! 」



 散々蓮華に詰られ、忌々しげに毒吐くと、丁奉はつぶてを蓮華の顔面目掛け投擲する。その勢いは物凄く、今すぐにでも蓮華の美しい顔を粉々に砕きそうにも思えた。



「キャアッ!? 」



 避けきれず悲鳴と共に目を瞑る蓮華であったが、来るべき衝撃がやって来ない。恐る恐る、目を開けてみれば、一刀の大きい握り拳が自分の目の前にあったのだ。



「まさか……一刀ッ!? 」


「痛~~ッ!! 死球(ビーン・ボール)も良いとこだ……手の皮破けたな、こりゃ? 」



 何と、一刀は蓮華の顔に届く直前に、左手を伸ばし丁奉のつぶてを掴んで見せたのである。当然、丁奉ほどの達人なら可也の殺傷力だ。それを掴んだ一刀の手も無事では済まされない。現に、一刀は痛みで顔を顰めており、握り拳の隙間からも血がポタポタと零れ落ちていたのだ。



「一刀、血が出ているじゃないっ!? まさか、骨とか砕けていない? 」


「大丈夫、大丈夫……。手の皮破けただけだからさ? けど、アンニャロウの『つぶて』はモノホンの様だ。兄者達にしごかれてなかったら、止め切るどころか手を突き破られていたよ。さてと……ふざけたアンニャロウに、俺の大切な女の一人に手を出した報いをくれてやろうかっ!? 」



 心配そうに蓮華が窺ってくるが、一刀はニコッと笑みで返すと、勢い良く立ち上がり丁奉を睨み付けると共に、まだ痛む左手を振って血を払い飛ばす。愚かにも、丁奉は独眼竜の逆鱗に触れてしまったのだ。



「丁奉とやら……貴様のした事は到底許し難しっ! 正に『危険球退場』も良い所だ! よって、これより貴様を即刻『退場処分』にしてくれるっ!! 」


「はあ? 『危険球退場』? 『退場処分』? ナニ訳の判ンねぇ言ってんだ、テメェはよぉ? 」


「え……『危険球退場』ってどう言う意味なのかしら? 」



 プロ野球のルールに詳しい方であれば、丁奉が蓮華にした行為は『危険球退場』である事は理解出来よう。然し、丁奉も蓮華も我々の時代から遡れば約十八世紀も前の人物である。


 その様な時代の人物に、現代の日本から来た一刀の言葉が理解出来ないのも無理な話であった。聞き慣れない言葉を聞いたのもあったせいか、蓮華だけでなく丁奉の方も呆気に取られてしまう。当然それを見逃さぬ一刀ではなかった。



「丁奉よ、貴様の言う『強者との喧嘩』とは、所詮は『匹夫の勇』に過ぎんッ!! 匹夫には匹夫なりに相応しい物をくれてやるっ!! 」


「なっ! 」



 言うや否や、一刀は正に電光石火の動きで丁奉の懐に潜り込む。一方の丁奉だが、一刀の動きに気付くのが遅れてしまったのだ。



「喰らえッ!! 『原力絞首(フォース・グリップ)』ッ!! 」


「ガッ! 」



 叫びと共に、一刀は無傷な方の右手で丁奉の首を掴むと、そのまま彼を持ち上げ強靭な握力で一気に締め始める。無論、これはプロレス技で言う所の『片腕でのネックハンギングツリー』であるが、昔見たSF映画に登場する有名な悪役が使っていた技の名を用いただけの物である。余談であるが、一刀は黄巾との戦いの際にもこの技を度々用いて、相手を無力化させていたのだ。



「ガハッ……ぐ、ぐるじい……はっ、はなぜえっ!! 」


「今更都合の良い事を抜かすなぁっ!! 貴様は蓮華を殺そうとしたっ! 貴様の様な匹夫は万死に値するっ!! 一度泰山地獄に赴き、東嶽大帝からの裁きを受け、真人間になって生まれ変わって来いッ!! 」


「あ、ああああ……か、一刀? 」 



 当然、首を絞められてるのもあるが、両者共に鍛えこんでいるとは言えども、丁奉と一刀とでは筋力の差が大き過ぎる。丁奉は何度も両足で一刀の腹を蹴り、自分の首を絞めてるその右腕を両手で掴んで引き剥がそうとするが、無駄な足掻きであった。


 蓮華の方も、一刀の背中から滲み出ている怒気に中てられてしまい、自身を殺そうとした丁奉を残虐な方法で殺そうとしているのだと理解すると、そんな彼に恐怖を覚えてしまう。


 元々、一刀の筋力は同年代の男子に比べれば、『平均値よりやや上』程度しかなかった。然し、楼桑村にいた時に義雲と義雷から地獄の基礎鍛錬を課せられ、中でも筋力に関しては徹底的に鍛え上げたのである。やがて時が経ち、その努力は実を結ぶと、村を出る直前には重さ※5千斤近くあった岩を両腕で持ち上げられるまでになっていたのだ。



「カハッ…… 」


「絶対に赦すものかっ! 貴様の様な奴など、貴様の様な奴などーっ!! 」



 どうやら完全に落ちたのだろうか、あれだけ足掻いていた丁奉であったが、既に動きを止めている。その顔は土気色になっており、白目を剥くと共に口から泡を吹き出していたのだ。然し、首を絞めてる一刀は未だにそれを止める素振りすら見せず、寧ろ彼の首を絞める力を更に強めていた。どうやら、怒りに支配されて我を失っている様である。



「お願いッ、一刀ッ! もうやめて!! 只の殺し合いが私達のしたかった事ではないでしょうっ!? 」


「……蓮華ッ!? 」



 叫びと共に、蓮華が一刀の傍に駆け寄ると、彼の体を掴んで力一杯揺さぶる。彼女の懸命な叫びに、それまで怒りに支配されていた一刀は我に返り、丁奉の首を絞めていた右手を放すと、丁奉は呆気無くくずおれてしまった。



「ゴメン、蓮華。俺…… 」


「もういいっ、もういいの! 丁奉は気絶したわ? だから、これ以上は……ウッ、ウウウッ…… 」



 気拙そうに顔を顰め、頭を下げる一刀に食いつく様に叫ぶと、蓮華は一刀の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。一刀は蓮華をキュッと抱き寄せると、彼女を落ち着かせるべく何度も頭を撫でてやった。



「ゴメンよ、蓮華。確かにそうだった。俺達のすべき事はこんな殺し合いをする事じゃない。さっ、それじゃ今度こそ桃香達の所へ行こうか? 俺達、いや皆の未来の為に! 」


「ええっ、ええっ……! その通りよ、一刀っ! 」



 互いに良い笑みを浮かべて見せると、一刀は蓮華を『お姫様抱っこ』で抱きかかえ、二人は桃香の許に向かおうとするが、その際彼等の視界に未だに気絶したままであった無様な丁奉の姿が映る。そして、未だに意識を取り戻さぬ彼目掛け二人は言い放った。



「おい、丁奉。蓮華に感謝しとけよ? お前は蓮華を殺そうとしたが、その蓮華にお前は命を救って貰ったんだ。この借り、後日キチンと蓮華に返せよ? 」


「丁奉……今度遭う時にまで己自身を磨いておくのだな? 人として、そして将として成長した貴様と見える(まみえる)のを私は楽しみにしているぞ? 」



 そう言うと、二人は親友であり、恋人でもある桃香の許へと向かう。既に、彼等の眼前では義雲や愛紗を始めとした劉家の猛将達が孫家の兵達と大立ち回りを演じており、それはこれから自分達が進まんとする道を表してる様にも思えた。



「フフフ……仲郷殿。蓮華姫を、そしてこれからの孫家をお頼み申しますぞ? 」



 そんな彼等の後姿を、蝋梅(らめい)こと韓義公は暖かく見守る。新たな道を見つけたこの若人達が、蝋梅にはとても眩く(まばゆく)、同時にとても羨ましく思えた。そして――一刀に無様に負け、殺そうとした蓮華に命を救ってもらった丁奉であるが、意識を取り戻すとその場に居合わせていた蝋梅から事の始終を聞かされる。



『なっ……俺ッちは殺そうとした仲謀お嬢に助けられたって言うのかよっ!? な、何て懐の広いお嬢なんだ。それに比べて俺ッちは……くそっ、自分が情けねェ!! 』


『ふむ、己を恥じる心があるのなら、まだまだやり直せると見た? 阿奉(奉ちゃん)よ、若し何であったら私がお前を『いっぱし』に鍛え直してやろうか? 貴様ほどの男子、只の『喧嘩狂い』で終わらすには勿体が無さ過ぎると言うものよ…… 』


『願ってもねェ! 今日から俺ッちは生まれ変わるんだっ、だからアンタを『韓母(韓のおっ母さん)』と慕うぜっ!! 仲謀お嬢、いつの日か生まれ変わった俺ッちの姿ァ、ちゃんと見せてやるぜ! そしてぇ、あの仲郷の野郎と正々堂々と喧嘩したらァ! 』


『馬鹿者ッ! 改心すると言った矢先に蓮華様の婿殿に喧嘩を売るでないっ!! おっ母さんがお前に愛の拳骨をくれてやるわっ!! 』


『イデェッ!? 韓母、今のはマジで痛ぇぞ!? 』


 更に一刀と蓮華からの言葉を蝋梅から聞かされ、丁奉は己を深く恥じ入ると、後に家中きっての宿将でもあり、人格者でもある蝋梅に弟子入りした。やがて、彼女に厳しくしごかれた彼は、只の荒くれ者から孫家を代表する良将へと変貌し、後日蓮華からの『借り』をキチンと返して見せたのである。


 奇妙な縁で師弟関係を結んだ韓当と丁奉であるが、これらに関し後世の歴史家『(ジァ) 康像(カンシャン)』は以下の様に評していた。



『当時の人材面に於いて、超一流の傑物が揃った劉家、一流の人材をより多く集めた曹家に対し、孫家は一歩出遅れていた。然し、人材育成面に於いて、孫家は他の二家を大きくリードしていたのである。何故、そうなのかと言うと、孫家の場合曹家や劉家と違い、既に智勇政の面で経験豊富な人物がその中核を占めていたのだ。智では程徳謀と朱君理、勇では韓義公に祖大栄や呂定公、政では張子布と張子綱、そして雇元嘆がそれに当たり、彼等は他家に対抗するべく将来有望な若手を積極的に育て上げたのである 』


『その中でも、特に優れた代表格は、何と言っても周公瑾と陸伯言に呂子明の三名で、正に『神童』とも言える素質を彼女等は秘めていた。彼女等の才は、劉家の『幽州の三賢人』と『臥竜鳳雛』や曹家の『三賢臣』に相当するとも言われていたのである。そして、蒋公奕(しょうこうえき)徐文嚮(じょぶんきょう)、それに加え丁承淵の三名が彼女等に続いた。元々、武一辺倒だった彼等であったが、やがて優れた指導者の下でめきめきと頭角を現し、遂には孫家武官筆頭だった甘興覇から格別の信頼を寄せられるまでに成長したのである 』


 

