第十八話「臨菑城救援」
どうも、不識庵・裏です。
今回は……次の話までの繋ぎに当ります。ちょっと夢中になり過ぎてしまい、少し頭がフラフラしていて所謂『ハイになってる』と言う奴でしょうか?
何だか気持ちが高揚してるんですよねぇ~。でも、余り大した中身じゃありません。それでは、後書きにてお会いしたく思います。
大興山の戦いにて勝利を収めた桃香達率いる『楼桑村義勇軍』は、この勢いを駆って鄒靖・公孫瓉と協力しながら済南郡を転戦。ついには済南郡の奪還に成功する。
彼女等は済南郡の治府が置かれている東平陵県の城に入城すると、そこに隠れていた生き残った郡の役人から事情を聞かされた。このご時世を象徴するが如く、前の太守は散々汚職をして私服を肥やしただけでなく、黄巾に恐れを成してさっさと自分だけ護衛を引き連れ逐電したのである。その結果、指揮系統が実戦経験の少ない都尉や戦をした事の無い別駕従事任せになってしまい、済南は黄巾の掌中に落とされたというのだ。
「はぁ……とんでもねぇ、おだづもっこのほでなすだべっちゃねぇ…… 」
訳:『はぁ……とんでもない、ふざけた大馬鹿者だわね…… 』
(おだづもっこ→ふざけた奴 ほでなす→馬鹿野郎 これらは何れも仙台弁スラングです)
彼等から聞かされた話に、鄒靖は天を仰いで呆れたものである。早速、公明正大な彼女は中央に前太守の罷免及び厳重な処罰を奏上し、沙汰が来るまでの間※1別駕従事に暫定の太守を命じた。
そして、鄒靖や桃香達の噂を聞きつけた者達が城に押しかけるようになり、彼女等は七千名の志願者と武器や糧秣等の援助物資の提供を受けるが、またしても鄒靖はここでも公明正大であった。彼女は自分だけでなく、桃香や白蓮にも公平にそれらを分け与えたのである。ちゃっかりと、彼女から調練に協力して欲しいと言う条件は提示されたが。
その結果、鄒靖の兵力は約二万三千、白蓮は約一万四千、桃香に至っては二千五百に膨れ上がった。無論、頭数だけでは戦にならないので、義勇軍の将達もこぞって彼らを使い物にする様に鍛え上げる事にしたのである。勝利の美酒に酔いしれる暇など無く、次の戦いの為の準備をしていた最中、一人の女兵士が東平陵城に駆け込んできた。彼女は城外に布陣していた鄒靖の元を訪れ、拱手にて一礼した後に名乗りを上げる。
「お初にお目に掛かります鄒閣下。某は青州北海国相孔文挙が家来、太史子義と申す者です。此度は、先日大興山にて大勝利を収められました閣下のお力を借りたく思い、恥を忍んでお願いに参りました次第で御座います 」
彼女は雪蓮と同じくらいの背丈で、女性としては長身であった。身に纏うは真紅に染め上げた鎧で、腰には弓を履いている。得物として使ってる戟も特注品か、単なる片側に月刃を取り付けただけの単戟ではなく、もう片方の刃は波状の鋸刃になっていた。
「ふむ、太史子義さん。あんたぁ、北海国相殿の家来ばかだってたけどしゃっ。もすかすて、北海の方がおどけでねぇ事になってんのすか? 」
訳:『ふむ、太史子義殿。貴女は北海国相殿の家来と言ってたけど。もしかして、北海の方が大変な事になっているのかしら? 」
「は? 」
鄒靖の言葉が理解できなかったのだろう。太史慈は思わず首を捻るが、すぐさま鄒靖の隣に控えていた白蓮が彼女の言葉を訳す。
「鄒閣下は貴殿が北海国相殿の部下だと言ってるが、その北海が大変なのかと聞いておられる 」
「いえ、違います 」
白蓮に訳され、初めて鄒靖の言葉を理解した太史慈が首を横に振ると、思わず鄒靖と白蓮は眉を顰めてしまった。
「え? んじゃ、どこがおどけでねぇのすか? ちゃあんとおしぇて貰わねんども、おらほが困るんだべっちゃよ? 」
訳:『え? それでは、どこが大変な事になってるのかしら? ちゃんと教えて貰わないと、私達が困るのだけど? 」
「子義殿、一体貴殿はどこの救援要請に参られたのだ? それを最初に言って貰わないと、こちらとしても困るだけなんだが? 」
二人からやや咎められる様に言われ、太史慈は気拙そうに顔をしかめると、再度頭を下げて陳謝する。
「申し訳御座いません。確かに某は孔文挙閣下の家来ではありますが、その孔閣下が援軍に向かわれている斉国の救援要請で御座います 」
彼女のその言葉を聴いた瞬間、鄒靖の目が険しくなった。
「斉国……もすかすて、この州の刺史なのすか? 確か刺史は焦和さんだっちゃねぇ? 」
訳:「斉国……もしかして、この州の刺史なのかしら? 確か刺史は焦和さんだったわね? 」
「……はっ 」
やや戸惑いがちに太史慈が頷くと、鄒靖は威勢良く席から立ち上がると、周囲に号令を飛ばし始める。
「全軍! 直つにこっから出立だっちゃ! 目指すはお隣斉国ば臨菑県! ぼやぼやすてっと、あの神頼みしかすね焦和と理想止まりの孔融の事だぁ。とっけぇしのつかねぇ事さなっつまうだべっちゃよ! 」
訳:「全軍! 直ちにここから出立するわよ! 目指すはお隣斉国は臨菑県! ぼやぼやしてると、あの神頼みしかしない焦和と理想止まりの孔融の事だわ。取り返しのつかない事になってしまうわよ! 」
こうして、鄒靖・公孫瓉・劉備の総勢約四万の軍は東平陵を出立。今度は隣の斉国は臨菑を目指した。
さて、彼女らがいるこの青州だが、鄒靖や桃香達が先日戦った大興山があるのが済南郡、そしてその隣は同州の州都の臨菑が所在する斉国、そして更にその右隣に北海国がある。この北海の国相、即ち太守に相当する役職を任されているのは姓を孔、名を融、字を文挙と言う人物で、かの孔子こと孔丘から数えて二十代目の子孫だ。
孔子の子孫らしく儒学に精通した彼女は礼節や忠孝の心を重んじており、その高潔な人柄や大学者の子孫と言う名声は天下に知れ渡っていたのである。然し、そんな高名な彼女にも問題点が幾つかあった。学者や文化人としては素晴らしかったが、政治家としての手腕に著しく欠けており、況してや戦の采配等は論外だったのである。極め付けなのが、徹底的な儒教主導による徳治にこだわり過ぎてしまい、黄巾賊に対しても、『儒教の心』を以って説き伏せればきっと手を引いてくれると信じ込んでいたのだ。
要するに、孔文挙なる大儒家は折角の学問や儒教の教えの使いどころを全然理解していなかったのである。
先述の孔融に付け加え、青州刺史の焦和はもっと酷かった。何かあれば、やれ神託だ予言だお告げやらと出所不明の者達を常時傍に置いていたのである。太史慈からの話によれば、この期に及んでも焦和は巫女の怪しい神託しか信じておらず、孔融も聞きもしない説得を呼びかけていると言うのだ。攻められた方も攻められた方なら、援軍に駆けつけた方も駆けつけた方である。こんな有様なら事態が好転しないのも無理も無い話と言うものだ。
これらの話を聞かされ、鄒靖は思いっきり頭が痛くなったのと同時に、奴らから兵馬の指揮権を剥奪してやると心の中で毒づいたのである。彼女は中央の人間ではあるが、こう言った地方の重職を任せている者達の人となりや、素行までをも逐一聞かされていたので、今回の事態に鄒靖は焦りを感じていた。
