表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第二部「黄巾討伐編」
34/62

幕間其の三『趙子龍と文次騫は槍を交える』

 こんにちは、不識庵・裏です。


 実は今月二回に分けて投稿した『虎口』の前後編なのですが、自分としてはまとまりが悪いなと思い、一旦全部削除して再編集しようと思いました。


 再編集と言っても、削除した物をもう一回パッチワークしなおしただけです。この幕間其の三も、元は『虎口』前編に入っていた文鴦のエピソードを抜粋し、ほんの少しだけ肉付けしただけの物ですからね?(苦笑


 それでは、照烈異聞録幕間其の三、最後まで読んで頂ければ嬉しく思います。



――壱――



 ――孫文台との会見予定時刻より半刻(約一時間)ほど時間を遡り、楼桑村義勇軍の本陣にて――



「はいはいはいはいはいーっ! 」


「…… 」



 本陣天幕の外にて、星が雲昇相手に神槍の舞を見舞わせていたが、対する彼は無言でそれを易々とかわしてみせる。この時の二人は何時もの出で立ちで、恐らくだが実戦形式の手合わせをしている様だ。


 先程まで陽春と雲昇にこってり油を絞られていた星であったが、分別を弁えていた彼女は自業自得と割り切っており、既に気持ちを切り替えていたのである。実は彼女、義勇軍の猛将とは言えども、まだ一刀以外の漢連中と本格的な手合わせをした事が無かったのだ。


 最初、彼女は義雲か義雷に相手を頼もうとしたのだが、『あのお二人に挑みたいのは判りますが、貴女には敷居が高過ぎますし、かえって得る物も少ないかと? 僭越ながら、この雲昇めがお相手仕りましょう』と雲昇が相手を申し出てくれたのである。


 矜持をくすぐられ、最初は難色を示した星であったが、一刀と桃香から『雲昇老師からは主な武術を教わったし、何よりも的確な助言をくれるよ?』と言われてしまうと、流石の彼女も大人しくそれに従うしかなかったのだ。



「星殿、最初私は『受け』に回ります。どうぞ、お好きなだけ貴女が得意とする『神槍』を私に見せて下さい 」


「ほほう……雲昇殿、その言葉後悔成されるなよ? 」



 別段挑発する積りも無かったのだが、彼の言葉に星は眉を顰めて見せると、ご自慢の神槍を見舞わせ始めるが、雲昇には一つも当たらなかったのだ。



「セイッ! セヤッ! ハアアアアアッ!! 」


「…… 」


「なっ! 一つも当たらないっ!? 雲昇殿の方が重い筈なのに何故っ!? 」



 自分は軍装を兼ねた軽い普段着なのに対し、彼は重い鎧兜を着ているし、その上に戦袍までをも羽織っている。当然、彼の方が動きが鈍い筈だ。然し、自分の目の前の雲昇と言う漢は、彼女の槍をヒョイとかわしたり、自身の槍でそれ等を簡単に受け流している。



「流石ですね? 中々隙の無い良い突きです 」



 何時もの『無表情(ポーカー・フェイス)』で、何事も無かったかの様に自分の攻めをいなす雲昇に、星は段々苛立ちを覚え始めた。



「ですが、まだまだ本気を出していないのでしょう? さぁ、もっと激しく突き込んで来なさいっ! 」


「ぬうっ、言われなくとも……ッ! 」



 ややきつい口調で言う雲昇に、星は忌々しげに歯噛みしてみせると、更に激しく雲昇に途切れぬ突きを繰り出して見せる。然し、それでも雲昇は全く動じる素振りさえ見せなかった。



「それでは……星殿。不肖ながらこの趙子穹、貴女に『雲昇の槍』をお見せ致しましょう! とくと御覧あれっ! 」


「なっ! 」



 そこから少し経ち、行き成り雲昇が声高に叫んで見せると、彼は愛槍『涯角槍(がいかくそう)』をビュオウッと勢い良く一振りし、ガシッと音を立てて小脇に抱えてみせる。先ほどまで『静』であった彼が、『動』に切り替わる様を目の当たりにし、星は戦慄を覚えた。



「はあっ! 」


「くうっ! 」



 それは、正に神速であった。手数の多い星の突きに対し、雲昇のはたった一突きのみ。然し、それは雷光の如く凄まじい勢いと速さを持っており、星にはその槍筋が見えなかったのだ。



「あうっ! 」



 これまで培ってきた勘を働かせ、星は愛槍『龍牙』でそれを受け止めて見せた物の、勢いを殺せ切れなかったのか簡単に弾き飛ばされる。先程まで槍を携えていた彼女の両手に強烈な痺れが走り、その痛みに思わず星は涙ぐんでしまった。この事からして、如何に雲昇の一撃が強烈な物であったのかが窺える。



「くっ……参った! 私の完敗だ……ここまで無様に負けたのは、兄上と共に父上の下で修行を受けていた時以来だ…… 」



 悔しさを滲ませ、顔を俯かせる星であったが、そんな彼女に雲昇は柔らかく微笑みかけて見せた。



「いえ、流石は星殿です。『常山の昇り龍』と名乗るに見合うだけの、真に素晴らしい槍でした。間違いないと思いますが、一昔前の私でしたら避け切れなかった事でしょう 」


「え!? 」



 意外な彼の言葉に、驚きの余り星は大きく目を見開く。然し、次の瞬間雲昇はやや眉を潜め、今の彼女に不足している事を挙げ始めた。



「ですが、今の星殿を見ていますと、何やら一昔前の私自身を見ている様な気がするのです。故に、私自身の経験から申し上げますと、今の貴女には『力』が足りません。そう、貴女の槍は『軽過ぎる(・・・・)』、そう言っても過言ではありません。


 どんなに素早く突きを繰り出そうとも、力が無ければ自分より強力の相手に容易く押し返されてしまいます。特に義雲殿、義雷殿、そして壮雄殿のお三方は強力の持ち主です。仮に今の貴女があのお三方に挑もうとも、簡単に押し返されてしまう事でしょう。また、永盛殿や固生殿も意外と強力です。恐らく彼等とも互角に渡り合えないと思いますね?


