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真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第二部「黄巾討伐編」
33/62

第三十話「関雲長と趙子龍は独眼竜の閨に忍び込み、臥竜は美周女と邂逅す」

 どうも、不識庵・裏です。今回で照烈異聞録も三十話目に入りました。オマケに明日は連載を始めて丁度一周年。何とか区切り良く更新できたかなって思います。


 しかーし! 今回は特別な話ではありませんし、原作ゲームの拠点フェイズの様なダラダラ話です! 本当に申し訳ないっす……。


 オマケに今回は……可也の『ギリエロ』です。全体の七・八割はそれで〆られています! まじめな内容を期待した皆様方には、此処でDOGEZAしときますっ! 本当にゴメンナサイッ!!


 春恋*乙女にかまけて、更新が遅れましたが、それでも34634字を愛情込めて詰め込んでおきました。


 それでは、照烈異聞録第三十話。最後まで読んで頂ければ嬉しく思います。

――序――



 張闓等三悪童が陽翟にて斬首に処される少し前、美羽こと南陽太守袁公路は朝廷からの勅使の訪問を受けていた。


 幾らOBAKAの彼女でも、帝の勅使の前で振舞うべき態度は、一応弁えていたようである。彼女は拱手行礼で勅使の前に跪くと、彼からの勅令を受け取った。また、この時南陽郡別駕従事で且つ美羽の腹心である張勲こと七乃も彼女の傍で控えていたのである。



「南陽太守袁公路、卿を新たに予州汝南郡太守に命ずる。直ちに南陽郡太守の印綬を返却し、任地に赴くように 」


「は? 」


「え? 」



 淡々と勅使が読み上げたその内容に、一瞬目が点になるOBAKA主従であったが、即座に美羽を差し置き七乃が異を唱え始めた。また、当時の汝南太守で、先日孫文台こと青蓮に助けてもらった趙謙だが、彼は黄巾賊への対応の拙さでその責を問われ、罷免させられたのである。



「ちょっ、ちょっとー! 待って下さいよー? 一応、汝南も大きい郡ですしぃ、袁閣下の生まれ故郷でもありますけどー? でも、南陽(ここ)より規模が小さい郡じゃないですかー? それにぃ、第一生まれ故郷で太守をやる前例なんて聞いた事なんかありませんけどー? 」


「そっ、そうなのじゃ! 何故妾が生まれ故郷の汝南に戻らなければならぬのじゃー!? 」



 七乃が放った言葉にようやく気付いたのか、美羽も頬を膨らませて抗議し始める。然し、この勅使は表情を一つ変えずに再度念を押してみせた。



「勅命である。聞けぬ場合は、卿を罷免する事になるぞ? それでも宜しいのか? 」


「うっ、ううう…… 」


「ううっ…… 」



 正しく『問答無用』と言わんばかりの勅使の態度に、美羽と七乃は渋々頷いてみせると、直ちに印綬を返却する。そして、七乃を始めとした家臣を引き連れると、一年余り暴政を振るっていた南陽を離れ、新任の太守として故郷に戻った。


 そんな彼女が南陽を離任する際、民衆は大いに喜び街中で花火を上げ、宛の城下町ではお祭り騒ぎが始まった。如何に、『袁公路』と名乗る『OBAKA』が嫌われていたのが窺えよう。


 さて、先程の七乃の台詞にあった汝南郡だが、予州の中では規模の大きい郡で且つ『汝南袁氏』発祥の地である物の、美羽が前任を務めていた南陽と比べればその規模は小さい。南陽郡は荊州の心臓部で且つ光武帝劉秀の生まれ故郷であったのと、治府が置かれていた宛は光武帝が活躍していた当時は長安、洛陽に次ぐ規模の大都市でもあったからだ。


 オマケに汝南に赴任すると言う事は、今度からは好き勝手が出来なくなるのと、何かしよう物なら実家から父を始めとした親族が口を挟むのは目に見えている。そして……予想通り、汝南に戻った彼女を待ち受けていたのは、父袁逢(えんほう)からの『熱ーい親心』であった。



『美羽ッ!! お前という奴はぁ~~っ!! 良くも、良くも『汝南袁氏』の名を地に貶めてくれたなっ!? 謝れ! 皇天后土の神々と、当家の偉大なる祖袁安様に謝れっ! 』


『ふぎゃあああああああんっ!! 何で妾が斯様な目に遭わねばならぬのじゃあ~~っ!? ひぎいいっ!! 父様、痛いのじゃああ~~!! 』


『黙れいっ! お前が仕出かした事に比べれば、こんな痛みなど頭を撫でるのにも等しいわっ!! 』



  何と、彼は戻って間もない娘の所に殴りこむや否や、衆人環視の中彼女を丸裸に引ん剥いて尻を剥き出しにさせると、情け容赦の無い『ケツビンタの嵐』を見舞わせたのである。



『わっ、妾は『汝南袁氏』の正統後継者に相応しき暮らしをしただけなのじゃ~~!! 何で父様に尻をぶたれねばならぬのじゃあ~~!! 』



 恐らく、その言葉が起爆剤になったのだろう。袁逢のこめかみに浮かんだ青筋が更に一際大きくなると、『オシオキ』の速度は殊更激しくなり正に『神速』であった。この有様に、袁家の家人達は『正に、疾きこと風の如しッ!!』と、喝采を上げた物である。



『こっ、この馬鹿娘がぁ~~!! ならば、言うてやろうぞ!! お前は政を省みず、贅沢三昧の暮らしで領内に餓死者を出し、挙句の果てに黄巾賊の拠点にされておきながら、己の手を汚さず長沙の孫堅に後始末させたというではないかっ!? オマケにその返礼までをも渋ったとは……何という、何と言う恥知らずじゃっ!! これなら、公孫瓉達に新品の糧秣を提供した麗羽(袁紹)の方が、まだマシだという物だッ!! 余りにも恥ずかしいからなあっ、儂の方で長沙に『不足分』を送り付けといたぞっ!! この落とし前、どうつける積りなのじゃッ!? 』


『ふぎゃああああああああんっ!! だっ、だって妾は『汝南袁氏』の正統後継者なのじゃ~!! ならば、民草は妾に貢ぐのは当然の事ではありませぬか~~!! 』


『こっ、このっ……!! まだ減らず口を抜かすか!? かくなれば、お前を木に括り付け、然る後に杖で打擲(ちょうちゃく)(打ち据える或いは打ち叩く事)してくれるわーっ!! 」


『あ、あのー……だ、旦那様? これ位で、もう勘弁なさった方が……美羽様が死んでしまいますけどー? 』 



 流石に、見るに見かねたのであろう。七乃が恐る恐る袁逢に声を掛けるが、今度は彼女に矛先が向けられる。



『張勲……聞けば、お前は美羽を諌める所か、かえって煽ったそうではないか? 一体、何の為お前をこの『お馬鹿(OBAKA)』の守り役に就けたと思っておるっ!? お前の役目は美羽のご機嫌取りではない! 時には死を賭してでも『これ』を諌めるのがお前の役目ではないかっ!! 貴様も猛省せよっ! さもなくば、お前を首にする、否ッ! 首では生温いわっ!! 儂の名の下に貴様を打ち首にし、それを餓死した南陽の民への慰みにしてくれようぞ!! 』


『ひ、ひいい~~っ!! 』



 流石に、元『三公』を務めていたのは伊達ではない。美羽と袁逢とでは役者が違い過ぎたのだ。そんな彼に一喝されて睨まれると、忽ち七乃は腰を抜かしてしまい、「わ、判りました。以後気をつけます」と、何遍も首を縦に振る事しか出来なかったのである。そして、あれだけ頑なな美羽も痛みに耐えかねたのか、終いには涙と鼻水に塗れた汚い顔をクシャクシャに歪ませ、父祖に侘びを請うとようやく許されたのだ。


 かくして、強烈な『父ちゃんの愛』を受けてしまった美羽主従は、常時父と叔父袁隗(えんかい)に睨まれる羽目になり、主だった家臣の中に彼等の息が掛かった親族や、閻象(えんしょう)なる能力に秀でた者等が組み込まれてしまった。


 そして――それから数日後。私室にて、不貞腐れた顔で蜂蜜水を傾けていた美羽の前に、七乃が現れる。



『お嬢様、七乃で御座いますー 』


『七乃か? 何だか、今日の蜂蜜水は薄いの? 妾はこんなの飲みたくも無いのじゃ、代わりを持って参れ 』



 まだ、半分以上も残っていた湯飲みを突き出す美羽であったが、七乃は困った様に苦笑いを浮かべる。



『駄目ですよー? 何せ、旦那様達から可也制限されてますからねー? それともぉ、また旦那様に『オシオキ』されたいんですかぁー? 』


『ピッ、ピイイイイイイイィ~~!? やっ、やめよ! 父様のオシオキのせいで、妾はまだ歩けぬし、尻の方も全然腫れが引いておらぬのじゃー!! 』



 七乃の言葉に、美羽の顔に本気で泣きが入る。すると、直ぐに七乃は彼女の傍に近寄ると耳打ちをし始めた。



『それよりも、美羽様ー? 私達の事、旦那様にチクッた人の事が判りましたよー? 』


『なっ、何じゃと? 妾達の事を告げ口した愚か者が居たのかえ!? それは何奴じゃー!! 』



 七乃からの報告に、美羽は眦を吊り上げ、顔を真っ赤にして激昂すると、すかさず七乃は言葉を続ける。



『は~い♪ 南郡太守の劉景升さんって、ご存知ですよねー? 』


『うん? 劉景升? 若しかして、あの口やかましい劉表ジジイの事かの? 』


『はいー、その通りでぇ~すぅ♪ 人を使って調べて見ました所、どうやら劉表さんが、私達の事で『ある事ない事』を旦那様達に吹き込んでたらしいですよー? それをまともに聞いたもんだから、旦那様達が中央に働きかけて、美羽様を南陽の太守から引き摺り下ろしたみたいですねー? 』


『なっ、ななななななななな!! あのクソジジイ、何と言う事をしてくれたのじゃ!! 』



 思わぬ密告者の存在に、美羽の怒りが余計に激しくなる。そして、彼女は傍らの忠臣を見やった。



『七乃……妾はこれほど悔しいと思った事は無いぞ!! かくなる上は、いずれあのクソジジイに恨みを纏めて晴らしてやるのじゃ!! 』


『そうですねー? でもぉ、まだ時期尚早? 私たちだけでは到底無理ですしー? どうせなら、後で孫堅さん達にも協力してもらいましょうよー? 』



 この時の七乃の顔は、正に悪魔の笑みであった。彼女の言葉に、美羽も年齢不相応の邪悪な笑みで満足そうに頷く。



『おおっ……そうであったの? 孫堅は『優しい女』じゃからのう? 妾達の頼みなら、何でも聞いてくれるのであろ? ついでに、あの忌々しい麗羽姉様もぶっ飛ばしてもらおうかの? うははははははー♪ 』


『はいー♪ 本ーン当に、孫堅さんって『優しい人』だから、頼りになりますよー♪ 好機到来の暁には、麗羽様もサクーッてやっつけて貰えるかもしれませんよねー♪  』



 そう締めくくると、全然懲りていなかったこのOBAKA主従は、心底愉快そうな笑い声を上げる。この時美羽達が劉表に抱いた逆恨みは新たな火種となり、それは孫家をも巻き込んで大きな禍根を生み出してしまう。また、事もあろうか美羽は引き合いに出された麗羽にまで逆恨みの感情を抱くようになってしまったのだ。


 さて、今回こうなった背景には七乃が話した通り、南郡太守劉景升が絡んでいた。現在齢五十九の彼は、一見神経質そうな雰囲気の持ち主であったが、『江夏の八俊』の一人に上げられるほどの高名な儒学者で、士大夫として南郡の太守になってからも、その高潔な姿勢を貫き通していたのである。


 然し、昨年南陽の太守に就任した美羽の暴政振りは自分の任地である南郡にまで及び、彼は心を痛めると同時に義憤を燃やし始めたのだ。



おしめ(・・・)も取れぬ女童(めわらわ)が、一体何を考えて居るか!! 汝南袁氏の嫡子を語る者が、偉大なる世祖の郷里を荒らすとは言語道断っ!! ……然し、ここの刺史王叡(おうえい)はどうも当てにならぬ。ならば、袁逢様に目通りを願うしかないか? 』