鄒靖達は行軍速度を速めさせ、足の速い騎兵を先行させるという形式を採りつつ、全体的にバラバラにならないようにも気を配る。道案内役は先程救援要請に来た太史慈が務め、騎兵の戦いを得意とする将を彼女の周囲に配置すると、東平陵を出立してから十日目にして州都の臨菑に到着した。先行の騎兵隊が到着した頃には、既に臨菑城の周囲に黄巾の旗が揺らめいており、それを見た太史慈は忌々しげに舌打ちして見せる。
「チッ、黄賊どもめ。矢張り城の周囲にへばり付いていたか 」
「そうねぇ、じゃ蹴散らそっか? 」
彼女の隣で馬を走らせていた雪蓮が危険な笑みを浮かべると、太史慈は思わず戸惑いの表情になった。
「しっ、然し孫伯符殿。まだ中軍におわす鄒閣下の許可は下りていませんが? 」
「なーにそんな呑気な事言ってんのよ? このまま待ってても、黄狗どもにあの城を宴会場にされるだけだわ。太史慈って言ったわね? アンタ、それでも良い訳? 」
呆れ顔で雪蓮が挑発的に言い放って見せると、太史慈は顔を真っ赤にして激昂し始める。
「良い訳無いでしょうが!? あの城の中には世話になった孔閣下や、共に戦った仲間達がいるのです!! それを見す見す見捨てるなどと……! 」
「じゃ、決定ね? 責任は私が持つから、取り敢えずあいつ等を追っ払いましょう♪ これは私の勘だけどね、このまま戦っても大丈夫だと思うのよ 」
「へ? 勘? 」
「そっ、勘。馬鹿にしないでよ? これでも私、この勘で結構助けられてるんだから♪ 」
呆気に取られている太史慈を他所に、雪蓮はすぐに表情を引き締めると、後ろにつき従う兵達に号令を下し始めた。
「皆の者、聞けっ!! これより我等は鄒閣下に先んじて黄賊どもを殲滅する!! だが、奴等が逃げても深追いはするな! 先ずは当面の黄賊どもを追い払う事に専念せよ!! これを破りし者は斬に処すものと思え!! 」
「おおおおおーっ!! 」
「全軍っ、我に続けぇーっ!! 」
雪蓮が抜き身の長剣を振り下ろすと、一気に先陣の騎兵約八千が城に取り付いていた黄巾に群がり始める。
「行くぞ皆の者! 関雲長ここにあり!! 伯符殿に遅れを取るな! 全軍我に続けーっ!! 」
「う~っ! 雪蓮お姉ちゃんばっかおいしいとこ横取りでずるいのだー!! 皆ー!! 鈴々に続けー! 突撃! 粉砕! 勝利なのだー!! 」
「ブヒッ! 」
「フッ、流石江東の虎の娘だけある。実に勇猛果敢な御仁だ……。が、これだけの物を見せ付けられては私としても引っ込んでる訳には行かんのでな……。この『常山の趙子龍』の華麗なる武! とくとお見せしようぞ!! 」
「ちっくしょぉ~!! 騎兵の戦いで出し抜かれたら『西涼の錦馬超』の名折れだっ!! 行くぞ、たんぽぽっ!! うおらっしゃらぁ!! 」
「あ~あ、これだから脳筋は困るんだよね? でも、雑用将軍が後ろにいるから何とかなるかも。それじゃ、たんぽぽもここにいるぞー!! 」
「良し、この前と同じ様に白馬陣で蹴散らしてやる!! 全騎私に続けーっ!! 」
「オオオオオオーッ!! 」
場の雰囲気に酔ったのか、愛紗、鈴々、星、翠、蒲公英、白蓮までもが加わると彼等は更に勢い付き、それはまるで唸りを上げる波濤の様であった。
「長沙太守孫文台様が嫡子、孫伯符様か……。叶うのであれば、この様な人物の許で仕えてみたいものだ……。 文挙様には恩義があるが、あの方にこの情勢を切り開く力があるとは思えぬ。ならば、武人として生を受けたからには伯符様の様な方の下で死にたいものだ…… 」
先陣を切る雪蓮の後姿に、太史慈は深い憧憬の念を抱く。彼女は真名を『羅蘭』と言い、この時十九歳。思えば、これが彼女にとって生涯仕える主君との運命的な出会いであった。
然し、そんな雪蓮に危うさを感じる漢が約二名――壮雄と固生の馬兄弟である。
こう言う状況なら、壮雄は真っ先に飛び出す方だ。然し、彼も彼なりに前世で積み上げてきた物がある。彼の隣に馬を寄せる固生も、不安げに兵の動きを眺めていた。
「固生……頼むが、あのじゃじゃ馬娘の補佐に回ってくれ。見たところ他の奴等まで飛び出してる様だしな? 俺は桃香殿や鄒靖殿にこの事を報告してくる 」
その台詞は、普段血の気が多い壮雄にしては珍しいものであった。固生は物凄く驚いたかのような顔になって、兄の顔を見る。
「あっ、兄上? 何かおかしい物でも食されましたか!? かつての『錦馬超』と呼ばれた兄上らしくもない!! 」
「固生、俺とて少しは学ぶものだ。前回は軍師殿の作戦があったからこそ、思い切り暴れる事が出来た。何せ、無策のまま暴れるのは阿呆のやる事だと豪く痛感させられてるのでな?
確かに雪蓮の戦い振りは凄いが、勘任せが強過ぎる。あれでは突然の事に対処出来ぬと言うものだ。まぁ、俺が言ったとこで喧嘩になるだけだし、万が一に彼女を失ってしまえば一心様もたいそうお嘆きになるであろう 」
神妙な兄の語り様に、固生は少し考えてみせると大きく頷いて見せた。
「判りました、兄上。不肖ながらこの固生、雪蓮殿の補佐に回ります 」
「頼んだぞ、馬岱…… 」
そう言い残すと、壮雄は愛馬を中軍の鄒靖の元へと走らせていったのである。
「やれやれ、口ではああ言ってみたものの……。正直私に出来るかどうか不安だなぁ~~! あのじゃじゃ馬、本当に性質が悪いったらありゃあしない!! ……まぁ、あの『不忠者』よりは遥かに御しやすいだろう。嘗て平北将軍と呼ばれし私の手腕の見せ所というものだしな! ハアッ!! 」
先陣で何時もの様に『蹂躙形態』に入ってる雪蓮の姿に顔を引きつらせつつも、苦笑いと共に固生も馬を走らせて行った。
「閣下ぁ、先行部隊の馬伯起殿が参られました! 」
一方、中軍の鄒靖と桃香の許に兵の一人が声高に報告する。二人は思わず顔をあわせると、首を傾げてしまった。
「馬伯起殿が? 何でおらほに報告さ来たんだべか? 」
訳:『馬伯起殿が? 何で私たちの所に報告に来たのかしら? 』
「壮雄老師が? 一体何かあったんだろ? 」
二人が眉を顰めていると、壮雄がこちらの方へと馬を走らせて来た。彼は二人の近くに馬を寄せると、声高に叫ぶ。
「鄒閣下、桃香殿! 先行していた伯符殿が独断で城を包囲していた黄巾どもに斬り掛かった! 子義殿に伯珪殿に翠と蒲公英、それに加え雲長や翼徳に子龍殿まで一緒だ! 今、弟をあちらに残してある!! 」
「なぬ!? ちょ、ちょっと気ぃ早いんでねべか? まだ号令ば出してねぇのに、なして止めねかったのすか!? 」
訳:『何っ!? ちょ、ちょっと気が早いんじゃない? まだ号令を出してないのに、なぜ止めなかったのかしら!? 』
「え、ええ~っ!! ど、どーしよ!! 」
壮雄からの報告に鄒靖と桃香が困惑していると、すぐさま照世が彼女等の方へと馬を寄せてきた。
「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて下され。伯符殿は天性の戦巧者です。恐らく彼女なりに『好機』と見たのでしょう。ならば、ちと早う御座いますが、この際一気に叩き伏せるべきかと。壮雄殿、黄巾はどれ程の規模か判りますかな? 」
