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真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第一部「楼桑村立志編」
14/62

第十三話「三傑邂逅」

 どうも、不識庵・裏です。ようやっと前回の投稿からギリギリの一週間で今回の投稿に到る事が出来ました。


 今回も可也梃子摺りましたねぇ……正直登場人物増やしすぎた自業自得もあるんですけどね。(苦笑


 それでは、照烈異聞録の第十三話、楽しんで頂けたらこれ幸いで御座います!

 


『私は……。弱りきってしまったこの国、『漢』を建てなおす! そして、みんなが笑顔で暮らせる世の中を作るんだ! だから、私は戦う! 私が、争いを終わらせる! そう、この大陸で生きるみんなの為にっ! 』



 鈴々と名乗る少女の一喝を受け、桃香の中にあの時自分で立てた誓いの言葉が鮮明に蘇って来る。



(そう……今こそ、私は自分の誓いを果たす時が来たんだ。今まで私は、一刀さんや一心兄さん達との楽しい暮らしにずっと逃げ続けていただけ……。だから、今改めて自分に誓う! この国を建て直し、みんなが笑顔で暮らせる世の中を作るために……私は戦う! 私が、争いを終わらせる!! そう、この大陸で生きる全てのみんなの為にっ!! )



 桃香は未だに自分を睨み付ける少女の前で目を瞑り、心の中で新たに己に誓い直すと、勢い良く開眼した。


 今の彼女は先程の情けない村娘ではない。その瞳には星の煌きを宿し、その身には気高く慈愛溢れる王者の風格を纏い、その胸には揺ぎ無い大志を抱く者へと変貌したのである。



「あっ…… 」



 自分が先程まで怒鳴りつけていた目前の村娘の変わり様に、鈴々は自分の胸がトクンと高鳴るのを感じた。



「ごめんなさい。今まで何もしてこなかった自分自身を嘆いていたんです。私は帝と同じ『劉姓』を名乗っているのに、天下の一大事を全然気に留めていなかった事が物凄く恥ずかしくって…… 」



 神妙な顔で桃香が頭を下げて謝ると、思わぬ彼女の対応に更に胸が高鳴る。正直鈴々は戸惑いを覚えてしまい、どう答えたら良いのか判らなくなってしまった。



「べっ、別にお前が謝らなくってもいいのだ。行き成り怒鳴った鈴々も悪かったし、それで……え~と、とにかく、全然気にしなくってもいいのだー! 」


「ぷふっ! 」



 彼女なりに、少し残念なおつむを捻って出した言葉がこれである。そんな彼女の姿がおかしかったのか、桃香は思わず噴出してしまった。すると、鈴々はまなじりを吊り上げてプンスカと怒り出す。



「あーっ! ひどいのだー! 折角鈴々も謝ったのにー! 」


「ゴメン、本当にごめんなさいね? そうだ、怒らせてしまったお詫びに何か甘い物でも食べませんか? 」



 機嫌を直してもらおうと思い、自分の視界の片隅に入った※1茶館の看板を指差しながら桃香が申し出ると、現金な事に鈴々は目をキラキラさせて口から滝のようなよだれを垂らした。



「いっ、いいのかー? 鈴々、甘いものもだーい好きなのだー! 」


「ええっ、私余りお金持ってませんけど、少しだけならおごれますから 」



 財布の中身と相談しつつ桃香が言うと、鈴々は残念な胸をドンと叩いて鼻から息を吹いた。



「えっへん! お金なら気にしなくってもいいのだ! この前悪い奴を『ちょちょいのぷー』でたーくさんやっつけてお金をいーっぱいもらったし、お前いい奴だから鈴々が出すぞー!  」


「そうと決まれば、善は急げですね♪ じゃ、行きましょう 」


「※2芝麻球(チーマーチュウ)~♪ ※3芝麻湯円(チーマータンユエン)~♪ 杏仁豆腐(シンレンドウフウ)~♪ 」


「フフッ、甘い物を食べるのも久しぶりだなぁ~楽しみ~♪ 」



 妙な展開で意気投合した二人は、足取り軽く茶館へと向かう。桃香の隣を歩く鈴々は、食べたい甘味の名前を楽しそうな顔で繰り返し口ずさんでいた。そんな彼女の顔を見て微笑ましくなって来たのか、桃香の方も自然に笑みを浮かべていたのである。




「はぐはぐはぐはぐ……うーまーいーのーだー! 」


「ふぇ~~ 」



 桃香は絶句していた。何故なら、目の前の小柄な少女が、皿に山ほど詰まれた芝麻球や芝麻湯円、大きな器に並々と盛られた杏仁豆腐を一人で平らげていたからだ。


 彼女の食べる姿に中てられたのか、桃香は芝麻球を一個かじっただけで胸が一杯になり、これ以上食べる気分になれない。それ以降、彼女は※4青茶を飲むだけにとどめていた。



(この子食べるの早いし、たっくさん食べるよね? ウチで一番食べる翠ちゃんより食べるかも……お勘定はこの子が持つって言ってたけど、正直危なかったなぁ~。今の所持金じゃ払えないし…… )



 桃香が内心驚いていると、鈴々は突如食べる手を休めて桃香をじっと見る。彼女は食べかすまみれの口を開くと桃香に語りかけてきた。



「ところで、お前。さっき『劉姓』を名乗ってるって言ってたけど、帝の一族か何かなのかー? さっきのお前の顔や雰囲気、何か凄かったぞー? 」


「…… 」



 彼女の問いかけに、桃香は戸惑いの後に少し沈黙すると、意を決したのかキリッと引き締まった顔を彼女に向ける。



「私の祖先は中山靖王『劉勝』と言われています。私の家は父の代までは地方の役職に就いていましたが、子供の頃に父が亡くなってからは家は没落してしまい、今はご覧の様に莚や草履を作って生計を立てています 」


「中山靖王? 確か愛紗が昔鈴々にしてくれた話に出てきたぞー? たーくさん子供を作った『すけべい』な人だって教えてくれたのだ! 」


「あ、あはは……。うん、確かに『ソッチ』の方で有名な人ですからね 」



 悪気は無いと思うが、痛い所を突く鈴々の言葉に、桃香は苦笑いを浮かべるとガクッとよろめいてしまった。



「でもでもっ、鈴々はお前が物凄く羨ましいのだ! お前には立派なご先祖様がいるし、それに比べて鈴々と愛紗は……鈴々と愛紗は…… 」


「? 」



 そこまで言うと、鈴々の手から食べかけの団子が落ちる。彼女の声は涙声になっていた。



「り、鈴々と、鈴々と愛紗は……子供の時に父様(ととさま)母様(かかさま)を悪い奴等に殺されてしまったのだー!! 」


「! 」



 当時の事を思い出し、怒りや悲しみ、そして憎しみが胸に込み上げてきたのだろうか。鈴々は卓に顔を俯かせると大きな声で泣き始める。桃香の目には、かつての自分や匪賊に両親を殺された村の子供達と今の彼女の姿が重なって見えた。