 そう決意した彼は、度々汝南に赴いては袁逢達と直談判したり、また常時南陽の情勢を探らせると、それを逐一文にしたためて汝南に送っていたのである。また、この劉表の姿勢に袁逢達は『この廃れた世に、未だ士大夫の道を貫く者が居る』と大いに感嘆した。


 彼の思いに覚悟を決めた袁逢は、美羽を故郷汝南の太守にするのと同時に、折あらば劉表を後任の荊州刺史にすべしと中央に奏上したのである。この様な裏事情を経て後に劉表は荊州牧に就任し、そして南陽であるが……後日意外な人物が国相を命ぜられ、彼女は新たな王を伴いそこの土を踏む事となる。


 この時、その人物が引き連れる軍勢の姿に、人々は大いにひれ伏すと、ある老官吏はこう涙したものである。



『嗚呼、廃れてしまった世祖の故郷にて、誇り高き漢の威容をこの眼にする事が出来ようとは』と――



――壱――



――予州潁川郡は陽翟県。そこに布陣する『楼桑村義勇軍』の本陣天幕にて――


 張角達三姉妹の『替え玉』として、張闓達三悪童が曹操に処刑されてから一夜明け、何時もの面々が何時もの様に朝食を摂っていた。あんな出来事があったのにも関わらず、彼等は何も無かった様に振舞っていたのである。


 また、あの後翠や蓮華達はそれぞれの母と再会した物の、『解散するまでの間は、最後まで義勇軍の将として行動する様に』と改めて通達され、僅かな間ではあったが再び桃香達と共に居る事となった。



「桃香、悪いけどお代わりを貰えるかしら? お米を食べるのって、久し振りなのよ 」


「あ、アタシにもくれよ! 」



 蓮華と翠が、それぞれ笑顔で飯茶碗と丼を桃香に突き出す。何時もなら、大食漢である先程の翠と鈴々が『お代わり』の常連なのだが、珍しく普通の食事量の蓮華まで『お代わり』を要求してきた。最も、一回で食べる量を比べて見れば、翠は蓮華の五倍は食べている。何時もなら主食は『麦粥』なのだが、陽春こと盧子幹と菖蒲こと鄒靖が、これまで戦ってくれた事への『お礼』の一つとして米を手配してくれたのだ。


 この義勇軍の大半は、※1米と縁の無い地方の出身者で占められていたが、蓮華の様に米が取れる地方の出身者にとっても、久し振りの米の飯はどんなご馳走にも代え難い代物だったのである。そんな彼女等に満面の笑みを浮かべて見せると、桃香は快くお代わりをよそう。



「はいはい、どうぞどうぞ~♪ 夕べは結構頑張ったしね? あ、『味噌湯(ウエィツァンタン)』もお鍋にたーくさんあるからねー? 」


「有難う、桃香。そうね、夕べはチョッと張り切りすぎちゃったし、何だかとてもお腹が空いていたのよ。それに……母様から『貰う物』貰ってきなさいと言われちゃったし♪ 」



 代わりの米飯を噛み締め、椀に注がれた白みがかった琥珀色の(タン)を啜ると、蓮華は実に満足そうな笑みを浮かべる。 



「ふうっ……それにしても、炊いたお米と『味噌湯』の組み合わせがこんなにイイなんて……。後で喜楽老師に『麦味噌(マイウェイツァン)』の作り方を教えて貰って、長沙でも作らせて見ようかしら……? これ、癖になってしまったわ 」


「ヘヘッ、アタシもさ、実は昨日母様から『早いトコ一刀と『有初』になってこい』って、ハッパ掛けられちまったんだ。しっかし、今日の『味噌湯』は格別に美味いなぁ~! 蓮華じゃないけど『麦味噌』の作り方教えて貰ってさ、そんで武威に戻ったらこれと同じ奴作らせて貰おうかな? 」 


「うんうんっ♪ 黄巾との戦いも終わったから、少しは『余裕・・』も出て来たしね? こうやって美味しくご飯も食べれるし、一刀さんとも思う存分『楽しめる(・・・・)』し♪ 」


「ううっ、三人とも……朝から何と言う優越感を、じゃなくっ! もう少し『慎み』という物を…… 」


「フフフ、何だか今朝のメンマは筋張ってるぞ? それにしても、お三方はこれよりもっと『筋張った物』をさぞ吟味成されたに違いあるまい? 出来うるなら、私もご相伴に肖ってみたい物だなぁっ!? フフフフフフフフ……  」



 等と、爽やかな朝食中の語らいなのにも関わらず、所々に何やら『引っ掛かる物』が感じられるし、愛紗と星は何やら不穏な物を周囲に撒き散らす始末。そんな彼女等を他所に、一心は暢気な風で卓上の漬物を齧って白米の飯をかき込むと、ご満悦の表情で紫苑を窺った。



「あ~、流石は蜀の出だけあるなぁ? 紫苑さん、この蜀の漬けモン中々美味ぇじゃねぇか? 確か……※2泡菜(パオツァイ)だったか? 」


「はい。泡菜ですわ、義兄上様。何せ、大将軍様のお陰で二十日程待たされましたし、良い機会と思って漬けていたのです。フフッ、丁度良い漬かり具合で満足しておりますわ 」



 美味そうに泡菜を齧る一心の顔に、紫苑も頬を綻ばせていると、改めて彼女の夫になった義雲も満足そうに頷き、桃香に空になった大き目の飯茶碗を突き出す。



「うむ、兄者の言う通りだ。紫苑、この泡菜は中々美味いぞ。そう言う訳で、済まぬが桃香殿。わしにも飯の代わりをくれぬか? 」


「はいは~い~♪ 義雲兄さんにも『大盛』っと 」



 すると、今度は義雷が空になった椀を彼女に突き出してきた。



「うお~い、桃香ちゃん! 俺様には『味噌湯(ウェイツァンタン)』のお代わり頼まぁ! 」



 先程から話に上がっているこの『味噌湯』であるが、一刀の話を元に喜楽等が試作した『麦味噌』と、楼桑村付近を流れる川で釣った鮎などの川魚を『焼き干し』にした物から取った出汁で作った『日本の味噌汁』である。余談であるが、この時の具材は青菜と豆腐。


 桃香達を始めとした楼桑村の人間は元より、昨年から楼桑村の客人になっていた蓮華達も『味噌湯』の味に慣れており、始めて『味噌湯』を飲む他の者達もこれにすっかりご満悦のようであった。



「は~い♪ 義雷兄さんには『味噌湯』大盛っと 」



 と、二人の義兄からの要求に嫌な顔一つせずに応えて見せる桃香であったが、ふと自分の隣席が空白になっている事に気付く。そして、彼女は上座にて白米の飯を威勢良く掻き込む兄に、本来空白の席に座る人物の事を尋ねてみた。



「ねぇ、一心兄さん。一刀さんはどうしたの? 朝ご飯なのに、来ないなんて変だよ? 」


「んっ? 北の字か……そう言やぁ、朝から見てねぇなあ? 」


「う~ん……一体どうしたんだろ? 朝起きた時はまだ寝てたから、そっとしといたんだけどな…… 」



 一心の返答に眉根を寄せて首を傾げる桃香であったが、黙々と箸を勧めていた雲昇が彼女をチラッと見やると、淡々と語り始める。



「桃香殿……一刀殿なら、今喜楽殿と靡誘(みゆう)殿等が診ておられますよ? 何でも、朝から体が思うように動かず、それに付け加え腰まで痛めたとか。夕べ『ナニ』があったか存じませんが、『男女の挨拶』も程々にしておかないと、好い加減彼の身が持たないかと? 無論、これは蓮華殿や翠殿にも言えますよ 」


「あっ……そのー……ア、アハハハハハハ…… 」


「えっ、ええと…… 」


「んなっ!? ☆◎△■↑@~~~!! 」



 雲昇に指摘され、桃香のみならず蓮華に翠までもが、顔を真っ赤にさせて言葉を詰まらせてしまうと、周囲からは堰を切った様な大きな笑い声が上がった。



 ――一方、その頃。一刀の天幕にて――



 寝台の上で一刀はうつ伏せになっており、その傍らでは喜楽が呆れ顔で薬を調合していると、以前一刀を治療した万安(ばんあん)こと靡誘(みゆう)は慣れた手つきで彼の腰に湿布を貼りつけ、助手の沙摩柯(しゃまか)こと星加(しんが)は二人の作業の手伝いでチョコマカと動き回っていた。



「ウ、ウウッ……体がだるい、こっ、腰がぁ~~! 」


「ったく、アンマリ手間掛けさせんなよ、北の字君。本当に……怪我や病気ならわかるが、『ヤリ過ぎ』で陣中での手当てを受けるなんざ、聞いた事も無いぜ? 」


「そうにゃのにゃ! 仲郷殿、『男女のまぐわい』は最高の快楽の一つにゃけど、それに身を委ねると精力の減退にも繋がりかねないのにゃ。今日から暫くの間養生し、体を落ち着かせて、失った精を蓄えるのにゃ! ホイ、湿布にゃのにゃ! 」


「にゃー、ヤリ過ぎ自重にゃのにゃー!! 」


「ウウッ……自、自重って言っても、アッチの方から来るんですよ? オマケに、三人とも何だか『憂さ晴らし』するかの様な勢いでがっついて来るわ、『根こそぎ』搾り取ってくわで、一体これをどうやって防げって言うんですかっ!? イイ方法があったら教えて下さいよっ! 」



 苦悶の表情で思わず叫んだ一刀であったが、それに対し他の三人は途端に白けた表情になる。そして……劉家次席軍師たる喜楽は、表情を変えぬまま一刀に言い放った。



「なぁ、北の字君……今の君に打って付けの言葉があるんだが、言って良いかね? 」


「え? それは何ですか? 」



 そう一刀が返事を返すと、喜楽は『実に爽やかな笑顔』で『言毒』を吐く。



「もげちまえ 」


「そうですにゃ! 一回もげた方がイイかも知れないにゃ! 」


「にゃー! もげちゃえにゃのにゃー! 」


「ん゛なっ……もっ、もげろって…… 」


「さてとっ、次は永盛殿と祭さんだな? あちらさんは二人仲良く『ヤリ過ぎ』の上に、事もあろうか『二日酔い』と来たもんだ。全く、幾ら四十前だからって、二人とも無茶し過ぎなんだよ……。はあ~あ、早いとこ朝飯にありつきたいねぇ……いい加減腹減っちまったよ 」


「全くですにゃ! 靡誘達はお腹ぺこぺこにゃのに、何で不良中年の介護もしなければならないですのにゃ! 」


「にゃー! 年寄りの冷や水にゃのにゃー! 星加も早くあさごはん食べたいのにゃー! 」



 思いもよらぬ喜楽からの言葉に一刀が固まっていると、そんな彼に対して知った事かと言わんばかりに、義勇軍の『医』を司る三人はこの場を後にしたのである。



「おっ、俺被害者なのに、何でそこまで言われなくっちゃならないんだよ…… 」



 哀れ、一人残された一刀の脳裏には、※3(りん)の音が無常に響き渡っていた。合掌――



――弐――



 さて、朝食を終えた一同であったが、そんな中愛紗は星に腕を掴まれると何処かの方へ連れ去られる。人気の居ない場所に連れ込むと、星は周囲をキョロキョロと見回していた。



「ふむ……誰も居なさそうだな? 」


「星ッ! 行き成り何だ!? こんな所に人を連れ出すとは、一体何を考えているッ!? 」


「静かにしろっ……聞かれては拙い話故にな? 」



 眦を吊り上げ、声を張り上げる愛紗であったが、咄嗟に彼女の口を塞ぐべく星は右の人差し指を宛がう。



「判った、一体どう言う話なのだ? 」


「愛紗よ、改めてお主に問うぞ? お主……一刀殿と懇ろ(ねんごろ)になりたいか? 」


「んなっ!? 」



 真顔で突拍子な事を聞かれてしまい、愛紗は動揺を顔に出すが、一方の星は真剣なままで言葉を続けた。



「この際だ、改めてお主に話しておこう。実はな、私は一刀殿を慕っている……最初会った時は、単なる『顔立ちのいい御仁』位としか思っていなかった。だが、黎陽で毒を受け右目を盲いたにも関わらず、主たる桃香様の夢を叶えんと、更に己を高めんとしている 」



 一旦そこで言葉を区切ると、星は感嘆の溜め息を一つ吐いて見せた。



「フウッ……恐らく、その表れであろうな。前に彼と手合わせをしたが、私は五本やり合った内一本しか取れなんだ。お前に関しては二本取るのが精一杯だったろう? 」


「うっ、うむ……い、言っておくが手加減した積りは無かったからな? 鈴々だって二本しか取れなかったし…… 」


「あぁ、確かにそうであったな? 何せ、隻眼になってからと言う物、一刀殿の武は以前より更に鋭くそして激しい。間違いないと思うが、今の彼は義雲殿達に匹敵する領域にまで入ろうとしている。