「ああ、そうだなぁ……。ざっと見た感じ三万程だったぞ、照世殿。……そうだ! 伯符殿は兵達に深追い厳禁と厳命していたのを覚えている 」
「ふむ……そうか。ならば、それ等を上手く利用させてもらおう 」
壮雄からの話に照世が何か考え込む仕草をしてみせると、忽ち鄒靖と桃香は期待するかの様に身を乗り出す。
「諸葛軍師殿、何か良い案が閃いたのすか? 」
訳:『諸葛軍師殿、何か良い案でも閃いたんですか? 」
「照世老師、何か良策でも? 」
彼女らにせがまれ、照世はフッと笑みを浮かべながら二人に説明を始めた。
「そうですな、先ずこれを行うにしても電光石火の動きが必要になります。明命殿、明命殿はおられますかな? 」
「はっ、明命ならここにおります。照世老師様、お下知を! 」
照世の呼びかけに、明命がすぐに現れると照世は彼女に耳打ちを始める。
最初は緊張感に溢れていた明命の顔も、話を聞かされて行く内に段々驚愕を交えたものに変化した。
「ええ~っ!? それで大丈夫なのですか? 」
「大丈夫です、あちらの方には固生殿がおりますからな? あの御仁も壮雄殿と同じで騎兵の扱いに慣れているし、冷静な判断が出来る人物です。上手くこちらと合わせてくれるでしょう 」
「はぁ、判りましたのです。それでは、周幼平これより固生様に作戦を伝えて参ります 」
半信半疑の表情になりつつも、明命は早速馬を走らせ、『前衛』と化してしまった先行部隊の固生の元へと向かっていったのである。
「あはははははっ!! ほらほら、どうしたの? まさか当ってくる奴次第で態度をコロコロ変える訳じゃないでしょうねぇ!? 」
「あびっ! 」
毎度の如く、肉食獣の如き獰猛さを含んだ笑みを浮かべながら、馬上の雪蓮が黄巾の一人を唐竹割りで斬り伏せた。彼女に続くが如く、羅蘭も単戟を振り回して周囲の敵を駆逐する。
「このぉっ! 薄汚い黄賊どもがぁ!! さっさと青州から出て行けっ!! 」
「ぎゃばあっ! 」
「ひぎいっ! 」
雪蓮と羅蘭、この二人の連携は実に息が合った物であった。それは、まるで獰猛な二頭の虎が、手当たり次第に得物の群れに喰らい付いてる様に見える。
「子義、貴女結構やるじゃないの。気に入ったわ 」
「そう言う伯符殿こそ、流石は天下に名高き『江東の虎』のご息女なだけはある! 」
顔に返り血が掛かっているのも気にせずに、雪蓮がニコッと笑って見せると、返す羅蘭も不敵な笑みで返した。
「ねぇ、太史慈。もし貴女が良ければウチに来ない? あんな理屈倒れの主君の下にいるよりは、ウチの母様が、いえ私が貴女を大切にするわ!! 」
長剣を一閃させながら雪蓮が声高に言うと、羅蘭は待ってましたかとばかりに破顔一笑で答える。
「願っても無い事です!! 文挙様には某の母が世話になりましたが、今回の一件であの方への義理は果たしました!! ならば、某は貴女の下で存分に武を振るいたく思います!! 大丈夫足る者に生まれたからには、己を賭ける人物にこの身を預けたいのです!! 」
単戟で敵兵の首を刎ね飛ばしながら、満面の笑みで羅蘭が答えると雪蓮は満足げに頷いて見せた。
「契約成立ね! じゃ、真名を預けるわ。私の真名は『雪蓮』! 今度から雪蓮と呼んで頂戴! 」
「畏まりました雪蓮様! なら、某の事も『羅蘭』と呼んで下さいませ! 某の真名で御座います! 」
二人が本心からの笑みを向け合っていると、二人の前方から死に物狂いで黄巾の一団が襲い掛かって来る。すると、二人は一気に表情を引き締めた。
「行くわよ、羅蘭っ! 」
「はっ、雪蓮様! 」
雪蓮と羅蘭、今新たに生まれたこの主従は、それぞれ獰猛な笑みを浮かべながら敵兵を次から次へと屠って行ったのである。
後年、歴史研究家の『家 康像』は、この二人の強固な絆は周瑜との『断金の交わり』に匹敵するとまで評した。
「くそっ、結局こう言うオチか……。あのじゃじゃ馬を御する所か、とんだ貧乏籤ではないか! 」
一方、彼女等から少し離れた所で奮戦する固生。彼は彼女を追いかけるどころか、むしろ雪蓮によって蹴散らされ逃げてきた残敵の掃討に専念せざるを得なくなっていたのである。
「くっ、くそう!! そこをどけぇ!! 」
「文句を言いたいのはなぁ……。私の方なんだよおっ!! 」
「ぎゃあっ! 」
苦虫を噛み潰したかの様な顔で、彼が忌々しげに襲い来る黄巾の残兵に朴刀を振り下ろすと、あっと言う間に黄巾の一人が真っ二つにされてしまった。
「『雑用将軍』ー!! どこにおわしますかー!? 」
固生の耳に、何処からか若い娘の声が聞こえてくる。然し、それは彼にとっては『禁句』であった。
この言葉を聴いた瞬間、普段温厚な彼から考えられない位に固生は怒りで顔を歪ませると、声のする方に朴刀を突きつける。
「何ぃ? 『雑用将軍』だとぉ……!? その名で私を呼ぶ愚か者は何奴かぁっ!? そこにいるのかあっ!? 」
この時の彼は、紛れも無く前世で造反者を東嶽大帝の許に送った、『漢平北将軍 陳倉侯馬岱』その物であった。
「あ、あわわわわ……。ご、ごめんなさいなのですっ! 蒲公英様がそう呼んでいたので、つい…… 」
「みっ、明命殿……。これはしたり、申し訳ない 」
固生が得物を突きつけた先では、涙目になった明命が思わず両手を挙げている。彼女の脅え様を目の当たりにしてしまい、彼は一気に怒気を霧散させた。
「おほんっ、で、私に何か用ですかな? 」
「あっ、はいっ! 照世老師様からの伝言です。お耳を拝借 」
わざと咳払い一つして、気を取り直すと固生は明命に用件を伺う。彼女はすぐに表情を普段通りの物に切り替え、彼に照世からの策を伝えた。
「なるほど、照世殿はその様にお考えでしたか。あい判りました。この固生、策に従うと照世殿にお伝え下さい 」
「はいっ、それでは中軍の照世老師に伝えて参りますっ! 」
穏やかに微笑んで見せると、明命はホッと胸を撫で下ろしてさっき来た道を引き返す。この時彼女はこう思ったものだ。
(あの穏やかな固生さんがあそこまで怒るのは始めて見たのですっ! 今度からは気をつけねばならないのですっ! )
そう思ったものの、前回でも説明したが『劉家の雑用将軍』とは彼の事を指すようになってしまい、後日キチンとした役職に就いても『雑用将軍』呼ばわりされる羽目になったのである。
「良いか皆の者、これより陣形を変える! 先程までの囲みを一部開けよ! 黄狗どもをそこからわざと流すのだ! 」
固生は得物を翳しながら兵達に命ずると、彼が得物を振り下ろした先の囲みが一部開かれる。その後の彼は逃走する黄巾兵と応戦しつつ、わざと開けた箇所から奴等を逃がす形にしたのだ。
「やっ、やったぞ。敵の囲みを抜けた! 後は何とか逃げおおせるだけだぜ 」
「へっ、意外と他愛も無かったな。この際だ、見事とんずらして野盗の類にでもなるか 」
「ははっ、そいつぁいい! 黄巾という隠れ蓑もあるしな。俺らが好き勝手やっても全部あいつらのせいに出来らぁ 」
