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真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第二部「黄巾討伐編」
23/62

第二十一話「黄巾の黒幕」

 どうも、不識庵・裏です。


 今回は前回より十日以上掛かって更新する事が出来ました。然し、今回の出来に自分としては不満かなと思っております。本当はもっと話を書きたかったのですが、中々集中力が出なかったのと、左目に出来た物貰いの影響でタイプが進まないのもぶつかり、19000字で〆ました。


 流石にこれ以上待たせるのは申し訳無いと言うのがあり、丁度ここで区切れるなと自分で判断できたポイントが出来たのもあったからです。


 さて、今回は冒頭でちょっと意外な人物を出しております。ここら辺は家康像様のリクエストに応えたいと言うのもあり、書いてる途中で書き入れました。自分的には本編よりは、冒頭部分が面白く書けたかなって思っております。


 それでは、照烈異聞録第二十一話。最後まで読んで頂ければ嬉しく思います。


 サブタイトルを「劉玄徳現る」から「黄巾の黒幕」に改題いたしました。(平成24年12月31日追記)

  諸葛亮こと朱里達が水鏡の元を旅立ってから暫く経ったある日の事。長沙の朱治の邸宅の一室にて、彼女の姉である諸葛瑾こと優里(ゆうり)は、嘗ての師である水鏡からの文を読んでいた。彼女は熱心にそれに目を通しており、時折その文面に同意するかの如く何度も頷く。



「ふむ、ふむ……。成る程、朱里達は巷で噂の劉玄徳の義勇軍の元へ行ったんだ……。


 はぁ、残念だなぁ~。折角あの子を私の所へ呼ぼうと思ってたのに? 朱里だったら、若や奥様だけでなく、文台様だって気に入ってくれたと思ったんだけどなぁ 」



 文を読み終え、優里は溜息を一つ吐いてみせると残念そうな顔で天井を見上げた。彼女は今年で十六になるが、体型だけは妹に良く似ており、強いて言うならば彼女の方がやや背が高い。呪われた血筋かどうかは定かではないが、妹との共通点は非常に残念な胸をしていたところだ。


 彼女は、前漢の司隷校尉諸葛豊(しょかつほう)を祖に持つ、徐州は琅邪(ろうや)諸葛氏の出自である。彼女には朱里こと亮、明里こと均の二人の妹がおり、この三姉妹は幼少の時にこぞって父母を失い、従父(じゅうふ)(父方のおじ)である諸葛玄に引き取られると、生まれ故郷を離れ荊州に移住した。


 荊州に移り住んでから間もなくすると、彼女等は諸葛玄が懇意にしていた水鏡こと司馬徽の門を叩き、彼女の門下生となる。長女の優里は元々努力型の秀才で、寝る間も惜しみ学問に励むと、あっと言う間に塾内で頭角を現した。


 それに対し、次女の朱里は姉とは全く違い、姉が十回読まなければ覚えられない事を、何と彼女は一回読んだだけで覚えてしまったのである。


 そこから、彼女はあっと言う間に塾の中にあった書物を読破してしまい、その異様さに師母たる水鏡も驚いたものである。それだけではない、諸葛三姉妹とほぼ同時期に入った龐統こと雛里も朱里と同じで、彼女もあっと言う間に朱里と同じ事をやってのけてしまったのだ。


 優里は自分の妹と、その妹と同い年の同門の少女に対し、顔には出さなかったが嫉妬の念を抱いたものである。だが、それは優里と朱里の二人の妹である明里も同じであったのだ。明里こと諸葛均は今年で十二歳になるが、彼女は優れた二人の姉に比べると凡才であった。


 学業は平均程度しかなく、小間使いの仕事もヘマをやらかす事が多く、しょっちゅう塾の仲間から顰蹙を買う始末。『みそっかす(・・・・・)』と陰口を叩かれてる明里の取り柄と言えば、人柄の良さしかなかった。だが、何時も落ち込む彼女を師母水鏡は優しく励ましていたのである。



『水鏡老師、私はお姉ちゃんたちに比べると何の取り柄もありません。これじゃお役に立てませんよね? 』


『そんな事は無いわ、明里。世には『大器晩成』と言う言葉があります。一番上の優里は努力型、そして二番目の朱里は天才型だけど、貴女の場合は正にその『大器晩成型』だと私は思ってるのよ? 


 明里、貴女はまだ大人にもなっていないわ? 長い人生なのだから、今の時点で自分を決めるのは早いんじゃないのかしら? 大丈夫です、貴女もきちんと立派な人物になれますよ? 』


『す、水鏡老師~~~ 』



 水鏡に励まされると、明里は彼女に抱きつき大声で泣き始めた。



『あらあら、貴女は結構甘えん坊さんなのね? フフッ 』 



 それ以降、明里は泣き言を言うのをやめると、師母水鏡に教えられた『大器晩成』の言葉を信じて、己の研鑽に励んだのである。この諸葛三姉妹の事を、後世の歴史家『(ジァ) 康像(カンシャン)』は以下の様に評している。



『諸葛三姉妹ほど、琅邪諸葛氏の中で特に名が知られた者は居ない。長女の諸葛瑾が典型的な努力型の秀才に対し、次女の諸葛亮は正に天才型の人物であった。然し、三女の諸葛均だけは中々芽が出ず、周囲の揶揄に耐える日々を過ごしていたと言われている。


 だが、後に彼女も劉備の幕下に入ると、彼女はそこから更に自己を高める努力を怠らず、遂には姉の亮にとって無くては欠かせないまでの存在になった。師である司馬徽に『大器晩成』と告げられた事を信じ続け、諸葛均は正にその言葉を体現したとも言えよう 』



 ようやく、姉妹三人とも充実した修行の日々を過ごし始めたその矢先、凶報が彼女等を襲う。自分達の保護者であった従父の諸葛玄が、急逝してしまったのだ。真相は教えてもらわなかったが、これには何か裏があると長女の優里と次女の朱里は睨むが、真相が彼女等に伝えられる事は無かった。


 だが然し、それよりも一番の問題点が発生する。物心両面で一番の支えであった彼を失い、彼女等三姉妹は路頭に迷ってしまったのだ。何せ、水鏡への月謝も彼が出していた物だから、こうなってしまうと彼女等は水鏡の下を去り、どこか適当な所に仕官するか働きに出るしか手段は残されては居なかったのである。



『優里、朱里、明里、月謝は要らないし、私が貴女達の後見になりましょう。だから、三人にはここできちんと学問を修めて欲しいの 』



 見るに見かねた師母の水鏡が申し出てきたが、それに対し優里はやんわりとその申し出を断った。筋を通す性分の彼女は、師母の有難い申し出にそのまま身を委ねる事自体が許せなかったのである。



『いえ、老師。そこまで甘える訳には参りません。幸い、私は他の門下生達より早くそれなりに学を修める事が出来ましたし、後の残りは独学で修めたいと思います。つきましては、何処か良いご奉公先をご紹介していただけない物でしょうか? 』



