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真・恋姫†無双 ~昭烈異聞録~   作者: 不識庵・裏
第一部「楼桑村立志編」
11/62

第十話「狂歓」

 どうも、不識庵・裏です。やっと、十話目を書き上げる事が出来ました。今回は物凄くモチベーションが低下した状態でしたので、実に前回の更新より一週間オーバーになってしまいました。可也グダグダだったので、内容も実にグダグダ……。今回は反省点だらけかな? と、猛省しております。


 それでは、第十話。読んで頂けましたら嬉しく思います……。宜しければ、感想と評価ボタンをお願いいたします。(謹んで土下座


「…… 」



 面白くなさそうにふてくされた顔で、椅子に腰掛けた雪蓮が、卓の上で頬杖を突いている。彼女が刺々しく視線を送った先の相手は自分と差し向かいに腰掛けていた。



「! 痛ッ! あの男なんて馬鹿力なのよ……母様の拳骨の倍以上痛いじゃない! 普通嫁入り前の乙女に手を上げる? 信じられないわ! 」


 

 忌々しげに顔をしかめながら、腹立ち紛れに頭をかきむしろうとして、そこに触れる。だが、その瞬間ズキンとした痛みが雪蓮を襲い、思わず涙ぐんだ。


 何故なら、彼女の頭には実に大きな『たんこぶ』がこさえられていたのである。先程余りにも暴れたので、業を煮やした義雷に『でっかい一撃』をぶち噛まされた痕跡であった。



「おー、痛てぇ~! ったく、あのじゃじゃ馬。何てぇ石頭してやがんだい!! 」


「あ、あはは……ごめんなさいね、義雷さん。姉様、子供の頃から母様に折檻され続けていたせいで、結構石頭だから……。さっきは姉様を大人しくさせてくれてありがとう、あのままだとこの家で刃傷沙汰になるところだったわ…… 」


「義雷様、雪蓮様の石頭は孫家一なのです! この程度で済んだのなら御の字なのです! 」


 

 そんな彼女の後ろに腰掛け、左の拳を倍に近いくらいの大きさに腫らした義雷が、実に痛そうな顔で顔をしかめる。


 蓮華は、すまなそうな顔で彼に頭を下げると同時に感謝の言葉を述べ、明命は真面目な顔で義雷を窘めながら、慣れた手つきで彼の左拳に薬を塗り、包帯を巻いていた。



「石頭……成る程、だからコイツは人ン話もろくすっぽ聞かねぇ訳か! 大した石頭だ、テメェはよ! 」



 明命の言葉から何か思いついたのか、少し考えてから義雷が雪蓮に向けて声高に罵ると、ふてくされていた雪蓮の顔が本気で殺気を帯び始めた。


 蓮華と明命は彼の言葉に一瞬噴き出しかけるものの、雪蓮の本気の殺気を感じたのか、忽ち口に手を当てて黙り込んでしまう。



「この、でくのぼう……嫁入り前の乙女に向かって、よりにもよって『石頭』ですって……。

私と一心が『いい仲』になったからって、敵意を向けるのはいいけど、男の嫉妬って見苦しいわよ? それとも何かしら、アンタ、もしかして※1衆道(しゅどう)の気でもあるの? 」



 今度は義雷が黙ってはいなかった。彼は顔を真っ赤にさせると、只でさえ大きい目ん玉をくわっと開いて、猛虎の如く怒り狂う。



「何だとぉ!? 誰が『衆道』だぁ!! このあばずれっ、もう勘弁ならねぇ!! 表に出やがれ!! サシでテメェとケリつけてやろうじゃねぇか!! 」


「願っても無い事ね……私もさっきアンタに殴られて頭がズキズキいってるし、良いわよ! 馬騰とケリつける前にアンタとケリ付けてやるわ!! 」



 そう言うと、二人は威勢良く立ち上がり、今にもお互いに殺し合いそうな空気がそこに流れ始めた。然し、先程から少し離れていた場所で、腕組みをしながら腰掛けていた一心が、二人に対し射る様な鋭い視線を浴びせる。



「……義雷ッ! 雪蓮ッ! 二人ともやめないかっ!! 」



 彼が『劉備』の顔と口調で二人を一喝すると、二人はビクッと肩を竦め、一瞬にして大人しくなってしまった。



「う……す、すまねぇ、兄者……。それと雪蓮、悪かったな。さっきは言葉が過ぎちまったぜ 」


「ご、ごめんなさい、一心……。私の方も悪かったわ、ごめんなさいね、義雷 」



 二人は一心に謝った後、それぞれ頭を下げ互いの非を詫びると、席に戻り、桃香が用意してくれた茶を黙ってすすり始める。それを見て、蓮華と明命はホッと安堵のため息を吐くと、それぞれ胸を撫で下ろした。