 私はな、そんな一刀殿に武人として敬意を抱いただけでなく、一人の女として『漢』たる彼に惚れ込んでしまったのだ。そう、この身と心を捧げても良い位にな……愛紗よ、お前の気持ちはどうなのだ? 」


「ううっ、それは…… 」


「言っておくが、今の私は武人として、そして女としてお前に尋ねている。何時もの様な、上辺ッ面に抑圧された貴様の言葉なぞ、正直私は聞きたくも無いからな? 」



 鋭い眼光を放つ星の双眸に気圧されたのか、愛紗は一呼吸置いてから、自身の本音を告げ始めた。



「……判った。この愛紗、誰にも負けぬ位一刀様を慕っている。今思えば恥ずかしい事だが、最初の頃私はあの方を嫌っていた。一心同体とも言える位に、義姉上と肌を重ねられる一刀様が羨ましいし、妬ましくも思った。


 然し、あの黎陽の出来事が全てを変えた。私を庇った為に右目を喪ったのにも関わらず、一刀様は私を責める所か優しく言葉を掛けて下さった……。恐らく、あの時私よりも一刀様の方が傷ついていたに違いない…… 」



 感情が昂ぶってきたのか、一旦言葉を区切って顔を俯かせる愛紗であったが、直ぐに顔を上げるや再び一刀への想いを熱く語り始める。この時、彼女の両目からは真珠のような涙がぽろぽろと零れ落ちていた。



「だのに、あの方は、あの方は……『例え魂魄だけになろうとも義姉上と共にありたい』と、並々ならぬ覚悟を胸に抱いていたのだ。その瞬間――私は目を覚まさせられた。正直、男に身を委ねるなど不潔だと思っていたが、一刀様ならこの身と心を全て捧げても構わない。そう、出来る事なら『只の女』として何時もあの方のお傍に居たい……これが私の赤心だ 」


「そうか…… 」 



 そこまで言うと、二人は暫しの間無言であったが、それを打ち破るかの如く突然星が口を開く。



「時に愛紗よ――お主、まだ生娘か? 」


「んなっ!? 星ッ、行き成り何を言っているのだ!? 」



 行き成りそんな話題を振られた物だから、愛紗は目を白黒させてしまうが、対する星はにこやかな笑みをたたえて堂々と構えていた。



「ははは、女同士だ。そんな事を隠さずとも良かろう? かく申す私もまだ『新鮮な生娘』だ。何れ我が身を委ねる理想の男の為、時折己を慰めつつ純潔と鮮度を保っていたのだが、丁度良い頃合だと思ってな? で、愛紗、お前はどうなんだ? 」


「ッ~~!! あ、ああ判った、良いだろう! 私も『新鮮な生娘』だ! この関雲長、自身を慰めた事はあれども、男に抱かれた事は無いっ! これで文句は無かろう!? 」



 顔を真っ赤にし、自棄じみた感じで愛紗が声高に叫ぶと、星は蠱惑的な笑みを浮かべる。



「フフフフ……そうか、ならば重畳と言う物だ。それでだが、愛紗よ。早速、今宵にでも我等の『儀式』を行うぞ? 」


「え……『儀式』? 何の儀式なのだ? 」


「……お主、まさかここまで来て『ボケ』を噛ましているのではあるまいな……? 」



 真顔で意味を問う愛紗であったが、それに対し星は完全な呆れ顔だ。然し、彼女はわざとらしく咳払いをすると、気を取り直してみせる。



「おほんっ、要するにだ、私とお前の二人で、一刀殿に抱いてもらおうと言う事だ。いつも彼と閨を共にするあのお三方だが、先ほど雲昇殿に釘を刺されただろう? だから、今宵ばかりは彼の許に近寄らぬと思う。私一人だけでは一刀殿も警戒心を抱くと思うし、お前に到っては『こっちの方』では完全な引っ込み思案だ。なら、二人で行けば吊り合いも取れよう。愛紗よ、これでも私なりにお前に気を使ってる積りなのだぞ? 」


「むむむ…… 」



 未だに、難色を示す愛紗に痺れを切らしたのか、星は眦を吊り上げると彼女に強く出始めた。



「何が『むむむ』だ! こうしている内に、我等とあの三人との差が開くだけなのだぞ? 好きな漢に抱かれるのは、女子として生を受けた者に取って当然の事ではないかっ!? だのに、まだ愚図っているとは……愛紗よ、こんな千載一遇の機会、見逃せば一生後悔するぞっ! 」


「……わ、判った。貴様の言う通りだな……このままでは、一刀様が私達に向いて下さらない……ならば、『力技』を用いるのも時には必要だな? 」



 現実を突き付けるかの様な星の言葉に、最初は弱々しげに答える愛紗であったが、徐々にその勢いは力強くなって行くと、最後は強い意志を湛えた瞳を彼女に向ける。



「フフッ、流石は『劉玄徳の偃月刀』と言うだけある、良い返事だ。その『儀式』だが、必要な小道具(・・・・・・)は昔の知り合いから色々と貰っている。夕餉の後に(みそぎ)をし、夜には一刀殿の天幕に潜り込むぞっ!? 悲願成就の為、最早我等に失敗は許されぬのだっ!! 」


「応ッ! 」



 かくして、気炎を上げる『劉家の偃月刀』と『劉家の神槍』の二人の恋姫。以前、翠が危惧していた『あの二人ロクデモナイ方法で一刀の寝込みを襲うに違いない』の言葉が、今現実になろうとしていたのだ。



「んっ、ありゃあ愛紗と星じゃねぇか? あの二人、何だか妙に気合入ってねぇか? 」


「さぁ? ねぇ、それよりも本当に明日母様に会ってくれない? 母様達が明日にでも一心達に会わせろって、昨日煩かったのよ 」


「あ゛~判った、判った。だから、酒臭ェ息吹きかけんなって。って言うか、朝から酒かっ喰らうなんざぁ、普通じゃありえねぇぞ? オイラだって酒好きだがなぁ、お天道様が出てる時ゃあ、絶対(ぜってぇ)飲まねぇって決めてんだぜ? 」


「だぁってぇ~、孫家(ウチ)の軍規だと朝から酒飲んだら厳罰なんだもぉ~ン! だから、ここにいる時位好きにやらせてよ~。そうだ、折角だから……久し振りにする(・・)? どうせ、あの『肉屋のケツデカババア』が回復するまでは、皆ここに足止めなんだしね? 」


「ったく、しゃあねぇなあ……判った、判った。んじゃ、久し振りに『度派手な花火』を打ち上げたろうじゃねぇか! 」


「ふふん♪ 話の判る漢って好きよ? 一心♪ 」



 等と、偶然そこを通りかかった一心と雪蓮がそんな彼女等を見掛けたのだが、関心が無かったのか二人は天幕に戻るとしっぽり甘い時を過ごし始めたのである。そして――



「ふっふ~ん♪ な~んか面白そうな事聞いちゃったっと♪ 」



 と、非ッ常ーに危険な笑みを浮かべる蒲公英までもが、別のとある方で聞き耳を立てていたのだ。




――三――



 その日の晩、夕餉を済ませると、娘達は湯浴みに向かった。元々女所帯と言うのもあったのと、一刀が『可能であれば、陣中でも入浴した方が良い。清潔にしておけば、疫病の類に罹患しにくくなる』と、陽春や菖蒲に具申したのもあったからである。これに用いる簡易の風呂桶だが、照世達や様々な職人に協力して貰って、祖父が使っていた※4鉄砲風呂を再現させた物であった。


 女達が入れる時間帯は男達より先になっており、その際周囲を義勇兵・官兵関係なく女性の兵士が取り囲むと言った厳重な警備体制が敷かれていたのである。また、薪を燃やす係であるが、覗かないように、女性の兵士に監視されながら特定の男性がする事になっていた。



「ふぅ~~! 流石に、息を吹き続けるのはきついお。誰か変わって欲しいお 」


「無駄口叩く暇があったら、さっさと薪を燃やすだろ。常識的に考えて? 」



 と、白饅頭を具現化したような男と、ひょろ長い白ねぎの様な男の二人組がその係になっていたのだが、これは余談である。



「フフフ……今宵、我等の悲願が成就されるのだ。一刀殿、首と『自慢の剛槍』とやらを洗って存分に待ってるが良い。前の手合わせでは不覚を取ったが、別の方で白旗を上げさせてやるからな? 」


「磨いて磨いて……兎に角汚れを落とさねば……一刀様、今宵愛紗が貴方のおそばに参ります……空が瑠璃色に変わるまで、愛紗が貴方を包んで差し上げます…… 」


「な、何だか二人とも怖いのだ…… 」



 板で作った囲いの中に設けた仮設の浴場にて、星と愛紗がブツブツ言いながら一心不乱に垢を落としており、その彼女等の姿に隣で頭を洗っていた鈴々が恐怖を覚える。その一方で、桃香達は狭い桶であったが、三人身を寄せ合ってこれからの事を話し合っていた。



「えーと、明日だったよね? 蓮華ちゃんのお母さんに会うのって? 」


「ええ……夕べ母様からお義兄様と一刀を連れて来いって言われたし、桃香も連れて来なさいって言われたわ 」


「そう言えば……ウチの母様も蓮華の母様に会うって言ってたぜ? 晩飯前に哥哥や一刀の顔見に来たと思ったら、何やら雪蓮さんと話しこんでいたしな? 」



 そう翠が言うと、桃香と蓮華は怪訝そうに眉を顰める。



「え? 琥珀さんも蓮華ちゃんのお母さんと会うの? それに雪蓮さんと話込んでいたなんて……何でなんだろ? 」


「若しかすると、ウチの母様に口を挟む積りなのかもしれないわ? 母様って、人材に関して可也貪欲で強引だし……下手をすると、姉様と私を楯に、一刀やお義兄様だけでなく他の皆まで自分の掌中に収める事が考えられるわ……。翠も桃香も気を付けて、優しい琥珀様と違ってウチの母様は優しくないし、とても油断できない人だから…… 」



 そう重苦しく語る蓮華の表情に、桃香と翠は戦慄を覚えると、二人は彼女にその意味を問うた。



「え? それって……どう言う意味なのかな? 」


「そうだよ、だって仮に桃香達がお前の母様に召抱えられたら、お前にとってイイ事になんじゃないか? なのに、何でそんな事言うんだよ? 」


「それは…… 」



 少しばかりの沈黙があったが、意を決したのか蓮華は真っ直ぐ二人を見詰めると、孫家の姫君らしく毅然たる口調で答え始める。



「最初はね、本当は一刀だけでなく、お義兄様や老師達、そして桃香も私の所に来て欲しいと思っていたわ? 姉様にとっての冥琳……周瑜みたいな存在が居てくれたら、頼れる兄が居てくれたら、愛する人が近くに居ればどんなに良いかって。でもね、私は今でもあの時言った桃香の志を覚えているの。


 ねぇ桃香、『争いの無い世を作る為、この国を建て直す』って皆の前で言ってたじゃない? それを聞いた瞬間、私はとても桃香が羨ましかった。私は家の為、母様と姉様を支えるんだって自分に誓いを立てていた。でも、貴女は私よりずっと上の方に目を向けている…… 」


「蓮華ちゃん…… 」


「そんな貴女の思いを聞かされた以上、私は親友として桃香の妨げになる事はしたくないの。母様のしようとしている事は、恐らくだけど桃香の志を潰す事にもなりかねないから…… 」


「蓮華ちゃん、そこまで思っててくれてたんだ? 物凄く嬉しいよ…… 」


「はぁ~あ、やっぱ蓮華って凄いよな? アタシはそこまで深く考えていなかったぜ? 」


「フフッ、私だってお義兄様達から色々と教えられたわ? 自分だけ得する事ばかり考えていては、大局を乗り切る事なんで出来ないもの……でもっ、でもっ……本当は……ウッ、グスッ…… 」



