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真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第二部「黄巾討伐編」
18/62

幕間其の二『さぁ、皆で学ぼう! 優雅で華麗なるOBAKA一族の歴史を!! 』

 どうも、不識庵・裏です。


 さて、今回は前回三月に投稿していらいの『幕間』です。本当は早速義勇軍の初陣の話を書こうと思ったのですが、ちょっと書いてく内に前回の幕間と同じように、チョロっとだけでは済まされないと思い、馬騰のお話と同じ幕間形式に致しました。


 タイトルもそうですが、所々文中におふざけめいた表現を使っております。ですが読まれてる皆々様方には、どうか四海より深き慈悲の心で見守って下さりたく存じ上げます。


 それでは、照烈異聞録。幕間其の二をお楽しみ下さい……。


 注意:今回の話で矛盾点が生じましたので、已む無く五話の冒頭部分を一部改稿してあります。何卒ご容赦くださいませ。


 桃香率いる『楼桑村義勇軍』が、薊県に集結する『幽州連合軍』に馳せ参じてから三日後。白蓮に伴われ、桃香は幽州刺史劉虞との目通りを果たす。


 謁見の間にて目通りをした際、劉虞は座に腰掛けて肘掛を強く握り締めており、地に付いていないのか、ガクガク足を震わせていた。彼は歯をガチガチと鳴らし、口唇を震わせながら桃香に言葉を掛ける。



『よっ、良くぞ此度の求めに応じてくれた、りゅ、劉備とやら。わっ、私の為、いっいや、くっくっくく、国の為、たっ、たたたた民の為そちの奮励努力に期待するぞぞぞぞぞ? 』



 ここまで見事な怯えっぷりを目の当たりにしてしまうと、果たして彼が噂通りの人物かどうかは現時点では判断がつきかねない。おまけに彼の線は細く、何処か黄巾の脅威に怯えているようであった。




『はい、有難う御座います。私も閣下や帝と同じ『劉姓』を名乗る者の端くれ、ならば帝の憂い、そして国の憂いは私の憂いでもあります。必ずやこの劉玄徳、お力になりたく思います 』


『たたた、頼むぞ、頼みましたぞぉ? 』



 そう言うと、彼は桃香の手を握り締める。だが、彼の手が小刻みに震えているのが判ると、桃香は内心こう思った。



(この劉虞さん。平時なら立派な刺史さんだと思う。けど……こういうご時世に対処できる力が無いんじゃないのかな? 幾ら黄巾が怖いからって、こんなに大軍を集めても、ずっとここに固定させてるだけなんだもん。


 私だったら……照世老師達にお願いして、これらを有効に活用したいよね? 例えば、他の郡や州の応援に回したり、或いは陽動を仕掛けて拠点を叩くのも悪くないかな? )



 そんな彼女の腹の内等は梅雨程も知らず、劉虞は彼女の手を握り締めながらしきりに懇願する一方であったのだ。



「ねぇ、白蓮ちゃん。あの刺史さんの事なんだけど…… 」



 劉虞との謁見を終えると、それぞれの陣に戻るべく桃香は、白蓮と二人肩を並べて廊下を突き進んでいた。


 先程の劉虞の反応が腑に落ちなかったのか、桃香が白蓮に話しかけると、彼女は忌々しげに顔をしかめていた。



「言うな、私にだって判ってるんだ。確かに、平時(・・)なら劉虞は素晴らしい刺史さ。現に私だけでなく、他の郡の太守の仕事振りもキチンと観察してるし、中央への評価だって身贔屓一つもしていない。どこかの馬鹿な渤海太守に爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいさ。


 だけどな、今年に入ってから薊の城下町に潜伏していた黄巾に、寝込みを襲われかけたらしいんだよ。それ以来、黄巾の奴等を恐れる様になってしまって、ずーっとあんな感じで怯えまくってる始末なのさ。


 だからと言って、劉虞の奴め……。折角幽州一国十郡から総勢八万余りの兵を集めたって言うのに、只自分の手元に置くだけの番犬代わりにしてるんじゃ、何の意味も持たない只の遊兵じゃないか。てっきり他の州や郡県の応援に行くものばかりだと思って、私も一万二千の兵を動員させたんだぞ……。はぁ~~ 」



 そうぼやいて、溜息一つ吐いた白蓮が天井を見上げて見せると、今の彼女の姿からは何かやりきれないものが感じられた。それに続くが如く、桃香も天井を見上げ、盛大な溜息を一つ吐く。



「はぁ~~~、何か切欠があればいいんだけどなぁ~~~。こんなんじゃお腹に贅肉がつきそうだよぉ~ 」


「ははっ……、それじゃ後で久し振りに馬でも走らせようか? 」


「公孫長史ーっ! 劉玄徳殿ーっ!! 」



 桃香の冗談めかしたぼやきに、白蓮が笑って見せると、何やら後ろから自分達の名を呼ぶ声が飛んできた。慌てて二人が後ろを振り返ってみれば、一人の兵士がこちら目掛けて走ってくるではないか。


 二人が目をぱちくりさせてる間に、彼は二人の元にたどり着くと少し呼吸を整えてから一礼し、声高に用件を伝えた。



「何事かっ!? 」


「はっ、申し上げますっ! 青州で蜂起した黄巾の賊兵が同州の済南郡(せいなんぐん)を掌握しました! 現在その規模は徐々に膨れ上がっており、青州を飲み付くさんとの事です! 」


「何だとっ!? くっ……黄巾風情にしてやられるとは……。済南の太守は一体何をしていたんだ!? 」


「ええ~~~っ!? 青州が今そんな事になってるのぉ!? 」



 兵士の報告に、白蓮が顔を苦々しくさせ、桃香が目を見開いて驚くのを他所に、彼は更に報告を続ける。



「済南郡を落とした黄巾賊は、台県(たいけん)大興山(だいこうざん)を拠点に平原国を狙っているとの事! その数約五万ッ!! 


 現在※1北軍中侯(ほくぐんちゅうこう)の鄒靖将軍がその制圧に当たってるとの事で、公孫長史は直ちに軍を率い、劉玄徳殿の義勇軍と共にその応援に向かわれたしとの事ッ! 」


「判った、大儀である。劉閣下には『我見事青州ニ巣食ウ※2黄狗(コウク)ドモヲ蹴散ラシテ見セン! 』とでも伝えておけっ! 」


「はっ! 」



 厳しい表情で白蓮が声高に答えると、彼は直ぐに踵を返して来た道を引き返していった。そして、彼女は疲れ切った表情で溜息を盛大に吐くと、こうぼやいて見せる。



「はぁ~~~、どうやら中央がここの腰抜け刺史の尻を蹴飛ばしに来た様だな、全く……。だから、こうなる前に軍を動かせばよかったんだよ…… 」



 然し、そんな白蓮とは逆に桃香はにっこりと笑顔を見せると、未だに滅入ったままの彼女に話しかけた。



「同感だよね。でも、これで私達が動く理由が出来たよ? 白蓮ちゃん、協力するから一緒に黄巾をやっつけよう! 」


「あぁ……。お前の言う通りだな。どれ、それじゃ公孫家の白馬陣の恐ろしさを奴等に見せ付けるとするか! 」


「おー! 」



 桃香の言葉に少しは救われたのか、白蓮は小さく笑みを浮かべると、胸の前で両の拳をグッと握り締める仕草をしてみせる。それに応じる形で桃香も握り拳を天に突き出すと、可愛らしく鬨の声を上げてみせた。こうして二人はそれぞれの軍に出立を命じると、薊を後にする。


 やがて彼女等の軍は幽州を抜けると冀州に入り、途中同州の勃海郡(ぼっかいぐん)南皮県(なんぴけん)に立ち寄り、そこで物資の補給を受けた。


 何故そこなのかと言うと、劉虞からの命令書にはそこで物資の補給を受けるよう記載されていたからである。その際、二人は同郡の太守を務める袁本初(えんほんしょ)から挨拶を受けた。