 店の者や他の客が一斉にこっちを見るが、桃香はそれに構う事無く、彼女を慰めるべくその背中をそっと撫でてやった。



「落ち着きましたか? これを飲んで少し気分を変えるといいですよ? 」


「えぐっ、えぐっ、あ、ありがとうなのだ…… 」



 少しして、鈴々は泣くのをやめたが、未だにあの時の事を忘れられていないのか、顔を俯かせたまましゃくり上げている。


 桃香は優しげに微笑み、熱い青茶が入った茶碗をそっと差し出すと、鈴々はそれを受け取り一口飲んだ。すると、彼女の顔に穏やかな笑みが浮かぶ。



「何だか、これを飲んだら少し気が楽になったのだ 」


「良かった……実は私の兄さんが教えてくれたんです。『気分が落ち込んでる時ぁ、熱い茶ぁ飲むのが一番の特効薬よ! 』って 」


「お前、兄さんがいるのか? 」


「はい、正確には従兄なんですけどね。私、小さい時に両親を亡くしちゃったんですけど、一年位前に従兄が自分の義兄弟や仲間と一緒に、私が住んでる村に来てくれたんです。色々と面倒見てくれるし、優しくって頼りになるから、『兄さん』って呼んでるんですよ 」


「お前も父様と母様を亡くしてるのかぁ……。でも、いいなぁ……お前には優しい兄さんがいて。鈴々には愛紗がいるけど、普段は口やかましいから少し苦手なのだ。鈴々も優しいお姉ちゃんがほしいなぁ~~。あっ、そうだ!! 」



 そこまで言って何か思いついたのか、鈴々は興味津々と言った風で桃香の顔を覗き込む。



「お前、優しくって良い奴だから鈴々のお姉ちゃんになってほしいのだー! 」


「え、ええ~っ!? 」



 鈴々が満面の笑みで桃香に言い放った言葉は、彼女に衝撃を与えるのに十分な効果があった。突拍子も無い鈴々の提案に、桃香は思わずうろたえてしまう。



「ちょっ、ちょっと待ってよ! 私達、さっきそこで会ったばかりじゃない! 行き成り姉妹だなんて! 」


「大丈夫なのだ! 愛紗もきっとお姉ちゃんの事を気に入ると思うのだ! 鈴々、これでも人を見る目はある積りなのだ 」



 無意識の内に桃香は地で話していたが、それに構う事無く、鈴々は目をキラキラさせながらズイッと身を乗り出してきた。



「あ、もしかしてお前鈴々より年下かー? 鈴々は今度で十五になるのだー! 」


「わ、私は今十七だけど…… 」


(十、十五ぉ!? こんなに小さいのに? もっと下かと思っちゃった )



 彼女の勢いに押され、思わず桃香は自分の年齢を教えてしまったが、同時に鈴々の年齢に似合わぬ幼さに内心驚いてしまう。すると、彼女は眉根を吊り上げ、ジトッと桃香を睨んだ。



「お姉ちゃん、もしかして今鈴々に失礼な事考えていなかったかー? 」


「うっ、ううん。そんな事考えてないよ! ええと、その姉妹の事なんだけど……あなたと一緒にいる人に悪いんじゃないのかな? 」



 思わぬ彼女の鋭さに、一瞬桃香はギクリとするものの、何とか逸らすべく無理矢理に話を戻そうとすると、鈴々はくすぐったそうに笑って見せた。



「『あなた』だなんて、鈴々はそんな風に言われると何かくすぐったいのだ! お姉ちゃんも鈴々の事を『鈴々』と呼んでいいのだー 」


「え、えぇと……それって、『真名』だよね? 私達まだ名前も教えていないのに、行き成り真名で呼ぶのもどうかなって思うんだけど…… 」


「おおっ、そう言えば肝心なことを忘れていたのだー! それじゃ、早速名前を教えるのだ! 鈴々は…… 」



「鈴々ッ!! あれ程城門の所で待ってろと言ってたのに、約束を忘れる奴があるか!! 」



 鈴々が名を名乗ろうとしたその瞬間、彼女の台詞は突然後ろから浴びせられた大声に遮られる。慌てて二人が声のする方を向き、声の主を見た瞬間、鈴々は顔を青ざめさせてしまった。



「んにゃああああ!! あ、愛紗!? 」



 先程の声の主は、桃香より背の高い少女であった。少女は自分と同い年位だろうか、艶やかで長い黒髪を頭の左側で纏めている。


 そのキリッと引き締まった顔はとても美しく、思わず桃香が見とれてしまう程だ。体つきも実に女らしく、胸の方も恐らくであるが、蓮華と同じ位で可也大きい。


 右手には龍を模した青龍偃月刀を携えていて、彼女の全身に漂う覇気は今発している怒気と合いまっていて、物凄い迫力である。


 そんな彼女の雰囲気に、桃香は、先程の鈴々と同じく、この人も只者ではないと思った。



「まったく……さては、お前。そこの御仁に何か甘い物でもたかったのか? 」



 愛紗と呼ばれた少女は、自分の目の前にある大量の甘味と桃香をチラッと見ると、鈴々を鋭く睨み付ける。



「違うのだ! これは鈴々がおごったのだ! 鈴々はそこのお姉ちゃんに鈴々のお姉ちゃんになってもらおうと思っていたのだ! 」



 鈴々が頬を思いっきり膨らませ、声を張り上げて愛紗を睨み返すと、彼女は疑いの眼差しを桃香の方に向けた。



「そこのお方、これとどの様な経緯があるかは存じませんが、こやつの申した事に嘘偽りはありませんでしたか? 」



 鈴々に約束をすっぽかされ、今も彼女と言い争っていたのもあったせいか、愛紗が桃香に向けた言葉にはどこか棘がある。然し、そんな彼女に臆する事無く、桃香はにっこりと笑みを見せた。



「はい、この方が言った事は本当ですよ。私達、城門の前で話していたら、何だかすっかり意気投合しちゃって……。だから、友好を深める為に甘い物をご馳走になってたとこなんです 」