 これらの事を踏まえ、これからの星殿の課題は、先ず第一に筋力をつける事です。最低限でも、今の一刀殿の七割位の筋力を持っておかねば、義雲殿や義雷殿に太刀打ちする事も叶いますまい。それとは逆に、俊敏さに於いては及第ですので、そこは更に伸ばされると宜しいでしょう 」


「むむっ……昔父上に言われた事を思い出してしまったぞ……『お前は身軽であるが、その反面力が弱い』とな? 然し……流石は桃香様や一刀殿に武芸を教えただけはある、実に的確な助言だ。雲昇殿、この星今の貴殿の言葉を胸に刻み、益々精進する事に致す 」



 最初は面白くなさげに顔を顰める星であったが、段々聞いてる内に感服したのか彼女は雲昇に対し深々と頭を下げて謝意を示すと、雲昇は弾き飛ばされた星の槍を拾い上げて彼女に手渡す。そして、彼は何時もの如く涼しげに言い放った。



「それは何より、貴女のお役に立てた様です。さて……孫家の陣を訪ねるまでまだ少し時間があります。もう一手如何でしょう? 」


「応ッ! ならば、時間までの間貴殿から一本取って見せようぞ! 」


「フフッ、その意気ですよ? では―― 」


「たっ、大変なのだー!! 」



 双方気合を入れなおし、互いに得物を構えて睨み合ったその瞬間であった。突如、鈴々が大声と共に二人の所へ駆け込んできたのである。



「っ!? 鈴々殿、如何成されましたか? 」


「鈴々……折角人が新たな気持ちで鍛錬に臨んでいたと言うに、行き成り大声で呼びかけるとは無粋にも程が過ぎるのではないのか!? 」



 驚きの余り、雲昇は思わず眉を潜め、星は完全に不快感を露にして鈴々を咎めるが、対する彼女は全く取り合わぬといった風で矢継ぎ早に言葉を続ける。



「それどころじゃないのだ! 今ここの兵と、他の所の兵が取っ組み合いの喧嘩をしているのだ!! 愛紗と翠が止めに入ってるけど、人数が多すぎて他の人たち呼んで来いって愛紗に言われたのだ! 」


「……やれやれ、黄巾どもが居なくなったと思えば、今度は兵の間での諍いですか……? その様な暇があれば鍛錬をすれば良い物を。然し、人死にが出れば大事です。星殿、申し訳ありませんが、続きは明日にでもしましょう 」


「ああ、確かに貴殿の言う通りだ。況してや、何か間違いでも起これば、桃香様だけでなく菖蒲様や陽春様にまで累が及んでしまうからな? 」



 鈴々の説明を受け、雲昇と星は互いに渋面を作ると、鈴々に誘導され乱闘が起こった場所へと駆け出すのであった。



――弐――



「こんにゃろぉ! 絶対に、何と言おうが『尊娘々』様だ! 」


「何だとォ!? この前の戦いで有名になったからって、アイツは『張三姉妹』の支持者を横取りしやがった只の『泥棒猫』じゃねぇかよ! 」


「言ったなぁ!? こいつぅ!! 」


「こなくそっ!! 今の俺は誰にも止められねぇぞ!! 」



 鈴々に案内され、雲昇と星が現場に到着すると、そこでは楼桑村義勇軍の兵が他の官兵と乱闘騒ぎを起こしていた。



「やめろ、やめないかっ! 義勇軍の兵なら、勝手な私闘は慎め! 玄徳様達が後で責めを受けるのだぞ!? 」


「お前等ァ!! いい加減にしないと、流石のアタシもキレっぞ!! おい、やめろ! やめろって言ってんだろォ!! 」



 愛紗と翠が彼等の間に割って入り、何とか引き剥がしている物の、乱闘に及んでいる者の数は二十近くも居り、おまけに怪我をさせる訳にも行かぬ故に流石の愛紗と翠も手を焼かされていたのである。どうやら、会話の内容からして最近話題に上がっている『偶像芸人』絡みのいがみ合いが問題の発端と思われた。


 『あんなガリガリ娘に、天和ちゃん達見たいな癒され感があるかよっ!』とか、『あんな三バカ姉妹に、尊娘々様のような洗練さがあるか!? 尊娘々様の方がずっと女らしく、そして美しいぞ!』等と、実に子供の喧嘩じみた罵りまでもが彼等の間から飛び交ってくる。目前で繰り広げられるこの醜い争いに、雲昇と星は呆れ顔でぼやいて見せた。



「何とも情けない。『偶像芸人』の話題で乱闘をする暇があれば、別の方に向ければ良い物を。本当に困った物です 」


「全くだな? 然し……まっこと暇な連中も居た物だな? 流石の私も呆れて物が言えぬぞ 」


「鈴々も止めるから、雲昇お兄ちゃんと星も止めて欲しいのだー!! 」


「判りました、愛紗殿と翠殿、そして我等三人が加われば完全に止められるでしょう 」


「やれやれ……雲昇殿との手合わせが、よもやこんな輩に潰され様とはな? 然し、少しは鍛錬代わりになるやも知れぬ。それでは……行くぞっ! 」



 鈴々に促され、雲昇と星が身構え様としたその瞬間である。何処から声が聞こえてきた。



「あいや待たれーいっ!! 」


「んっ? 」


「なっ? 」


「一体何奴だ? 然し、どこかで聞いた台詞の様な……? 」


「なっ、何だ? 声からして女かよ? 」


「んにゃ? 」



 突然掛けられてきた声に、雲昇達だけでなく、乱闘騒ぎを起していた兵士達も思わずその場で固まる。彼等が一斉に声のする方を見てみれば、そこには白馬に跨った美丈夫が居た。


