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真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第二部「黄巾討伐編」
29/62

第二十七話「黄巾落日『前編』 祭弟孫は下界に降り立ち、劉仲郷と及川佑は陽翟にて邂逅す」

 どうも、不識庵・裏です。今回の更新ですが、また一月以上も掛けちゃいました。黄巾落日とタイトルに銘打っていますが、実際はそんなに進展していません。


 後編の方へのフラグっぽい物は潜ませて居りますが、今回もグダグダでした……。私って、どうもお話を横道にそらす傾向が強い物でして、然もその横道も『濃く』しようって頑張るモンですから、気付けば文字数の残りがヤバイ状態に……。


 と、言うわけで今回は36000字を詰め込んだ照烈異聞録第二十七話ですが、最後まで読んでいただければ嬉しく思います。


 それと……今回の話を読む前に、私の盟友であり歴史の先生である『家康像』氏の『恋姫†先史 光武帝紀』の『祭遵外伝 其の一』を読まれた方が判りやすいかと思います。

――序――



 桃香・蓮華・翠の三人が、一刀との再会を果たしたその一方で、張曼成率いる南陽黄巾軍を撃破し、その残党を駆逐するべく青蓮こと孫文台率いる孫家軍は予州に入った。


 軍の士気は天を衝くほどに高まっており、彼女等は今すぐにでも潁川郡に向かおうとしていたが、丁度そこを待ち構えていたかの様に汝南郡太守趙謙(ちょうけん)からの文を受け取る。ぶっちゃけて、今風に言えば以下の様に書かれていたのである。



『そっ、孫文台殿ー!! 今こっちの方で、彭脱(ほうだつ)なる黄巾が大暴れしていて困ってるザマスーっ!! ミーは戦が苦手だし、ミーの部下や兵達にも強い奴はいないんザマス! 何とかミーを助けてほしいザマスーッ!! 』



 乱筆だらけの文面に、趙謙が如何に錯乱しているのかが窺えた。文を読み終え、青蓮は大げさに溜息を吐いてみせると、彼女は隣に控える縁こと程徳謀と冥琳こと周公瑾を見やる。そして、青蓮は二人にこの文を渡すと、二人は揃ってそれを読み始めた。少し時が経ち、二人が読み終えた頃合を見計らうと、青蓮は彼女等に意見を伺う。



「どうかしら? 縁、冥琳……趙謙殿は汝南に来てほしいと言っているけど、貴女達の意見を聞きたいわ 」


「そうねぇ……青蓮、本来ならば潁川を優先させるべきかも知れないけど、ここは汝南に向かった方が良いのではないのかしら? 」



 今、青蓮の事を真名で、然も呼び捨てで呼んだこの女性だが、彼女こそが程普、字を徳謀、真名を縁と言い、年齢は青蓮より一歳年上の三十九歳。青蓮の部下には、揚州や荊南出自者が大半で、そこに住まう者の特徴である褐色の肌をしている者が多数を占めているのだが、彼女は透き通るような白い肌をしていた。何故ならば、彼女は韓当と同じく幽州の出自だからである。


 若い頃は文武の鍛錬に明け暮れており、その甲斐あってか官に取り立てられると、様々な州郡の役人を務めた。やがて、彼女は職を辞し下野すると、各地を放浪し見聞を広める。その際、まだ長沙の太守にすらなっていなかった孫文台に出会うと、すっかり彼女と意気投合し参謀役を務めるようになり、現在は長沙別駕従事職及び孫家の筆頭軍師を務めていた。


 彼女の外見であるが、青蓮よりやや背が低い物の女性の方では長身の部類に入り、小奇麗に纏め上げた金髪に眼鏡をかけた知的な顔を持った熟女……もとい美女である。彼女は青蓮の娘達に学問や兵法を教える傍ら、改革路線を行く青蓮と保守路線を行く藍蓮こと孫静の調停役を任されていた。


 基本、縁も主君である青蓮と同じ改革路線の考えの持ち主だが、その一方で藍蓮こと孫静や張昭を始めとした保守派の意見にもキチンと耳を傾けていたのである。ここら辺が、彼女と若い周瑜や陸遜との大きな違いであったのだ。


 その縁が、意見を言い終わった頃合を見計らい、今度は彼女の隣に居た長い黒髪の女性が口を開く。この黒髪の女性であるが、彼女こそが孫家の次代を担う若手の筆頭格たる、周瑜(しゅうゆ)で、字を公瑾(こうきん)、真名を冥琳(めいりん)と言った。


 この冥琳であるが、彼女は青蓮の嫡子である孫伯符こと雪蓮と同い年の二十歳で、幼少の頃から行く行くは※1張良(ちょうりょう)か※2藺相如(りんしょうじょ)かと将来を嘱望されるほどの優れた才覚を秘めており、雪蓮とは幼馴染の関係であった。


 然し、基本は冷静な彼女であったが、やや血気に盛る等の感情的になり易い側面も持ち合わせていた為か、肝心な時に判断が狂ってしまい、時折縁や張子綱(ちょうしこう)(『江東の二張』の一人である張紘の事)からたしなめられる事もあった。



「青蓮様、私も徳謀様と同じ意見です。そろそろとは思いますが、潁川の方も決着が着く頃合でしょう。そんな状況で私達が向かった所で、活躍の場が余り無いかと。寧ろ、それよりは汝南の方を優先させ、逆に潁川の黄巾どもの逃げ道を塞いでやった方が有効的かと思われます 」



 眼鏡を掛けたその美しい瞳の奥に、知性の光を宿した彼女の言葉を受け、青蓮と縁は満足そうに頷くと青蓮はクスリと笑いながら二人に語りかけた。



「それじゃ、決まりね? 潁川に行く前に、まずは手土産として彭脱なる黄巾の首を上げるわよ。それと、劉徳然殿の義勇軍にも伝えておいて頂戴。我が軍は進路を変更し、汝南に向かうと 」


「「はっ! 」」



 こうして、奏香こと劉徳然の義勇軍を含めた孫家軍は、一路汝南に進路を変更すると、そこで暴れ回っていた彭脱率いる黄巾軍を散々に打ちのめす。そして、遂には西華(せいか)県にて彼の首級を上げた。この時、彭脱の首級を上げたのは他ならぬ甘興覇こと思春で、南陽にて義勇軍に出し抜かれた鬱憤をここで晴らしたのである。



「フンッ……黄巾の将とは言えども、所詮は雑魚にしか過ぎんッ! この私に掛かれば、首を取る事なぞ造作も無い事だ。さぁ、次こそ潁川だ……! 関羽に張飛とやら、待っているが良い。あの、関坦之なる糞餓鬼が『自分より強い』と抜かしていた貴様等の腕、この甘興覇が直々に試してやる! 」



 無表情の裏ッ側に、激しい嫉妬の炎を燃やす彼女であったのだが……以前も話したように、彼女は愛紗と鈴々に挑戦する所か、『トンでもなくオッソロシイ七人の野郎ども』に強烈なお灸を据えられる羽目になろうとは、この時は微塵に思ってもいなかったのだ。


 かくして、極めて短期間で汝南の黄巾の殲滅に成功した青蓮は、腰抜け太守の趙謙に喝を入れ、郡内の治安を徹底的に強化するように言い渡す。南陽、そして汝南の黄巾を駆逐した孫家軍の士気は天を衝くほどまでに高揚し、今度こそ軍を潁川に差し向けるのであった。


 



――壱――



  ――蒼天已ニ死ス 黃天當ニ立ツベシ 歲ハ甲子ニ在リテ 天下大吉――



 『黄巾党』の指導者『張角』、そしてその妹である『張宝』と『張梁』――彼女等三人を次の天に抱き、各地で蜂起した黄巾軍であったが、一時は大陸を席巻した彼等にも陰りが落ち始める。


 劉備を名乗る張闓率いる黄巾軍は陽翟(ようたく)を占拠し、その勢いで隣接する潁陽・潁陰の両県まで手中に収める物の、陽翟で淫楽に耽っていた彼に凶報が立て続けに届いた。


 最初の報せは、長社を再び攻め落とそうと向かっていた趙弘と韓忠率いる四万の軍が、鄒靖・盧植率いる官軍と戦い全滅。更にはその勢いを以って潁陰に攻め込まれ、そこの守りを任されてい孫夏が奮戦する物の、結局は城内に攻め入って来た官軍と乱戦に持ち込まれ、その最中討ち死にすると潁陰は官軍に奪還されたのである。


 次の報せは、潁陽の方も皇甫嵩・朱儁・曹操に攻め込まれると、同じくそこも奪還されたと言う物であった。潁陽を守っていたのは、張闓の悪童仲間の一人である卜己(ほくき)であったが、元々弱い者をいたぶる事しか能の無い彼は、官軍に恐れをなすとあっけなく降伏したのである。


 自分の身の安全を図り、何とか命だけは助けてもらおうと考えたこの悪童であったが、結局は無駄な足掻きに終わった。何故なら、強姦や略奪などの乱暴狼藉を働き、住民からの恨みを買っていたとの密告がもたらされたのである。



『何と言う卑劣漢ッ!! 貴様の様な畜生以下の下郎には、それなりに相応しい報いをくれてやろうッ!! 』


『な、何故だあっ!! 俺が無駄な抵抗をしなかったから、あんた等官軍は無傷では入れたんじゃないかよっ!! 』


『黙れ! 左車騎将軍であるこの皇甫義真、貴様の様な薄汚い輩と話す舌は持ち合わせておらぬっ!! 』



 こうして、卜己は怒り狂った皇甫嵩の手により市中において車裂きの極刑を課せられ、その遺骸は全て曝された。散々自分らを痛めつけていた、この悪童の寸断された無残な遺骸に、潁陽の住民は大いに歓喜したのである。



『この糞野郎! てめぇの所為で家族は皆殺しにされちまったじゃねぇか!! 俺の家族を返せ! 』


『何が黄巾の御世だ、この鬼畜っ! お前なんか、泰山地獄で東嶽大帝様からずーっと責め苦を受けてりゃいいんだっ!! 』



 彼らは一斉にばらばらにされた卜己の遺骸に唾を吐き掛け、挙句の果てには怒りの収まらぬ一部の者の手により、寸断された遺骸も鍬や槌等で細かく砕かれると城外にばら撒かれ、鳥獣の餌にされたのである。如何に、彼らの黄巾への怒りが大きかったのかが伺えよう。


 これだけでも、黄巾党の運命は最早風前の灯であると言うのに、更に極め付けがあった。何と、汝南郡を担当して暴れ回っていた悪童仲間の一人彭脱(ほうだつ)までもが、先日南陽において張曼成を破った長沙太守孫文台によって討ち取られ、その軍勢がここ陽翟目がけ西進して来たと言うのである。


 そうなってくると、張闓としても淫楽に耽っている訳には行かなかった。自分が思い描いていた構図とはまるっきり違う展開になり、それどころか自分の首が危うくなってきたからである。



「糞ッ、卜己と彭脱の根性無しがっ! あいつのお陰で、ここが丸裸にされちまったじゃないかっ!! オマケに趙弘、韓忠、孫夏の方だって、戦しか能の無い馬鹿ばかりだっ!! 何で、こうも上手く行かないんだよっ! 」



 陽翟の城下町の中にある、とある豪商だった人物の屋敷にて、事実上の首謀者である張闓が悪童仲間の孫仲と高昇相手に毒づいていた。駄々をこねる子供の様に、地団駄を踏んで喚き散らす彼に、二人は呆れを交えた視線をぶつける。余談であるが、張闓達はこの屋敷の元の所有者一家は惨殺した上にその財を略奪し、かろうじて生き残った娘たちは自分たちで散々弄んでから部下達にくれてやったのだ。



「おい、張闓さんよぉ。今更ああこう言ってもはじまらねぇだろうが? 現に、今もこうしてんだけで潁陽と潁陰に、東の西華からも官軍が攻め上がって来るんだぞ? オマケに、そん中にゃあ、あの『劉備』や『劉思』だっているんだ。あいつ等にまた遭おうモンなら、今度こそ俺らはあの世行きになっちまわぁ 」


「ああ、孫仲の言う通りだ。特に劉備の兄貴分の劉思だけでもヤベェって言うのに、その取り巻き連中が化け物揃いなのは、あん時楼桑村で思い知らされたろうがよ? 大体、黎陽の時だって気障野郎の趙空に右腕を、舐めて掛かった劉備に左耳を斬られたじゃねぇか? 」


「うっ…… 」



 高昇に指摘され、張闓は思わず右の腕を押さえ込む。あの時、黎陽における戦闘の際に、彼は雲昇の投げた槍に右腕を貫かれ、桃香の剣で左の耳を斬られたのだ。重傷を負わされた彼であったが、司隷に逃げ込んだ時に干吉(かんきつ)と名乗る正体不明の旅の道士に治療を受けて貰い、傷を癒してもらったのである。


 完全に体を治した張闓であったが、この怪しげな男を訝しむと同時に、高額の報酬を払えと言うのであれば殺してやろうかと罰当たりな邪心を抱いた。然し、干吉はそんな彼にボソッと一言呟く。



『悪しき事に使えば天罰が下りますよ? 』


『え……? 』



 思わぬ事を言われて、目を白黒させていた張闓であったが、その真意を問い質す前に干吉は笑い声と共に忽然と姿を消したのである。この出来事があってから、表向きは虚勢を張って見せた物の、もしやすると自分はまもなく首を取られるのではないのかと言う恐怖心に苛まされ始めていたのだ。



(……いや、何かまだ手はある筈だ! あのえせ(・・)道士の言う事なんぞ、所詮はまやかしにしか過ぎないッ!! )