「うっ、それは失礼をしました。疑ってしまって申し訳ない…… 」




 そう、桃香がやんわり答えると、愛紗はばつが悪そうに顔を赤らめ頭を下げる。彼女が頭を下げる姿に溜飲が降りたのか、鈴々は得意満面といわんばかりに胸を反らした。



「ほれ見るのだ! 鈴々は嘘なんか言ってないのだ! 」


「うるさいっ! 鈴々、大体お前の方も何だ! こんなに甘い物を頼んで一体いくらすると思っている!? 無駄遣いするなとあれ程言ってるだろうが! 」


「うっ、そっ、それは…… 」



 勢いづいた鈴々が愛紗に言うが、彼女は更に顔を真っ赤にさせると、語気を荒げて鈴々のした行為を厳しく咎める。


 すると、先程までの勢いは何処へ行ったのやら。鈴々はたちまち顔を青くさせて、しょんぼりと(こうべ)を垂れてしまった。結局、彼女なりの抵抗は、愛紗から見れば火に油を注ぐ結果になったのである。



「まぁまぁ、落ち着いて下さい。これに関しては私にも責任がありますし、お金も出しますから 」



 凄い剣幕で鈴々を叱り付けた愛紗を宥めるべく、桃香が話しかけると、愛紗は厳しい眼差しを彼女に向ける。



「いえ、貴女の気持ちは嬉しいのですが、これは私とこやつの問題です。口を挟まないで頂きたい 」



 外野はすっこんでろと言わんばかりの愛紗の態度に、ムッときたのか桃香は眉を吊り上げると、真剣な表情で愛紗に語りかける。



「少し宜しいでしょうか? お言葉ですが、この子は城門に貼られていた『義勇兵募集』の高札の前で、ため息を吐いていた私を叱ってくれたんです。『みんなが大変な時に、何にもしないでため息を吐くとは何事か 』って…… 」


「えっ? 鈴々がそんな事を……? 」



 自分の魂をグッと引き寄せられるような彼女の言葉に、愛紗は信じられないといった顔で鈴々を見る。桃香は更に言葉を続けた。



「私の家は中山靖王を祖としており、私も『劉姓』を持つ一人として、この国を何とかしたいと自分で誓いを立てていました。ですが、日々の暮らしに追われる内にその誓いも忘れてしまい。それどころか黄巾賊の事でさえ他人事と思う始末。そんな自分の不甲斐なさにため息を吐いていたところ、この子が叱ってくれたんです 」


「何と、貴女は劉姓。それも皇室の流れを汲んでいたのですか……。成る程、言われてみれば、確かに貴女からは気品めいたもの感じます 」


「うん、鈴々もそこまで聞いたのだ。このお姉ちゃんは鈴々達より凄いご先祖様を持ってるのだ 」


 

 愛紗と鈴々が感慨深げな眼差しを桃香に向けると、彼女は優しく微笑む。



「私はこの子に叱られて目が覚めました。だから……私は今こそ自分の誓いを果たす時だと思ったんです。本当は、お詫びと目を覚まさせてくれたお礼を兼ねて私がおごろうと思ったんですけど、この子がお金なら自分が出すと言って来たんです。だから、これ以上叱らないであげて下さい 」



 言い終えて、桃香は二人に頭を下げると、愛紗と鈴々も桃香に拱手行礼で深々と頭を下げる。二人の意外な反応に、桃香は驚いてしまった。


 先程から彼女らのやり取りは周囲に見られ続けてたが、当の本人達は構う素振りを全然見せず、自分達だけの世界を構築している。



「申し訳ない……。きちんと話も聞かず、頭ごなしに鈴々を怒鳴りつけた私に非がありました。それに……今の貴女様のお話にこの関雲長、深く感銘を受けました。どうか、私にも貴女の誓いのお手伝いをさせて頂きたい! 」


「鈴々もなのだー! お姉ちゃんが鈴々達と同じ事を考えていたなんて、正直驚いてしまったのだ! 鈴々もお姉ちゃんのお手伝いがしたいのだ! 」



 二人の言葉に感極まったのか、桃香は感涙してそれぞれの手を握り締める。



「それじゃ……私達は今日から同志ですね! これから宜しく! 」


「ええっ! 私達は今日から貴女と同志です。何なりとお申し付け下さい! 」


「それじゃ、早速決まりなのだー! 鈴々はお姉ちゃんと同志なのだー! 」



 彼女の温かい手に包まれて、愛紗と鈴々も涙を流した。三人は互いに涙に濡れた瞳を重ね合わせると、それぞれ名を名乗り始めた。



「私の姓は劉、名は備、字は玄徳! 真名は『桃香』。歳は十七 」


「私の姓は関、名は羽、字は雲長! 真名は『愛紗』。※5歳は十六 」


「鈴々の姓は張、名は飛、字は翼徳! 真名は『鈴々』! 歳は今度で十五なのだ! 」



 桃香が名前の後に自分の歳を教えると、それに続くように、愛紗と鈴々も自分の名と歳を教え合う。それが可笑しかったのか、三人はぷっと吹き出すと高らかに笑いあった。





「母様や祭だけでなく、一刀やここの皆にまで迷惑をかけて……一体何を考えているのよっ、小蓮ッ!! 」


「キャッ! 」



 パチンと頬を打つ音が部屋の中に響く。身勝手過ぎる妹への怒りの余り、蓮華が小蓮の頬を打ったのだ。



「れ、蓮華様! 落ち着いて下さい! 」


 

 怒りで興奮する蓮華を宥めるべく、明命は慌てて彼女の前に回りこむと、二人の間に割って入る。


 

 彼女は子供達への勉強を教えた後、夕餉(ゆうげ)の支度をしようと、寝泊りしている桃香の家に戻った。家に入ってみれば、丁度一刀達も狩から戻ってきており、彼は蓮華に先程起こった出来事を話す。


 一刀から話を聞かされると、たちまち蓮華は驚いてしまい、慌てて居間に駆け込んでみれば、思わぬ顔と再会した。何と、そこでは母青蓮の股肱の臣にして、孫家筆頭武官である黄蓋こと祭と、末妹の小蓮の二人が、紫苑の淹れた茶を啜りながら寛いでいたのだ。


 最初は思わず懐かしんでいたものの、蓮華は疑問に思った。祭が来るのは理解できたが、何故妹までここに来たのか? 