 彼女の毅然とした態度に、水鏡は改めて感服してしまうと、自分と多少なりに縁のあった朱君理(朱治)を優里に引き合わせる事にした。


 朱治は長沙太守の孫文台の股肱の臣の一人で、戦の采配も優れていたが、卓越した行政手腕の持ち主である。朱治は一目見て優里を気に入ると、彼女を自分の家に召抱え、養子として迎えた義封こと朱然の世話係を命じた。朱治は優里を特別に可愛がり、新米の使用人にも拘らず彼女を厚遇したのである。


 一方の優里も、主人である朱治からの愛情に十分に応えてみせると、他の者より多めに頂いた給金を水鏡の元に仕送りし、それ等を妹の学費に当てていた。


 やがて、朱治の紹介で、優里は長沙太守孫文台こと青蓮に引き合わされる様になると、その青蓮もいたく優里を気に入る。今すぐにでも優れた人材を欲しがった青蓮は、優里を自分の幕下に置こうと申し出てきたが、又しても筋を通す性分の優里はそれをはっきりと断った。



『申し訳ありません、私は師母である司馬徽の紹介で今のご主人様に引き合わせて頂きました。貧しい学生でしかない私をご主人様は大層可愛がって下さり、それどころかご主人様の跡継ぎであらせられる若、いえ義封様の世話係までをも命じてくださいました。これ以上の有難い申し出は、私にとって不要と言うものです 』



 諸葛子瑜(しょかつしゆ)こと優里は、まず『筋を通す事』を信条としている。『江東の虎』と恐れられ、一角の傑物でもある孫文台こと青蓮の前でも、その毅然とした態度を崩さない優里の姿に、青蓮は彼女に拍手喝采を送った。



『正に、快なり! 海棠(はいたん)(朱治の真名)、貴女は実に良い拾い物をしたようね? この『江東の虎』たる孫文台を前にして、これ程毅然とした態度で振舞える者は中々いないわ? 』


『はい、有難う御座います青蓮様。私も子瑜のお陰で色々と助けられておりますし、我が息子義封の手綱を確りと握ってくれてるので大助かりなのです。当家で働く他の使用人達も、この娘をしきりに褒めております。今では私にとって子瑜は実の娘同然なのです 』



 まるで、我が子を褒められたかのように、海棠が得意満面で言ってのけて見せると、青蓮はニヤリと口角を歪めて海棠と優里に話し始めた。



『海棠、子瑜。もし貴女達が良ければ、義封が当家に仕えるようになった際、子瑜にも一緒に当家に仕えて欲しいのよ? それなら、子瑜も主人である海棠への筋を通せるでしょう? どうかしら? 』


『何と、青蓮様。貴女は我が息子とこの優里を、然る後にお召抱えられると? 』


『わっ、私が若と共に文台様の家臣に? 文台様、こんな教養の無い田舎娘にしか過ぎない私には勿体無いお言葉と言う物です 』



 思わぬ青蓮の言葉に、海棠と優里は戸惑いを見せる。だが、青蓮はゆっくりと彼女の前に歩み寄ると、優しく微笑んで見せた。



『諸葛子瑜、余り自分を卑下しては駄目よ? 貴女が海棠から貰った給金の殆どを、妹達の学費に当てているとの話も聞かされている。今の我が家には、貴女の様な滅私奉公をしてくれる覚悟を持った人間が欲しいのよ。何も今すぐ来いとは言わない、義封が当家に仕える日が来た時に一緒に来てくれればそれで良いの。どう? 聞いてもらえるかしら? 』


『え、ええと…… 』



 自分の仕える主人の、更に上の存在である青蓮自らに頭を下げて頼まれ、優里は主人である海棠を窺う。すると、海棠は何も言わずに満面の笑みで頷いてくれた。



『はいっ、畏まりました。文台様! この諸葛子瑜、来るべき日に若と共に貴女様の下で働きたく思います 』



 主人の許可を貰い、優里は満面の笑みで青蓮に拱手行礼を行う。かくして、孫文台は将来有望な人材に唾を付ける事が出来たのだ。その後、優里は家の雑務や義封の身の回りの世話をしながら、やがて来るべき日に備え自身の研鑽に励む日々を過ごすようになったのである。


 

「はぁ~っ、朱里だけじゃなく、雛里、風雷兄さんに菊里姉さん、そして明里もここに呼びたかったんだけどなぁ……。中々上手く行かない物だよね? 」



 まだ優里は天井を見上げたままだった。彼女の表情からは、何とも言えぬやりきれなさが感じられる。然し、彼女は突然自身の両頬を軽く叩き付けて見せると、一気に表情を引き締めて見せた。



「弱音を吐いてちゃ駄目だぞ、優里。寧ろ、朱里達が自分達の道を見つけ出した事を祝福しなくっちゃいけないじゃないか。こんなんじゃ、お姉ちゃん失格と言う物だぞ? 」



 自身に気合を入れ直すと、優里はすっくと立ち上がり、仕事に戻るべく部屋を後にしようとする。すると、行き成りどたばたと足音を響かせながら、一人の若者が彼女の部屋に入り込んできた。



「優里ぃ~~~!! 拙者の部屋に置いてあった『愛的獣娘(アイダショウニャン)』を知らぬかっ!? 」


「若。行き成りなんですか、はしたない。突然断りも無く女の部屋に駆け込むなんて、お行儀が悪いですよ? 」



 突然入り込んできた『若』の姿に、優里は思いっきり呆れ顔になる。この『若』であるが、彼は姓を朱、名を然、字を義封と言い、今年で十八歳になる。元々彼は朱家の人間ではないが、彼の母の妹が海棠こと朱治に当たり、その朱治に子供が居なかったので生まれて間もなく養子に出された経緯があったのだ。


 彼は義母を含めた孫家の重臣達に師事しており、何れは将来を嘱望されている人物の一人である。然し、そんな彼にも重大な欠点があった。何故か義封は現実の女性よりも、創作上の女性を愛でる傾向があったのである。一体どんな経緯があったかは知らぬが、兎に角彼は現実の女性よりは空想上の女性を愛していたのだ。



『現実の女どもなど、信用に値せぬ! ならば拙者は空想上の世界で、理想の女を愛でて見せる!! この朱義封、死ぬまで清童(童貞)で過ごす所存っ!! 』


 

 当時十歳の義封は、何か悟りきったかのように力強く叫ぶと、彼は愛らしい少女や、勇ましい女武芸者が活躍する物語や画本を読み耽り始める。時には大金を絵師に握らせるとその女達を絵に描かせ、挙句の果てには彫師に頼み込んで木彫りの像を作らせる始末だった。



 まぁ~、そんな事を仕出かすもんだから、姉から大切な息子を養子に貰った海棠としては真に頭の痛くなる話である。何か打つ手は無い物かと、彼女が散々頭を悩ませてると、縁のあった水鏡から、教え子の一人である優里をそちらで雇ってくれないかとの話を持ち掛けられた。渡りに船ともいえるこの申し出に、思わず海棠は狂喜乱舞したものだ。



