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真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第二部「黄巾討伐編」
27/62

第二十五話「生還の代償」

 どうも、不識庵・裏です。


 先日、活動報告でも報告しましたが、今月末から新たな会社で働く事となりました。お陰様で、その間休みが得られた物ですから、更新作業に没頭することが出来、前回より二週間経過した物の、何とか今月中の更新が叶う事が出来ました。


 今回もですが、何だかんだで34000字を詰め込んでおります。冗長といえばそれまでなのですが、これが現在の私に出来る最大限の努力です。


 それでは、照烈異聞録第二十五話。最後まで読んで頂ければ嬉しく思います。

  荊州は北の南陽郡。ここは漢王朝を再興させた名君、光武帝と諡された劉秀の故郷である。あれから約二百年程経った今も、この地には州都の宛が存在しており、正に荊州の心臓部であった。


 然し、昨年『汝南袁氏』の正当後継者を名乗るOBAKAこと袁術が、ここの太守に赴任するや否や、南陽は荊州の中で一番酷い所となってしまった。民には更に重い税を掛け、本人は贅沢三昧の毎日を過ごし、彼女は民を顧みる事を全くしなかったのである。


 その結果、この郡を捨てて新たな場所を求めて逃げ出す者が続出した。それだけではない、治安の悪化による匪賊の出没、商業や農業など国力の低下を招いてしまったのだ。民衆による袁術への怨嗟の声は止まず、事もあろうか、領内には餓死者まで出る始末だったのである。


 こんな情勢であるから、南陽は早速黄巾党の一大拠点と化した。OBAKAよりも、自分達に救いを与えてくれる黄巾の方に民心が傾くのは、火を見るより明らかだったのである。対岸の火事程度としか思っていなかった物が、何時しか自分達の母屋まで燃やし尽くす大火災になろうとしていたのだ。


 だが、そんな事態になっていたのにも拘らず、袁術は何もしなかった。強いて言うならば、自分の所さえ死守すれば良いと愚かな考えで臨んでしまい、南陽の兵力を全て州都の宛に集結させたのである。事もあろうか、彼女は他の県を見殺しにすると言う、太守としてはあってはならない事を仕出かしたのだ。



「のう、七乃ー。黄巾賊とやらが、暴れ回っとるようじゃな? 目障りじゃし、何とかならんものかの? 」



 毎日自分に報告される黄巾賊の暴れ振りを聞かされ、謁見の間にて座上の袁術こと美羽は、まるで他人事と言った風で蜂蜜水の入った湯呑みを傾ける。そして、ご満悦といった風で息を吐くと、隣に控える張勲こと七乃を見やった。



「そうですねー? 丁度今長沙太守の孫文台さんが、朝廷の命で荊州の黄巾を討伐しているようですから、この際彼女にお願いしちゃいませんかー? 私達の兵を使うのも勿体無いですしねー? 」



 一見すると、器量良しの娘に見える七乃であるが、彼女の本質はその舌先三寸と腹黒さにある。かつて、彼女は孫文台の弱みを握り、美羽を南陽郡太守にのし上げる事に成功した。


 七乃は、今回もその時孫文台と交わした『都合の良い約束』を楯に、勇猛果敢な孫家軍を上手くこき使って自身等の手を汚さず黄巾達を殲滅させようと考えたのである。



「なるほど、流石は七乃じゃの? 然し、孫堅を呼びつけるのであれば、(わらわ)たちの方も出す物を出さなくてはならぬぞ? 」



 幼い顔を渋くさせ、美羽は難色を示した。美羽と従姉の麗羽の違いを挙げるとするならば、『度吝嗇(どけち)』な所である。麗羽もOBAKAではあるが、必要な出費があればキチンと出す方であった。だが、こちらのOBAKAは自分さえ良ければいいと思う方で、要は自分の贅沢以外で金を使いたくなかったのである。


 出したくも無い金を出す事に、不満げそうに顔を顰める美羽であったが、このしたたかな従者はいつもの笑顔であっさりと彼女に答えた。



「大丈夫ですよぉ~♪ 孫文台さんは『江東の虎』と呼ばれる位強くって優しい人ですしー? だから、見返り無しでやってくれますよー♪ 」


「おおっ、そうか!? ならば、孫堅にこっちの方の黄巾をやっつけるよう遣いの者を送るのじゃー! 」


「はぁい、畏まりましたぁ♪ 」



 実に晴れやかな笑顔になった美羽の命を受け、早速七乃は孫堅率いる軍をこっちの方の救援に向かわせる。無論、これに関しては、以前孫堅との間で取り交わされた『都合の良い約束』を楯にした物であった。



「クッ……あの小娘と糞餓鬼めがっ! この『江東の虎』の軍を私兵扱いかっ!? あの様な出来事さえなければ、黄巾共々泰山地獄に送れると言うのに……口惜しいっ! 」



 七乃からの文に目を通し、孫堅こと青蓮はギリッと歯噛みする。文面には、救援に来なければ『あの一件』を帝に暴露するとも書かれていたからだ。青蓮は『例の件』を自身の胸にしまっており、それは娘や重臣達にも秘密にしていたのである。 



 結局、彼女は四天王を始めとした家臣達の反対を押し切り、軍を南陽に差し向ける。南陽では、張曼成なる黄巾の大幹部が大暴れしており、流石の青蓮も手を焼かされてしまった。だが、ここで彼女は思わぬ幸運にめぐり合う。何と、南郡樊県県令の養女劉徳然率いる義勇軍が協力を申し出てくれたからだ。


 義勇軍率いる劉徳然は、人間味に溢れた好人物であったし、青蓮にとっての心証も一際良かった。その参謀を務める黄公衡なる少女は中々の切れ者で、青蓮に同行していた程普こと縁や周瑜こと冥琳は、彼女の才能を高く評価したのである。


 更に、極め付けが義勇軍の武の象徴たる二人、関坦之と陳叔至である。関坦之はまだ背が伸びきっていない少年であったし、陳叔至に至っては自分より小柄な若者だ。だが、二人ともそんな外見に似つかわしくない強力の士で、この二人だけで二百近くの黄巾の首級を上げたのである。何と、その中には張曼成の首まで入っていたのだ。


 この衝撃的な出来事に、孫家の人間は思わず驚嘆の声を上げた物である。青蓮が義勇軍の面々を自分の前に召し出すと、自分の前で跪く関坦之こと雄雲を褒め称えた。



「関坦之とやら、此度は見事に張曼成を討ち取り、そなたの強さは正に『虎児』である! 勇猛果敢で知られた当家にも、そなた位の強さを持つ者は指折り数えるほどしかいないわよ? 」



 然し、当の雄雲は少し気恥ずかしそうにする物の、自分を賞賛する青蓮に対し飄々と言ってのけて見せた。



「お言葉ですが文台様。俺、いや某より強い者は他にも二人ほどおります。その者達から見れば、某など子供も同然と言う物です 」



 彼の言葉に、青蓮だけでなく他の者達まで眉を顰める。すかさず青蓮は雄雲に尋ねてみた。



「ほう……もし、良ければその者達の名を聞かせてはくれないかしら? 」


「はい、某の従姉の関羽、字は雲長と申す者と、その義妹で張飛、字は翼徳と申す者です。この二人の武は正に『一騎当千』、『万夫不当』とも言えましょう。昨年久し振りに会いましたので、試しに腕試しをしてみましたが、全然叶いませんでした。多分ですが、今頃あの二人も誰かの下で、黄巾どもを駆逐しているやも知れません 」


「何と、そのような者が二人も……その関雲長と張翼徳なる者を召抱えた者は、さぞや戦では負け無しでしょうね? もし、その二人が話通りの者だとするならば、私も喉から手が出るほど欲しい物だわ…… 」



 フーッと長い感嘆の溜息を一つ吐き、青蓮は自身の武の象徴たる猛者達をじっと見回す。彼女に視線を向けられた者は、それぞれ表情は異なっていたが、皆悔しさを色に表していた。その中に、一見無表情だが、ギリッと奥歯を噛み締める者が居たのである。



「あら……思春? どうしたのかしら、いつもの貴女らしくないわね? 」



 無論、それを見逃す青蓮ではない。早速彼女はその者の名を言うと、思春と呼んだ彼女を少し意地悪そうな風で見やった。



「いえ、何でもありません…… 」



 まるで、『睨み返す』かのように、思春は棘のある視線を主公たる青蓮に向ける。思春は姓を甘、名を寧、字を興覇と言い、現在十八歳。元は『錦帆賊(きんほぞく)』と呼ばれた江賊を率いて、長江一帯にその名を知らしめていたが、強力な水軍を欲した青蓮に懇願されて、孫家の家臣に名を連ねている。


 普段は孫権こと蓮華の親衛隊長を務めているのだが、その蓮華が長らく家を空けているという事もあり、現在は水軍を統括する周瑜の補佐に回っていた。今回の黄巾討伐に当たり、思春は孫家の一部将として参戦していたのである。


 正直、彼女は今苛付いていており、心中穏やかではなかった。何故ならば、自分も己の武に可也の自負を抱いており、心底惚れた孫家のため張曼成の首は自分が取ると決めていたからだ。



『クッ……先に矛を交えたのは我々だと言うのに、後からやってきたこの連中が張曼成の首を取るとは……正直納得が行かぬ!! 』



 然し、現実はそう上手くいくものではない。何処の馬の骨とも知れぬ義勇軍の、それも自分より年下の餓鬼に張曼成の首を取られてしまい、自分が思い描いていた物とはかけ離れた結果になったからである。



『然も、この関坦之なる孺子、只の商人の小倅と言うではないか? これでは、錦帆族の元頭目たる私の面子は丸潰れだ……! 』



 聞けば、この餓鬼は商人の息子だと言う。只の商人の小倅に、『錦帆賊』の頭目であった自分が成しえなかった事をやってのけられたのも、彼女自身の苛立ちを増幅させていたのだ。


 それに付け加え、止めを刺すかのように、この餓鬼は『自分より強い奴は二人いる』とまで言って来た。こうなって来ると、自分はまるで大した者ではないと思うようになってしまう。



『おまけに、こいつより強い奴が二人もいるだと? 馬鹿も休み休み言え!! 』



 やがて、彼女が無意識の内に抱いた劣情は、この餓鬼よりも寧ろ自分より強い二人の方に向けられてきたのだ。



『関羽……張飛……どれだけの武を誇っているのかは知らぬが、この甘興覇が貴様等に打ち勝って見せる……!! 』



 この時、トンでもない思惑を抱くようになってしまった思春こと甘寧であったが、後日彼女はその二人よりも『オッソロシイ(・・・・・・)七人の野郎ども』に……『辛~~~い現実』を叩き付けられる結果となってしまったのである。



 さて、南陽で蜂起した黄巾達であったが、大将首を取られたと言う事もあり、彼等の士気は一気に瓦解してしまった。張曼成の副将であった、韓忠(かんちゅう)趙弘(ちょうこう)孫夏(そんか)なる三人の者達は、散り散りになって部下達を纏めると、彼等は予州潁川郡へと逃亡したのである。


 青蓮としても、これを見逃さず訳には行かず、彼女は直ぐに劉徳然の義勇軍と共に南陽を出立しようとしたのだが、その際彼女は散々自分達をこき使っておいて、出す物を出さぬこのOBAKAどもを思い切り睨み付けた。



「袁公路殿、私達の軍は貴女の要請に従い、見事戦って見せたわ。然るに、当然貴女としても其れなりの事をすべきではないのかしら? 」


「は? 孫堅殿、張勲が言うておったぞ? 『孫堅殿は『江東の虎』と呼ばれるほどの強くて優しい人物』じゃとな。まさか、その『強くて優しい』孫堅殿が妾から物をせびったりするとは思えないのじゃが……? 」


「そうですよ、そうですよー! 只でさえ、私達もお台所事情が大変なんですからねー? ぶーぶー! 」


「なっ……!? 」



 あれだけ戦ってやったのに、この期に及んでまですっとぼけた素振りをする主従に対し、今すぐ青蓮は首をへし折ってやりたい衝動に駆られる。現に、彼女の髪は怒りの余り逆立ち、両の眼をクワッと大きく見開かせ、左右の拳をプルプルと震わせていたのだ。


 然し、そんな青蓮の怒りを霧散させる出来事が起こった。行き成り、美羽と七乃の目前に二振りの刀が落ちてきたからである。音を立てながら飛んできたそれは、勢い良く床に突き刺さり、あっと言う間に二人の心胆を寒からしめた。