 妹にここに来た訳を聞くと、彼女は怒りを覚えた。何故こんな危険な真似をしたのか? おまけに一刀達に先程賊に襲われた経緯を聞けば、結果的に妹が足を引っ張ったではないか。 


 性質が悪いことに、妹は謝る素振りを見せないどころか、逆に『母様や祭だって許してくれたんだもん! 』と居直る始末。素直に謝ればまだ許せたものを、ここまでになると到底許しておくわけにはいかない。


 正直、母や姉に下の妹二人だけでなく、家臣達も末っ子である小蓮には甘過ぎる。ならば、自分が厳しく正さねばならないと思った。そう判断して、蓮華は妹に手を上げた訳である。 



「蓮華、それ位にしときなさい 」



 蓮華の傍らで、雪蓮がやんわりと蓮華の肩に手を置く。彼女は、先程まで喜楽の酒造りに『協力』していたせいか、ほんのりと頬を赤く染めており、酒精の匂いを漂わせていた。



「ですが、姉様っ! 小蓮は身勝手過ぎます! もし何かあったら……最悪、祭は自らを責め、命を絶っていたかもしれません! それに……一刀達にまで迷惑をかけてしまったし…… 」



 相変わらず末妹に甘い姉に歯痒くなったのか、蓮華は眦を吊り上げ声高に叫ぶ。然し、最初は勢いが良かったが、最後の方で一刀の名前を口に出した瞬間。彼女は複雑げに顔を曇らせると、黙り込んでしまった。



「そうね、蓮華の言いたい事も判るわ。小蓮が殺されたり、或いは祭や一刀達が命を落としたりでもすれば、生き残った方としてもいたたまれなかったわね 」



 そう言って、雪蓮はチラッと小蓮を見る。彼女は姉に打たれた頬を押さえたまま顔を俯かせていた。



「まぁまぁ、済んだ事をああこう言っても始まりますまい。どうやら小蓮様も反省してるようですしの? それと、明命が困っておりますしな。それ位になされませ 」



 悠然とした風で、楼桑村特産の緑茶を啜りながら、祭がおろおろしている明命をチラッと見ると、視線を孫姉妹の方へと向ける。室内には微妙な空気が漂っていた。





「大丈夫かな? さっき居間の方から、何だか蓮華の怒鳴り声が聞こえてきたけど…… 」



 厨房で茶を啜りながら一刀が言うと、彼はチラッと居間の方へと目を向ける。彼がこの世界に来て一年余りになるが、未だに酒に慣れず、むしろ茶の方を好んでいたのである。



「多分、雪蓮と蓮華ちゃんの末の妹の事なんだろ? さっきおめぇから紹介を受けた公覆(黄蓋の字)さんの話を聞くからに、あの娘さん。どうやら家出同然みてぇに家を飛び出したってェ話じゃねェか? 」


「ええ、公覆さんのお話ではそうでしたよ? 孫尚香と名乗ってましたけどね 」



 一刀の差し向かいでは、一心が呑気に茶を啜っていた。


 彼は酒豪だが、基本、お天道様が高い位置の時は極力酒を飲まないようにしている。これは彼なりの健康管理の一環であった。



「その尚香さんなのですが、どうやら雲昇様に一目惚れなさったようですわ……。あの方は稀に見ぬ美男ですし、彼女位の年頃の娘でしたら、彼に心奪われるのは仕方の無いことかもしれませんわね? 」



 夕餉の支度をしていた紫苑が、二人の前に裂いた干し肉を乗せた器を置くと、艶っぽく、くすりと笑う。彼女には何気ない仕草の一つではあったが、それは二人の漢達の目を引くものがあった。



「なるほどねぇ~……。雲昇じゃ、しゃあねぇな。悔しいが、顔じゃアイツにゃ勝てねぇしよ 」


(この世界の尚香ってぇ聞いて、期待して顔見てみりゃ、まだガキンチョじゃねぇか……。ありゃあ、後五年は必要だな。にしても……顔のいい奴は直ぐにもてるから羨ましいぜ、ったくよ )



 一心は、この世界でのかつての妻に対して落胆したのと、こちらでも相変わらず女性に持てる雲昇への羨ましさとで、複雑げに顔をしかめていた。



「しっかしよぅ、南方の人ってみんなああなのかい? 雪蓮や蓮華ちゃんに明命ちゃんもそうだが、さっき来た尚香ちゃんや黄蓋のおばはん、いや、黄蓋殿も褐色の肌をしてんじゃねぇか? 」



 二人の義兄に厳しく言われてるのもあるせいか、義雷も真昼間から酒を飲むのを自ら律しており、気分を紛らわせるべくでかい音を立てながら茶を啜る。



「確かに義雷の申す通りですな。わし等は南方に行った事が無いし、孫家からの客人が来るまで、あちらの人間の肌がああいう色をしてるのを知らなんだ 」



 義雲は膝の上に璃々を乗せており、紫苑が用意してくれた団子を、楊枝で丁寧に小さく切って、彼女に食べさせていた。



「そうですわねぇ……荊州南部、揚州、交州辺りの人は皆、ああいう肌をしていますわ。それと、私もそうですけど、益州の方はこちらと同じ普通の肌の色をしておりますわよ? 」


「おお、そう言えば黄忠殿は蜀の方でしたな 」


「…… 」



 思い出すかのように、紫苑が伏目がちで言うと、永盛がそれに相槌を打つ。雲昇は我関せずと言った風で、寡黙に茶を啜っていた。



「まっ、おいら達がああこう言うのも何だしな。あいつ等の事は家主様が戻ってからにしようぜ 」



 両手を頭の後ろに組んだ一心が、少し疲れた顔で言った言葉に、皆が一斉に、何故か話を理解していない璃々もであるが、頷いたその時である。



「ん? 」



 行き成り、居間の方が静かになった。それに気付いた一刀が、そちらに目を向けると、扉が開く音と共に雪蓮達が祭と小蓮を従えて厨房に入ってきた。



「御免なさいね、何だかんだで騒がせちゃって。皆に改めて紹介するわ。私達姉妹の末の妹の尚香と、家に長年仕えている黄蓋よ。ほら、シャオ。皆にご挨拶なさい。祭も 」



 苦笑交じりの顔で雪蓮がそう言うと、彼女は小蓮と祭を前へと押し出し、皆の前に引き合わせる。祭は泰然自若と構えており、小蓮は顔を俯かせたまま、蓮華に打たれた頬を押さえていた。



(ははぁん……さては蓮華に打たれたんだな、この子? 蓮華が仏頂面になってるよ )



 小蓮と少し距離を置き、面白くなさそうな顔でムスッと不貞腐れる蓮華の姿に、一刀は思わず苦笑した。



「一応、外で仲郷殿達には自己紹介をしたんじゃがの、改めて自己紹介をしよう。儂の姓は黄、名は蓋、字は公覆。姫様達が世話になったと聞き、主公孫文台に代わり礼を申す 」



