家康像様寄稿作品 特別幕間
ども、不識庵・裏です。私にとって親愛なる家康像様が、拙作の感想欄にとてもいいお話を書いて下さりましたので、これを感想欄に只埋めるだけでは勿体無いと思い、ご本人様からご承諾を頂き、今回投稿するに至りました。
自分としても、第二十九話の終わりから次の話の繋ぎに丁度良いと思いましたので、載せたいと強く思ったのです。
それでは、家康像様の寄稿作品をお楽しみ頂きたく存じます。
張闓、孫仲、高昇の三悪童が処刑された、その夜の事である。この世界では「際尊」と名乗っている、祭遵こと楚々は、すでに眠ってしまった兄を天幕において、一人こっそりと陽翟の市中に入ると、『とある物』の前まで行き、そこでたたずんでいた。
長い髪を夜風にまかせ、何かを眺めている楚々。彼女が眺めていたのは、『今日の昼までは、生きていた人間』だった三つの丸いものだった。空は晴天で満点の星空だったが、なぜか月は出ていない。
「あーあ…… 」
楚々はため息をついた。
「呆気ないよね。どうせ、ろくな死に方はしない人たちだと思ってたけど、こうやって見ると、本当に呆気ないよ…… 」
彼女はそう呟いた。
「それにしても、この人たち、本当に何がしたかったのかな? か弱い乙女の心を踏みにじって、そして、あれだけ大勢の人たちを操って、その何倍もの数の人たちを殺して、あれだけの数の人たちに迷惑をかけて…… 」
そう言っている彼女は現在、目の前にさらされている首たちに対して、怒りというよりは哀れみの目を向けていた。
「ほかにもっと、いい生き方があったはずなのに、どうしてかな? 」
彼女がそう独り言を言ったときだった。
「小僧。欲に溺れた者の末路は、だいたいそのようなものだ 」
楚々の耳に、小さく低い、それゆえに威厳のある声が耳に入った。もっとも、楚々以外に「生きている」人間のいない広場では、その声を耳にするものは皆無だったし、仮に人がいても、その声は聞き取れなかったであろう。なぜなら、その声を聞けるのは、この世界では楚々と「もう一人」だけなのだから。
それはともかく、声を聞いた楚々は、後ろを振り返った。
「あら。誰かと思えば…… 」
振り返った楚々の面前には、彼女にしか見えない半透明のうっすらとした人影が漂っていた。その人影は赤いボロボロの戦袍をまとい、左腰には大きな酒瓶を吊り下げた大柄な男だった。
「久しぶりね、王常さん 」
「フッ……。久しいな、弟孫 」
二人、いや、正確には一人と一体と呼ぶべきかもしれない。楚々の目の前に現れたのは、約二百年前、彼女と共に死地を潜り抜けた将軍の一人、王常だった。
彼は字を顔卿といい、かつては荊州に存在した盗賊集団の「緑林軍」の幹部だったが、後の光武帝・劉秀たちと共に反王莽の戦いを、この潁川で戦い、その後は盗賊出身とは思えない義理堅さで世を渡り、後には劉秀に帰順して、死ぬまで活躍し続けた人物である。(そのため、死後には『雲台二十八将』に『四将追加』した、『雲台三十二将』の一人として顕彰された)
「こんばんは、王常さん。はるばる、遠き泰山から、この潁川まで、よくいらしたわね 」
「なに、気まぐれでな…… 」
「そういえば、王常さんも、この潁川の出身だったね? やっぱり、貴方も故郷が恋しくて? 」
「ずいぶんと昔の話だ……。それより、弟孫 」
王常は話を途中で遮ると、自身の前にさらされている、三つの首に目を留めた。そして、言った。
「皮肉なものだな。死人であるお前は、何の因果か、再び生を受け、二百年ぶりに故郷の土を踏み、『大風歌』を歌った。逆に、この悪党どもは、今日までこの地に生きていたにも関わらず、俺たちと同じ、泰山の住民となった。生きて、故郷に帰ることはなく…… 」
そう言って、首を眺める王常。そんな彼に、楚々は語りかけた。