 彼女は悪趣味な金ぴかの鎧を身に纏い、真紅の戦袍をその上に羽織っていて、後ろには同じ鎧を着させた女性の武官を二名従えている。


 その時、白蓮は桃香に『注意しとけよ』と小声で耳打ちしたが、彼女は最初何の事かさっぱり理解できなかった。然し、その袁本初が二人の前に姿を現した瞬間、桃香は嫌と言うほど白蓮の言葉の意味を思い知らされる事となる。



「をーっほっほっほっほっ! ご苦労な事ですわね、白蓮さんに劉備さんとやら。何でも、此度は青州くんだりまでわざわざ黄巾退治のお手伝いですって? 相変わらずのお人好しですのね? 」


「……今回は物資の補給に応じてくれて感謝するよ、麗羽 」


「え、えぇと。袁閣下、食料及び軍需物資の補給に応じて下さり真に有難う御座います 」



 最初の高笑いですっかり気力を削がれてしまった白蓮と桃香が、表情を引きつらせながらも形通りの返礼を述べると、本初は更に鼻高々と言わんばかりに高笑いをあげた。



「当然ですわ、この四代に渡り三公を輩出した『汝南袁氏』の当主である、この『わ・た・く・し』が、哀れな貧乏軍隊に物を上げても痛くも痒くもありませんのよ! をーっほっほっほっほ! 」


「わー、流石麗羽様ー。四代三公の名門袁家の当主の割にはやる事せこいですねー。あたいでもやらない事するなんて感動しちまいましたよー。わー 」


「お見事ですね、麗羽様ー。まさか、古くなって駄目になりかけてる物資を供出するとは、そんな麗羽様のお慈悲に民草も泣いて喜ぶと思いますよー。わー 」



 本初の悪趣味な高笑いが合図なのか、後ろに控えた二名の武官が実にやる気の無い態度で、薄っぺらい褒め言葉を棒読みで言うと、一応だが持ち上げる素振りをしてみせる。


 然し、この二人の褒め言葉は冷静に聞けば全然褒めていない。だが、哀れな事に『麗羽様』呼ばわりされた袁本初は強烈な勘違いを起こして一層声高に笑い声を上げた。



「をーっほっほっほ! をーほっほっほっほ! さぁ、もっとわたくしを褒め称えなさい!! をーっほっほっほ! をーっほっほっほ……ゲフゲヘッ!! 」



 そして、遂には笑い声を上げ過ぎてしまった挙句に盛大に咽てみせると、情けない事に麗羽様はブワッと鼻水や涎を噴き出してその場に蹲って(うずくまって)しまい、その滑稽な姿は周囲の者達からの失笑を誘ってしまう。


 今の麗羽様の凛々しい(・・・・)お姿を見た者達は、彼女が『四代三公』で知られた名門汝南袁氏の跡継ぎとは到底思えなかった。白蓮と桃香は、そんな麗羽様のご尊顔に笑うどころか呆れ返る始末。二人は互いに顔を合わせると、それぞれがっくり肩を落とした。



「はぁ……。背に腹は変えられないとは言うが、古い物資ばっかだし、使えるかどうか微妙だな……。劉虞の奴、何でこんなとこを補給拠点にしたんだよ…… 」


「確かに大量の糧秣だけど……松花ちゃんの話だと虫食いが結構あるんだって。今調べさせてるけど五割使えれば良い方かも知れないって話だよ? はぁ~~ 」



 桃香が盛大に溜息を吐いてみせると、白蓮は未だ蹲ったままの麗羽を忌々しげに一瞥し、桃香の耳元に口を寄せると小声で毒づく。



(ったく、名門名門言う癖して派手な格好する割にはやる事せこいんだよ )


(うん、白蓮ちゃんの言う通りだね。 それに、この人『お馬鹿』なんじゃない? )


(ああ、お前の言う通りだよ。あいつは……正真正銘の『馬鹿』だ )



 桃香も小声でボソッと毒づいてみせると、白蓮は得心(とくしん)したとばかりに頷き返すのであった。


 そう! 簡潔に言えば、袁本初は『天下無双の度派手なOBAKA(お馬鹿)』なのである!


 このOBAKA太守、もとい、袁本初は姓を『袁』、名を『紹』、字を『本初』、そして真名を『麗羽』と言い、歳は今年で十九になる。


 彼女の家は四代に渡り※3三公を排出した汝南(じょなん)袁氏の宗家(嫡家)で、彼女は先代当主袁成の妾腹の子であった。


 さて、ここでOBAKAの家、もとい、汝南袁氏と彼女達の成り立ちを紹介しておきたいと思う。


 袁氏は、元々※4『陳』の時代の轅濤塗(えんとうと)なる貴族を祖としており、予州は汝南郡汝南県に居を構えた事から『汝南袁氏』と呼ばれている。


 後漢の時代に入り、袁安なる人物が孝廉に推薦されて役人になると、彼は赴任先で厳明で公正な統治を行い、次々と素晴らしい実績を上げた手腕を高く評価されると、やがて中央に召し出された。


 中央に召し出され、袁安は首都洛陽周辺の地域の行政を担当する河南尹(かなんいん)、簡単に言えば『洛陽の太守』の要職に大抜擢される。


 彼は十年ばかり河南尹の職務を遂行したが、厳明な統治を行う反面、無闇矢鱈に罪人を罰する事をせずに徳治に務めた。袁安が統治している間、洛陽の気風は整然となり、その名は朝廷に重んぜられる様になる。


 そして、今度は朝廷の要職に就くと、九卿の一つである※5太僕(たいぼく)を経て、三公の一つである司空、そして遂には司徒に就任した。汝南の貧乏儒家にしか過ぎなかった彼が、位人臣を極める大出世を遂げたのである。


 これらの素晴らしい実績を残した彼だったが、章帝が崩御して和帝が即位すると、朝政を牛耳り始めた竇氏(とうし)と対立。竇氏の専横を気に病みつつ、この世を去る。


 だが、後年成長した和帝が竇氏を打倒すると、袁安の再評価が行われ、彼の遺児の一人であった袁敞(えんしょう)が司空に就く事となった。


 この出来事から、世の人々は袁安を『汝南袁氏の祖』と讃え、名誉を回復した袁家は名門貴族の仲間入りを果たすと同時に、士大夫の憧れの的になった。


 その後、袁敞の子袁湯(えんとう)は大尉に、更に、その袁湯の三人の子の内、次男の袁逢(えんほう)は司空、袁隗(えんかい)は司徒と、実に袁家は四代に渡り三公輩出した名門中の名門の家柄になったのである。この『汝南袁氏』であるが、日本で言うなら少し毛色は違うが、平安時代に栄華と隆盛を誇った『藤原氏』が一番近いかもしれない。


 次に麗羽こと袁紹。彼女は先程も言ったが、当時の袁家の当主であった袁成が妾に産ませた子供である。


 彼女は文武でそこそこ優れていたようであったが、能力よりは名門の家柄に生まれたと言う矜持(プライド)が先行していた。悪い言い方をすれば、典型的な貴族の坊ちゃん嬢ちゃんだったのである。


 麗羽は、出生後まもなく父袁成を、彼の後を追う様に生母である妾を立て続けに亡くす不幸に遭った。その為、彼女は亡兄に代わり急遽家督を継ぐ羽目になった叔父袁逢と、同じく叔父の袁隗の兄弟に育てられる事となる。


 この二人の叔父は、妾腹の子ではあるが、然も生まれて直ぐに父を亡くした彼女を不憫に思い、何不自由無く甘やかして育てた。


 思えば、袁家にとっての大不孝、そして世の中にとっての大迷惑になる存在はこの時に生まれたと言っても過言ではなかろう。


 その結果、子供時代の麗羽は手の付けられない悪童であった。普段から悪い仲間とつるんでは外で悪さをしており、自堕落で退廃的な日々を過ごしていたのである。


 当時の彼女の悪童仲間の大半は名門貴族や有力豪族の子弟が大半で、その中には華琳こと曹操も含まれていた。


 然し、流石にここまで来ると、幾ら甘やかしていた叔父連中も黙ってはいない。何かの職に就かせれば少しは改心するだろうと考え、彼等は自分の伝手(コネ)と言う力業(・・)を使い、嫌がる彼女を郎の役職に就かせ、無理矢理中央に出仕させたのである。