 彼女の張りのある声は凛としており、その勢いの良さはこの場にいる者達全てに好感を与える。現に義雲達等は好意の視線を彼女に向けていた。



「シャオは孫尚香……。それと……さっきはごめんなさい…… 」



 逆に小蓮の方は、声もそうだが、全体的に元気が無い。彼女は頼りない声で名を名乗ると、しょんぼりと頭を下げて謝る。


 これに関しては、先程蓮華に打たれたのもあったし、恐らくではあるが、雪蓮達に改めて諭されたのではないのかと一刀は思う。



(こればっかはどうしようも無いしなぁ……。尚香ちゃんの事は蓮華達の問題だから、外野の俺達がああこう口を挟んじゃいけないんだ。下手な同情はやめておこう )



 彼はお節介な気質ではあるが、人の家の事情に口を挟むのはしてはいけないと判断すると、彼は何も言わずに黙ってる事にした。


 すると、そこで話は途切れてしまい、気まずそうな空気が漂い始める。雰囲気を変える言葉の一つすら思いつかなかったのか、誰も口を開こうとしなかった。



「ただいま~! 」



 そんな中、いつものように花が咲いたような笑みを満面に浮かべ、帰宅した桃香が入ってきた。


 彼女の明るい声が切欠になったのか、静まっていた場の空気が動き始める。その場に居た者全員が、一斉に彼女に目を向けた。



「? ? どうしたの、みんな? 何か変な顔してるけど……? 」


「いっ、いや。何でもないんだ。大した事があった訳じゃないよ 」


「ふぅ~ん。別にいいけど…… 」



 訝しげに桃香が周囲を見やるが、少し慌てた風で一刀が取り繕うと、彼女は合点がつかぬままキョトンと小首を傾げる。



「あっ、それよりも玄徳に紹介したい人達がいるんだ。いいかな? 」


「うんっ、いいよ。実は私も皆に紹介したい人達がいるんだ。愛紗ちゃん、鈴々ちゃん、二人とも入っていいよ 」


「えっ? 君もお客さんを連れてきたのか? 」



 話題を変えようと思い、一刀が祭と小蓮を桃香に紹介しようとしたが、思わぬ彼女の発言に一刀は驚いてしまった。



「失礼致します 」


「おじゃましますなのだー! 」



 桃香に促され、青龍偃月刀を持った愛紗と蛇矛を持った鈴々が家の中へと入ってくる。



(むっ、あの娘の得物……わしの※6冷艶鋸(れいえんきょ)に良く似ておる……まさか、この娘! )


(おいおい、ありゃあ蛇矛じゃあねぇか……まさか、あのチビッ子って、こん世界の俺かよ!? )


(ほ~う、あの二人どっかで見たような得物持ってんじゃねぇか……まぁ、劉備があんな得物持った二人従えてんだ。間違いねぇな )


(えっ? あれって青龍偃月刀と蛇矛じゃ……まさかあの二人の女の子って! )



 二人が持った得物を見て、義雲と義雷は驚きの表情になり、他の一心の仲間達も驚きの表情になる。一心はニヤリと笑みで口角を歪め、一刀は顔に動揺の色を浮かべていた。



「ねぇ、桃香。何だったら貴女の客人の方を先に紹介して貰えるかしら? 」


「……ええ、いいですよ 」



 苦笑いで雪蓮が桃香に言うと、彼女の表情と場の空気を読んで何か察したのだろうか、桃香は満面の笑みでそれに応じる。



「それじゃ、愛紗ちゃん、鈴々ちゃん。自己紹介してもらえるかな? 」



 後ろを振り返って桃香が言うと、彼女の後ろに控えていた二人はこくんと頷いた。二人は得物を壁に立てかけると、それぞれ拱手の礼を行う。先ずは愛紗が名乗りを上げ、それに鈴々が続いた。



「お初にお目にかかる。私の姓は関、名は羽、字は雲長! こちらにおわす玄徳殿の大志に心打たれ、本日より玄徳殿の同志となりました。宜しくお願い致す 」


「みんな、はじめましてなのだ! 鈴々の姓は張、名は飛! 字は翼徳! さっき自己紹介した愛紗とは幼なじみなのだ! 

鈴々も今日から桃香お姉ちゃんの同志だから、皆よろしくなのだー! 」


「「なっ!! 」」



 二人の名乗り上げが決定打になったのだろう。義雲と義雷は絶句すると、固まってしまい、かつての自分の名を名乗る二人の少女を凝視する。他の一心の仲間達もじっと彼女等を見詰めていた。



(やっぱりな。やっとお出ましか、劉備にゃ付きモンの関羽と張飛が!! おいらは待ってたんだぜ……おめぇさんら二人の登場をよ!! さぁ、おめぇさん等の出番はもうちょいだ! かつてのおいら達のように上手く桃香を支えてやってくれよ!! )


(矢張り、この娘がわしであったか……。よくよく見ればこの娘、桃香殿に歳も近そうだし、顔や体つきも十分に申し分ない。ある程度はわしの想像通りであるし、良しとしよう )



 一心は頼もしげな視線を愛紗と鈴々に送り、義雲は愛紗の姿形にある程度満足したのか、フッと笑みを浮かべると、彼は自慢の長髯を大きな手で扱く。



(こっ、このガキンチョが俺……それに何だかとっても残念なしゃべり方になってんぞ!! 俺は桃香ちゃんの様に可愛くって、ボンッ、キュッ、ボンッなのを想像していたのによぉ~~!! 皇天后土の神さん達よ! 今だけはあんた等を思いっきし恨むぜ!! )



 然し、そんな二人とは対極的に、強烈な衝撃に打ちひしがれる義雷。彼は、ガクンとうなだれており、誰の目から見ても彼が物凄く落ち込んでいるのが判った。



(あ、あははははは……これが『美髯公 関羽』と『燕人 張飛』かぁ……。桃香や蓮華の時もそうだったけど、この世界って……どんだけ男女逆転してんだよぉ~~っ!! )