「皮肉と言えば、王常さん。あなたも、元々は『盗賊』だったのよね? 」
「ああ、その通りだ。きっかけこそ、些細なことに過ぎなかったが、それから俺たちがやったことの数々は、否定するまい。弱き者から襲い、奪い、殺す。これが、俺たちのやってきたことであり、そして、目の前の奴らがやったことだ」
「おかしいよね。元々は『同じ盗賊』なのに、貴方は『英雄』として名前を残し、こいつらは『悪人』として名前を残したのだもん。どこで何を間違えたのかな? 」
「さあな。一つ言えることは、『俺は、たまたま最後まで生き残った』。それだけだ。同じ緑林の連中も、兵卒ならともかく、幹部の連中は、ほとんどろくな末路を歩まなかったからな 」
そう言って、王常は話を一度打ち切った。
「王常さん 」
しばらくの沈黙の後、不意に楚々が口を開いた。
「なんだ? 」
「あのね、私、いい男の人を…… 」
「興味無いな 」
「あら、残念ね」
楚々の自慢話は、あっという間に打ち切られた。だが、楚々は懲りずに、独り言でも言うかのように語り続けた。
「でも、本当にすごく強い男の人だったのだよ? 立ちふさがる敵を、いっぱい蹴散らして。おまけに、この張闓の顔を見てよ。こいつの目に、見事矢を当てて見せたんだよ。なんでも、以前、あの仲郷さんは、こいつの毒矢にやられたとか。そりゃ、痛かったでしょうね 」
「矢が当たったら、どれだけ痛いかは、貴様もわかっているだろう? 」
「あ、うん。そうだね 」
王常の一言で、楚々は再び口をつぐんだ。前世で彼女は、王常と共に賊退治の戦いに赴いたことがあったのだが、その際、敵兵の放った弩の矢が彼女の口の中に入り、頬を貫通したのだ。
結果としては、その時、彼女がとった行動のおかげで、戦いには勝利したが、その後、碌な治療もせぬままに戦い続けたため、楚々は死ぬほど苦しい思いをしたし、何より、綺麗な顔を台無しにされてしまったのだ。
そのことを思い出すと、一度死んだ今でも簡単には忘れられないものである。
楚々は話を変えた。
「王常さん 」
「なんだ? 」
「王常さんがここに来た理由、本当はなんなのかな? まさか、こんな話をするためじゃないよね? 」
「フッ……。相変わらず察しがいいな 」
王常はさらされている悪党たちの首を眺めていたが、そう言って自身の首を軽く横に振ると、誰に言うでもないかのように言った。
「今日は、『陛下』の頼みで、『小僧』を一人連れてきただけだ。場所を変えるぞ 」
そう言うと王常は、三悪党の首にはもう興味が無いと言わんばかりに、ゆっくりと歩きだした。楚々はそれに着いて行く。県城をこっそりと出て、すでに寝静まった陣地内を歩き、やがて、静かな野原に出た所に入ったところで、王常は足を止め、呼びかけた。
「連れてきてやったぞ 」
彼がそう言う前に、楚々は『それ』を見た。そして、息をのんだ。
「肜ちゃん……」
そこにいたのは、長いさらっとした薄い茶髪の、小さな美少女だった。ただし、王常同様、半透明だったが。
「あ、おと…… 」
「なーに、肜ちゃん? 」
「あ、ううん。おかーさん…… 」
一瞬、楚々に黒い笑みが生じたことは、気にしないでいただきたい。それはともかく、肜と呼ばれた幼き幼女は、楚々の元へと走ると、その胸元に飛び込んだ。もっとも、「幽霊」のため、抱きつくことはできず、転んでしまったが。
「あはは、相変わらずだね、肜ちゃん!! 」
楚々は笑ったが、肜と呼ばれた幼女は、恥ずかしかったのか、ほっぺをむう、と膨らませた。そして、言った。
「もー、おかーさん。いつまでも、ゆーを、子ども扱いしないでよ! 」
そう言った直後、突然、肜の体が輝きだした。そして、またたく間に、その形を変えた。