 この時麗羽十五歳。余談だが、その時の同期の中には十四歳の白蓮と十二歳の華琳がいた。


 朗の時代、彼女は目立った活躍はしなかった。やった事と言えば『をーほっほっほ! 』と高笑いをするか、『四代に渡り三公を輩出した云々~ 』等とお家自慢をするだけで、白蓮の事を『田舎者』、華琳の事を『宦官の孫』と罵倒しては彼女等からの反感を買っていたのである。もし、『反感』の営業成績が存在するのなら、彼女は間違いなく最上位の成績になれただろう。


 又しても家柄ばかりをひけらかす姪の存在に、二人の叔父は頭を抱える。だが故人曰く『OBAKAな子程可愛いものは無し』。彼等は又しても伝手を使い、次に彼女は兗州は東郡(とうぐん)にある濮陽(ぼくよう)の県令に就任したのだ。


 濮陽は兗州の州都でもあり、その県令となると、今で言えば政令指定都市が存在する大きい県の県知事に該当するほどの仕事だ。これ程の職なら、流石の麗羽もやる気を出すだろうと踏んだのである。


 叔父達は今度こそは真面目に政務に取り組み、彼女が名門袁家の『嫡子』に相応しい働きをしてくれるものと期待を寄せたのだが……。ここで麗羽は又してもやらかす。



『はぁ? 政ですって? そんな物は文官の人達に任せれば良いでしょう? 画期的な治安維持の案? それは県尉に任せれば宜しいのではなくって? 何で、この四代に渡り三公を排出した『名門袁家の嫡子』たる私が、そんな面倒な事をやらなくってはなりませんの? 』



 彼女のこの言葉に、当時の県丞(県令の副官)と県尉(県の治安と軍事を担当)はまっこと胃の腑が痛くなる思いをしたものだ。


 麗羽は具体的な方針を示さないどころか、普段から遊び惚けてるか、女性に対してちょっかいを出す『悪癖』を披露したり、挙句の果てには県丞が苦労して考えた案を『気に食わないから』の一言で却下したりと、実にやりたい放題だったのである。


 最早これ以上堪えられなくなった県丞は、遂に麗羽の上司に当たる当時の東郡太守の橋瑁(きょうぼう)に直訴した。しかし、この橋瑁にとっても麗羽は『とんでもないお荷物』でしかなかったのである。


 困り果てた彼が、何とか出来ないものかと考えあぐねていたその時、彼の頭の中で蝋燭に灯がともった。考えが閃いた彼は、早速自分と(よしみ)のあった※6尚書令(しょうしょれい)張温(ちょうおん)に文を送ったのである。その内容は以下の通りだ。



『 前略 張尚書令におかれましては、真にご機嫌麗しく存じ上げます。


 さて、張閣下はご自分の補佐として楊璇(ようせん)殿を置かれたいと先日仰られておりましたが、その楊璇殿は現在冀州は渤海の太守の要職に就かれておりますので、それが叶わぬ有様。ご多忙を極める尚書令の心中痛い程お察し致します。


 然し、私が言うのもなんですが、私が太守を務めております東郡の濮陽にて、実に素晴らしい人物が県令の任に就いております。その者なのですが名を袁紹と申し、かの名門たる汝南袁氏の嫡子にて御座います。


 また、彼女は司徒を務められました袁逢様、司空を務められました袁隗様を叔父に持ち、付け加えて大尉として素晴らしき実績を残された袁湯様のお孫様に当たります。


 能力・家柄共に申し分ありませんので、不肖ながらこの橋元偉(きょうげんい)、袁紹殿を楊璇殿の後任の太守として推挙致したく思います。早々 』



 この文を受け取るや否や、都にいた張温は大層狂喜乱舞したものだ。早速、彼は朝廷に上奏するとお気に入りの楊璇を※7尚書僕射(しょうしょぼくや)に任命し、その後任として袁紹を推薦すると、彼女は渤海太守を命ぜられたのである。


 渤海の民のこれからの事なんざ知った事かと言わんばかりに、橋瑁は実にえげつない手段で、二年も濮陽の県令に居座っていたお荷物袁紹の追い出しに成功したのだ。



 十五で郎に任命される事からはや三年。裏ッ側の事情なぞ知る由も無く、麗羽は冀州渤海郡太守の座に就いた訳である。皮肉にも、それは同期の華琳が兗州陳留郡太守に、白蓮が幽州遼東属国長史に就任したのとほぼ同時であった。


 笑い種とも言えるこの人事の裏ッ側の事情なぞ知る由も無く、当の麗羽本人は得意満面で高笑いをし、二人の叔父はやっと真面目になってくれたかと勘違いして、安堵の溜息を盛大に吐いたのである。


 然し、そんな彼女の存在を露骨に面白く思わない輩もいた。それは他ならぬ麗羽の叔父袁逢の次女の袁術で、字を公路、真名を美羽(みう)と言う。彼女は麗羽より六歳年下であったが、これも麗羽に輪を掛けた性質の悪いOBAKAだったのだ。


 美羽には袁基(えんき)と言う十歳の歳の離れた同腹の姉がいる。然し、当の姉本人は彼女が幼い頃に家から絶縁されたので、美羽本人も姉の事など知らされずに育ち、彼女も散々甘やかされた挙句手の付けられないわがまま娘に育った。そして、※8当時十歳の美羽は、遂にこんな『大寝言』をほざいたのである。



『今の汝南袁氏の主は他ならぬ(わらわ)の父様ぞ? ならば次の当主は他ならぬ妾ではないか! 何ゆえ妾腹が如き麗羽姉様に跡目を譲らねばならぬのじゃー!! 』



 これには父袁逢、そして叔父の袁隗は天を仰ぎ長嘆息の後、『付き合いきれんわい』とぼやくと、麗羽よりもおつむが残念なこのわがまま娘に対し無視を決め込んだ。


 矜持だけは麗羽より色濃く、才や人徳に至っては彼女より一際乏しかった為か、美羽は父や叔父からも見放され、終始孤独な日々を過ごすようにしまい、誰も彼女を構おうとはしなかったのである。


 然し、故人曰く『OBAKAを捨てる神もあれば、OBAKAを拾う神もある』。その言葉の通りになったのかどうかは知らないが、彼女にとっての『拾う神』が現れたのだ。


 その『拾う神』であるが、袁逢の屋敷に女中として雇われた一人の少女で、姓を張、名を勲、真名を七乃(ななの)と言い、年は美羽より五歳年上で、この時十五歳であった。


 黙っていれば、七乃は『器量良しの明るい娘』と思われた事だろうが、その正体は『実に要領が良く狡賢い女』だった。


 何か用事を頼まれると、言葉巧みに他の女中にそれを押し付け、自分はちゃっかり楽な仕事ばかりしていたのである。この様な彼女の姿は女中頭の目に留まってしまい、危うく彼女は解雇を言い渡されそうになった。然し、七乃にとっての救いの神が二人の前に現れる。それは周囲から無視され、すっかり落ち込みきった姿の美羽であった。



「あ、あの……蜂蜜水を持ってきてたも? 」



 この幼い少女はオッカナイ女中頭の顔色を伺いながら恐る恐る声を掛ける。然し、その女中頭本人は主人である袁逢から、『娘の言う事は無視しても構わぬ』と言われていた為に、美羽をきつく睨みつけるだけで、無視を決め込んだ。