「おっ、おいっ。あれ見ろ、あれ! 官軍がまだいたのかよ!? 」
逃げおおせた連中がその後の算段を考えながら逃走を続けていると、彼等の前に官軍が陣を敷いて待ち構えていた。
「黄巾を巻いた猿どもがまんまと逃げてきましたか……。全軍、かかれ! 」
「うっ、うわああああああ!! まんまと嵌められたぞ!! 」
陣の先頭に立つ雲昇がフッと口元を歪めて見せると、彼の率いる兵が一気に襲い掛かる。黄巾達は思わぬ敵襲に困惑し始めたが、官軍の攻撃は思ったほどではなかった。
「何だ、こいつ等? やる気あんのかよ? 」
「へっ、どうせ見掛け倒しだろうさ! 」
確かに自分等に官軍が襲い掛かってくるが、彼等は消極的な攻めしか仕掛けてこなかったのである。
「良し、今が頃合ですね。全軍、左右に分かれよっ! 」
「はっ! 」
少し干戈を交えてから雲昇が兵に命ずると、忽ち彼の陣が左右に別れた。黄巾兵は敵陣を破ったものと思い込んで、開いた隙間から一気に雪崩れ込む。
「ふふふ、どんなに足掻いた所で貴方方には泰山地獄しか道は残されていません。暫く死出の旅路を楽しんでいかれるが良いでしょう…… 」
無表情が多い雲昇にしては珍しく、彼は意地悪く笑みを浮かべてみせるとすぐさま陣の立て直しに入るのであった。
「へっ、他愛もねぇ! ざまぁ見やがれってんだ!! 」
「おいっ! また敵陣だぞ? 」
「構う事ぁねぇ!! どうせさっきと同じだ! 適当に暴れりゃ陣を割って逃げ出すだろうよ!! 」
逃走を続ける彼等の前に、又しても敵陣が見える。然し、その都度黄巾達は陣を蹴散らし、更なる逃亡を続けていくのであった。
だが、彼等は既に照世の掌中で踊らされる存在でしかなかったのである。敵陣を破れば更に新たな敵陣と、彼等は実に二桁以上も敵陣突破をさせられる羽目になっていたのだ。
「おっ、おいっ……。何だよこれ……。幾ら逃げても次から次へと敵陣が立ち塞がってるじゃねぇか!! 」
「チクショウ! 一体いつになったらここを抜けれるんだ!? 」
そう毒づいて見せるが、敵陣を破っても次から次へと新たな敵影が自分達を待ち受けている。戦う度に彼等は疲弊し、消耗していくしかなかったのだ。
そして、遂に彼等の前に一際大きい敵影が姿を現す。その陣の先頭に立つは鄒靖と桃香で、彼女等の周囲を一刀、蓮華、小蓮、一心、壮雄が固めていた。
「うっ! あっ、あれは…… 」
「まさか、あれが本陣って訳か!? 誰だ、こんなとんでもねぇ作戦考えた奴はよぉ!? きっと悪魔の様な奴に違ぇねぇ!! 」
この頃になると既に彼等は殆ど力尽きており、自分等を嵌めた奴に呪詛の言葉を喚き散らすが、無常にも鄒靖と桃香の号令が彼らの耳に鳴り響く。
「全軍、かかれーっ!! 弱りきった黄巾どもの息の根ば止めてやるだべっちゃよ! 」
「みんなー! ここが正念場だよー!! 頑張ってーっ!! 」
「うおおおおおおおーっ!! 」
彼女等の号令と共に、兵達は一気に弱りきった黄巾兵に襲い掛かった。ここまで来ると、前回の時と同じ様に一方的な殺戮である。
「全く、こんな恐ろしい策ば考えるなんて、あの三人はおどけでねぇ人達だねぇ。あ~あ、三人の内誰かが帝の側にいれば、この国もここまで酷くならんねかったのになぁ…… 」
黄巾どもの掃討に当る兵たちを尻目に、鄒靖はこの策を考えた照世や、彼の二人の友人に対して畏怖の念を懐くと同時にこの国の現状を嘆いた。折しも昔行われた党錮の禁の影響で、宮中には宦官が蔓延る様になると、国政は彼等によって牛耳られる。
一部の優れた人材はいたものの、彼等は全て閑職に回されるか、或いは宮中から追い出されたりと全て天子から遠ざけられていた。五年前に禁錮に処せられた袁基、現在陳留で太守をしている曹操がその例と言えよう。
その天子であるが、桓帝と諡され、宦官が蔓延る原因を作った劉志の跡を継いだのがこれまた暗愚な劉宏と来ている。事もあろうか、彼は猪殺しの娘と言う身分の卑しき女を皇后に取り立てると、今度はその姉を大将軍の重職に就ける暴挙に出たのだ。
これらの椿事を経て、宮中にてでかい面をするようになった何姉妹だったが、毒素を含んだ色気と、権力欲に特化した狡知しか能が無いこの色ぼけ姉妹の事を、鄒靖は内心毛嫌いしていたのである。
然し、自分まで党錮の禁で社会的抹殺を受けた先人達に続く訳には行かない。自分まで追放されたら、一体誰がこの国を救えるのだろうか? 同僚と言うか、この国のまともな将軍は自分の他に皇甫嵩、朱儁、そして黄巾討伐に併せ中央に復帰した盧植がいる。
朱儁は剛直が過ぎて柔軟さと協調性に欠けているし、盧植は復帰したばかりだから今一つ自身の基盤が脆く、下手をすると再び失職する畏れも考えられた。そうなると残る一人は皇甫嵩のみと言うことになる。だが、彼にも問題があったのだ。
皇甫嵩も漢の武を象徴する人物の一人だし、官職も左車騎将軍になる程だから確かに将としては優れている。現に、今回に関しても彼が党錮の禁の解除と朝廷の武具及び兵馬の供出を強く訴えた事で、鎮圧に乗り出す事が出来た。
『皇甫閣下。あんだけ軍事面で強く出れたのに、なじょして宦官どもの一掃を帝や猪殺しの娘に強く訴える事ができねぇのすか? これは好機ば思うんですけどもしゃっ? 』
訳:『皇甫閣下。あれだけ軍事面で強く出れたのに、なぜ宦官どもの一掃を帝や猪殺しの娘に強く訴える事が出来ないんですか? これは好機だと思うのですが? 』
『鄒靖。私達は武人だ、文官ではない。その武人が己の立場を弁えぬ言は避けるべきであろう。後、何閣下の事を悪く言うのは止め給え。気持ちは判るが、誰が聞き耳を立てているのか判らないのでな? 』
『はっ、申し訳御座いません。(やっぱ、こんお方は当てさなんねぇなぁ…… ) 』
訳:『はっ、申し訳御座いません。(矢張り、このお方は当てにならないわ…… ) 』
都を出立する前、鄒靖と皇甫嵩の間で上の様なやり取りが交わされ、その際鄒靖は皇甫嵩に対して絶望感を覚える。これらの事から、彼女は皇甫嵩に対して時勢を見る目が無いと言うか、政治面で強く出れないところを正直不安に思っていたのである。
「えええええいっ!! 」
「ぎゃっ!! 」
ふと、鄒靖の目に桃香の姿が映る。無慈悲とも言える彼女の壮絶な戦い振りに、思わず鄒靖は目を細めた。
(確かぁ、劉玄徳さんって言ったよねぇ、あん娘。もすかすて、彼女ならあだし達の希望になってけられんかもしんね。こん戦が落ち着いたら、こん娘ば帝さ引き合わせてみようかね?
今、この国に必要なのは古の光武帝の様に強くて優しく。そして時には厳しく皆ば引っ張れる人なんだべっちゃよ……。あん娘ば見てると、昔読んだ光武帝の話ば思い出すっちゃねぇ……。
玄徳さんの様な人が※2皇太女だったら、次の帝だったら、あだしは喜んで家臣さなるっちゃよ……。あぁ、何れは立場が逆さなればいいっちゃねぇ…… )
訳:『確か、劉玄徳さんと言ったわね、あの娘。もしかして、彼女なら私達の希望になってくれるかもしれない。この戦が落ち着いたら、この娘を帝に引き合わせてみようかしら?