 一刀は一刀で顔をひくつかせており、この異質な世界の在り様に只々心の中で叫ぶ事しか出来なかったのである。




 その頃、幽州は遼東属国(りょうとうぞっこく)昌遼(しょうりょう)の県城にて。



「伯珪殿、先日付近の村々を荒らしまわっていた賊どもを、全て討ち果たしてきましたぞ 」


「すまないな、子龍。私の部屋に一席設けたから、疲れを癒してくれ。詳細は杯を酌み交わしながら受けよう 」



 凛とした声と共に、声に似つかわしい風貌の若い女武芸者が謁見の間に入ってくると、彼女に『伯珪殿』と呼ばれた女性は座から立ち上がり、笑みを浮かべて迎え入れる。


 『子龍』と呼ばれた若い女性は、鮮やかな青い髪をしており、それは高く澄んだ青空を髣髴させた。


 彼女は胸元の開いた純白の衣を身に纏っており、頭には衣と同色の大きな髪飾りを挿していて、それには長い飾り紐が括り付けられている。


 右手には蛇矛の刃を二つ組み合わせたような形状の槍を携えており、目鼻立ちの整った美貌と合いまり、『強く美しき者』と言う言葉は正に彼女のためにあるように思えた。


 一方の『伯珪殿』であるが、先程の子龍に比べれば地味っぽく見えるが、彼女も十分に器量良しの範疇に入る。長い頭髪を頭の後ろで纏めており、白く染め上げた鎧の軍装姿ではあったが、きちんと着飾れば男どもの目を引くであろう。


 腰に佩いた剣は桃香の宝剣『靖王伝家』に比べると地味に見えるが、過度な装飾を避け、鑑賞実用の両面でも無難に通用するように作られてる辺り、彼女の人柄を窺わせる。



「ほう、これはすまないな。では、馳走になろう。ところでだが……メンマは用意してあるのかな? 」


「無論だ、城に出入りしてる商人に頼んだ特注品なんだぞ? 」



 酒の誘いを受け、子龍は目をキラキラさせて、伯珪にズイッと顔をよせると、彼女は得意げに答える。



「それは重畳……ささ、それでは参ろうか? メンマが私を待っているのでな 」



 子龍はいても立ってもいられなくなったのか、すっかり興奮しきった風で彼女の背中を押し始めた。



「おいおい、そんなに慌てなくてもメンマは逃げんぞ。ははは 」 



 後ろから彼女に背中を押され、伯珪は苦笑いを浮かべると、二人はその場を後にしたのである。



 『伯珪殿』と呼ばれた女性は姓を公孫、名を瓉、字を伯珪。真名を白蓮と言い、現在十八歳。彼女は、幽州、特に遼東では名門である公孫一族の末裔である。


 同じ幽州でも、桃香が住んでいる西の涿郡辺りはまだ漢の勢力圏下であり、文化や生活習慣も中央よりであるのに対し、遼東郡より東になると事情が異なってくる。北は烏丸(うがん)と呼ばれる北方の異民族の支配権と接しており、東は高句麗と接していた。


 漢王朝は烏丸の人間を内地化させて、幽州に居住させる政策を採っていた為、彼等との諍いが絶えず、その都度、時の政権は頭を悩ませていたのである。


 また、先述の事情から当然人や物の出入りもある。奴隷や交易品の売買を始めとした、異文化の交流が盛んに行われていた地でもあり、また良馬の産地でもあった。


 中央と異なる色合いを出し、且つ治安情勢が宜しくない点を考えると、馬騰や董卓がいる西涼と、何処か似通っている部分がある。


 先程の公孫瓉であるが、彼女は名門の生まれとは言えども、生母の身分が低かった為、同腹の妹二人と共に不遇の幼少期を過ごした。


 然し、彼女は控えめで地味な外見とは裏腹に、文武両面に優れていた。彼女の飲み込みの良さはそれぞれの師が唸るほどで、ついには彼女を冷たくあしらっていた父親も、白蓮に対する態度を改める。


 彼女は父の命で、当時下野して故郷の涿郡涿県に戻り、そこで私塾を開いていた盧植の元で学問を学び始める。その時の門下生に自分より一歳年下の桃香がいた。


 片や地元の名門だが低い身分の娘、もう片方は家が没落した皇室の末裔の娘と、何か似通ったような境遇の二人はすっかり意気投合し、少しばかりの年の差を越えた友情を育む。いつの間にか二人は、砕けた口調で会話をし、真名も預ける仲になっていた。


 やがて、彼女等也に要領を掴んできたのか、二人は講義を抜け出しては外へ良く遊びに行き、それを知った彼女等の師である盧植は咎めるどころか、軽く笑うだけにとどめていた。



『盧老師、公孫瓉と劉備を破門にすべきです。あの二人、老師のご高説を聞くどころかしょっちゅう外に抜け出しては遊び呆ける始末。これでは他の者への示しになりません 』



 当然であるが、中にはそれを面白く思わぬ者もいる。二人の素行の悪さに業を煮やした門弟の一人が、盧植に直訴したのだ。彼は鼻息を荒くし、鼻摘み者の二人を追い出すべきだと声高に叫ぶ。



『何も学ぶべきものは学問や武芸だけじゃないのよ? 友情、絆、互いを思いやる心……それこそが人として最も学ぶべき事なの。逆に学問や武芸ばかりに固執してると、貴方の様に心の貧しい者ばかりが生まれてしまうわ。ならば、私は心の豊かな人物を育て上げたいわね。今それを実践してるあの二人には、いつか皆の導き手になってもらいたいものだわ 』



 然し、盧植は微笑みながらそう言うと、訴えをやんわりと退け、むしろ、訴えてきたこの門弟を窘めたのであった。


 やがて月日が流れ、二人に別れが訪れた。不真面目に振舞っていたとはいえ、きちんと自己で研鑽を積んでいた公孫瓉は高い成績を修めており、盧植は彼女を孝廉に推挙したのである。


 孝廉に推挙されると、※7郎に任じられる為、中央に出仕しなければならない。当然幽州を去らねばならないから、二人にとってその別れは相当辛いものであった。然し、桃香が涙をぬぐいながら言った一言が、白蓮の旅立ちを決意させた。



『あのね、私は思うんだけど……これって、白蓮ちゃんが物凄いんだって盧老師に認められた証拠なんだよ? だからさ、もっと胸張ってこうよ! 白蓮ちゃんだったら絶対善い太守様になれるもん! こんな良い機会、見逃したら絶対に損だよ!! 私に会うのはいつだって出来るから、白蓮ちゃんは今自分が出来る事をやるべきだよ! 』


『と、桃香……ありがとうな。私が出世したら絶対にお前を迎えに行くからな? 待ってろよ!? 』 

 