 干吉に言われた事が再度己の脳裏に過ぎって来るが、張闓は頭を振ってそれを無理やり消し去ると、眉を吊り上げさせて孫仲と高昇を睨みつけた。



「孫仲、高昇、この期に及んで余りばたばたするな! 確かに、お前らの言う通り官軍どもはここに攻め入ってくるだろうさ。そうなりゃ、あっと言う間にここ陽翟は敵に囲まれ、俺たちは正に『四面楚歌』になるだろうよ! 」



 開き直ったかのような張闓の物言いに、思わず二人は呆れ顔になる物の、すぐさま彼らは気を取り直して張闓に詰め寄る。



「だったら、どうすんだよ!? お前悪知恵と舌先だけなら天下一品じゃねぇか? 」


「そうだそうだ! 元はと言えば、あの売れない芸人三姉妹が術使ってんの見たおめぇが、曹操ンとこから盗んだ『太平要術の書』を餌にあいつらを釣ったのが始まりじゃねぇかよ! 」



 二人に詰られ(なじられ)る張闓であったが、彼はニヤリと口角を歪めて見せると、邪悪そうな笑みを二人に向けた。



「ハッ! これから先、天下を狙う機会は幾らでもあるんだ。正直、『黄巾党』に固執する必要も無いんだしなぁ? それに、妖術を使えるのはあの三人だけじゃあないんだ。この広い中華の大陸だ、代わりはまだまだいると思うしな? だったら、あいつ等を官軍に売り渡して俺達はこの場からトンズラさせてもらうまでよ。精々、あの三人には『黄巾党』の象徴として、最後まで責任を取ってもらうまでだ 」


「成る程、流石は張闓様じゃねぇか。それなら、何とか上手くいけそうだな? 」


「ああ、全くだぜ。どうやら、皇天后土はまだまだ俺達を見放しては居なさそうだよな? 」


「そうさ、利用できる奴はトコトン利用して、俺達はそいつ等から甘い汁を頂く……このご時世を生き抜く上では当たり前の事だからな? 」



 やがて三人は、下卑た笑い声を高らかに上げると、彼等はこれからの事で大まかな計画を立て、来る日に備えて準備を進めようと結論付けると、休むべくそれぞれの部屋へと引き上げた。然し、皇天后土と泰山地獄の支配者たる東嶽大帝が、この悪童どもに裁きを下す日は徐々に近付こうとしていたのである。


 あの後、張闓だけは直ぐに眠れなかったのか、強い催淫効果のある薬を飲ませた数名の娘達を自分の部屋に呼びつける。


 性的興奮による効果で、頬をすっかり紅く染めた彼女らを彼は全裸に引ん剥くと、自身も丸裸になるや否や豪奢な寝台の上で『肉体の宴』を催し始めた。やがて、堕落しきった退廃的な宴も終わりを告げると、彼らは寝台の上や床の上で雑魚寝を始めたのである。




――弐――



 ここは張闓の夢世界。この世界の主たる張闓であるが、彼はそこでも全裸の女達を侍らせての酒池肉林を満喫していた。そんな中、一人の美少女が彼の前に現れると、彼女は恭しくこの悪童に傅く(かしずく)



『張・闓・様ぁ~~ン♪ 今日は私に『お情け』を下さいませんかぁ? 』


『おおっ…… 』



 その少女は美しかった。彼女のその美しさに、張闓の目は釘付けになってしまうと、彼は自身の体にねっとり纏わりついていた女達を邪険に払いのける。



『俺の『お情け』を欲しがるとは、生意気な奴だ。だが、お前ほど美しい奴なら特別『情』をくれてやろう! さぁ、さっさとその邪魔な物を脱げ!! 』


『はぁ~~い♪ 畏まりましたぁ♪ 』



 すっかり目を充血させ、鼻息を荒くさせた彼に言われると、彼女は片方の瞼を魅惑的にパチンと閉じて、ゆっくり焦らす様に着衣を解き始めた。



『おおっ、おおっ……焦らすな、早く脱げッ!! 』


『も~う、急かさないで下さいな♪ 『オンナノコ』は準備が肝心なんですからね? 』



 辛抱堪らんと言った風で張闓が大仰に叫ぶと、彼女は肩を露出させて『めっ』とやる様に返してみせる。その間、彼の『お粗末なモノ』は『臨戦態勢』に入ろうとしていた。


 そうしている内に、彼女は全て服を脱いで見せたが、何故か彼に背を向けている。両手で胸を隠す彼女であったが、形の良い小振りな尻を見せてはいたものの、張闓が一番期待している『二つの膨らみ』や、『女にあるべき物』を見せようとはしなかった。


 彼女の態度が腑に落ちなかったのか、張闓はやや声を荒げさせるが、対する彼女は可愛らしい含み笑いをするだけである。



『おい、何故前を見せない? それともそのまま後ろからされるのが好きなのか? 』


『クスクスクス…… 』


『おいっ、本当にいい加減にしろよ!? さもないと、そのままやっちまうぞ!! 』



 これ以上付き合いきれるかと言わんばかりに張闓が激昂すると、とうとう観念したのか彼女はゆっくり振り向きながら、胸を隠していた腕を放す。そして――彼女が張闓に『全て』をさらけ出したその瞬間。彼のにごった両目には衝撃の事実が曝け出された。



『はぁ~~い、お待たせしましたぁ~~♪ さっ、張闓様ぁ。私を『可愛がって』下さいねぇ~♪ 』


『おおっ……んなっ!? あ、ああああああああああ…… 』



 彼女の『全て』を見てしまった張闓であったが、言葉が出なかったのか彼は呻き声を上げるだけである。表情を見るからに、どうやら彼が期待していた物とは、可也斜め上の結果になったようだ。



『うふふふふふふふ……張闓様、ぜーんぶ見ちゃいましたねぇ(・・・・・・・・・)~? 『オンナノコ』の秘密を見ちゃった以上、張闓様には私自慢の※3『大牢』を全席(フルコースの事)でご馳走させて上げちゃうわね♪ 』


『あ、あがががががががががが…… 』



 未だに言葉が出ない張闓を他所に、彼女は小悪魔的な笑みを浮かべて見せると、丸裸のままでその場で勢いよく跳躍する。次に空中で一回転して見せると、彼女は声高に叫びながら張闓目掛け跳び蹴りを放った。



『喰らえーッ!! ※4超級(チャオジィ)愛國者導彈踢アイグゥオジュアタオダンティーーーッ!! 』


『あ、あああああ…… 』



 只々呆然とする張闓の視界には、見事に『ご開帳』された『彼女自身』と、そのすらりとした綺麗なおみ足が迫ってくる。しかし、そうしている内に彼女の足が張闓の顔面にめり込んだ。



『ンギャラバホベコボロォ~~~~ッ!! 』



 彼女の『超級愛國者導彈踢』を浴びると、正体不明の悲鳴を上げながら張闓は思いっきり弾き飛ばされ、器用にも空中で何回もきりもみ(・・・・)して壁に正面から激突する。そして、そのままずり落ちて床に落ちると、ピクピクと蠢くだけで何も言わなくなってしまった。



『フンッ、私達の故郷まで荒らしてくれたんだから、これ位当然の報いよね? さぁ~~てっと、夢の中とは言え余り介入し過ぎちゃうと怒られるからそろそろ戻ろうかな? アッ、そーだ。忘れる所だったなぁ~♪ 』



 そうぼやくと、『彼女』は先程脱ぎ捨てた服を再び身につけて、この腐れ悪童の夢の世界から消え去ろうとするが、ふと何かを思いついたかのようにクスッと悪戯笑いを浮かべる。そして、手を自身の足元にかざして見せると、そこからとある風景が鮮明に映し出され始めた。



『フフッ、泰山の先人達から教えて貰った通りにやったら、上手く行ったわね♪ さぁ~ってと、下界の様子はどうなってるのかなぁ? この前見た時は、『張三姉妹』って女の子達が、随分イイ歌を歌ってたんだよねー? あ~あ、私だったらもっとイイ歌歌って見せるんだけどなぁ~ 』



 こみ上げて来る衝動を抑え切れずに、彼女が食い入る様に映像を見始めると、陽翟に立て篭もる黄巾を始めとした、現在の下界の様子が映されていた。


 時折、彼女は『えいっ』と軽く掛け声を上げると、その映像は次から次へと場面が切り替わる。そんな彼女の姿は、今で言うならば、まるでお目当ての番組を探すべく、テレビのリモコンチャンネルを操作しているようにも思えた。



『えーと、これより少し前はどうなってるのかな……んんっ!? やだあっ、この隻眼の男の人中々カッコいいじゃなぁ~い! 』



 突然声を上げ、彼女は画面一杯に映し出された男の顔を興味深そうに覗き込む。それは漆黒の鎧兜に身を包み、桃香たちと楽しそうに談笑する隻眼の一刀であった。



『ふぅ~~ん、見た事も無い鎧兜を身に着けてるけど、中々似合ってるじゃない。おまけに、とっても強そうに見えるし、差し詰め『独眼竜』って感じかな? そ・れ・にぃ、何だか女の子にモテモテみたいだしぃ、ちょーっとからかってみたいかも♪ 』



 口元を猫のように丸くさせ、人差し指を頬にあてがいながら、妖しげな笑みを浮かべる『彼女』であったが、突然とある方から声が掛けられてきた。



『遵娘々、戻りが遅いと思って探して見たら、一体こんなとこで何をしてるんだい? 』


『えっ……? 』



 行き成り声を掛けられ、驚きの余り『遵娘々』と呼ばれた『彼女』が声のする方を振り返ると、そこには一人の少女が両手を腰に当てて眉をひそめている。その少女であるが、先日劉協や美羽の夢に現れた『あの少女』であった。


 少女の顔を見た瞬間、『遵娘々』と呼ばれた『彼女』は気拙そうに顔を顰めさせると、すぐさまその場で拱手行礼を行い己の非礼を詫び始める。



『申し訳ありません、私の故郷を荒らす愚か者に『報い』をくれんと、この者の夢の中で暴れてしまいました。本来であるなら、直ぐにでも主上の御近くに戻らねばならぬと言うのに、その主上御自らの手を焼かせてしまわせるとは……臣と致しましては真に不忠の極みで御座います 』



 さっきまでの『軽いノリ』は何処へ行ったのやら、神妙な面持ちで遵娘々は言葉を発した。然し、『主上』と呼ばれた少女の方は、やや不服そうに頬を膨らませる物の、呆れ顔で遵娘々が見ていた物を指差す。



『うーん、別にそれ位の事で大げさに謝らなくっても良いんだよ、遵娘々。それに、僕はもう『主上』と呼ばれるような立場じゃないんだからね? で――さっきから、一体何を見ていたのさ? 』


『う゛っ…… 』



 顔全体で『ヤバッ』と物語り、思わず硬直してしまった遵娘々を他所に、少女はずかずかと歩み寄ってくると、彼女の足元に映し出された物を見る。すると、怪訝そうに顔を顰めて、少女は遵娘々に訝しげな視線を送った。



『全く……また君の『悪いクセ』が出始めたようだね? いいかい、『遵娘々』。仲の良い男女や、顔立ちの良い男性とかをからかいたがる君の悪癖だけど、僕は現世にいた時からずーっと見てきた。泰山の住人になって、ようやっと大人しくなったかなぁとか思っていたら、これだものね? 』


『はっ、はい。申し訳ありません、『秀児様』…… 』



 始めて『秀児』と遵娘々から呼ばれ、少女は改めて一刀の顔をじっと見やると、再び遵娘々に語り掛ける。



『君が夢中になってみていたこの人だけどね、彼は名を劉北、字を仲郷、真名を一刀と言って、既に劉玄徳を始めとした何人かの女性と関係を持ってるんだ。考えてもごらん? その彼に、君までもがちょっかいを出したら、物凄く面倒な事になると思うよ? 』



 悟らせる様に、優しく語り掛ける秀児であったが、それに対し遵娘々は眉根を吊り上げると、毅然とした態度で言葉を返した。



『……お言葉を返しますが、秀児様。私とて、『雲台』に名を連ねた者の一人です。この劉仲郷なる隻眼の若武者ですが、嘗て秀児様の創業を支えた私達の様に、歴史に名を残すかも知れません。一体、彼がどんな道を歩むのか、生で見てみたいし……『肌』で感じてみたい。この際ですから、秀児様にお願い申し上げます。どうか、どうか私を下界に行かせて下さい(本当は、あの『自称天災児』の相手をするのに飽き飽きしていたのもあるんだけどねー ) 』


『遵娘々……(なっ、何だか、一瞬遵娘々から(よこしま)な気配がしたんだけど……気のせいかな? ) 』


『お願いです、秀児様ッ! 何とぞ、何とぞ私に機会をっ! 』



 キッと秀児の瞳を真っ直ぐ見据える遵娘々に、秀児は戸惑いを顔に浮かべる。お互いの間に少し気拙い雰囲気が流れていたものの、遂に折れたのか秀児は一つ溜息を吐き、軽く両肩を竦めて見せた。



『やれやれ……思い込んだら一途と言うか、顔に似合わず強情っ張りなとこはあの時のまんまだよね? 『遵娘々』、いや『祭弟孫(さいていそん)』に命ずる。僕を含めた皆の代わりに、下界へ行って劉玄徳達と接触するんだ。言っとくけど、一度下界に降りたら、再度人間としての寿命を使い切るまではこっちに戻れないからね? だから、それを忘れちゃ駄目だよ? (まっ、いいか? 遵娘々、可也自分を持て余していたし、僕が言えば茶柳と露々も納得してくれるはず……だよね? ) 』