 そこまで言うと感情が昂ぶったのか、顔を俯かせて、肩を小刻みに震わせながら咽び泣く蓮華であったが、そんな彼女を桃香と翠が優しく抱き寄せた。



「有難う、蓮華ちゃん。だから、もう何も言わないで……蓮華ちゃんの気持ち、痛いほど判るから…… 」


「ったく、お前は変なトコで抱え込み過ぎなんだよ。もう少しさ、アタシみたいに能天気に構えてりゃイイんだよ……。でも、それが出来ないから蓮華なんだよな? 」


「ウッ、ウウッ、桃香、翠……ごめん、ごめんね……私、自分の醜い本心がとても許せなかったのよ…… 」



 顔をくしゃくしゃにさせて、二人の胸に顔を埋めて泣き崩れる蓮華であったが、そんな彼女等を他所に又一人気炎を上げながら身を清める娘が居た。



「もっ、若しかすると、こっ、固生殿が私の天幕を訪れるかも知れないしな? まっ、先ずは女子たる者、男子からの急な誘いに応じられる様情事、もといッ! 常時身奇麗にしておかねば……!! 下着も松花(簡雍の真名)経由で入手した真新しい高級品にしたし、酒肴の方も良い物を用意したし……いっ、いや、待てよっ? こう言う場合、女から誘った方がいいのだろうか……? でも、陽春老師からは女子から誘うのははしたないって言われてたしなぁ…… 」


「ニヒヒッ、何だか皆さん恋する乙女の悩みって感じだよねぇ~! 」



 等とブツブツ呟く白蓮であったが、そんな彼女等を一瞥し、にやけた笑みを浮べる蒲公英であった。



――四――



――そこから半刻後(約一時間)、一刀の天幕――



 一刀の容態を診ていた喜楽達であったが、彼の顔色や脈とかを調べている内に安堵したのか、肩を軽くポンと叩いてみせる。



「うん、思ったより顔色が良くなってるし、これならもう大丈夫だろ? 北の字君、くれぐれも言っておくが、無茶は厳禁だからな? 」


「そうなのにゃ! もし、また今宵も『男女のまぐわい』をしよう物にゃら、同じ事の繰り返しにゃのにゃ 」


「くりかえしにゃのにゃー! 」


「ははっ、多分それは大丈夫かと思いますよ? 桃香達、雲昇老師から釘を刺されたって聞いてますし、まさかそんな矢先に破るとは思えませんしね? 」


「ははは、まっ、そうだな? 幾ら何でも、そこまで『お馬鹿(OBAKA)』じゃないか? どれ、それじゃ俺は休ませて貰うよ? お大事に 」


「今夜はゆっくり養生するとイイですのにゃ。それじゃ、靡誘と星加も休ませて貰いますのにゃ 」


「やりすぎげんきんなのにゃー! 星加はおねむのじかんなのにゃー! 」



 そう言うと、喜楽達は道具を全て片付け、彼等は休むべく自分等の天幕へと引き上げる。その後、一刀は用意されていた食事を平らげると武具の手入れを行い、それが終わると明かりを消して床に潜り込んだ。



「さてと……明日は雪蓮さんと蓮華の母親、即ち『江東の虎』孫文台との面会か……蓮華から油断するなと言われていたけど、一体どんな人物なんだろ……? 」



 そう呟いたのも束の間、猛烈な睡魔が一刀を襲うと、あっと言う間に彼は夢世界へと旅立つ。然し、それを待ち受けていたかの様に、天幕の外では二人の人影が息を殺して物陰に潜んでいたのだ。



『むっ、星、明かりが消えたぞ? どうやら、一刀様は休まれた様だ 』


『ああ……一刀殿の食事に、導眠効果のある薬や食材を入れたと紫苑殿が話されていた。恐らく、彼を慮っての事だと思うが、かえって好都合になったな? 』



 と小声で囁きあいながら、寝間着姿の愛紗と星が一刀の天幕へと忍び寄る。無論、この武に長けた二人の恋姫の目的は『儀式』を行う為であった。二人はいそいそと中に入り込むと、天幕内に置かれていた独特の意匠を凝らした具足と、僅かな光に反射する三日月の前立ての兜に、ここの主が一刀である事を確信する。



『ふむ、漆黒の鎧兜に新月(中国における三日月の呼称)を模った(かたどった)金の前飾り……我が軍でこれ程重く頑強な物を鎧っているのは一刀殿だけだ 』


『ああ……始めて見た時から印象的であったが、これだけの物を鎧っているのに、一刀様は良く戦える物だ…… 』



 そして、二人は寝台の方へと近寄ると、規則的で穏やかな寝息を立てる一刀の顔を確認した。



『一刀様……流石に、眠っている時は眼帯を外されているのですね……然し、何とも凛々しい寝顔なのだろうか 』


『フフフ、良い寝顔をするのも、『良き漢』の条件の一つだ愛紗よ……んむっ 』


『っ!? 』



 まじまじと一刀の寝顔を覗き込んでいた二人であったが、突如星が寝ている彼の唇に自身の物を重ねて見せる。彼女の突然の行動に、愛紗は思わず言葉を失ってしまうが、直ぐに顔を真っ赤にさせた。



『星~っ! 貴様ッ、抜け駆けする気かッ!? 』


『待て待て、愛紗よ。こう言う場合は気分を昂らせておらなんだら、上手く事は運べぬ。主導権を握る為にも、先ずは我等が下準備をせねばならぬのだぞ? 悔しかったら、お前も私がしたように彼に口付けてみるがいいさ。気にせずとも良い、私以外見ている者は居らぬし、自分の本能に任せれば良いのだ 』



 フッと不敵に口角を歪めて見せると、星は蠱惑的な視線を愛紗に向ける。



『判った――確かに貴様の言う通りだな? 今の私は『関雲長』と言う武人ではない、『愛紗』と言う只の女なのだから……んんっ 』



 星に諭され吹っ切れたのか、愛紗も勢い良く己の唇を彼のそれに重ねて見せた。それが合図となったのか、愛紗と星は寝間着の帯を解くと、二人ともあっと言う間に生まれたままの姿になる。この時、二人はいつも纏めていた髪を下ろしていた。



『さぁ、愛紗よ……これを全身に塗るが良い 』


『これは……どうも見るからに玻璃(はり)(ガラス)で作られた小瓶の様だが? 』



 星から手渡されたのは、小さな硝子製の小瓶で、その中には何やら無色透明の粘度が高そうな液体が入っていた。



『フフッ。それはな、先日久し振りに再会した程立――今は程昱と名乗っていたな、彼女から貰った物だ。何でも、男と女が愛し合う時に全身に塗って用いるらしい。上は貴人から下は娼婦までと幅広く使われているとの事だ、この様になぁ? 』



 そう星はいやらしく笑って見せると、自分用に持っていたらしく先程の物と同じ液体を手に取るや、愛紗の豊満な乳房に擦り付ける。



『ヒャッ!? せ、星……行き成り何をするかっ!? 』


『ほう……これでも乳房の大きさと張りに自負している方だが愛紗よ、貴様も中々だな? 特に、大きさに於いては一歩譲ってしまうぞ? 然し、中々可愛い声を上げるではないか……? フフフフフフフ…… 』


『星~~ッ!! 』



 思わぬそれの冷たさと、行き成り胸を、それも裸のままで手を触れられ、思わず声を上げる愛紗。然し、彼女もそのままやられっ放しではない。一瞬取り乱しかけた愛紗であったが、彼女は星がしたように自分も小瓶から液体を手に注いで馴染ませると、彼女に踊りかかって行った。



『……このっ! お返しだっ、喰らえッ! 』


『ひゃうっ!? あ……愛紗よ、行き成りそんな所に塗る奴がいるか!? 私でさえ胸にしたのに、まさか『そこ(・・)』にしてくれるとはなっ!? お陰で、股の辺りがスースーするし、何やら気色が悪いぞ……! 』


『フンッ! これでお相子(おあいこ)だ! それにしても、貴様も普段と全然違う声を上げていたではないかっ! 良くそれで人の事が言えたものだなっ!? 』


『フッ、フフッ……この趙子龍に声を上げさせるとは……面白い、ならば一刀殿との『儀式』の前に貴様と一戦交えて見せん! 』


『言ったな……? 例え得物が無くとも、貴様如き捻じ伏せてくれるっ!! 』



 と彼女等は暢気に寝息を立ててる一刀を他所に、敷布の上で組み合うと互いに持っていた液体を塗りつけ合うと言った、今で言えば『キャットファイト』さながらの光景を演出し始める。



「ンッ? ンンン……ッ!? 」



 然し、物音を立てぬよう器用に揉み合っていた彼女らであったが、流石に一刀も目を覚ましたようだ。行き成り起き上がるや、彼は枕元に忍ばせていた護身用の脇差を引っ掴んでそれを抜き放つと、寝台の下で揉み合っていた彼女等にそれを突きつけ、声高に叫ぶ。



「何奴ッ! 何処の曲者かは知らぬが、そこを動くな! 」



 どうやら、まだ顔を識別できていなかった様で、一刀は隻眼を険しくさせて愛紗と星を睨み付けると、彼女等に刀身を突きつけたまま詰め寄った。



「なっ!? 」


「えっ……!? 」



 一方の愛紗と星であったが、思いもよらぬ出来事に固まってしまい、只呆然としているだけである。そして、一刀はゆっくりとしゃがみ込んで彼女等の顔を確認すると、今度は彼が固まる番であった。



「え……あ、愛紗、それに星ッ!? なっ、何で俺の天幕で、然も丸裸なんだよっ!? ここは風呂場じゃないんだぞっ!? それとも酒に酔ってるのかっ!? 」


「ううっ……そ、それは…… 」


「くうっ、我等のこの姿を見て、まだ気付かぬのかっ!? 」



 驚愕と呆れを交えた顔で言う一刀に対し、愛紗は顔を真っ赤にして俯いてしまうし、星は自分等の真意を悟ってくれない彼への苛立ちを募らせ始める。少しばかり、気拙い雰囲気が漂っていたが、溜め息を一つ吐くと一刀は脇差を鞘に収めた。



「ふうっ……少し話でもしようか? どうやら事情がありそうだ……うむっ!? 」


「なっ、あ、愛紗!? 」


 

 自身を落ち着かせるべく、寝台に腰掛けようとした一刀であったが、その瞬間愛紗が彼に抱きついて見せると、思わず星は目を白黒させる。その際、彼女は一刀と唇を重ねており、その勢いで二人は寝台に倒れこんでしまった。



「あ、愛紗、な、何でこんな真似を……? 」


「……一刀様が悪いのです。私と星の気持ちに全然気付かない一刀様が…… 」



 動揺する一刀を他所に、頬を紅く染め、愛紗は常軌を逸した目でじっと彼を見やると、粘液に塗れた手を這わせて一刀の寝巻きの帯を解く。一刀は何とか抵抗しようとするが、彼女から放たれる『得体の知れぬ物』に中てられてしまって、指一本すら動かせなかった。



「そう、確かに一刀殿が悪い。桃香様達とはいつも気軽に触れ合っていると言うのに、私と愛紗に対しては実に素っ気無いのだからな? 」


「せ、星…… 」



 そんな愛紗に同調するかの如く、今度は星までもが一刀の上に圧し掛かる。彼女は褌の方に手を伸ばして見せると、実にいやらしい手付きでそれを解き、一刀を自分等と同じ丸裸にしてしまった。



「お、俺、君達の気に障る事でもしたのか? もしそうなら謝る。すまなかった……だから、これ以上馬鹿な真似は止すんだ! 」



 何とか理性を総動員させ、二人に思い止まる様言う一刀であったが、粘液塗れの愛紗と星の魅惑的な裸体に『雄の機能』を抑える事が出来ない。



「ぼっ、ぼっぢゃいじゃっ! 二人の裸を見たら、オイなこい以上『御岳』を抑えられん!! 」


訳:『だっ、駄目だっ! 二人の裸を見たら、俺はこれ以上『御岳』を抑えられない!! 』

 (一刀の爺ちゃんの故郷『鹿児島(かごっま)』の言葉で御座いもんで)


 雄たけびと共に、一刀の体の『極一部』はあっと言う間に、祖父の故郷鹿児島の象徴である※5『御岳(おんたけ)』に雄々しく変化する。無論、それを見逃さぬ愛紗と星では無い。二人は一刀の体に聳え立つ『御岳』をうっとり見詰めると、後はそれぞれ指を這わせて『活火山』への危険な登山行を始めた。



「か、一刀様、これは……。嬉しい、私達の体を見てこうなって下さったのですね? はあっ……物凄く熱いし、それに何て逞しい……貴方の鼓動を感じます 」


「ほほう……これは見事に筋張った『ご自慢の剛槍』、それも燃え盛る焔が如き勢いと熱さを感じる……これだけの『モノ』であれば、あのお三方が夢中になるのも頷けるな? フフッ。それにしても、一刀殿。私と愛紗の体でそうなってくれるとは……女冥利に尽きますぞ? 」 