――九――



「流石は孫家の精兵だけはあるっ! 黄巾どもと違って、一兵卒一人に於いても可也の鍛錬を受けてるようだなっ!? せやああああっ! 」


「ぐはっ! あっ……下着が見えた……それも白……俺の生涯に悔いはないぜ……パタリ 」


「くっ、何処を見ているかっ! 何処をっ!? 」


「うんっ! でもっ、鈴々たちの方が強いのだーっ! うにゃあああああああっ!! 」


「こ、子供の頭突きが俺の『泰山』に……もうっ、アタシ宦官になるしかないわ…… 」


「とくと見たかーっ! 義雷おっちゃんから教わった四十八の必殺技一つ、『金玉潰し』なのだーっ!! 」


「一にメンマ、二にメンマ、三四もメンマで五もメンマーッ!! メーンマメンマメンマメンマメンマメンマメンマメンマーッ! メンマアアアアッ!! 」


「ぶべぶべぶべぶべぶべらっ!! なっ、何故メンマなのか、いっ、意味が判らん……ぐぶっ! 」


「フッ! これぞ、『筍乾道(スンチァンタオ)』を極めし者に伝えられる一子相伝の技、『メンマ百烈拳』なりッ!! 冥土の土産にとくと覚えておくが良い…… 」


「ウフッ、これでもお喰らいあそばしなさいませっ♪ 」


「ケ、ケツの隙間に、靴の踵がめり込んで……な、何と言う『新・感・覚』ッ!! ウホ~~ン……ガクリ 」


「フフッ♪ ソコ(・・)は男女関係無く、『急所中の急所』ですわよ? 覚えておくと宜しいですわね? 」



 桃香達を護るべく、孫家の兵と素手でやり合う愛紗と鈴々。愛紗が鋭い蹴りを側頭部に叩き込めば、鈴々が意外と硬い頭突きをめり込ませて、それぞれ相手を無力化させる。一方の星と紫苑の方も、それぞれ途切れの無い正拳突きや靴の踵を相手の顔面や尻にめり込ませるなどして、華麗な技で敵を倒していた。


「んんっ? 何だこれは? 鈴の音か? 」


「うんっ、確かに鈴みたいな物の音なのだー! 」



 ふと、愛紗と鈴々の耳にチリンと鈴の音が聞こえて来る。思わず二人が音のする方に目を向けると、そこからは一人の人影が物凄い勢いで飛び出してきたのだ。



「関羽ゥ!! 張飛ィイイイイイ!! 我こそは孫家の甘興覇ッ!! 貴様らのそっ首貰い受けるっ!! 」


「何ッ!? 」


「うにゃ!? 」



 そう叫ぶは思春こと甘興覇で、彼女は愛用の曲刀『鈴音(りんいん)』を振り翳しながら襲い掛かる。



「貰ったァアアアア!! 」


「ちいっ! 」


「うう~~っ!! 」



 思わぬ不意打ちの上に気付くのが遅れたせいか、愛紗も鈴々もそれに対応するのが遅れてしまった。忌々しげに歯噛みするだけの二人に、思春の凶刃が襲い掛かろうとするが、行き成り彼女等の間にとある人物が素早く割り込んで来る。



「ぬうんっ! 」


「あうっ! 」



 その人物とは、他ならぬ義雲であった。九尺を越える大身を誇る彼は、それに見合った強力の持ち主である。何と義雲は羽虫でも追い払うが如く、強烈な手刀を思春に見舞わせたのだ。当然ながら、思春の方も突然自分を襲ってきた衝撃に耐え切れず、悲鳴を上げると共にもんどり打って転がされる。



「義雲※6二哥(アルクォ)っ! 」


「義雲のおっちゃんっ! 」


「うむっ、愛紗に鈴々よ大事は無いか? わしらの方はあらかた(・・・・)片付けた。よって、助太刀するぞ 」


「へへっ、愛紗と小鈴々に何かあったら桃香ちゃんが悲しむからな? 後は『優しい優しいお兄様達』に任しときなってんだっ! 」


「私もですよ? 桃香殿は私達の妹も同じ、故に義妹の貴女達も私達にとって妹同然ですからね? 」


「ここは儂等に任せとけ! 愛紗嬢ちゃんに鈴々嬢ちゃんは星嬢ちゃんや紫苑殿と共に桃香殿達をお守りするんじゃ! 」


「無論、それは俺もだっ! 『幽州の玉馬越』と呼ばれし俺の拳、あの思い上がりどもに思う存分叩き付けてくれるっ!! 」


「……ここにいるぞー……どうせ私は『雑用将軍』にしか過ぎんのさ、『雑用将軍』、『雑用将軍』……ブツブツブツブツ 」


「おいっ、おいらも忘れんじゃねえぞ? ったくよぉ、最後まで『お上品』に決めようってェ思ってたが、あいつ等にゃあ……もうっ、堪忍袋の緒が切れたあっ!! ひっさし振りに大喧嘩してやろうじゃねぇかっ! 」

 


 愛紗と鈴々が顔を綻ばせると、義雲に続き、義雷、雲昇、永盛、壮雄、固生、そして最後に一心が彼女等の前に姿を現した。この七人の漢達は皆気合を漲らせており、一心に到っては冠を外して服の袖を捲り上げていたのである。この時、一心は先程までの気品に溢れた好人物ではなく、何時もの『侠』に戻っていたのだ。



「義雷三哥(サンクォ)だけでなく、皆様方も……ですが、一心大哥(ダークォ)。貴方まで出ては危ないのではっ? 貴方こそお下がり下さいっ! 」


「そうなのだっ! 一心のおっちゃんが怪我でもしたら、桃香お姉ちゃんや皆が悲しむのだー! 」



 義雲達は納得できたのだが、思わぬ一心の存在に愛紗と鈴々はそれぞれ眉を吊り上げて、この長兄を窘める。然し、当の彼はケロリとした表情になって見せた。



「おいおい……おめぇさん等方、おいらをみくびってねぇかい? 言っちゃあ悪いがよ、おいらは戦の采配は下手だと思ってる。が、生憎な事にこの一心、生まれてこの方殴り合いの喧嘩じゃ負けたことがねえんだ。それによ、今回こっちに喧嘩を売ってきたのは孫家(あっちらさん)だ? 落とし前ェ付けさせねぇと、こっちとしても腹ン虫が収まらねえんでいっ! 」 


「は、はぁ…… 」


「な、何だか今の一心おっちゃん、めちゃんこ怖いのだー…… 」



 そう力強く叫ぶと、一心は可也ごつい両拳をボキリボキリと鳴らし始める。彼のその様に顔を強張らせる愛紗と鈴々であったが、そんな彼女等に義雲と義雷が話しかける。



「なぁに、心配は無い。今でこそ上品で大人しい兄者だが、昔は可也の暴れん坊でな? 『マジギレ』を起こすと、わし等でもお止めする事が出来ぬのだ。だから、安心するが良い 」


「ああ、何せ兄者の肝っ玉の太さと喧嘩の凄まじさは恐らく天下一品だぜ? かく言う俺様や義雲兄貴も昔兄者に伸された事があったしよぉ~! へへへっ! 」


「うむっ、アレは爽やかな春風が吹く頃であったな…… 」


「ああっ、確か『ナニ』の大小の競い合いが元で度豪い殴り合いしたっけなぁ…… 」



 そこまで語ると、義雲と義雷は何やら遠い目になって何処かを見やる。一方の愛紗と鈴々は、義雲と義雷を叩きのめす一心を懸命に思い浮かべようとするが、今一つピンと来なかった。



「……畏まりました。正直、未だ釈然としませんが、ここは大哥達にお任せしますっ! では、義姉上達を護るぞ、鈴々ッ! 」


「うにゃ~~? うーん、何だか全然想像出来ないけど、おっちゃんたちの言う事を鈴々は信じるし、後は頼んだのだー!! 」


「くっ、くそうっ! 待てっ、関羽ッ! 張飛イッ! 」



 桃香達の方へ向かうべく、愛紗と鈴々が駆け出して行くと、立ち直った思春が彼女等を追おうとするが、『一心兄さんと愉快な仲間達』が彼女の前に立ちはだかる。



「くそっ! オイ、貴様等ッ! そこをどけっ!! 私は関羽と張飛に用があるのだっ! さもなくばこの甘興覇が刀の錆にしてくれるっ!! 」



 凶悪な殺意を両目に宿し、恐ろしい視線を漢どもにぶつけて思春が怒鳴り散らすが、対する一心達七人の漢は一つも動じていない。寧ろ、彼等から放たれる得体の知れない威圧が彼女を飲み込もうとしていたのだ。



「なあっ……確かぁ、アンタ甘興覇さんってェ言ったよなァ? こうして罠に嵌めてくれるたぁ、随分と味な真似してくれンじゃねェか? この落とし前ェ、一体ェどうつけん積りだアッ!? あ゛ぁんっ!? 」


「どう言う経緯があるかは知らぬが、わし等の可愛い義妹だけでなく、兄者や義弟までをも手に掛け様としたうぬ等の罪、断じて許し難しっ!! 『義侠の積乱雲』たるこの関仲拡が、うぬに仕置きしてくれるっ!! 」


「ケッ! ったくよぉ、結構顔はイイ線行ってンじゃねぇかと思ってたが、それとは裏腹に随分と可愛げねぇ真似してくれんじゃねぇかっ!? 同じ孫家の人間でも、『黒猫ちゃん』の方がずーっとテメェなんざより可愛げがあるぜ? さあってぇとぉ、『義侠の雷動』たるこの張叔高様が、テメェをお上品に、お上品にぃ~~~躾けて(しつけて)やらぁ!! 覚悟しゃあがれいっ!! 」 


「貴女の動き、中々の切れがありますが……惜しむらくは心が余りにも刺々し過ぎる。故にそれがかえって仇となり、貴女自身をいたく曇らせています。不肖ながら、この趙子穹が貴女の曇りを拭い去ってご覧に入れるっ! さあっ、お覚悟召されよっ! 」


「ふむ、お主ほど若ければ、粋がるのも良かろうて? じゃが、『過ぎたるは(なお)及ばざる如し』と、子も宣う(のたもう)ておる。……爺臭い男の節介やも知れんが、この黄国実がお主に『若者のあり方』を教えてやろうかのうっ!? 」


「おい、そこなる娘……どうやら、愛紗達を嫉んでる(そねんでる)と見た。だが、斯様な暇があれば己自身を更なる高みへ誘う努力をせよっ!! 大丈夫足る者ならば、先ず人を妬み嫉む前に、もっと更に上を目指すべく只之(ただこれ)精進あるのみっ!! それこそが大丈夫足る者の生きる道ぞっ!? この馬伯起が貴様にそれを叩き込んでくれるわっ!! 」


「……ふ、ふふふふふー……『劉家に雑用将軍ありき』と謳われた馬仲山だ、ここにいるぞー。俺は今日、大変な一日でなぁ……すこぶる機嫌が悪いんだ。運が悪かったんだよ……お前は 」


「なっ、何だ貴様等は!? 一体何を抜かしているのだっ!? 」



 どうやら、怒りで茹っていた彼女の頭も、ようやく今の状況を理解したようだ。丸腰の相手とは言えども、自分の方が完全に分が悪い事を。何とか精一杯強がる思春であったが、彼女は無意識の内に後ずさりを始めており、本能でこの漢達から恐怖を覚えていたのである。そんな彼女に対し、一心がパチンと指を鳴らすと、彼は底冷えする様な声でこう言い放つ。



「さぁってっとぉ……べしゃり(・・・・)はこれでしめぇよ。野郎どもおっ! この『子猫ちゃん』に世間様の厳しさと、大人を舐めたらどうなんのかってェのを……よぉ~~~くうっ、教えてやんぞおっ!! 『躾』だあっ! 徹底的に躾けてやれいっ!! 」