 秀児の言葉に、遵娘々こと『弟孫』の顔がパアッと明るくなると、嬉しさで顔を綻ばせながら拱手行礼を行う。



『秀児様、あっ、有難う御座います! 』



 そんな彼女に、秀児は苦笑いをするが、直ぐに表情を引き締めると言葉を続けた。



『いいかい? 下界に降りても、彼女等への必要以上の干渉はしちゃ駄目だよ? 僕らに出来る事は『時に見届け、時に導く事』であって、けして『操る事』ではないのだから 』


『はいっ、肝に銘じておきます 』


『それと、連絡手段として僕達と君の心を繋げておくよ? 何か困った時があったり、逆にこっちから言いたい事があればいつでも『話す』事が出来るから 』


『判りました。でも、極力使わない様にしますね? 私も『雲台』の一員です。あの自称『天災児』の『露々』ちゃんに、『大した事無いのねー』だなんて馬鹿にされたくありませんもの 』


『な、何だか微妙に字が違うような気がするんだけど……まぁ、いいや。それじゃ、君を下界に送るよ? 極力君の都合のいい場所に送るし、もう一人補佐をつけるから 』



 そう言うと、秀児は遵娘々に歩み寄り、彼女の額に手を翳す。すると、次第に遵娘々の姿がぶれ始めた。一方の遵娘々であるが、自分の視界に移る秀児の姿が段々とぼやけ始める。そして、暖かさを含んだ彼女の声が脳裏に響いてきた。



『弟孫よ、そちの健闘を祈っておるぞ? 朕だけではない、他の皆も泰山よりそなたを見守っておるからな? 』


『有り難き幸せにて御座います、『帝』…… 』



 うっすらとぼやけた遵娘々の視界に写った秀児の姿が、頭上には冕冠(べんかん)を戴き、身には竜の刺繍が施された皇帝の正装を纏った成熟した美女の物に変わる。その姿を目にし、遵娘々は恍惚の涙を流すと、やがて彼女は光に包まれ、あっと言う間にこの場から消え去った。



『ふうっ……流石に、雲台に名を残せし朕の臣の中では、一際美しくそして一際苛烈な者だけある。あれだけ申しても、中々首を縦に振らなんだからな? 後は、弟孫が下界にて余計な騒ぎを起こさねば良いのだが……すぐに祭午も遣わせねばならぬな? 』



 皇帝姿の美女になった秀児がそうぼやいていると、ふと彼女の視界に先程の画面が入る。それには、満面の笑みの一心と熱い抱擁を交わす一刀の姿が映されており、人懐っこい笑みを浮かべる一心を見て彼女は懐かしそうに目を細めた。



『フフッ、『劉伯想』と申したよな? この漢、伯升兄上にどこか雰囲気が似ている。もし、この漢の様に兄上がもう少し優しく……そして思慮深いお方であれば、帝座についていたのは朕ではなく兄上だったのやも知れぬのにな? まこと、運命とは皮肉な物だ。劉伯想よ、朕にとっての伯升兄上の様に、良き兄良き父であり、そして良き道標として劉玄徳や我が子孫を導いて欲しいものだ…… 』



 そう呟いてみせると、秀児の姿が皇帝の物からいつもの少女の物に戻る。そして、彼女は名残惜しそうに手を翳すと一心たち兄弟が画面一杯に映った映像を掻き消し、自身もその場から立ち去って行った。この『秀児』であるが、下界に居た時は姓を劉、名を秀、字を文叔と名乗っており、彼女こそが一旦滅びた『漢』を蘇らせた『光武帝』その人である。




――三――



――遵娘々が下界に降りる数日前、長社の近郊にて――



「このーっ! 北の字よぉ、色男になって戻ってきやがってぇ!! 兄貴としては、嬉しい限りだぜ! 片目になっちまったが、良くぞ、良くぞ元気になってくれた! これからも宜しく頼むぞ、我が弟よ! 」


「イタッ、イタタタタタタタタッ! あ、兄上、痛いってば! 」



 あの戦いの後、義雲達と再会した一心であったが、彼らから右目を失明した物の一刀が生還した事を聞かされると、一心の方も我を忘れて一刀の姿を探していたのだ。やがて、黒風にもたれ掛って談笑する一刀たちの姿を確認すると、彼は矢も楯も堪らず満面の笑みで一刀に抱きついたのである。


 抱きつきながら、一心は一刀の兜の緒を無理やりに解くと、露になった彼の髪を鷲掴むかのように乱暴にかき回すが、されてる一刀の方も満更ではなかった様だ。そんな兄弟二人のやり取りを、桃香・蓮華・翠の三人が微笑ましげに見守っている。



「あ~あ、一心兄さんってば、まるで子供みたいだよね? 」


「フフッ、表向きはいつも通りだったけど、きっとお義兄様も気が気でならなかったのよ。この世で唯一血を分け合った兄弟だもの、一刀が元気になってくれて本当に嬉しかったんだわ 」


「そう言えば、一心さんってアタシから見ても『義兄貴(あにき)』になるんだよな? うーん、今度から『哥哥(クォクォ)(兄貴、兄ィ、兄ちゃんの意味)』って呼ばないと駄目かな? 」


「フフッ、確かにそうかもしれないよ。翠ちゃん? 」



 クスッと桃香が笑って見せると、蓮華も翠も彼女につられて軽く笑い声を上げ始める。



「うりゃあああああ~~~!! 『こぶらついすと』だぁ~~!! 」


「うぎゃあああああああっ!! あっ、兄上!! それはマジで痛い!! ギッ、ギブギブッ!! 」


「駄目だぁ~~!! 散々おいらや桃香達に迷惑をかけたんだ! これ位の事で勘弁してやると思ってんのかぁ~~!! 」


「あんぎゃあああああああああああ~~っ!! 」



 すっかり、自分より体格が逞しくなった一刀に対し、嬉々としながら一刀に教えて貰った『プロレス技』をかけて親愛の情を示す一心。一方、最初は暖かく見守っていた桃香達であったが、一刀が本気で『落ち』かけたのを確認すると、彼女らは慌てて一心を止めに入ったのである。




「あはははっ、一心兄さんったら、まーだやってるよ~? 」


「ね、ねぇ……何だか一刀の様子が可笑しくないかしら? さっきからピクリとも動いてないような気がするんだけど……? 」


「おっ、おいっ! ありゃあ、マジで『落ち』かけてる!! 一刀が白目剥き始めてるぞっ!! ちょっとぉ、哥哥!! これ以上は駄目だってばぁ~~!! 」


「ええ~~っ!? いっ、一心兄さん、これ以上はらめぇえええええええ~~!! 」


「えっ……って、うぉい! 北の字、再び『アッチ』に逝きかけんじゃねぇぞ! 」


「……生まれてきてスンマセーン…… 」



 実に危険な兄弟のじゃれ合いがあったが、これ以降翠は一心の事を『哥哥』と呼ぶようになり、一心の方も翠や蒲公英を妹同然に可愛がるようになった。



――四――



 長社で趙弘と韓忠を打ち破り、鄒靖こと菖蒲は総指揮権を盧子幹こと陽春に返還した。再び総司令官に戻った陽春は、士気が高揚している今が好機と判断すると、すぐさま潁陰を奪還すべく軍を向ける。そこを護るは、先程長社近郊にて打ち破った趙弘と韓忠の同僚で、『南陽黄巾軍』の一人である孫夏であった。


 総勢八万の兵で潁陰の城を取り囲み、陽春は幾度と降伏の使者を孫夏に送る物の、彼の返答は何れも『否』であった。結局、彼女は攻撃を命じたが、その際照世を筆頭とした軍師達は策を練り、兵の約九割を城の北門に集結させると、いかにもそこから総攻撃を仕掛けるかのように見せかける。


 然し、その一方で手薄になった他の門にこっそり永盛・紫苑・祭・そして小蓮を回すと、神業の射手たる彼等に矢文を放させた。この矢文であるが、以下の様に書かれていたのである。



『潁陰の諸君、自分達に理不尽な仕打ちを施した黄巾に憤れ! 自分達の愛する土地を、斯様な黄賊どもの好きにさせて良いのか!? 勃てよ民衆! 黄狗どもをこの地より追い出し、確かな明日への未来をこの手に取り戻すのだっ!! 』



 それは、黄巾の支配下に置かれている民衆の蜂起を促す檄文であった。波才を始めとした黄巾賊に自分等の住む地をいい様に荒らされ、正直潁陰だけでなく、潁川の民衆は強い怒りを抱いており、黄巾の御世等という寝言はもう真っ平だと思っていたのである。


 この檄文に、嫌々黄巾党に組み込まれた元守備兵を始めとした者達が刺激を受けると、それはたちどころに城下に広まるようになった。民衆は包丁なり棒切れなり武器を手に取ると、黄巾の幹部が立て篭もる内城に襲撃を掛けたのである。


 民衆から反乱を起こされ、守将孫夏は激しく動揺した。結局、彼は城の内と外に敵を抱える形になってしまったのである。城門に立てられていた黄巾の旗が燃やされ、代わりに漢の旗が再びそこにはためき始めると、陽春は完全な総攻撃を命じる。陽春率いる官軍は城内に雪崩れ込むと、遂には内城にまで突入し、そこで獅子奮迅の斬り合いを繰り広げていた孫夏を討ち取った。



『我こそは、南陽の孫夏なり! 我を倒せる者はおらぬのかっ!? 』


『ここにいるぞっ! せりゃあああああっ!! 』


『なっ、な、なんだとぉ……一撃で倒されるとは……趙弘、韓忠……我も貴様等の許へ逝くぞ…… 』


『賊将孫夏っ! 劉玄徳が家来、馬仲山が討ち取った! 』



 この時、孫夏を討ち取ったのが、かの『雑用将軍』こと『あの』固生である。哀れ、孫夏は己の武を振るう前に、固生が振るう朴刀の一撃で頭を叩き割られたのだ。この戦いで、固生は勲功第一に挙げられると、総司令官の陽春から三千銭の褒賞金を贈呈、拱手行礼と共に満面の笑みでそれを受け取ると、蒲公英は悔しさを顔に表して地団駄を踏む。



『固生殿、此度はお見事でした。賊将の首級を取った貴殿に、勲功第一として三千銭の褒賞金を進呈しましょう……この程度しか出せずに、真に申し訳なく思いますが、どうか受け取っていただけませんか? 』


『滅相も御座いませぬ、陽春様っ! この様な大金を賜り、まこと固生は果報者にて御座いまするっ! 』


『う~~!! 『ここにいるぞ』って、雑用将軍に蒲公英の決め台詞取られちゃったよぉ~~!! 滅ッ茶苦茶悔しい~~!! 』



 然し、そんな彼女を愕然とさせる出来事が更にあった。何故なら、固生は貰った報奨金を義勇軍の輜重を管理する松花こと簡憲和に全て渡したのである。



「松花殿、先程私が陽春様から頂いたこの褒賞金ですが、義勇軍の資金に回して下され 」


「え? どうしてなのよ、固生さん 」



 目を大きく見開き、小首を傾げる松花であったが、彼は口元に笑みを浮かべて言葉を続ける。



「そうですな……この黄狗どもとの戦も、もうじき終わりましょう。さすれば、この義勇軍も解散しなければなりません。その時が来れば、共に戦ってくれた同志達に対し、それなりに報いねばならないでしょう? ですから、その足しにして欲しいのですよ……ましてや、今年の春から挙兵して彼是半年以上経過しています。こちらの都合で、村に必要な男手を悪戯に振り回してしまいましたからな? 報償に回すべき金品は、少しでもあった方が良いと思うのです 」


「はぁ~~っ、流石は固生さんね。この簡憲和、固生さんには大変お見それしたわ! それじゃ、ご要望どおりに、このお金は義勇軍の資金として管理しておくわね? 」



 このやり取りを、物陰で見ていた蒲公英と翠であったが、それぞれ反応が異なっていた。翠の方は納得するかのように、腕組みしながら何度も大仰に頷く一方で、蒲公英の方はと言うとがっくりと落ち込む素振りを見せていた。



『見たろ、たんぽぽ。アレが母様が普段から言ってる、『真の将としての振る舞い』だ。お前も少しは固生を見習えよ? 』


『ガーン……まっ、負けた。色んな意味で『雑用将軍』に負けちゃった……。たんぽぽだったら、三千銭のお金があったら色々使っちゃうのになぁ~~ 』



 そうぼやく蒲公英であったが、突如彼女の頭上に翠の拳骨が叩き落される。



『イツッ! 翠姉様、なにすんのさ~~!! 』


『ったく、そんな事ばっか言ってるから、無駄遣いや哥哥との博打で小遣いがなくなるんだろうが! たんぽぽ、これから特訓だ! お前の性根を叩き直してやる! 』


『うにゃあああああ~~っ!! それって、たんぽぽのお小遣いと何か関係あるの~~~!! 』



 鬼の形相でそう叫ぶと、翠は蒲公英の右耳を摘むと、大声で喚き散らす彼女を何処かへと連れ去って行ったのである。余談ではあるが、この後夕飯時に合わせ翠と蒲公英が戻ってきた物の、この時蒲公英はすっかり魂が抜けきっていたかのようになっており、誰も彼女に声を掛けようとはしなかった。


 こうして、潁陰の奪還に成功した彼等は、今度こそ黄巾を滅ぼさんと陽翟へと軍を進めたのである。然し、そんな状況に冷や水をかけるような出来事が起ころうとは、まだこの時は予想もしていなかったのだ。