「ウウッ、桃香、蓮華、翠……三人とも、ごめんよ。悔しいけど、ボクは漢なんだな…… 」 



 桃香達三人以外で、同年代の異性の裸を見た嬉しさと罪悪感が複雑に相まり、漢の本能を抑え切れずに涙を流して枕を濡らす一刀。然し、それが嬉し涙なのか慙愧の涙なのかは本人にも判らなかった。



「一刀様……愛紗の操を貴方に捧げます。今ばかりは義姉上達の事はお忘れ下さい……さぁ、我等三人。共に更なる高みへと参りましょう…… 」


「一刀殿……私も愛紗と同じだ。私の操も貴方に捧げよう……今だけは私と愛紗のみを見て欲しいのだ……今宵、我等三人は泰山へ上ろうぞ! 良い道具も持参した故にな? 」


「なっ、ななななななななな……ふっ、二人とも一体何を? それに星、その手に持ってる物は何なんだ? あ、そんなとこに指入れ、そこは違っ……アッー!! 」



 優しさと妖艶さが相まった笑みを向けると、二匹の牝の猛虎は一気に獲物である彼めがけ、『官能』と言う名の爪牙を突き立て始める。哀れ、※6『俎上の鯉(そじょうのこい)』と化した一刀に選択の余地は皆無であったのだ。


 余談であるが、寝台の上で妖しく蠢く彼等の下には先程の小瓶が転がっており、それにはこう書かれた紙が張ってあった。



 『北々(ペイペイ)蘿雄(ロウション)』“使用上の注意”

――強烈な催淫効果と興奮作用が含まれておりますので、極微量を薄く延ばして使用して下さい。使用上の注意を守らずに服用した場合、貴方の健康を損なう恐れがあります―― 



 恐らくであるが、愛紗と星が普段とは全く違った姿を一刀に見せていたのも、この『使用上の注意』を良く読まなかった為と思われる。然し、今の彼女等にそれを指摘した所で、何の意味も無かったのだ。



――五――



――一方、その頃。桃香の天幕にて――



「ちっくしょ~~! まぁた『何進』だぁ! 」


「あはは、残念♪ また『何進』を引いちゃったね? 翠ちゃん 」


「フフッ、これで三回連続の『何進』よね? 相変わらず翠の勝負弱さには感心しちゃうわ♪ 」


「うが~~~っ!! 」



 大きめの寝台の上で、桃香、蓮華、翠の三人が一刀がもたらした『トランプ』遊びに興じており、この時彼女等は『ババ抜き』をしていた。会話の内容からして、どうやら翠が三連敗したようである。彼女は不貞た様に大声で叫ぶと、寝台に倒れこんで見せた。


 夜の一時を楽しむ彼女等であるが、三人とも寝巻き姿で、卓の上にはお茶やチョッとした焼き菓子等が置かれており、今で言う所の『パジャマパーティー』をしていたのである。近い内、彼女等は三人ともバラバラになってしまう為、最後の最後まで友情を忘れぬ様、残された時間を楽しんでいたのだ。


 また、彼女等が『何進』と呼んでいたのは、『ジョーカー』即ち『ババ』の事である。これに関しては、何進が『ケツデカババア』と陰口を叩かれているのと、先の戦であれだけの醜態を曝け出した事もあってか、『何進と言えばケツデカババア、ケツデカババアと言えば何進』と、彼女への皮肉を込めた物も含まれていたのだ。


 この『ババ抜き』の遊び方も、一心らが好む『オイチョカブ』と同じく、一刀が教えてくれたものである。大掛かりな道具も不要な事から、気軽に遊べた為に、将兵達の娯楽にも使われていたのだ。



「っと、悪り、ションベンしてくる……チョッとばかり茶を飲みすぎたかな? 」



 尿意を催したのか、行き成り身を起し、翠は身震いしてみせる。そして、そそくさと天幕を後にしようとした。



「翠ちゃんってば、お下品だよ~? そう言えば、一心兄さん達とか良く『ションベン、ションベン』って、普通に言ってたよね~? 」


「フフッ、確かにそうよね? 桃香の家って、お義兄様が家長だし完全な男社会だったもの。ウチ(孫家)とは丸きり正反対だったわ 」



 『戻ってきたら勝負の続きだかんな』と、一言言い残して去って行った翠の後姿を見送ると、桃香と蓮華は当時の事を苦笑交じりで語り合ったのである。



「フゥ~、スッキリしたっと……ウウッ~~冷てッ! 」



 仮設の厠で用を済ませ、隣に置いてあった洗桶で手を清めると、翠はその冷たさに思わず身震いする。そして、桃香達の所に戻るべく引き返そうとしたが、彼女の視界にとある人影が映った。



「ン……? 一体誰なんだ? こんな夜更けに? 」


『抜き足、差し足、忍び足、抜き足、差し足、忍び足…… 』


「……見た感じアタシより小さそうだな? 一体何処へ向かう積りなんだ……? 」



 その人影から、何やら小さな声が聞こえてくる。翠は両目を狭ませ、それをじっと見やっていたが、人影が向かう方向を見た瞬間、彼女は眉を吊り上げた。



「んんっ!? あそこは一刀の天幕じゃないか!? 一体何処の馬の骨だ? まさか、一刀を殺しに来たんじゃないんだろうなっ!? オイッ、そこのお前! こんな時間に何をしているっ!? 」


「イイッ!? 」



 そう結論付けると、声を大にして叫ぶや否や人影目掛け踊りかかり、あっと言う間に取り押さえて見せた。



「観念しろ! 一体何処のモンだ! 」


「イタタタタタタ…… 」



 睨みを利かせ、組み伏せた相手の顔を確認すると、その正体に翠は驚きの表情になった。



「なっ!? たんぽぽっ!? 何でこんな時間に外にいんだよっ!? 」


「ゲッ……す、翠姉様……え、えーと…… 」



 それは他ならぬ蒲公英であった。彼女はばつが悪そうに、翠から目を背けて見せる。すると、翠は怪訝そうに顔を顰めて、彼女に迫って見せた。



「何か怪しいなぁ……ちょっとこっちまで来い! 」


「うにゃあああああ~っ! す、翠姉様っ、ちょっと痛いってばぁ~~! 」



 翠は蒲公英を無理矢理立たせると、すぐさまその左耳を摘んで、喚き散らしてもがく従妹をそのまま自分等の天幕の方へと連行して行ったのである。



「翠ちゃん遅いね……? もしかして、結構おしっこ詰まっていたのかな? 」


「ひょっとして……おしっこじゃなく、『別の方』かしら? 」


「蓮華ちゃんも結構言うよね~? 」



 翠が退出してから少し時間が経過し、桃香と蓮華は未だに戻ってこない翠を待ちわびる中、彼女の事で蓮華が言った言葉に桃香が苦笑を浮かべていると、その翠が蒲公英を引き摺りながら荒々しげに入ってきた。



「ったく、さぁ、たんぽぽ! さっさと中に入れ! 」


「いっ、いたたたたたたっ! 別に何もして無いってばぁ~~!! 」


「た、たんぽぽちゃんっ!? 」


「蒲公英……一体どうしたの? 」



 彼女は、未だにもがく蒲公英の体を掴むと、桃香と蓮華の前に突き出す。無論、二人は事情も掴めていなかったから、キョトンと小首を傾げてしまった。



「さっきさ、アタシが用を足したら、コイツ外をコソコソと歩いてたんだよ。オマケに一刀の天幕の方に向かっていたしな? 」



 鼻息荒く翠が言った言葉の内容に、桃香と蓮華の顔色が変わると、たちどころに彼女等は怖い笑顔になって見せた。



「え……たんぽぽちゃん、それはどう言う事なのかな? キチンと説明してもらえるかな? 」


「そうね……蒲公英、私孫仲謀が命ずるわ。一切の隠し事は抜きに、全部話して貰おうかしら? 」


「え、えーと、あのその……ゴメンナサイ、全て白状しますっ! 実は、愛紗姉様と星姉様が…… 」



 流石に、桃香と蓮華は『格』が違ってたようだ。二人から発せられるオッソロシイ物に中てられてしまい、蒲公英は怯えの表情になりながらも、昼間自分が盗み聞きした内容を一切合財白状したのである。そう、雲昇に釘を刺された桃香達が大人しくしてる内に、今宵一刀の所へ夜這いをかけようと愛紗と星が密談していた事を。



「こっ、これで全部話したからねっ!? たっ、たんぽぽは上手く潜り込んで、現場を押さえたら、口止めする代わりに仲間に入れてもらおうかな~って考えていただけだからっ! 」



 自分の思惑まで全て白状し、顔を青ざめさせた蒲公英が慌てふためくと、桃香と蓮華は盛大な溜め息を吐いて翠は忌々しげに頭を掻き毟って見せた。



「はあ~~っ、成る程ね……愛紗ちゃんと星ちゃんがそこまで考えていたんだ…… 」


「ふうっ……あの二人が、よりによって夜這いだなんて……どうやら、この前翠が言ってた事が現実になった様ね? 」


「んなっ……◎×△■※@~~!! あ、あいつら……で、桃香、蓮華、どうすんだよっ!? もしかすっと、もうやらかしてるかもしれないぞ!? 愛紗だけならまだしも、アイツより性質が悪い星が一緒なんだし、一刀の奴、今頃どんな目に遭わされているか…… 」


「はっ!? そ、そう言えば確かにそうだよねっ!? 」


「そうだわっ、こうしてる場合じゃなかった。早く一刀を助けに行かないとっ! 」


「だろ? だったら早く行こうぜ! 」


「そっ、それじゃたんぽぽはこれで失礼するね? ぜ、全部正直に話したんだし、後は知らないからねー!! 」



 翠の言葉に桃香と蓮華がハッとした表情になると、早速彼女等は一刀の所に向かうべく慌しく天幕を出る。その一方で蒲公英は、逃げる様に足早でそこを去って行った。 



――六――



 あれから、少しばかりの時が過ぎた。逃げ出さぬ様、愛紗と星によって両手両足を寝台の四隅に括り付けられ、今の彼は正に『俎上の鯉』その物である。身動き取れない中、愛紗と星が己の体の上を這い回っており、彼女等が送る刺激に一刀は何とか耐えていた。


 完全に主導権を愛紗と星に取られてしまい、彼女等の体を眺める事は出来ても、直接触れる事が出来ない。それに付け加え、彼女等はいじくり(・・・・)はしていても、『本題』に入ろうともせず、正に『生殺し』状態を味わわされていた。



(こっ、このままじゃ拙い、拙いど! 今のこの状態を桃香達に見られたら、結果な火を見いよっけん明らかぢゃっ! 何とかせんな、まこてにヤバイ! )


薩摩弁の翻訳で御座いもんで:「こっ、このままじゃ拙い、拙いぞ! 今のこの状態を桃香達に見られたら、結果は火を見るより明らかだ! 何とかしないと、本当にやばい! 」



 そんな中、一刀は必死に快楽の波に耐えつつ、これからの事を考える。特に、今の自分の姿を桃香達に見られたら、色々な意味で拙いと思っていた。



「愛紗ちゃん、星ちゃんっ! 一刀さん相手に一体ナニをやってるのっ!? 」


「愛紗……星……私達に隠れてナニをコソコソしているのかしら? 」


「こっ、コンチクショウ~~!! おっ、お前等一刀にナニすんだよっ!! いい加減一刀から離れろっ!! 」


「あっ、義姉上…… 」


「うっ、と、桃香様…… 」


「ひっ、ひいいいいいいっ!! 桃香と蓮華ッ!? そ、それにす、翠~~ッ!? もう駄目だ……人生オワタ……思えば短い人生だったよなぁ…… 」 



 然し……どうやら、皇天后土は彼を救う気は真に無かったようだ。二人の恋姫が演じる濡れ場は、突如の乱入者により終焉を迎える。場に押し入ってきた桃香達三人の恋姫は怒り心頭であったし、あれだけ一刀の体を貪っていた愛紗と星は表情を凍りつかせると、肴にされていた一刀は完全に諦めの表情になった。