『あの子の傍に年頃の娘を一人置いておけば、きっと倒錯の世界から立ち直ってくれるだろう 』



 実は、海棠が優里を召抱えた経緯には、そんな思惑も含まれていたのである。かくして、優里は海棠の期待にそれなりに応えてくれたらしく、義封の部屋からいかがわしき(・・・・・・)物品を撤去し、常時彼の部屋を掃き清めていたのだ。



「あぁ~、あのいかがわしき書物ですか? 獣みたいな女の裸の絵しか描かれていないアレですよね? 」



 物凄い剣幕で迫ってくる義封に対し、優里がしれっと答えて見せると、彼は益々彼女にズイッと詰め寄る。



「『アレ(・・)』とは何だ、アレとは!! あの書はなぁ、拙者が※1百銭払って手に入れた、好事家垂涎の書物なのだぞ!? 」



 すると、次の瞬間――優里はニコッと満面の笑みを浮かべながら、彼にとっては背筋の凍る様な台詞を吐いた。



「んまぁ~。あんな獣女の裸しか描いていない書物が百銭もするなんて、一体どう言う価値観なんでしょうか? 余りにもいかがわしかったので、奥様にお渡しいたしました♪ それと、若ぁ。キモイです♪ 」


「ンガッ!? はっ、母上に渡しただとぉ……。おまけに『キモイ』って…… 」



 絵に描いたように、義封が動揺を色に出していると、何処からか荒々しい足音が聞こえてくる。優里は表情を何時もの物に戻すと、しれっとひとりごちてみせた。



「あ、奥様が来た 」


「しょええええええええ!! 」



 優里の言葉に忽ち義封が顔色を青くすると、海棠の荒々しい声が聞こえて来る。



創宝(そうほう)! 創宝! 何処に居るのです! この様な如何わしき書物に手を染めるなど……。今日と言う今日は許さん!! こんな事が姉上に知られたら、私はどの面下げられよう!! 創宝~~!! 」



 無論、創宝とは義封の真名の事だ。創宝がこっそり外を覗いて見ると、彼は思わず悲鳴を上げそうになる。母屋と創宝が住む離れを結ぶ渡り廊下の上では、頭から角を生やした海棠が戟を片手に仁王立ちし、周囲にどす黒いものを撒き散らしていたからだ。


 修羅と化した母に気取られぬよう、創宝は慌てて体を引っ込めると、涼やかな表情のままの優里にしがみつく。



「ゆ、優里ぃ~~!! 何とかしてくれぇ!! 元はと言えばお前のせいではないかぁ~~!! 」


「そう言われましても、若。これは自業自得というものですよ? 私が奥様に渡さずとも、何れはばれることですし♪ 」



 言葉尻に強烈な毒素を滲ませ、突き放すか如く優里が彼に言い放つと、創宝は突然悟り切ったかのような表情になった。



「こうなれば……。自害するしかあるまい!! それこそが拙者のとるべき道!! 優里、介錯を頼む!! 」


(何で、そうなるんだかなぁ……。若は )



 自害に至る経緯は非常に情けないものであるが、この時の創宝の顔は正しく『漢』であった。然し、そんな彼に対し、優里は半目になると、ジトッと冷ややかな視線を送り、内心呆れてしまったのである。



(まぁ、いいか。どうせなら、徹底的に灸を据えた方が効果的だしな? )


 

 彼女はクスッと笑って見せると、創宝の希望を叶えんと行動を起こし始めた。



「畏まりました、若。幸い私は水鏡老師の私塾で学んでいた頃、武芸に秀でていた兄弟子に師事しており、多少なりの心得があります。若のご希望通り…… 」



 創宝に語りかけながら、優里がとある物を引っ張り出して彼の眼前に突きつけると、創宝の顔から一気に血の気が降り始める。



「介錯を努めさせていただきましょう!! 」


「んがっ!! 優里ぃ、何処からその様な物を引っ張り出してきたのだ!! 」



 満面の笑みで優里が創宝に突きつけてきたのは、鉄疾黎骨朶(てつしつれいこつだ)と呼ばれる鈍器の一種で、木の棒の先に金属製の土台を設け、その上に無数の鉄製の棘をつけているのが特徴だ。別の呼び名では狼牙棒(ろうがぼう)とも言われており、簡単に言えば鉄の棘をつけた棍棒である。


 こんな物を突きつけられたのだから、創宝としては潔く自害するどこらではない。これを振り下ろされた日には、間違いなく頭からグシャグシャに潰されるであろう。創宝は優里に手を突き出すと、大声で喚き始めた。



「待て待て待てッ!! その様な物を振り下ろされれば、介錯ではないではないか!? むしろお前に撲殺されてしまうと言うものだ!! 」


「いっその事ですから、この際思いっきりこれで殴られてみて、その病んだ脳みそを洗い直されてみてはいかがですか、若? そうすれば、奥様も若への見方を変えられると思いますよ? 」 


「普通、可愛らしい笑みを交えながらその様な台詞を言うか? 今のお前の笑みであれば、『然君、大好きだよ♪ 』とか、『お兄たま、好きでしゅっ! 』等と言った台詞が似合う物なのだぞっ!? 」



 この期に及んでも、己の趣味を力説する創宝の姿に、優里はわざとらしく寒がる素振りを交えて毒づく。



「うわっ、キモッ! やっぱり駄目だ、この人……。若、一回死んでください♪ 」



 そう呟きながら、優里が得物を振りかざし始めると、創宝は脱兎の勢いで部屋を飛び出した。



「この朱義封、こんな所で死ぬ訳には行かぬ!! 拙者の前にはまだ見ぬ想像の世界が待っているのだ!! 」


「あっ、若っ! お待ちなさい!! 」



 彼を追うべく優里も部屋を飛び出すと、当然であるがそのやり取りは海棠の目にも入る。彼女も戟を振り上げ創宝目掛けて駆け出した。



「こんな所に居たか……。創宝~~~!! 」


「お待ちなさい、若ッ!! 」


「これは逃げるのではない! まだ見ぬ未来への大いなる飛翔なのだ!! 」



 かくして、追いかけっこを演じるこの三人であったが、この時の長沙はまだ平和だった。




  ――盧植達率いる軍が広宗を発つ数日前、某山中に布陣する張角の本陣にて――



大賢良師(たいけんりょうし)様 」


「何でしょうか? 」



 本陣の天幕内には一際大きな座が設けられており、そこには大賢良師、即ち天公将軍と称する張角こと天和が腰掛けていた。彼女は、二人の妹から極力動揺を出さぬよう釘を刺されており、信者や幹部達の前では極めて冷静で且つ聖女然とした素振りを見せている。