今、この国に必要なのは古の光武帝の様に強くて優しく。そして時には厳しく皆を引っ張れる人なのよ……。あの娘を見てると、昔読んだ光武帝の話を思い出すわねぇ……。
玄徳さんの様な人が、皇太女だったら、次の帝だったら、私は喜んで家臣になるわね……。あぁ、何れは立場が逆になれば良いわねぇ…… )
思えばこの時から本格的に桃香に興味を持ち始めたと、後日鄒靖は回想している。先述の歴史研究家『家 康像』は、同じく黄巾討伐に派遣された皇甫嵩と鄒靖の二人を比較してこう評した。
『鄒靖と皇甫嵩の二人は後漢末期を代表する将軍だが、将才だけを見れば皇甫嵩の方がずっと優れていただろう。皇甫嵩が戦略眼に優れ作戦立案能力も高いのに対し、鄒靖はどちらかと言えば現場指揮官の傾向が強い。
然し、皇甫嵩は故事や己の立場に拘る余り時勢を見る目に欠けており、その点では鄒靖に遥かに劣っていた。この時点で二人の明暗が分かれたと言っても過言ではなく、後の顛末は歴史が語る事実通りだ 』
「桃香…… 」
「桃香って、あそこまで凄まじかったかしら? 何か違和感を感じちゃうわ…… 」
「うーん、何かあいつ思い詰めてねぇかな? 」
桃香の鬼気迫る戦いぶりに、隣で戦っていた一刀や蓮華、そして一心は彼女に危うさを懐く。
確かに、このご時世を切り抜けるには奇麗事だけでは済まされない。然し、最初からあんな調子ではいつかは壊れてしまうのではないのかと思ったからだ。
そんな思惑を抱く中で、照世の策通りに事は進んで行き、遂に彼等は臨菑城に張り付いていた黄巾の殲滅に成功する。鄒靖を筆頭に臨菑に入城した際、彼女等は刺史の焦和と北海国相の孔融から挨拶を受けた。
「鄒靖閣下! 何も中央の兵馬を指揮する貴女が来る必要が無いではありませぬか! 現に巫女の神託では奴等は何れ身を退くだろうと出ていたのですよっ!? 」
「そうですっ! 黄巾と言えども彼らも同じ人間です! 孔子の教えを説き伏せれば、きっと彼らも判ってくれた筈です! 子義っ、良くも余計な真似をしてくれたわねっ!? 」
だが、二人が敵を追い払った鄒靖達に浴びせた言葉は辛辣なものばかりだったのである。特に孔融は恐ろしい形相で羅蘭を睨み付けていた。
「文挙様…… 」
「こっ、この女……。何が孔子二十世の子孫よ……。今すぐ黄狗どもの後を追わせてやろうかしら!? 」
「伯符さん、待つっちゃよ 」
「鄒靖将軍…… 」
感謝されるどころか、羅蘭は主君からの思わぬきつい言葉を受け、忽ち顔を曇らせてしまう。
彼女に暴言を浴びせたこの腐れ儒者を縊り殺しやろうかと、思わず雪蓮が衝動に駆られて身を乗り出してくるが、すぐさま鄒靖に止められた。この時の彼女は全くの無表情で、そんな顔をした鄒靖の行動に、雪蓮は忽ち怒りを霧散させてしまう。そして、鄒靖は大きく息を吸い込んで見せると、実にけたたましい怒鳴り声を上げ始めた。
「しずねぇっ! こんおだづもっこのほでなすどもがっ!! この期に及んでまでめぐせぇ真似さすんでねぇ!! 」
訳:『やかましい! このふざけた大馬鹿野郎どもがっ!! この期に及んでまでみっともない真似をするな!! 』
(めぐさい→みっともない これもまた仙台弁スラングです)
この怒鳴り声を皮切りに、鄒靖は辺境訛りで強烈な叱責の洗礼を、愚かな孔融と焦和に浴びせ始めた。
「おめだづのせいでどんだけの被害が出たと思ってんのっしゃっ!? この太史子義さんが来てくんなかったら、こん城は黄巾どもの宴会場さなってたとこなんだべっちゃよ!? もすかすっと、あんた等は今頃黄巾どもの慰みもんになってたかもすんねぇのに、良くもまぁそったら事おらほにかだれたもんだべっちゃね!?
焦和! おめさは刺史だと言うのに、こったら非常時でも神頼みすかすねぇのすか!? それは単なるからだやみ(怠け者、病人)のする事だべっちゃよ!? 孔融! あんたもあんただぁ。黄巾どもは張角達さ洗脳されてるのも同じだ言うのに、そったら奴らさ良くもまぁ、『孔子の教え』だなんてかだれたもんだべっちゃねぇ!? そったら事すんはのっつぉい奴(能無し野郎)のする事だべっちゃよ!!
ほんとにそんなんで、良くおめだづは刺史や国相と言う重責ある立場にいれたもんだ! 二人とも恥知れ! 恥!! 」
訳:『貴女達のせいでどれだけの被害が出たと思ってるのよ!? この太史子義さんが来てくれなかったら、この城は黄巾どもの宴会場になっていた所だったのよ!? 若しかすると、貴女達は今頃黄巾どもの慰み物になっていたかもしれないのに、良くもまぁそんな事を私たちに言えたものだわね!?
焦和! 貴女は刺史だと言うのに、この様な非常時でも神頼みしかしないのか!? それは単なる怠け者のする事だわ!? 孔融! 貴女も貴女よ。黄巾どもは張角達に洗脳されてるのも同じだと言うのに、そんな奴らに良くもまぁ、『孔子の教え』だなんて言えたものだわね!? そんな事するのは能無しのする事だわ!!