 かくして、白蓮は桃香と涙の別れを済ませると中央に召し出され郎に任命される。


 その後、彼女は順当に昇進を重ね、昨年に入ってから遼東属国の※8長史(ちょうし)職に任じられた。白蓮は、実に三年振りで幽州に戻って来た訳である。


 彼女は桃香との約束を果たすべく、直ぐにでも彼女を召抱えようとするが、そうは問屋が卸さなかった。


 就任当時、遼東属国は漢の北部に存在する鮮卑(せんぴ)族と言う遊牧騎馬民族の脅威に曝されており、彼女はその掃討に追われる羽目になったのである。


 騎馬遊牧民だけあって、騎兵戦を得意とする鮮卑族に対し、彼女も騎兵を用いた戦術で応戦。自らの騎馬だけでなく、騎兵全てを白馬で統一し、決死の覚悟で斬り込みをかけ、彼女は敵を蹂躙した。


 その結果、彼女は手勢の半数を失う手痛い損失を出したものの、敵の殲滅に成功。その功績は中央だけでなく、民衆からも高い支持を得た。


 また、鮮卑の方も彼女の勇猛果敢な戦い振りに恐れを成し、以降国境を脅かす事を控えるようになる。


 彼等は白蓮の事を『白馬長史』と呼ぶようになり、その名は幽州中にまで広まるようになると、いつの間にか彼女の代名詞にまでなっていた。


 

 一方、『子龍』と呼ばれた女武芸者であるが、彼女は姓を趙、名は雲、字は子龍。真名は『星』と言い、現在十七歳。冀州(きしゅう)常山(じょうざん)国出自の人間である。


 彼女は武芸者の父と兄を持ち、幼少の頃より兄と共に厳しい父の元で己の武勇の腕を磨いた。


 そんな星の父であったが、彼は柔軟な考えの持ち主で、武芸だけでなく、学問、兵法、礼法、挙句の果てには独特の審美眼まで彼女に叩き込む。


 そして、ついに彼女は十三歳で独り立ちをするが、その時から実に奇抜な出で立ちをするようになり、己が振るう得物も大枚を叩いて鍛冶屋に特注品を作らせたのである。


 ぶらりと一人旅に出た彼女であるが、その間にも自己研鑽を怠らず、十三歳で寝込みを襲ってきた盗賊を槍で突き殺し、十四歳になる頃には賞金稼ぎの様な真似をして生計を立てていた。


 そんな流浪の生活をしてきた彼女は、宿泊に立ち寄った城下町の飯店で、二人の軍師志望の若い旅の学者と出会う。話してみて二人と意気投合した星は、早速彼女等の用心棒を申し出た。


 二人は仕えるべき人物を探しているとの事なので、彼女等の眼鏡に叶った人物を探すべく、当て所無い旅を続けていたのだが……三人は旅の道中で、盗賊どもに襲われた変な男を助ける。


 その男は変な出で立ちをしていた。着ている真っ白な長衣は日の光を反射してるし、持ってる書物も訳の判らない言葉だらけと実に奇妙な物の塊であった。


 極めつけは眼鏡を掛けたその顔である。軽薄そうな雰囲気がそこから感じられ、誠実さの欠片すらも見られなかった。


 おまけに助けてやったのにもかかわらず、同行者の真名をなれなれしく呼ぶ始末。これには我慢できなくなり、星は憤怒の形相で槍を男に突きつけた。



『今から三つ数える!! その間にこの場を直ちに()ね!! さもなくば……貴様の汚らわしい口に、この趙子龍の神槍を存分に馳走してくれん! ひとーつ! 』


『ひっ、ひいいいいいいい!! 何でやねーん!! 』



 彼女の脅しが効いたのか、男は一目散に遥か彼方へと逃げ出していくと、再び出会う事は無かった。


 そんな幕間小劇があったが、旅を再開した三人は、やがて兗州(えんしゅう)は陳留郡へと辿り着き、そこで二人は星に別れを告げた。


 その際、別れを惜しんだ二人は星に一緒に来ないかと諭すが、彼女はやんわりとそれを断る。



『お主達が仕えるべき主を見つけたように、私も仕えるべき主を探したくなってきた。ここの太守曹孟徳は、若くして太守の要職を任せられる程の人物だと聞いてはいる。だが……何となくなのだが、どうもここには私の居場所は無さそうに思える。縁あらば又何れ会うことも叶おう。さらばだ 』



 こうして、元の一人旅に戻った星はぶらりと北方を回ってから一度里帰りでもしようかと思うようになった。


 ひたすら北上して北の幽州に足を踏み入れ、更に最果ての楽浪(らくろう)郡を目指そうとしたが、運悪く遼東属国に入った辺りですっかり路銀を使い果たす。


 然し、天は彼女を見放さなかった。丁度運良く、彼女の近くで官兵による賊徒の掃討が行われていたのだ。これを好機と見た彼女は、直ぐ様助太刀に入ったのである。


 その時、兵の指揮を執っていたのが他ならぬ白蓮であった。彼女は加勢してくれた星に大変満足すると、自分の屋敷に彼女を招き入れ、以降星は食客として扱われていたのである。




「本当に感謝するよ。久し振りに出没した鮮卑どもを掃討せねばならなかったから、客人のお前に手間を掛けさせた 」


「なぁに、どうせ暇を持て余していたのだ。それに伯珪殿からは寝食の世話だけでなく、幾らばかりか小遣いも頂いてるしな? 」



 自分の私室にて、上機嫌の白蓮が子龍に酒を注ぐ。一方の彼女は、さも当然と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべると、一献傾け皿に盛られたメンマを一つ齧る。すると、彼女は実に満足げに頬を緩めた。



「うむ、流石は白蓮殿御用達の商人だけはある。良いメンマを持ってきてくれたな。塩加減といい、歯応えといい、中々のものだ 」


「そりゃあ、そうさ。何せ、(ぎょう)の都から取り寄せさせたんだしな。意外と高くついたんだぞ? 」


「これはこれは……賊の掃討がこのメンマとは、いやはや、私はどうやら身に過ぎた褒美を貰ったようだ。ははははは 」



 それから、二人は何気ない雑談を交えながら、差し向かいで酒を飲み続けていた。やがて、酒が進み酔いも回ってきたのだろうか。白蓮は酒盃をコトンと卓の上に置くと、目を据わらせて星の顔を真っ直ぐ見る。やがて、彼女はおもむろに口を開き始めた。



「なぁ……子龍、本当に私の臣下になってくれないかぁ? 妹達や現地で採用した文武官を手元に置いてるんだが、どいつもこいつも今一つなんだよぉ……お前ほどの武人が私の傍にいてくれれば、どんなに心強い事か……あ~~!! やるせないとはこの事だ!! 」