「ピイイイイイ~~ッ!? 」


「ひっ!? 」


「この刀は……まさか? 山茶(しゃんちゃ)、貴女なのっ!? 」



 床に突き刺さったそれを見て、青蓮は思わず後を振り向くと、そこでは自分と同じ背格好の女武者が険しい目で美羽と七乃を睨みつけていた。この女武者であるが、彼女は祖茂、字を大栄(だいえい)、真名を山茶と言い、青蓮の股肱の臣にして『孫堅四天王』の一人である。


 彼女は青蓮に匹敵するほどの武を誇り、家中きっての勇者で、また青蓮と背格好も同じである事から、場合によっては彼女の影武者を務める事もあった。その山茶が、今こうして二人のOBAKAを睨みつけている。既に美羽の配下の将兵達もそれぞれ得物を構えており、正に一触即発の空気が場に漂い始めたのだ。



「これはしたり、刀の手入れをしておりましたら、思わず手が滑り申した。袁閣下、張勲殿、お怪我は御座いませんでしたかな? お二人に対するご無礼、この祖大栄心よりお詫び申し上げる 」


「て、手がすべったとな!? 妾に対して無礼じゃぞ! 」


「そ、そうですよー! 当ったら死んじゃうじゃないですかー? 」



 白々しく言ってのけた山茶に対し、美羽と七乃は精一杯の虚勢を張って抗議するが、その二人の発言を封じ込めるが如く、山茶は眼光を一層鋭くさせる。



「確かに、当れば死んでしまいますな? 本当に申し訳御座いませぬ……。ところでですが、袁閣下。先程、閣下は我が主公孫文台を『強くて優しい』と仰って下さいましたな? 確かに、我が主公は『心優しき』お方にて御座いまする。それ故に、臣たる我等はこうして『優しい文台様』を守らんが為、常に爪と牙を研いでおり申す 」



 山茶は一旦そこで言葉を区切り、一旦間を置くと再び二人を険しく睨み付けた。



「また、我が主公への謝礼の件で御座いまするが、名門の中の名門『汝南袁氏』の後継たる閣下が、まさか長沙の貧乏軍隊に過ぎぬ我等への謝礼を出し渋るとは到底思えませなんだが……? 

もし、仮に閣下が『らしからぬ(・・・・・)』真似でもされよう物なら、今みたいに研いでいた爪牙が何処から飛んでくるやも知れませぬぞ? 当家の者どもは血気盛ん過ぎる故に、己が研いでる物を上手く扱いきれぬので御座いまする  」



 そう大胆不敵に言い放った山茶に、青蓮は得心したかの様に口角を歪めて見せると、彼女に合せるかのように言葉を続ける。



「そうね、祖茂の言う通りかもしれないわ。私が貴女達の言葉に従うとしても、もしかすると『不幸な事故』が起こるかもしれないわね? 只でさえ、私の部下には血気盛んな者が多いのよ、フフッ…… 」


「なっ…… 」


「うっ……(ううっ、流石は孫堅さんの部下ですねー? 皆さん一癖も二癖もあるみたいで? ここは、一つ妥協した方が得策かなー? ) 」



 こうなってくると、この場においての立場は逆転してしまう。七乃はうろたえる物の、ここで孫堅の機嫌を損ね、後日自分達が不利益になるのだけは避けたいと思った。寧ろ、ある程度は妥協してやり、上手い具合に彼女等を使えばいいのではないのかとの結論に達したのである。


 考えを纏めた七乃は、早速美羽に耳打ちすると自分の思惑を伝え、怯えたままの彼女の首を無理やり縦に振らせると、僅かばかりの謝礼を青蓮に突き出したのである。一方の青蓮であるが、美羽からの謝礼が不相応だった事に眉を顰めたが、この際止む無しと判断して南陽を後にするのであった。


 かくして、使うだけ使っといて、後は用済みになった孫堅の追い出しに成功した美羽は、その晩から枕を高くして眠る事が出来たのである。それから数日経ったある日の夜、何時もの様に美羽は遊蕩と贅沢に無駄な時間と金を使うだけの一日を過ごし、これまた贅沢な作りの寝台で眠りに就いていた。



「むにゃむにゃ……料理はもう良いのじゃ。それよりも、菓子を持ってきてたもれ…… 」



 夢の中まで贅沢三昧を楽しんでいるのだろうか? 彼女の寝顔は非常にだらけきっており、寝言の内容も実に呆れ返る物であった。




『あむあむあむっ、この芝麻球(チーマーチュウ)(ごま団子)中々美味じゃな? それにしても、流石に喉が渇いたの? これ、誰か蜂蜜水を持ってきてたも? 』


『お待たせ致しました…… 』



 ここは彼女の夢の中の世界――美羽は、その中で一心不乱に芝麻球を貪り食っていた。然し、甘い物ばかりを食べ続けていたせいか、彼女は喉の渇きを覚える。すると、彼女の眼前に見慣れぬ服を着た一人の女官が現れ、盆に載せた湯飲みを彼女に差し出した。



『おおっ、待っておったぞ……ングング……ブホッ! な、何じゃこれは!? 蜂蜜水ではないではないかっ!? 』


『クスクスクス…… 』



 湯飲みを傾けたその瞬間、美羽の口中は不快な物で満たされた。それは蜂蜜水とは程遠く、鉄のような匂いに、どろりとした感触で塩の味がしたのである。これには堪らず、彼女がそれを噴出してしまうと、先程の女官が服の袖を口元に覆い含み笑いをして見せた。



『な、何がおかしいのじゃ、この無礼者め! お主は一体、何を妾に飲ませたのじゃ!! 妾は蜂蜜水が飲みたいのじゃ!! 』


『フンッ、アンタになんか蜂蜜水は勿体無いわよ! それどころか、今出した物さえ勿体無いと思ったんだから! 』



 顔を真っ赤にして、美羽がその女官に怒りを露わにするが、対する彼女はまるで見下すかのように侮蔑的な視線を美羽に向ける。良く良く見てみれば、その女官はまだ幼い少女で、見た感じ美羽より少し上程度と思われるほどの年頃であった。


 彼女は黒い髪を頭の両側で止めており、白と黒の二色の布で作られた服を身に纏っていて、頭には白い布で作られた『冠』が飾られていた。元々、学問嫌いで且つ世の常識が全く無かった美羽にはそれが何の服か判らなかったかも知れないが、普通の学識を持った士大夫であれば、それが女性の儒家が着る『儒服』である事に直ぐ気付いた事であろう。



『ええーいっ! 女官如きの存在で、妾に対して何と無礼な口の利き方じゃっ! 一体何を妾に飲ませたのか、早う言わぬかーっ! 』



 未だに自分に対して無礼な態度をとり続けるこの女官に、美羽は更に声を張り上げた。南陽の太守に赴任して彼是一年余り経過するが、ここまで自分に対して大きい態度に出れるとすれば、渤海の太守を務める『妾腹』の従姉か、故郷で隠居している父親だけだったのである。


 然し、今こうして『只の女官』が自分に対しでかい口を叩いている。この幼い暴君は怒りで顔を歪めて見せるが、それに全く動じず『只の女官』が次に放った言葉に、美羽の顔から血の気がサーッと引いていった。



『いかがかしら? 貴女の贅沢が原因で餓死した領民の血の味は? 』


『ピイイイイイ~~~~ッ!! ち、血じゃとおっ!? 』



 すっかり顔面蒼白になった美羽が、自身の両手に持った湯飲みを見てみれば、確かにそれに注がれていたのはお馴染みの蜂蜜水ではなく……真っ赤で異臭を放つ液体であった。このような物を飲まされていた事をやっと理解すると、美羽はその場に蹲り激しく嘔吐し始める。彼女が吐き戻した物は、全て深紅の鮮血に染められていたのだ。



『ウエエエエエエ~~~ッ!! ゲヘッ、カハアッ! な、何故このような真似をするのじゃ~~~!! 』


『フンッ、まだ判ってないみたいね? だったら、後ろを良く見てみる事ね! 』



 嘔吐によって生じた涙と鼻水塗れにさせ、美羽が汚い顔を『只の女官』に向けると、腕組みした彼女が不遜に鼻を鳴らして後ろを指差す。言われた通りに美羽が後を振り向くと、更なる恐怖が彼女に襲い掛かってきた。



『私達の故郷を荒らすのは……だ~れ~じゃぁ~~~~ 』


『太守様ァ、もうこれ以上出せねぇだよぉ……こうなったらもう、オラ首括るしかねぇだ…… 』


『お願いですっ! これ以上取られたら、この子にご飯を食べさせることが出来ません! 太守様っ、どうかお許しをっ!! 』


『やいっ、この糞太守ッ! お前のせいで姉ちゃんは売られちゃったんだぞ! 姉ちゃんを返せぇーっ!! 』


『ピイイイイイ~~~ッ!! 』

 


 先程の女官と同じ服を着た茶色の髪の少女を先頭に、嘗て南陽の領民と思われた亡者達がそれぞれ恨み言を言いながら、美羽に迫ってくる。この泰山地獄さながらの光景に、美羽は腰を抜かしてしまうと、たちどころに失禁した。



『くっ、来るなァ、来るなと申すに!! あっちへ行くのじゃーっ!! 』


『私達の安らぎを奪うのは……だ~れ~じゃぁ~~~ 』


『太守様ァ、おねげぇだよぉ…… 』


『太守様ッ、どうかお許しをッ! 』


『何が『汝南袁氏』だ、只の糞餓鬼の癖に!! 姉ちゃんを返せよーッ!!  』



 右腕を振りかざしながら、亡者達を追い払わんと悲鳴を上げる美羽であったが、彼等の迫る勢いは止まらない。それどころか……彼等の姿が骨だけの物に変貌したのである。骨だけの姿になった彼等は、カタカタと不気味な音を立てながら、更ににじり寄ってきたのだ。



『あひいいいいいいいいいいっ!! おっ、お助けなのじゃ、わ、わらわは何も悪い事はしておらぬ! 好きな事をしたいから、ほんの少しだけ税を上げただけなのじゃっ! 高貴な身分の者としては、当たり前の事なのじゃっ! 何故(なにゆえ)妾がこのような目に遭わねばならぬのじゃーっ!? 』



 この期に及んでも、まだ自分の行いを省みない美羽。ここまで来ると、(まこと)にOBAKA極まれりであった。彼女は地べたに這い蹲りながら、何とかこの場からの逃走を試みる。そして、そうしている内に彼女の手がとある者の足に触れる。それは、先程の『只の女官』の足であった。



『そ、そこのお主! 金なら幾らでも出すッ! だから、妾を助けてたもれ!? 』


『……あっきれた、あんたバカァ? こんだけ恨まれてるのに、まだ自分のやった事が判ってないみたいね? 』



 醜態を曝け出し命乞いする美羽目掛け、彼女は掃き捨てるように言い放つ。怒りを通り越して呆れ返った彼女であったが、その彼女の美羽を見る目には、何やら『憐れみ』が混ざっていたのである。



『まぁ、ここまで来ると……流石に助けてやらないでもないけど? 但し、これから私が言う事を守ってくれたらね? 』


『そ、それは何じゃ? 何でも聞く! だから、早う妾を…… 』



 地獄に仏と言わんばかりに、首を何遍も縦に振る美羽であったが、次の言葉に彼女は思い切り顔を顰めた。



『贅沢をやめ、税率を元に戻す事! それと、飢えで苦しんでる者達に救いの手を差し伸べなさい! アンタがこれまでやってきた事に比べれば、大した事じゃないわ!? 』


『なっ……!? 』



 それは、美羽にとっては嫌な選択であった。自分は高貴な家の出で選ばれた存在である。だのに、何故贅沢をしてはならないのか? 幼い上に残念な頭脳の美羽には、有難い諫言を理解する事は到底無理な話だったのである。



『いっ、嫌じゃ! 妾は悪くないのじゃ! 何故、これまでの暮らしを捨てよと申すのかッ! 『汝南袁氏』の後継者であるこの妾が、何故下々の者どものような真似をせねばならぬのじゃ!? 』


『こっ、この糞餓鬼……! この期に及んで、どこまで性根が腐ってんのよっ!? アンタの場合『袁術』ではなく、『猿』の方で『猿術』と名乗った方が良いんじゃない!? ここまで欲の皮が突っ張った本能任せの猿、久し振りに見たわ!? 本ッ当に信じらんないッ!? 』


『いやじゃー!! いーやーなーのーじゃー!! ぎゃああああああんっ!! 』



 女官の彼女が、怒りを露わに美羽を睨みつけているが、その美羽は手足をじたばたさせて泣き喚く有様だ。今の美羽の姿は『汝南袁氏の正当後継者』どころか、まるで癇癪持ちの猿が暴れているとしか思えない。