本当にそれで、良く貴女達は刺史や国相と言う重責ある立場にいれたものね!? 二人とも恥を知りなさい! 恥を!! 』
「「…… 」」
官軍を代表する者として、鄒靖が強烈な怒りをこの不甲斐無さ過ぎる二人に叩きつけると、焦和と孔融は忽ち黙り込む。間髪入れずに今度は雪蓮が口を挟んだ。
「孔閣下、貴女の儒家としての考えは立派だと思うけど、貴女よりは部下の方がキチンと状況を見ていたわ。でも、その部下に対して労うどころか、一方的に責め立てると言うのはお門違いも甚だしいわね? こんな貴女じゃ太史子義を使いこなせるとは到底思えない、ならば私が貰っていくわ? 異論は無いわよね? 」
「……判ったわ、好きにすれば良い。私の家臣に儒教の教えを理解せぬ者は要らないわ…… 」
負け惜しみの如く孔融が言い捨てると、彼女は雪蓮をギロリと睨み付ける。それを受けた雪蓮の方は実に冷ややかな態度であった。
「文挙様、長らくお世話になりました。貴女様から受けた恩義は、この太史子義生涯忘れは致しません 」
「…… 」
羅蘭が最後の挨拶を孔融にすると、彼女は羅蘭を一瞥しただけで何も言わずに去って行ったのである。
この後、無情にも孔融はその日の内に手勢を引き連れ北海に帰還してしまい、それは仮にも主従関係であった孔融と太史慈の今生の別れとなってしまった。
「さぁ~て、取り敢えず今日くれぇは馬鹿騒ぎすたってばちは当らね。みなさんこたこたになってっと思うし、今日はここで休まいん 」
訳:『さぁ~て、取り敢えず今日位は馬鹿騒ぎしてもばちは当らないでしょ。皆も大変疲れてると思うし、今日はここで休みましょう 』
そう言うと、鄒靖は兵達に休息を命じる。思えば東平陵から急ぎの行軍であったし、酒を飲む暇すらなかったのだ。然し、照世、喜楽、道信の三人が、こう言う時こそ敵の襲撃を受け易いと進言すると、彼女は気持ちを引き締め、兵を半分に分けて見張りと休息を交互にさせる事にした。
また、鄒靖は軍規に厳しい一面もある。休息で城下町に繰り出す者達には、乱暴狼藉は言うに及ばず、酒の上の喧嘩もきつく禁じた。これらの事も功を奏し、鄒靖率いる官軍に対する民衆の評判は極めて高かったのである。
「ふうっ、久しぶりの酒とメンマだ……。少々筋張ってはいるものの、無いよりましと言うものだ。む? どうした愛紗、鈴々。折角のメンマだと言うのに喰わぬのか? 」
「いっ、いや……。見ただけで腹が一杯になった。星だけでやってくれ 」
「りっ、鈴々もいいのだ。星だけで沢山食べて欲しいのだ…… 」
城内の庭に場を設け、久し振りの酒を痛飲していた星、愛紗、鈴々の三人であったが、星が持ち込んできたメンマの盛りを見た瞬間二人は一気に胸が一杯になった。
薊で公孫瓉の陣に招かれた際に二人は星から散々『メンマ尽くし』を受けてしまい、以降二人はメンマを見るのも嫌になっていたのである。星はメンマを好物と言っていたが、彼女のそれへの執着振りは常軌を逸していた。下手に断ろうものなら、延々とメンマについて話し込まれる始末だし、メンマに関しては慎重に言葉を選んでいたのである。
「おや、そう言えば桃香殿のお姿が見られぬな? 」
上機嫌で酒盃を傾けながらメンマを齧っていた星だったが、愛紗と鈴々の隣に桃香の姿が無い事に気付いた。
「あぁ、義姉上は風呂に入ってから休むと言われた。今日の戦いで義姉上は頑張り過ぎたからな。然し、流石は高い志をお持ちの義姉上だ。黄巾の群れを相手しても全く身じろぎ一つしない 」
「うんうん、桃香お姉ちゃん。結構強かったのだ 」
「…… 」
愛紗と鈴々が我が事のように満足げに頷いていると、星はメンマを摘んでいた箸を休めて無言で酒盃を傾ける。
「ふむ、二人にはそう見えたか。然し、私が言うのも何だが……あの御仁結構ご無理をされてはいないか? 」
酒盃をコトンと卓の上に置くと、表情を真剣なものに改め、星は二人を真っ直ぐ見詰めた。突然の彼女の言に、愛紗と鈴々は戸惑いの表情を浮かべる。
「無理をしているだと? 私にはそう見えなかったのだが…… 」
「愛紗の言う通りなのだ。戦いが終わっても桃香お姉ちゃんは何時もどおりにニコニコしていたぞ? 」
「いいや、違うな。あれはあの方がお主等に気を使っているだけにしか過ぎぬ。二人は気付かなんだか? 桃香殿の剣が泣いていたのを!? 」
きっぱりと言い放つ星の言葉に、愛紗と鈴々は頭を金槌で殴られたかのような衝撃を受けた。
「なっ!? 義姉上の剣が…… 」
「泣いていたのかー? 」
「あぁ、そうだ。私もこの前の宴で桃香殿の高い志を聞かされたことがある。然し、その願いは脆くも儚い物だ。余程強い意志でも持たぬ限り到底貫く事も叶うまい。
見た所、あの御仁は元来争い事を嫌う性分と思われた。だのに、己を殺してまでも己が道を貫かんとしている……。当然、そんな真似をしてれば剣も泣くと言うものだ。
私の父は優れた武芸者だったのでな、その父が良く言っていた。『己が持つ得物にはその心が出る』と、な……。桃香殿は敵を一人屠る度に、心の中で涙を流しているのだよ 」
普段冷静に振舞ってる星らしからず、彼女が熱弁を振るうと愛紗と鈴々は顔を俯かせてしまう。そして、二人は星に詰め寄り始めた。
「なら、星。私達はどうすればいい? 義姉上のお心を楽にさせるにはどうすれば良いのだ? 」
「そうなのだ! 鈴々も、桃香お姉ちゃんにそこまでして夢をかなえさせたくないのだー!! 」
「こればかりはどうしようもあるまい。お主等がああこう言った所で無駄と言うものだし、
少なくともあの御仁のお心は己が夢を果たすまでは安らぐ暇も無かろうものさ……。いや、待てよ……。彼なら、一刀殿なら何とかしてくれよう 」
思い付いたかの様に星が一刀の名を言うと、鈴々は『おおーっ』と感心するかの様な顔になり、愛紗は忽ち露骨に顔を顰めてみせる。
「一刀お兄ちゃんか? 鈴々、あのお兄ちゃん結構好きなのだー。お兄ちゃんなら桃香お姉ちゃんを何とかしてくれそうなのだー! 」
「仲郷殿か……。ううむ、それではまるで私達だと役不足の様な言い回しではないか!? 」
対極的な二人の表情に、星は意地悪そうにニヤリと笑みを浮かべて見せると、愛紗を煽る様な挑発的な台詞を吐いた。
「おや? 妬いているのか? 一刀殿は桃香殿の想い人だ。何も姉妹には言えぬ悩みでも、彼の前ならあっさり言えよう……特に閨の中でな? 」
「だっ、誰が妬いている等と!! 大体私はまだあの男を完全に信用した訳ではない!! 確かに、前の戦での槍働きは聞いている!! だが、あの男に義姉上をお任せする訳には行かんと今でも思っているのだしな!! 義姉上も義姉上だ、何であの様な者と閨を共にしてるのかどうしても解せぬ!! 」
「おお、怖い怖い。見たとこ一刀殿は孫家の蓮華姫に、馬家の翠姫とも関係をお持ちのようだしな。何ならお主も一刀殿に抱かれてみてはどうだ? 案外彼に対する気持ちも変わるやも知れぬぞ? 」
「……星~~~っ!! 貴様、言って良い事と悪い事があるぞ!! この関雲長、あの様なふしだらな匹夫にくれてやる操など無いわっ!! 」
星が蠱惑的な笑みと共に言い放った言葉に、とうとう愛紗の怒りも沸点に達する。彼女は自分の近くに置いてあった青龍偃月刀を引っ掴むと、星にそれを突きつけた。
「もうっ、勘弁ならんっ! 多少の事なら我慢してやろうと思ったが、そこまで言われたら武人として、女としても屈辱だ!! そこへ名折れ!! 」
一方の星は不敵に笑い返すと、すぐさま己の近くに置いてあった得物の石突きを蹴飛ばし、それを素早く掴んでびょおうっと一振りさせる。
「ふっ……。どうやら幽州の偃月刀殿は冗談を解する心を持っていないようだ……。面白い、さっきは少し暴れたり無かったのでな? 相手してやろうぞ! 」
「あ、あわわわわ……。二人とも喧嘩しちゃ駄目なのだー!! 」