――五――



『何と、あれだけ国を騒がせていた黄巾どもが最早風前の灯となっ? こうしてはおられぬ、かくなる上は、妾も軍を出すぞっ! 国賊を討伐するは、大将軍たる妾の役目じゃからのう~! ……然し、どうも良い手駒が妾の手元に居らぬ……そうじゃ、西涼から馬騰と董卓を呼び寄せれば良いではないか! 』



 各地を転戦していた討伐軍が、遂に黄巾賊を陽翟まで追い詰めたとの報せが帝都雒陽に届くと、今更ながら何進がその重すぎる尻と腰を上げる。図々しくも彼女は、このどさくさに紛れ最大の戦功を手にせんと目論むと、今上帝劉宏に奏上し涼州刺史董仲穎に武威太守馬寿成を大至急帝都に呼び寄せたのだ。


 最初は難色を示していた董仲穎こと月と馬寿成こと琥珀であったが、勅令とあらば従わざるを得なかった。彼女等は、涼州の守りを琥珀の義弟韓文約こと韓遂に任せると、不承不承帝都に向けて軍を出立させたのである。


 一方の何進であるが、彼女は到着した二人に諸手を上げると、歓待の宴を催し彼女等のご機嫌を取った。何進には他の思惑もあった。何進は、前々から自分の意のままに動いてくれる臣下と兵を欲していたのである。最近、彼女は妹との関係が少しこじれて来てしまい、おまけに十常侍との関係も実に最悪であった。


 何れ、自分は何らかの口実を付けられて処分されるのではないのか? 然し、自己保身をしつつも自身の権力を更に高めたい。そうなれば、当然出来る部下や強兵を欲するようになる。そんな彼女が、咄嗟に身勝手な白羽の矢を立てたのが、西涼で最強の呼び名が高い馬騰と智勇に優れた家臣団と精強な私兵を従えた董卓であったのだ。



『フフッ、取り敢えずこれで妾の身の安全は確保できた……黄巾どもを制圧した後は、馬騰と董卓に何か適当な官職を与えて都に残しておけば問題ない……精々、二人には妾の為頑張ってもらうとするか? 』



 そう内心でほくそ笑むと、厚顔無恥な彼女は図々しくも董家と馬家の軍勢に、彼女等の配下の将を腰抜け揃いの官軍に編成させる。彼女のこのやり方に、琥珀と月だけでなく、彼女等の家臣からも早速不平不満が出始めていた。



「全く、一体何考えてんのよっ、何進って奴は!? これじゃ、まるでボクたちがアイツの私兵扱いじゃない!! どうやらあのオバハン、化粧だけじゃなく面の皮も厚いみたいだわ…… 」


「え、詠ちゃん……誰が聞いてるか判らないから、余り大声を出さない方がいいよ…… 」


「そうね、月の言う通りだわ。詠、気持ちは判るけど、今は何進の言う通りにした方がいいわね? 下手に逆らえば、私たちに火の粉が飛んでくる羽目になるわ 」


「判りました、琥珀様……。でも、月も琥珀様も何進には気をつけた方がいいですよ? 役職に見合う能力も無い癖に、狡賢さだけなら一人前なんですからね? 」


「うっ、うんっ。判ったよ、詠ちゃん…… 」


「そうね、ある意味何進は油断できない相手……私も気をつける事にするわ…… 」


(若しかすると、この戦が終わった後も何進は私達を手放しそうには思えない……かくなる上は、何進の人質にされるのを避ける為、翠や蒲公英だけでなく、他の子供達も一心殿に預けた方が無難かもしれないわね? あの『厚化粧』に気取られぬよう、(ルオ)(馬休)と(ソウ)(馬鉄)も呼び寄せた方が良いかもしれないわ…… )



 見るからに落ち込んでいる月を慰めるべく、詠があれこれと彼女に言葉をかけている一方で、琥珀は一人思慮に耽る。正直、琥珀も何進を信用しておらず、下らぬ朝廷の政争劇に自分の家族を巻き込みたくなかったのだ。この時彼女が抱いた思惑が、後に翠達を救う結果となる。


 約十日後、総勢約十万に膨れ上がり玉石混淆と化した何進の軍勢は、帝の名代として陽翟へ向かった。思えば、何進がまともに大将軍らしい軍事行動を起こしたのも、今回が初めてだったのである。



(ふむ……軍を動かしたは良いが、今陽翟を取り囲んでおるのは皇甫嵩を始めとした戦巧者どもじゃし、付け加えて奴らより優れた曹操に孫堅までもおる……。これ以上、彼奴等に手柄を取らせるのも癪じゃし、ここは一つ釘を刺して置くとするかのう? )



 そう勝手に結論付けると、愚かにも何進は皇甫嵩・朱儁・盧植・鄒靖に対し、こちらが陽翟に到着するまで防戦以外一切の軍事行動を禁ずる命令を下した。余りにも愚か過ぎる何進の命令に、諸将は天を仰ぎ盛大な溜め息を吐いたものである。



『陽春様ぁ……これまで国の為頑張って来たけどもっしゃ。流石にあだしも我慢の限界だぁ、こん戦が終わったらあだしは下野します 』


『気持ちは判るわ、菖蒲……。だけど、まだ時期尚早。頃合を見計らねば、かの韓信の様に粛清される恐れもある。桃香達に累が及ばぬよう、慎重にならないと。もし、その時が来れば、私も貴女と行動を共にしましょう…… 』


『陽春様、それは真でごぜぇますか!? もし、そん時が来れば、あだしは桃香さんの家来になりたいっちゃよ! 』


『うふふ、貴女もそう考えていたの? 実はね、私も貴女と同じ事を考えていたのよ 』



 そして――これまで何とか漢の為と踏ん張ってきた陽春と菖蒲であったが、流石の彼女等も愚かな『厚化粧』に堪忍袋の緒が切れたのか、『頃合を見計らって下野しよう』と密かに決意を固めるのであった。




――六――



 予州は潁川郡陽翟県、現在ここを総勢約二十万に達する黄巾討伐軍がその城を取り囲んでいた。


 『皇甫(左車騎将軍)』、『盧(北中郎将)』、『朱(右中郎将)』、『鄒(北軍中候)』


 『孫(荊州長沙郡太守)』、『曹(兗州陳留郡太守)』、『公孫(幽州遼東属国長史)』


 『劉(楼桑村義勇軍)』、『劉(樊県義勇軍)』


 と、官軍・義勇軍併せて九つの旗が翻っていた物の、彼等は城を取り囲むだけで、そこから微塵だに動こうともしない。


 何故なら、先程も言ったが『肉屋大将軍』たる『厚化粧の何進』が、自分が到着するまで軍事行動を起すなとの厳命を下しており、彼らはそれを遵守せざるを得なかったのである。


 それに付け加え、打ち合わせをする為の軍議をする事や、他の陣に挨拶に伺うなどの交流目的の行為も『軍事行動』に該当する為、本当に何もする事ができなかったのだ。このはた迷惑な命令のお陰で、孫姉妹を始めとした孫家の人間も、孫家軍が来ている事を知りつつも合流する事が叶わなかったのである。


 然し、そんな状況下にも拘らず、雪蓮と祭は変にお気楽な雰囲気で酒を飲んで過ごす様になると、小蓮はこっそり抜け出そうとする所を明命に捕まるのを繰り返すようになり、蓮華は蓮華で開き直ったかのように読書や武芸の鍛錬をして時を過ごしていた。



『まっ、本当は会いたくないんだけどさ、母様なら何時でも会えるんだし。先ずはお酒でも飲んで過ごそっか? と言う訳で、祭。干杯しましょ♪ 』


『策殿、これで本日五回目の干杯ですぞ……まぁ、儂も満更ではないですがなぁ? 』


『しめしめ……誰にも見つかってないや。流石の明命も、今回ばかりは判らないよね? 』


『そうは問屋が卸さないのですっ、小蓮様ッ! 大人しく、お戻り下さい! 皆に迷惑をかけてしまうのですっ! 』


『あ~あ、また捕まっちゃったぁ~~! ちえっ、面白くないのー!! 』


『ふうっ、流石は『臥竜鳳雛』と謳われた朱里と雛里が薦めてくれただけはあるわね? この『韓信の股潜り攻めと項羽の四面楚歌受け』の物語……とても『奥深い(・・・)』わ……どうしよう、益々嵌っちゃう自分が怖い……ううっ、一瞬『雲昇老師の神槍攻めに一刀の馬上受け』を想像しちゃったわ。ゴメンネ一刀、雲昇老師…… 』



 他の者達も、陽翟に立て篭もる張闓や黄巾達に目を光らせつつ、時が来るまでの間武芸の鍛錬や学問に励み、自身に磨きを掛けていたのである。そんな最中、桃香は一人陣中にて読書に勤しんでいた。学問や兵法の書物は言うに及ばず、時には大衆向けの小説や、朱里や雛里から借りた『艶本』、それも『男性間的恋愛物』をこっそりと読む事もあった。



「う~ん、この『范増(はんぞう)受けの樊噲(はんかい)攻めによる鴻門の会』の話も面白いんだけど……こっちの『雲台二十八将』の話の方が断然良いよね? 」



 然し、桃香の場合、どちらかと言えば『艶本』よりも、歴史上の人物を題材にした創作を読むのを好む傾向が強かったのである。現に、彼女が今読んでいる物も、光武帝の偉業を支えた家臣団である、『雲台二十八将』を題材にしたものであった。



「なーんか、皆を見てると、光武帝を支えた『雲台二十八将』と被っちゃうんだよね♪ さてと……今度も雲台筆頭『鄧禹(とうう)』のお話を読もうかな? 」



 独り言を呟き、読書を始める桃香であったが、暫くしてから彼女の傍を道信と喜楽が通りかかる。興味を惹かれたのか、彼等はそのまま通り過ぎようとせずに、彼女に話しかけた。



「おや? 桃香殿、何を読まれているので?」


「おっ、桃香ちゃん読書かい? 」 


「ひゃうわっ!? あっ、道信老師に喜楽老師じゃないですかぁ~? もうっ、びっくりさせないで下さいよぉ~ 」



 驚きで思わず大声を上げてしまい、桃香は二人に目を向けると、喜楽が下世話な風で顔をにやつかせながら尋ねてきた。



「……まさか、朱里ちゃんや雛里ちゃんに感化されて、北の字君の世界で言う所の『びいえる』じゃあないよねぇ……? あの二人の影響で、我が軍の女性陣の間では、『男性間的恋愛本』が大流行してるしなぁ~? 雲昇殿とか壮雄殿に、北の字君まで良いネタにされてるしなぁ~ 」


「あー……喜楽、確かそれは『うほっ、好い漢!』とか、『アッー!』とか言う台詞が出てくる話だったか? それに関して、照世は余り感心できた物じゃないと呆れていたぞ? 」


「違いますよぉ~。光武帝の功臣『雲台二十八将』を題材にしたお話ですってば。与太話でもいいから、何か勉強になる話はないかなぁって思って読んでいたんですよ 」



 頬をプクッと可愛らしく膨らませて、桃香が抗議すると、道信と喜楽は顎に手をやり感慨深げに頷く。



「ほう、『雲台二十八将』の話でしたか……これは失礼をば致した、桃香殿 」


「いやいや、これはしたり……俺が悪かったよ、桃香ちゃん。えーと、その『雲台二十八将』だが、何れも優れた人物揃いだ。北の字君の言葉借りりゃ、正にあいつ等は『ちーと』だよ。俺たちなんざぁ、彼等の足元にも及ばんさ 」


「ああ、全くだな。恐らく、照世や義雲殿達も同じ事を言うやも知れないぞ? 」


(あのー……老師達も十分『ちーと』なんですけど……自覚してないのかな? )



 この二人の軍師が言った言葉に、内心突っ込む桃香であったが、すかさず喜楽が尋ねてきた。



「で、何か気になる人物でも居たかい? 」


「はい、えーと、雲台筆頭の鄧禹なんですけど、この人って凄いですよね? 幾人もの優れた人物を主君である光武帝に推挙しただけでなく、優れた智謀の持ち主で、かの高祖劉邦を支えた張良や、孔子の高弟であった顔回に匹敵するであろうって、書かれていますよ? 私たちの方だったら、照世老師や朱里ちゃんがそれに当て嵌まるんじゃないんでしょうか? 」



 桃香の意見に、道信と喜楽は思わず複雑に顔をしかめる。思わぬ彼らの反応に、桃香は小首を傾げてしまった。



「『鄧禹』か……照世と朱里が、『あの鄧禹』……うーんチョットなぁ。その本に書いてある事を、鵜呑みするのはやめた方が良いと思うぞ、桃香殿。今の話、照世が聞いたら、下手をすれば怒るかも知れない 」


「道信、照世の事だ。多分怒りはしないが……まっ、アイツの事だから笑って済ませるだろう。然し、照世と朱里ちゃんが『あの鄧禹』か、『あの鄧禹』ねぇ…… 」



 少しうなって見せてから、二人は苦笑を交えながら語ると、意外な二人の反応に桃香は動揺を隠しきれなかった物の、彼女は恐る恐る彼らに鄧禹の事を尋ねる。



「え? あのー、鄧禹ってどう言う人物なんですか? 」


「そうだなぁ……確かに鄧禹は優れた人物だ。もしやすれば、後漢最初の丞相か、或いは相国の職に就けたかもしれない。けどね、桃香ちゃん。照世が自分をなぞらえてるのは、かの楽毅と管仲なんだよ。少なくとも、鄧禹をなぞらえてるって話は聞いた事が無いんだよねぇ…… 」