 彼女は右手に巨大な円錐型の騎兵槍を携え、左手は楯を兼ねた様な形状のこれまた大きな篭手で覆われていて、星よりも露出の多い軍装を身に纏っており、それらは全て白色で統一されている。


 そして、頭髪は白みが掛かった菫色をしており、それは首の辺りで短く切られていて、キュッと締まった口元は意志の強さを思わせ、彼女が一角ならぬ人物である事を窺わせた……のだが、只一つだけ違和感があった。


 その違和感を目にし、雲昇と星、そして愛紗は思わず口に出てしまう。



「!? あの仮面、もしや……然し…… 」


「んなっ!? なっ、何であの仮面を付けている者がいるのだ……!? そんな、まさか!? これは有り得ぬ事だっ!! 」


「まさか、あの仮面……もしや、黎陽で会ったあやつか!? 」



 そう、その美丈夫の綺麗な顔には蝶を模した仮面が付けられていたのだ。『華蝶仮面』――嘗て、黎陽で心が折れてしまった愛紗に喝を入れるべく、星が一芝居打った際に演じた架空の人物。その正体を知ってる雲昇や、その『華蝶仮面』本人である星、更には『華蝶仮面』と接した愛紗に大きな動揺を与えたのだ。


 そんな彼等を他所に、華蝶の仮面をつけたその美丈夫は高らかに名乗り上げる。彼女が名乗ったその名は、ある意味三人の期待を裏切らなかったのだ。



「可憐な花に誘われて、美々しき蝶が、今舞い降りるっ! 我が名は『華蝶仮面』ッ! 殺伐たる乱世に美と愛をもたらす正義の化身なりっ! この『華蝶仮面』、好みの芸人絡みでつまらぬ諍いを起し、陣中を濫りに騒がす貴様等に仕置きせんと只今参上仕った! 」


「なっ!? 」


「なっ、何だとっ!? 」


「矢張り、アレは『変態蝶々』であったか……然し、黎陽で会った時とどこか違うな? それに黎陽で会った奴は、あれより胸がやや小さかったような……? 」



 『華蝶仮面』の名に雲昇と星、特に『本家本元』たる星は完全に狼狽してしまう。然し、愛紗の方は少し小首を傾げる程度であったし、それどころかトンでもない事まで言う始末。それは、心中穏やかならぬ星に拍車を掛けてしまった。



「ええーいっ! 愛紗よ、一体何処を見ているのだっ!? 貴様の目は節穴かっ!? それと、また名前を間違えてるぞ『変態蝶々』ではないっ、『華蝶仮面』だっ!! だが、言って置く。アレは華蝶仮面ではない、どう見ても明らかな偽者だっ! それと……悪かったな、胸が小さくて……どうせ私はお主等に比べればブツブツブツブツブツ…… 」


「何か言ったか、星? 」


「何でもない、只の独り言だ……確かに私の乳房は桃香様や愛紗達には大きさでは劣るし、一刀殿が乳房の大きな娘が好みなのは判る。だが、私の方とて、これでも自分の拳を挟めるほどはあるのだぞ? だから夕べ一刀殿ので試し……ブツブツブツブツブツ 」



 眦を吊り上げ、愛紗に怒鳴る星であったが、先程の彼女の言葉に引っ掛かりを覚えて面白くなさげに言い放つと、後は自分の世界に潜り込んでしまい、何やらブツブツと言い始める。



「だから、さっきから何をブツブツ言ってるのだ? 言いたい事があるのならハッキリ言え!! 」


「貴様も判らぬ奴よなっ!? さっきから言っておろうに!? 只の、只の……『乙女の恥ずかしい独り言』だっ!! これ以上言わせるなっ!! 」


「あっ、ああ……わっ、判った 」



 未だにブツブツ言う星に痺れを切らしたのか、愛紗が激しい剣幕で詰め寄る物の、逆に星に怒鳴り返されてしまい、彼女は思わず怯んでしまった。そして――そんな二人のやり取りを他所に、『華蝶仮面』が動きを見せ始める。



「陣中で濫りに暴れ、軍を乱した愚か者どもよ! 華蝶の裁きを受けるが良いっ!! 行くぞっ、皙辰(シーチェン)ッ! ハアッ! 」



 そう叫んで『華蝶仮面』は自身が跨る愛馬の腹を蹴るや否や、乱闘騒ぎを起した兵達目掛け突進し、その巨大な騎兵槍を思い切り振り回し始めた。彼女が振り回すそれに当てられ、次々と兵達が悲鳴と共に薙ぎ倒される。



「ハアアアアアアアッ!! 」


「ぎゃっ! 」


「ぐえっ! 」


「うぐっ! 」


「いでえっ! 」



 流石に槍で突く事はしなかったが、あれだけ巨大な物であれば、槍身を当てられただけでも可也の打撃になろう。雲昇等五人が呆然としている中、『華蝶仮面』はあっと言う間に騒ぎを起していた兵達を沈黙させてしまった。



「ううっ……痛いよ、てんほーちゃーん…… 」


「そっ、尊娘々サマー……無念で御座るぅ~ガクリ 」


「安心するが良い、手加減はしてあるし、命までは奪わおうとは思わぬ。だが、暫くの間床の上にて猛省する事だな? もし、また何かしようものなら、この『華蝶仮面』再び貴様等の前に現れんっ! では、さらばだっ! 」



 打ちのめした連中に一瞥くれると、『華蝶仮面』は口元にフッと笑みを浮かべ、その場を去るべく馬首を翻したが、一人の女性が彼女の前に立ち塞がった。



「待てっ! 貴様、『華蝶仮面』と申したな……? 確かに、貴様の出で立ちは『華蝶仮面』と似通っているが、どうみても真っ赤な偽者っ! この常山の趙子龍の目は節穴ではないぞっ!! 」



 そう叫び、怒り心頭で美しい顔を歪ませ、猛然と槍を突きつけながら名乗り上げるは星。そう、『本家本元』の華蝶仮面本人である。然し、彼女の名を聞いたその瞬間、『華蝶仮面』は動揺を顔に露にする。