『そう、それがアンタの答えと言う訳なのね…… 』



 怒りを噛み殺し、声を震わせると、彼女も周りの亡者どもと同じく骨だけの姿になる。そして、骨だけの指を泣き喚く美羽に突きつけると、呪詛の言葉を吐いた。



『いいわ、そうやって自分の好きな事だけをしていなさいっ! 但し、アンタには避け様の無い身の破滅が待っているわ! その時まで、精々束の間の贅沢を楽しむ事ね!? 』


『ぎゃああああああああんっ! いーやーなーのーじゃー!! これからも妾は好きな事をして、蜂蜜水を飲んでいたいのじゃー!! 』



 こうして、彼女達はカタカタと不快な音を鳴らしながら一斉に消え去ると、その場には未だに泣き喚く美羽だけが残されており、見っとも無い彼女の泣き声は何時までも途切れ無かったのである。



『はぁ~~~っ、本当に呆れたなぁ……。露々(ろろ)茶柳(ちゃる)があれだけ脅したと言うのに、全然懲りてないや。僕達の故郷を散々荒らしといて、これだもんなぁ? 』


『仕方がありませんわね、あの娘は『名門』の意義を取り違えているんですもの。そこから教えて上げなければ、一生お馬鹿のままだと思いますわよ? かの東嶽大帝も、泰山地獄でさぞお喜びになられてるでしょう。裁き甲斐のある咎人が、何れ我が下に来るであろうなと申しているやも知れませんわ? 』


『そうだね、邵公(しょうこう)、いや羽雪(うせつ)さん 』



 然し、そんな美羽の姿を遠くから見やる二人の人影があった。一人は先日劉協の夢の中に現れた少女で、もう一人は麗羽によく似た長身の女性であった。少女が『邵公』と呼びかけて『羽雪』と呼んだ女性は、姿形は麗羽に似ていたものの、違いを挙げるとすれば目や雰囲気が極めて知性的なところである。



『フウッ。現世を去り、泰山の住人になる事約百数十年。どうやら、わたくしの子孫はトンだお馬鹿ども揃いで全く……頭が痛くなってきますわ! 『名門』と言う物は結果に過ぎないと言うのに……。士大夫たる物は慎ましく、以ってその振る舞いは民の範にならねばならないのです……。これでは、みか……失礼、貴女様が蘇らせた漢が腐るのも無理も無いですわね? 』



 何やら、羽雪が少女の事をとある名称で呼びかけそうになるが、直ぐに『貴女様』と改めると、その『貴女様』と呼ばれた少女は苦笑いを浮かべて見せた。



『フフッ……良いんだよ、好きに呼んでも? まぁ、僕らは既に泰山の住人なんだ。生前の身分や呼称なんかに、もう意味は無いんだからね? でね、羽雪さんが言った事なんだけど、それは僕にも当てはまるんだよ? 何せ、僕の子孫は代を追うごとに『脳足りん(・・・・)』になっていったしね? 今玉座についてる劉宏なんかは、その最たる例だよ? 』


『お互い子孫には苦労しますわね? 』


『フ、フフッ、たっ、確かにそうだね? あはははははははっ! 』


『ええっ、本当に……おーほっほっほっほっほ! 』



 暫し現世の事を忘れるかのように、二人は声高に笑い合う。やがて、互いに笑うのを止めると、それぞれ真剣な表情に改めた。



『さてと……そろそろ戻らないと、怒られてしまいますわね? 』


『そうだね、夢の中だけとは言え、現世に介入できる時間は限られているし 』


『わたくし、自分の子孫の事は諦めましたわ。寧ろ、それよりわたくし達の志を継ぐ者に未来を託そうと思いますの 』


『奇遇だね、僕もだよ。幸い、僕の子孫とかの(・・)中山靖王劉勝の末裔にとても良い人材がいるんだ。僕は何かしらの形で彼女等を導きたい……あの二人なら絶対に希望に溢れた未来を作れる!! 』


『まぁっ? それは重畳。ならば、この袁邵公も『貴女様』のお手伝いをしたい物ですわ 』


『フフッ、それじゃ、宜しく頼んじゃおうかな? 』



 彼女等の姿は段々と光に包まれると、やがてそれは二つの光の球と化して天へと昇っていったのである。そんな出来事があったにも拘らず、一匹の幼いOBAKAは未だに泣き喚いていた。この後、美羽は原因不明の高熱を出して寝込んでしまい、彼女は一月近く生死の狭間をさまよう羽目となる。



『う~~ん、やめるのじゃ~~~! 美羽は悪くないのじゃ~~~! お願いじゃから、やめてたもれ~~~~!! 無礼な! 妾の尻を叩くのは……ピャアアアアアア~~ッ!! と、※1東嶽大帝なのじゃー!! 』



 その間彼女はずっとうなされており、やっとの思いで回復する物の、美羽の体はガリガリにやせ細ってしまった。



『なっ、七乃! 今すぐ城の蔵を開けよ! 民草どもに炊き出しを行うのじゃッ! 税率も前の物に戻す!! 早うやるのじゃー!! 』


『はい? 行き成り何を? まぁ、いいですけどー?』



 そして、改心したのかどうかは知らぬが、税率を元に戻し、民の暮らしを改善させるよう命じたのである。更に、彼女は城の蔵を開放させると、難民と化した領民達に炊き出しを行った。その際、彼女はうわ言の様に繰り返し呟いていた。それは以下の通りである。



『嫌じゃ、嫌じゃ……もう二度と血は飲みたくないのじゃ……亡者どもに襲われるのも嫌なのじゃ……嫌じゃ、嫌じゃ……東嶽大帝に尻を叩かれるのも嫌じゃ…… 』


『あーん、何か知らないけど、たまに良いことする美羽様も何て可愛らしいんでしょー♪ ヨッ、憎いよ! この自称『汝南袁氏』の跡取り娘ー♪ 』



 まさか、美羽が悪夢を見ていた事など梅雨ほども知らずに、七乃は何時もの様に声を弾ませるのであった。




  所変わり、冀州魏郡は黎陽県の城。その城門の前では、一人の少女が佇んでいた。年の頃はおおよそ十五から十六位だろうか? 彼女はしきりに鼻をヒクヒク動かしており、何やら匂いを嗅いでいる様である。



「フンフン、フンフン……ン? 」



 そうしている内に何か感じたのだろうか、彼女はとある方向に顔を向けると、更に鼻をひくつかせた。己の鼻腔内でその臭いを吟味し、やがて彼女は目をカッと見開かせると、声を大にして叫ぶ。



「ここにゃっ! 毒の臭いがするのにゃっ! 星加ッ(しんが)! 」


「にゃー、万安しゃまー 」



 彼女が後を振り向いたそこには、これまた小柄な少女が控えていた。『星加』と呼ばれた少女は、自身が持っていた荷物の入った袋を『万安』と呼んだ少女に手渡すと、万安は城のとある一角をズイッと指差す。



「あしょこに、夢のお告げに出てきた患者がいるのにゃッ! これから乗り込むのにゃーっ! 」


「にゃーっ! 」


「待てッ! お前達何者だっ!? 許可なくしてこの門を潜る事は許さんぞッ! 」



 そう声高に叫ぶと、この二匹……もとい、二人の少女は一目散にそこ目掛け駆け込もうとするが、早速衛兵に止められる。それに対し、万安は舌打ちするものの、直ぐに星加に命じた。



「チッ、このままでは拙いと言うにょに……星加ッ! やっちゃうのにゃ! 」


「かしこまりましたのにゃー 」



 『うんしょ、うんしょ』と言いながら、星加が背に括り付けた物を衛兵に突きつけると、あっと言う間に衛兵の顔から血の気が引いていくのが伺えた。



「わるいけど、万安しゃまのじゃまをするやつはようしゃしないのにゃー! 」


「んなっ!? ヒッ、ヒイイイイ~~~ッ!! 」



 下手をすれば、鈴々より背が低い星加が突きつけた物は、何と、普通の物より巨大な鉄疾黎骨朶(てつしつれいこつだ)――通称狼牙棒と呼ばれる物であったのだ。この様な小柄な少女が、何故巨大な鉄塊を片手で持てるのかは不思議であったが、これ等が醸し出す違和感が余計彼に恐怖心を与えたのである。



「う、うーん…… 」



 この独特な違和感と、得物から放たれる威圧感に心が折れたのか、遂に衛兵はその場で卒倒してしまった。この光景に、万安はニヤリと口角を歪める。



「良くやったのにゃ、星加! それでは早速患者の元へ向かうのにゃー! 」


「にゃーっ! 」



 障害を撃ち破る事に成功し、早速二人は城内へと潜り込んだ。この時の二人の動きは、まるで『猫』の様な俊敏さだったのである。




「休んでいなくっては駄目よ? 愛紗ちゃん…… 」


「いえっ、私のせいで仲郷殿は未だに臥せったままなのです。紫苑殿、何とぞ看病くらいはさせて頂たい 」


「愛紗ちゃん…… 」



 さて、一刀の方であるが……彼の症状は未だに回復されていなかった。この状況を打破すべく、喜楽は毎日薬草や医学関連の書物を読み耽ってはいた物の、良い手がかりが掴めなかったのである。義雲、雲昇、紫苑の三人は交代しながら彼の看病に当っていたのだが、ここ数日前からは愛紗が加わっていた。


 彼女の方も完全に回復した訳ではないのだが、少しばかりは動く事が出来るようになっていたのである。無論、他の者達は首を縦に振ってくれなかったが、強情っ張りな彼女の気性に折れる形になったのだ。


 現に今もこうして、いつもの普段着ではなく、女性用の平服を着た愛紗が懸命に一刀の顔を濡れ手拭で拭いている。彼女の象徴である艶やかな黒髪も、いつもの様に纏めておらず、下ろしたままであった。そんな彼女の姿を見守る紫苑の方も、とても辛く、正直居た堪れなかったのである。



「紫苑、雲長、交代だ。少し休むがよい 」


「お二方、後は私達がやりましょう。食事と仮眠を摂って下さい 」



 扉の開く音と共に、義雲と雲昇が室内に入ってきた。流石に陣中ではなかった為か、二人とも鎧姿ではなく楼桑村にいた時の様な平服姿であった。



「義雲様、雲昇様……畏まりました。それでは、少し休ませて貰いますわね? 愛紗ちゃん、行きましょう 」


「判りました、それでは失礼致します……仲拡殿 」


「む? どうしたのだ、雲長? 何かわしに用か? 」



 彼等の言葉に従い、愛紗と紫苑が部屋を辞そうとしたその時、ふと愛紗は義雲を伺う。少し押し黙っていた物の、力ない声で彼に尋ねた。



「統伯(喜楽の字)殿の方ですが、何か進展は? 」


「…… 」


「そう、ですか…… 」



 然し、それに対し義雲は只黙って首を横に振るだけである。彼の素振りに、それは否であると言う事を、愛紗は即座に理解した。紫苑に軽く背中を押され、後ろ髪を引かれる想いでこの場を立ち去ろうとしたその時に、突然出来事が起こった。行き成り、室内に二人の人影が飛び込んで来たのである。それは先程の万安と星加であった。



「ここにゃーっ!! 強い毒の臭いがプンプンするのにゃーっ!! 」


「にゃーっ! 万安しゃま、毒なのにゃーっ! 」


「むっ!? 」


「何奴っ!? 」


「きゃっ! 」


「なっ!? 」



 それぞれの表情で驚いている四人を他所に、万安は手に持った袋を放り投げて、寝台に臥せった一刀に貼りつくと、ヒクヒク鼻を動かし始める。星加の方であるが、彼女は得物を床に置くと、万安が持っていた袋の口を開けて、いつでも中の物を取り出せる準備を始めていた。



「むうっ、こやつ等は一体何者だ? まさか、妖かしの類ではなかろうな? 」


「見た感じ、二人ともまだ幼い少女のようですが……彼女等は一刀殿に一体何を? 害を加える様にも見えませんが……? 」


「くっ、体が元に戻っていれば、この様な者たち即座に蹴散らせると言うのに……! 」


「うーん……もしかすると、あの子達……でも、まさか? 」



 万安と星加の出で立ちは、常人から見れば余りにも逸脱している物であった。二人とも何やら虎か豹の毛皮のような服を身に纏っているし、特に万安は翡翠色した毛髪の間から、何やら獣の耳らしき物が出ていたからだ。この異様な雰囲気の二人を、紫苑を除く他の三人は訝しげに見やるが、紫苑だけは首をかしげており、何やら思い出そうとしていた。