 どうやら、彼女は絡み酒の傾向があるようだ。対する星は又始まったかと言わんばかりでうんざりとした顔を白蓮に向ける。



「伯珪殿、前にも言ったと思うが、私は自分の槍を預けたい人物は自分で探したいのだ。これも言ったと思うが、残念ながら貴女にも、私の槍を生涯に掛けて預けたいと言う気が起こらないのだ。今私がここにいるのは、互いの利害が一致しているだけだしな 」



 厳しい表情の星が放った言葉に、白蓮は『うんうん判ってるよぉ~』と言わんばかりに何べんも首を振る。



「わーってらい、そんな事ぉ……だから、改めてお前に聞いたんじゃないかぁ……。どうせ、私なんか『地味』だし、『普通』だし、誰の目から見ても魅力的じゃないしなぁ……胸なんか桃香よりもペッタンコだし、お陰で男も知らないし……あーっ!! 私の恋人と一番の家臣になってくれるイイ男がほしいよぉ~!! 」



 絡んだと思ったら、今度は突然喚き立てて泣き出す始末。これには正直星もめげてしまった。



「はぁ~~。そんな都合の良い者は御座いませぬな、先ずはご自分とのお約束を果たしなさいませ。確か桃、いえ、貴女が良く話してくださった劉備殿を召抱えれば良かろう? 」



 溜息交じりで彼女が言い放った言葉に、白蓮は行き成り顔を上げるとクワッと目を見開いた。



「そうだ、桃香だよ! アイツなら私の一番の臣になってくれる! 武芸や学問はからきし駄目だったけど、アイツはお人好しだし、何よりも人を惹きつける力があるんだ! アイツがいればいろんな人物がウチにきてくれそうだ! 子龍、ありがとう! お陰で少しは立ち直れそうだ!! ハーッハッハッハッハ……ふにゃ 」



 彼女は立ち直ったかのように大声で笑っていたが、やがて酒の魔力に勝てなくなったのか、白蓮はへたり込んでしまうと、その場に倒れこんでスヤスヤと寝息を立て始めた。



「やれやれ……お風邪を召してしまいますぞ? 白馬長史殿……。まったく、世話の掛かる御仁だ 」



 言葉とは裏腹に、星は優しい笑みを浮かべると、眠りの世界に旅立った白蓮の体を抱き上げ、寝台の上に寝かすと、そっと上掛けを掛けてやった。そして、彼女は席に戻ると一人酒を決め込む。



「それにしても、伯珪殿も苦労なされてるようだ。確かに伯珪殿の部下達はどこか頼りない、優秀な人物を召抱えたい気持ちも判ると言うものだ…… 」



 そうひとりごちると、彼女は酒肴を携えて窓際にもたれ掛る。窓の外を見上げてみれば、夜空には天空の星々が煌いていた。



「天に幾数多の星々があるように、この世にも幾数多の人物がいる。その中にはいつかきっと私が槍を、そして夢を託せる人物がいるに違いない……。だから、その時までこの趙子龍。誰の手にも己が身を悪戯に委ねる訳には行かないのだ……!! 」



 真名の『星』を体現するかのように、胸の中で己が誇りと夢を天空の星々の如く煌かせる少女、趙雲こと『星』。先程の己が槍と夢を託す人物と、この身を捧げる男との出会いは直ぐそこまで迫っている事を、彼女はこの時まだ知る由も無かった。




※1:茶店の事。


※2:胡麻団子の事。原作の呂蒙が好んで食べていた物はこれの事。


※3:胡麻餡入りの白玉団子の事。


※4:烏龍茶の事。


※5:この作中で愛紗は桃香と同い年だが、桃香より遅生まれにしている。また、桃香と蓮華は同じ誕生月にしている。


※6:三国志演義で関羽が使った青龍偃月刀の銘。


※7:今で言えばエリート官僚への入り口とも言える役職。曹操や袁紹も最初はこの役職に就いた。


※8:警察権・軍事権・統治権を兼ねた長官職の事。簡単に言えば、郡に置ける太守の役職と同じ。

 ここまで読んで下さり真に感謝いたします。


 今回のタイトルは、絶対に欠かせない桃香・愛紗・鈴々と、絶対に欠かしてはいけない恋姫達の重要な出会いと言う事で『三傑邂逅』だなんて、カッコつけた物にしちゃいました。


 桃香、愛紗、そして鈴々の三人のやり取りですが……『らしさ』が出てたでしょうか? 書き上げた今でも正直不安です。(汗 何せ、チキンですからっ! 自分(涙


 

 ですが、今回も桃園に到る事が出来ず、先ずは前回登場させた祭と小蓮も上手く絡ませないと不自然だと思い、孫姉妹のやり取りのパートを途中に挿入しました。


 書いた以上はキチンと着地点と申しますか、その分違和感を出さないようにキチンと匙加減をしないと大変だと思うからです。


 そして、追加エピソードは、ファンの方ならお待たせしましたと言うべきでしょうか。趙雲こと星と公孫瓉こと白蓮です。


 恋姫の設定は、判り易くする為か可也大雑把な物で、彼女等二人を書くに当たり、例の如くウィキ先生を始めとした様々な三国志関連のサイトを調べ上げ、後は自分独自の味付けをしました。


 公孫瓉も恋姫では『普通』の人ですが、実際の人物は勇名を轟かせていたとか。だから、原作では『普通』『地味』と言われて影が薄く、扱いも酷かったですが、彼女なりに良い点を当ててみようと思い、彼女の成り立ちを色濃く描写してみたのです。


 他にもこうやって文章に起こしておけば、自分が忘れ掛けたときに再度読み直して思い出す事も出来ますので。(苦笑


 そして、次に星。彼女に関しては生い立ちが一切不明でした。父と兄がいた程度しか記録が残ってなかったようです。兄の喪に服すために公孫瓉の元を辞したとありましたので、登場はしませんが、彼女には兄がいる設定にしています。


 彼女の生い立ちに関しては、完全に私独自の設定です!! ですから、間違えないで下さいね!!(汗


 実は今回のお話、本当は追加エピソード抜きでやる予定でした。ですが、読み直してみると物足りなく思ってしまい、急遽書き加えた訳です。


 他にも五虎将で唯一星を出してなかったのと、そろそろ公孫瓉も出したほうがいいかなぁと思ったのもあるんですけどね。


 さて、ようやっと次の話で桃園に入れます。思えば連載始めてからかれこれ二ヵ月半……ここまで辿り着くのがしんどかった……(泣


 然し、まだ安堵は出来ません!! 気合入れて明日から早速次の話の執筆作業に入ります。


 それでは、また~! 不識庵・裏でした~!!

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