「何っ……趙子龍だと!? 」



 『華蝶仮面』は仮面越しに目を大きく見開かせ、星をまじまじと見詰めるが、それに対し彼女は更に『華蝶仮面』を険しげに睨み付けた。そんな彼女に、外野の雲昇が呼びかける。



「星殿、先ずは一呼吸置き、昂り過ぎた己自身を落ち着かせなさい。そのままでは、本来の実力が発揮できません 」


「雲昇殿……かたじけない。スゥーッ…… 」



 雲昇に言われた通り、星は一呼吸置くと、気を取り直して『華蝶仮面』を見据えた。先程まで自身を支配していた怒気は霧散され、星は何時もの冷静な自分自身を取り戻す。そして――彼女は何時もの淡々とした口調で、再度『華蝶仮面』に言い放った。



「『華蝶仮面』とやらよ、この常山の趙子龍も嘗て『華蝶仮面』と相見えたことがある。だが、あの時の『華蝶仮面』は斯様な大きい槍も携えておらなんだし、それにそこまで肩を肌蹴る様な出で立ちもしておらなんだからな? どこで『華蝶仮面』の話を聞いたかは存ぜぬが、大方『華蝶仮面』を騙る偽者であろう? 」



 そこまで言うと、星は周りに倒れている兵達をチロッと見やり、痛みで呻く彼等の様に呆れ顔で溜め息を吐く。



「ハアッ~……オマケに我が軍の兵のみならず、他の官軍の兵にまで大怪我を負わせてくれるとはな? 陣中を濫りに騒がす者どもに仕置きせんと抜かしていたが、貴様の方が『濫りに騒がす者』であろうがっ!? この趙子龍が貴様の仮面を引き剥がし、然る後に我が主玄徳様の御前に突き出してくれる! 覚悟するが良い! 」


「フフッ、『常山の昇り龍』とあだ名されし趙子龍……まさかここで相見える事が出来ようとは。面白い、私も一度貴様とは槍を交えてみたかったのだ! こちらも参るぞっ!! 」



 そう力強く叫ぶと、星は地面を思いっきり蹴り飛ばして馬上の『華蝶仮面』目掛け踊り掛かり、対する彼女も不敵な笑みを仮面越しに浮かべると、応戦するべく槍を構えて見せた。



「はいはいはいはいはいいーっ!! 」


「クッ! 流石は『常山の昇り龍』! 素早いだけでなく、一つ一つ全てが力強い突きだ! 油断が出来ないっ! 」



 先ず攻撃を仕掛けるは星。彼女は得意とする神槍の舞を見舞わすが、『華蝶仮面』は左手の大きな篭手でそれを防ぎ止めて見せる。然し、受け止める『華蝶仮面』は必死に歯を食い縛っており、星の攻撃がどれだけ素早く、且つ全てに於いて鋭い一撃を放っているのかが窺えた。



「今まで星と手合わせをしてきたが、今日の奴はどこか違う……こんな星は始めて見るぞ? 」


「うにゃ~~何だか、今日の星凄いのだー 」


「ふむ……流石は星殿。先程の手合わせとは全然別人のような動きです。自分なりに得た物を活かそうとしていますね? 」



 華蝶仮面と一騎討ち繰り広げる星を、愛紗と鈴々、そして雲昇の三人が感嘆を交えながらそれぞれ熱い眼差しを送る。特に、先程まで星と鍛錬に励んでいた雲昇の目はどこか優しげで、まるで大切な妹を慈しむかの様であった。



「え……雲昇殿、星と手合わせをなさったのですか? 」


「あぁ~そう言えば、さっき雲昇のお兄ちゃんと星は手合わせをしていたのだー 」


「え? あぁ……確かに、先程まで私は星殿と手合わせをしていました。何せ、義雲殿と義雷殿に手合わせを挑もうとなさったのですからね? あのお二人に挑むには、今の星殿では少々力不足と思いましたから、不肖ながら私が手合わせを申し出たのですよ 」



 雲昇の言葉に愛紗が喰い付いて来ると、鈴々は先程の事を思い出してニパッと笑みを浮かべる。そして、愛紗は少し面白くなさげに雲昇をチラッと見やった。



「雲昇殿……手合わせは星だけにしかしてくれないのですか? この愛紗も雲昇殿と手合わせを願いたく思うのですが……あの時の一刀様の様に、義雲義兄上達から一本取って見たいのですっ! 私は、この前義雲義兄上と手合わせをしましたが、一本も取れなかったのです…… 」


「それは鈴々も同じなのだー! この前義雷のおっちゃんと手合わせしたけど、ちょちょいのぷーでっ! 簡単にやられてしまったのだー……あのおっちゃん、反則的な位にめちゃんこ強かったのだー…… 」


「ははは、それは難儀でしたね? 恐らくですが、あのお二人に肩を並べるとするならば、永盛殿か壮雄殿位かと? この雲昇も本気を出して勝てるかどうか、正直自信がありませんよ 」



 当時の事を思い出し、悔しげに顔を顰める二人に雲昇は苦笑いを浮かべて見せる。然し、彼の言った言葉の内容をこの場に居ない義雲達が聞いていたとすれば、彼等は『良く言うよ』と呆れていたに違いなかろう。



「どうしたっ! 只防ぐだけかっ!? 」


「何のッ! これからだっ! 」



 己の矜持を賭け、星が『華蝶仮面』との一騎討ちを繰り広げる最中にも関わらず、傍観している雲昇達の方は妙に穏やかな空気である。その様な中で、雲昇は二人にフッと優しく笑いかけて見せた。



「判りました、良いですよ? 今日は無理ですから、明日にでも貴女方の鍛錬のお相手をして差し上げましょう。星殿もですが、お二人とも義雲殿達と互角に遣り合える位に、実力を高めれなければなりませんからね? 」