「お、お願いじゃ、妾に蜂蜜水を…… 」



 猿の様に頬を紅潮させ、顔をくしゃくしゃにしながら涙混じりで懇願する彼女が鬱陶しく思えてきたのか、女中頭が怒鳴りつけて追い返そうと思ったその瞬間の事である。



「は~い、お嬢様ぁ~。蜂蜜水をお持ちいたしましたよ~♪ 」


「おおっ……!! 」



 何と、いつの間にか女中頭の目を盗んでいた七乃が、ちゃっかり蜂蜜水を湛えた茶碗を盆に載せ、彼女の前に運んできたのだ。忽ち美羽は相好を崩し、茶碗を受け取ると美味そうな顔で一気に傾ける。この出来事が美羽と七乃の『奇妙な主従関係』の誕生の瞬間であった。



「お主、名を何と申す? 妾の家来にしてやっても良いぞ? 」



 この一杯の蜂蜜水が、眠っていた美羽の自尊心を呼び覚ましたらしく、忽ち上機嫌になり彼女は自分にニコニコと笑みを向ける七乃に名を尋ねる。



「はーい♪ 私は張勲、真名は『七乃』でーす♪ これからもご贔屓にして下さいね? お嬢様♪ 」



 調子良く明るい声で受け答える七乃に、すっかり美羽は得意満面といわんばかりに高笑いを上げた。



「うはははははー♪ うむ、家来の鑑のような奴よの? 妾は『美羽』じゃ! これからも妾の為に尽くすのじゃぞ? 」


「あーん、もう、お嬢様ったら♪ さっきまでウジウジしてたのが、たった一杯の蜂蜜水でここまで自信を取り戻すって、何て単純明快なおつむなんでしょ? 

ヨッ、憎いよ! この自称汝南袁氏の跡取り娘ー! 」


「うははははー♪ もっと褒めてたも! 矢張り汝南袁氏の跡を継ぐのは

妾を置いて他にいないのじゃー♪ 」



 ちゃんと聞けば全然褒めていないのだが、常人より一際可哀相な中身のおつむ(・・・)の持ち主である美羽本人は、極上の褒め言葉と受け取った様である。


 有頂天ではしゃぐ彼女の雰囲気は、父を始めとした家人から無視される以前のトンでもない物に逆戻りしていた。



「ありゃあ、何て恐ろしい娘だい……。おつむの可哀相なお嬢さんを簡単に扱うだなんて……。でも、こりゃあ使えそうだねぇ。旦那様に知らせないと 」



 七乃と美羽のこのやり取りを傍観していたこの女中頭は、七乃に恐怖を覚えるものの、この困ったお嬢さんを扱いこなすその手腕と舌先三寸に着目する。


 早速彼女は主人たる袁逢に、七乃を美羽の御傍仕えにする様に申請すると、七乃は美羽の世話係に任命された。かくして、このやり手(・・・)解雇(クビ)を免れた訳である。


 かくして七乃と言う忠臣(・・)を手に入れた美羽は、前より少しは学問に励む様になり、麗羽よりは遥かに劣るがそこそこの成績を出すまでになった。


 OBAKAでも愛娘である訳だから、それなりに努力している彼女の姿を見た袁逢は、少しばかりの袖の下を地元の有力者や役人に掴ませる。そのお陰か、資格を満たしていないのにも拘らず孝廉に推挙されると郎になり、中央に出仕。七乃も傍仕えの武官として美羽に同行した。


 この時美羽は十一歳で、七乃は十六歳。『汝南袁氏』を語る天下のお荷物が、もう一人出仕してきた訳だから、受け入れ先の洛陽側の高官連中は大変迷惑したものである。


 当時、既に袁紹こと麗羽は濮陽の県令の職に就いていたが、洛陽の高官連中にとって、その彼女が悪しき前例にされていたのだ。


 とは言え、下手に郎のままに据え置くのも、彼女の父であり元司空の袁逢や、元司徒たる袁隗の覚えも目出度くないし、自分達が出世する際に彼らの後ろ盾を得られなくなってしまう。


 已む無く、彼等はこの困ったOBAKAに何か役職を与えようと判断し、郎について間も無い美羽を光録勲の下の下の属官に当たる郎中令に命ずる。然し、当然ながら元祖OBAKAの麗羽より能力がすこぶる劣る彼女に、まともに郎中令の役目が果たせる訳ではなかった。哀れな事に、美羽は麗羽以上の『厄介なお荷物』でしかなかったのである。


 そんなこんなで半年程経ったある日の夜、美羽の運命を変える事件が起こった。美羽は七乃を引き連れ、外に食事に出かけたその帰りの事である。


 夕食を終えた二人が繁華街を歩いていると、とある方から何やら剣戟の様な音が聞こえてきた。音のする方に近づき、そっと物陰からその様子を覗いて見ると、二人の男女が斬り合いを演じているではないか。



「なっ、七乃……モガッ! 」


(お静かに、声を出さないで下さいね? 私達殺されちゃいますから? )


(むっ、むぐぐ~~!! )



 尋常ならざるこの出来事に、美羽が声を上げそうになるが直ぐに七乃に口を塞がれてしまう。結局美羽は七乃の言う事に従う事しか出来なかった。



「グアッ!! 」



 七乃が美羽の口を塞いだ直後、女が男を袈裟斬りにし、勝敗が決する。男を斬り殺した女の背は高く、鮮やかな薄紅色の頭髪で彩られた頭に赤い布を巻きつけており、褐色の肌をしていた。


 恐らく、自分が殺した男に乱暴され掛けたのだろう。彼女の着衣は乱れており、褐色の大きな乳房や毛髪と同色の毛に覆われた局部が露出していた。



「下衆が……!! 『江東の虎』を穢そうとしたそのツケ、貴様の死でも購い切れぬわ! 不足分は地獄の責め苦で補って来るが良い! 」


「ピイイイイイ~~ッ!? 」



 彼女は既に物言わぬ男の顔目掛け、血が混じった唾をペッと吐き捨てると、乱れた着衣を直し始める。然し、まだ十一歳の幼い少女でしかない美羽にとって、これらの出来事は余りにも衝撃的であった。忽ち彼女は悲鳴ともつかぬ叫びを出して失禁すると、白目をむいて気絶したのである。



「んっ!? そこにいるのは誰ッ!? 」



 着衣を直した女が、血まみれの長剣をこちらの方へと突きつけて来た。敏い(さとい)七乃は下手に逃げれば、お嬢様もろともこの男の後を追わされると判断して、彼女の前に姿を現す。



「貴女は……? 」


「はーい、私は張勲と申すものですぅ。今そこでお漏らしして気絶している、自称『汝南袁氏の嫡子』郎中令袁公路閣下が一の家来で御座いまーす♪ 」



 月明かりに照らされた七乃の姿を見て、女は微かに戸惑いの表情を浮かべた。七乃は少し顔を真剣にするものの、何時もの明るい口調で名乗り上げると、女は更に忌々しげに顔をしかめる。



「よりによって汝南袁氏(ゆかり)の者か……嫌な所を見られたものね 」


「えぇ~と、確か旦那様のお屋敷で何回かお見受けしたと思いますがぁ、確か荊州は長沙太守の孫文台様ですよねー? それと、今亡くなったのは同州南陽郡太守の張資(ちょうし)さんじゃありませんかー? 」


「ええっ、そうよ……。この下衆、前々から人を汚らわしい目で見ていただけでなく、宴の酒に薬を混ぜて私を穢そうとしたのよ。だから、殺したわ。何か文句でもおあり!? 」



 七乃が確かめるように言うと、孫堅は腹立たしげに語尾を荒げた。



「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。荊州刺史を始めとした荊州全郡の太守が、帝へのご挨拶に出向いた話を聞いていましたからぁ? 