「ああ、鄧禹の最大の功績は、人材発掘能力にはある。然し、その反面兵法は……恐らくだけど、雲台二十八将一の問題児呉漢や、かの功臣馬援より大きく劣るだろうね? 」


「えーっ? そうなんですか? この本には『神算鬼謀の持ち主』とも書かれていましたよ? 」


「そりゃあ、後世の物書きが面白おかしく脚色しただけさ。まぁ、照世の場合だと人を見る目や行政能力では鄧禹に劣ると思う。けど、戦の采配や策略を練る面では、手前味噌だけど照世の方が遥かに勝ってるだろうね? 仮に強いてあげるなら、その鄧禹に※5馮異(ふうい)を足して二で割った感じが一番近いかも知れないな? 」


「同意見だな、それに関しては。何せ、今でも私達はアイツに嫉妬する事もあるしな? 」


「全くだ、どうやったらいつも余裕かました表情でいられるのか、秘訣を教えてほしい物だぜ? 」



 両者ともウンウンと頷きながら言うと、呆然となりつつ桃香は言葉を発した。



「ほぇ~~~、あ、今のお話。一刀さんの言葉で言う所の『おふれこ』にしときますね? 」


「ああ、宜しく頼むよ。アレでも照世は怒らせると怖いしね? 」


「そうだな、アイツを怒らせたら……ううっ、一気に酔いが醒めちまったよ 」



 わざとらしく、喜楽が寒がる素振りをしてみせると、たちどころに三人は愉快そうに笑い声を上げる。然し、行き成りとある方から若い女の声が飛んできた。



「鄧禹って、あの鄧禹でしょう? 恐れ多くも、天下に名が知られてる『幽州の三賢人』の一人諸葛然明と『臥竜』諸葛孔明を、あの『自称天災児』なんかと比較したら、それこそ本人達に失礼だと思うわよ? 」


「へ? 」


「え? 」


「は? 」



 突如飛んできた声に驚き、三人が声のする方を向いてみると、そこには二人の人影が立っていた。一人は、身の丈八尺数寸(約百九十センチ)程の筋骨隆々とした体格の巨漢で、体格に見合った強面の持ち主であったが、妙に体をクネクネさせており、これには桃香だけでなく冷静な道信と喜楽も動揺を露にする。



「この二人の漢、知性的な瞳がとってもいい感じねぇ~~ん! ウッウ~~ン! ※6極好(ジィハオ)~~ン!! 」


「うっ、うっわー…… 」


「ううっ……何だ、この面妖な男は……おい、喜楽。これは義雷殿か義雲殿を呼んだ方が良いんじゃないのか? 」


「あ゛~~っ……確かに何モンかは知らんが、君の言う通りかもしれないな? 義雷殿か義雲殿に頼んで叩きだした方が良いかもしれない、コイツのおぞましい顔を見続けると、正直悪酔いしちまいそうだ 」


「ちょっと、兄さんってば。行き成りしゃしゃり出ない欲しいんだけど……思いっきりみーんな引いてるわよ? 」


 そして、もう一人の方であるが――桃香よりやや背が低い感じの娘で、体つきもほっそりとしている物の、漂わせる雰囲気はとても女らしかった(・・・・・・)


 腰まで伸ばした菫色の髪はさらさらしており、頭髪と同じ色の瞳は好奇心に溢れていて、我々の世界で言う所のアイドルのステージ衣装のような服を着ている。恐らく、彼女が先程の声の主であろうか? 彼女はにっこりと笑みを浮かべると、気さくな風で話しかけてきた。



「ごめんなさいね? 行き成り声を掛けちゃって。実はね、私達旅芸人なの。ここの義勇軍の皆さんに、私達の芸をお見せしたいなぁって思っていたから、代表者の方を探していたんだ 」


「え……? はい、私がここの義勇軍の代表ですけど……? 」


「え~~っ!? それじゃ、貴女が劉玄徳さん!? 良かったぁ、貴女にお会いしたいと前々から思っていたの! 私は際尊(さいそん)って言うの、字は的孫(てきそん)! 的孫って呼んでね? 」



 未だに戸惑いを隠せぬ桃香を他所に、的孫と名乗った少女は満面の笑みを浮かべて見せると、馴れ馴れしく彼女の手を握る。そして、的孫の後ろに控えていた筋肉男が、外見とは似つかわしくない上ずったオネエ言葉で名乗りを上げた。



「アタシは的孫の兄で、際武(さいぶ)、字は高伯って言うのぉ~~ん♪ う~~ん、玄徳さんって結構可愛い娘ねぇ~~ん、極・好~~ン♪ 」


「は、はぁ……どっ、どうもありがとうございます……。そっ、それじゃ、詳しいお話を聞きたいと思いますから、天幕の方まで来て下さい…… 」


「ありがと~! それじゃ、詳しいお話をしちゃうからね? 」


「ん~~! さっすが劉玄徳さんねぇ~ん♪ 妹もろともぉ、よろしくねっ!? 極好~~ン♪ 」 



 オカマの兄貴に美少女の妹と、このとても釣りあいの取れぬ兄妹にすっかり中てられてしまうと、桃香は二人を天幕の方へ案内したのである。然し、その一方で道信と喜楽は互いにげんなりさせた顔を向け合った。



「なぁ、喜楽。アレが本当に旅芸人なのか? 妹は判るのだが、兄の方に到っては、どこからどう見ても怪しい奴にしか思えんのだが…… 」


「あぁ、確かにそうだな? 然し、これに関しての決定権は俺達には無い。後は桃香ちゃんが決める事さ……あ~っ、何だか一杯引っ掛けたくなってきた。道信、付き合ってくれんかね? 」


「そうだな、私も同じ気持ちだ……今日は酒を飲んで早目に寝るとするか…… 」



 二人はそうぼやくと、あの怪しい旅芸人兄妹に何か引っ掛かる物を感じつつ、一杯引っ掛けるべく自身の天幕の方へと引き揚げたのである。



――七――



――桃香達が、旅芸人の際兄妹を迎え入れたその一方で、曹操こと華琳の陣にて――



「うわっ! 」


「帰れ帰れっ! 貴様のような薄汚い浮浪者は真っ平お断りだっ!! 」


「そうよっ! 幾ら曹孟徳様が人材を欲していても、アンタのような薄汚いドブネズミ以下の男を受け入れる訳無いでしょう!? 」


「イツツツツツ…… 」



 突然上がった怒号と共に、一人の男が本陣の天幕から叩き出される。垢まみれになった彼の体からは、何とも言えぬすえた臭いを発しており、頭髪もぼさぼさの上で顔の方も無精髯に覆われていた。


 痛そうに顔を顰めながら、男が打った箇所をさすっていると、天幕からは凄まじい怒りの形相の夏侯元譲こと春蘭と続いて荀文若こと桂花が出てきた。二人の顔を見上げ、男は何とか言いつくろうとするが、対する彼女等は完全に取り合わぬと言った風である。



「行き成り何をするんですか……キチンと、許子将先生からの紹介状を携えてきたと言うのに、門前払いとはあんまりじゃないですか? 」


「黙れッ!! 我が曹家軍に、貴様の様な汚らわしい男など要らぬっ! 」


「そうよ、判ったのなら、さっさと故郷に戻る事ね! どうせ、その紹介状も偽物でしょう!? 大体、アンタみたいな男が近くにいる事だけでも不愉快だわ!! 」



 確かに、自分の身なりがみすぼらしいのは判るが、ここまで罵るのは理不尽ではないか? そう思うと、男はボソッと自身の本音を口に出してしまった。



「やれやれ……『曹家の大剣』を自称する夏侯元譲殿と『王佐の才』の呼び名が高い荀文若殿だが、所詮は『匹夫の勇』に※7『用管窺天(ようかんきてん)』にしか過ぎなかったか……この様な人物を従えてるようでは、曹孟徳殿の器量も大した事は無さそうだな? 」



 普通に口を吐いてしまった本音であるから、当然しまいこむ事も出来ない。恐らく、春蘭と桂花にも聞こえていたのだろう。途端に、彼女等の頭から角が生え始めた。春蘭は愛剣『七星餓狼』を鞘から抜き放ち、桂花は陰湿そうに顔を歪めさせてみせる。



「貴様ァ~~~!! 我らが主君と仰ぐ華琳様まで愚弄するだけでなく、『曹家の大剣』たるこの夏侯元譲を『匹夫の勇』だとぉッ!? もうっ、勘弁ならんッ! さっさと立ち去れば見逃してやろうと思っていたが、ここまで言われた以上捨て置けぬっ! 我が『七星餓狼』の錆にしてくれるっ!! 」


「きぃ~~っ!! 無知で無能で無力な上に、女に精液を注ぎ込む事しか取り得の無い男が、私の華琳様を『大した事が無い』ですってぇっ!? これだけでも十分死罪に値するのに、華琳様から筆頭軍師を命ぜられたこの荀文若を『用管窺天』だなんて、生かしておけないわっ! こうなったら……まだ華琳様は陣中の視察から戻ってきていないようだし、いいわ。春蘭ッ、構わないっ! こんな男さっさと殺っちゃいなさいよっ!! 」


「貴様に指図されるのは癪だが、この男を殺す事に関しては同意見だ! 華琳様への暴言、そして武人たる私の誇りを穢したその罪、東嶽大帝の御前にて詫びてこいっ!! 」



 そう叫ぶや否や、春蘭は凄まじい速さで七星餓狼を振り下ろす。剣を振り下ろした春蘭自身も、彼女の後ろの桂花や周囲に従えてる曹家の兵士達も、みんな誰しも彼の死を確信していたのだが……次の瞬間、彼女等は信じられない物を目にした。



「全く。こっちの話を聞かずに追い出しただけでなく、思わず本音を言ったからってお手打ちにするとは、正直感心出来ないなぁ? 」


「なっ、何だとぉ!? 」


「嘘ッ……あ、あの『脳筋春蘭』の一撃を受け止めたですってぇ? 」



 何と、男は左手に逆手で構えた短刀で七星餓狼の一撃を受け止めていたのである。然も、その短刀自体には特別な拵えがされており、七星餓狼の刃を受け止めた部分が鋸歯のようになっていたのだ。自分の一撃を止められた事に信じられなかったのか、春蘭は半狂乱状態で喚き散らす物の、対する彼は冷静に言葉を返す。



「ばっ、馬鹿なっ!? 私の剣を受け止められる者など、ここら辺ではいなかったと言うのに!? 」


「その思い込みが、君の判断を狂わせたんだよ夏侯元譲殿。この短刀だがちょっと特別でね? 私の様に、人殺しを嫌う奴が持つには打って付けなのさ。こんな風にねっ! 」


「なっ! 」



 そう叫び、男は短刀を持った左手を少し動かすと、春蘭の手から七星餓狼をもぎ取り、それを思いっきり蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた七星餓狼は、何処かの方へと転がされてしまい、呆然となってしまった春蘭と桂花に男は軽蔑の眼差し(まなざし)を向ける。



「やれやれ……曹家の武と智の筆頭格と謳われた君達を見て、曹孟徳がどのような人物かは十分に理解できたよ。君達は、散々私を馬鹿にしてくれたが、私から見れば君達は何れも猿同然だね? 再見的事也會沒有ツァイツェンダジィイェフイメイヨウ(二度と会う事も無いだろう)……それじゃ、失礼させてもらうよ? 」



 未だに呆然とした春蘭たちを他所に、男は面白くなさげに顔を顰めると、悠然とその場から立ち去って行った。



「はあっ……参ったなぁ。啖呵を切って見せたのは良いが、まさかこのまま故郷に戻る訳にも行かないしなぁ。娘の学費も稼がなくっちゃならないし……折角許子将先生から貰った紹介状も、無駄になってしまったか 」



 先程の彼が、一つ溜め息を吐いてみせると、疲れを顔に露にしながら曹家の陣中を歩いていた。元々貧乏学者の彼であったが、妻に愛想を尽かされると離縁されてしまい、下級の一文官でも良いからどこかの家に召抱えてもらおうと、故郷に父と娘を残し放浪の旅に出る。


 旅の道中、親しくなった人物鑑定家の許子将から『君は冷静沈着で、且つ剛胆の人だ。君の様な人物なら、曹孟徳の下でも十分に働けるだろう』とのお墨付きを貰うと、彼の紹介状を携え曹孟徳に面会を求めたのだが……結果は先程の通りであった。


 これから伸びるであろう曹孟徳の下なら、高い俸禄を貰えるだろうと目論んで見た物の、現実は中々厳しかったようである。陣中に翻る『曹』の旗を見た瞬間、ふと彼の脳裏にとある少女の面影が過ぎって来た。



「そう言えば、仙蓼は元気でやっているかな? 曹操に仕官したと聞いていたが……五年ほど前に、あの子の家庭教師をした事があったが、まさか曹操の下で働いているとは夢にも思わなかったなぁ 」



 そうぼやいて、視線を元に戻そうとしたその瞬間であった。突然、自分の視界に奇妙な出で立ちをした、眼鏡をかけた青年の顔が大きく入ってきたのである。突然の出来事に、彼は思わず大声で驚いてしまった。



「うわっ! 」


「『うわっ!』って、行き成り人の顔見て驚くなんて、失礼やないですか? 」


「あっ……これはしたり。見ず知らずの方に対し、申し訳ない事をしてしまいました 」



 眼鏡の青年に窘められると、男は申し訳無さそうに頭を下げて謝意を示すが、対する青年は行き成り表情を崩して見せる。



「まぁ、しゃあないですわ。ワイもちょぉ前までは、貴方はんと同じでしたからなぁ? で、その出で立ちを見るからに、ここの人間ではありまへんやろ? 差し詰め、仕官にでもしに来なはったんですかー? 」