「雲昇殿、真に感謝いたす! 」


「雲昇のお兄ちゃん、本当にありがとうなのだー! 」



 互いに満面の笑みを浮かべ、雲昇に礼を言う愛紗と鈴々であったが、雲昇は行き成り何時もの無表情に顔を戻す。そして、彼は自身に言い聞かせる様に言葉を発した。



「さて……本当は成り行きを見守っていたいのですが、そろそろ終わりにしなければなりません。負傷した兵達の事もありますし、何よりも、桃香殿はこれから孫文台殿との会見を控えております。星殿には大変申し訳ありませんが、水を挿させて貰いましょう 」


「あっ、そう言えば確かにっ! これ以上長引かせるのは拙い! 」


「うっ、うんっ! このままだと桃香お姉ちゃん達にも迷惑をかけてしまうのだー! 」



 雲昇の言葉に、愛紗と鈴々はハッとしたかの様になると、それぞれ焦りを浮かべる。そして、続け様に雲昇は言葉を続けた。



「そう言う訳ですが……愛紗殿は陽春様と菖蒲様、そして桃香殿にご連絡を。鈴々殿は……喜楽殿と靡誘(みゆう)殿達を呼んできて下さい。私は二人を止めますので 」


「承知した、雲昇殿 」


「合点承知之助なのだー! 」



 雲昇の言葉に愛紗と鈴々は大きく頷いて見せると、早速彼女等はそれぞれの役割を果たすべくこの場から走り去り、雲昇は未だに槍をぶつけ合う星と『華蝶仮面』を見やる。最初は互角に打ち合っていた二人であったが、徐々に星の方が押し始めていた。



「どうした、『華蝶仮面』殿? 腰が引け始めているぞ? さぁて、そろそろその偽りの仮面を引っぺがしてくれようかっ!? 」


「くうっ……この私に付け入る隙を与えぬとは……! 」 


「ふむ、最初は実力が拮抗してる様に思えましたが、どうやら『偽物』より『本物』の方が押していると見える。流石はこの世界の私自身だけはあります。然し……このままにしておく訳にも行かない。真に申し訳無いが、星殿にはここで引いて貰うとしましょう……はあっ! 」



 そう呟くと、雲昇は右手に携えた『涯角』を逆手に握り直すや、槍投げの要領でそれを思い切り投擲する。放り投げられたそれは、星と華蝶仮面の間に割って入るかの如く、大きな音を立てて地面に突き刺さった。



「なっ、行き成り空から槍が! 一体何処の誰だっ!? 」


「むうっ、この槍。さては雲昇殿か? チッ、余計な真似をしてくれるっ!! 」



 行き成り自分等の目前に落ちてきたそれに、『華蝶仮面』が動揺を露にし、その持ち主を知ってる星は忌々しげに舌打ちして右の方を見やると、白銀の鎧兜姿の雲昇が悠然と歩み寄ってくる。彼は、二人に言い聞かせるべく語りかけた。



「星殿、そして『華蝶仮面』殿。ご両者とも中々良い勝負でしたが、これ以上長引かせるのは良くありません。然るに星殿、お気持ち(・・・・)は痛いほど判りますが、私達は劉玄徳の臣下。その主公たる玄徳殿は、これから大事が控えております。私達は武人ではありますが、それ以前に劉玄徳の臣下である事をお忘れ無き様 」


「アッ……確かにそうであったな? 済まないな、雲昇殿。危うく己の立場を忘れる所であった…… 」



 雲昇の言葉に星の脳内に冷気が流れ込むと、彼女はすぐさま冷静に状況を判断する。今日、桃香は孫文台との会見を控えているのだ。だのに、兵同士の乱闘騒ぎを発端にしたこの『華蝶仮面』との一騎討ちを長引かせてしまえば、それは主君たる桃香に多大な迷惑をもたらしてしまう。


 恐らく、桃香は孫文台より臣下の方を気にかける性質だ。そうなってしまえば、孫文台の桃香に対する印象を悪くしてしまうだろう。そう結論付けると、星はゆっくりと『華蝶仮面』に向き直り、蠱惑的な笑みを口元に浮かべて言いやった。



「おい、『華蝶仮面』とやらよ。勝負は次回までのお預けにしておいてやる。精々、その時まで己の腕を磨いておくが良いさ。此度はこちらの趙子穹殿に感謝する事だな? でなければ、恐らく貴様は私にその仮面を引っぺがされていたであろうよ 」


「なっ……!! 喧嘩を売ってきたのは貴様の方であろうが? だのに、自分の都合で引き下がるとは、何たる自分勝手ッ! 貴様と言う奴は、武人の心を軽んじてるのかっ!? 」



 星の口上に、勝負で熱くなっていた『華蝶仮面』は自分の脳髄が沸騰するかの様な感覚に襲われる。彼女は仮面越しの美貌を真っ赤にさせて激昂して見せた。然し、当の星はケロリとしたかの様に淡々と語る。



「そう思うのであれば、勝手に思うが良いさ。だがな、私は武人である前に『劉玄徳』様の臣下だ。武人の矜持より主君の事を優先させるのは、之即ち臣道を全う(まっとう)せんとす者にとって至極当然の事とは思わぬか? 貴様ほどの大丈夫ならば、それを理解して見せろ 」


「くうっ……言わせて置けばぁ~っ! 図に乗るなっ、趙子龍ッ!! ここまで虚仮(こけ)にされ、おめおめ引き下がれるかっ! 貴様にその気が無いのなら、私がその気にさせてやるッ!! 」



 どうやら、完全に頭に血が上った様だ。巨大な騎兵槍を構え直し、『華蝶仮面』は再度星に突き掛かろうとするが、次の瞬間それは遮られてしまう。



「そこまでです…… 」


「なっ、いっ、いつの間に? 全然動きが見えなかった……! 」


「フフッ、流石は雲昇殿だ。相変わらず見事な動きを成される 」



 それは、正に『神速』であった。外野にいた筈の雲昇が、いつの間にか星と『華蝶仮面』の間に割って入ると、彼は地面に突き刺さった愛槍『涯角槍』を抜き取り、すぐさまそれを『華蝶仮面』の面前に突きつけると言う離れ業を演じて見せたのである。無表情のまま、涼しげな風で槍を突きつける彼の顔には、幾許かの威圧が込められていた。