 それに、こんな太守同士で殺しあったなんて事が、帝のお膝元で起こっただなんて誰も思ってませんよー。でもぉ、理由はどうあれ、こんな事がお上にばれたら孫堅さんだけでなく、家臣の皆さんも大変な事になると思いませんかー? 」


「貴女……張勲と言ったわね? 何が言いたいの? 」



 七乃が口元を少し歪めながら言ってきた言葉に、孫堅はギロリと彼女を睨みつける。すると、七乃は上手く行ったと言わんばかりに表情を綻ばせた。



「大丈夫ですよぉ、大した事じゃありませんからぁ。

 私と美羽様、いえ、袁術様と取引しませんかー? 」


「取引ですって? 一体何を望んでるの!? 」


「いえいえ、簡単な事ですよぉ。私達が上手く誤魔化して置きますのでぇ、孫堅さんには袁術様を後任の南陽郡太守に、かる~く(・・・・)推薦してくれるだけで良いんですよー♪ 」


「なっ! 」



 それは、悪魔の誘惑であった。理由はどうあれ、確かにこんな事が上にばれたら、最悪孫堅は長沙太守の任を解かれかねない。そうなってしまえば、一族郎党道に迷い、亡夫と共に築き上げた孫家が崩壊してしまう事も考えられる。


 だが、彼女もこの無様な姿を曝け出している『自称汝南袁氏の嫡子』の悪評も聞かされていた。こんな糞餓鬼に太守の要職を任せようものなら、民の怨嗟の声はきっと止まぬ事であろう。


 然し、今の孫文台はここで立ち止まる訳には行かない。付け加えて自身も汝南袁氏に金の工面や、地元の有力者への口添えと様々な便宜を図ってもらった経緯もある。南陽の民に申し訳ないと思いつつも、結局彼女はこの取引に応じる事にした。



「判ったわ……その取引に応じましょう。その代わり張勲とやら、この下衆の件上手くやっといて頂戴。さもなくば、私が潰え様とも私の子孫達が貴様等の喉笛を噛み切ると思え!! 」



 猛虎を髣髴させる孫堅の殺気混じりの睨みに、七乃は微かにだが失禁したのを覚える。然し、自分もここで怯えを見せる訳には行かない。何せ、自分には『自称汝南袁氏の嫡子』である美羽の一の家臣と言う自負があるからだ。


 折れそうな心を振るい立たし、七乃は精一杯虚勢を張りながら何時もの表情を取り繕う。



「大丈夫ですよぉ、私だって女ですしぃ。孫堅さんのお気持ちは痛いほど判りますものー。ですけどぉ、今の約束は本当に守って下さいよねー? 


 後ぉ、場合によっては少しお願いしちゃうかもなーって事もありますけどぉ、今はこれだけにしときますからー? 」


「……チッ! 嫌な奴に弱みを握られたものだわ…… 」


「あはは、褒め言葉だと思っておきまーす♪ 」



 舌打ちした後に孫堅が毒づいて見せるが、七乃はあっけらかんと言わんばかりにやり返すと、孫堅は忌々しげに彼女を一睨みしてからこの場を早々に立ち去った。


 彼女の姿が完全に見えなくなると、七乃はその場にへたり込んでしまい、主人に続く様にその場で盛大に失禁し始めたのである。



「はぁ~~~。おっかなかったぁ……、もう少し睨まれていたら私の方が折れるところだったかなぁ~? でもぉ、『江東の虎』さん。美羽様の為に都合良く利用させてもらいますね♪ 」



 緊張が解けた反動で失禁すると言う失態を曝け出してたが、七乃は恍惚の笑みを浮かべていた。かくなる上は自分が美羽を上手く操作して持ち上げて、名実共に『汝南袁氏』の象徴にしてしまえばいいのだ。


 こうして、美羽と七乃は南陽郡太守の座と、勇猛果敢な孫家軍と言う切り札を入手した。そんな裏事情も知らずに明くる年、美羽は七乃を伴い太守として南陽に赴任する。


 麗羽が渤海の太守に就任してから三月程遅れて、美羽も晴れて『目の上のたんこぶ』麗羽と肩を並べる地位にのし上がる事に成功したのだ。


 この時、美羽は十二歳。太守就任時の年齢は、当時最年少だった華琳こと曹操を下回ったので、史上最年少記録を更新したのである。


 それ以降、この二人は悪政暴政の満漢全席と言ったハチャメチャ振りを発揮した。美羽は重税を掛け捲り、実家にいた時よりも贅沢な暮らしをし始め、上司の荊州刺史には七乃が賄賂を贈って中央への評価を誤魔化すと言う有様だったのである。渤海を任された麗羽も酷かったが、流石に美羽ほど酷くは無かった。



「まったく……。美羽さんときたら、絞るだけ絞るって、『お馬鹿』のする事ですわよ? 一体誰に似たのかしらね? はぁ~~、『汝南袁氏』の名が泣きますわよ? 」



 美羽の話を聞かされた麗羽は、こうぼやくと長嘆息の後に空しげに天井を見上げたと言う。



「うはははははー! 妾の天下ぞー!! これ、誰か蜂蜜水を持ってきてたも! 」


「あーん、お嬢様~♪ その根拠の無い自信がどこから来るか判りませんが、ヨッ、憎いよー! この『自称汝南袁氏』の跡取り娘ー♪ 」



 あの時、父を始めとした家の人間に冷たくあしらわれ、自信を無くしていた暗い少女は正に天下無双の大暴君に変貌を遂げた。


 だが、後年二人は調子に乗ったツケを纏めて支払わされると言う、手痛いしっぺ返しを受けるのである。


 麗羽と美羽。この二人の酷い振る舞いを風の便りで聞き、民の怨嗟の声も甚だしきと聞かされた袁逢と袁隗は後悔の念に襲われた。


 特に、現在当主である袁逢の落ち込みようは酷く、気の病を発してしまい寝込んでしまったのである。その時、彼は慙愧の涙を流しこう力無く呟いたのだ。



「あぁ……華羽(ふぁう)がいればこの様な事が無かったものを……!! 父上、そして、我が汝南袁氏の祖袁安様……申し訳御座いませぬ……!! 」



 華羽は、先程の袁基の真名である。彼女は汝南袁氏の一族に相応しく、才覚豊かにして人としても優れており、当時若干十六歳で太僕の要職に任じられる程の俊英で、袁安の再来とまで謳われた程だった。


 そんな彼女だからこそ、父袁逢の期待も大きく、妾腹だが宗家の血を引く麗羽を支え、『汝南袁氏』の名声を不動の物にしてくれるものと信じていたのである。


 だが、汝南袁氏の血を引く者の朝廷内での台頭を快く思わなかった者がいた。当時飛ぶ鳥落とす勢いを持った何皇后とその姉何進の一派である。この二人の姉妹は武も智も徳も無い癖に、狡知と色香だけは大した物であった。



『姉上、あの小娘を袁安にさせてしまえば、何れは私達の思うがままにならなくなってしまうわ? 何か手を打たないと…… 』



 とある晩、何皇后は姉を自室に呼びつけ、二人っきりで密談を交わし、最近目障りになってきた袁基の失脚を目論んだのである。



『ふむ、そうよなぁ……。あの小娘、『清流派』きどり(・・・)を決め込んでるようじゃし、おまけにあの目障りな董太后にも気に入られ、協皇子の覚えも目出度い(めでたい)と来ておる 』



 そう忌々しげに何進が顔をしかめると、何か思いついたかのか、何皇后の顔がどす黒い笑みで歪み始めた。彼女のそれは、正に宮中にて腐毒を撒き散らす毒蟲その物の様である。



『ねぇ、姉上……。明後日、陛下が行幸に出掛けられるわ、あの小娘の役職は『太僕』。私が何を言いたいかお判りかしら? 』



 妹の毒素を含んだ笑みに何進は一瞬戦慄を覚えたものの、直ぐに彼女が何を言いたいのか理解した。



『成る程、そう言う事か……我が妹ながらにして、そちはげに(・・)恐ろしき女子(おなご)よなぁ? まぁ、ええ。後は(わらわ)に任せておくが良い 』



 冷や汗を顔に滲ませつつ、何進はくくくと忍び笑いを上げると、妹の為ひいては自分の為、彼女は恐れ多い企みを実行に移したのである。その二日後、今上帝劉宏は行幸に出かけるべく護衛を引き連れ洛陽を出立。その中には太僕たる袁基の姿もあった。