双方得物を手に距離を置いて睨み合い、どうすべきか判断も出来ずに鈴々はおろおろする始末。酒席における星の悪質な冗談を切欠に、そこには一触即発の空気が漂い始めた。
「お主等、何をしておるかっ!? 」
「何をしているのです!? 鄒閣下の命で酒席での喧嘩は御法度の筈、直ちに双方矛を収めなさい!! 」
何処からか声と共に鎧姿の義雲と雲昇が得物片手に駆け寄ってくる。言うが早く、彼等は己の得物で素早く愛紗と星の得物を弾き飛ばすと、すぐさま彼女等にそれぞれの得物を突きつけた。
「なっ!? 」
「何!? 」
愛紗には義雲の冷艶鋸が、星には雲昇の槍が突きつけられていたのである。彼女等に鋭い視線を浴びせる二人の漢の顔は、正に前世で五虎将と畏れ称えられたそのものであった。
「全く、お主等は何をじゃれておる!! 酒を飲んで暴れる力があるのなら、戦場で存分に振るうが良い!! 」
「私も義雲殿と同じです。雲長殿、子龍殿、お戯れも大概になさい! 」
長髯の大男と白銀の鎧兜姿の美丈夫にそれぞれ睨まれ、たちどころに愛紗と星は度肝を抜かれてしまいその場に力なくへたり込む。あんなに強い二人をここまでにしてしまう義雲と雲昇に対し、鈴々は目をキラキラさせていた。
「すっ、すごいのだー!! 鈴々、愛紗や星より強い奴を始めて見たのだー!! 」
「はははっ、翼徳。わし等は大したものではないぞ? 偶々だ、偶々 」
「ええっ、義雲殿の仰られる通りです。私達の武なぞ、あちらのお二人に比べれば微々たる物にしか過ぎません。幸いお二人とも気を取られていた為、この様な真似が出来ただけです 」
苦笑いして義雲と雲昇が答えると、鈴々はすごい勢いで首を横に振ってみせる。
「謙遜しなくてもいいのだ! 鈴々にはわかるもん! あの虎髯のおっちゃんも、変な兜のお兄ちゃんも、雑用将軍のお兄ちゃんも強いのはわかってるのだ! どうなったらそこまで強くなれるのか、鈴々にも教えて欲しいのだー!! 」
鼻息を荒くして教えを請う彼女の姿に、義雲と雲昇は軽く笑いながら快諾した。
「ははは、そうか。なら、寝る前の少しの間わし等が手ほどきをしてやろう 」
「ええ、お粗末ではありますが私達でよければお教えしましょう 」
「やったー!! それと、鈴々の事は鈴々って呼んで欲しいのだ! 」
鈴々が頼んでくると、優しい笑みと共に二人は頷く。
「あぁ、判ったぞ『鈴々』。 なら、わしの事は『義雲』と呼ぶが良い。わしの真名だ 」
「判りました、『鈴々殿』。では、私の事も『雲昇』と呼んで頂きたい。私の真名ですので 」
「わかったのだ! それじゃ、義雲のおっちゃんに雲昇のお兄ちゃん! あっちにいこ? 」
言うや否や、鈴々は蛇矛片手に義雲の手を引っ張ると、雲昇を伴い何処かへと去って行き、後に残されたのは只呆然としたままの愛紗と星のみであった。
「なっ、何だ。あの仲拡殿の動きは……。あんなに素早く力強い武は生まれて始めて見たぞ? 正に『武神』の権化を見てるようだった…… 」
「同感だな愛紗、実は私もだ。趙子穹殿の武は私のより遥かに美しい……。どこをどうやればあそこまでに達する事が出来るのだ? 」
二人が力無く呟いて見せるが、それに答える者は誰もいなかったのである。脱力仕切った彼女等の間に、一陣の風がヒュオオウと空しく吹き抜けるだけであった。
「ふうっ……あ~っ、お風呂にゆっくり浸かれるなんて久し振りだよねぇ~? 途中水浴びとかはしたけど、やっぱり疲れを取るにはお風呂が最高だよ~! 」
一方、そんなやり取りがあったとは梅雨ほども知らず。城内の浴場にて桃香はゆったりと湯船に身を預けていた。鄒靖がわざわざ気を利かせて、彼女に太守専用の浴場を貸切にしてくれたのである。
「早いとこ、黄巾達をやっつけて気軽にお風呂に入れる様になりたいよね? 戦っていても、私は女の子だもん。不潔にしてると一刀さんに嫌われちゃうしなぁ~~ 」
桃香は水面から足を突き出して見せると、それを磨くかのように両手で擦り合わせてみせる。然し、そうして見せたのも束の間の事で、彼女は自分の体を抱え込むと顔の半分まで水面に沈めてしまった。
「私……、本当にこれで良いんだよね? これまで沢山の人を殺しちゃったけど……。これで良いんだよね? 」
自身に言い聞かせる様に桃香は呟くが、段々彼女の顔に陰りが落ちてくる。桃香は忽ち黙り込んでしまった。
「おおっ、風呂だ風呂! さぁ、蓮華も翠も早く入ろうぜ! 」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、一刀! お風呂は逃げないわよ、もうっ…… 」
「おっ、おいっ、一刀ってば! そんなに急かさなくたって…… 」
「!? 」
浴場内に、突然一刀と蓮華に翠の声が聞こえてくる。思わず桃香は立ち上がってしまった。
「あっ、桃香じゃないか 」
「桃香、貴女もお風呂に入っていたの? 」
「あっ、一刀さんと蓮華ちゃんに翠ちゃん……だよね? 」
立ち上がった桃香が振り向いた瞬間、そこには手拭だけを持った全裸の一刀と蓮華に翠が立っていたのである。当然ながら、彼女の視界に一刀の象徴がモロ見えになってしまった。
「あっ、ごっ、ごめんね! ジロジロ見ちゃって!! 」
一刀の男子の象徴を見た瞬間、桃香は一気に顔を赤くすると回れ右し、そのまま音を立てて湯船に沈み込む。然し、当の一刀本人はケロリとしていた。
「はははっ、もう何度も見てるじゃないか。俺はあんまり気にしないけどね? それじゃ、おっじゃましまーす♪ 」
「じゃ、私も入らせてもらうわね? はぁ~~っ、気持ち良い。お風呂なんて久し振りだわ…… 」
「はぁ~~っ、風呂なんて久しぶりだなぁ~。こうも戦続きじゃ風呂にも浸かれやしなかったし、極楽極楽っと 」
一刀は笑って見せると、彼もまた湯船に肩まで浸かり始め、蓮華と翠もゆっくりと肩まで湯船に身を預けた。
「~~♪ ~~~♪ 」
「プッ、何よ一刀その歌は? 変な歌よね? 」
「何だよ、その歌? 聞いた事も無いぞ? 」
「クスッ、でもでも、変な歌だけど歌い易そうだよね? 」
日本ではお馴染みの温泉歌謡の替え歌を一刀が歌うと、当然蓮華と翠は聞いた事が無いものだから思わず噴出してしまう。気付けば桃香もつられて笑っていた。
「桃香、やっと本当の笑顔を見せてくれたね? 」
「あっ…… 」
行き成り一刀が真顔で言ってくると桃香は言葉を失い、蓮華は彼女の隣に身を寄せる。
「やっぱりね、最近の桃香どこか変だったもの。無理していたんじゃないかって思ってたのよ? 笑顔も作り笑いみたいだったし? 」
「そうそう。実はさ、一心さん達も心配してたんだよ。『最近のあいつぁ、何かおかしい。悪ぃが、三人で桃香の様子見てやっちゃくんねぇか? 』ってさ。だから、本当は桃香だけの貸切りだったんだけど、あたし達も入らせてもらった訳 」
腕組みした翠が、大袈裟に頷きながら一心の物真似をしてみせると、桃香は両手で口元を覆うと涙ぐんでしまった。
「おいおい、泣くなよ桃香。多分だけどさ、桃香は無理してたんじゃないのか? 俺や兄上達を引きずりこんでしまった責任を取らなくっちゃって思ってたんじゃないのか? 」
一刀が優しく語り掛けると、桃香は無言のまま頷く。すると、彼はフッと笑って見せると彼女の背後に回りこみ、桃香を後ろから優しく抱きかかえた。
「かっ、一刀さん? 」
思わぬ彼の不意打ちに桃香が顔を赤らめ始めていると、一刀は彼女の耳元でそっと優しく囁き掛ける。
「大丈夫だよ、桃香が覚悟を決めてるのはちゃあんと皆が判ってる事なんだ。苦しい時ははっきり苦しいと言ってくれ、俺や兄上に老師達もいるし、関羽や鈴々、そして目の前の蓮華や翠だっているんだ 」
「うん…… 」
「これから先、俺も桃香も、そして皆も心に傷を沢山背負ってかなくっちゃならないと思う。だから――その都度互いに支え合って行きたいんだ。この気持ちに嘘偽りは無いよ? 」