 その彼女に報告せんと、一人の若者が天和の前で畏まっていた。年の頃は天和と同い年位か、少し上だろうか。彼は中々の美貌の持ち主で、体つきや背丈もそれに見合った均整の取れとれたものであった。


 彼の背には装飾の豪華な長剣が一振り括り付けられており、柄には宝玉がはめ込まれ、鍔は拡翼の形に彫られた金細工が施されている。彼は、表情をやや曇らせると天和に報告を始めた。



「悪いお報せです。予州の潁川で戦っている波才殿から、救援要請の文が届きました。それには、追い詰めていた官軍に援軍が来る様だと書かれておりました。また、魏郡の黎陽県が官軍の別働隊に押さえられてるとの報告も入っております。恐らくですが、我々と波才殿の合流を妨害する狙いがあるかと 」



 彼からの報告を受け、天和はすっくと立ち上がると、静かな声で言い放つ。



「大儀でした……。大変残念ですが、私達にはここを放棄するしか道は無いようですね? こうなった以上は、出来るだけ官軍に気取られぬ様出立しましょう。全軍の指揮は貴方に任せます……。劉備殿、頼まれてくれますか? 」


「はっ! この劉玄徳、大賢良師様の為なら命を賭す覚悟です! 」



 この時、天和は気付かなかった。彼女が『劉備』と呼んだ若者が、畏まりながらもその顔を悪意で歪めていた事を。



(フン……。元々、ここで陣取っていたお前が馬鹿なんだよ、張角! さっさと潁川の波才と合流すりゃこんな目に遭わなかった物を……。矢張り、あの三姉妹は馬鹿ども揃いだな? )



 一方の張角であったが、今の彼女は、内心物凄く泣きたい気持ちで一杯だったのである。



(あ~~ん!! 何でこうなっちゃうのよー!? 私達は生まれ故郷の鉅鹿で沢山歌いたかっただけなのにー!! )



 


 所代わり、冀州(きしゅう)魏郡(ぎぐん)黎陽県(れいようけん)。現在ここには桃香率いる義勇軍三千、白蓮率いる公孫軍一万五千の計一万八千の兵が駐留していた。


 黄巾たちの合流を妨害するべく、先日広宗を出立した訳だが、彼女等が黎陽に辿り着いた時には県令他役人達がこぞって逃げ出しており、黄巾を真似た匪賊の群れが襲撃を掛けている最中だったのである。桃香と白蓮は参謀役の蓮華に相談すると、彼女は少しばかりの苦笑いで答えた。



「略奪に夢中になってる連中なら、取り立てて策は要らないわ。強いて言うなら、油断しないように全兵士に徹底させるべきね? 窮鼠猫を噛む恐れもあるし。


 後、黎陽の住民の支持を得る為にも、捕えた連中は全て見せしめで斬首にした方が良いと思うわ。桃香には辛い事かもしれないけど、どの道戦いで斬り捨てるのと、刑死させるのも同じ事だから。出来る事なら全員始末すべきね? 」



 蓮華の出した答えに、桃香は僅かばかりの戸惑いを見せるが、彼女は表情を引き締めると深く頷く。



「判ったよ、蓮華ちゃん。今はこう言うご時世だからね……。どんなに苦しくても、間違った道に入った人達を一々許していては同じ事の繰り返しになるだけだし、後日ここの人達が報復で酷い目に遭わされる事も考えられるから…… 」



 こうして、桃香と白蓮は蓮華の指示通り賊徒の殲滅に取り掛かった。行き成り大軍に押し寄せられ、逃げ惑う賊徒どもの中には跪いて命乞いをする者もいたが、桃香達はそれに取り合おうともせずに無慈悲な白刃の洗礼を見舞わせる。


 賊徒の完全なる殲滅を狙うが如く、蓮華は兵を分散させると北門以外の城門を固めさせ、賊兵が北門に殺到した所で愛紗、鈴々、星、翠、雪蓮、太史慈こと羅蘭等の殲滅戦に長けた将を突入させて彼らを完全に一網打尽にしたのである。


 最後に二十人ほどの生き残りが出たが、彼等は全て衆人環視の中城内の刑場にて斬首に処され、晒し首となった。その後、桃香達は賊徒どもから略奪した金品を没収すると、それらは全て元の持ち主に戻されたのである。


 これらの結果、桃香率いる義勇軍と白蓮率いる公孫軍は、黎陽の住民達からは熱烈な歓迎を以って受け入れられた。すると、城下町だけではなく、周囲の村々からも志願兵や金品等の物資が殺到する事となり、又しても彼女等はそれらの恩恵を受けたのである。


 だが、気を緩めてばかりもいられない。短期で実戦に対応するべく、蓮華は桃香と白蓮に、中身の濃い調練を新兵に行う様に打診した。ここら辺に関しては、孫家の筆頭武官である祭を中心に計画を練る事にしたのである。幸い、武に長けた者が沢山居たので調練の指導役は事足りた。


 他にも、索敵に関しては城の周囲に幾つかの狼煙台を設置し、明命と田国譲こと田豫(でんよ)を中心に偵察隊を編成する。彼女等は昼夜交代で城の周囲を偵察し、何か異変があった時には近くの狼煙台で狼煙を上げて異変を知らせる事にした。



 そして、更に数日経ったある日の事である。



「ん……? 狼煙が上がってる? 」 



 北門の見張り台に立っていた兵が何かに気付くと、彼は思わず身を乗り出す。城から数里離れた所に設けた狼煙台から、赤色の狼煙が上がっていたのだ。



「あ、赤……。赤の場合は……。えーと、敵、それも大軍が近付いている意味だったな……。って、そんな悠長なこと言ってる場合かよ!? 玄徳様達にご報告せねば!! 」



 白蓮の兵も含めてだが、義勇兵は全員狼煙の読み方を覚えさせられており、今回の赤の狼煙の場合は敵襲。それも大軍で押し寄せてくる事を意味していたのである。


 彼は血相を変えると、城内の執務室で、逃げ出した県令に変わり代役を務めさせられていた桃香・白蓮・蓮華の元に報告に向かった。え? 雪蓮は何をしているのか? 彼女であるが……。



「あ~!! お風呂に入りながら清酒を飲むのって、もうっ、サイコーよねぇ~~~!! 」



 こんな感じで、雪蓮はひとっ風呂浴びながら酒を飲んでいたのだ。戦以外で不真面目な彼女の性分を考えれば、まともに政をやる訳が無かろうと言うものである。



「ご報告いたします!! 」



 執務室にその兵士が駆け込むと、中では桃香・蓮華・白蓮の三人が慣れぬ政と悪戦苦闘している最中であった。彼女等を補佐するべく、愛紗、紫苑、星の三人も竹簡の山に果てしない戦いを挑んでいたのである。