「あ、義姉上……私も女ですっ、こればかりは例え義姉上でも…… 」


「左様、私も女だ。女たる者ならば、好き(よき)漢に抱かれなければ生まれた意味が無い。桃香様でもこればかりは譲る訳には行かぬ…… 」



 そう言う愛紗と星であったが、桃香はまるで二人の言い分を聞いていなかった風で、翠を見やる。この時の彼女の表情からは、何やら怖いものが感じられた。



「ねぇ、翠ちゃん。ちょっと悪いんだけど、天幕の入り口をキチンと閉めてもらえるかな? ……誰も入って来れない様にね? 」


「あ、ああ、判ったよ…… 」


「あら、何かしらこれ……? 『北々(ペイペイ)蘿雄(ロウション)』? 」



 すっかり桃香に気圧されたのか、翠は困惑気味になりつつ天幕の入り口を閉めると、内側から止め紐をきつく縛って誰も入る事が出来ない様にする。その一方で、蓮華は足元にぶつかった物を拾い上げると、それをまじまじと見詰めていた。



「ほら、やっといたぜ? 」


「ありがとう、翠ちゃん。それじゃ……脱がなくっちゃ。閨の中では丸裸が正装だもんね 」



 そして……それを確認すると、桃香は寝間着の帯を解き、一糸纏わぬ姿を曝け出した。



「と、桃香……雲昇老師から釘を刺されていたじゃない? まさか……!? 」


「ちょっ、ちょっと待てよ!! 雲昇怒らせたら滅茶苦茶ヤバイ事になんぞ!? 」



 無論、それを看過できぬ蓮華と翠ではない。彼女等は焦りを浮かべて見せたが、当の桃香本人はニコリと笑って見せた。



「だって、しょうがないじゃない? 正直、滅茶苦茶複雑なんだけどね……でも、これは一刀さんが全部悪いの。そう、愛紗ちゃんと星ちゃんを此処まで追い詰めさせた一刀さんが、みーんな悪いんだからっ! 」


「成る程、そう言う事ね……これは全て一刀と言う男が悪いんだわ。フフッ……だったら、誰が閨の主なのかと言うのを、この二人に見せなくてはならないわね? 私だって情熱的な南方女の端くれよ、生まれや肌の色は伊達じゃないわっ! 」


「流石は桃香だ、やっぱ義勇軍の総大将やってただけあんよなぁ~~! アタシだったらこうはいかないぜ? どれ……愛紗に星、手合わせじゃ互角だったが、閨ン中じゃアタシの方が上だってのを見せてやるっ! 二人とも覚悟しろよなっ!? 西涼女はなぁ、度胸なら天下一品なんだよォ!! 」



 桃香の言葉に得心したのか、蓮華と翠はニヤリと笑うや否や、二人とも桃香と同じく寝間着の帯を勢い良く解くと丸裸になり、後は三人とも嬉々として一刀に群がり始める。正に、長四角の寝台の上にて文字通りの『死闘(デス・マッチ)』が始まったのだ!!



「そう言う訳で、愛紗ちゃんと星ちゃんの『初体験』をお手伝いしつつ……パ~~ッと、朝まで楽しんじゃうよ~♪ 」


「「おお~~っ!! 」」


「なっ、さ、三人とも一体ナニをっ!? 」


「フッ、面白い……例え三人加わろうともこの趙子龍遅れは取らぬッ! かくなる上は返り討ちにしてくれようぞ!! 」


「ちょっ、行き成りナニを始めるんで!? って言うか、桃香。普通そういう時止め……ウプッ! 」


「……こうなった以上、止められる訳無いじゃない。今更何を言ってるのよ……この(ブタ)ッ!! 」


「チョ、チョコレートババロアがビンタに乗っかっちょっ…… 」


訳文でごわんぞ:『チョ、チョコレートババロアが頭に乗っかっている…… 』



 絶望を顔に表すが、それでも止める様桃香に言う一刀であったが、行き成り彼の頭に褐色の丸い物が押し付けられる。それは蓮華の大きな尻であった。彼女の魅力の一つは、実に大きく且つ形の良い尻であったが、『ケツデカババア』との違いを上げれば、弛みが無いのと健康的な艶を持っている所だ。



「フフッ、そう言えば母様が言っていたわね? 『オトコは尻に敷くのに限る』って、何だかこれ癖になっちゃいそうだわ。はぁっ…… 」



 そんな天下一の美尻を持った彼女が、何と一刀の頭にそれを確りと押し付けている。この時の彼女はすっかり頬を上気させ、何やら目つきも常軌を逸しているようであった。



「れ、蓮華……? お、おかしいよ! 何時もの君なら、こんな真似する訳……ウグッ! 」


「何が可笑しいのよ……? 可笑しいのは貴方じゃない、本当に判っているのかしらねぇこの猪は? 感謝なさい、孫家の姫君たるこの私が、それも丸裸で尻に敷いて上げているのだから、こんなイイ思い他では味わえないわよ? 」



 普段は可愛らしい笑みを浮かべる彼女の美貌も、今はすっかり嗜虐的な物に変わっており、青水晶を思わせる瞳は実に悩ましげである。そんな彼女の足元には、先程の小瓶が転がっており、それにはこう書かれていた。



北々(ペイペイ)蘿雄(ロウション)』“使用上の注意”

――強烈な催淫効果と興奮作用が含まれておりますので、極微量を薄く延ばして使用して下さい。使用上の注意を守らずに服用した場合、貴方の健康を損なう恐れがあります――



 どうやらドサクサに紛れ、いつの間にか蓮華もこれを用いていたようである。いつも気品に溢れた孫家の姫君も、この時ばかりは妖艶な娼婦と化していたのだ。



「は、ははは……不動先輩に告ッて撃チンした俺が、今じゃこんなんだもんなぁ……あの頃が懐かしいよ、ハハッ…… 」


「ほらほら♪ 蓮華ちゃんとばかり遊んでないで、私とも遊んでよォ~♪ 」


「フフフフフフ……こうなった以上、足腰立たなくしてやっからな……西涼式の馬の調教をお前にも味わわせてやる!! 明日の事なんかクソクラエだ! なる様になっちまえ~~!! 」



 意中の先輩に相手してもらえなかった当時の事を思い出し、懐かしむかの如く乾いた笑みを浮かべる一刀であったが、そんな彼の前に白い塊が迫ってくる。それは、何時もより無邪気な笑みを浮かべる桃香と、完全に『イッちゃった』表情で乗馬用の鞭を手にした翠の、それぞれの大きな乳房であった。



「今度なふてがピーチムースちカスタードプリンぢゃっ……そうか、こんた夢やったろかい!! スウィーツたもる放題の夢を見っるんだぁ~~!! 」


訳文:『今度は大きなピーチムースとカスタードプリンだ……そうか、これは夢なんだ!! スウィーツ食べ放題の夢を見てるんだぁ~~!! 』



 完全に場の雰囲気に飲まれたようだ。一刀も完全に普通じゃない形相になると、ケタケタと不気味な笑い声を上げ、最後にはこう叫んで見せた。



「色取り取りのスウィーツ、いっただきむぁ~~す!! ベラボォオオオオオオオオオ!! 」

 


 そう叫ぶや否や、一刀は隻眼をカッと光らせ、その筋骨逞しい体は筋肉が隆起すると、『閨限定の超絶倫人』に変身する。そして、アッサリ戒めを解くと、五人の恋姫達との楽しく激しい、そして爽やかな一騎討ちを繰り広げ始めるのであった。かくして、六人の少年少女が織り成す宴の夜は更けて行ったのである……。



――七――



「桃香、蓮華、翠、そして愛紗に星……貴女達は一体何を考えているのですか? 大丈夫であり士大夫である前に、貴女達は淑女でしょう? だのに、五人で一気に殿方にがっつくとは……それが淑女のあり方ですかっ!? 」


「「「「「申し訳ありません、陽春老師…… 」」」」」



 そして、その翌朝である。一刀の天幕では、寝間着姿の陽春が、寝間着に着替えさせた五人の恋姫達にお説教を噛ましていた。



「おっ、おいっ! しっかりしろっ!! 勃て、もといっ、立てッ、立つんだ、北の字君ッ!! 」


「しっ、しっかりするのにゃ!! このまま死んだら、もがれちゃいますのにゃっ! 今薬を作ってますから、にゃんとかしょこまで頑張って欲しいのにゃー!! 」


「もがれちゃうのにゃー!! 」


「へ、へへ……燃え尽きた……真っ白に燃え尽きちまったぜ……我が生涯に一片の悔い無し…… 」



 その傍らでは、喜楽が焦りを浮かべながら必死に一刀に呼びかけており、靡誘は即効性の強壮剤を大急ぎで調薬して、星加は団扇で一刀の顔をパタパタと仰いでいる。一方の一刀だが、何やら『ヤリ(・・)抜いた漢の顔』になっており、真っ白く燃え尽きていた。彼の状態はどう見ても昨日より悪化している。


 何故、陽春がこの場にいるのかと言うと、彼女も『息子の容態』を気にしており、少しばかり早く起きて一刀の天幕に向かって見れば、何やら中に入る事が出来ない。已む無く、彼女は護身用の短剣で止め紐を無理矢理切り裂いて入って見たのだが、その眼に飛び込んできた光景は『スウィーツ食べ放題』の夢の後であった。



『なっ、こっ、これは……!? 』



 桃香、蓮華、翠、愛紗、星――実に満足しきった表情の恋姫達が、皆全裸で寝台や敷布の上でまどろんでいる。それに対し、片隅に転がっていた『一刀らしき肉塊』は、息も絶え絶えで『カヒューッ、カヒューッ』と嫌な呼吸音を立てていたのだ。


 先日、一刀に対して『母親宣言』をしてからと言う物、陽春は一刀に対して母性本能を抱いており、早速それが働き出した彼女は慌てて彼を抱きかかえると、虚ろな目をした一刀に必死に呼びかけた。



『一刀、しっかりなさい、一刀ッ! お母様が来たわよ、だから気を確り持ちなさいっ!! 』


『お母ちゃまぁ~、ボクもう勃てまちぇん、バブー……ガクリ 』


『かっ、一刀~~!! 誰か、誰かあるっ!! 救護兵、いっ、いえっ、早く医者王~~ッ!! ちっ、違ったわ、医者を~~!! 誰か喜楽殿達を呼んでーっ!! 』



 実にOBAKAな事を抜かすと、文字通りガックリ力尽きる一刀の姿に、流石の陽春も完全に取り乱してしまったのである。かくして陣中は朝から騒然となり、医を司る喜楽達三人が緊急出動する羽目になってしまったのだ。



『桃香殿……貴女はれっきとした私達の主公であらせられる筈。だのに、二人の暴走を諌める所か、それに乗じてこの様な事をなさるとは……一体何をお考えか!? 桃香殿だけではありません、蓮華殿、翠殿、愛紗殿、星殿……一刀殿の事を思うのならば、まずは自重せねばならぬ筈。だのに、貴女方は彼を腹上死させるお積りかっ!? 大体前々から思っていたのですが……クドクドクドクドクド 』



 その後、事情を聞きつけた雲昇もその場に駆けつけ、哀れな事に桃香達は陽春だけでなく、雲昇からも長ったらしいお説教を噛まされると言う説教地獄を味わわされたのである。長ったらしい説教を噛ますのは永盛だけではない、実は雲昇も可也長い説教を噛ます事で有名だったのだ。生真面目な彼の性分を考えれば、当然という物である。


 そんな中、ようやく薬を作り終えたのか、靡誘が一際大きい声を上げてみせた。



「でっ、できたのにゃー!! 靡誘の家に伝わる秘伝の即効性強壮剤『力朴必湯得(リポビタンディ)』ですのにゃー!! はっ、早くこれを一刀殿に飲ませるのにゃー! 」


「靡誘殿、真に大儀です。さぁ、一刀、これをお飲みなさい 」


「ンッ、ングッ、ングッ、ゴキュゴキュゴキュ 」



 歓喜の声と共に、靡誘が湯飲みに入った薬湯をずずいと突き出してくると、それを陽春が受け取り一刀に飲ませ始める。湯飲みから放たれるその匂いは、先日の薤葉芸香に比べれば遥かに極上で、味わいの方も実に甘く、一刀はあっと言う間に『力朴必湯得』を飲み干した。



「ンッ? ンンッ……こっ、これは腹の底から力が沸いて来そうだ!! 」



 薬を飲み終えた一刀の顔に見る見る生気が漲って来る。彼は勢い良く起き上がると、すっくと立ち上がって見せた。それを見て、靡誘が満面の笑みを浮かべて見せると、彼女は声高に一刀へ呼びかける。



「※7加油(ジァヨウ)ーッ! 」


「一発ァーツッ!! 」



 靡誘の呼びかけに呼応するかのように、一刀がにっこりと笑って叫び返して見せると、その様子が滑稽であったのか、雲昇や陽春も怒気を抜かれてしまい苦笑いを浮かべて見せた。