「「「「「「応ッ!! 」」」」」」


「くっ、来るなぁ!! うっ、うわああああああああ~っ!! 」



 この後、思春は『七人の優しいお兄様達』から、懇切丁寧に『(しつけ)』される。そして――



「ふうっ……我ながら『芸術的』な作品になったぞ? おい、『子猫ちゃん』よ……おめぇさんはおいらだけじゃなく、可愛い妹や弟を殺そうとしたんだ。それに比べりゃ、こんなカッコさせんのは手緩いモンだぜ? 暫くの間、そこで自分のやった事を反省するこったな!? 悔しかったらいつでも掛かってきな! 売られた喧嘩は何時でも買ってやるぜ? 」



 爽やかな笑みを湛え汗を拭い、両手をパンパンと払って見せると、力強く義雲たちの方を振り返る。



「よしっ、獰猛な『子猫ちゃん』への躾は完了だ! 野郎どもっ、とっととずらかるぞっ! 」


「「「「「「合点承知之助ッ!! 」」」」」」


「おっ、覚えてろ~~っ!! 劉伯想どもぉ~っ!! 」



 そう彼等に声高に叫ぶと、一心は『愉快な仲間達』と共にその場から立ち去って行った。彼等が去ったその跡には、磔台に括りつけられ、無残な姿を晒す思春が残されていたのである。

 

 この時、彼女は纏めていた髪を全て解かれており、それ等にはご丁寧にもキチンと櫛で梳かれていた。そして、それに映える様に、猫の耳を模した綺麗な飾り紐までが結ばれている。


 

「お、おのれぇええええ!! 覚えていろ!! 殺すっ、ころすっ、絶ェッ対ニィイイイ、コ・ロ・スゥ~ッ!! こ、こここ、この様な服を着させよって~~!! 」 



 そして――物騒な表情や台詞とは裏腹に、彼女は『とてもとても可愛らしい服』を着させられていた。これに関してであるが、たまたま雲昇が大きい天幕内に置かれていた衣装箱を発見し、それに入っていた物の中から、彼女の体型に合った物に『着替えさせられた』のである。



『ふむ……流石は美姫揃いの孫家だけはあります。置かれている服の方も、中々洒落ておりますし、布の質も実に良い物ばかりです 』


『おおっ、雲昇! その白い前掛けはこれに似合いそうだぞ? 私に寄越してくれ!! 』


『御意 』


『さぁっ、『子猫ちゃん』よ……これから私達がそなたを可愛らしくしてやろう。そう、古の陰麗華の様にな? そなた程の娘に、無粋な武官の服はまこと不似合いだからな? フフフ……女に生まれて良かったと思わせて進ぜよう 』


『ヒイッ! 劉伯想、まさか……その様なフリフリの服を私に着させる気なのか? 恥ずかしいから、やめろーっ!! 頼むっ、やっ、やめっ、やめてくれえええええっ!! 』


『こらこら、暴れるなっ! 暴れるでないっ! 義雲、義雷、済まぬが両足を押さえててくれ。……んんっ!? 義雷よ、何を被っているのだ、何を!? それは女性の下着ではないのか? 』


『いっ、いや~~! 北の字がよ、何でも『女の下着』はこう被るらしいって言ってたんだぜ? 』


『……義雷、一刀の冗談を真に受けるでないぞ? まったく……むっ? この大きい※7胸罩(ションチャオ)は紫苑に似合いそうだな? 肌触りも柔らかさも申し分ない。どうやら、絹布をふんだんに使ってるようだな? 』


『義雲よ、お前まで、何を熱心に女の下着を漁っているのだ? 間違っても持って帰るでないぞ? 』


『ふぅ~む、この白い靴下も似合いそうじゃな? それも絹で出来ておるようじゃて? 儂も娘が居れば斯様な物を履かせて見たいものじゃな? 然し、流石は女系の孫家だけあるわい。そう言えば、祭も中々良い服を着ていたしのう~ 』


『この腕飾りなどどうであろうか? 薄く引いたような水色をしているし、褐色の肌に映えるだろう? それに、俺も弟に出遅れたくは無いのでな? 早いとこ好き女と巡りあい、何れはそれと共に綺麗な服を選んでみたいものだ…… 』


『この革靴も良さそうだぞー……白蓮殿にも履かせてみたいぞー…… 』 



 ――と、以上の経緯により、思春は『七人の漢』どもに見繕われ、我々の世界で言う所の『猫耳リボンをつけた不思議の国のアリス』とも言える格好にさせられたのである。



「くうっ……こんな格好させられるとは……っ!! これでは『錦帆賊』の元頭目たる私の面子が丸潰れではないかあああああああああああ~~っ!! 」



 悔しさの余り、涙と共に絶叫する彼女の顔には、これまた綺麗に化粧がされており、直ぐ傍には先程まで着ていた衣服が全て綺麗に折り畳まれ、愛用の曲刀『鈴音』もキチンと鞘に収められていた。更に極め付けと言えるのが、折り畳まれた服の上には何やら紙しき物が置いてあり、それには達筆な一心の字でこう書いてあった。



『この『子猫ちゃん』は、只今『躾の最中』に付き手出し無用なり。ひいては、この『子猫ちゃん』には餌を与えず、寧ろそっとしておくべし。――劉伯想とその一味―― 』



 哀れ、この乱闘が終わるまでの間、誰しも思春の存在に気付かず。それどころか、彼女が解放されたのは全てが終わった後で、その間思春は『磔台に緊縛された上に放置』と言う屈辱を味わわされてしまったのだ。


 それに付け加え、解放される際に『愛くるしい格好』を曝け出してしまった物だから、それらは全て場に居合わせた者達の目に焼きついてしまい、オマケに記憶力の良い兵士の手によりそれらは絵にされてしまう。



『描っ、描くんだおっ!! 頭の中に残ってる内に描き捲くるんだおっ!! 描いたら絵師仲間に頼んで写し絵を描いてもらうんだおっ!! 筆がっ、筆が止まんないんだお~~っ!! 』


『おいおい、もう少しで百枚になるだろ? あと、全部描き終えたら、とっとと長沙から出た方がいいだろ? 常識的に考えて? 』



 百枚余りに渡って描かれ、作者の妄想も絡んだその絵は、それに幻想的な物語が書き添えられると一冊の本となる。


 七人の悪魔の手により異界に浚われ、生贄にされかけた少女が、現世に帰る為様々な世界を巡り歩く物語が付けられたその本は『~猫耳干檸(かんねい)夢遊仙郷~』(邦訳『不思議の国の猫耳干檸』恐らく、『甘寧』の同音異語と思われる)の題名が付けられ、それは長沙を皮切りに荊州全土に流布された。


 やがて、それは蒐集(しゅうしゅう)家垂涎の品と化すと一冊二千銭もの価値が付き、曹家では華琳と稟が、劉家では朱里と雛里がいたく欲しがったのである。


 無論、この事は孫家や思春の耳にも入り、その所為で思春は将兵達の間からコッソリ噂話の種になるだけでなく、死を覚悟して思春に『干檸』の服を着てくれと頼み込む者が殺到する事となってしまった。無論、その都度彼女は『実力行使』で沈黙させていたのである。


 また、思春が本の主人公の原型であると知った連中が、彼女に惚れ込んでしまうと、勝手に『大家的阿寧(ダージァダアニン)』――『みんなのお(ねい)たん』或いは『みんなのお(ねい)さん』呼ばわりし始め、彼女の隊に志願する者が増えただけでなく、場合によっては彼女の為なら死さえ厭わなかった。


 これにより、孫家軍の中で、思春率いる『甘興覇隊』は家中きっての『命知らず部隊』となるのだが……その思春本人は全然嬉しくなかったのである。何故なら、周りから『お寧さん』、或いは『お寧たん』呼ばわりされ、その度に恥ずかしい思いをしたからだ。



『お・の・れええええええええっ!! 劉伯想どもがあっ! 私に一生物の赤っ恥をかかせてくれただけでなく、蓮華様達まで誑かしたあやつらを絶対に許さぬっ、けして許してなるものかぁっ!! たとえ我が身が滅びようとも、この甘興覇泰山地獄から蘇ってでもあやつらを追い回してくれようぞ!! いかなる手段を使ってでも奴等の首を獲ってやるっ!! 』



 これらの結果、余りにも高過ぎる授業料を払う羽目になった思春であったが、その原因となった一心達に激しい復讐心を抱く様になってしまったのだ。



――十――



 劉家対孫家の余りにも分が悪い喧嘩が勃発してから、少し時が過ぎた。最初は呆気無く始末できるであろうと睨んでいた青蓮や冥琳達であったが、桃香を護らんとする将達は皆全て一騎当千の武を誇る上に、狭い天幕の中であったから中に入れられる兵の数も限られている。


 現に、桃香達をあれだけ取り囲んでいた兵士達は殆ど叩きのめされており、殺されはしなかったが戦闘不能にされていたのだ。これを好機と睨み、桃香達は少しずつだが天幕の出口へと後ずさりし始める。


 更に、桃香達には物凄く有利な条件が働いていたのだ。それは、孫家の将の大半が彼等に襲い掛からなかった事である。事実、桃香達に襲い掛かった孫家の将は、丁奉と思春の二人だけであったのだ。


 それを証明するかのように、山茶や蝋梅などの武に長けた宿将達は『これは曲者の始末ではありません。寧ろ性質の悪い親子喧嘩です』と言い張って手を貸す素振りさえ見せないし、予め『中立宣言』をしていた縁も、悠然と座に座り込み暢気に茶を啜るだけである。


 孫家の場合、青蓮の統率力に頼る所も大きかったが、その彼女を支えてきた宿将達の存在も大きかったのだ。故に、その時の勢いで、最近家中で台頭し始めた冥琳や思春に手を貸すと約束した他の将達も、この現状や四天王の内三人が全く青蓮に手を貸さぬのを見て、肝心要な所で日和見を決め込んでしまったのである。


 更に、そんな青蓮に衝撃の出来事が起こった。それは――



「やぁやぁ、我こそは長沙の勇者朱義封なりー!! 騙し討ち同然で劉玄徳殿をお手打ちにするとは、何たる卑怯千万かッ!? 不肖ながら、この朱義封っ! 本日より伯符様の家来になりまするー!! 」


「若の馬鹿ぁ~!! 長沙の奥様にどう申し訳する積りなんですかーっ!! ああっ、矢張り若について来るんじゃなかった……私のお給料もぜーんぶパーになるし……これからどうするんだろ? 」



 とまるっきり実戦経験の無い『勇者朱義封』こと創宝に、従者の優里までもが青蓮達に刃を向けたのだ。尤も、優里の場合は完全な『巻き込まれ』で、不憫極まりない事この上なしである。



「おのれ、義封よ血迷ったか!? 長沙で留守を預かるお前の母が泣いておるぞっ!? 」


「くうっ……!! どこまで梃子摺らせてくれるかっ!? 思春、思春はどうした? 早く次の兵を呼べッ!! 」


「も、申し訳ありませんっ! 興覇様は、現在所在不明ですっ!! 私が代わりに呼んで参りましょうかっ!? 」


「お前は…… 」



 青蓮と冥琳の傍に、一人の少女が息を切らしながら駆け込んで来た。彼女は肩で息をしながらも拱手行礼を行い、名を名乗り上げる。



「はっ、はひっ!! 私は呂蒙、字を子明と申しますっ!! 現在、興覇様の下にて親衛になるべく精進しておりますっ!! 」


「ほう……お前が呂子明か? 良かろう、ならば興覇の代わりにお前が兵達を呼んで来いッ!! 」


「はっ!! 」



 そう冥琳に答えると、呂蒙は天幕の入り口の方へと駆け出して行き、彼女の姿を見た義雲は思わず渋面になってしまった。



(あの娘が呂蒙……余り聞きたくもない名前を思い出してしまったな? だが、奴のお陰でわしは『慢心』や『驕り』が仇になると言うのを、いたく思い知らされたのだ。呂蒙よ、今はお前に感謝しておくぞ…… )