「さぁ、大人しくお退きなさい。さもなくば……子龍殿に成り代わり、この趙子穹が貴女の仮面を剥ぎ取って御覧に入れる。それでも宜しいのですかな? 」



 双眼に冷気の刃を纏わせ、『華蝶仮面』に一瞥くれる雲昇。その彼に完全に屈してしまうと、遂に『華蝶仮面』はゆっくりと頷いて見せた。



「わっ、判った……今日は此処で下がらせて貰おう。だが、忘れるなっ! 趙子龍、そして趙子穹! 後日この借りを纏めて返してくれんッ! 努々(ゆめゆめ)忘れるでないぞっ!! 」


「えぇ、こちらの都合が合えば何時でもどうぞ。私は逃げも隠れもしませんので 」


「それに関しては子穹殿と同じだ、『華蝶仮面』よ。精々、その時まで『本物』に見合うだけの実力を付けてくるのだな? 」


「くっ……! 」



 悔しげに歯噛みし、『華蝶仮面』は捨て台詞と共にこの場から立ち去ろうとしたが、その際雲昇と星から返された言葉に思わず逆上しそうになる。然し、彼女は何とか怒りを堪え、愛馬の腹を蹴ると今度こそ二人の前から去って行くのであった。


 そして、『華蝶仮面』と入れ替わるかの様に、今度は愛紗と鈴々が陽春や喜楽達を従えて二人の前に姿を現す。


 雲昇と星は、陽春達に事情を説明すると、早速陽春は的確な指示を下す。乱闘に及び、そして『華蝶仮面』に痛めつけられた者達を一旦自分等で預かる事にし、喜楽は桃香達が陣を出る時間ギリギリまで、怪我人の治療に当たった。時間的余裕を持って孫家の陣へ赴く予定の桃香達であったが、この実に馬鹿げた騒動のお陰で、結局彼女等の出発は慌しい物となってしまったのである。



「皆さん、本当にお疲れ様。それじゃ、孫文台さんの所へ、いざ出陣ッ! 」


「「「応ッ!! 」」」


「それじゃ、気合入れてけよー? 私にとってもここは何時もの居場所なんだし、後の事は任せとけ 」


「あはは、皆さんそれじゃ行ってらっしゃ~い! この尊娘々様が居れば、無問題ッ! 悪い奴が来たら、※1『愛國者導彈踢アイグゥオシャタオダンティ』で蹴散らして上げるから♪ 」


「※2加油(ジァヨウ)よぉ、玄徳小姐(シャオチェ)(お嬢さん)達ィ~♪ ウッウ~ン! 極・(ジィ・ハオ)ォ~~ン♪ 」


「桃香殿、お留守番と怪我人の世話は任せてほしいのにゃー! 」


「まかせてほしいのにゃー! 」



 後始末のお陰で、本当は桃香も疲れてはいた。然し、それを億尾に出さぬ様表向きは努めて明るく振舞い、彼女は自身と周りの皆を励ますべく声高に叫んで見せると、楼桑村義勇軍――即ち劉家一同は、白蓮こと公孫伯珪、そして楚々と高伯の際兄妹に靡誘と星加の見送りを背に受け、意気揚々と孫文台の下へ向かうのであった。




――三――




 ――先程の場所から数里離れた街道筋にて――



「悔しいっ! こんなに悔しいのは生まれて始めてだっ!! 」



 休ませるべく、街道脇に聳え立つ樹木に『華蝶仮面』は愛馬を繋ぎ止めると、自身もそこに靠れ(もたれ)込む。然し、先程の星と雲昇との事が忘れられず、未だに怒気を漲らせたままであった。



「フウッ……もう、これをつけている必要は無いか? 」



 少しして落ち着いたのか、彼女は溜め息交じりで華蝶の仮面を外すと、それを胸元に仕舞い込む。仮面の下の彼女の素顔は、目鼻立ちの整った一際美しい物であった。瞳の色は、藍宝石(らんぽうせき)を思わせる深い青色で、それは彼女の白みがかった菫色の頭髪と良く相まっている。そして――彼女は誰に言うまでも無く、ひとりごちてみせた。



「それにしても、昔助けてもらった『華蝶仮面』様を真似て見れば、まさか『趙子龍』に出会うとは。『常山の昇り龍 趙子龍』、同じ槍使いとして彼女に挑んでみたが……恐らくあのまま遣り合っていたら、今頃私は彼女に負けていただろうな? フフッ、そう言えば旅の道中で寄った村々や城下町ではアレの噂話を良く聞かされたし、出で立ちも似ていた様で、しょっちゅう間違えられた事もあったよな? 」



 先程槍を交えた星の顔が脳裏を過ぎると、過去に遭ったそれ絡みの出来事を思い出し、彼女は軽く苦笑する。



『さぁ、大人しくお退きなさい。さもなくば……子龍殿に成り代わり、この趙子穹が貴女の仮面を剥ぎ取って御覧に入れる。それでも宜しいのですかな? 』



 やがて、彼女は深く目を瞑ると、今度は全然相手にされなかった雲昇の顔が瞼の裏に浮かんで来た。



「そして……あの男、『趙子穹』と言ったか? 恐らくだが、あの男の実力は趙子龍より遥かに上だろう。もし、彼の言葉に従っていなければ、間違いなく私は素顔を暴かれる所だった……。叶うのであれば、今度は素顔であの二人と、特に趙子穹と再度槍を交えてみたい……『趙子穹』、『趙子穹』か。名は何と言うのだろうか? さぞ、あの美しい顔に見合うだけの物に違いない…… 」



 籠手を外した左手を、そっと胸元に持ってくるとそれをキュッと握り締め、自分に鋭い視線を浴びせた雲昇の美しい顔を再度思い浮かべる。何故か、この時の彼女は頬を紅く染めており、まるで恋する乙女宛らの様であった。