「ハアッ、仕方がありません。今日は孫文台殿との面会もありますし、長の説教をするのも余計に疲れさせるだけですから、今回はこれまでにしておきましょう 」


「そうですね……桃香殿達も理解してくれたようですし、支度もあるでしょうから 」


「そう言う訳で、今回はこれで許してあげます。五人とも以後気をつけるように。さぁ、皆さん身支度を始めなさい 」


「「「「「ハ、ハイッ!! 」」」」」



 そして、本日は孫文台との面会があると言う事で、恋姫達へのお説教はこれまでとなり、その支度を始める事にしたのである。ようやく五人の恋姫から解放された一刀は、顔を洗うべく外に出ようとするが、その際愛紗と星に両腕を掴まれる。思いもよらぬ出来事に焦りの表情になる一刀であったが、彼女等は頬を紅く染めつつ彼の左右の耳元で囁きかけて見せた。



「あ、愛紗? それに星……いっ、一体何かな? 」


『……一刀様、一夜の思い出有難う御座いました。ですが、その……こっ、今後も私を可愛がって下さい! この愛紗、操を捧げるのは後にも先にも一刀様只お一人のみですから…… 』


『そう、私もだ一刀殿。私もお主以外の漢に抱かれたいとは思わないのでな? まさか、一回こっきりで済ませよう等と、虫の良い事は考えてはおるまいな? 』



 今の二人は得物を持っていない筈なのに、何故か一刀は自身の首に刃を付き付けられたかの様な錯覚を彼女等から覚える。無論、あんな状態になってはいた物の、一刀は二人の純潔を頂いた事は自覚していた。


 こうなった以上、漢として『愛し合った女達』を捨てる真似は出来ない。一刀は、少しばかりの諦念を交えて見せると、左右の彼女等に優しく微笑みかける。



「無論、判ってるよ……責任はちゃんと取るよ? でもさ、これからの状況如何では、君達を直ぐに身篭らせたくないのも事実なんだ。それだけは理解してくれないか? 」


「なっ、それは……確かに、一刀様との子なら喜んで産みたく思います。でも、そうなってしまえば、いざと言う時義姉上のお役に立てない…… 」


「うっ、うむっ……確かにそうだな? 男と女が睦み合えば、子を孕むのは自然の理。流石の私も身重の体を引き摺ってまで槍を振るいたくは無いぞ 」



 当然、愛紗と星もそこまで疎くは無い。男女の睦み合いの先にあるのは、子を身篭る事なのだ。然し、これから先どうなるか判らないのも事実。もし、仮にだったとしても、身重の体で戦場に出る訳には行かないのだ。



「はい、畏まりました一刀様。確かに、これから先どうなるか不安です。若しかすると、更なる動乱が起こるやも知れませんし…… 」


「全くだな、愛紗よ。一刀殿、お主の言った言葉の重み、この趙子龍しかと受け止めたぞ? 」



 流石に武だけでなく賢さも持ち合わせた彼女等である。二人は納得したかの様に深く頷いてみせると、穏やかな笑みを一刀に向けて見せた。



「ありがとう、二人とも……それじゃ、これから改めて宜しく頼むよ? 」


「ひゃっ! 」


「ひゃうっ! 」



 そう言うと、一刀はニヤリと笑みを浮かべ、さりげなく二人の頬に口付けると、後は悠然たる足取りで水場へと向かう。思わぬ彼からの不意打ちに、愛紗と星が頬を紅く染めていると、彼の姿は消え失せていた。


 二人は一刀の唇の感触の余韻に浸りつつ、一刀の行った方に目を向けると、何気なく口を開き始める。



「まったく……一刀様は女に強いのか弱いのか全然判らぬ 」


「ははっ、然しアレも一刀殿の魅力の一つだ。男子たる者、強きも弱きも持ち合わせていなければ面白みが無いではないか? それに……私は一刀殿に益々惚れこんでしまいそうだ 」


「ああ、私もだ。私も一刀様に惚れ直してしまった 」



 そう締め括ろうとする愛紗であったが、突然星が彼女の肩を抱き寄せる。思いもよらぬ彼女の行動に、愛紗は眼を白黒させてしまった。



「せ、星ッ……行き成り何を? 」


「聞け、愛紗よ……どうも、一刀殿は女子(おなご)に対して割り切れぬ性分の様だ。此処は一つ、我等が眼を光らせ、これ以上増えぬ様にするべきだと思うのだが……どうであろう? 」


「なっ!? 」



 星の放った言葉に、愛紗の中に衝撃の落雷がほとばしると、途端に彼女の両目には怖い物が宿り始める――そして、愛紗は声の調子を落とし、ゆっくりと応じて見せた。



「確かにな……一刀様は普通に見ても『美男』の部類に入るし、無意識の内に女性からの好意を集めてる有様だ。だのに、性質が悪いのは、一刀様はそれらに対しての自覚が無い事だ 」


「そう、どうやら我が軍の女性陣には一刀殿に好意を向けている者がまだまだ居ると思われる。おまけに、今日は孫文台と面会されるしな? 孫家では明命殿や祭殿以外にも女の家臣は居よう? 故に、一刀殿がそう言った輩と接する機会を妨げねばならぬのだ 」


「ああ、そうだ! 一刀様にはこれ以上の女子は不要! ならば、我等が身を以って防がねばなるまい! 」


「その通り! 先ずは、その一環として、今日の孫文台との面会に際し、我等も桃香様に同行を願い出るぞ! 」


「応ッ! 」



 等とあからさまな『ヤキモチの予約』で、どす黒い気炎を上げる愛紗こと関雲長と星こと趙子龍の二人の恋姫。彼女等が一刀と懇ろになるのに、可也酷い乱痴気騒ぎを起した事は瞬く間に陣中に知れ渡る事となり、やがて兵達を経て民衆にも伝えられてしまうと、それは後世の『笑い話』にされてしまったのだが、これは余談である。



――八――



――一方、その頃。雪蓮の天幕にて――



「う゛~~、頭が痛ぁ~~いっ! 誰か何とかして…… 」


「全く、心配になったから顔を見に来て見れば、二日酔いとは……雪蓮、今のお前を見たら青蓮様がさぞお怒りになるぞ? 」


「だぁってぇ~~! あんな『クソババア』の顔を近くで拝み続けるのかと思ったら、お酒でも飲んでなきゃやってらんないわよぉ~! 」


「ク、クソババア……青蓮様が居ないからって、良くもそこまで言えた物だな? 」



 寝台の上で、枕に顔を埋めて苦悶の表情で呻く雪蓮。そんな彼女の傍らでは、親友の冥琳こと周公瑾がしかめっ面で眼鏡を押し上げていた。


 冥琳は雪蓮と同い年の二十歳で、行く行くは次期筆頭軍師とも言われるほど智に優れており、将来を嘱望された人物である。その彼女の外見だが、知的な美貌と艶やかな長い黒髪に、実に女らしく発達した体をしており、人々からは※8『美周女(びしゅうじょ)』とあだ名されていた。


 一昨日、一年振りに再会した親友は少し、いや前より可也変わっていた。男を経験したのもあると思われたが、どこか彼女の雰囲気は前より女っぽくなっている。



「ウ~ン、ハァッ…… 」


「雪蓮……随分、色気のある声を上げる様になったのね? 」



 苦悶の表情の中に、どこか『艶っぽさ』が感じられ、それは彼女と『女同士』の仲でもある冥琳の心をくすぐった。思わず雪蓮に手を伸ばしそうになるが、それは突然の訪問者によって遮られてしまった。



「雪蓮殿、お加減はいかがですかな? 喜楽が今手が離せないとの事なので、僭越ながら私達が薬を煎じ様かと思い、参上致しました 」


「雪蓮さん、大丈夫ですか? 喜楽老師には及びませんけど、私と雛里ちゃんもお薬を煎じる事が出来ましゅので 」


「一応ですけど、喜楽老師から処方の仕方を教わってきました。ですから、ご安心して下さい 」


「あ゛ー……照世に朱里と雛里じゃない。良かった……何だか蓮華達が馬鹿騒ぎやらかしたって聞かされていたから、ここに喜楽が来ないのかと思って正直不安だったのよ 」



 天幕の仲に姿を現すは、照世、朱里、雛里の三人の軍師。彼等の姿に、雪蓮は安堵したかのようになると、それとは逆に冥琳は不機嫌そうに顔を顰めて見せた。



「ッ……! 雪蓮、この三人はどなたかしら? どうやら、真名で呼び合ってるようだけど……? 」



 そして、彼女は雪蓮の方に向き直り、やや棘のある口調で親友に尋ね始めると、対する雪蓮は意地悪そうな笑みを浮かべて見せる。今の雪蓮の顔は、何やら『目新しい玩具』を見つけた子供の目をしていた。



「フフッ、教えてあげる。こちらの殿方は諸葛然明。ほら、貴女も知ってるでしょ? かの高名な『幽州の三賢人』の一人よ。これまで私達に学問を教えてくれただけでなく、今は義勇軍の筆頭軍師として、色々と助けてもらっていたのよ。そして、こちらの可愛らしいお嬢さん方は諸葛孔明と龐士元……。この二人は天下に高名な『水鏡塾』が誇る、あの『臥竜鳳雛』よ? あ、そう言えば、確か……朱里のお姉さんって、ウチの朱治の家に仕えていなかったっけ? 」


「ひゃ、ひゃいっ、その通りでしゅっ、雪蓮しゃんっ!! 」


「ほほう……『幽州の三賢人』の一人だけでなく、まさか『臥竜鳳雛』に直接会えたとはな? 成る程、噂には聞いていたが、『劉玄徳の義勇軍は人材に於いては強国並み』と言うのは、どうやら真の様だな? 」


「はっ、はわわわ…… 」


「あ、あわわわわ…… 」



 何やら不穏な空気が漂い始め、朱里と雛里は怯えを見せると、照世の後ろに回りこんで彼の鶴氅(かくしょう)(鶴の羽毛で作った長衣)をギュッと掴む。この状況に照世は双眼を細めると、何時もの癖で白羽扇を眼前に翳し、雪蓮を見やった。



「雪蓮殿……こちらの見目麗しいご婦人はどなたですかな? もし、宜しければご紹介頂きたいのですが……? 」


「そうね、それじゃ 」


「待って、雪蓮。自分から言うわ 」


「それじゃ、冥琳。お願いね 」


「ええ…… 」



 照世に頼まれ、雪蓮が言おうとすると、冥琳が行き成りそれを遮る。そして、彼女は棘のある眼差しを照世達に向けたまま名乗り始めた。



「お初にお目にかかる、私は周瑜、字は公瑾。貴殿等三人のご高名は、孫家の方にも伝わっている。以後良しなに願いたいものだ…… 」


「ほう……貴女が雪蓮殿達がいつも話されていた『周公瑾』殿ですか。失礼をば致しました、私は諸葛瞭、字は然明……貴女とは今後とも仲良き関係を築き上げたいものですな? 」



 そう締め括る彼女であったが、どうみても好意的には思えない。然し、対する照世は涼やかで余裕溢れた笑みを彼女に向けると、仰々しく拱手一礼をして見せた。



「あ、あのあのっ、照世老師……何だか※9周女士が睨んでませんか? 」


「しょ、照世老師……周女士の顔、とても怖いです 」



 朱里と雛里が完全に怯えきった表情で照世を見上げるが、対する彼は何時もの涼やかな笑みを二人に向けて見せた。



「大丈夫だ、問題は無い。初対面ゆえに、周女士は少し緊張されているのだ。先ずは、我々から親しみを見せるべきであろう? 」


「なっ!? 」



 その照世の言葉に、冥琳は内心を見透かされてるような気分になった。孫家の家中だけでなく近隣諸国に於いて、比肩する才無しとまで謳われた彼女は、自身の才に自負を抱いているし、それに見合うだけの高い矜持も持ち合わせている。


 然し、そんな彼女の矜持にも少しずつ亀裂が生じ始めていたのだ。噂話や、これまで送られた蓮華や雪蓮からの文を読むからに、どうもこの『諸葛然明』を始めとした『幽州の三賢人』は自分より遥かに優れているのでないのかと思うようになっただけでなく、オマケに『水鏡塾が誇る臥竜鳳雛』の話まで聞かされている。


 こうなってくると、彼女も心底穏やかでは無くなって来たのだ。簡単に言えば、周公瑾こと冥琳という女は、自分より才覚優れた者と噂されてる『幽州の三賢人』と『臥竜鳳雛』に対し、無意識の内に嫉妬の情念を抱いてたのである。