 だが、渋面になったのも束の間で、義雲は再び表情を元の仏頂面に戻す。この世界に来てまで、前世と同じ心構えであっては、また同じ様な形で命を落としてしまう。そうなってしまえば、何の為にここに来たのかその意味が無い。そう思うと、義雲は仇敵でもあり、自分を戒める切欠になってくれたあの少女と同じ名を持つ男に感謝の念を送るのであった。



「うぷっ! 」



 天幕の入り口に辿り着き、そこから脱け出ようとする呂蒙であったが、突然彼女の面前に巨大な二つの丸い物体が立ち塞がる。彼女はそれに顔をめり込ませると、思い切り弾き返されてしまった。そして、その物体の正体であるが――それはとても大きい女性の乳房であったのだ。



「あらあら? 御免なさいね? 痛かったかしら? 」


「はっ、はひっ……ひゃっ、ひゃいひょうふでふひゃらっ……うひゃああああっ!! 」



 恐らく鼻をしこたま打ち据えたのだろうか。鼻を押さえて涙目なりつつも答える呂蒙であったが、ぶつかった女性とその後ろに従える将兵の姿を見た瞬間、彼女は驚愕の余り目を大きく見開く。



「ついでに頼むようで申し訳ないのだけれど、良ければ長沙太守殿に取り次いで貰えるかしら? 涼州武威郡太守馬寿成が『ご挨拶』に参ったとね? 」


「同じく武威郡都尉龐令明です、以後良しなに 」


「へへっ、アタシは馬寿成が娘の馬孟起だ! 」


「我こそは馬寿成が姪の馬伯瞻なりっ! ここにいるぞー!! 」



 そう口元に余裕溢れる笑みを浮かべる彼女は、涼州武威郡太守にして、『西涼の狼』と呼ばれし琥珀こと馬寿成その人である。彼女は側近の鷹那こと龐令明に、娘の翠と姪の蒲公英を伴い、馬家の精兵を引き連れて青蓮の本陣に赴くと、本陣天幕に集まっていた孫家の兵を全員蹴散らして戦闘不能にして見せたのだ。



「フフフ……流石は『幽州の三賢人』と『臥竜鳳雛』ね? 彼等が事前に策を練ってくれたお陰で、スンナリと上手く行ってくれたわ 」


「はい、流石は天下に名を轟かせた賢人方だけはあります。正直申し上げ、彼等が味方で安堵しております 」


「まったくだよなぁ~? アタシもここ半年の間照世老師達の策を目の当たりにしたけど、ありゃ本当に凄かったぜ? 」


「うんうんっ! 翠姉様の言う通りだよねェ~? でも……お勉強から解放されるーって思ってたら、あの老師達陣中でもお勉強させるんだもんっ!! ううっ、あの三人絶対に鬼だよ~! 」


「翠、蒲公英……後で諸葛老師達から、貴女達のお勉強の状況を確認しておくわよ? 三老師の方々は要らないと申していたけど、私は※8五両もの金塊を授業料として渡して来たのだから 」


「う゛っ……たんぽぽっ! 余計な事言ってんじゃねーっ!! 」


「え、え~とぉ……あ、あはははははは…… 」



 思わぬ薮蛇に眦を吊り上げる翠に、蒲公英は乾いた笑みを浮かべる。今回、西涼馬家のご一行は既に桃香達と懇意にしていた事もあり、照世達から策を受けていたのだ。その経緯であるが、それは昨日の出来事が元である。


 昨日、琥珀は久し振りに劉家の面々との語らいを愉しもうと思い、桃香の天幕を訪れてみれば、雪蓮とばったり再会したのだ。懐かしい琥珀の顔を見た瞬間、母青蓮の思惑を予想していた雪蓮は、彼女にその事を告げると、今度はそこを照世や朱里達が通りかかる。


 事情を聞かされ、早速彼等はその場に居合わせていた者だけを呼び寄せると、急遽陽春や菖蒲を交えての作戦会議が催された。この時、琥珀は照世達から、本陣周辺に陣取っていた孫家の兵の無力化、及び桃香達を完全に保護する事を頼まれたのである。


『虎口を脱するには、少々大掛かりな物を用うるべきでしょう。それに、相手の方も琥珀様や菖蒲様に付け加えて陽春様まで動くとは思っておりますまい? また、これ位の人物が桃香殿の背後にいる事を知らしめる必要も御座いますからな? 無論、今後他の輩が我々に余計な手出しをするのを諦めさせる為に……ですが、雪蓮殿、そして祭殿に明命殿も宜しいのですかな? 最悪、自分の主家から刃を向けられる羽目にもなりかねませぬぞ? 』


『構わないわ、照世。寧ろジャンジャンやっちゃって♪ あの『母様』が目を白黒させる姿を見る方が面白いし、それに私は一心の妻になるんだからね? 妻たる者が夫と同じ道を歩むのは、これ自然の道理という物よ? 蓮華も判ってくれると思うし、だから無問題(モウマンタイ)よ♪ 』


『フフフ……儂もそろそろ退き際を考えていた所よ。まぁ、青蓮様の下には若い奴等が芽を出し始めて居るし、儂の様な者が一人居なくなっても問題はありますまい? 』


『わっ、私も雪蓮様や蓮華様達と運命を共にするのですっ!! 故郷の父様と母様には……親不孝を詫びる文を書くのですっ!! 』


『皆様方のお覚悟、この照世生涯忘れませぬ。ならば、それに見合うだけの事を命ある限りして見せましょうぞ…… 』



 そして、今朝になり、朝食の席で照世の口から劉家軍全員に今回の青蓮への策が告げられた。それは、場に居合わせていなかった桃香、蓮華、翠、蒲公英、愛紗、星、そして一刀にも知らされ、彼等も必死の覚悟でこの場に臨んだ訳である。



「あ、あうあうあうあうあう~~っ!! 」


「あら? 一体どうしたのかしら? しょうがないわね、なら勝手に入らせて貰うわよ? 」



 当然、呂蒙としてもありえない人物達の登場に錯乱してしまい、何も答える事が出来ない。然し、対する琥珀は悪びれもせず、彼女を押しのけると、後は従えてきた者を引き連れてずかずかと天幕の中に入り込んで行った。



「琥珀さんっ! 鷹那さんっ! それに翠ちゃんもたんぽぽちゃんもっ! 」


「フフッ、大丈夫だったかしら、桃香ちゃん? 可愛そうに、こんなに怯えちゃって……あんな怖~いおばさん相手で、さぞ心細かったでしょう? さぁ、後は優しい私達に任せて頂戴。鷹那は私について来てっ! 翠と蒲公英は桃香ちゃん達を保護して頂戴っ! 」


「御意っ! 」


「おっしゃあ! 任せとけってんだ! 」


「ここはたんぽぽに任せろー! 」



 琥珀達の姿に桃香が顔を綻ばせると、すぐさま琥珀は翠と蒲公英に桃香たちの保護を命ずる。早速二人が動き始めると、それに呼応するかの様に馬家の精兵が桃香達を護るべく立ちはだかって見せた。


 その間に、鷹那を伴い琥珀は腰の剛剣を抜き放つと、青蓮の方へと向かい彼女と相対する。既に、青蓮の前には冥琳が立ちはだかっており、彼女は鞭を片手に琥珀を睨みつけていた。激昂する余り、大き目の犬歯を向ける青蓮に対し、涼やかな表情の琥珀。獣に例えるならば、正に『獰猛な虎』と『気高き狼』その物で、両者の間には一触即発の空気が漂い始める。



「……こうして会うのは初めてね、孫文台殿。いや『江東の虎』と言うべきかしらね? 初めまして、私が馬寿成よ 」


「貴様は馬騰……ッ!! そうか、そう言う事か……劉玄徳の背後には『西涼の狼』、即ち貴様が居た訳か? 」


「あら? 背後に居るだなんて、人聞き悪いわね? 私は仲郷殿の姑として、そして桃香ちゃん……玄徳殿の同志としてここに馳せ参じたのよ? 」


「同志だと? それはどう言う意味なのかしら? 」



 琥珀の言葉に引っ掛かりを覚え、意味を問うべく青蓮が尋ねると、琥珀はフッと笑みを浮かべて見せた。



「私はね、一刀殿……仲郷殿や玄徳殿達に、この国の未来を託そうと思ったのよ。その為なら、私は娘の孟起を仲郷殿の嫁として彼にあげる積りだし、玄徳殿に武威を委ねても良いと思ってるわ? 」


「なっ……? 馬騰ッ、貴様正気なのかっ!? 貴様とて、昔は西涼の独立を狙い、漢に対し謀叛を起したではないかっ!? 」


「それを言われると痛いわね? けど、あの時はそう考えざるを得なかったわ。夫を喪い、義理の息子や漢に冷たくあしらわれ、夫の死に目にも逢えなかったから……。だけどね、あの戦いを経て、私は沢山の事を学ばされたわ? 死んだあの人が望んでいたのは国を割って独立する事ではない、この漢の世を安寧にし、民に平穏な暮らしを与える事だってね? 」


「くっ……まさか、お前はあの小童どもに全て託すと言うのかしら? あの夢想家の小童どもにっ!? 」



 ギリッと歯噛みし、青蓮は南海覇王の切っ先を琥珀に突きつけると、琥珀は切れ長の目を細めながら更に言葉を続ける。



「ええっ、偶然とは言え、私は自分の未来を託せる好き人達とめぐり合えたわ。間違いなく一代の英傑になる素養を秘めてる玄徳殿。彼女と心を通い合わせ、その夢を叶えるべく、日夜切磋琢磨する仲郷殿。彼女等の心の拠り所である伯想殿にその朋友達…… 」


「…… 」



「孫堅、確かに天下の趨勢は今変わらんとしているわ。恐らくだけど貴女や陳留太守の曹操の様に、胸に確固たる野心を秘めてる者が出ても可笑しくはないでしょう。けれど、今の私の心には一度死んだ『漢』が強く蘇っている……そうっ、玄徳殿達に負けない位にね!? 玄徳殿と同じ『漢』を胸に抱く者として……孫堅、私の可愛いあの子達を、貴女の餌にさせる訳にはいかないわっ!! 」



 そこまで言うと、琥珀は深く息を吐き『胡狼』と銘打った剛剣を両手に構え、両足を肩幅に開きながらゆっくりと腰を落として見せた。そして、彼女は青蓮目掛け声高に叫ぶ。それは正に『西涼の狼』の咆哮であった。



「さあっ! これ以上は何も語るまいっ! 後は武人らしく、己の武で決めようぞっ!! 『江東の虎』よっ! 『西涼の狼』が、今ここで貴様と五年前の決着をつけてくれるっ! いざっ、勝負ッ!! 」


「琥珀様っ、決闘をするとは真に危険ですっ!! 今すぐお止め下さいっ!! 」


「鷹那ッ、下がってて! 最悪、他の孫家の将が出て来る事も考えられるわ? 私が孫堅との勝負に集中できるよう、貴女はそいつ等を引き付けておいてっ!! 」


「……御意ッ!! 」



 正に緊迫した状況の中、ジリジリと青蓮との距離を詰め様とする琥珀に対し、冥琳だけでなく流石に山茶や蝋梅までもが彼女に襲い掛からんと動きを見せ始める。それに対し鷹那が戟を諸手に構えて応じようとするが、突然高らかな笑い声が辺りに響いた。