「ど、どうしたのかな……? 寝不足気味で頭が痛いから、余り大きな声を出さないでくれないかな? 」


「何かしら……。私達仕事が立て込んでて、可也寝不足であんまり気分が良くないから、用件は手短にお願いするわね? 」


「もし、くだらん用だったら……貴様の『ソレ』をちょん切って、皇天后土への供え物にするからな? 」



 三人は、正確に言えば補佐に回ってる者も含めれば六人であるが、彼女等は一斉に棘のある視線を彼にぶつけた。女達は何れも目の下に隈を作っており、あから様に不機嫌そうな顔をしている。そんな彼女等の殺気に中てられ、彼は失神しそうになるが、精一杯の勇気を振り絞り報告した。



「はっ、はひっ!! 先程北の狼煙台より、狼煙が上がりました!! その色は『赤』っ!! 」



 彼の報告を受けた瞬間、先程まで寝不足気味で不機嫌そうな顔になっていた女達の顔が一変する。彼女等は表情を引き締めると、互いを見やった。すぐさま桃香は、隣にいた愛紗に話しかける。



「愛紗ちゃん。軍議を始めたいから、ここに居ない他の皆を呼んでもらえるかな? 」


「はっ、畏まりました。義姉上 」



 桃香に頼まれ、愛紗は拱手一礼で答えてその場を後にする。暫くしてから、執務室に全員集まり、早速軍議が行われた。


 卓の上には竹簡の山が築かれていたが、それらは全て取り払われ、代わりに地図が広げられており、その上には駒が置かれている。軍議を始めるにあたり、参謀役の蓮華が説明を始めた。



「先程、城の北門の警備に当たっていた兵士から報告があったわ。城の北側に設置していた狼煙台から赤色の狼煙が上がったと。


 赤の狼煙と言う事は、敵の大軍が近付いている事を指すから、私達の狙い通りになったわね? 北の広宗に陣取ってた張角が先に動いたと言う事は……。若しかすると、敵は広宗の兵力をそのまま持ってきた事が考えられるかも知れない 」



 彼女が説明を終えると、挙手の後に愛紗が蓮華に話しかけると、その隣では鈴々は痺れを切らしたかのように声を張り上げる。



「蓮華殿、敵の正確な兵力はまだ把握できていないのですか? 」


「うにゃ~~!! そんなのはどうでもいいのだ!! 敵がたくさんいたって、鈴々が『ちょちょいのぷー 』でやっつければ無問題(モウマンタイ)なのだー!! 」



 二人の義姉妹のやり取りに、蓮華は気拙そうに顔を顰めた。



「愛紗、敵の兵力なんだけど……。今、明命を中心に斥侯を放ってるわ。だから、明命達が戻るまでは正確な数が把握出来てないの。


 それと、鈴々。貴女の気持ちも判るけど……今回はこれまでのとは桁が違うのよ? 計画通りであれば、広宗の盧閣下達も動き始めているはず。そちらと上手く連携しないと、絶対に勝てないわ。


 おまけに、先日私達は新たな義勇兵を引き入れたばかり。その影響もあってか、今の我が軍の一番の問題点はその新兵の練度が上手く噛みあってない。祭が綿密な調練計画を練ってくれたけど、それでも練度不足が否めないのが現状よね……。敵の到達も、私の見立てより物凄く早かったのも大きな誤算だったわ…… 」



 少し疲れたかのように蓮華がぼやいてみせると、祭も顔を顰めながら語り始める。彼女の表情にはやりきれなさが感じられた。



「蓮華様の仰られる通りじゃ、新たな義勇兵に調練を課しても日増しに増えるばかりでな? 儂と紫苑で綿密な計画を練っても、新兵の練度にばらつきが出ておるんじゃ。


 こう言う時に婿殿や、婿殿の仲間が居れば少しは楽なんじゃがのう~。婿殿は人を纏めるのが上手なお方じゃしな? 婿殿が居れば、桃香殿や蓮華様も負担が減ると言うに……。中々思うがままには行かぬ物じゃ、フウッ…… 」



 歴戦の古強者である祭までもがぼやくと、室内には何とも言えない気まずい空気が漂い始める。然し、そんな空気を打ち払うが如く、雪蓮は少し語気を強めて見せた。



「蓮華も祭も、何弱気になってるのよ? 確かに、一心や彼の仲間達が一角の人物揃いなのは認めるわ。


 でもね、こんな時だからこそ私達が奮励しなくちゃいけない! 母様の苦労に比べれば、私達はまだ恵まれてる方なのよ? 


 率いる将だって桃香、愛紗、鈴々、紫苑、私、蓮華、小蓮、祭、明命、羅蘭、翠、蒲公英、そして白蓮と星もいるんだし、多少の兵の練度の低さは私達が補えば問題ないわ! 」



 雪蓮が声高に皆の名前を口にすると、全員の顔に覇気が戻ってきた。少し弱気になっていた蓮華と祭の二人も、表情を一気に引き締めると改めて雪蓮に向き直る。



「姉様の言う通りね……。これまで私達は、本当にお義兄様達に頼りっきりだった。これでは、一刀やお義兄様達に呆れられてしまうと言う物だわ……。ここが踏ん張り所と言う物ね!? 」


「ふむ、蓮華様の仰られる通りですな? 儂もどうやら弱気になってたようじゃ。


 良く良く考えてみるからに、青蓮様も昔は満足に人や兵がいない状態で幾数多もの修羅場を潜り抜けてきたんじゃからの? 


 それに比べれば、今回の儂等はずっと恵まれておる。だのに、これしきの事で弱音を吐くとは……。自分が情けないと言う物じゃな! 」



 かくして、彼女達が気合を入れなおした所で偵察に向かっていた明命が戻ってきた。彼女が室内に入ってくると、一斉に全員の視線が浴びせられる。明命は一瞬戸惑いの表情を浮かべるものの、報告を始めた。



「張角率いる黄巾の本隊がこちらに向かっております。奴等は無抵抗状態の繁陽(はんよう)の県城を素通りした様で、ここ黎陽の城から北に※2百里ほど離れた地点に布陣しておりますっ! 」



 明命の報告に、桃香は怪訝そうに顰めると、彼女に問いかける。



「明命ちゃん、意外と早いんじゃないかな? さっきの狼煙もそうだったんだけど、蓮華ちゃんの見立てより早かったんだよ? 