 一行が洛陽を離れる事数里、その道中で事件は発生する。


 劉宏を乗せた馬車の車軸が折れてしまい、御者はおろか随行の者達をも巻き込み、馬車に同乗していた光録勲だけでなく、帝たる劉宏本人も車外に投げ出されるという惨事に陥ったのだ。


 幸い、死者は出なかったものの負傷者を多数出してしまい、劉宏本人は軽い怪我で済んだものの、彼は大層暗愚な上に臆病な気質で、無様にも大声で泣き喚く醜態を曝け出したのである。


 然し、この様な出来事が起こると、その責は太僕に行く。太僕とは、天子を始めとした皇族が使用する車馬の管理を行う役職だ。当然、その職に就いていた華羽が、これらの責を全て負わされる羽目になったのである。


 関係者の証言で、前日点検をした際に異常が見受けられ無かった事、袁基は勤勉で一度たりとも職務怠慢で無かった事、車軸に予め細工らしきものがされていた事等が挙げられたが、不幸な事に劉宏は暗愚で臆病だけでなく加えて了見の狭い男であった。


 愚かにも、華羽に完全な非がある訳ではないのに、顔を紅潮させた彼は彼女を指差し、『即刻死罪にせよ! 』と声高に叫んでしまったのである。


 一方の華羽は、腑に落ちない物を感じつつも、結局自分が確りしていなかったから、この様な事件を起こしたのだと自身を納得させ、大人しく裁きを受けんと思っていたのだ。


 見苦しい醜態をさらけ出す帝と神妙に非を受け入れんとする華羽、この二人の対照的な姿に、当時※9諫議大夫(かんぎたいふ)に就いていた馬日磾(ばじつてい)が『待った』をかける。


 彼は儒教の大家馬融(ばゆう)の族子で、桃香の師である盧植(ろしょく)等と共に『漢記(かんき)』、即ち歴史書の編纂(へんさん)を行った程の学識優れた人格者でもあった。



馬日磾曰く

『確かに、此度の出来事は帝の玉体に(きず)をつける大変痛ましい出来事ではありました。当然袁太僕の責も重大で御座いましょう。


 ですが、ご覧の通り袁太僕は言い訳の一つもせず、神妙に帝のお裁きを受け入れんとしておられます。果たして今の漢の臣に素直に己の非を受け入れんとす者がどれ程おりましょうや?


 また、太僕殿の様な優れた俊英を見す見す失うのは国にとっても大きな損失と言うものですし、太僕殿はご母堂様(董太后)ならびに協皇子殿下の覚えが目出度くあります。


 これ程までの人物に帝が死を賜ったと知れば、お二人の心は主上から離れ、ひいてはそのご威光も地に堕ちると言うものです。


 何卒、ここは帝の御慈愛を以って、罪を減ぜられます様お願い申し上げたく思います 』



 諌議大夫の彼の言葉に、流石の暗愚な劉宏も口を噤んでしまう。それどころか、その言葉を裏付けるかの様に、劉宏の生母である董太后が慌てて謁見の間に駆け込んでくると、彼女は涙ながらに袁基の助命を息子に懇願してきたのだ。


 ここまでされると、劉宏も前言撤回をせざるを得なくなり、彼女は死罪を免れ禁錮に処せられる。


 当時の禁錮とは今で言う所の禁固刑とは異なり、官職剥奪の上洛陽からの追放、出仕禁止にすると言うもので、士大夫にとってはある意味死と同じ位厳しいものであった。その際、彼女は故郷の父に別れの文を送る。それは以下の通りの物であった。



『 親愛なるお父様へ。


 華羽は名門汝南袁氏の祖たる袁安様に倣いたく思い、これまで家の為、ひいては国の為に頑張って参りました。


 ですが、華羽は帝の玉体に瑕をつけてしまうと言う不忠を仕出かしてしまい、これ以上お国の為に尽くす事が叶わなくなりました。


 この様な事をした華羽は袁家の面汚し、ひいては大不孝者で御座います。かくなる上は、華羽は袁の家と名を捨て、後は世を担う子供達に学問を教えて死んで行きたく思います。


 どうか、この親不孝の娘の事は無き者と思ってくださいまし。故郷で暮らす麗羽と美羽を私の代わりと思い、二人に変わらぬご寵愛をお注ぎ遊ばし下さいませ。


 さようならお父様、どうかお元気で。 貴方を愛する娘 華羽より 』



 文を故郷に送ると、華羽は三日三晩泣き暮れた。


 その後、彼女は親身にしてくれた馬日磾の伝手を頼りに、当時幷州(へいしゅう)朔方郡(さくほうぐん)にて隠遁生活を過ごしている蔡邕(さいよう)の元に身を寄せる。


 この時華羽は十八歳。奇しくも、麗羽が郎に任じられる一年前の出来事であった。


 さて、彼女の身を預かったその蔡邕であるが、馬日磾とはかつて先程の盧植と共に『漢記』の編纂に携わった経緯がある。彼もまた、当時を代表する知識人の一人でもあったのだ。


 蔡邕は学識深く、音律にも精通しており、それに感銘を受けた彼女は彼に師事し、遂には養子縁組を結ぶまでになる。


 その時彼女は名を蔡琰(さいえん)、字を文姫(ぶんき)と改め、昼は子供達に学問を教え、夜は詩の創作や楽器の演奏をして過ごす様になった。


 やがて、彼女は一人の若者と恋に陥った。彼は司隷河東郡の出自で名を衛仲道(えいちゅうどう)と言う。


 彼はけして学識深くはなかったが、明朗快活な快男児であった。義父蔡邕も彼を大変気に入り、遂に二人は夫婦となった。


 だが、彼女の幸せも長続きはしなかった。嫁いで間も無くして、夫が城下町で暴れ馬に撥ねられて事故死したのである。夫の喪に服すべく、彼女は義父の元に帰郷した。


 然し……天は何と残酷な仕打ちを彼女に課すのだろう。父が所用で家を留守にしていた間に、幷州は南匈奴の襲撃を受け、華羽は匈奴騎兵に拉致されたのである。


 義父蔡邕は大変嘆き悲しみ、盟友馬日磾と、彼女の実父袁逢に謝罪の文を送った。


 その後の彼女がどうなったのかは誰も知らない、だが幷州を訪れる旅人や匈奴の人間からこの様な噂が聞かされる。



「南匈奴の左賢王が大層美しい漢人の女を側室にした。その漢人の女は左賢王に文字と学問を教え、楽器を演奏しては悲しく美しい涙を流しているそうだ 」



 これが、果たして蔡琰と名を変えた華羽かどうかは判らない。だが、後年華琳こと曹操が南匈奴に多額の身代金を支払い、一人のある女を呼び戻す事に成功している。




「じゃあな、麗羽。お陰さま(・・・・)で暫く持ちそうだよ 」


「袁閣下、本当に有難う御座いました。閣下のお陰で義勇軍の皆もお腹を空かさずに済みそうです 」



 補給物資の受け取りを終え、白蓮と桃香はようやっと立ち直った麗羽に一礼すると、馬に跨り今すぐにでもここを離れようとした。


 何故なら、麗羽からもたらされた物資の大半が使い物にならない只のお荷物だと、輜重担当の松花が顔を真っ赤にして激怒していたからである。


 また、ここに居続けてれば、正直この『勘違い女』を斬り殺したくなる衝動に駆られそうにもなったのもあったからだ。



「お待ちなさい、劉備さんとやら 」


「はい? 何でしょうか? 」



 馬上の桃香に、行き成り背後から麗羽が声を掛けてくる。彼女は先程のOBAKAではなく、何やら真剣な表情を彼女に見せていた。やがて少し逡巡した後、彼女なりに毅然とした口振りで桃香に話しかける。