「フフッ、フフフフフッ、アーハッハッハッハッハ!! これはイイっ! 正に最高の舞台だ!! ハーッハッハッハッハ!! 」



 そう、先程まで怒りで顔を歪めていた青蓮が『死の高笑い』を上げ始めたのである。



「アハハハッ、ハハッ、アハハハハッ!! そう、確かに我等は武人だっ!! ならば、武人は武人らしくしないといけないわねっ!? 冥琳、山茶、蝋梅! 手出しは無用! これは私と馬騰の決闘だ! 仮に助太刀しよう物なら、即座に斬って捨てるぞっ! 」


「青蓮様、何を言っておられるのですか!? 相手は馬騰なのですよ!? 」


「……承知した、青蓮様。冥琳よ、下がるが良い。どうやら、我等の出番は無さそうだ 」


「青蓮様のご気性は、子供の頃から庇護を受けてるお前でも良く判ろう? さぁ、無粋な真似は抜きだ 」


「……判りました 」



 『死の高笑い』を高らかにあげる青蓮に、尚も食い下がろうとする冥琳であったが、宿将たる山茶と蝋梅からそれぞれ窘められると、結局彼女は引き下がざるを得なかった。未だに納得していないのか、引き下がっても冥琳は威圧を込めて琥珀を睨み付けるが、当の彼女は横目でチラッと冥琳を見ただけで、まるで子供を窘めるかの様に言い放つ。



「フフッ、生意気大いに結構。だけど、その様な睨みで『西涼の狼』を怯ませる事は出来ないわよっ!? もっと戦を学んでから出直してくるが良いッ! 」


「くっ…… 」



 恐らく、『智』に於いては冥琳の方が遥かに上であろう。然し、琥珀と彼女とでは、これまで培って来た物の積み重ねが遥かに違い過ぎる。結局、冥琳は悔しげに顔を俯かせる事しか出来なかったのだ。



『なぁ、蝋梅よ。馬寿成も中々人が良いようだな? 』


『あぁ、あの生意気な冥琳に説教を噛ましてくれたのだ。奴には良い勉強になっただろうて? 』



 と互いに苦笑いを浮かべる山茶と蝋梅。家中で一番の期待を寄せられている冥琳も、彼女等から見ればまだまだヒヨッ子も良い所である。今回の苦い経験を元に、更なる飛躍をして欲しいと彼女等は心底願った。



「行くぞっ、馬騰ッ!! 」



 やがて、対峙していた青蓮と琥珀の間に動きが生じた。先ずは青蓮が動き始めたのである。



「馬騰ッ!! 貴様の躯を西涼に送ってやるっ!! イヤオオオオオオオオオッ!! 」


「それは困るわね? まだ初孫の顔を見ていないし、ご免蒙るわッ!! フウッ!! 」



 凄惨な笑みを浮かべ、奇声と共に斬り掛かる青蓮。その兇悪な一撃を、余裕めいた笑みと共に、琥珀は胡狼で真っ直ぐと受け止める。南海覇王を胡狼の剣身に押し込み、青蓮は狂喜に歪めたを顔を琥珀に近付けて言い放った。



「私の初撃を止めるとは、流石にやるわねっ!? どうせなら、貴女とは五年前に殺り合いたかったわ!! あの時は馬鹿娘が相手で、さぞや退屈だった事でしょうッ!? 」


「フフフ……そうでも無かったわ? 当時齢十五とは言え、貴女の娘は中々いい剣筋を放っていた。恐らくだけど、今斬り合ったら勝てる自信は薄いかもしれないわねっ!? シイッ!! 」


「グハアッ!! 」



 そう返すと、琥珀は力任せに青蓮を押し返して、素早く体を捻って鋭い中段蹴りを彼女の腹に叩き込む。それをまともに受けてしまい、青蓮はよろめいてしまった。



「グウッ……よりによって『女の腹』を蹴ってくれるとはねぇ? 子が成せなくなったらどうする積りよっ!? 」


「何を寝ぼけた事を言っているのかしら? 私は四十、貴女は……確か三十八だったわね? よもや、男に身を委ねて子を成す積りもないのでしょう? 」


「……ッ!! それはお生憎ね? お前と違い、私の『女』はまだ死んでいないっ! それと……女の年齢を声高に抜かすなーっ!! (シャ)ァアアアアア!! 」


「フンッ、互いに中年女同士。今更何を恥ずかしがってるのやら、ねっ!! 」



 後はもう互いに何も言わず、青蓮と琥珀は凄まじい斬り合いを演じ続ける。『江東の虎 孫堅』、『西涼の狼 馬騰』とそれぞれ謳われし両者が刃を交える度に、重ッ苦しい金属音が天幕の中に響き渡り、周囲からは様々な喚声が上がっていた。




「行けーっ! 母様、負けんなーッ……って、違った! 勝つなー……これも駄目か? ああっ、どっち応援すりゃいいんだよっ!! 」


加油(ジァヨウ)ーッ!! 琥珀伯母様ーッ!! あ、でも蓮華姉様たちの母様とやりあってたんだよね? 伯母様って……? 」


「それ行けー!! どっちも負けんなーッ!! 私は両者引き分けに百銭賭けてるんだから!! 」


「ねっ、姉様ッ? な、何て不謹慎な事をっ!! 仮にも私達の母様と琥珀様が命の奪い合いをしてるというのにっ!? 」


「まぁまぁ、硬い事言わない言わない、ほら孫家の兵も馬家の兵もどっちが勝つか賭けてるわよ? 」


「あっ……ほ、本当だわ…… 」


「母様、右よ右ッ!! ああっ、もうナニやってんのよ!! 母様が勝つ方にシャオのお小遣い賭けてるんだからねっ!? 」


「シャ、シャオまで……ハアッ、こんな二人が私の姉と妹だと思うと……頭が痛くなってきたわ? 」


「一刀さん……琥珀さんと孫堅さんだけど、どっちが勝つと思う? 」


「そうだなぁ……速さと技のキレなら孫堅さんだし、一方の琥珀さんは力と腕の長さと言った体格面で勝っている。持久力は多分互角に思えそうだから、チョッとした切欠が勝敗を決するかもしれないな? 」



 その様子を、翠や蒲公英、雪蓮、蓮華、小蓮はそれぞれの表情で見守っており、桃香と一刀は拳をグッと握り締めていたが、やがて彼女等の間に変化が訪れた。



「イヤオオオオオオオッ!! 」


「てやあああああああっ!! 」



 すれ違い様、両者の鋭い一閃が交差する。すると、次の瞬間二人の衣服の胸元が切れてしまい、それぞれの豊満な乳房が飛び出してしまったのだ。



「「「おおおおおっ!! 」」」


「……へ? な、何だありゃ? アレが乳だって言うのかよっ!? 」


「なっ! 」


「くっ! 」



 眼福とも言える予想外の出来事に、孫家と馬家問わず将兵の間から声が上がる。一方の青蓮と琥珀であるが、周囲の反応に少し遅れる形で、彼女等はそれぞれ片腕で乳房を隠して見せたのだが……余りにも大き過ぎる故に片腕では無理があり、それどころか腕の隙間からはみ出ていたのだ。



「おおっ! 思い出したぞ! あれこそ正に、拙者が昔読んだ書物に書かれていた決闘の一つである、『女王之刃(ニュウワンジーレン)』だっ!! ウウッ、折角収まりかけたのに、又しても拙者の『泰山』に紅き血潮が集まるではないか…… 」



 そう声高に叫ぶは、片手で鼻を押さえ、もう片方の手を股間に宛がいながら前かがみになる創宝。恐らく、女を知らぬ彼に取り、女として成熟しきった二人の乳房の存在は強烈過ぎたのだろう。鼻を押さえた手の隙間からは鮮血がドクドクと流れ出ていたのだ。



「はぁ? 若、何ですかそれは? 私も武術関連の書物は読んだ事がありますが、その様な名前の決闘は聞いた事がありませんけど? 」



 一方、情けない姿を曝け出す彼に、優里は半目でチラッと見上げており、彼の発言を訝しがる。朱家に雇われる前に、優里は水鏡の私塾の蔵書をあらかた読破していたからだ。すると、鮮血塗れの右手を鼻に宛がいつつ、創宝は声高に叫び返して見せた。



「何を言うのだっ! 遥か昔に『民明』と号した学者が居たのだっ! 彼は古今東西の歴史や民俗に武術等の事も調べ上げると、その分野別でそれぞれ書物として遺したのだ! 」


「民明……あぁ、あの『インチキ学者』の事ですね? 水鏡老師は、彼の作品を『読んじゃいけない書物』、即ち『禁書』に指定していましたけどー? で、若。その『女王之刃』とはどう言う決闘方法なのですか? 」



 完全に呆れ返り、棒読み口調で答える優里であったが、全然それに気付かなかった創宝は自信満々に語り始める。



「うむっ! 『女王之刃』の事であったな? それは昔々の事だ。当時、大陸各地に於いて覇を唱えていた幾数多の女の王達が居たのだが、やがて大陸を統一するべく、彼女等は一対一での対決で決着を着ける事となったのだ。その時、王の中の一人がこう言った。『服を破られ、例え丸裸になろうが、恥を捨ててでも勝つ覚悟を決めた者がこの大陸を統べる資格がある』とな? 」


「はあ、それで? 」 


「それを聞かされ、他の王達は己の矜持をくすぐられ、わざと破け易い出で立ちで一対一の決闘をする事に決まったのだ。結局、最初にそれを唱えた王は羞恥に堪えきれず、丸裸にされると泣きながら負けて行ったと言う……最後に勝ち残ったのは、元貴族の女剣士だったそうだ。どうだ? 強ち嘘ではあるまい? 」


「…… 」


「んんっ? どうしたのだ、優里? 」


「若……史記でも読んで、出直して来い♪ 」


「んがっ!! 」



 所詮、創宝と優里とでは頭に蓄えた知識の量の桁が違いすぎる。彼が大いに熱弁を振るおうとも、彼女が無邪気な笑みと共に放った一言の前では、無駄な足掻きであった。



「一刀さんっ! 見ちゃ駄目ーッ!! 」


「そっ、そうだ! アタシのなら幾ら見ても良いけどさ、母様のだけは絶対に見んなー!! 見たらコロスッ!! 」


「幾ら一刀でも駄目よッ! それに、母様なんかのより、私の方が良いに決まってるわっ!? あんな反則的に大きいモノ見てしまったら、今度は左の目まで潰れてしまうわよっ!! だから、見ないでぇ~!! 」


「うわっ、三人とも何すんだよっ!? 今の俺は右目が見えないんだし、そこにまで手を当てなくてもイイだろうにっ? 左目だけで十分だって!! 」



 一方、一刀は桃香、翠、蓮華の三人からよってたかって両目を手で塞がれてしまう。尤も、一刀が言った通り、今の彼は右目が見えない為に左目を塞ぐだけで良かったのだが、そんな事を言った所で彼女等には全く無意味であった。


 そんな喧騒を他所に、胸を両腕で隠しつつお互い睨み合う青蓮と琥珀であったが、琥珀がニヤリと笑いながら言葉を発する。



「さぁ、これで条件は五分五分……どう、まだやるのかしら? それとも負けを認め、今後桃香ちゃん達に手出し無用にして貰えるかしら? 出来る事なら、後者の方が有り難いのだけれど? 」 


「フフフフフ……予想外の展開になってしまった様ね? けど……この『江東の虎』に負けは許されないっ! かくなる上は、裸身を曝け出そうとも貴様を討ち取ってくれるっ! 」