 蓮華ちゃんの見立てだと、後十日位は掛かるんじゃないかって言ってたんだもん 」



 桃香の問い掛けに、明命は少し黙り込んでしまうと気拙そうに話し始めた。



「え、えぇとですね……。実は黄巾の布陣した場所から北の方では、点々と脱落者の遺体が転がっていたのです。私は張角の本陣の様子を探り終えた後、別の者からの報告でそれを知りました。


 運良く、まだ息があった脱落者から話を聞く事が出来たのですが……。桃香様には真に申し上げにくい事なのです…… 」



 チラリチラリと自分を窺う明命の姿に、桃香は意を決したかのように語りかける。



「いいよ? 驚く事かも知れないけど、話してくれなくたって、どうせ後で知ってしまう事なんだしね? だから、明命ちゃん。続き、話してくれるかな? 」



 桃香の決心した姿に、明命は一気に表情を引き締めると話を続けた。



「はいっ、畏まりましたのですっ! その者の話によりますと、昼夜を問わず黄巾達は広宗からの強行軍を繰り返し、その結果脱落者が相次いだと言う事なのです。


 中には少し休ませて欲しいと懇願する者もいたそうですが、張角付きの側近の一人に切り捨てられたとか。そして、彼は息絶える直前にその側近の名を私に教えてくれました 」



 一呼吸置き、次に明命がとある名前を告げた瞬間――この場にいた者全てに衝撃の落雷がほとばしったのである。



「劉備、字は玄徳と―― 」



 

 ――時を同じくして、広宗より南の魏郡繁陽県の城――



 張角の本隊を追うべく、広宗を出立した盧植率いる軍はここで休息を摂る事にした。然し、総大将である盧植は城内の一室におり、そこで彼女は一人の黄巾兵と対峙していたのである。彼は息も絶え絶えになっており、寝台の上にその身を横たえていた。



「貴方が居た軍の中から、脱落者が相次いでると言うのは真の事ですか? 」



 軍装を解かぬままの姿で、盧植がややきつめの口調で問い質すと、男は無言のまま弱々しく頷く。


 彼女の後には副将にして高弟の張鈞、官軍の指揮官の一人である鄒靖こと菖蒲、広宗に残った義勇軍を指揮する一心、彼の義弟一刀、更に義勇軍の頭脳である照世、喜楽、道信。そして先日新たに軍師の一員となった朱里と雛里が控えていた。


 この黄巾の兵であるが、彼も脱落者の一人で、繁陽の近くで行き倒れていた所を官軍に保護された。彼はやっとの事で身を起こすと、盧植の兵の一人から水を飲ませて貰い、かすれ気味の声で話し始める。



「あぁ、そうだ……。広宗から出立したのは良いが、兵を率いる奴が無理難題ばっか言ってきたんだよ。そいつは血も涙も無い奴で、休ませてくれと懇願した奴を簡単に切り捨てやがった!! 


 それだけじゃねぇ!! 廖兄ィまでぶっ倒れた俺っちを庇って……。だから、黄巾党に入るのは嫌だったんだよ!! 」



 男の言葉に、盧植は怪訝そうに顔を顰める。



「今の言葉は一体どういう意味なのかしら? 教えてもらえますか? 黄巾の全てが張角を慕ってる訳ではないのですか? 」



 盧植に聞かれると、男は自虐的な笑みを浮かべながら話を続けた。



「……俺達はよぉ、元々黄巾党の信者なんかじゃねぇ。元々荊州の南陽で徒党を組んでた侠の一つにしか過ぎねぇんだ。


 でもよぉ、昨年太守に赴任して来たあの糞餓鬼が重税掛けてきたせいで、お(まんま)の食い上げになっちまったんだっ! 


 廖兄ィは、俺達みてぇなろくでなしに仕事をくれてたんだ。だけどよぉ……、あの袁術の餓鬼が重税掛けて南陽はすっかり駄目になっちまった。


 俺達は止めろと言ったんだけど、結局兄貴は俺等を喰わせる為に信者でもねぇのに黄巾党に入ったんだよ 」



「何と、その様な事が……荊州の刺史はキチンと見ていなかったのですか? その様な暴政を敷く太守が居れば、直ぐに更迭できた物を…… 」



 盧植が痛切そうに顔を顰めて見せると、すぐさま菖蒲が彼女に話しかける。



「盧閣下……。恐らくですが、その刺史さんは袁術から袖の下ば握らされてるのでしょう。でなきゃ、今頃袁術は更迭させられてます 」



 菖蒲の言葉に、盧植は先日小黄門だった左豊から賄賂を要求された事を思い出すと、彼女は納得して大きく頷いてみせた。



「成る程……。宮中だけでなく、州や郡にまで銅の臭いが蔓延するようでは、黄巾が張梁跋扈するのも頷けるわね…… 」



 盧植が天井を見上げて嘆息していると、男は突然彼女の服の袖を掴み、涙声で懇願し始めた。



「おっ、お願いだ!! 見たとこ、あんた等は官軍の中でもかなりまともな方だと思う!! 殺された仲間や他の連中に変わって、あの糞野郎をぶっ殺してくれ!! 


 そして、出来る事なら廖兄ィを探し出して欲しいんだよ!! 兄ィが居なけりゃ、俺達はゴミのまま終わってたとこなんだ!! だから、頼む…… 」 



 彼女の服の袖を掴んだまま、男が大声で泣き始めると、盧植は彼に優しく微笑みかける。彼女の微笑は、まるで慈母の様な暖かさがあった。



「判りました。出来る事であれば極力協力しましょう……。ところでですが、黄巾を率いていた者と貴方方が『廖兄ィ』と呼んでいた者の名を教えてもらえますか? 」



 彼女の問い掛けに、男が口に出した名前を聞いた瞬間。その場の空気は一気に凍り付いてしまったのである。



「廖兄ィは廖化(りょうか)、字は元倹(げんけん)……。そして、あの糞野郎は……。劉備、字は玄徳って言うんだ! 糞ッ! あの野郎の名前を言うだけで胸糞が悪いぜ!! 」


「なっ……!? わ、判りました。出来るだけ貴方の希望に応えてあげましょう……。彼に十分な休息と食事を摂らせる様に。


 鄒靖や他の皆さん方もわざわざご苦労だったわね? 今日はもう休んでいいわ……。私も休ませて貰うから……あっ! 」



 盧植は男を休ませるよう命じると、他の者達にも今日は下がって休む様に伝え、自身も早々に自分の天幕へと戻ろうとするが、彼女は突然倒れてしまった。



「盧老師!! お気を確かに!! 誰か!! 医者を呼べぇ!! 誰かぁ、誰かぁ!! 」


「ううっ…… 」



 すぐさま張鈞が彼女を助け起こすが、盧植は顔中を汗まみれにしており、苦しそうな呻き声を上げるのみである。そんな盧植の姿を見て取り乱しつつある張鈞に、菖蒲が声高に叫んだ。



「張鈞殿!! 副将たるあんたがそんなんでどうすんのっしゃっ!? 突然あんな事言われたもんだから、恐らく閣下はこれまでの無理が出つまったんだべっちゃよ!? 