「ええ……その積りだったんですが……ここの都尉と別駕従事さんから門前払いを喰らいましたよ 」



 ばつが悪そうに男が言うと、眼鏡の青年は顎に手をやり忌々しげに顔を顰めて見せた。



「全く……あの『脳みそスッカラカン』に『性悪ドチビブス』がぁ……そんなんやから、人望無いンや。ええ加減自重せんかい。ホンマ、あの二人は『バカ(・・)』やから困るわぁ……お前らのせいで、孟徳はんや夏侯淵はんがどんだけ苦労しとんのか判っとんのか……ブツブツブツブツブツ 」


「あのー……どうかされましたか? 」



 不機嫌そうにブツブツと呟く青年に対し、男が気遣うように声を掛けるが、突如青年は声高に男の両肩を叩いて見せた。



「うしっ、決まりや、決まり! ワイはあんさんを召抱える事にしたで! ワイも孟徳はんの下で働いとるけど、あんさん見ていたら、なんや昔の自分を見ている気分なのや! 」


「え? え? 」


「ほな、いこかー? ワイのとこの天幕ならすぐそこやさかい。湯や食事を用意しまひょーっ!! あっ、ワイ『及川佑』言いますー! 今後とも宜しゅうに~!! 」


「え、ちょっ、ちょっとぉ~~!! 」



 行き成り突拍子な事を言われてしまい、男は状況が整理できないままであったが、有無を言わさぬ佑に腕を掴まれてしまうとそのまま彼の天幕へと連れて行かれたのである。



――八――



 あの後、男は佑の天幕に案内されると、すぐさま湯の用意をさせて彼がそこに入ってる間、佑は客人をもてなすべくあちらこちらと駆けずり回った。


 最近誼を通じるようになってきた曹真こと雪露に、替えの服や酒を用意して貰うと、次には典韋こと流琉に『DOGEZA』して拝み倒すや、彼女にもてなしの為の料理を作らせる。最後に、佑は自ら天幕の中を掃き清めると、贅沢ではなかったが貴人をもてなす為の宴席を設けた。


 男は湯に入った時、用意されている物に驚かされる。よく磨きこまれた手鏡やいい芳香を放つ香油が置かれており、更には髯剃り様の剃刀まで小奇麗に手入れされていて、如何にあの青年が客をもてなす事に重きを置いているのかというのを窺い知る事が出来た。


 湯で体を清め、剃刀で無精髯を剃り落とすと男は香油を髪に撫で付け、用意された着替えを身に着ける。嬉しい事に、衣服だけでなく下着までもが清潔な新品だった。すっかり身奇麗になり、無精髯を剃り落とした彼の姿は、いささか頼りなげな感じがする物の、いかにも学者っぽい物に変わっていたのである。


 完全に機嫌を良くした彼が、下手糞な鼻歌を口ずさみながら天幕の中に入ると、佑が人懐っこい笑みと共に迎え入れてくれた。先程の浮浪者から打って変わり、清潔そうな中年学者の姿になった彼の姿に、佑は一段と声を弾ませた。



「おっ、色男はんになってきましたなぁ? 湯加減はどないでしたか? 何せ、陣中ゆえに桶にぬるま湯張っただけの物なんですけど、勘弁したって下さい 」


「いえいえ、滅相も無い。寧ろ、助かりましたよ。何せ、一月近く風呂に入っていなかったものでしてね? それに、ここは陣中ですし、桶に張った湯でも格別な物ですよ 」



 男が礼を言うと、佑は早速彼を上座に座らせると酒盃を握らせ、自身は酒器を携えて紫色の液体を注ぎ始める。注がれたそれは、何とも言えぬ甘く芳しい匂いを発していた。



「それは良かったわぁ~~! ささ、困難だらけやったあんさんの為、一席設けました。孟徳はん一番のお気に入りの厨師である典韋はんに腕を振るってもらった料理を用意してもらいましたし、よぉ~~く冷やした葡萄酒もまだまだありますー! 先ずは好きに飲み食いして、旅の疲れやこれまでの憂さを吹き飛ばしまひょーっ!! 」


「うわぁ……こんな豪華な料理を用意してくれるだなんて、本当に嬉しい限りですよ! それじゃ、干杯しましょうか? 」



 屈託の無い佑の笑みに、彼は完全に心を許すとこれまでの鬱憤を晴らすかのように、よく冷えた葡萄酒を傾け、食べた事も無い流琉特製の手料理に舌鼓を打つ。佑と男の二人きりの宴が始まってから少し経つと、佑に報告をすべく司馬仲達こと仙蓼が天幕の中に入ってきた。



「佑様、こちらにおいででしたか……って、え? 」



 佑の隣で上機嫌に酒盃を傾ける男の顔を見た瞬間、思わず仙蓼は釘付けになってしまう。そして、彼女は懐かしそうに顔を綻ばせると声高に叫んだ。



「劉老師、お久し振りで御座います。五年前、老師に学問と武芸をお教え頂いた司馬仲達で御座いますっ! 」



 拱手行礼で挨拶を述べる仙蓼の姿に、劉老師と呼ばれた男は少し躊躇した物の、思い出したのか手をポンと叩く仕草を見せる。



「ああっ……思い出したっ! 五年振りだね、仙蓼。すっかり綺麗なお嬢さんになってたから、直ぐに思い出せなかったよ 」


「へ? へ? 仙蓼、もしかして、このお方は仙蓼の知り合いかぁ? 」



 びっくり仰天といった風で佑が仙蓼に尋ねると、彼女は涙で頬を濡らしながら答え始めた。



「はい……五年ほど前に、私の家庭教師をしてくれたお方です。姓は劉、名は(よう)、字は子揚(しよう)と言いまして、私に学問の楽しさを教えてくれただけでなく、護身の為の武芸も教えてくれた、真に文武に秀でたお方です。劉老師は、この仙蓼にとっての一番の恩師で御座います 」


「ほへぇ~~~! 偶然とは言え、ワイは仙蓼の大切な人を召抱えようとしていたんかあ~~!! 劉センセ、ワイは不躾な田舎モンや。仙蓼にとってのセンセに馴れ馴れしくしただけでなく、『あんさん』呼ばわりした上に『召抱えたる』ってデカイ口叩いてしもうて、ホンマ許してやぁ~~!! 」



 仙蓼から男の人となりを教えられると、佑はたちまち恐縮しきってしまい、DOGEZAすると共に自分の非礼を詫び始める。然し、子揚はにっこり笑みを浮かべて見せると、彼の肩に手を置き優しく語りかけた。



「お願いですよ、及川さん……どうか頭を上げて下さい。路銀も尽き掛け、これからどうしようかと迷っていた時に、貴方は私に温かい言葉をかけてくれました。それに、私の事を慮って湯や新しい衣服を用意してくれただけでなく、この様な極上の宴席まで設けてくれたじゃないですか…… 」


「いえっ、滅相もありまへん! 仙蓼はワイにとっての妻も同然ッ! その妻にとっての恩師に、ワイは軽々しい態度をとってしまいました 」


「いえ、そんな事は全然気にしていなかったですよ。それに、私と話している時の貴方の目には、『一切の嘘』が感じられませんでした。曹孟徳の寵臣は私の身なりだけで門前払いにしましたが、及川さんは私のなりを見ても全然気にせずに、一生懸命私を『貴人』として暖かく迎え入れてくれました。ですから、頭を上げてください…… 」


「センセ…… 」


「つっ、妻だなんて……でも、仙蓼は佑様となら……子供は五人位作りたいし、もっと広い家に綺麗な庭園を設けて、ウフ、ウフフフフフフフフ…… 」



 頭を上げ、呆然とした顔の佑であったが、子揚は更に言葉を続ける。一方の仙蓼であるが、先程佑に『妻』と呼ばれたのが余程嬉しかったのか、普段では想像も出来ない位に表情を緩ませていた。おまけに、何やら将来設計を口走るようになってしまい、その姿は正直見るに堪えないものがある。



「それと……貴方に召抱えてもらう件ですが、喜んでお受けしましょう。曹孟徳の下では働きたくないが、貴方の下ならきっと楽しく過ごせそうだ。どうやら、仙蓼は君に心服している様だしね? だから、私にとってこれほど働きやすい場所は無いと思うんだが……どうだろう? 」



 思わぬ子揚の返答に、佑は破顔一笑して見せると深々と頭を下げ、仙蓼も彼に続いた。



「ホンマに有難うございますっ、劉センセ! 改めて名乗りますけど、ワイ、姓は『及川』、名は『佑』言います。ワイの事は『佑』呼んで下さい。仙蓼と同じよう、ワイにも色々と教えて下さいー!! 」


「劉老師ほどのお方であれば、これ以上の強い味方はおりませんっ! どうか、どうか仙蓼と佑様をお支えして下さいませっ!! 」


「ははっ……。まぁ、大した事は出来ないけど、私なりに学んだ事や経験した事を君達のために使わせてもらうよ? そうだ、私は佑君の家来になるんだったね? だったら、私の事は真名の『奇頓(きぃとん)』と呼んでくれ。無論、仙蓼も昔みたいに私の事を真名で呼んでくれよ? 」


「有難うございますっ、奇頓センセ! 」


「奇頓老師、これからも良しなに…… 」



 偶然の悪戯か、佑と仙蓼は自分の幕下に劉子揚という強力な人材を引き入れる事に成功し、以降佑は劉子揚の事を『奇頓センセ』、仙蓼は昔と同じように『奇頓老師』と呼ぶようになった。すっかり佑と仙蓼と意気投合した奇頓であるが、彼はこれまでの経緯を二人から聞かされると、益々佑に入れ込むようになる。


 若い人材が多い佑の陣営の中で、中年の域に入った奇頓は重要な存在となった。これ以降、若い佑が血気に逸ろうとした際に、奇頓は的確な助言や時には実力行使を用いて彼を諌めたのである。


 ……然し、この事を面白く思わぬ者が居た。何を隠そう、華琳こと曹孟徳その人である。奇頓が華琳の陣に来る十日ほど前、嘗て自分を『乱世の姦雄』と評した許子将から一通の文が送られ来て、それにはこう書かれていた。



『前略 曹孟徳殿 


 先日、私はとある人物に、貴殿宛の紹介状を持たせました。その人物は、姓を劉、名を曄、字を子揚と言い、かの光武帝の諸子で阜陵質王(ふりょうしつおう)劉延の末裔に当たり、前の成徳候劉普(りゅうしん)殿をお父上に持つ立派な家柄の持ち主です。


 その劉子揚本人ですが、妻に離縁された程の貧乏学者であるものの、政戦両略に秀でた中々の切れ者です。恐れながら、私は彼を『冷静沈着にして剛胆』と見ております。彼ほどの人物は、中々得られませんので、仮に貴殿の所に子揚が来られた際には、けして身なりだけで追い出す事のなき様に…… 早々 許子将より 』



 文を読み終えると、華琳は大いに喜んだ物である。昔、自分の事を『治世の能臣 乱世の姦雄』と評した、あの許子将から太鼓判を押されたほどの人物ならば、今すぐにでも召抱えたいと思ったからだ。


 その劉子揚が来るのを待ち遠しく思いながらも、奇頓が春蘭と桂花から叩き出された当日、運悪く彼女は秋蘭・稟・風を引き連れて陣中の視察に向かったのである。


 この時、彼女は二人に『大切な客人が来るかもしれないから、失礼の無きように通せ』と念を押して置いた物の、『身なりが悪いかもしれないが追い出さないように』とまでは付け加えなかったのだ。そして……曹家の二人の問題児は、ある意味期待を裏切らなかったのである。


 暫くして、華琳が陣中視察から戻って見れば、何やら本陣の天幕が騒然としていたので訳を聴いたその瞬間……彼女は思わず言葉を失ってしまった。



(しまった……許先生からの文にあった、『身なりだけで追い出すな』との言葉を二人に言っておくべきだったわね……人の話を聴かない上にあさはかな春蘭や男嫌いの桂花だったら、身なりの酷い男を見れば追い出すのは目に見えていたというのに…… )



 何度も何度も自分自身と、自分に盲信的な二人に対し憤る華琳であったが、時既に遅かったのである。おまけに、少ししてから『劉子揚なる人物が、自ら進んで天の御遣いの家来になった』との話が知らされると、彼女は一気に不機嫌になってしまった。



(くっ……本来であれば、劉子揚という逸材を手にするのはこの私であったと言うのに……然し、これは元々私の監督不行き届きが原因だわ。今更『臣下になれ』と言った所で、劉子揚は首を縦に振らないでしょう……。今回は、私の不徳の致す所と納得させるしかないか。だけど……あの二人には、釘を刺して置かねばならないわね? )



 そう結論付けると、華琳は問題を起した桂花と春蘭を呼び寄せる。二人とも顔を青ざめさせており、華琳の前に歩み寄ると、黙って拱手行礼を行う。一方の華琳は、無表情で座に腰掛けており、冷気の刃を纏わせた視線を二人にぶつけていた。



「荀文若、夏侯元譲……何故、私が二人を呼んだか判るかしら? 」


「は、はいっ…… 」


「はい…… 」



 いつもの様に『真名』で呼ばず、『姓と字』で二人の名を呼んだ事から、如何に華琳の怒りが大きいかが窺える。優れた頭脳を持つ桂花や、可也残念な頭脳の春蘭でも、その意図が直ぐに理解できた。



「貴女達の軽挙妄動のお陰で、私は『劉子揚』と言う逸材を手にする機を永遠に失ってしまい、それどころか佑の方に渡ってしまったわ。私は貴女達に申し渡したわよね? 『大切な客人が来るかもしれないから、失礼の無きように』と……貴女達、私の話の一体何を聞いていたのかしら? 」



 目つきを一層険しくさせて、華琳が二人をにらみつけるが、二人は体をがくがくと震わせながらも申し開きを行う。



「でっ、ですけど華琳様ッ! まさか、華琳様の大切な客人があんな薄汚い、しかも男とは思っていませんでしたし…… 」


「桂花を庇う気はありませんが、華琳様。私も、あんな薄汚い乞食らしき者が、まさか大切な客人とは思って…… 」



 二人の申し開きを聞く内に、華琳のこめかみに青筋が浮かんでくる。彼女はギリッと歯噛みすると、始めて怒りの感情を露にして二人を大喝した。



「黙れッ!! 聞き苦しい言い訳はもう沢山だっ!! 」


「ひっ! 」


「うっ! 」



 華琳はすっくと立ち上がると、大仰な身振り手振りを交えながら、二人に怒りの雷を落とす。この時の彼女は、正にこの場においての絶対的な支配者であったのだ。



「お前達の軽挙妄動のお陰で、私は優秀な人材を見す見す他の者に取られただけでなく、引いてはこの軍の、いえ私自身にとっての大きな損失をもたらしてくれた!! 