「ハッ! 何を言ってるんだ? 私はっ!? 駄目だ、駄目だぞ、竜胆(ろんだん)ッ! お前はまだ未熟者なのだ、あの様な男に現を抜かす暇があれば、先ずは己を更に磨く事を考えろッ! その為に、父上や曹家からの仕官の誘いを断ってまで、お前は武者修行の旅に出たんじゃないかっ!」



 然し、それは少しの事であった。彼女はハッとしたかの様に両の眼を瞬かせると、物凄い勢いでかぶりを振ってみせる。そして、彼女は一つ深呼吸して自身を落ち着かせると、すっくと立ち上がり大空を見上げた。



「華蝶仮面様……この文次騫(ぶんじけん)、昨年貴女様に助けて頂いたご恩を忘れておりません。真に美しく、そして毅然とした貴女様に一歩でも近付きたく思い、貴女様の真似をしている事をお許し下さい……。いつか貴女様と肩を並べるその日まで、私はもっと修行を重ねます! 」



 大空目掛け、誇らしげに己の志を語るこの少女は、姓を文、名を(おう)、字は次騫(じけん)、真名を『竜胆(ろんだん)』と言い現在齢十七。彼女は沛国譙県に生まれ、祖父と父は曹家に仕える武官で、そんな家庭環境で育った彼女も、何時かは自分も彼等と同じ大丈夫にならんと日夜研鑽を重ねる日々を過ごしていたのである。


 然し、今から一年前のとある日。彼女は町を荒らすごろつきどもと喧嘩になり、その時大勢に取り囲まれてしまったのだが、『華蝶仮面』と名乗る正体不明の女武芸者に窮地を救われる。無論、その時の『華蝶仮面』は紛れも無く星が扮した物であった。


 以前も話したが、星こと趙子龍は齢十三で独り立ちし、十四の時には賞金稼ぎの真似事までしていたのである。一方の竜胆こと文次騫は、武人の家で生まれ育った物の、星と違って実戦経験が全く無かったのだ。そんな彼女と星とでは、比べる物の開きが余りにも大き過ぎる。『華蝶仮面』に扮した星は、あっと言う間に大勢のごろつきどもを倒して見せたのだ。



『フッ……少女よ怪我は無かったか? 』


『はっ、はい……あの、『華蝶仮面』様とお呼びして宜しいのですね? 『華蝶仮面』様、真に有難う御座いました。この文次騫、再び貴女とお会いしとう御座います 』


『フフッ、『華蝶』の導きあらば、何れ会う事も叶おう。では、その日までさらばだっ! 』


『行ってしまわれた……弱き人を救い、美と愛をもたらす正義の化身『華蝶仮面』様……もし、なれるのであれば、あの様な人物の様になってみたい物だ…… 』



 以降、彼女は『華蝶仮面』に尊敬と憧れを抱く様になると、曹家や祖父と父からの仕官の誘いを全て断り、彼女の様になって見たいとの思いを胸に秘め武者修行の旅に出たのだ。そして、その道中面作りの職人に『華蝶仮面』を模した物を作らせると、自身もそれを身に着けて『華蝶仮面』として悪人退治に邁進(まいしん)していたのである。



「然し……憧れの『華蝶仮面』様と肩を並べる為には、先ず『常山の昇り龍 趙子龍』と、あの白銀の鎧武者『趙子穹』に勝たねばならぬっ! 今はまだ叶わぬが、何時の日か必ずや……! 」



 そう力強く叫ぶ竜胆の深蒼の瞳には、激しい炎がめらめらと燃え盛っていたのだ。然し、事の真相を知らぬとは、正に恐ろしい物である。


 彼女は、まさか『華蝶仮面』の正体が、先程赤っ恥をかかされた星である事に全く気付いておらず、それどころか星の方も『偽者』呼ばわりしていた竜胆が、まさか昔助けた少女だという事に全然気付いていなかったのだ。



『お久し振りね、次騫。ここで貴女に逢ったのも、何かしらの縁と言う物ね? どう、今度こそ私に仕えてくれないかしら? 貴女ほどの麒麟児、他家に取られるのは物凄く癪なのよ。それに、貴女の存在は最近空気が澱みがちな曹家に、また新たな息吹を吹き込むのに必要と思っているの。それに……貴女のお爺様とお父様も、貴女が来るのを心待ちにしているわ? 禄もそれに見合った物を出すし、どうかしら? 』


『……本音を申さば、お爺様や父上に比べると私は未だに未熟者ですし、孟徳様にお仕えするにはまだ実力不足と思っております。ですが、文家二代に渡りお仕えせし曹家の為、この文次騫が槍を曹家の当主たる貴女様に捧げます。この様な私ではありますが、孟徳様、ひいては曹家に粉骨砕身お仕え致す所存です 』


『ふふっ……有難う。では、次騫。忠誠の証として、貴女の真名を私に預けなさい 』


『はっ! 我が真名は竜胆ッ! 』


『竜胆……フフッ、清廉潔白な貴女に相応しき真名ね? 私の真名は華琳……以後、私の事はそう呼ぶように 』


『はっ! 華琳様ッ! この竜胆が貴女の槍になりましょう!! 』 



 この直後、竜胆は近くに宿営していた曹操と偶然再会すると、その彼女から懇願されて遂に曹家に仕官する事となった。以降、竜胆は『華蝶仮面』と『二人の槍使い』の事を心の奥底にしまいつつ、己の武を存分に振るい武勲を重ね続け、両夏侯や荀文若に匹敵するほどの絶大な信頼を華琳から寄せられたのである。


 この女丈夫『文次騫』の事を、後世の歴史家『家 康像(ジァ カンシャン)』は以下の様に評した。



『幾数多の人材が揃う曹操の配下の中に於いて、文鴦は極めて智勇の均衡に優れた者であった。また、飾らぬ人柄で人を良く思いやっていたらしく、彼女を慕う者も少なからずあった 』