 ここはあだし等がやっから、あんたは早く閣下を休ませてけさいん!! 」 


「はっ! 申し訳ありません鄒閣下! 後は宜しくお願いいたします!! 」



 菖蒲に促され、張鈞は盧植を抱きかかえると彼女の天幕へと連れて行く。この後、菖蒲は兵達に動揺を与えぬよう、的確な指示を出して何とかその場を凌ぎ切った。


 そして、明くる早朝。菖蒲は盧植から呼び出しを受け、彼女の天幕へと向かう。菖蒲がそこに入ると、力なく寝台の上にその身を横たえる盧植と、彼女の傍らで控える張鈞の姿があった。



「鄒靖……見っとも無い所を見せてしまったわね? 」



 か細い声で盧植が話しかけてくると、菖蒲はニカッと笑ってみせる。



「いえいえ、仕方がありませんよぉ~。何せ、桃香さん、いえ玄徳さんと同じ名前の奴が黄狗どもの中に居たんですから。閣下が驚かれるのも無理ありませんし 」


「そうね……、恐らくだけど同じ名前の赤の他人だと思うわ。でも、慣れ親しんだ名前の者が敵に居るというのは嫌な物よね? 」


「はい、確かにあだしもそう思います……。正直、あだしも嫌ですね。あだし等に協力してくれる人と同じ名前の奴が居るというのは 」



 そこまで彼女が言うと、盧植は何とか身を起こそうとするが、慌てて菖蒲がそれを止めた。



「閣下、無茶をしてはいけません! 閣下はこれまでの無理が急に来たんです!! 休んでねぇとえれぇ事さなっつまいます! 」


「ふ、ふふ……。そうね、貴女の言う通りかもしれないわ……。そこで、貴女にお願いがあるの。張鈞、あれを鄒靖に 」 


「はっ 」



 盧植に言われ、張鈞はある物を鄒靖に手渡す。それは、皇帝より授かった北中郎将の印綬と宝剣であった。



「閣下、これは……。閣下が主上より授かった印綬と宝剣ではありませんか? 」



 菖蒲が取り乱したかの様に叫ぶと、盧植はふっと力なく笑って彼女に答える。



「見ての通り、今の私では軍を指揮することが出来ないわ……。だから、その間貴女に指揮を委ねたいの。


 今は一刻も早く黎陽の玄徳達と合流しなければ、今度はあの子達が危うくなってしまう……。申し訳ないけど、私はこの有様だから暫くここで養生させて貰うわ。


 北軍中候鄒靖、北中郎将であるこの盧子幹。貴女には私の代理としてこの軍を率いてもらいます。やって貰えるわよね? 」


「鄒閣下、盧老師と同じく私からもお願いいたします。今この軍で全軍を纏められるのは貴女様しか居ないのです 」



 張鈞までもが菖蒲に懇願してくると、彼女は少し逡巡するが、直ぐに勢い良く開眼して声高に叫んだ。



「畏まりました、この鄒靖。閣下の頼みとあらば喜んで、閣下の代わりを務めさせてもらいましょう!! 義勇軍の伯想殿達にも、暫定的ですが私の正式な部下として働いてもらおうかと思います。


 伯想殿やその仲間の人達は、そんじょそこら辺ではお目に掛かれぬ才の持ち主揃いですしね? それと、義勇軍のままだと、閣下の兵達は彼らの言う事を聞かぬと思いますので 」


「鄒靖、そこら辺の采配は貴女に一任するわ。フフッ、何処から来たのか判らないけど、玄徳には良い仲間が付いているようね…… 」



 病床の盧植が儚げに微笑んで見せると、菖蒲は太陽の様に明るい笑みを浮かべる。



「ええっ。ですが、ひょっとしたらあん人達は、地上の有様を見るに見かねた皇天后土が遣わした『天の御遣い』かも知れませんよ? 」


「フフッ、言いえて妙ね。その喩え? だけど、あの人達ならこの事態を何とかしてくれそうだわ…… 」



 かくして、菖蒲は繁陽に残る羽目になった盧植から指揮権を移譲されると、彼女は三千の兵を繁陽の守備に残し、自軍の兵と一心率いる義勇兵と盧植の部隊を併せ、計七万五百の大部隊を率いる事となった。


 彼女は、自分の権限を最大限に利用し、臨時ではあるが、一心を副将に任命する。次に照世、喜楽、道信、朱里、雛里の五人に参謀を命じると、全軍の主計と輜重を松花に任せ、実戦部隊の兵を等分すると、一刀を始めとした義勇軍の将達に割り振ったのである。


 鄒靖こと菖蒲は軍規に厳しい人物でもあったので、これまでだらけきっていた盧植の兵は一気に彼女に引き締められる羽目になった。態度の悪い者、だらけきった者に対しては容赦なく斬首に処すと菖蒲が声高に叫ぶと、これまでだらだら戦ってきた彼等は態度を改めざるを得なくなってしまったのである。


 菖蒲の軍は行軍しつつも、休息を摂る際にも短期集中型で密度の濃い調練を施し、彼女等が黎陽に辿り着く頃には盧植の兵達もそれなりに士気が高くなっていた。そして、黎陽より北二百里にあたる地点で菖蒲達は兵を休ませると、彼女は軍議を行う。その中には、先日軍師の一員に加わった朱里と雛里の姿もあった。



「さてと……。多分これが黎陽に入る前の最後の軍議さなると思うんだわ。繁陽で保護した黄巾の生き残りの証言通り、ここまであっつこっつ(・・・・・・)さ黄巾の遺体が転がってたべっちゃね? 間違いさねぇと思うんだけど、証言にあった『脱落者』さん達だわ。しっかし、まぁ可也無茶な強行軍をしたみてぇだわ。黄巾の本隊を指揮する奴は、おだづもっこ(ふざけた野郎)もいいとこだべっちゃよ 」



 本陣の天幕内にて、卓の上に広げた地図を前に菖蒲がこれまでの事を語り始めると、副将の一心を始め、皆も黙ってそれに頷いた。



「菖蒲様、黄巾の本隊に見つからぬ様に黎陽の桃香殿達に早馬を飛ばしておきました。もう少しでそちらに辿り着くから、何としてもそれまで持ち堪えて欲しいと 」



 拱手して道信が菖蒲の隣に進み出て報告すると、思わず彼女は驚いたかのような顔になる。そして、次にニカッと笑って見せると、彼の肩をバンバンと叩いて見せた。



「さっすが、道信さんだべっちゃねぇ? 仕事が速ぇからあだしとしても大助かりだわ! で、参謀のお三方。今回奴等を殲滅するのに、何か効果的な策はねぇのすか? 」



 すっかり期待を寄せるかのように、菖蒲が照世、喜楽、道信の三人の顔を覗き込んでくると、彼等はフッと口角を歪ませて、朱里と雛里の二人をそそっと菖蒲の前に突き出す。



「実はですが、菖蒲様。我々三人が策を考える前に、どうやらこの二人が何か良い策を考えられたようでしてな?