「いかがした、紫苑? あの者どもに、何か心当たりでもあるのか? 」


「もしかして、紫苑殿の知己の方ですか? 」


「紫苑殿、何か知っていたら教えてほしい 」


「多分ですけど…… 」



 無論、紫苑の仕草を見逃す三人ではない。早速彼等が尋ねてくると、紫苑はゆっくりと思い出しながら話し始めた。



「はい。多分ですけど、あの二人はわたくし達が『南蛮』と呼んでいる民だと思いますわ。以前、わたくしは益州に住んでおりましたので、彼女等のような出で立ちの者を幾度か見かけた事があるのです 」


「『南蛮』となっ? 紫苑、もう少し詳しく教えてくれぬか? 」


「私も人伝で聞いた事がありますが、紫苑殿っ、もう少し詳しくお教え頂きたい 」


(んっ……『南蛮』? それに、何やら先程『万安』と言う名前が出ていたが……? まさか!? )



 紫苑の言葉に、義雲と愛紗は更に彼女に尋ねてくるが、その一方で雲昇は僅かにだが眉を顰める。どうやら、彼には何か思い出させるような事があった様だ。然し、そんな雲昇を他所に、紫苑は言葉を続ける。



「はい、『南蛮』或いは『西南夷(せいなんえびす)』とも呼んでおりますわ。彼等は、成都の都から真南にある※2益州郡一帯でそれぞれ部族を率いており、独立勢力を築いているのです。『蛮』や『夷』は蔑称ですから、彼等に接するに当り、わたくし達は『西南の人』と呼ぶようにしております 」


「成る程、つまりあの者達は『西南の者』と言う訳か……むっ? 雲昇、いかがしたか? 」


「それでは、あの者達に当る時には言葉に気をつけねばなりませんね? 子穹殿? どうかされたのですか? 」


「いえ、単なる思い違いですので、お気になさらず 」



 紫苑の説明に、義雲と愛紗がそれぞれ納得した風で頷くと、今度は何やら顎を摘んだ雲昇の姿が二人の視界に入る。心配するかのように、二人が雲昇を見やるものの、当の彼は苦笑を一つ浮かべるだけであった。



「もしっ! 聞きたい事があるのにゃ! この者が毒に中ってから、どれ程経っているのにゃ!? 」



 彼等四人に、行き成り万安が声高に尋ねてくる。心なしか、彼女の顔には焦りが浮かんでいるようであった。彼女の顔に只事ならぬものを感じ、一同を代表して雲昇が彼女に答える。



「はい、七日程経過していますが、打つ手が見当たらず、こちらとしても困っているのです…… 」


「にゃっ、七日(にゃのか)も経っているのかにゃー!? しょれは、拙いのにゃ! 早く手を打たねば、この者は明日か明後日の内に死んでしまうのにゃっ!! 」



 彼の答えを聞いた瞬間、万安は驚愕で目を見開くと、衝撃的な言葉を声高に言い放った。すると、一斉に四人の顔に焦りが浮かび始める。



「お主の言わんがしている事は判る! 然し、何の毒か区別もつかぬのだ! 」


「私達も医学と薬学に詳しい者に調べさせましたが、有力な手がかりすらないのです! 何かご存知であれば、教えて頂きたい! 」


「お願いですっ! 出来るだけの御礼なら致しますから、どうか一刀さんを助けてくださいっ! 」


「私からも頼むっ! 今仲郷殿に死なれてしまっては、私は義姉上達に顔向けができぬのだっ! 」



 縋るかのように頼み込んでくる四人に対し、万安はニッと笑って見せると、膨らみかけの胸をドンと叩いてみせた。



「安心するのにゃっ! 靡誘(みゆう)は毒に詳しいのにゃっ! 靡誘達が住んでるとこには毒虫や毒草、そして毒泉がごまんとあるのにゃっ! かつて、靡誘達のご先祖しゃまは伏波将軍しゃまのお供をして、その時様々な毒から将軍しゃまをお守りしたものにゃっ! しょれでは、星加っ! 」


「にゃーっ! 万安しゃまー!」


薤葉芸香(かいよううんこう)を出すのにゃっ! 」


「わかりましたのにゃーっ! 」



 万安に促され、星加は先程の袋の中から一つの小さな巾着を取り出して彼女に手渡す。万安がそれを開けると、何やら干した薬草の様な物が出てきた。



「んっ、見た事もない薬草だな? 何だか、辣椒(ラージャオ)(トウガラシ)に似てるな? 」


「喜楽っ? 」


「喜楽殿? 」


「喜楽様? 」


「統伯殿、何故ここに? 」



 行き成り言葉が割り込んでくると、四人は一斉に声のした方を向く。すると、そこには目の下に隈を作り、無精髯だらけの喜楽の姿があった。


 いつもは酒の匂いを漂わせている彼であるが、今は微塵も匂わせていない。好きな酒も飲まず、如何に彼が一刀のために悪戦苦闘していたのかが窺えた。然し、彼は驚きの表情を見せている四人を他所に、ズカズカと万安の方へと近寄ると、おもむろに彼女に話しかける。



「なぁ、ちょっといいかね? 」


「ん? 何なのにゃ? 」



 喜楽に声を掛けられ、きょとんと首をかしげる万安。何故か、彼女の姿はとても愛くるしく見えたのだが、これは余談である。



「今、君はその薬草を取り出したけど、それって彼に効くのかい? 俺も散々調べたんだが、何の毒か判らないから、どの薬草を使えばいいのか全然判らなかったんだよ? 」


「大丈夫なのにゃ! この薤葉芸香は、靡誘達のとこの神しゃまからの贈り物で、あらゆる毒に効くのにゃっ。しょれに、中原の者たちに判らないのも当然なのにゃ! これは、※3交趾(こうし)よりもっと南に住む者達が、狩や戦に使う毒なのにゃ! 」


「なっ? 交趾より更に南の方だって!? 」


「そうにゃのにゃっ! 確か、※4狼牙脩(らんやしゅう)とか言うとこだそうなのにゃっ。ここに住む者達は※5怡保(いぽー)と呼ぶ樹から採った樹液に、毒むかでや毒蜘蛛等の様々な毒を混ぜ合わせてるのにゃっ! 靡誘も昔、そこからやってきた狩人から見せられた事があるのにゃっ! 」



 自身の事を『靡誘(みゆう)』と称する万安の説明に、喜楽を含め五人は複雑な表情になる。特に、先程まで悪戦苦闘していた喜楽は、一気に脱力すると自嘲めいた笑みを浮かべていた。



「成る程、南の交趾より更に南の事じゃ、こっちの知る訳がないか……。いやー、流石に今回は参ったよ、ハハハッ…… 」


「喜楽、余り己を責めてはならぬ。お主が知らぬのであれば、恐らく照世や道信も知る由もあるまい? 」


「義雲殿の申される通りです。特に、薬学や医学における喜楽殿の知識は、照世殿や道信殿の遥か上を行っておりますし。喜楽殿の知識はこれからも必要です 」


「そうですわ、わたくしも喜楽様のお薬のお陰で体が回復できた事がありますし、これからもお願いしたい所ですもの 」


「私も他の皆々様と同じです。統伯殿、先ずはこの御仁が仲郷殿のお体を治してくれそうですし、ここはこの御仁にお願いしましょう 」


「ありがとさん、皆。お陰で少し気が楽になったよ 」



 義雲達四人に励まされ、喜楽がフッと笑みを浮かべていると、早速万安こと靡誘は星加を助手に、その場で薤葉芸香をすり鉢に放り込んで、ゴリゴリとそれをすり潰し始める。見るからに、どうやら解毒剤の調法に入ったようだ。


 その間、靡誘と星加は無言で、一心不乱に調薬作業を行っており、その手際は熟練者である喜楽をも唸らせる。やがて、作業に入ってから彼是一刻(約二時間)余りが経過し、遂に彼女等は薬を完成させた。



「さ、これを彼に飲ませるのにゃ 」



 どうやら飲み薬なのか、出来上がったそれは茶器に入っており、湯飲みが添えられていた。然し、そこからは何とも言えぬきつい匂いを発しており、皆鼻を覆い隠す始末。流石の義雲と雲昇もこれには堪らず、袖で鼻を覆い隠し渋面を作っていた。



「ぬうっ、何と酷い臭いだ! 」


「うっ……これは、何とも……窓を開けましょう、流石に締め切ったままでは危険です 」


「で、出来たのは宜しいのですけれど、一体これをどうやって飲ませるのですか? 一刀さんは自分で飲めませんし…… 」


「ほっ、本当にこれが解毒剤なのですか? 何だか飲ませる前に匂いで倒れそうだ…… 」


「こりゃあ、強烈だな……。何だか、酔い覚ましの薬を更に強くしたようなきつさだぜ? 」


「クッ、まるで三年穿き続けた下着を、猫の小水で煮込んだような臭いだな? 」


「「「「「!? 」」」」」



 それぞれ意見を述べる五人であったが、更にもう一人別な声がそれ等に加わる。驚いた彼等が、また新たな声の方を向いて見れば、何とそこには槍を携えた星の姿があった。いつも毅然と振る舞う彼女であったが、流石にこの悪臭に耐え切れなかったのか、皆と同じく鼻を摘んでいる。



「星ッ、なぜお前が!? 義姉上や白蓮殿と一緒ではなかったのか!? 」


「フッ、忘れ物を取りに戻ったのだ。『劉仲郷』と言う、大きな忘れ物をな? 大丈夫だ、桃香殿達には既に断りを入れてある。ああして気丈に振舞ってはいるが、矢張り一刀殿が居なければ、落ち着かぬと思うしな? 」


「そうか、義姉上に代わり礼を言う。有難う…… 」


「なぁに、構わぬさ。それに、私も桃香殿にお仕えしたいと思っていたのだ。仲郷殿なら、良い手土産になろうよ? 」



 一見すると、カッコイイやり取りにも見えなくはないのであったのだが、片や袂で顔を覆っているし、もう片方は鼻を摘んでいる有様だ。正直言って、物凄くカッコ悪い。



「そなた達、しょれよりも早く、この者に解毒剤を飲ませにゃくてもいいのか? そなた達が出来ぬのであれば、靡誘が飲ませるのにゃ! 」



 中々薬を飲ませる気配を見せなかった事に、痺れを切らしたのか、靡誘は茶器を傾けると湯飲みに解毒剤をなみなみと注ぐ。注がれたそれは緑褐色をしており、どろっとした液体だった。口を開けて、それを口の中に含ませようとした彼女であったが、愛紗がそれに待ったをかける。



「まっ、待ってくれ! 」


「ん? もしかして、そなたが飲ませるのかにゃ? 」


「…… 」


「わかったのにゃ、ほれ 」



 チラッと靡誘が愛紗を見やると、彼女は黙って首を縦に振り、靡誘は愛紗に湯飲みを手渡した。そして、愛紗は湯飲みをクーッと一気に傾け、解毒剤を口の中に含ませるが、この時愛紗の口内に強烈な刺激が走る。



(なっ、何だこれは!! これが解毒剤なのか!? 苦いし、辛くて痛いし、何よりも臭い!! 然し、ここで吐き出してしまえば、仲郷殿が死んでしまう! 耐えるのだっ、関雲長!! )



 そう己に言い聞かせると、愛紗は苦しそうに喘いでる一刀の口をこじ開け、彼の口内に己が含ませていた物を……一気に流し込んだ。周りの者達が傍観する中、愛紗は茶器に残っていた薬が空になるまで、それを繰り返し行ったのである。



「ハァ、ハァ、ハァ……ぜ、全部飲ませたぞ? 」


「先ずは、ご苦労であったな? 愛紗よ、これで口をすすぐがいい 」


「すまない、星。感謝する 」



 息も吐かせずに薬を飲ませ続けていたせいか、肩で息をする愛紗であったが、そんな彼女にニコリと笑みを浮かべた星が彼女に水の入った湯飲みを手渡す。それを受け取ると、愛紗は口をすすぎ始めた。



「それにしても、愛紗よ。お主も思い切ったことをした物だな? よもや、惚れてもいないのに仲郷殿に接吻するとは、いや、この趙子龍、お主には恐れ入ったぞ? 」


「ブハッ!? 」



 ニヤリと口角を歪めながら言い放った星の言葉に、愛紗は含ませていた水を思いっきり噴出してしまった。



「ゲホッ、ゲホゲホッ! 星~~~!! 貴様、何て事を言う!! これは接吻ではない!! 薬を飲ませただけだ!! 第一、仲郷殿は義姉上の想い人ではないかッ!? 接吻などと、その様なふしだらな真似、出来る訳がなかろうがッ!? 」