 そう返すと、青蓮は胸を隠していた両腕を解放し、地べたに転がった南海覇王を手に取る。そして、勝ち誇った様な笑みを浮かべ、豊満な乳房剥き出しでそれを突きつけて見せた。



「さあっ……どうやら、私の勝ちだな? 馬騰、貴様も所詮は女。私の様に羞恥の心を捨て切れまい? フフフフフフフ…… 」


「あら? それはどうかしら? 生憎と、こんな中年女の裸を見た所で誰しも興奮はしないでしょうからね? 裸身を曝す事で怯むほど、私の覚悟は安っぽくは無いのよ? 」


「ほう…… 」



 一方の琥珀も、両腕を解放して『胡狼』を再度構え直す。両者の間に、再び戦いの火花が散ろうとしたその時であった。



「陽春様、菖蒲様、こちらなのですっ! 」


「有難う、明命。後は大丈夫よ……両者とも、それまで! 」


「おめだづ! 何やってんのっしゃっ!? ここは陣中、濫りに剣ばぁ振り回すモンでね! 」


「何奴ッ!? 何処の誰だっ!? 」


「これは盧閣下、それに鄒閣下も…… 」


 

 声と共に、姿を現すは明命こと周幼平に、陽春こと盧子幹と菖蒲こと鄒靖であった。案内役の明命に礼を言うと、陽春は菖蒲を伴い、彼女等は悠然とした足取りで琥珀と青蓮の元に歩み寄る。一方の青蓮と琥珀であるが、双方剣を構えたままの姿勢で固まってしまい、互いに指一本すら動かせなかったのだ。



――十壱――



「あっ、貴女方は……盧北中郎将に鄒北軍中候ッ! 何故、斯様な所にッ!? ……まさかっ!? 」


「フフッ、さぁ? どうかしらねぇ……? 」



 自分達の眼前にまで歩み寄り、ようやく陽春と菖蒲の顔を確認する青蓮であったが、次の瞬間思い切り顔を強張らせると、今直ぐにでも殺しそうな勢いで琥珀を睨み付ける。それに対し、琥珀はしたり顔でニヤリと笑みを浮かべて見せた。



(くっ……迂闊だったわね!? 確か、玄徳なる小娘は鄒靖の下で黄巾と戦っていたし、子供の頃は盧植に師事していたとも聞かされている。そうなれば、何らかの誼があってもおかしくはなかったはずだッ! 馬騰の件もそうだ。蓮華と契った隻眼の孺子だけど、アレは馬騰の娘とも契ったとの事ではないか? そうでなければ、あの『西涼の狼』が、あんな小娘どもに肩入れする訳が無いッ! )



 ここで青蓮は初めて理解する。自分達は桃香達の生殺与奪を握るべく、あれこれと画策していたのが、逆にそれを彼女等に握られてしまったのだ。


 本来であれば、その手の情報を調べるのは軍師である縁や冥琳であろう。だが縁は中立を唱えていた為に全く協力しなかったし、冥琳の方は感情的になり過ぎて冷静な判断が出来なくなっていたのである。


 これらの事も重なり、完全に自分の思惑を覆されて顔を俯かせる青蓮であったが、そんな彼女に陽春と菖蒲がやんわりと話しかけてきた。



「こうして、直接お話するのは初めてでしたよね? 孫太守、私は北中郎将の盧子幹です。以後良しなに 」


「貴殿が長沙太守の孫文台さんだべっちゃね? あだしが北軍中候の鄒靖だぁ、今後とも宜しく頼むっちゃよ? 」


「クッ……お初にお目に掛かる、盧北中郎将殿に鄒北軍中候殿。某が孫文台に御座る。で――お二方とも、今日は如何なるご用件で? 」



 何とか怒りを堪えつつ、感情を押し殺した声で二人に青蓮が尋ねると、彼女等はあっけらかんと答えて見せる。



「ええ、私は貴殿のご息女達にご家来の方々が、愛弟子であり娘も同然である玄徳達に協力してくれた事への礼を言おうと思い、ここに来たのです。孫太守、此度は真に感謝致します 」


「あだしもだぁ~! いや~流石は『江東の虎』と言われるだけはあるわぁ~! 娘さんは三人とも立派だったし、家来の方々も実に素晴らしかったよぉ~! 孫太守、ほんとにありがとね? 」


「いえっ……感謝されるほどの事では御座らぬ。その三人の娘ですが、親不孝を働きました故に先程勘当したばかりですし、家来の方も娘について行くと申しております。故に、斯様な者達を褒められても、某には少しも嬉しく御座らぬ…… 」



 苦虫を噛み潰したような表情で青蓮が言うと、それに対し陽春と菖蒲はわざとらしげに驚く素振りを見せてみた。



「まあっ……それは難儀でしたね? ならば、ご息女とご家来の方々は暫しの間当方でお預かりいたしましょうか? 時が経てば、冷静に向き合えましょうし? 菖蒲、貴女はどうかしら? 」


「んだっちゃねぇ~。陽春様ぁ、こうなったら玄徳さん達もそうだけど、伯符さん達の方もおらほで預かった方がいいんでねぇのすか? それにぃ、都さ戻ったら、何かの役職につけんのもいいかも知れませんよねぇ? 経験を積ませてから実家に戻るのもいいと思いますよぉ? 」


「どうぞ、ご随意に……斯様な者達がどうなろうとも、某の知った事では御座りませぬ故 」


「そうですか……ならば、伯符殿達の身柄は私盧子幹とこちらの鄒靖が預かります 」


「あだしと盧閣下に任せてけさいん。あだし等が責任ばとって、ちゃあんと立派な士大夫にして見せっからっしゃッ! 」



 『見え透いた芝居を打ってくれる!』と内心毒吐きながらも、二人にそう答えると青蓮は完全にそっぽを向いてみせる。彼女のこの態度に、陽春と菖蒲は苦笑を交えて肩を竦めて見せると、次は琥珀に話しかけた。



「馬太守、一体どう成されたのですか? 両の乳房を露にするなどと、随分あられもない格好をしておりますが……? 」


「んだよぉ、馬太守殿ぉ、娘さん達だけでなく、わけぇ男連中どももいるんだからしゃっ。みだりにそんな格好しちゃ駄目だべっちゃよぉ~? 」



 そう言うと、菖蒲は自身が羽織っていた戦袍を琥珀に被せ、一方の琥珀は彼女等に合わせるかの様に言葉を発する。



「はいっ、我が娘と姪が孫太守殿のご息女に良くして貰いましたので、閣下達と同じくそのお礼を申し上げる為に参ったのです。また、良い機会でした故に若人(わこうど)達の後学になる様、我が軍と孫太守の軍で模擬戦を行い、更には互いの友好を深める為孫太守に手合わせを申し出たのです。思わず熱が入り過ぎました故に、年甲斐も無くあられな格好になってしまいました 」


「まあっ、それはそれは……随分と勉強熱心でしたね? ですが、何事も限度を過ぎれば大変な事になってしまいます。以後は程ほどに成された方が宜しいでしょう? 」


「んだっちゃよぉ~! 馬太守殿ぉ、貴女様は娘さんやご家来衆抱えてるだけでなく、武威も任されてるんだぁ。何かあったらとっけぇしのつかねぇ事にもなるんだし、気をつけなくっちゃいけないよぉ? 」 


「はっ、この馬寿成、今のお二方の言葉、終生胸に刻んでおきます。それに、そろそろ陣に引き上げようと思っていたところですので 」



 そう締め括り、琥珀は左目をパチンと閉じて目配せをしてみせると、対する陽春と菖蒲も目配せで返す。それは潮時を意味する合図の確認であった。



「そう、ならば私達も一緒にお暇しましょう。それでは、孫太守。これにて退出させて頂きます。又今度の機会にでもお会い致しましょう。菖蒲、桃香、帰りますよ? 」


「孫太守殿、今度は昔の武勇伝でも聞かせてほしいっちゃよ! んだらばっ! 」


「孫文台殿……何れ、又の機会に 」


「…… 」



 退出の挨拶と共に陽春等三人は、優雅に拱手一礼して見せると、すぐさま桃香達を護りつつそそくさと青蓮の陣を後にする。彼女等が去った後、青蓮は地べたにどっかと腰を下ろすと、口元に手を添えてクスクスと笑い出す。その姿はまるで無邪気な少女を思わせた。



「クスクスクス……今回はしてやられたわね? 完敗よ、完敗。私達の完敗だわ? クスクスクス……本当に滑稽な話よね? ねぇ、貴女達もそう思わない? 」



 憑き物が落ちたかの様に、実に晴れやかな表情で周りを見やる青蓮であったが、誰も答えるものは居ない。然し、そんな中一人の少女が恐る恐る手を挙げて見せる。それは先程の親衛見習いの呂蒙であった。



「あ、あのー……ちょっと宜しいでしょうか? 」


「あら? あなたは……確か、呂子明だったわね? 何か言いたい事でもあるのかしら? 」



 キョトンと小首をかしげながら青蓮が尋ねてくると、呂蒙は一呼吸置いてからおずおずと話し始めた。



「はっ、はいっ! 恐れながら申し上げます。今回の件ですが、私は上司である興覇様からあらかたは聞かされておりました。でも……今回の件について、私はやる前から失敗だと思ってましたっ!! 」


「ほう…… 」



 呂蒙の発言に、青蓮の片眉がピクリと蠢く。今の彼女は、何やら目新しい玩具を見つけた子供の様に目をキラキラさせていた。



「なら、何故そう思ったのかしら? 理由を教えてくれるわよね? 」


「はい、先ず失敗の要素は四つほどあります。一に、徳謀様を始めとした宿将の方々が賛同してくれなかった事。二に、劉玄徳達の背後関係の洗い出しをキチンとしなかった事。三に、二で言った背後関係の洗い出しをするべき公瑾様や興覇様が冷静さを欠いていた事。四に、彼等が噂通りの人物だったのにも関わらず相手を見くびっていた事です。


 中でも一番影響が大きかったのは三だと思いますっ! 何故なら、策の柱となるべき公瑾様と興覇様が感情任せになった時点で、我が方の負けは確定していたからですっ!! ハッ! 生意気を申し上げてずびばぜんっ! お咎めは甘んじて受けますから、どうか故郷のお父さんとお母さんだけは…… 」



 恐らく、言葉が過ぎたと思ったのだろうか。呂蒙は慌ててひれ伏すと、顔をクシャクシャにゆがめて涙をポロポロと零してすすり泣いてしまう。然し、青蓮は怒る所か、寧ろ満足そうに頷いてみせると、最後まで暢気に茶を啜っていた縁も同じ様に頷いて見せた。



「フフッ、フフフフフフフフ、アハッ、アハハハハハハハハハハッ、アーハッハッハッハッハ!! 正に快なりっ!! 」


「ヒッ、ヒイイイイイイイイ~~ッ!! で、出ちゃった、『死の高笑い』が出ちゃったよぉ~!! お父さん、お母さん。先立つ親不孝者の亞莎(あーしぇ)をお許し下さい…… 」



 狂ったような青蓮の高笑いに、亞莎と名乗った呂蒙はそれを『死の高笑い』と判断すると、長沙で暮らす両親の面影を瞼に浮かべる。だが、次に主公たる青蓮のとった行動は意外な物であった。



「アハッ、アハハハハハハハハッ! 我、今こそ麒麟児を得たりっ!! 」


「うぷっ!? 」



 何と、青蓮は亞莎を勢い良く抱き寄せると、剥き出しになった己の乳房に彼女の頭を押し付ける。突然何があったのか理解できずに、亞莎は褐色の大きな乳房に挟まれ、息苦しさの余り手足をバタバタとさせていた。