「ええ、私もよ桃香。だって誓ったじゃない、私達親友だって。貴女や一刀の傷は同時に私の傷でもあるのよ? だから、私にもそれを支えさせてくれないかしら? 」
「おいおい、三人ともあたしを置いてくなよ~。あたしだって桃香とはダチの積もりでいるんだぞ? だったら、あたしにもお前等の傷を背負わせてくれよ? 」
一刀、蓮華、翠から優しい言葉をかけられ、涙を流しつつも桃香はいつものにっこりとした優しい笑みを見せた。それはこれまでの無理な作り笑顔ではなく、楼桑村にいた時のあの本心からの笑顔だったのである。
「どれ……マジな話はこれでやめだな、後はゆっくり風呂に浸かってぐっすり眠るとするか? 」
漢の微笑を浮かべつつ一刀がカッコ良く決めようとしたが、そうは問屋が卸さなかった。
「ん? 」
「え、ええと、一刀、その◎×△⇔@…… 」
気付けば、何と翠が自分の腕を掴んでいるではないか。彼女は何か言おうとしているが、最後の方で口篭り明確に聞き取れないものの、その目が潤んでるのは確かだった。
「うわぁ~! 翠ちゃん随分積極的になってきたんじゃない? 」
「本当よね? 一刀におねだりするなんて、そっちで奥手だった翠にしてはすごい進歩だわ 」
本当に驚いたかの様で桃香と蓮華は顔を綻ばせると、桃香は思い切り一刀にもたれ掛かり、蓮華は蓮華でもう片方の腕に自身の乳房を密着させる。
「それじゃ、私も今日は一刀さんに思いっきり甘えちゃおうかな? えいっ♪ 」
「私も出遅れる訳にはいかないわね? それっ♪ 」
「ぬおおおおおっ!? 」
こうなって来ると、一刀としても『男子の生理現象』が起きてしまう。既に彼の『霊峰富士』は雄雄しく立派な姿になりつつあったのだ。
「大丈夫よ一刀。鄒靖将軍にお願いして周囲に人払いをさせてるから…… 」
一刀の耳元で蓮華が甘く囁いてみせた後に、彼女がそのまま彼の耳を甘噛みしたその途端、一刀の理性は一気に大崩落を起こしたのである。
「一刀、イッキまぁ~~~す!! 」
どこかで聞いたような名台詞の後に、一刀は大浴場にて三人相手に大立ち回りを演じ始めた。然し、その結果彼等四人は湯あたりを起こしてしまい、様子を見に来た一心と雪蓮を呆れさせたのである。浴場の床で伸びている四人の姿に、彼等はそれぞれ呆れ顔でぼやいた。
「心配になって様子見に来てみりゃ……。何だこりゃあよぉ? 流石においらも呆れちまったぜ? まっ、イイモン拝ませてもらったから良しとすっか? 」
「本当ねぇ。全く、四人とも遊ぶにしたってちゃんと場所を考えないと……。それにしても、蓮華も随分『南方の女』になってきたわねぇ……。我が妹ながら恐ろしい子っ! 後、一心。何か余計な事言わなかったかしら? 」
「いえ、あっしは何も言って御座いやせんよ? (最近の雪蓮、何だか随分と目敏くなってきたんじゃねぇか? ) 」
「ふーん……(本当に白々しいわね、後で干物にしてやろうかしら? ) 」
中国史の研究で著名な歴史研究家の『家 康像』は、劉仲郷についてこんな面白いエピソードを自身の著書に書いていた。それは以下の通りである。
『後漢末期における動乱において、『劉仲郷』ほど女性絡みで様々な逸話を残した人物は居ない。彼と関係を持った女性の大半は、どうやら彼と入浴中に行った情事で身篭ったと記録に残されている。
この劉仲郷だが、彼は意外と綺麗好きだったらしく、戦の最中でも余裕があれば自分だけでなく部下にまで入浴させたり、時に各地を転戦した際には温泉までをも探らせていたようだ。
然し、当時の衛生事情を鑑みれば適切な処置の一つと言えよう。現に、彼が指揮する部隊は兵の殆どが疫病の類に罹った事が無かったからだ。古代ローマでも遠征先で兵士に湯治をさせた事実は存在していたが、当時の中国でそれを行った彼は、正に中国史における湯治の先駆者とも言えよう。
これらの結果、中国各地には彼由来の温泉が多数点在している。劉仲郷が精力絶倫で関係を持った女達に子供を産ませた逸話から、男は精力絶倫を、女は子宝成就の願を掛けて湯に身を預けたのも頷ける話と言うものだ 』
※1:郡太守の下には属吏と呼ばれる人間が置かれ、主に地元出身者が担当した。別駕従事は属吏の最高職で、郡職のナンバー2に該当する。
※2:皇位(王位)第一継承権を持った女子の事。王太女とも呼ばれる。
ここまで読んでくださり真に感謝いたします。
このお話なのですが、横山三国志で言うところの大興山の戦いを終えて青州城に救援に向かうという話を、私風にアレンジしました。実際調べてみれば『青州城』なんてのは存在しません。青州の州都がある斉国臨菑城が正しいと思いましたので、その名称を使う事にしました。
青州刺史焦和のエピソードですが、あれは本当のお話です。黄巾責めの最中にやったかどうかは知りませんが、実際は反董卓連合に参戦したものの軍事の才能が無い臆病者だったらしく、まともに戦わないで逃げ帰っております。
以降の彼は城で怯えて過ごす様になり、ついには神頼みをする始末。ここら辺に当時の末期症状の一端が窺えるというものです。
もう一人の北海国相孔融ですが、こちらは誇張させちゃいました。ですが、実在の彼は学者や知識人としては一級品だったものの、政治家としては無能だった様です。彼が考えた政策も実に現実離れしたものばかりだったとか。
今回登場させた太史慈こと羅蘭さんですが、端折っちゃいましたけど、孫策の家臣にさせちゃおうと思いましたので、すぐに家臣になってもらいました。
真名の『羅蘭』ですが、『ゆるぎない忠誠心』の花言葉は『スミレ』だったのです。中国語だと『紫羅蘭』(じゅろうらん)と読むのですが、ちょっと聞こえが悪いなぁと思いましたので、『紫』を省いて『羅蘭』さんにしてみました。
彼女のCVイメージですが、三宅華也さんです。着ている赤い鎧とか、武装面等はSD三国伝の太史慈ドムを少し意識しました。まともには見てないんですけど。コーエー三国志の太史慈も赤い鎧着てたんで丁度良いだろうと言うのもありました。
彼女の武器の単戟、要するに呂布の『方天画戟』の月刃の片方を取っ払った形状をしております。後は『棘っぽい』のをイメージして、月刃の片側に当る矛の刀身部分に波打つような感じで鋸刃をつけさせております。
鄒靖さんと皇甫嵩、本当は鄒靖さんも皇甫嵩さんも黄巾の乱が終了すると出番が無くなってしまい、そのままあっと言う間に世を去っております。然し、書いてる内に鄒靖さんが気に入ったんで、これ以降彼女にも出番を与える予定です。
他にも皇甫嵩のエピソードですが、彼は自身がかつての韓信の様になりたくなかったのと、他にもきちんと時勢を見極める目を持ってなかったようで、その結果不憫な形に終わっています。慎重になりすぎてチャンスを逃しただけでなく、大損をしてしまうケースに当てはまってるのではないのかと思ってしまいますね。
今回の臨菑城攻めの照世の策ですが、これも正直自信が無いです。この手の作品に出てきた、とある戦法を真似て後は自分の味付けを少々しただけですので……。私は本当に戦描写が下手なんで、申し訳ないです。
また、今回から今作品における『歴史研究家』の役割を、名前だけですが『家康像』様のお名前を使わせてもらっております。ですが、そのまんまじゃアレなので、中国語の発音風で『ジァ カンシャン』としております。家康像様、お名前の使用許可を下さり真に感謝です。
次回は……桃香は意外な人物と再会します。三国志演義の序盤における劉備がぶち当たった辛い現実の一つと言える話でしょう。
次回も更新されましたら、また読んでくれたらとっても嬉しいです。今度は第十九話でお会いしたく思います。
んだらばっ!(それじゃ、また~!の仙台弁) 不識庵・裏でした~!!