 荀文若! お前は私の筆頭軍師でありながら、以前より男に対して侮蔑的な言動や差別をするだけでなく、軍師にあるまじき視野の狭さには目に余る物があるっ! 斯様な者が私の筆頭軍師とは、聞いて呆れる物だ! 


 次に夏侯元譲! 貴様にも問題があり過ぎるっ! 私への篤い忠義は嬉しく思うが、その一方で人の話もまともに聞かず、挙句の果てには身勝手な暴走ばかり起している! 貴様のお陰で、妹の妙才がどれだけ迷惑をこうむっているのか理解しているのかっ!?


 本当に、本当に……良くぞそれで『王佐の才』に『曹家の大剣』と言えた物だな!? その様なお前達が当家の武と智の最高峰であるとすれば、それを臣下に持った私は天下の笑い者だ!! 」


「申し訳ありません、華琳様…… 」


「華琳様ぁ……申し訳、ありませんでした…… 」



 平身低頭で、涙を流し謝罪する二人の姿に少しは溜飲が降りたのか、華琳は普段通りの口調に切り替え言葉を続ける。



「フゥッ、今回は大魚を逃してしまったけど、また次の機会を狙うとするわ……だ・け・どおっ! 二人とも、暫くの間謹慎している事。いいわねっ!? 無論、その間私の傍に近付くのも許さないわ。もし、仮にこれを破ろう物なら……もっと、恐ろしい罰を二人に下すから覚悟しておきなさい 」


「いっ、いやですっ!! 華琳様ぁ!! どうか、どうかそれだけはお許しを!! 」


「かっ、華琳様ぁ、それだけはご勘弁を~~!! 」



 凄惨な笑みで華琳が放った言葉に、二人は涙声になりながら彼女にすがりついた。



「駄目よっ! いい事? これは命令よっ! 私が『もう良い』と言うまで、二人ともそれを続けるのよっ!? 貴女達は私を完全に怒らせたのだから、これで済んで御の字と思いなさい。


 そうだわ、約束を破った時の罰だけど、貴女達二人には丸裸になってもらって、仮設浴場で兵達の体を洗ってもらおうかしら? どうせなら、貴女達自身の体でそれをやらせるのも良いかもしれないわね? クスクスクスクス…… 」


「なっ、華琳様ぁ~~!! 全裸で男どもの体を洗う等とは、それはアンマリで御座います~~!! 」


「ヒイイッ!! そっ、そんなの想像もしたくありません! 丸裸で男どもの体を洗ったら妊娠してしまいますっ!! 」


「だったら、二人とも大人しく謹慎している事ね? 当面の間、貴女達の代役は稟と風、そして秋蘭に露意思(曹仁)と柊琳(曹洪)に任せる事にするわ。


 さぁ、私の言いたい事は終わったわ。判ったのなら、二人ともさっさと其処をどきなさい。これから私は貴女達以外の将兵を集めて、今の事を通達させなければならないのよ? 」



 然し、この時の華琳は正に悪魔であった。彼女はわざとらしげに二人を払いのけると、早々にこの場を後にし、早速この日から暫くの間桂花と春蘭は謹慎の身となったのである。


 華琳が全将兵に通達させたこの事に、秋蘭こと夏侯淵を始めとした一部の者からは呆れの声が上がり始めた。


『はあっ……姉者ももう少し自重すれば良かった物を……桂花と組ませた事にも問題があったかも知れないが、矢張り今回の非は姉者と桂花にあるだろうさ。


 ハアッ、只でさえ姉者の代役でも大変だと言うのに、あの問題児の露意思と柊琳と組ませられるとはな……姉者以上に手を焼かせるあの二人が、私と……ウウッ、頭と胃が痛くなってきた。風、稟、何か良い薬を持っていないか? 』


『はー、やれやれー。秋蘭ちゃんも大変ですねー? えーと良い薬なんですけど、義勇軍を率いる劉玄徳の参謀の一人で、『龐統伯』って人がいるんですよー。実はその人、医術や薬学に可也造詣がある事でも有名なので、もし何でしたらこっそりもらってきましょーかー? 』


『だな、風よ。俺も今回ばっかは、秋蘭に同情したくなるぜ? 露意思と柊琳は武芸や兵の統率には優れてるが、春蘭より性質が悪いからなぁ? なぁ、秋蘭よ。暫くの間薬でも飲んで場を凌げや 』


『なっ、『龐統伯』といえば、華琳様が欲しいと仰られていた『幽州の三賢人』の一人ではないか? だが、良いのか? 幾ら義勇軍とは言え、奴らは盧植と鄒靖の麾下だ。他の陣を訪れるのは、業突く張りの何進がきつく禁じているはずだぞ? 』


『くふふふふ、大丈夫ですよー。曹家軍の者ですって言わなければ問題ないでしょー? 旅人の振りでもしますしねー? 』


『全く……風はどうしていつもいつも、そう泰然自若でいられるのか。桂花が謹慎となった以上、私達の負担がそれだけ増えるというのに…… 』


『いえいえ、そんな事ないですよー? まぁ、天下に名をとどろかせた『幽州の三賢人』を実際に見てみたいと言うのもあるんですけどねー? あっ、そーだ。稟ちゃんには鼻血を止めるお薬と、劉玄徳の義勇軍の陣中で流行っている『男性間的恋愛本』でも貰ってきましょーかー? 』


『えっ!? おっ、男同士で恋愛……まさか、『不做嗎(ブーツォマ)?(や ら な い か ?) 』の名台詞が飛び交うあの本を!? 入手困難と言われてて、『(ハオ)! 好男人(ハオナンレン)!(うほっ! いい男!) 』の名台詞でも有名なあの本を……ぷはぁっ!! 』


『おやおや、読む前から鼻血を出すなんて相変わらず大した妄想力ですよねー? 』


『なっ、なぁ風。その本だが……後で私にも読ませてくれないか? 』


『はいー。事が上手く言った暁には、秋蘭ちゃんにも回してあげますからねー? 』


 等と曹家軍の重鎮同士のやり取りがあったのだが、後に風は意外な人物と再会しただけでなく、彼女は幽州の三賢人や臥竜鳳雛と面識を持つようになった。結果として、曹家軍の女性陣にも『男性的恋愛本』が流行したのだが、これはまた別の話である。


 さて、二人の問題児に罰を下し少しは鬱憤を晴らした華琳ではあったが、まだ劉子揚に未練があった彼女は彼への面会を求める。文官の正装に身を包んだ奇頓に面会し、彼女は部下の非を詫びたが当の彼はしれっと言い放つ。



『劉子揚殿、先日は部下が非礼を働き真に申し訳なかったわ。あの二人はいささか性格に難があるの。でも、それを知っておきながら彼女等に留守を任せた私の責任だわ。図々しい願いかもしれないけど、この曹孟徳の為に貴方の才を役立てて貰えないかしら? 無論、俸禄もそれに見合った物を出す積りよ? 』


『事情は判りましたけど……ですが曹閣下、もう私は貴女の臣下になりたいとは思いませんよ? 然し、態々部下の非を詫びてくれた貴女に、私から最初で最後の忠告を出しますよ。あの二人の様に、直ぐ人を見下して悪し様に面罵する家臣を従えてるようでは、何れ要らぬ災いを招くと言うものです。キチンと部下の手綱を握り、出過ぎた所を叩くのも主君の役目ですよ? 』


『判ったわ……流石は『冷静沈着にして剛胆』と許先生に評された劉子揚殿だけあるわね? 今の貴方の言葉、この曹孟徳生涯胸に刻んでおく事にしましょう…… 』


『今後、私は及川殿に助言を与える事にします。ですが、間接的に彼の口から私の意見が来る事もあるでしょう 』


『フフッ、そう言ってくれただけで少しは気が楽になったわね? それでは、劉子揚殿……佑を宜しくお願いするわよ? 』



 そう言い残し、華琳は場を後にするが、彼女は溜め息を一つ吐くと一人知れずぼやいて見せた。



『はぁっ……司馬仲達に劉子揚か……あの男に『張良』と※8『陳平』を与えたような物ね? これも『天の御遣い』のご威光という物かしら? 』



 この一件で、曹家における佑の人望は更に強まるようになった反面、春蘭と桂花は株を下げてしまっただけでなく、佑と仙蓼は更に春蘭と桂花を嫌うようになったのである。



 この劉子揚絡みの出来事を、後世の歴史家『(ジァ) 康像(カンシャン)』は以下の様に評している。



『幾ら本人が不在とは言え、曹孟徳が劉子揚を見す見す『天の御遣い』に取られたのは、荀文若と夏侯元譲の性格を知りつつも彼女等に留守を任せた曹孟徳の明らかな人選ミスと言えよう。仮に、この時留守を任せていたのが郭奉孝か、或いは程仲徳並びに夏侯妙才であったらこのような事態にはならなかったと思える。


 確かに、荀文若と夏侯元譲は智と武において優れた人材ではあったが、性格に難がありすぎた為に彼女等の評価を後々貶めてしまった。そんな彼女等を反面教師に、他の家臣達は自身を戒めたとの記述も残っている事からして、これは何とも皮肉な話と言えよう。


 以降は私の私見である。曹孟徳は、荀文若の事を『我が子房(張良の字)』と評していたが、『我が仲華(鄧禹の字)』の方が合っていそうに思える。何故なら、彼女は行政や人材発掘(但し、女性偏重の傾向が強いが)では辣腕を振るった物の、その反面戦や調略においては、当時の同僚であった郭奉孝や程仲徳に及ばなかったからだ 』



――九――



 陽翟の城を包囲した黄巾討伐軍であるが、未だに到着せぬ何進の軍を待ち侘び、不気味な膠着状態が二十日近く経過した。そんな最中、桃香は一刀を従えると、少しばかりの遠乗りに出かけたのだが、元は彼女の言葉に端を発する。


 一刀と一夜を過ごすべく、いつもの様に桃香は蓮華や翠と共に寝台の上で彼と睦み合ったのだが、事を終えるや否や彼女は少し落ち込んだ風でぼやき始めた。



『このままだと、ぷっくぷくになっちゃうよぉ~~!! この前湯浴みをしたんだけど、太ももが少したるんでいたんだよー!? 』


『うーん、俺にはそう見えないんだけどな? 以前とそんなに変わらないと思うんだけど…… 』


『そうよ、それに桃香、老師達との鍛錬を一度も欠かしてなかったじゃない? 』


『そうだよ、二人の言う通りだぜ? 第一、お前はアタシや蓮華よか喰ってないじゃん? 』



 『超級賢者的時間』に入った全裸の一刀を筆頭に、同じく全裸の蓮華と翠が桃香に答える物の、当の彼女は大きな乳房をブルンブルンと振るわせながら身を捩じらせる。



『ううんっ、きっとそれだけじゃ駄目なんだよっ! もっと効果的なモノがないかなぁ~~!! 』



 彼女の言葉に、一刀達三人は顎を摘んで考え始めると、最初に蓮華が意見を述べた。



『そうねぇ……一刀と毎晩どころか、暇さえあれば『する(・・)』とか? 』


『却下だ却下! 桃香が痩せる前に、俺が激ヤセしちまうだろうが!! 大体、俺の方が持たないって! 』



 一刀の突っ込みに、蓮華がクスリと笑いながら『冗談よ』と言うと、次に翠が頬をコリコリと掻きながら発言する。



『え、え~~とぉ、そのぉ、いっ、鷹那が昔教えてくれたんだけどさぁ……桃香が上になって『動いて』見ればいいんじゃないか? 女の方が激しく動くから、イイと思うんだけど……な? 』


『さっすが、翠ちゃん! 西涼馬家のお姫さまだけあるよねぇ~!? お馬さんに乗るみたいにしてみればいいんだっ! 』


『そそ、それを百回以上やれば、きっと腹とか腰に、そして太ももの周りもスッキリすると思うぜ? 』


『いい加減、『ソッチ(・・・)』から離れろぉっ!! 蓮華と翠の言ってる事は、結局似たようなモンじゃないか!! 只でさえ、最近君達と寝た後は、何だか妙に愛紗や星の視線が刺々しいし……ウウッ、何でこうなっちまうんだよ……俺、何かしたのか? 』



 突っ込みつつ、最後の方で胃の辺りを押さえながら力無げにぼやく一刀に、全裸の恋姫三人は身を寄せ合うとヒソヒソと話し始めた。



『一刀さん、もしかして気付いてないのかな? 愛紗ちゃんと星ちゃんが、一刀さんに好意を向けてるのを? 』


『そうね、一刀達に合流してから、愛紗もそうだけど星の方も一刀を意識してるわ。それに、この前一刀、愛紗と星から一本取ったじゃない。アレから二人の一刀に向けてる視線が更に熱くなってるわよ? 』