「おお、怖い怖い。本当は私がやろうと思っていたのだがな? 男衆にはきついと思うし、紫苑殿に至っては仲拡殿の奥方だ。人様の奥方にその様な真似をさせるのも何だから、私がやろうと思っていたのだ。それに、私も『殿方』としての仲郷殿にえらく魅力を感じているのでな? うむ、折角の好機であったが、まぁ、今回は愛紗に譲るとしよう 」


「せ、星~~~~っ!! 」



 本心かどうかも判らぬ星のおちょくりを受け、遂に堪忍袋の緒が切れたのか、愛紗のこめかみに青筋が浮かぶ。先日の臨菑城の一件と同じく、睨み合いを始める二人であったが、すぐさま二人の頭に義雲と雲昇の拳骨が炸裂した。



「アウッ! 」


「イツッ! 」


「大概にせぬかぁ、お主等……!? 仮にも病人の前で、不謹慎と言う物だぞ? これ以上暴れると申すのなら、わしが二人まとめて相手してくれるわ! 」


「雲長殿、子龍殿……喧嘩をするのなら、場所を考えて欲しいものですが……? もし、どうしてもと仰られるのなら、不肖ながらこの趙子穹がお相手致しますが、これ如何に? 」


「愛紗ちゃん、それに星ちゃんも……子供でもないのだから、いい加減少しは弁えなさい? 義雲様と雲昇様を怒らせたら、多分二人でも敵いませんわよ? 」


「も、申し訳ありません…… 」


「ううっ、す、すまない。私とした事が、いや、何ともお恥ずかしい 」



 流石に剛勇を以って知られた二人も、年上で且つ実力も備わった三人に睨みつけられると、たちどころに小さくなってしまう。我々の世界で言えば、丁度学校の先生に怒られてシュンとなる女学生さながらのようであった。



「んっ? おおっ、みんな来てくれ! 北の字君の息が落ち着いてきたみたいだぞ? 」



 そんな騒ぎなど気にもせずに、一刀の様子を見守っていた喜楽が声を上げると、周りの者達は一斉にそちらの方へと詰め寄る。見ると、あれだけ苦しそうに喘いでいた一刀の呼吸は落ち着いており、表情も穏やかな物になっていた。



「よしっ、薤葉芸香の効果が出てきたようなのにゃっ! 後は、この者の意識が戻るのを待つだけなのにゃ 」



 一刀の容態が安定した事に安堵したのか、靡誘はニッコリと笑みを浮かべる。義雲や愛紗を始めとした者たちも、ホウッと安堵の溜息を一つ吐いてみせると、彼等は一斉に胸を撫で下ろした。



「それじゃ、お礼をしなくてはならないな? お二人さん、腹は減ってるかね? 余り大した物はないが、食事を出そう 」


「おおっ、それはありがたいのにゃ! 何せ、道中飲まず食わずにゃったし、ありがたい事にゃ 」


「にゃーっ! 」



 憑き物が落ちたかのように、晴れやかな笑顔の喜楽が申し出てくると、靡誘と星加は破顔一笑で答えて見せたのである。



「あーっ、おいしかったのにゃー! 流石は中原、食べ物も洗練されてて大変美味だったのにゃー 」


「おいしかったのにゃー! 」



 一刀が眠る部屋の隣に場所を移すと、早速喜楽はこの二人の可愛いお客人に食事を振舞った。小柄な体に似合わず、二人は沢山食べ捲り、今は山積みになった空の皿を前に、何れも膨らんだお腹をさすっている。ついでに他の五人も彼女等と食事を共にし、彼らもそれぞれ満足げに顔を緩めていた。



「で、確か万安さんと沙摩柯(しゃまか)さんと言ったね? 何でここに来てくれたんだい? 」



 二人に茶を淹れながら、喜楽が尋ねてくると、靡誘は湯飲みを一口傾けて真剣な表情で語り始めた。



「うむ、靡誘と星加は数日前に夢を見たのにゃ 」


「にゃー! 夢なのにゃー! 」


「夢? 」



 二人の言葉に、思わず愛紗が眉を顰めるが、靡誘は更に言葉を続けた。



「靡誘と星加の夢枕に、伏波将軍しゃまが立たれたのにゃ! その伏波将軍しゃまが、『黎陽で毒に苦しむ者がおる、かつて私達が神から授けられし薤葉芸香で、その者を救って欲しい 』と靡誘たちに仰られたのにゃ! 」


「「「「「伏波将軍? 」」」」」


「にゃー! 伏波将軍しゃまは、えらいお方にゃのにゃ! 例え大王しゃまでも逆らえないのにゃっ 」



 この『伏波将軍』であるが、簡単に言えば『雑号将軍』と呼ばれる将軍号の総称の内の一つである。『大将軍』、『右将軍』、『左将軍』の様な物ではなく、討伐する地域等の目的名を冠した物が大半で、言ってしまえば将軍号を美化する目的の傾向が強かったのだ。



「クシュン! 」


「どうした、固生? 風邪か? 」


「違いますよ、兄上。何故か、無性に鼻がむずむずしましたので、つい 」



 余談であるが、『雑用将軍』は『雑号将軍』の一つではない事を予め言っておくので、お間違いないように。



「一体、その伏波将軍とは何者なのでしょうか? 」



 靡誘達がしきりに言う『伏波将軍』であるが、肝心要の本人の名が出てこない。疑問を抱く愛紗であったが、すぐさま喜楽がニヤッと笑みを見せた。



「あれ? 雲長さん、気付かないかね? 恐れながら、我が軍に協力してくれる人物の中に、その子孫が居るんだよ? 」


「え? それは一体誰なのですか? まさか雪蓮殿たちとか? 」


「違うよ、翠ちゃんと蒲公英ちゃんさ。何と、あの二人のご先祖様は『老いて益々盛ん』で有名な、かの馬援なんだぜ? 『伏波将軍』の肩書きを持ち、且つ伝説的な存在と言えば、漢の功臣『馬援』しかいないんだよ。恐らくだが、万安さんのご先祖様は交趾で起こった徴姉妹の反乱鎮圧の際に、馬援将軍に同行したんだろうね? 」


「何と、翠と蒲公英の祖先が、あの『馬援』とは……? 」


「ほう、まさかあの二人が『馬援』の子孫だったとは……いやはや、私も正直驚きましたぞ? 」



 喜楽の説明に、愛紗が驚きの表情を見せると、彼女の隣にいた星も思わず驚きで目を見開く。すると、彼らの話を聞いていたのか、靡誘達までもがそこに入り込んできた。



「しょっ、しょなた達の仲間に伏波将軍様の子孫がいるのですかにゃっ? だったら、会わせて欲しいのにゃー! 」


「にゃー、会いたいのにゃー! 」


「おっ、おい…… 」



 目をキラキラさせながら頼み込んでくる彼女等の姿に、思わず喜楽は仰け反ってしまうが、すぐさま彼は義雲の方を伺う。



「どうする、義雲殿? 桃香ちゃんと一心様から、ここを任されてるのは義雲殿だ。俺はあくまでも補佐役だしね? 後は任せるよ 」 


「なっ? わしだと……? 仕方あるまい、この者達は一刀だけでなく我等の恩人であるからな? 望み通りに会わせてやろう 」



 行き成り喜楽に振られ、義雲は一瞬呆気に取られる物の、結局は苦笑交じりで頷くのであった。


 その後、愛紗たちは交代で一刀の看病に当たり、彼の意識が戻るのをじっと待つ。やがて、その明くる早朝、一刀の目がうっすらと開かれ始めた。



「うっ……ここ、は……? 」


「仲郷殿ッ!? 目を覚まされましたか!? 私です、雲長です! 」


「一刀、わしだ、義雲だ! 意識が戻ったのか!? 」



 この時、一刀に当っていたのは不眠不休で彼を看ていた愛紗と義雲である。弱々しく一刀が言葉を紡ぐと、二人は一斉に彼の顔を覗き込んだ。



「義雲兄者、それに雲長殿……。どうやら、俺は随分眠っていたようですね……? 桃香達は、無事に潁川へと向かったのでしょうか……? 」



 一刀は力なく右手を挙げると、何かを掴むかのように蠢かせて見せるが、それを義雲の大きな手と愛紗のすらりとした手が包み込んだ。



「ああ、大事無いぞ? 桃香殿なら、無事兄者達と共に潁川へと向かった! だから、お主はまず体を治す事に専念するが良い 」


「仲拡殿の申される通りです。仲郷殿、義姉上達に会う前に、まずは体を元に戻す事だけを考えて下さいッ! 」


「ははっ、それを聞いて安心しましたよ……。ところでですが、義雲兄者、雲長殿……どうも、右目が見えないんです。左目は見えるんですけど、右の方がどうにも…… 」


「なにっ!? 」


「なっ!? 」



 一刀の言葉に、それまで安堵しきっていた二人の心は、再びざわめき始める。どうやら、一刀を蝕んでいた毒は、そのまま彼を解放してくれなかったようだ。



「う~~ん…… 」


「ふーみゅ…… 」



 寝台の上で、身を起こした一刀の右瞼をこじ開けた喜楽と靡誘が、じっと彼の右目を覗き込んでいる。あの後すぐさま義雲と愛紗に叩き起こされたのだ。周りの皆が不安げに見守る中、喜楽と靡誘は水を湛えた洗桶(あらいおけ)でそれぞれ手を清めると、二人は苦々しげに顔を顰めて首を横に振る。



「だめだ、完全に黒目が白く濁っている。恐らくだが、北の字君の右目はもう使い物にならない。片目の感覚に体の方が慣れるまで、ここから出さない方が良い…… 」


「靡誘も同じなのにゃ、解毒剤を飲ませるのが遅かったせいか、毒の回りが進みすぎていたようなのにゃ……申し訳ないにゃ、任せておけと言ったのに、助ける事が出来なかったのにゃ…… 」



 そう語る二人の顔は落ち込んでおり、特に解毒剤を調合した靡誘の落ち込みようは喜楽より酷かったのである。他の者たちも、皆気遣うように一刀に言葉をかけるものの、只一人愛紗だけはずっと顔を俯かせたままであった。



「何と、一刀の右目は盲いたと申すか……兄者達に何と申せばよいのだ……! 」


「無念です……かくなる上は、張闓めを探し出し、奴を八つ裂きにせねばならない……! 一刀殿、貴方の仇はこの雲昇が取って見せましょう! 」


「一刀さん……どうか、どうかお心を強くお持ち下さいまし。義雲様の義弟である一刀さんは、わたくしにとっても弟です。わたくしは姉として、貴方が回復するまでついていてあげますわ 」


「一刀殿、今は体と心を治されることに専念して欲しい。皆には私からも話しておくのでな? 」


「そ、そんな……仲郷殿の右目が……何故、仲郷殿がその様な仕打ちを受けねばならないのだっ!? 私なんかを庇ったばかりに……! 悔やんでも悔やみきれないッ! 」



 然し、当の一刀は意外や意外。何やらケロッとした顔をしており、いつもの様に砕けた笑みを向けていたのである。只一つ、違いを挙げるとすれば右目のみ瞼が狭まっており、そこから伺える瞳の色は白っぽく濁っていたのだ。




「ハハハッ。皆さん、何辛気臭い顔してんですか? 俺は余り気にしていませんよ? それよりも、万安殿。某の為わざわざ秘伝の薬草を用いて下さった事、この劉仲郷ご恩は生涯忘れませぬ…… 」


「仲郷殿! 何故そう明るく振舞えるのかっ!? 何故私を罵ってくださらないのかッ!? 何故…… 」



 とうとう堪え切れなくなったのか、愛紗は一刀に縋り寄って来ると、彼の寝間着のすそを掴んで声を大にして叫ぶ。黒瑪瑙を思わせる、彼女の美しい瞳には大粒の涙が浮かんでいた。



「どうしてかな、雲長殿? 何で、俺が君を罵らなくっちゃいけないのかな? そうする理由なんか、俺には無いよ? 」


「ですがっ、貴方は私を庇った為に右の目を盲いてしまったではありませんかっ! 」



 それでも、なお自分に食らいつく愛紗に一刀はフゥと一息吐くと、彼女に言い聞かせるかのように語り始めた。



「……確かに、右目が見えなくなったのは、正直とても辛いよ。でもさ、下手をすればとうの昔に俺は死んでいたんだよ? 代償が右目一個で済んだのなら、かえって御の字と思わないと罰が当っちまうよ。死んでしまったら元も子もないしね? まっ、少し不便だけどそれより俺は皆と、そして桃香達と再び会える事の方が物凄く嬉しいんだ 」