「青蓮、意外や意外だったわね? まさか、親衛の見習いにこれほど賢い娘がいたなんて。この娘だけど、行く行くは穏と共に冥琳を支えられる様な人材にしたいわ 」


「ええっ、そうよ縁。私は肝心要な事を忘れていたわ。良い人材が居なければ、寧ろ育てればいいのよ。かつて私達が冥琳や穏を育てたようにね? 」



 腰掛けていた座から立ち上がり、縁が笑みと共に話しかけてくると、青蓮は会心の笑みで答える。次に彼女は傍らの冥琳、山茶、蝋梅の三人を見やると、威勢良く言葉を発した。



「四人とも、聞いて欲しい。本日よりこの呂子明を親衛見習いから外し、縁の下で兵法や学問を学ばせるっ! 他の三人も彼女に協力し、一日も早く子明を一人前に鍛え上げよっ! 」


「「「「御意ッ! 」」」」


「それと、劉玄徳達の方には先程の詫びと、雪蓮達の当面の生活費を送ってやれ! 送る物の詳細と誰を使者にするかは四人で話し合って決めよ! 」


「「「「はっ! 」」」」

 

「最後にだが、この呂子明の様に優れた人材がまだまだ家中に居るやも知れないッ! 今後の人材発掘は、外より家中の者を徹底的に重視せよっ! 」


「「「「はっ! 」」」」


「フフフフフフフ……劉玄徳、お前には感謝するわよ? 娘三人に家臣二人をお前に取られたのは痛かったけど、良い勉強になったわ。だけど、今に見るが良い。お前が『漢』を蘇らすと言うのなら、私はそれ等を全て『呉』に塗り替えて見せる! 何れ、お前とは正々堂々と干戈を交えてみたい物ね? 」 


「ム~~ッ…… 」



 戦場で桃香と刃を交える己の未来の姿を想像し、青蓮は恍惚の表情を浮かべるが、彼女の胸の谷間では亞莎がピクリとも動かなくなっていた。この直後、亞莎は慌てた青蓮によって息を吹き返し、正に九死に一生を得たのである。




――オマケでごわんぞ――



 ――雪蓮達が青蓮の下を去ったその夜。青蓮個人の天幕にて――



「フフフ……さっきはしてやられたけど、お返しをして来ないとね? 湯浴みもしたから、準備は万端。後は、あの馬鹿娘を一撃で伸さないといけないかしら? 」


「青蓮様、本当におやりになる積りで? 」



 鏡台の前で、紅を引きなおした青蓮が蠱惑的な笑みを浮かべると、その傍らでは彼女と同じ服装の山茶が困った風で顔を顰めていた。



「当然じゃない? 今回は劉家の連中にしてやられてしまったのだから? これ位仕返ししたって、別に罰は当たらないわよ? 」


「はぁ、やれやれ……相変わらず一度言い出したら止まらない御仁だ 」



 悪気も無く青蓮が言い放った一言に、山茶は苦笑交じりで肩を竦めて見せる。



「それじゃあね、山茶。明日の朝には戻るわ。その間影武者お願いするわね? 」


「了解したぞ、我が主公よ 」



 そう山茶に告げると、彼女は一人山茶を残して意気揚々と外に出た。この時、彼女は真紅の寝間着に身を包んでおり、胸元を大きく開けていたのである。少し歩き、青蓮は外に繋いであった自身の愛馬に跨ると、何処かの方へと馬を走らせて行った。



 ――少し時間が経ち、楼桑村義勇軍本陣――



「ファ~ア、退屈だし、それに眠いお…… 」


「おいおい、あくびなんかするなよ。雲長殿に見つかったらどやされるだろ? 常識的に考えて? 」



 と、歩哨に立っていた二人の義勇兵。一人は白饅頭みたいな顔をしているし、もう一人はひょろ長い白ねぎみたいな体型をしていた。



「何か刺激がないかおー? 例えば全裸の鬼女が男の生贄求めて彷徨い歩いてるとかおー…… 」


「それこそありえないだろ? 常識的に考えて? でも、居るんだったら見てみたいだろ? 」



 そんな不謹慎な事を考える二人の度阿呆であったが、ふと彼等の耳に何やら足音らしきものが聞こえてくる。



「……ン? 足音かお? 」


「……足音みたいだろ? 」



 体を強張らせ、二人が音のする方に槍を向けると……闇夜を塗って、一人の女らしき人影が二人の前に姿を現し、付け加えるなら全裸であった。薄紅色の髪を振り乱し、褐色の肌は艶かしく、熟しきった肉体は男と言う生贄を求め、おびただしい熱を発している。



「うっ、うわああああああああ!! 出、出たっ! 出たおーっ!! 泰山地獄の鬼女が出てしまったおーっ!! 」


「おっ、おおおおおお前が変な事言うからだろっ!? 早く一物を隠すだろ? でないと食いちぎられてしまうだろっ!? 」


「あ、そ、そうだったおっ!! 」



 槍を投げ捨て、慌てて股間に両手を宛がう二人であったが、それに構う事無く『鬼女』は地の底から響く様なコワ~~イ声で二人に話しかけた。



「ねぇ……伯想様の天幕は何処かしら? ……私、伯想様に一夜の相手を買われてここに来たのよ? ねぇ……どこなの? 」



 そう言うと、彼女はねっとりとした視線を二人に向ける。それは恐ろしさの中に凍り付く様な冷たさと、焦がし尽くすほどの熱さが感じられた。



「ヒッ、ヒイイイイイイイイッ!! あ、あっちですお!! 」


「たっ、頼むからコッチに来るなだろ!! 」


「有難う……フフフフフ、ここからでもあの漢の侠気(おとこぎ)が感じられるわ……嗚呼、もう駄目ッ! 我慢しきれないッ!! 」



 この全裸の鬼女に、二人はすっかり恐怖すると互いの身を抱き寄せ合い、ガクガク震えながら一心の天幕を指差す。彼らの指差す方を見て、鬼女は舌なめずりすると共に艶かしく体を震わせて見せた。



「「ドッシェエエエエエエエエ~~ッ!! 」」


「アハハハハハハハハハハハハッ!! さあっ……宴の始まりぞ!! 」



 哀れ、この二人の義勇兵は情けない悲鳴と共に白目を剥いて気絶すると、パッタリ倒れてしまう。それと同時に、鬼女は天幕目掛け凄まじい勢いで駆け出して行った。その後、鬼女が何をしたのかは誰も知らない。然し、その翌朝……



「いっ、一心兄さん、雪蓮さんもどうしちゃったの!? 」


「お、お義兄様、それに姉様までっ!! いっ、一体どこの狼藉者なのっ!? 」

 


 朝餉の時間になっても、未だ姿を現さぬ一心と雪蓮が気になり、それぞれの妹である桃香と蓮華が彼等の元へ向かってみれば惨憺たる有様であった。



「ハーッ、ハーッ……な、なんてぇ女でぇっ! 『底なし沼』、『吸い取り紙』ってぇのはあんなのを指すんだろうな? なっ、何とか漢の矜持にかけて撃退したけどよ。ふうっ、手強い相手だったぜ……!! 」


「ムーッ! ムムーッ!! ムムムムム~~ッ!!(あのクソババア! 絶対に恨むわよーっ!! 今度来たら返り討ちにしてやるんだからーっ!!) 」



 顔や首筋まで紅塗れになった寝間着姿の一心が、寝台の上で息を切らしており、敷布の上では雪蓮が縄でグルグル巻きにされて、猿轡を噛まされている。恐らく、一心と『夫婦の営み』をする積りだったのか、雪蓮は全裸であった。この後、直ぐに一心は喜楽の手当てを受け、雪蓮も拘束を解かれたのだが、二人は何があったのかを話そうとはしなかったのである。


 それから雒陽に到着するまでの間、一心と雪蓮は幾度か同じ目に遭わされるが、その都度桃香達が尋ねても彼等は何も答えない。その間、義勇軍の間では『男の生贄を求め彷徨う鬼女』の噂話が出始め、それは他の軍にまで広まるようになると、民衆にまで伝わるようになってしまった。



『夜、男が一人で外を出歩くと、泰山地獄の鬼女に一物を食われてしまう。その鬼女は血の様に赤い髪を振り乱し、土気色の肌は見た者を凍りつかせ、その豊満な体に触れてしまうと指が腐り落ちてしまう。だから、夜一人で出歩くな』



 この怪談めいた噂話に人々は恐怖し、その影響で暫くの間各地の主な飲食店や宿泊施設では夜になると一気に静まり返ったと言う。それどころか、役人達の方も夜間は多人数行動を原則とし、男性の夜間一人歩きを禁止にする所も出てくる有様であった。


 その噂の元になった人物であるが――



「クシュンッ!! 」


「あら、どうしたの青蓮? 若しかして、風邪でもひいたのかしら? 」


「ううんっ、何だか急に鼻がムズムズしただけよ? 最近良い漢と寝る事が多いから、誰か噂しているのかしらね、フフッ? 」



 そう、悪戯っぽく笑う青蓮であったが、行き成り縁が彼女との距離を詰めて見せると、そっと耳打ちし始めた。



『どうしたの、一体? 』


『聞こえては拙い話よ……実はね、穏から先程報せが届いたのよ。それも、わざわざ親衛隊副長の公奕(こうえき)(蒋欽の字)に持たせてきたわ 』


『……ッ!? 公奕を? あの子は長沙で留守番させているのに……その子を使うほど何か拙い事がある見たいね? で、何と? 』


『……留守を預かる藍蓮だけど、最近アレの屋敷に董元代(とうげんだい)や(孫家の将の董襲(とうしゅう)の字)陸公紀(陸績の字)に程徳枢(とくすう)程秉(ていへい)の字)が頻繁に出入りしてるみたい。彼等は元々藍蓮が見つけた人材だから良いとしても、問題はその先なのよ 』


『その先? その先とは、一体どう言う意味? 』


『……藍蓮の館で、見慣れぬ出で立ちをした者達を三名ほど見かけたとの事なのよ 』



 神妙そうな顔の縁の言葉に、青蓮は何を言ってるのだと言わんばかりの呆れ顔になる。



『ちょっと、縁。その時点なら、別に拙い事とは言えないのではないかしら? 案外食客でも囲ってるのではなくって? 』


『最後まで聞いて貰えるかしら? 穏も結構鋭い子よ? きな臭いと思ったのか、穏は公奕に藍蓮の動向を探らせたみたい。どうもね、元代が二人の若い男女に乗馬とか武芸を教えていて、夜になれば公紀と徳枢が学問を教えていたとの事よ? それに……屋敷の地下牢に、何やら小さな女の子らしい者が囚われていたと。もし、それが先程の三人だとするならば、単なる食客に対する扱いと思えるかしら? 』


『ふむ……それは確かに怪しいわね? 大体、藍蓮は昔から隠し事が多かったし、あの人との間に隠し子も作っていたわね? 』



 当時の事を思い出したのか、渋面になる青蓮であったが、縁は更に言葉を続けた。



『更に極め付けがあったわ……これ、見て貰える? 公奕が何とか盗み出してきた物みたいよ? 』



 そう言うと、縁は何やら小さく薄い板のような物を青蓮に手渡すと、青蓮は目を細めてみせる。



『何かしらこれ? 随分と小さいし、とても巧妙且つ鮮明な似顔絵が貼り付けてあるけど、何やらチンプンカンプンな文字が書いてあるわね? ええと、『聖……力学園……図書室利用証』? 『……高等部……年……組』? あ、これは判るわ『氏名』と書いてあるから、もしやすると『姓名』かも知れないわね? 何々……『不動(ブードン) 如耶(ジュイェ)』? ふむ、絵でも判るけど、どうやら女の様ね? 見た事も無さそうな紙を使っているみたいだけど……この娘、絵からして中々切れ者っぽそうな雰囲気を持ってるわね? 』 