『アタシなんか、この前二人が『男と女の睦み合い』についてグダグダ話し込んでるのを聞いてしまったしなぁ……経験したアタシが言うのもなんだが、星の知識は完全な『知ったかぶり』だ。性質の悪い事に、愛紗までそれを信じ込んでいる。何か、やな予感がするよ……きっと、あの二人、ロクデモナイ方法で一刀の寝込みを襲うに違いない 』


『おおっ……そうだっ! 』



 等と、恋姫達の全裸会議が盛り上がり掛けた所で、行き成り一刀が声を上げると、彼女等は一斉に彼を見やる。



『一刀さん、一体どうしたの? それに、皆寝てるんだよ? 見張りの人達にも気付かれちゃうじゃない? 』


『一刀……夜中なんだし、況してや、情事の真っ最中に声を上げるなんて非常識よ? 』


『そっ、そうだよ! 仮にこの状況で兵や他の連中に入り込まれたら、アタシ等赤っ恥モンじゃん! 』



 三人に咎められ、一刀は苦笑いを交えつつも、自分の案を話し始めた。



『ハハッ……ごめんごめん。実はさ、さっきの翠の話を聞いて閃いたんだよ。『アッチ(・・・)』絡みじゃなく、実際に馬に乗ればいいじゃないか? 陣から離れ過ぎない位なら問題ないと思うし、何かあれば直ぐ戻れるしね? 』


『ああっ……そう言えば、そうだったよね~! 流石は一刀さん。それだったら、いい運動になるよ~! 』


『あっ、そうか……実際に馬に乗れば済む問題だったじゃない。それだったら、何も問題はないわよね? 』


『へへっ、アタシが言った事も満更じゃなかったか? 』



 かくして、明日から早速やろうと言う事で結論付けた物の、この後彼女等三人は一刀への執拗な『おかわり』を請求する。結局、一刀が解放されたのはその数刻後であった。一夜が明け、桃香はいつもの服装に着替えると、一刀も万が一を考慮し鎧兜に身を包む。二人はそれぞれの愛馬に跨ると、少しばかりの遠出に出かけた。


 両者とも馬を走らせる事数里、今では義勇軍の陣が遠くに見えている。やがて二人は馬を止めると、桃香は少し深呼吸をして、大きく伸びをして見せた。



「うーん、少し馬を走らせるだけでも、何だか気分爽快だよねー? それに、馬に乗ってるだけで、何だかお腹や足が引き締まるような感じがするし。これなら、もっと早くからやってれば良かったかな? 」



 すっかりご機嫌になった彼女の横で、具足姿の一刀が隻眼を細めてニッコリ微笑んでみせる。



「それは重畳。主公にはすっかりご機嫌を良くされた様で、この仲郷と致しましても大変嬉しゅう存じ上げ奉りまする 」



 わざとらしげに、芝居がかった風の一刀の言葉に、桃香は噴き出し笑いをしてしまった。



「ぷぷっ……一刀さん、何か変なのー! それ、似合わないよ~? 」


「ははっ……陽春老師からも、いざと言う時然るべき立場の人と話す時の口上を勉強しとけって言われてたんだ。だから、俺にとって桃香はその練習相手に打ってつけなのさ……何れ、俺は立場上君の家臣になるんだしね? 」



 そう一刀が言うと、桃香は少し目を伏せる。そして、彼女は先程とは打って変わり、神妙な口調で話し始めた。



「うん……あのね、一刀さん。私、この戦いが終わっても、もう故郷には戻らないって決めているの。私、この国を建て直したい。でも、それをするには力をつける為の地盤が必要なの。だから……菖蒲様や陽春老師にお願いして、私を何処かの太守、ううん……最低限でも県令にしてもらおうって思ってるの。せめて、琥珀さんや雪蓮さんと肩を並べるほどの立場になりたいしね? 」


「ああ、判ってるよ 」


「私だって、老師達から色々と学んだんだよ? 少しは先を見る目を養ったんだもん。だから、例え黄巾をやっつけても、恐らくこの国はまだまだ荒れると思うんだ。奇麗事だけでは、自分の理想を叶える事なんて到底無理……だから、私は……周りから罵られても、人の領地を奪い取る覚悟はある積もりだよ? 」


「安心しろよ、桃香。俺も同じ意見さ。君が君の道を進む時、君が背負う傷を減らす為に俺や兄上、そして老師や仲間達がいるんだ。だから、君は君の信ずるままに道を行けばいいさ…… 」


「ありがとう、一刀さん…… 」



 お互いにいい笑顔を見せ合い、直ぐにでも接吻しそうな甘い雰囲気が漂っていたが、突如馬蹄の音と馬のいななきが二人の耳に響く。音に気付いた一刀と桃香が、それのする方を見やると、そこには馬に跨った二つの人影が見えた。



「んっ……あれって、俺達と同じ遠乗りかな? 見た感じ、男女のようだけど? 女の文官に……えっ、あの男の服……まさか、聖フランチェスカの制服かっ!? 」


「あっ、あれって……一刀さんが最初に着ていた服に似ていないっ!? 」



 驚きの余り、大声を上げる一刀と桃香であったが、対する男女の方もそれに気付いていたようである。彼等は一刀と桃香の姿を確認すると、白馬に跨った男がニヤリと口角を歪めて見せた。



「ほう……見てみ、仙蓼。気分転換で遠乗りしてたら、思わぬとこでの感動の再会や……それにしても、伊達政宗のコスプレやどこぞの世紀末覇者の愛馬みたいなモンに跨っとるとは……かずピーのオタク振りもここに極まれりやなぁ? 」


「はい……意外な所で、意外な人物に出会えました。『すぱい』からの報告通り、隻眼に漆黒の鎧兜……あれこそ正に『劉仲郷』本人でありましょう。そして、その隣の娘は……背に伝家の宝剣を挿し、大きな乳房の持ち主からして、恐らく本物の『劉玄徳』で間違いないかと 」


「ふむ、せやけど、どうやらあいつ等戸惑っとるようやなぁ? ここは一つ、フレンドリーに声掛けたろか? 昔みたいになぁ? 」


「どうぞ、ご随意に……あの二人が敵になるか味方になるかは、二人と話してみなければ判らないと思いますし 」



 仙蓼の言葉に、佑は大仰に頷いてみせると、彼は大きく深呼吸して一刀目掛け大きく叫んだ。



「かずピー! めっちゃ久し振りやなぁ!? 東京に居た時、不動(ふゆるぎ)先輩に告ッて撃沈したお前を慰めてやった及川佑やぁ!! 覚えとるやろぉ!? 」



 佑の声に、一刀の中に強烈な衝撃が走る。目を大きく見開かせ、白馬の男を凝視すると、おぼろげに見えた彼の顔に愕然となってしまった。眼鏡を掛けているし、何よりもその人を食った風の顔を見忘れるはずがない、アイツこそまさに日本にいた時の悪友『及川佑』本人だったのである。



「なっ……まさか、アレが及川だって!? 何で、アイツまでこの世界に来ているんだっ!? にしても、アンニャロウ……人の古傷えぐる真似しやがってぇ~~!! 」 


「一刀さんっ、あの男の人。まさか、一刀さんの知り合いなのっ!? それと……不動先輩って誰なの? 」



 不安げな表情で、桃香が一刀の直ぐ傍に馬を寄せてくるが、最後の方でジトッとした目を向けると、彼は自身を落ち着かせるように語り始めた。



「ああっ……日本にいた時の腐れ縁って奴さ……一見ヘラヘラしているが、成績優秀でスポーツ万能と可也の喰わせモンだったんだよ。一体何処の厄介になっているかは知らないが、先ずはアイツと話してみなければ始まらないっ! それと……不動先輩ってのは、昔俺が憧れてた人だよ。その事に関しては、後で説明する 」



 そして、一刀も大きく息を吸い込むと、割れんばかりの大声を辺りに轟かせて見せた。



「及川アアアアアアアアっ!! 黎明館でバイトしていた那岐沢さんに、執拗に声を掛け捲くって怒らせたお前をフォローしてやった北郷一刀だぁ!! お前の方こそ忘れてないよなぁっ!? 」


「くうっ、大声でしかも堂々と人の古傷えぐるとは……流石はかずピー、わがライバルや…… 」


「佑様、後ほど『那岐沢』なる女性について詳しく聞きたいと思いますので……宜しいですか? 」


「そっ、それは判っとるがな! せやから、その首百八十度はやめてぇなぁ~~~!! 」



 あからさまな嫉妬の情念を交え、ご自慢の『首真後ろ』で佑を睨む仙蓼。そんな彼女に、佑は完全に怯えの表情になってしまった。互いの暴露合戦じみた二人の名乗り上げであったが、何とも言えぬ嫌な空気が漂い始める。


 劉仲郷と名を改めた一刀と『天の御遣い』及川佑。いかなる史書や、後世の歴史家達の研究においても『不倶戴天の宿敵』、『双方相容れぬ存在』、『似たもの同士』、『度助平』、『種馬』とまで評された彼等であったが、この外史の世界における二人の最初の邂逅は、ハッキリ言って非常に馬鹿馬鹿しい物であったのだ。


 季節は晩秋に差し掛かろうとしており、今年の始めに勃発した黄巾との戦いに終止符が打たれようとしていたが、一刀と佑の竜虎の戦いはまだ入り口にも入っていなかったのである。



※1:『漢の三傑』の一人。高祖劉邦の傍で、策謀を巡らせた名参謀。


※2:戦国時代(紀元前403年~221年)、『趙』の恵文王に仕えた政治家。知恵と剛胆さで当時の強国『秦』相手に一歩も引かなかった傑物。『完璧』、『刎頚の交わり』、『怒髪天を衝く』の由来になったエピソードで有名。


※3:古代中国で天子が社稷(天地の神々)を祀る際に用いられた、牛・豚・羊等の供え物や、或いはそれ等の肉を用いた豪華料理の事を指す。


※4:日本語訳と言うか、英語で言えば『スーパーパトリオットミサイルキック』の意味。


※5:字は公孫。『雲台二十八将』の一人で、序列は七位。『孫子』と『春秋左氏』に通じており、『大樹将軍』と呼ばれる。兵法を駆使して数々の強敵を打ち破り、光武帝を支えた。


※6:日本語で言うところの『素晴らしい』、英語なら『ベリーグッド』や『エクセレント』、おフランスの言葉なら『トレビアン』の意味。


※7:『荘子』出自の言葉で、『管を用いて天を窺い、空はこんなに狭い物なのか』と勘違いをした事に由来する。視野や了見が狭い事を指す。


※8:高祖劉邦を支えた名参謀で、張良に並ぶ人物。豊臣秀吉は竹中半兵衛を『張良』、黒田官兵衛を『陳平』と評していた。

 ここまで読んで頂き、真に有難う御座います。


 今回は……『やる夫が光武帝になるようです』と、家康像様の『光武帝紀』を読んだ影響がモロ出ちゃいました。


 私自身、光武帝は余り詳しくはなかったのですが、家康像様の作品に影響を受け、『やる夫が光武帝~』を読み始めたところ大ハマリ! このテイストを自作品に使えんものかねぇと思いました。


 今回登場した『遵娘々』こと『祭遵』ですが、光武帝に容姿端麗というだけで登用された経緯があるとか。然し、その美しさとは裏腹に可也苛烈な武人だったようです。


 『際尊』と名を変えて下界に降り立ちましたが、彼女と彼女の兄『際武』に関しては、家康像様の作品に出てきたのを外見イメージにしています。


 『遵娘々』の外見イメージは『はぴねす!』の『渡良瀬準』で、『際武』の外見イメージは『ゼロの使い魔』の『スカロン店長』です。ですから、それぞれの声優のイメージで読んでもらえたら嬉しいですねぇ~~。


 次に、今回から佑に劉曄と言う強力な助っ人が現れました。劉曄も曹操の参謀の一人として有名ですが、荀彧・郭嘉・程昱・荀攸に比べると影が薄いイメージあるんですよね。


 それなら、佑の陣営に入れた方がいい味が出ると思いましたので、敢えてそっちの方に回しました。これで、益々照烈異聞録の『漢成分』が強まった事でしょう!


 劉曄こと奇頓センセの外見モデルですが、幻の犬様が送って下さった魯粛を元にさせて頂きました。幻の犬様、本当に有難う御座います!


 外見モデルが『MASTERキートン』の『平賀=キートン・太一』との事でしたので、中文版ウィキでキートンの中文読みの『奇頓』を真名に宛がい、幻の犬様の案では二十歳だったのですが、元作品の原作通りッぽくバツイチで娘と父を故郷において活動している中年男性にしました。


 そして、最後の一刀と及川の邂逅シーンですが……本当は度シリアスで決めたかったんですけど、この二人なら『バカ』を入れた方がいいかなと思い、締まらない感じにしちゃいました。


 未プレイなのですが、公式サイトやウィキで『春恋*乙女 〜乙女の園でごきげんよう〜』を調べ、両者の会話に厚みを入れたのですが……やっぱり、プレイした方が良いのかな? 実際触れるのと只調べただけでは、のめりこみが全然違いますしね?


 さて、次回ですが……極力年内を目指します。仕事の方も来月から度修羅場らしいので、どれだけ時間を割けるかが勝負になりますが、自分としても区切りをつけないと落ち着かないものですんで。(汗


 今回も、またアレコレ長くなってしまいましたが、また次回にてお会いいたしたく思います。


 それでは、また~! 不識庵・裏でした~~!!

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