『その彼女を慕う者の一人で、曹操の下で重職に就いた鍾繇(しょうよう)と言う人物が居る。彼女は類稀なる行政手腕の持ち主で、性格に難があったあの荀文若ですら大いに褒めちぎっていた程であった 』


『やがて、荀文若からの推薦により鍾繇は曹操に仕官すると、大いに辣腕を振るい主君曹操から『我が蕭何』と評価された。だが、その一方で鍾繇は荀文若の男嫌いで且つ視野狭窄な面に眉を顰めており、彼女を度々諌めたと言う 』


『さて、その鍾繇だが、子の鐘会が文鴦と親しかった事から彼女を引き合わされ、鍾繇は文鴦をえらく気に入る様になる。そして、遂にはその才能と人柄を高く評価すると、以下の様な文まで残して文鴦を大絶賛していたのだ 』



“文次騫殿の才は、武は元譲殿(夏侯惇)に及び、冷静さでは妙才殿(夏侯淵)に並ぶ。智の方でも主公(曹操)が誇る三賢臣(荀彧・郭嘉・程昱、或いは荀攸か?)の策を良く理解しており、実に聡明だ。真の智勇兼備なる者とは、正しく彼女の事であろう ”


“その人柄も実に素晴らしく、優れた才を持ちながらも性格に難があり、且つ男嫌いでも有名な『今子房』殿(恐らく荀彧の事であろう)とは全く異なる。次騫殿は老若男女及び身分の貴賎を問わず、誰にでも分け隔て無く接しており、人を篤く思いやって声望を悉く集めているのだ。長い事様々な人物を見てきたが、これ程人間が出来た大丈夫は、今まで見た事が無い ”


“主公から寵愛を受けている『今子房』殿は、自身より学が無い者を罵倒したり、わざとらしげに才をひけらかすと言った治し様の無い悪癖があり、それが元で度々元譲殿らといがみ合っていた。だが、それに対し次騫殿は全くでしゃばらず、何時も控え目である。然し、場合によっては立場が上の者、特に主公に心酔していた『今子房』殿や元譲殿、そして主公に対しても毅然とした態度で臨むほどの胆力をも持ち合わせているのだ ”


“間違い無いと思うが、主公の名立たる臣下の中で、彼女に比肩する者は中々居ないであろう。無論、私も次騫殿には及ばないが、せめて我が子らには次騫殿を手本とし、更なる精進をして欲しい物だ ”



『これ程の文に書かれるほど、鐘会に称賛された文鴦ではあるが、無論誇張された面もあるかも知れない。だが、恐らくではあるが、総合能力で比較すれば、夏侯姉妹や荀文若より文鴦の方がずっと優れていたと思われる 』


『先程の文にもあったが、文鴦は両夏侯に匹敵する武を誇り、戦の時には参謀達の策を良く理解し、それをそつなくこなすほどの賢さも持ち合わせていたのだ。従って、そんな彼女を召抱えた時の曹操の喜び様は相当の物で、一方の文鴦も武勲を重ねる事でその期待に見事応えて見せたのである。曹操は、夏侯姉妹や荀文若ら股肱の臣に匹敵する程文鴦を信頼しており、以下の様に言わしめた程だ 』



“劉備に趙雲が居る様に、私には次騫が居る。私の部下は優れた勇者揃いだが、次騫こそが正に『勇者の中の勇者』と言えよう。もし、叶うのであれば趙雲と次騫に互いの武を競わせ、優劣の如何を問うて見たい物だ ”


 

『これほどまでに、曹操から格別の信頼を寄せられた文鴦に、夏侯姉妹や荀彧は嫉妬する反面、彼女に啓発される様になると更に努力を積み重ね、他の者達も遅れてなる物かと彼女等に続いたと言う。その結果、曹家の人材はより質の高い物へと変貌し、それは曹操を大いに満足させた 』


『実力主義社会の曹家に於いて、優れた才を持ちつつも、控えめな人柄の文鴦は一見不似合いそうにも思えるが、組織を永らえさせる上では必要な要素の一つと言えよう。やがて、文鴦は『曹家五将』の末席に名を連ねると、その武名を大陸に轟かせ、劉備の家臣である趙雲に匹敵すると褒め称えられた 』




※1:『スーパーパトリオットミサイル』の中文訳


※2:『頑張れ』、『ファイト』を意味する言葉。

 ここまで読んで下さり、真に有難う御座います。


 さてここで登場したのは、文鴦ですが。これは代給品様のキャラリクに応えたいと、思ったからです。


 本来であれば、三国末期に登場する筈の『文鴦』を出し、マジでありえん話です。(苦笑 


 只、記録によれば、文鴦は趙雲に匹敵する勇者との事でしたので、代給品様のリクエスト通り星と、そして雲昇こと元祖(?)趙雲と因縁のあるエピソードに仕立て上げてみました。


 この文鴦の外見モデルですが、恋姫と同じ三国志ネタのエロゲー『三極姫』に登場する趙雲をまんま使いました。CVイメージは高城みつさんです。PSP版の『三極姫』の公式サイトに趙雲が出ておりましたので、イメージ構築の面で助かりました。


 一応『趙雲に匹敵する勇者』だから、不識庵の勝手な妄想で『曹家の趙雲』みたいな感じにしております。従って、趙雲並みに能力高い感じにしていますね。(汗)


 

 代給品様、ご満足頂けましたでしょうか? 何せ、文才が無いんでこれが限界でした! ご不満を感じられたら、申し訳無いです。(汗


 と、まぁここまでは『虎口』前編に載せた後書きで御座います。今回は脱線し捲くり状態だし、自分としても納得が行かないので気合入れ直し状態ですね。


 今の心境は、大破したGP-01をフルバーニアンに蘇らせるべく、日夜過酷な作業を繰り返すニナ・パープルトンの様ですわ。(あ、私は三十八歳のオッサンなんで!)


 次は、訂正しなおした『虎口前編』の編集作業に入ります。


 それでは、また~!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