『ええ……で、どうするの、青蓮? 』


『暫く泳がせておきましょう……但し、監視の手を緩めるなと穏には言っておいて。それと、美蓮と蓮蕾には話さない方が良いでしょう。あの二人は直ぐ藍蓮に言い含められるし、かえって面倒になるだけだから。フフフ……そう言えば、陳留の曹操は『及川佑』なる『天の御遣い』を得たという話を聞かされていたけど、この『不動如耶』なる娘もその手の類だったりしてね? 』



 そう締め括ると、後日都での凱旋を終えて長沙に帰還した青蓮は、早速妹藍蓮を召喚して詰問するが、彼女は悪びれもせずにこう言い放つ。



『姉上、隠し立てをしていた事は謝ります。ですが、聞いて下さい。私は孫家の為を思い、敢えて公表する事を避けていたのです。それに、雪蓮を始めとした者達が劉備の下へ行ったのでしょう? だとすれば、将来孫家を継ぐのは三女の美蓮或いは四女の蓮蕾という事になるはず。ならば、それを支える為……天から舞い降りてきたあの者達を、何れは孫家の柱石にするべく鍛え上げていたのです 』


『ほう、ならば何故三人の内一人を地下牢に押し込めていたのかしら? これでは人質扱いではなくて? 』


『当然でしょう? あの様な者達に逃げられ、他家の手にでも渡れば厄介です。特に、汝南袁氏を騙る『オバカな女童(めわらわ)』の手に渡れば最悪ですから? 』


『ふむ……お前の言う事は癪に障るけど、確かにそうね? で、藍蓮。お前が鍛えていると言う、その『天から舞い降りてきた者』だけど。どう? 使えるのかしら? 』



 未だに訝しげに藍蓮を見やる青蓮であったが、当の本人は嗜虐的な笑みを口元に湛えてみせる。



『姉上、『使える』、『使えない』の話ではありません。どうやら、三人とも心が弱い様でしたので、敢えて『使えて当然』になる様仕向けたのですよ? 何の為に、三人の内非力な娘を『特別な部屋』で遇しているとお思いかしら? フフフフフフフフフ…… 』


『まさか……そうかっ、お前は先程話に上がった『早坂章仁(はやさかあきひと)』なる男と『不動如耶(ふゆるぎきさや)』なる女がその気になる様、先程の『早坂章仁』の恋人である『早坂羽深(はやさかうみ)』と言う幼き娘を人質に取ったのだなっ!? おっ、お前は、お前は……何と言う恐ろしい事を考えているの? 』


『雪蓮と蓮華を楯に取り、劉備一党を飲み込むのに失敗し、挙句彼奴等を始末しようとした姉上だけには言われたくないわね? 』


『くっ…… 』



 妹の非道な振る舞いに対し、思わず青蓮は不快を露にして咎めて見せるが、その妹から過去の行いを指摘されると青蓮は只呻くしか出来ない。そんな姉に藍蓮は更に言葉を続ける。



『姉上、私と姉上とでは孫家の有り様に対する考えが全く異なるのは理解しております。ですが、ですがっ! 私も今は亡き『あのお方』の悲願を成就させたいと言う忸怩たる思いを、この胸に秘めているのですっ!! ならば、私はいかなる怨恨や汚名をも被ってみせ、後世では『悪女』と罵られて見せましょう! 』


『…… 』



 目をカッと見開き、並々ならぬ覚悟を見せた藍蓮に青蓮は少し沈黙すると、大仰に一呼吸して見せる。そして――ジッと妹の顔を見やり、落ち着いた口調で話し始めた。



『判ったわ……『早坂章仁』なる者と、『不動如耶』なる者の『教育』はお前に一任する。若し、何であったら冥琳を始めとした他の連中もその者達の『教育』に当たらせろ! 確かに、お前と私とでは考え方は異なるが、この大陸に『呉』の旗をはためかせるのにやれ『正道』だやれ『邪道』だと申している暇は無いのだからな? 』


『御意…… 』



 そう言うと、青蓮は休むべく自室へと退去する。彼女の後姿を見やりつつ、藍蓮は小声でボソッと呟いて見せた。



『フフフ……姉上、いつまでも姉上主導の孫家と思いますな? 到底姉上の様な猛獣では、孫の家を生き永らえさせる事は不可能と言う物。幸い、『汝南の猿』の『三枚舌』から良い話も持ちかけられてきているしね? 精々、『覇王ごっこ』をしながら残りの日々を過ごされると宜しいでしょう……フフフフフフフフフ…… 』



 この時の藍蓮の双眼には、どす黒い物が宿っており、後に彼女はとある行動に出るのだが、それは一刀にとって更なる苦難にもなり、この時彼は大きな選択を迫られる事となる。そして――



『羽深……今は我慢してくれよ。絶対に助けて見せるからな? お前の為なら俺は……ッ!! 』


『章仁殿……それがし達が今後どうなるかは判らぬ。だが、今は耐えるしかあるまいッ!! 確か、孫静と申したよな、あの女。一体それがし達をどうする積りなのだ? 今日は、初めて人を…… 』


『如耶先輩ッ!! それ以上は言わないでくれ!! 俺と先輩が今日、初めて人を斬った事、羽深の前では……絶対に言わないでくれッ!! 頼むッ!! 』


『章仁殿…… 』



 と、藍蓮の屋敷の狭い一室で苦悶の表情を浮かべる二人の男女。彼等の身に纏っている甲冑には黒ずんだ返り血がこびり付いており、どうして今自分達がこんな事をさせられているのか全く理解できておらず、その一方では――



『お兄ちゃん、如耶姉様……どうか無事でいて。そして、早くこんなとこ出て……フランチェスカに帰ろう……ウッ、ウウッ……アアアアアア~ンンッ!! 』



 と、小柄な少女が屋敷の地下牢で悲痛な泣き声をあげていた。彼女の足元には小さな手帳らしきものが置かれており、それにはこう書かれていた。



“聖フランチェスカ学園 高等部 Ⅰ-Ⅲ 早坂 羽深”と――



 『北郷一刀』、『及川佑』と又違った形で外史の世界に迷い込んでしまった『不動如耶』、『早坂章仁』、『早坂羽深』の三人。今後彼等の運命は一体どうなるのか? それは皇天后土が知るのみでしかなかったのだ。




※1:当時の貨幣。作中での価値は一銭につき約三百円ほど。


※2:美人が笑う様を意味する。


※3:作中価値では約百二十万円。


※4:日本語もしくは英語で言う所の『アイラブユー』。


※5:後漢の一斤は二百四十八グラム。従って、千斤になると二百五十キログラム前後の計算になる。


※6:義雲の別の呼び名。愛紗と鈴々にとって、一心と義雲に義雷、そして一刀は義兄弟に当たる為、二番目に位置する彼をそう呼んでいる。余談だが、一心は『大哥(ダークォ)』、義雷は『三哥(サンクォ)』と呼ばれている。


※7:ブラジャーの中文訳。


※8:当時の一両は約十五・五グラム。当時の物価だと黄金は一両で一万銭(劇中価値だと約三百万円)になる。従って、琥珀は照世達に約千五百万円の高い授業料を払った計算になる。

 ここまで読んで下さり、真に有難う御座います。


 さて、今回一番手直ししたのは『思春へのオシオキ』部分ですね。前の奴は可也どぎつかったんで、書いた後で後味の悪さがあった物ですから、ソフトに書き直しました。


 ですが、それでも自分の範囲内ではきついオシオキにしたんですけどね? 何せ、自分や仲間の命を奪おうとした相手な訳ですから、アレ位の仕返しを受けても文句は言えんと思っております。


 チョット嫌な言い方をすると、現在孫家の家中に於いて、アンチ桃香のツートップは冥琳と思春にしております。逆に蝋梅こと韓当と山茶こと祖茂は親桃香派と言った感じです。


 今後、孫家と劉家の関係はどうなるのやら? この二家が手を携えるのはまだまだ先にしております。只、ここで言う孫家とは『雪蓮と蓮華達』の事ではありません。あくまでも『孫堅が率いる孫家』ですので、どうかお間違いなきように。


 本当はアレコレと後書きに書かなくてはと思うのですが、これ書いてる現在は猛烈な睡魔と格闘中で、書く気力すら起こらん有様です。


 次の話ですが、来月上旬を目指します。最低でも3・11までには書きたいですね。余談ですが、私は被災者です。昨年のアレは一生分の恐怖を味わったと言っても過言ではないですねェ……。


 私はアンチ呉ではありません。真・恋姫では、話なら蜀より呉の方が好きでしたので。余談ですが、クリア順は魏⇒呉⇒蜀です。この三つの中で好きだったのは呉編でしたね。話が一番まとまってたと思いましたから。


 でも、話に一番力入れていたのは、魏編だなとは思いましたね。何せ、蜀編より濃厚に書いてましたから。その反面蜀は……ス◎ロボや特撮ヒーローっぽいクライマックスの展開で、一気に興醒めした感が否めなかったですねェ……(汗 あの時出てきた一刀のドヤ顔はカンベンして欲しかった。


 ここで書いてる一刀の顔のイメージは……渡辺謙、時々ベルセルクのガッツを思い浮かべていますね。(苦笑 私、漢臭い奴の方が好きなんで。今風のイケメンよりは、昔の骨のある雰囲気の方が馴染めます。


 又次回更新できたらお会いいたしましょう!


 それでは、また~! 不識庵・裏でした~!


追伸:あ~~~!! タバコが切れたぞ~~!!(苦笑


 ここまで読んで下さり、真に有難う御座います。(『虎口後日談』の後書きです)


 この幕間では最初は青蓮さんの『リベンジ』で始まり、前回大胆不敵な行動に出た一心さんと雪蓮姉様が痛い目に遭わされる羽目に。(笑 ハイ、しっかり『味見』されてしまいましたね?(苦笑


 そして、孫静こと藍蓮の暗躍ですが、ここら辺はアニメ版恋姫見た影響です。アニメ版見た方は、雪蓮に『ある事』をしようとした『叔母上』様のキャラを思い出して頂ければ有り難いですね?


 あと、『不動如耶』とか『早坂章仁』、『早坂羽深』の三人ですが、無印版恋姫の前作『春恋*乙女』に登場したキャラです。


 元々及川調べる為にプレイした『春恋』なんですが、『不動如耶』は無印版に名前だけチョット出ていた物ですから、思い切って出してみようと思いました。(汗


 まぁ、ここでの一刀君は『不動先輩』に撃チンされたと言う苦い思い出がありますが……さて、ここからどうなるのやら? 徐々に『天の御遣いとしての立場』を強くしている及川に対し、一刀は『茨の道』を突き進む感じで決めております。


 困難苦難を乗り越え、更に強く、より逞しく成長する一刀の姿を描写できたら良いなぁと思っていますねェ~!


 本当はこの幕間、虎口後編のオマケに書き添えたかったんですが、あの時は胃が酷く痛んだので、諦めた経緯が御座います。


 夕べと今の時間帯体調がすこぶる良かったので、短時間集中砲火で書き上げましたとさ!!(苦笑


 今度こそ、書けたら次の話でお会いしたいと思います。さて、早速気合入れなおすかな?


 それでは、また~! 不識庵・裏でした~!



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