「仲郷殿…… 」



 呆然と自分を見上げる愛紗に、一刀はニコッと柔らかい笑みを浮かべて見せる。無意識であったが、この時彼女は頬を紅く染めていた。



「それにさ、両目を潰された訳じゃないんだし、俺はまだまだやれるから大丈夫だよ。雲長殿、気にするなとは言わないけど、だからと言って必要以上に思いつめないで欲しい。君は桃香の義妹なんだ。その君がいつまでもクヨクヨしていちゃ、桃香に鈴々も気が気でならなくなってしまうんだよ? 」


「はい……有難う御座います…… 」



 本来であれば、一刀の心は可也傷ついていたに違いない。然し、その一刀が愛紗を優しく諭しているのだ。この二人の姿を、義雲と雲昇、そして喜楽は優しげな眼差しで見守っており、紫苑と星はそっと涙を拭っている。靡誘と星加はしきりにウンウンと、何度も頷くのであった。



「あ~~っ! 何だか安心したら腹が減ったなァ~~! それじゃ、紫苑義姉(・・)さん。悪いんだけどさ、何か食べる物ない? もう、腹減って死にそうだよぉ~~! 」



 行き成り、場の雰囲気を変えるが如く、一刀の腹から盛大な音が鳴り始める。あの黎陽の戦いの前夜、一刀は軽く食事を摂っただけで、それ以降は全然何も口にしていなかったのだ。大仰に腹を当て、少しばかりの冗談を交えて一刀が声高に叫ぶと周囲からは笑い声が飛んでくる。



「あ、はいっ。御免なさいね? 今すぐに用意致しますから……麦粥でよろしいですわね? 」


「特盛りつゆだく(ぎょく)つき! あと、搾菜(ザーツァイ)刻んだのも添えてね? 」


「あらあら? 病み上がりなんですし、行き成り詰め込んでしまいますと、吐いてしまいますわよ? 玉は入れて差し上げますけど、今日は『並』で我慢するのですよ? お姉ちゃんの言う事をちゃんと聞けますわよね、一刀ちゃん? 」


「はぁ~~い、わっかりましたぁ……紫苑義姉さん 」



 まるで、我が子に『めっ』とやるかのように紫苑に注意され、一刀はわざとらしくしょんぼりしてみせる。そのやり取りが余りにも可笑しかったのか、周りからどっと笑い声が上がった。笑い声を上げる皆に混ざり、先程まで落ち込んでいた愛紗も、いつしか腹を抱えて笑っていたのである。




「……仲郷殿、こんな形でここを去る私をお許し下さい。私の代わりに義姉上をお頼み致します…… 」



 その晩の事である。いつもの出で立ちに身を包んだ愛紗が、コッソリとここから立ち去ろうとしていた。城門から、彼のいる部屋の方を見やる彼女の顔には、いくばくかの寂寥感がまざっていた。


 一刀からは気にしないで欲しいと言われた物の、矢張り愛紗としては彼らの前から姿を消し、自分なりに責任を取ろうとしていたのである。



「あいや待たれーいっ! 」



 力無く得物を担ぎ、とぼとぼとした足取りで外へ向かおうとする彼女であったが、突然とある方から声が掛けられてきた。



「ッ!? 何奴っ!? 」


「はっはっはっはっは! はーっはっはっはっはっは!  」



 表情を険しくさせ、声のする方を愛紗が見上げると、そこには何やら蝶を模した仮面を着けた細身の女性が屋根の上に立っていた。仮面の女から発せられる独特の雰囲気に中てられ、関わってはいけない人種と判断させると、愛紗は顔を強張らせる。



「なっ……な、何だ、その仮面は……!? しかし、こやつとは係わり合いにならぬ方が良さげな気がする…… 」


「とうっ! 」



 直ぐにこの場から退散しようと試みる愛紗であったが、それを阻むかの如く仮面の女は跳躍すると、ストンと愛紗の前に舞い降りてきた。



「きっ、貴様、何奴だっ!? もしや、新手の黄巾かっ!? 」


「んなっ、黄巾だとッ!? 失敬な、私をあの様な連中と一緒にしてもらっては困る! 私は美と正義の使者……『華蝶仮面』っ! 関雲長よ、たった一つの過ちで道を見失いかけてる貴様に喝を入れんと、この華蝶仮面只今参上した次第ッ! 」


「なっ!? 私が、道を見失いかけているだと……!? 」



 愛紗の台詞に、思わずずっこけかけた華蝶仮面であったが、即座に切り替えて真っすぐ愛紗を見やる。一方の愛紗であるが、彼女は狼狽を色に表していた。



「そうだ、貴様は先日の黎陽の戦で、自分の身代わりになってしまった劉仲郷殿の一件で、すっかり眼が死んでいる! 確かに、武人である者ならば、かような事も幾度か遭うやも知れぬ。然し、貴様が劉玄徳殿と立てた誓いは、その様な事で脆くも崩れ去る物なのか!? 」


「ええいっ、『発情仮面(・・・・)』とやら、何故その様な事まで知っている? それに、私のせいで仲郷殿は二度と戦場に立てぬのやも知れないのだぞ!? 未来溢れる一人の若者の人生を、私は台無しにしてしまったのだっ! こんな私が、今更義姉上の元へおめおめと戻れる物かッ!! 」


「フッ、私は何でもお見通しだ! それと、『発情(・・)』ではないっ、『華蝶仮面(・・・・)』だっ! 関雲長よ、先程貴様は一人の若者の人生を台無しにしたと申したよな? ならば、その若者が今何をしているか、私の後について来い!! 己の行く末を決めるのは、その後でも構わぬであろうよ? 」



 愛紗の発言に華蝶仮面はやや顔をひくつかせた物の、何処かへと足を向け始める。少し歩いてから彼女は後を振り返り、立ち尽くしたままの愛紗に『ついて来い』と言った風で顎を振って見せると、覚悟を決めたのか愛紗は彼女の後についていった。


 華蝶仮面が先行する形で、愛紗も歩を進めていたが、その間二人は終始無言であった。やがて、華蝶仮面が足を止めると、それに合せるかのように愛紗も足を止める。そして、華蝶仮面が後を向くと、前のとある一角を親指で指して見せた。



「雲長よ、あれを見てみるが良い。但し、気取られぬようにな? そして、改めて知るが良い。仲郷殿がどれだけの覚悟を秘めているのかをな……! 」



 華蝶仮面に促され、愛紗がそっと物陰から様子を覗いてみると、自身の目に飛び込んできた光景に思わず彼女は息を呑んでしまった。



「これは……!? 」



『ぬうんっ! 』


『ぐうっ! 』



 そこでは、馬上にて義雲と手合わせをしている一刀の姿があった。今朝意識を回復したばかりであるのに、一刀はもう義雲との鍛錬に励んでいる。左目しか使えないのにも拘らず、彼は必死の形相で黒風に跨り、馬上にて義雲と得物をぶつけ合っていたのだ。



『一刀、もうやめよっ! お主はまだ病み上がりなのだぞ!? これ以上続けていては、お主が壊れてしまうだけだ! 』



 一刀と義雲は、それぞれ戦の時と同じ出で立ちをしており、どうやら実戦形式で鍛錬をしていたようである。先程義雲の冷艶鋸の強烈な一撃を叩き付けられ、一刀は思いっきり落馬してしまったのだ。



『くうっ、まだまだぁっ!! 義雲兄者、手加減は抜きにして下さい! 』


『むうっ…… 』



 然し、一刀は傷だらけになりながらも、歯を食い縛って立ち上がる。彼のその凄まじさに、思わず義雲もたじろいでしまった。大身槍を杖代わりにし、よろよろと立ち上がりながら、一刀はクワッと隻眼を見開かせ、義雲を睨みつける。



『俺の夢は、桃香の思い描く夢を見届ける事なんですッ! 右目一つ喪いましたが、だからと言って、今更立ち止まる事など俺には出来ませんッ!! 義雲兄者、兄者の武をこの一刀に骨の髄まで叩き込んで下さいっ! 俺は、俺は……例え全て喪い魂魄だけになろうとも、桃香と共にありたいんだあっ!! 』



 一刀の魂の叫びを受け、義雲は目を瞑って暫く黙り込むと、やがて勢い良く開眼し闘気を解き放った。流石に前世で武神とまで謳われた義雲だけあってか、それの凄まじさと威圧感は可也の物で、彼と対峙する一刀だけでなく愛紗と華蝶仮面までもが戦慄を覚える。



『良かろう……一刀、お前はわし等が手塩にかけて育ててきた。そんなお前を、わし等はある意味最高傑作と思っておる! ならば、もっと上を目指すうぬ(・・)の為、この関仲拡の武っ! 骨の髄どころか、うぬの魂魄(こんぱく)にまで叩き込んでくれようぞ! 行くぞ、赤兎っ! 』


『義雲兄者……ありがとうございますっ! ならば、こちらも改めて参るっ! 俺達も行くぞ、黒風(ヘイフォン)!! 』



 両者は馬を走らせ、幾度も得物をぶつけ合う。何度義雲に打ちのめされても、その都度一刀は立ち上がり、再度彼に挑みかかっていった。



「仲郷殿……貴方はそこまで義姉上の事を…… 」


「見たか……あそこまでの決意を秘めた漢は、そうざらにはおらぬよ 」



 その彼の姿に、愛紗は心を打たれ、いつしか落涙していたのである。彼女の後で傍観していた華蝶仮面も、仮面越しの涙をそっと拭うのであった。



「はああああっ! 」


「でやあああっ! 」



 一刀と義雲の両者が放つ闘気は回を追うごとに激しさを増し、まるで二匹の龍が天に昇る様を髣髴させる。一方的に義雲に圧倒され続けていた一刀であったが、遂に変化が訪れた。



「むうっ……! 」


「へ、へへ……義雲兄者、や、やっと……一本取る事が、出来、ました……よ? 」



 一刀は、義雲の右腕に大身槍の柄を見事に当てて見せたのである。力無い一撃ではあった物の、それは彼にとっては大きな収穫であったのだ。朦朧とする意識の中、一刀はニヤッと口角を歪めて言って見せるが、彼は力なく馬上で崩れ落ちる。然し、咄嗟に義雲は彼の体を太い腕で受け止めて見せた。



「見事であったぞ、一刀……! 今のお主の姿、兄者や桃香殿達にも見せてやりたいものだ!! 良くぞ、良くぞここまでなってくれたものだ! 弟よ、わしは本当に嬉しいぞ……! 」



 力強く、そして誇らしげに語る義雲。彼の双眼には瀑布の如き涙が、止め処なく溢れていたのである。ずっとこの二人を見守り続けていた愛紗と華蝶仮面であったが、華蝶仮面は愛紗に向き直った。



「どうかな、雲長よ? これを見て、まだお主は逃げ出す積もりと申すのか? 」


「…… 」



 華蝶仮面からの再度の問い掛けに、両目を瞑って黙り込む愛紗であったが、勢い良く開眼すると彼女の方も華蝶仮面へと向き直る。



「どうやら、私は劉仲郷と言う人物を見誤っていたようだ。それに引き換え、私は何と恥ずかしい真似を……済まなかったな、『駝鳥(・・)仮面』殿。貴殿のお陰でこの関雲長、恥の上塗りをせずに済んだ。感謝する…… 」


「フッ、それを聞いて安心したぞ? それと、私は『駝鳥』ではない、『華蝶仮面』だ! 」


「これは失礼、『猩々(しょうじょう)仮面』殿。私とした事が、二度も名を間違えるとは……面目も無い 」


「ッ……! もう、いい! 判ったのなら、雲長よ! 後は何をすべきか言うまでもないであろう! 再び何かあったら、『華蝶仮面』を呼ぶがいい。では、さらばだっ! 」



 二度どころか、三度までも己の名を呼び間違えた愛紗に憤りを感じた物の、華蝶仮面は棄て台詞と共に彼女の前から消え去った。消え行く彼女の後姿にフッと薄く笑みを浮かべて見せると、愛紗は再度後に向き直り、じっと一刀に熱い眼差しを送ったのである。



「仲郷殿……貴方の夢、貴方の想い。この関雲長しかと受け止めました。ならば、私も貴方をお支えしたく思います……貴方が義姉上と共にあるのなら、私も貴方と共にありましょう 」



 この時、愛紗はまだ自覚はしていなかったが、一刀への感情は淡い恋心に変化しようとしていたのだ。頬を赤く染める彼女の胸は、トクントクンと早鐘のように鳴り出したのである。