「ボクはこの通り、ちゃんと生前に大人になれたのですからね? 」
光が晴れた時、幼女が立っていた所には、一人の成長しきった、ただし、ほとんど凹凸のない体型の少女の姿があった。頭には一本のくせ毛があったが、その体には、漢軍の鎧を身につけ、赤い戦袍を纏い、手には、三百斤(約六.六キログラム)の強い弓を持った、凛々しき姿である。
「あはは、そうだったね! わざわざ、会いに来てくれたんだ~ 」
「まったく。突然下界に降りるなんて、ボクたちが、どれだけ心配したとお思いですか? 『お義母様』も、本当に心配されておられましたよ? 」
そう言って、呆れたように肜が言ったが、楚々はまったく気にしていない。
「まあまあ、大丈夫だよ? お兄様も一緒なんだし 」
「ですから、いえ。もう、これ以上言っても聞きませんよね? 」
(ボソッ、ボクも一緒に行きたかった……)
そんなこんなのやりとりの後、肜は楚々に向かって言った。
「それより、せっかく潁川まで帰ってこられたのですから、一度、潁陽に立ち寄ってはいかがです? せっかく『大風歌』まで歌ったのですから…… 」
「うん、そうだね。よし、寄れそうだったら寄ってみる。何しろ、二百年ぶりだからね? 」
そう言ってほほ笑む楚々。それにつられて、肜も笑う。だが、非情にも、王常が声をあげた。
「時間だ。小僧、そろそろ帰るぞ 」
「え、もうですか? 」
がっかりする肜。しかし、帰る前に、できることはしておこうと、彼女は楚々に向かって急いで話した。
「それでは、お、『おかー様』。『お義母様』に何かお伝えすることは……? 」
「うーん。そうよねぇ。『こっちは楽しくやってるから、心配せずに、饅頭でも食べてなさい』って、伝えてくれるかな? 」
「はい。わかりました。あと、『陛下』にお伝えしたいことは? 」
「うーん、とりあえず、『あの二人よりも、樹莉さんをできるだけよこして』と、伝えてくれるかな? 」
「はい。そのままお伝えします 」
そう言った直後、王常が催促した。
「次孫。さっさと行くぞ 」
「は、はい! 」
直後、王常の「肜」の身体は、眩しい光に包まれ始め、それらは次第に分裂して小さなホタルの如く、飛び交い始めた。
「お元気で! 」
去り際に、肜の声が楚々の脳裏に響いた。
「うん。わかったよ 」
光が完全に消え去った後、楚々は兄のいる天幕へと、足を運んで行った。こうして、夜は更けていく。
家康像様、本当に有難う御座います。一昨年の年末頃から、家康像様の作品を気に入ってしまい、そこから一年チョイの付き合いで御座いますが、まさかここまでして頂けるとは、あの頃は夢にも思っていませんでした。
現在、家康像様は『恋姫†先史 光武帝紀』を執筆されており、拙作『照烈異聞録』は無論元ネタは『恋姫=三国志』即ち後漢末期のお話ですから、当然この世界の光武帝も存在していた訳です。
そこで、私は様々な中国の歴史や面白いお話を聞かせて下さる家康像様に最大限の敬意を払い、図々しくも家康像様が描く『光武帝紀』のお話の世界観を『照烈異聞録』の話より昔の物にした訳です。
家康像様の影響を受け、私も『やる夫が光武帝になるようです』スレッドを読み耽り、すっかり気に入ってしまいましたね~! 中々完全網羅とは言えないけど、読んでおいて損はないと思います。
ですが家康像様だけではありません。山の上の人様、高島智明様、ふかやん様、幻の犬様や世紀末雑魚様、烈火竜様と、この作品にキャラを貸して下さったり、或いはキャラクター案や、感想をお寄せくださる方がいるからこそ、自分の作品は成り立っていると思っております。
どれ、家康像様から良いお話をいただきましたので、これを次の話を書く原動力に変えたいと思います!
それでは、また~! 家康像様、本当にありがとうございました!