「貴女は、何で白蓮さんと共に黄巾討伐に出向かれますの? それと何で義勇兵なんか引き連れていますの? そんなの官軍に任せても良かったのではなくって? 」



 麗羽の問い掛けに、桃香はフッと笑みを浮かべると、王者の風格を身に纏って彼女にこう答えた。



「決まっています。これが今自分のやるべき事(・・・・・)だからですよ? 」


「なっ…… 」



 自信を持って答える桃香の姿に、思わず麗羽は脅威を覚える。自分は何時も名門名門と謳っているが、この田舎娘の方が余程名門らしい振る舞いをしているではないか? そう思うようになると、麗羽は自分がこの二人に随分ケチ臭い真似をしたものだと己を恥じるようになった。



荀諶(じゅんしん)さん、荀諶さんはいらっしゃいませんの? 」


「はい、何でしょうか主公? 」



 麗羽が意を決したように威勢良く口を開いて人を呼ぶと、一人の少女が麗羽の前に参上し一礼する。彼女は姓を(じゅん)、名を(しん)、字を友若(ゆうじゃく)と言う。


 彼女は曹操に仕えている荀彧の姉に当たり、最初妹と共に麗羽に仕えていたが、主公のOBAKA振りに妹荀彧が愛想を尽かしてしまい、曹操の方に走った経緯がある。


 姉の彼女は、妹の主公への不義を詫びるべく、麗羽がどんなにOBAKAであろうが、彼女を生涯お仕えする主公として精一杯忠勤に励んでいたのだ。


 彼女は桃香程の背丈で、亜麻色の髪を後ろで結んでおり、地味だが清潔感あふれる文官の衣冠に身を包んでいる。胸の膨らみ具合も服の上から判る程で、それは男どもの視線を浴びているが当の本人は全く取り合っていないようだった。



「荀諶さん、早速で悪いんですけど、こちらの白蓮さんと劉備さんにくれてやった物資。あれを全部新品に交換なさい 」



 麗羽が下したその命令は、思わず周囲にいた者達が目を疑う。現に荀諶だけでなく、桃香も白蓮も疑わしげに彼女を見ていたからだ。



「えっ……宜しいのですか? あれは袁紹様が自軍で使う分だと厳重に封をさせておりますが……? 」


「荀諶さん、貴女何を聞いていらして? わたくしが『いい』と言ってるから、いいのですわ! 良いからさっさと物資の交換作業を急がせなさい!! 」


「はっ、はいっ!! 」



 未だに信じられない様子で、再度伺ってくる荀諶の姿に苛立たしくなって来たのか、麗羽は彼女を一喝する。普段と違う麗羽の雰囲気に気圧され、荀諶は慌てて駆け出していった。彼女が去った後、少ししてから城の蔵が開かれ、大量の物資が運び込まれてくる。


 この時麗羽の胸中は誰も知る由が無い。だが、彼女は桃香の姿に、小さい頃の自分を励ましてくれた四歳年上の従妹の姿を重ね合わせていた。



「まったく……わたくしとした者がヤキが回ったものですわね? あんな田舎娘に優雅で華麗な華羽お姉様の姿を見るなんて…… 」



 未だに呆然としたままの桃香と白蓮を他所に、麗羽は昔の事を思い出し始める。




『ふええええええん!! 』



 当時、七歳の麗羽は甘やかされていたとは言え、時折男児の集団に囲まれて苛められる事があった。その時必ず『やーい、めかけのこー! 』とからかわれていたのである。


 現に、今もこうして幼い麗羽は男児に囲まれ、囃し立てられながら泣いていた。すると、こういう時必ず助けがやってくる。



『こらー!! あんた達!! また袁紹をいじめてるのね!? 』



 そう叫んで拳を振りかざしながら駆けて来るは、当時十一歳の袁基こと華羽。彼女はこの時から既に神童の誉れが高く、腕っ節のほうも強かった。



『うわー! おっかない袁基がきたぞー!! にげろー!! 』



 当然、そんな女ガキ大将然とした彼女が来るもんだから、いじめっ子どもは蜘蛛の子散らしで逃げおおせる。


 華羽は逃げる悪ガキどもの後姿を憮然として睨みつけると、未だに泣きじゃくる麗羽の前にしゃがみ込み、優しく微笑みかけた。



『ほら、麗羽。いつまでも泣いてはいけませんよ? ご先祖様があきれちゃうわ? 』



 華羽は手拭を出すと、涙と泥で汚れた麗羽の顔をそっと拭き始める。すると、あっという間に彼女の顔は綺麗になった。



『ねぇ、華羽おねえさま。『めかけのこ』っていけないことなんですの? なんで、わたくしがそんなことでいじめられなくてはなりませんの? 』



 泣き腫らした目のままで、麗羽が華羽に問いかけると、華羽はにっこり笑みを浮かべる。



『そんな事を気にしてどうすると言うのですか? 『貴女は貴女がすべき事』をすれば良いだけなのですっ! 』


『わたくしの……すべきこと? 』


『そうですわっ! 人は何かをする為に生まれてきたのですっ! それに比べれば『妾の子』呼ばわりなんて大した事ありませんわ? 


 次にそんな下らぬ事でからかわれたら、『そんなもの、あなたにはかんけいありませんのよ、おーほっほっほっほ! 』と笑い飛ばしてやんなさい! 』



 そう言って、華羽は口元に右手を添え、左手を腰に当てると胸をそらして『おーほっほっほっほ! 』と声高に笑い声を上げた。そして、次に彼女は、自分を呆然と見上げたままの麗羽にやってみるよう促す。



『さぁ、麗羽。貴女もやって御覧なさい? これはね、袁家伝来の元気になるおまじないなのよ。ご先祖様も良くやっていたってお父様から聞かされたわ 』


『う、うん……。はすかしいけど、やってみますわ 』



 恥ずかしそうにもじもじしながら麗羽が答えるのを見て、華羽は満足そうに頷いた。



『それでは、いきますわよ? おーほっほっほっほ! 』


『おー、おーほっほほ…… 』


『元気がありませんわよ? もう一度! おーほっほっほっほ! 』


『おーほっほっほっほ! 』


『そうそう、その調子ですわ! おーほっほっほっほ! 』


『おーほっほっほっほ! 』


『おーほっほっほっほ! 』



 こんな調子でやってく内に、ついに麗羽は割り切ったのだろう。彼女は得意満面の笑みを浮かべると、腹の底から見事な高笑いを上げる。



『をーっほっほっほっほ!! をーっほっほっほっほっほ!! 』



 これを見た華羽は、笑みを満面に浮かべると、麗羽の両肩に優しく手を置いた。 



『及第よ、麗羽。良くって? これから私は帝の為にお仕えしなくてはなりませんけど、私がいなくっても今の高笑いを忘れてはいけませんよ? 


 大丈夫です、貴女は強い子ですから! 悔しい時やからかわれたりした時は、今の高笑いをするのですよ? これがあれば貴女が貴女らしくいられるのですから…… 』



 最初は笑顔だった華羽も、いつしか涙を流し麗羽を力いっぱい抱きしめ、声を上げぬよう咽び泣く。だが、それを吹き飛ばすかの如く、麗羽は声高に高笑いを上げ続ける。



『だいじょうぶですわ、華羽おねえさま。みていてくださいまし、麗羽はつよいこですから! おーほっほっほっほ!! 』



 自信満々で高笑いをして見せていたが、麗羽の目には涙が光っていた。その次の日、※10茂才に推挙された華羽は、郎に任じられる為に故郷の汝南を離れ、中央に出仕する。


 この時も麗羽は高笑いで彼女を見送るが、これが二人の長の別れとなってしまった。




「思えば、あれが華羽お姉様を見た最後でしたわね……。本当はわたくしよりも、華羽お姉様が『汝南袁氏』の跡取りに相応しきお方でしたのに…… 」



 麗羽にとって、唯一尊敬できる従姉が消息を絶ち彼是五年余り、叔父袁逢に尋ねても彼は一向に答えてくれない。今生きてるとすれば彼女は今年で二十三になる。


 自分よりも文武に優れた華羽に思いを馳せた麗羽は、うつむいて涙を流して見せるがそれも一瞬の事で、顔を上げた彼女の顔は何か悟り切ったかのように晴れやかであった。



「ですが、今こうしている以上、このわたくしに、この『わ・た・く・し』にっ!! 名門袁家の跡を継げという事ですわね? 