「ふうっ、あれ程の筋金入りの頑固者になると、流石に説得させるのも骨が折れるという物だ…… 」



 城内のとある一角にて、先程愛紗を説得させた華蝶仮面であったが、流石に疲れ切った風に顔をげんなりさせていた。



「お疲れ様です、子龍殿 」


「んっ!? 何奴っ!? それと、私は華蝶仮面だ! 趙子龍と申す者ではないッ! 」



 突然掛けられてきた声に華蝶仮面は思わず身構えるが、声の主は白銀の鎧兜に身を包んだ雲昇であった。



「貴方は……もしや子穹殿か? 」


「ええ、そうです。今宵は中々眠れなかったので、少し気晴らしにと思い城内を見回っていたのですが、先程の雲長殿とのやり取りを偶然見させてもらいましたよ、子龍殿? 」


「だから、私は華蝶仮面だ! 何度も言わせるでない! 」



 無表情が多い彼にしては珍しく、雲昇は少し意地悪そうな笑みを浮かべて見せると、流石の彼女もたじたじになってしまう。雲昇は少し肩をすくめて見せると、何やら右手を振りかざす素振りをして見せた。



「やれやれ……貴女も中々頑固な御仁ですね? これでも、まだ『仮面痴女』とでも仰られると? 」


「なっ…… 」



 それは、正に電光石火の早業であった。雲昇が右手に携えていた筈の(しろがね)の槍の穂先には、何と、蝶の仮面が引っ掛けられていたのである。一方、仮面を剥ぎ取られた華蝶仮面の正体であるが、それは他ならぬ星であった。



「い、いつの間に……全然見えなかった!? 」


「出来うるのであれば、このような仮面など頼らず自身の素顔で接する事ですね? 『真名』を預けあった親友であるのなら、尚更の事ですよ。子龍殿? 」



 未だに動揺したままの彼女を他所に、雲昇はわざと星の前で仮面をつけて見せると、直ぐにそれを彼女に投げ返す。いつしか、彼はいつもの無表情に戻っていた。



「それでは、私はもう少し見回ってから床に就く事にします。子龍殿も早くお休みになられた方が宜しいでしょう。我々が潁川に向かうのも、時間の問題ですしね? 」



 そういい残すと、雲昇は踵を返し彼女の前から立ち去ろうとするが、そんな彼を星は呼び止める。



「あいや、待たれい! 」


「何でしょうか? 子龍殿? 」


「良く良く考えてみれば、私は一刀殿以外の殿方達に真名を預けておらなんだ。今後、私は桃香殿の下に付く。然るに、字で呼ばわりは何やら他人行儀で嫌なのだ 」



 普段飄々としている星にしては珍しく、彼女は表情を真面目な物にして頼み込んでくると、首だけを彼女に向けていた雲昇はフッと優しく微笑みかけた。



「……いいでしょう。私の真名は『雲に昇る』と書いて、『雲昇』……以後お見知りおきを 」


「真にかたじけない、『雲昇』殿。ならば、私の真名は『天上に煌く星』と書いて『星』。こちらも宜しくお願いいたす 」


「承知しました、星殿。私だけでなく、伯想様や他の者達にもそうやって打ち解けてくれる事を期待しておりますよ? 」


「判っている。どうやら、桃香殿の下で一人前として認めて貰う為には、殿方達とも打ち解けねばならないからな? ならば、この趙子龍。逞しき漢どもとも打ち解けて見せよう! 」



 こうして、真名を預けあった星と雲昇であったが、以降、星は先程の言に漏れず、一心を始めとした他の漢達とも真名を預けあったのである。これは、正にその第一歩でもあったのだ。



 ――所変わり、城内の一刀の部屋にて――



「う、うう……あれ、ここは……? 確か、俺は義雲兄者と手合わせをしていた筈…… 」



 寝台の上にて一刀は目を覚ます。先程の義雲との手合わせで精根使い果たし、倒れこんでしまったのだ。おまけに病み上がりの体を押して、無茶な鍛錬をした物だから、彼の体には過負荷が掛けられてしまったのである。



「お目覚めになりましたか、仲郷殿? 」


「雲長殿? どうして君が……? 」



 左目だけになった一刀の視界に、愛紗の顔が飛び込んでくる。何故か、彼女の表情は初対面の頃より物凄く優しいものに変わっていた。



「仲拡、いえ、義雲殿はお休みになられました。義雲殿も相当お疲れでしたので、私が代わりに貴方をここへ運んだのです 」


「そっかぁ、義雲兄者には悪い事をしてしまったなァ……って、雲長殿? 君は今、義雲兄者を真名で呼ばなかったか? 」



 愛紗の言葉に違和感を覚え、一刀は血相を変えて彼女に尋ねると、愛紗はクスッと笑って見せる。彼女の笑顔に、一刀は自分の心がスギュンと撃ち抜かれる様な感触を覚えた。



「フフッ、いい加減私も『壁』を作るのに疲れました。それに、義雲殿は義姉上が兄と慕う伯想殿の義弟にあらせられます。その私から見ても義兄であると言うのに、義妹の私がいつまでもこのままでは、義姉上に示しがつかぬと言う物ですしね? 」


「そっかぁ、なら重畳だ。君に関しては、兄上達とも仲良くして欲しいと思っていたからね? これからも宜しく頼むよ、雲長殿 」


「…… 」



 安堵しきった風で、言葉を発する一刀であったが、そんな彼を愛紗は何やら面白くなさげに睨む。彼女から発せられる威圧感に思わず怯んでしまい、一刀は焦りを覚え始めた。



「ど、どうしたのかな? 俺、何か気に障ることを言ったかい? もし、何だったら謝るよ。ごめんな、雲長殿 」


「……愛紗です 」


「へ? 」



 少し不貞腐れた風で、愛紗がボソッと呟いてみせると、一刀は思わず呆気に取られ、目を白黒させてしまう。そんな彼の反応が面白くなかったのか、愛紗はやや語気を強めて見せた。



「ですから、愛紗です。私の真名。仲郷殿に申し上げる。義雲殿も然りですが、貴方も私の兄弟同然のお方で、加えて義姉上の想い人ではありませぬかっ? 確かに、初対面の時に無礼な事を申しましたが、いつまでも私は貴方とは他人行儀の関係ではいたくないのですっ! ですから、貴方に私の真名を預けます…… 」



 最初は勢い良かった物の、段々と昔の事を思い出してきたのか、最後の方で尻すぼみになってしまうと、頬を紅く染めて愛紗は思い切り顔を俯かせてしまう。この彼女の姿に、一刀は寝台からゆるゆると身を起こすと、にこりと笑みを浮かべて見せた。



「ありがとう、愛紗。俺の方も君に真名を預けたいと思っていたけど、中々それが出来なかったよね? だけど、ようやく君から真名を預けてもらう事が出来た。ならば、俺も『一刀』の真名を君に預けるよ? 俺の事を『一刀』と呼んでくれるよね、愛紗? 」


「はいっ、一刀様っ……! 」



 一刀に真名を預けられた事が余程嬉しかったのか、黒瑪瑙を髣髴させる綺麗な瞳に大粒の涙を浮かべる愛紗。一方の一刀であるが、行き成り『仲郷殿』から『一刀様』と呼び名を変えられ、少し困惑してしまう。



「いっ、いや『様』づけなんかいらないよ? せめて『殿』にしてくれないかな? 」



 諸説様々ではあるが、一般では『様』とは自分より目上の人間に対する呼び名で、『殿』とは主に目上及び同輩や目下の者にと広範囲で用いられる呼び名である。であるからして、当然ながら一刀としても『様』呼ばわりされるのは、正直むず痒かったのだ。



「いえっ、例え隻眼になっても、義姉上の為に頑張られている一刀様のそのお姿。この愛紗いたく感服いたしました! ならば、私は貴方を『一刀様』とお呼びしたいのです……やはり、駄目でしょうか? 」


(うっ、上目遣いで見ないでくれぇえええ!! その上目遣いは、おもっきし反則やんけぇ! )



 何が反則なのかは知らないが、愛紗から懇願するように上目遣いでチラッと見られてしまうと、一刀としてもこれ以上抵抗できなくなってしまう。結局、彼は諦める事にし、彼女からは『一刀様』と呼ばせる事にした。



「は、ははっ。判ったよ、愛紗。これから改めてよろしくな? 」


「はいっ、一刀様ッ! 」



 最後に微笑ましい一悶着はあった物の、互いにいい笑みで見詰め合う一刀と愛紗。こうして、愛紗は再び己の心に元気を取り戻す事が出来たのである。


 そして、翌日になり、朝から黎陽は騒然となった。何と、繁陽にて静養していた盧植の軍勢が、黎陽に到着したのである。鄒靖に指揮権を預けていた盧植であったが、彼女は旅の医師から治療を受け、思いの外可也早い期間で体を治したのだ。


 盧植の到着を受け、黎陽に残っていた軍勢も慌しく出立の準備を始める。その中には、万安こと靡誘の薬草で体力を回復させた一刀の姿もあった。



「…… 」



 漆黒の具足に身を包み、椅子に腰掛けていた一刀であったが、彼は今、鏡で自分の顔をじっと見つめている。はっきり開いている左目に対し、右目は瞼が狭まっており、そこから見える瞳も白く濁っていた。



「このままでは、他の人達を怖がらせてしまうな……じっちゃん、じっちゃんがくれたお守り。いま使わせてもらうよ? 」



 そう呟くと、一刀は自身が首から下げていた刀の唾を取り出す。これは以前、日本にいた時に祖父がくれたお守りであった。漆黒の鍔を右目に宛がうと、黒く染め上げた留め紐をキュッと頭の後ろで結びつける。改めて、一刀は眼帯を宛がった自身の顔をじっと覗き込んだ。



「あはは……まさか、この鎧を着ていた武将と同じ隻眼になるとは思いもよらなかったなぁ? でも、俺は殺し合いが当たり前の時代に来てしまったんだ。右眼が二度と見えないのは悲しいけど、そんなんでこれから生き残れないしな? 先ずは命を拾えた事を最大の慶びとしよう……桃香達にも会いたいし 」



 最後に、一刀は三日月の前立てが飾られた兜を被り、緒をきつく締める。けして猿真似ではないのだが、どう見ても今の一刀は伊達政宗の猿真似にしか思えなかった。兜を被った己の顔が鏡に映り、一刀は思わず両手を合わせる。



「初代仙台藩主伊達政宗公、貴方のお姿を真似てしまい大変申し訳ありません。この埋め合わせは……これから考えまーす!! いざっ、出陣ッ!! 」



 そう勢い良く叫ぶと、一刀は大身槍を携え部屋を後にする。やがて城内を抜け、閲兵場に入り一刀は仲間達と合流すると、皆一斉に彼の姿に驚きの表情になった。



「むっ、一刀か? その眼帯良く似合っておるぞ? これなら前より余計強そうに見えるな? 」


「私も同じですよ、一刀殿。昨夜は義雲殿から一本取る事が出来たと聞かされましたよ? 更に高まった貴方の武。この雲昇も頼りにしています 」


「あらあら、一刀さん。何だか、前よりも色男になりましたわね? 桃香さんもこれを見たら益々貴方にほれ込みますわよ? 姉としても頼もしい限りですわ 」


「ほーう、北の字君。紫苑さんじゃないが、色男になって帰ってきたねぇ? これなら、一心様達も諸手を上げて喜んでくれるさ、ヒック! 」


「ほほう……『隻眼』になった途端、凄みが増しましたな? この趙子龍も思わずビビってしまいましたぞ? 」


「一刀様……この愛紗が貴方の右目になりましょう! 義姉上と同じく、貴方をお守りする事も我が使命! どうか、貴方の傍に置かせて下さい…… 」


「むむっ、仲郷殿。眼帯とは上手くやりましたにゃ? これにゃら、他の人達を怖がらせずにすみますのにゃ! 」


「んにゃーっ! にゃんだかわからないけど、かっこいいのにゃー!! 」



 義雲、雲昇、紫苑、喜楽、星、愛紗、靡誘、星加――彼等から賞賛の言葉を浴び、一刀は気恥ずかしさの余り、頬をこりこりと掻く。そうしている内に、一刀の前に盧植が歩み寄ってきた。総司令官たる彼女を前にし、恐縮すると一刀は跪き、すぐさま拱手行礼を行った。



「仲郷殿、義雲(・・)殿からお話は伺いました。此度は真に災難でしたね? 」


「いえっ、戦場において殺し合いをする身なれば、かような目に遭うのは当然至極の事で御座います。それよりもですが、閣下程のお方にお声を掛けて頂き、この劉仲郷恐悦至極にて御座いまする……って、はぁ? 盧閣下、いま閣下は我が義兄関仲拡の真名をお呼びになられませんでしたか? 」