「おや……? 周女士、如何成されましたか? 何かこちらで粗相でも致しましたかな? 」


「いっ、いえ別に……何でもない、どうやら少し緊張してしまった様だし、私のせいでそちらのお嬢さん方がすこぶる気を悪くされたと見える。こちらの方こそ大変申し訳無い…… 」



 この森羅万象を見通すかの様な男の雰囲気が、冥琳にはどうも馴染めない。『美周女』周公瑾と、『幽州の三賢人』諸葛然明。外史の世界におけるこの二人の邂逅は、実に刺々しい物であった。



――オマケで御座いもんで――



「ふぃ~~! 水で顔を洗うと気持ちがいいなぁ~~! さぁ~てっとぉ、今日は大事な日だし、気合入れてっかぁ! 」



 水場にて、洗桶に湛えた水で顔を洗い、手拭いで顔を拭くと一刀は大きく伸びをして空を見上げる。左目だけになってしまった彼の視界には、青い空が何処までも広がっていた。



「仲郷さん♪ オ・ハ・ヨ♪ 」



 そして、そんな一刀に行き成り声が掛けられる。声の主は三日前に大風歌を歌い上げ、義勇軍内で只今人気急上昇中の『僕等の※10偶像芸人尊娘々』こと、楚々であった。彼女も顔を洗いに来たのであろうか、菫色の寝間着姿で、手には手拭いを携えている。



「ああ、おはよう的孫殿。今日も晴れやかな天気だな? 」


「うんっ、何だかこういう澄んだ青空って、見てるだけで心躍っちゃうわね? 」


「ははっ、全くだな? おっと、失礼。眼帯をするのを忘れていたよ、俺の顔は醜いし怖いだろ? 何せ、右目が白く濁っちまってるんだからな? 」


「…… 」



 そう言うと、一刀は首から下げていた刀の鍔を右目に宛がい、苦笑して見せたが対する楚々の顔は何やら神妙であった。そして、彼女はススッと一刀に近寄って見せると、彼の顎を摘んで顔をまじまじと見詰める。



「おっ、おいっ! 行き成り何を……? 」


「フフッ、醜くなんか無いし怖くも無いわよ? 昔ね、古の世祖を支えた『雲台二十八将』の中に、矢が口に入り頬を貫通する致命傷を負いながらも、死に物狂いで戦い抜いて、遂にはそれが原因で死んでしまった者が居たのよ? その人は類まれなる美貌の持ち主で、世祖からは『容姿端麗なる者』とまで言われてたわ。だけど、最後の最後で……それは全て脆くも崩れ去ってしまったのよ。その人に比べたら、貴方の顔は美しくそして凛々しいわ……そう、口付けたい位にね? 」



 と、楚々は妖しく微笑んで見せると、瞳を閉じて彼に唇を近付けようとして見せる。対する一刀は、彼女から放たれる背徳的な物に思わず酔い痴れてしまった。そして、一刀も彼女に合わせるべく、反射的に唇を近付けようとしたが、行き成りドンと突き飛ばされてしまう。



「へ? へ? て、的孫……殿? 」


「ヤーイ、引っ掛かったー♪ 私が簡単にオトコに唇を許す訳無いじゃない♪ あー……おっかしーの~♪ アハハハハハハッ! 」



 思わぬ出来事に目を白黒させる一刀であったが、そんな彼に楚々はコロコロと笑い声を上げて見せた。そして、ようやく悟ったのか、一刀は隻眼を吊り上げて怒鳴り声を上げる。



「わいぁ、オイをからかったなー!? 」


薩摩弁の訳文じゃ:『貴様ぁ、俺をからかったなー!? 』



 然し、そんな彼に少しも怯むどころか、かえって楚々は不敵な笑みを彼に向けて見せた。



「あったり前よ~! 全く、こっちの天幕に聞こえる位夕べ『お励み』になってた独眼竜さんに、調子にのんなって言いたかったのよ! チョッとばかし女の子に持てるからって、自意識過剰よ、独眼竜さん? 」


「う゛っ……そい(・・)を言われると、正直きついモンがある…… 」


「だったら、今後は女の子にうつつを抜かさない様、自分の褌を引き締める事ね? でないと、ここのオトコ連中に『もげろ』って呪いを毎日掛けられてしまうわよ? 」


「わ、判った、今後は気をつけるよ…… 」



 少し気落ちした風で一刀が答えると、楚々は『ハイ、良くできました』とすらりとした手を差し伸べる。苦笑いでそれを受け取り、彼女に立たせて貰うと、一刀は楚々を真っ直ぐ見詰めた。



「何だか、君には気を許せそうだし、これからも仲良くやれそうだ。だから、真名を預けてもいいかな? 」


「え? 真名を……? 」


「ああ、君とはイイ友達付き合いが出来そうだしな? どうだろう? 」



 その申し出に、楚々は思わずドキリとなってしまう。主命により、新たに生を得て現世に降り立ったとは言え、自分は過去の人間だ。そんな自分が、今の時代の中心を生きる彼とそこまで関わっていいのかと躊躇ってしまう物の、それは一瞬の事であった。そして覚悟を決めたのか、彼女も真っ直ぐ一刀を見詰め返す。



「良いわ、その申し出受けるわよ 」


「ありがとう、それじゃ俺の真名は『一刀』。一振りの刀と書いて一刀だ。以後、一刀と呼んでくれ 」


「ありがとうね、一刀さん。それじゃ、私の真名は『楚々』。『清々楚々』の楚々よ? 私の方も楚々って呼んでね? 」



 花が咲いた様な満面の笑みを浮かべ、楚々がそう答えると、一刀も満面の笑みで返す。そして、二人は互いの真名を預け合うと、互いの手を握り締め、友情の誓いを立てた。



「それじゃ、楚々。今後とも宜しくな? 君からは何だか性別なんか関係無い、そう、長の親友になれる物を感じるよ 」


「ありがとう一刀さん。だけど、私はれっきとした『オンナノコ』よ? 出来る事なら丁重に扱って欲しいわね? 」


「ははっ、そうだったね? ハハハハハハハ 」


「アハハハハハハッ 」



 愉快そうに笑い声を上げる二人であったが、不幸な事にその光景は義勇軍、いや官軍内で結成された『尊娘々愛好会』の一員に見られてしまい、一刀は彼等から怨嗟の対象になってしまったのだが、これは余談である。



『オノレ、劉仲郷許すまじ! 我等が『尊娘々』様と馴れ馴れしく言葉を交わしただけでなく、真名まで預けあうとは……! 斯様な好色漢はもげてしまえば良いのだ!! 』


『もげろっ、もげろっ! 』


『もげろっ、もげろっ! 』


『もげろっ、もげろっ! 』



 この逸話を後世の歴史家『(ジァ) 康像(カンシャン)』は以下の様に評していた。ここに、彼のコメントを残しておく。



『大変珍しい事であるが、劉仲郷と終生変わらぬ友情を築き上げた際的孫は、現在で言えば『アイドル歌手』の様な存在で、そのファンクラブの規模も当時大陸を席巻していた『張三姉妹』と肩を並べる程であった。当時の人々は、『張三姉妹派』か『尊娘々派(際的孫の愛称)』かで激論を交わし、時には乱闘騒ぎにまで到った。然し、その中で最も悲惨だったのは劉仲郷である。彼は際的孫のファンから妬まれ、時折執拗な嫌がらせを受けていたとの記録まで残されていたのだ。古今東西を問わず、嫉妬の情念ほど見苦しい物は無い 』  





※1:桃香達が住んでいた幽州は気候が寒冷で、然も酸性土壌の為に稲作には不適だった。当時稲作が盛んなのは益州・荊南(長沙郡など)・揚州等の長江流域。


  余談であるが、本作で桃香達の主食を『麦粥』にしたり、喜楽が酒造りの為に南方から米を取り寄せたのも、これらの事を踏まえた為。


※2:胡瓜、大根、人参などの野菜を、花椒(ホワジャオ)(山椒)や唐辛子を加えた塩水に漬けた中国の漬け物で、四川省(蜀)の名物料理の一つ。


  漬け汁を繰り返し使うことにより発酵し、野菜に独特の風味が付く。そのまま食べてももちろん美味しいが、炒め物の味付けとして使うのも美味しい。


※3:仏具の一種。鉢状になっており、縁を鈴棒(りんぼう)で叩いて音を鳴らす。


※4:旧式の木製風呂。風呂桶に風呂釜を取り付けた物で、煙突の付いた風呂釜の形状が鉄砲に似ていた為にそう呼ばれた。


※5:『御岳』とは鹿児島の名所『桜島』にそびえる活火山の事。火山の事を桜島と言われがちだが、正確には御岳が存在する島の事を『桜島』と呼ぶ。


  元は一つの島だったが、大正三年(1914年)の噴火により、大隈半島と陸続きになった。


※6:『俎』とはまな板の事。


  まな板に上がった鯉が何も出来ず料理されるしか道が無い事から、『この先の運命は相手任せにするより他に無い』と言う意味。同義語に『俎上の魚』がある


※7:火に油を加える⇒『もっと燃えろ』と言う意味で、日本語で言えば『頑張れ』か『ファイト』が妥当な訳になる。


※8:元は『美周郎』だが、『郎』は男を意味する言葉なので、本作ではオリジナルの『美周女』と言う呼称にする。


※9:未婚或いは既婚の女性に対する敬称の一つ。この場合だと『周さん』と言うニュアンスになる。男性の場合だと『先生』の敬称を用いる。


※10:日本で言う所の『アイドル歌手』の中文訳。

 ここまで読んで下さり、真に有難う御座います。


 さて、本当は今回一刀達と孫文台との対面にする積りだったのですが、その前に愛紗と星とのケリをつけようと思いましたので、あの様なお話にさせて頂きました。


 可也『ギリエロ』な内容にしましたので、表現に滅茶苦茶気を使いながらタイプを進めましたね。私はギリエロは書くの好きなんですけど、『モロエロ』は駄目な物でして。


 愛紗と星が決意を抱き、一刀に夜這いをかけるシーンは、PC無印版(18歳未満お断り)で、一刀が二人を相手どった話をイメージし、後は自分の脳内で話を組み立てました。


 そして、遂に愛紗と星も『仲間入り』を果たし、一刀の責任は膨れ上がる始末……。一刀め、もげてしまえ!(苦笑


 今回の話で、可也『言葉遊び』をしましたね。ピンイン変換サイトとか調べまくって、日本語の語呂に合う物に変えてと、骨が折れました。もし、楽しんで貰えたら、嬉しく思います。


 余談ですが、『薩摩弁』も変換サイトで調べました。もし、鹿児島の方が読んでて『おかしいなや?』と思われましたら、迷わずご指摘下さいませ。何せ、私は仙台人ですので、九州の言葉はわかんねぇんだべよ~!(苦笑


 実は、今回の『序』に当たる部分ですが、アレは昨日思い浮かんだ物です。次の章へのフラグを立てとくかと思って、あの様な話にしました。劉表のイメージは、幻の犬様から送られた物を使用させていただきました。CVイメージは青野武さんです。(書いてて、銀英伝のムライ中将をイメージしちゃいました)幻の犬様、真に感謝。


 あと、ラストの方の照世と冥琳の邂逅ですが、呉や冥琳のファンに申し訳ないんですけど、『横山三国志』のイメージにしています。今後この二人の関係はどうなって行くのか? 実は自分もまだ決めかねてる有様なんです。(汗


 また、他にも『やる夫が光武帝~』に影響を受けた物とかを入れたり、最後の方で前回特別幕間を寄稿して下さった家康像様への感謝の気持ちを込めて、尊娘々をまた登場させちゃいました。


 自分の脳内では、一刀をファイアーエムブレムのユニットにするなら『パラディン(或いはマスターナイト)』で、尊娘々は『ダンサー(或いはバード)』って感じにしています。ですから、今後彼女にも出番はまだまだ出てくると思います。


 さて、次回こそ、次回こそ……一心・一刀兄弟と『江東の虎』との対峙……一体どう話を持っていくか? 先ずはゆっくり考えながらタイプを進めようと思います。


 明日で照烈異聞録も連載開始から一周年。後何年で書き終えるのか、漠然とした不安を抱えつつ、これからも踏ん張って参る次第です!


 それでは、また~! 不識庵・裏でした~!!


追伸:根気が無いのに、良く一年もやれた自分がとても不思議だなぁ~!(汗

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