 ならば、この袁本初、やって見せましょう! やっちゃいましょう!! かくなる上は名門袁家のこのわたくしの存在をもっともっと天下に見せつけなくってはなりませんわね?


 だって、それがわたくしの『すべき事』なのですからっ!! おーほっほっほっほっほ! おーほっほっほっほ! をーっほっほっほっほっほ!! 」



 そして、彼女は胸をそらして声高に笑い声を上げ始める。彼女の行動に桃香や白蓮を始めとした者達も戸惑いを隠せなかった。白蓮は高笑いを上げ続ける麗羽を尻目に呆れ返ってしまい、ぼやき始める。



「あいつ……何か変な物でも食べたのかな? 真面目ぶったと思ったら落ち込むし、落ち込んだと思ったら『おほほ』笑いだ……。やっぱ、あいつは……『馬鹿』だ、それも真性の『お馬鹿』だな 」


「うーん、確かにあの人『お馬鹿』かもしれないけど、何か取り得があるのは良い事だよね? あんな高笑い、私には真似できないよ 」


「何だよ、それ……お前の方が酷い事言ってるな? 」



 にっこり笑みを浮かべた桃香の言葉に、白蓮は苦笑いを浮かべて呟くだけであった。


 ささやかな出来事があったものの、二人の軍は新品の補給物資を受け取ると冀州を抜け、ついに青州は平原国に入る。


 そこで彼女等を待つは、台県外れの大興山に布陣する五万の黄巾兵。桃香率いる『楼桑村義勇軍』の本格的な戦いが今始まろうとしていたのである。


 

 さて、麗羽こと袁本初と、美羽こと袁公路。この二人は何れも名門袁家の血筋であったが、曹操、劉備、孫堅、孫策、孫権、馬騰、公孫瓉等の主だった英雄や群雄に比較すれば、器量や能力について全て大幅に劣っていたと後世の歴史家達は評価している。


 彼女等に下された評価は『何れもOBAKA』、『ダブル厄まん』、『暴君』、『時勢と人を見る目が無い』、『蜂蜜水はねぇだろ、蜂蜜水は』、『部下を大切にしましょー』等と何れも手厳しいものばかりであった。然し、彼女等の存在もまた、この戦乱の時代に彩を与えたのも確かな話だったのである。




※1:後漢の役職の一つ。屯騎校尉(とんきこうい)越騎校尉(えつきこうい)、歩兵校尉、長水校尉(ちょうすいこうい)射声校尉(しゃせいこうい)のそれぞれ宿衛の兵を率い、宮殿を護る五営の職を監督・統括する任に当たった。三国時代の魏では、後に名称を中領軍(ちゅうりょうぐん)に変更された。


※2:『黄色い(いぬ)(犬)』の事、要するに黄巾に対する蔑称の一つ。今作のオリジナル。


※3:司徒(総理大臣)、司空(官房長官)、大尉(国防大臣)の国の要職を司る三つの役職の総称の事。


※4:紀元前1111年~紀元前479年の春秋時代に存在した国の名


※5:車馬の管理担当職。皇族専用の車馬の管理も行った。


※6:皇帝の文書を管理する秘書官の役職名。


※7:尚書令の補佐官。今で言うところの事務次官職に相当する。


※8:この時麗羽は濮陽の県令。


※9:天子、即ち帝を諌める人物の役職。簡単に言えばご意見番。


※10:郷挙里選(きょうきょりせん)と呼ばれる、官吏任用法の専攻科目の一つ。秀才と呼ばれていたが、後漢では光武帝の名が劉秀であった為、避諱して茂才と改めてられていた。茂才とは、簡単に言えばどれだけ学力が高いのかを調べられる。また、郷挙里選は後世における『科挙』の雛形になった。

 ここまで読んで下さり、真に有難う御座います。


 今回の幕間でしたが、意外と思われた方が多かった事でしょう。何せ『汝南袁氏』、つまり袁紹の一族のお話でしたから。


 本当は麗羽が白蓮と桃香に古い物資を渡すせこい真似をして、高笑いして醜態を曝け出した挙句、二人から恨みを買ってしまう話にする予定でした。


 ですが、麗羽のプロフィールと言うか、四代三公を声高に叫ぶ彼女の家の成り立ちを調べる内に、『これは面白い、一本の話にしてみよう』と言う衝動が出てしまい、気づけばこの様な形になったと言う訳です。


 史実の袁紹や袁術は家柄は立派でしたが、何れも悲惨な最期を迎えています。


 袁紹は時勢を見る目が無かったのと、佞臣(ねいしん)と忠臣の見分けをつける事が出来ず、おまけに後継者を定めないまま世を去ってしまい、結局後継者争いが勃発。その隙を突かれた曹操に滅ぼされてしまいます。


 袁術ですが、董卓が世を去った後の、三国志を代表する暴君の一人です。


 ここら辺はご存知の方も多いでしょう、暴政を敷きまくり、贅沢な暮らしをするどころか皇帝を自称して自身の帝国を立ち上げたものの、周辺諸国からフルボッコされる始末。結局袁紹を頼って逃亡中に襲撃されて、無様な最期を遂げています。


 さて、今回の汝南袁氏の話ですが、あれは全部本当じゃありません。信じないで下さいね? 何せ照烈異聞録限定の話ですから。ですが、一応自分なりに調べ、史実とフィクションを織り交ぜました。


 袁成の話は本当の事ですが、袁基の話は今作の創作です。史実の袁基は中央で太僕の役職についてましたが、袁紹が反董卓連合を立ち上げた事で、叔父袁隗とともに袁紹の一族として董卓等に殺害されております。


 袁術が南陽太守になった話ですが、あれは反董卓連合に参加すべく、孫堅が北上途中の折に私怨で南陽太守の張資を殺害し、その後釜に袁術が居座ったエピソードをこっち風にアレンジしてみました。


 袁基の話に戻りますが、キチンと調べてみると袁術には兄がいたと言う事でしたので、これも上手い事利用できないものかと考え、あのような話にしてみた訳です。幸い、華羽こと袁基が天子の車馬を管轄する太僕だったので、それを利用できた話を描く事が出来ました。


 袁基のCVイメージですが麗羽と同じ『このかなみ』さんにしています。外見は麗羽より細身でスレンダーっぽい感じです。


 何進ですが、外見イメージや声優はアニメ版準拠にしています。醜い中年親父よりは、こちらの色ボケ、ゲフンゲフン! 熟女の方が私好みだったのもあったからです。何皇后の方も、何進に似たイメージにしていますね。


 最後に、華羽が追放されるシーン……、ここら辺の諌議大夫に誰がなっていたのか、調べるの本当に骨が折れました。馬日磾と言う的確な人物がおりましたので、非常に助かりましたね。


 おまけに、馬日磾は盧植や蔡邕と共に歴史書の編纂をしていた事も知りましたので、後漢を代表する悲運の女流詩人蔡琰のエピソードを絡めて見ようと冒険心を起こしてみました。


 お恥ずかしい話なんですが、実は蔡琰はコーエーのゲームで知った人物です。


 彼女のエピソードを調べてく内に、なんて悲劇のヒロインだろうと思いましたので、今作における悲劇のヒロイン華羽さんに彼女を演じさせてもらおうと思いました。


 蔡琰は自らの波乱の人生を歌った『悲憤詩』なる物を後世に残しております。彼女の人生は……本当に涙無くしては語れないものばかりです。正にこの乱世を代表する犠牲者の一人と言っても過言ではないでしょう。


 色々と書きたい事もあるのですが、流石にまとまりが悪くなるので、後書きはこれで終わりにしておきます。次回こそはいよいよ大興山にて黄巾軍と激突です。上手くかけるかどうかは心配ですが、あれこれ悩んでも始まらんと言うものです!


 次回更新されましたら、又お会い致したく思います。


 それでは、また~! 不識庵・裏でした~!

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