 盧植から言葉を掛けられ、三賢人から教えて貰った礼儀作法を駆使し、形式通りの答礼を述べる一刀であったが、何やら違和感に気付く。思わず呆気に取られ、彼女の顔を見上げて見るが、周りの者達は笑いを押し殺しており、それどころか自身と対面している盧植本人もクスクスと笑い声を上げていた。



「フッ、フフッ……。ようやく気付かれましたか? 実は、玄徳、いえ桃香から以前他の方達を紹介された際に、既に貴方以外の方達とは真名を預けあっていたのです。残念ながら、仲郷殿だけはあの時居合わせていなかったので、私は真名を預けそびれてしまいました。ところでですが、仲郷殿。桃香からは貴方の事を『純潔を捧げた殿方』と聞かされました 」


「イイイッ!? (とっ、桃香の奴……何でそんな事まで盧閣下にベラベラと喋っちゃうんだよっ!? ) 」



 動揺を色にあらわす一刀であったが、すかさず盧植は言葉を続ける。



「そして――事もあろうか、貴方は孫家の姫君に、馬家の姫君にまで手を出されたとか? 貴方も桃香と同じ祖を持つ訳ですから、嘗ての中山靖王宜しく頑張るのは結構ですけど……程々にしないと、手痛いしっぺ返しを受けてしまいますよ? 」


「はっ、ははっ! 以後は慎みまするっ! 」



 言葉尻に少しの脅しを含ませ、盧植に凄まれた一刀は平伏低頭した。その姿が余りにも滑稽であったのか、義雲と雲昇以外は堰を切ったような爆笑をする始末である。一方の盧植であったが、彼の姿に溜飲を下げたのか、再びやんわりと彼に語りかけた。



「ふふっ、どうやら反省しているようですから、貴方へのお説教はこれまでにしておきましょう。それに、貴方も何れは桃香と同じ士大夫の仲間入りをするのやも知れません。その際、人として、士大夫として道を外さぬ様、この私も貴方を教え導こうと思います。宜しいでしょうか? 」


「ははっ、学者としてもご高名な閣下からご指導ご鞭撻を賜り、この仲郷有難き幸せにて御座いまする! 」


「ふ、ふふっ……そ、そんなに硬くならなくても良いのですよ? ならば、貴方に私の真名『陽春(ようしゅん)』を預けましょう。以後、私の事は『陽春』と呼ぶように 」


「はっ、某の事は『一刀』とお呼び下さいませッ! 『陽春』老師、桃香共々末永くお願い致しまするっ!! 」


「はい、良く出来ましたね。一刀(・・)? これからは、私の事を師であると共に母と同然に思うのですよ? 」



 この時の一刀の心境は、何だか母親に彼女との情交を見られたような気分だったのである。


 一刀と陽春――二人の最初のやり取りがこんな調子であったものだから、以降一刀は陽春こと盧植に対して頭が上がらなくなってしまう。


 この時代において、母親的存在がいなかった一刀であったが、陽春は見事その役割を果たした。それを象徴するかのように、後年一刀は陽春を『我が母』と呼び敬慕したのである。



「それでは、これより全軍潁川へ向かいます! 副将は張鈞。参謀には龐統伯殿。そして、関仲拡殿を筆頭に将の皆さんにはそれぞれ兵を受け持って貰います。宜しいですね? 」



 陽春の言葉に全員首肯すると、総勢四千の兵は黎陽を後にし、一路潁川を目指した。その中には、万安こと靡誘と、沙摩柯こと星加の姿もあった。聞けばこの二人、何と解毒の法だけでなく、医学と薬学にも明るかったのだ。優れた軍医がいなかった事情もあったのか、この二人は臨時の軍医として陽春に雇われたのである。



「桃香、蓮華、翠……三人とも無事でいてくれよな? そして、張闓……あの糞野郎だけは絶対に赦さねぇ!! 黄巾を遊び道具にしたツケを、泰山地獄でまとめて払わせてやる!! 東嶽大帝への言い訳も考えられない位になっ!? 」



 かくして、生還の代償として右目を失明した一刀であったが、今の彼は愛し合った女達の安否を気遣いつつ、自分をこんな目に遭わせた悪童張闓への激しい怒りを燃やしていた。然し、彼の怒りは右の視力を奪った事ではない。己の欲求を満たす為に、大勢の命を玩具にする彼の存在自体が赦せなかったのである。




「あ゛~~~~っ、太陽が黄色いなァ……ヤリ過ぎると太陽が黄色く見えるって、ホンマやったんやなぁ…… 」



 一方、潁川某所の陣にて、天幕から出てきた佑。虚ろげにお天道様を見上げる彼の目には、お天道様は黄色く映っていた。彼が後を振り返ると、その隙間からは仙蓼、凪、真桜、沙和の四人が全裸でスヤスヤと寝息を立てている。そんな彼女等の寝姿に、佑はニンマリと笑みを浮かべて見せた。



「仙蓼、凪、真桜、沙和……みんな、みーんな、ワイの大切な女達や! ワイは『ホンマモンの天の御遣い』になって、いつかはお前達を『世界一幸せな女』にしたるからな? せやから、これからも頼んだでぇ~~! ワイも頑張るからな? 」



 そう呟くと、佑は懐から『力給英(りげいん)』と書かれた小瓶を取り出し、それを一気に傾ける。実はこれ、強壮剤を飲み薬にした物で、佑が売れそうなネーミングを考えて売り出した物であったのだ。



「ふぅ……キタキタキターッ!! ヨッシャ、ワイはまだまだ戦えるで? 十二刻(二十四時間)ぶっ通しでもイケそうやァ~~!! 」



 鼻息をシュゴーッと勢い良く噴出し、滾ってきた己の『六甲山』を両手で押さえて見せると、及川佑氏は再び天幕の方へと逆戻りする。そして、ドッスンバッタン、ウッフンアッハンと度派手な音を立てて『めっちゃ楽しい体操』を再開するのであった。


 劉仲郷と名を変えた『北郷一刀』と、天の御遣いを演じる『及川佑』――奇妙な運命に導かれた二人であるが、その邂逅の時はあと少しと迫っていたのである。




※1:泰山地獄の支配者。死者の生前の行いを裁く。仏教で言う所の閻魔大王に相当する存在。


※2:劉禅の時代に建寧郡と改称された。諸葛亮の南方平定後は更に分割され、雲南・永昌郡が新設される。


※3:交州の南に位置し、現在で言う所のベトナム。


※4:現在で言う所のマレーシア。日本での呼び名は「ランカスカ」


※5:当地の木「アンチアリス・トクシカリア」の呼び名『pokok ipoh』が由来。有毒の樹液を含んでいる。

 

 ここまで読んで下さり、真に感謝いたします。


 さて、今回は……書くのが滅茶苦茶難しかったです。冒頭はスラスラ書けたのですが、中盤からは何遍も戸惑いながら、書いては消し、書いては消しの繰り返しでした。


 ですが、結局覚悟を決め、自分自身にセルフビンタ噛ましてこう言う展開に持っていった訳です。矢張り、書く以上は自分自身に嘘を吐きたくはなかったものですし、仮にそうしてしまいますと、物書きとしての自分が駄目になってしまうような気がしたのです。


 今回の冒頭部分ですが、アレは感想欄にて可愛らしいネタを投稿してくださり、毎回素晴らしい歴史の授業をして下さる家康像様へのご恩返しを含んでおりました。


 茶柳と露々って誰よと思った方は……家康像様の作品「恋姫†先史 光武帝紀」をご参照して下さい。本作品の世界観は、「光武帝紀」の世界観を使わせて頂いております。


 恐らくですが、曹操以上の実力を秘めた光武帝劉秀。そんな人物にスポットを当てた希少価値の高い作品ですので、是非読むことをお勧めいたします。


 冒頭の美羽が亡者どもに夢の中で襲われるシーンですが、アレはアニメ版を見た影響入っています。恋姫の世界観にアニメから入った方もいると思いますので、極力親しみやすくしたいなァという狙いもありました。


 次に、万安こと靡誘、そして沙摩柯こと星加ですが、この二人元ネタは何なのかと言われますと、三国志演義、或いは横山三国志にでてきたキャラです。ネタバレだけは避けたいので、敢えてここでは突っ込まないでくださいね?


 この二人の真名ですが、万安様は猫の鳴き声っぽい物からイメージしました。


 『ミュウ』→『ミユウ』→『みゆう』→『靡誘』と言った具合ですね。


 ピンイン発音で、『みゆう』と発音する物を調べてみましたら、『靡』、『誘』がヒットしました。『靡く』と『誘う』で丁度猫っぽいと思ったので満足しております。


 次に、沙摩柯の真名『星加』です。何せ、南蛮キャラは余りにも真名と言うか、『トラ』『ミケ』『シャム』と如何にもテケトーっぽい匂いがプンプンしましたんで、非常に頭を悩ませました。


 結局、猫の品種名に『シンガプーラ』と言うシンガポール原産の品種がありましたので、それを中文に訳したところ、最初の二文字が『新加』だったのです。


 ですが、もうチョイソフトにできんかねと思ったところ、『新』と同じ発音に『星』がありましたので、それに変えました。チョットした事でも、こうやって手間をかけてやれば、全然違うと思いましたので。


 次に、『薤葉芸香』と言う薬草ですが、三国志演義に出て来る『噛めば毒にあたらぬ』効力のある設定だそうです。ご都合主義は覚悟で、あらゆる毒に聞く万能解毒剤のポジションで登場させました。


 余談ですが、解毒剤のシーンにアニメ版見た方ならニヤッとする台詞入れてあります。気付いた方はおられましたでしょうか?(汗


 また、一刀が中った毒ですが、これに関しては矢毒関連の資料を調べました。すると、丁度いい具合にマレーシアの部族が使う吹き矢の毒で『毒の樹液をベースに様々な毒をブレンドした物』がありましたので、今回これにする事にしました。


 後は、マレーシアの歴史をウィキ先生にお尋ねし、且つ三国時代のマレーシアはどんな感じだったのかも調べ、その後国名を中文に訳して~~と、これも気の遠くなる作業でしたねぇ……。でも、苦労した分は己に血肉になるんで、頑張りました。


 前触れでも書きましたが、今回で一刀は右目を失明してしまいます。友達にも意見を伺い、散々アレコレ悩み悩み捲って……一刀がこの時代で生きて行く為にも、何かかしらの障害を乗り越えさせるべきと思い、心を鬼にして書きました。


 このシーン、本当に描くのが滅茶苦茶辛かった……一刀君、本当にゴメン! この作品では、君から『天の御遣い』と言うツールを削除してるので、なんとしても貴様には障害を乗り越えて欲しかったんじゃあ!(血涙


 『華蝶仮面』ですが、本当は使う気はありませんでした。私自身、チョットこう言うのに対しては、物凄く引いちゃう方なんで。


 ですが、すっかり気落ちした愛紗に喝を入れるポジションとして使ってみっかーと思い、ゲーム立ち上げて、華蝶仮面の台詞とか、口上をチェックしました。原作では一刀以外の人間にはほぼ気づかれていませんでしたが、元祖趙雲の雲昇の前では無効にしましたね。


 原作ではトリックスター要素が強い星ですが、浪川ボイスのベ◎ウィをキャライメージにした雲昇には頭が上がんない感じにしています。


 盧植が合流し、さぁ、桃香を追いかけるぞーと言うシーンですが、ここで盧植を一刀の苦手キャラと言うか、頭が上がらない存在にしようかなと思いました。盧植に関しては後の話でも使おうと思っているのですが、何かかしら色濃くした方がいいかなと思いましたので。


 最後のオマケ、前回奮戦した『我等が英雄』及川佑のシーン……やつが飲んだ強壮剤ですが、これ、ちゃんとピンインで発音できるように、キチンと調べました。名前も『それっぽく』なったなぁと思いましたね。


 さて、次回ですが……不明です! 今月末から全く別ジャンルの仕事に入るので、精神的余裕が出てこない限りは、続きに入れないと思うのです。


 次回、或いは次々回で……黄巾の乱の終結、そして一刀と佑の邂逅に持って行きたいと思っています。でも、キチンと仙蓼が言ってた『都合のええスパイ』にも出番を与えますので、当てにせずお待ちください!(汗


 ですが、次回も更新できるよう、最大限の努力は致す所存ですッ!


 いつになるかは判りませんが、また次回もお会い致したく思います!


 それでは、また~! 不識庵・裏でした~~!!


 ……測量だなんて、短大の実習以来だなァ……少し不安。

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