 つきましては、今回の作戦はこの二人に任せようと思うのです。朱里、雛里……閣下に策をご説明するが良い 」


「ひゃ、ひゃいっ! 照世老師!! 」


「わ、判りまちた。照世老師…… 」



 照世に促され、朱里と雛里はバッキバキに固まって菖蒲の前に進み出た。



「ほう……。この二人が……? そう言えば、朱里ちゃんと雛里ちゃんの二人は、都でも有名な水鏡老師の私塾で学んでたんだっちゃねぇ? んだらば、ここは一つ二人の話ば聞いてみるっちゃよ 」



 興味深そうに菖蒲が二人をじっと見詰めると、朱里と雛里は拱手で一礼し、二人で考えた作戦を説明し始める。



「はい、それでは私と雛里ちゃんで考えた作戦をお話します 」


「えと、今回が初めてなので、三賢人の方々に比べればお粗末かも知れませんが、最後まで聞いていただきたく思います…… 」



 二人が小さい体をピコピコと懸命に動かして、卓上に広げられた地図の上のあちこちを指差しながら作戦を説明すると、それを聞いていた者達は感心するかのように頷いてみせた。



「こっ、この通りにやれば、上手く敵を殲滅できるかと思いましゅっ! 」


「後は、黎陽にいる玄徳様達の軍と上手く呼吸を合わせれば、損害は更に少なくなるかと思います。あわっ、でっ、ですから、連絡を密に取る必要性が出てきましゅ 」



 朱里と雛里が説明を終えると、彼女等は周囲を窺って見る。すると、一心が大仰に拍手をしながら二人に賞賛の言葉を送ると共に、総大将たる菖蒲に同意を促した。



「成る程、流石は臥竜鳳雛と称されるだけあるな! 菖蒲さん、今回の作戦はこの二人が考えた通りでいいんじゃねぇのかい? 」



 一方の菖蒲も満足げに深く頷くと、この場にいる全員に声を張り上げ、大号令を下したのである。



「んだねぇ、一心さん。んだらば、今回はこのめんこい(・・・・)(可愛い、可愛らしい)軍師さんの策ば採用するっちゃよ! ここに居る他の皆も今の話ば聞いたべっちゃね? んだらば、その通りに陣立てを行うっちゃよ! 


 今宵、我が軍は早めに休み、明け方前には行動を起こす! 兵達にはそう通達せよっ! 今度こそ、あのほでなす(・・・・)どもをぶちのめすっちゃよ! 」



 かくして、行動を起こすべく、菖蒲は先ず全軍に早めの休息を摂らせる事にした。その間、彼女は朱里と雛里が考えた策を竹簡にしたためると、黄巾の本隊に気取られぬ様、黎陽の桃香に早馬を飛ばさせる。やがて、夜が明ける少し前になると、菖蒲達は張角率いる黄巾の本隊と決着をつけるべく、軍を出立させた。



 ――菖蒲達が軍を出立させるニ刻(約四時間)前の事、黎陽より百里北に布陣する黄巾本隊のとある天幕にて――



「りゅっ、劉備様ぁ~~~!! もっ、もうっ……!! 」


「どうした? もう、おしまいか? 俺はまだ満足してないんだぞ? 」



 暗がりの中で、悩ましげに蠢く二人の男女の影がそこにあった。女の方は、若い娘の信者だろうか。衣服は身に纏っていなかったが、頭には信者の証たる黄巾を巻きつけている。男の方は、先程張角に『劉備』と呼ばれた若者であった。


 やがて力尽きたのか、娘はぐったりと『劉備』にもたれ掛かり気を失ってしまう。すると、劉備は不満そうに舌打ちし、彼女を邪険に払いのけた。



「チッ、これだから素人の田舎娘は嫌いなんだよ。直ぐにばててしまうし、何よりも下手糞だからな……。まぁ、いい。ここに居る限り、女に不自由する事も無いしな? 多少の事は我慢するか…… 」



 そうぼやいて見せると、彼は敷布の傍らに置いてあった徳利を引っつかみ、純金製の酒盃に酒を並々と注ぐとそれを一気に傾ける。やがて、酒精交じりの息を大袈裟に吐いてみせると、ニヤリと邪悪な笑みで端正な顔を醜く歪めた。



「それにしても……。流石にここまで、少し無理させたからな。十五万あった兵も、いつの間にか十万まで減っちまったぜ。まぁ、いいさ。黎陽に陣取ってる官軍はたったの二、三万程度だ。黎陽を奪う必要なんか無い。上手く切り抜けて、ここを脱出すればいいんだしな?


 後は潁川で波才の武闘馬鹿と合流したら、そのまま南の荊州に逃げるとするか。何せ、荊州には美味い食い物や、いい女揃いと聞いてるしなぁ? 兵隊が足らなくなったら、あの三馬鹿をおだて上げて歌わせりゃ良いんだ。そして、荊州で力を蓄えたら荊州をまるごと飲み込んで…… 」



 そこまで言うと、『劉備』は酒盃を力強く地べたに叩き付け、声高に叫ぶ。



「そして、今度こそ都を黄巾党、いや、この『劉玄徳』の物にしてみせる! その力を得る為に、俺は陳留で火事場泥棒までしたのだからなっ!! 金も女も力も、全て俺の思うが侭になる時まで、あの歌しか能の無い三人には精々働いてもらうとしよう……。クハハハハハハハハ!! 」



 悪意に満ちた雄叫びを上げた影響か、劉備は己の血が再び滾って来るのを感じた。ぐったりと気を失ったままの娘の肢体を抱き寄せると、彼は何も言わぬ彼女相手に己の滾りを鎮め始める。それは、まるで異形の悪鬼が生贄の娘を貪り食う光景の様であった。




※1:この作中では一銭=約300円。百銭だと約3万円。


※2:後漢時代の一里=約414.72メートル。百里だと約41.4キロ位になる。  

  ここまで読んで下さり、真に有難う御座います。


 今回は冒頭に諸葛瑾こと優里、朱治こと海棠、そして朱然こと創宝を登場させました。優里のCVイメージは「力丸乃りこ」さん、創宝のCVイメージは「岸尾だいすけ」さんをイメージしています。この二人のやり取りですが、優里は完全に毒舌キャラですし、創宝は今で言うところの『二次元漢』です。今後、この二人をどの様に話に絡めるのか? 再登場ポイントを考えるのは大変ですが、それだけでもワクワクして来ますね。


 さて、今回は黄巾党の幹部に『劉備』を名乗る男を登場させました。この男に関しては、実は一回登場させて居ります。まぁ、アニメ版見た方なら一発で誰かは判るかと思いますねぇ~!


 テンプレ通りですが、こう言った悪役キャラも話を盛り上げると思いましたんで、今後と言うか、この劉備には暗躍させる機会を与える積りです。まぁ~、私は悪役の描写が苦手なんで、お粗末だったかと思います。


 前回、次回は朱里と雛里の初陣の話だと書いた割りには、ちょろッと程度しか書けていないのが、今回の一番の不満でした。本当はもっと濃密に描きたかったのですが、時間が掛かりすぎたので、一旦区切ろうと思い、今回の投稿に到りました。


 次回こそは、朱里と雛里の作を中心にしたお話にします。次の更新は……、早くて来週、遅くても今月末までに投稿できるよう頑張ります。


 また、次回も読んで頂ければ嬉しく思います。第二十二話で再びお会いいたしましょう!!


 それでは、また~!! 不識庵・裏でした~!!

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