「……あら? このお茶中々美味しいわね? 変わった味だこと 」


(この男、最初は只の田舎のごろつきかと思っていたけど、可也胆力があるようね? 雰囲気も先程とは全くの別人……そう、万々千々(ばんばんせんせん)の人間の上に立つ者の顔をしているわ。おまけに、孫策や張翔という者の殺気に身じろぎ一つしていない……こういう男も欲しいわね )



 そんな中、さっきまで雪蓮に刺々しい視線を向けられていた琥珀は悠々と茶を堪能している。然し、悠然と茶碗を傾ける一方で、二人を一喝して黙らせた一心に興味深そうな視線を送っていた。



「あ、判りますか? 数年前に私の友達が偶然※2お茶の種を入手したので、ここで栽培してるんですよ? 龐老師が色々と助言してくださるんで、少しマシになってきたんです。でも、流石に本格的になるのにまだまだ時間が掛かるんですけどね…… 」



 そんな彼女の思惑も知らぬまま、茶を運んできた桃香がにっこりと笑いながら琥珀に説明をすると、彼女は興味深そうに耳を傾ける。



「成る程ね、だからこの村では気軽にお茶が飲める訳か……でも、このお茶なんだけど。普通のと少し違うわね? ※3色も緑色だし、苦味も少なくって後味も爽やか……こちらの方が私好みよ 」


「ええと、これはチョッと特別なんです。一刀さん……いえ、仲郷さんの故郷のお茶を何とか再現してるんですよ。だから、これは『試作品』と言ったとこでしょうか 」


「仲郷? あぁ、もしかして先程孫策を取り押さえた男の子の事かしら? ウチの娘と歳が近い感じの? 」


「はい、私の従兄の一心兄さん、いえ、伯想さんの弟さんなんです。歳は十七歳、私より一つ上なんですよ 」


「あら……? もしかして貴女、今十六なのかしら? 」



 年齢の事に触れたのか、琥珀は興味深そうに桃香をまじまじと見詰めた。そんな彼女に桃香は思わずたじろいでしまうが、おどおどしながら答える。



「え、えぇと……三月ほど前に十六になりました 」


「まぁ、ウチの娘と同い年じゃない! 確か、玄徳ちゃんと言ったわね。それで、貴女にお父様やお母様はいらっしゃるのかしら? 」



 段々と琥珀の目がキラキラし始め、言葉も熱を帯び始めてきた。それに対し、桃香は顔を引きつかせると、この女性に別の意味での『恐怖心』を抱き始める。



「え、えぇと……お父さんとお母さんは、もういません。私が子供の頃に二人とも死んじゃいましたから……で、でも、今では伯想兄さんに仲郷さん、そして皆がいますから大丈夫ですけど…… 」



 すると、琥珀は顔をクシャッと歪めて涙を流し始め、そして桃香をいきなり抱き寄せた。



「何て、健気な娘なのかしら……両親を失って寂しかったでしょう? 貴女を見ていると、何だか昔の自分を思い出してくるのよ……雰囲気も当時の私に良く似ているし…… 」


「むっ、むぐむぐむぅ~~!! 」



 我が子を慈しむように、琥珀は桃香に愛情のこもった抱擁をする。一方、桃香は自分と同じか、それより大きい彼女の胸に顔をうずめる形になり、息苦しさに耐えかねて手足をばたつかせる始末だ。



「嘘吐くなよ……母様が玄徳に似てるって? そんな訳無いだろ。さっきから玄徳を見ていたけど、とてもじゃないが似てるとは思えないし? 」


「うんうん、たんぽぽもそう思うなー? 伯母様、玄徳さんのようにホンワカしてないもの。強いて言うなら似てるのは胸の大きさだけなんじゃないの~? 」 



 少し離れた所で、場を茶化すように翠と蒲公英がぼやく。翠は半目で琥珀に刺々しい視線を送り、蒲公英は口に手を当てながらクスクスと笑い声を上げていた。



「……フッ! 」



 桃香を抱きしめた姿勢のまま、琥珀が右手をかざして『何か』を弾き飛ばすと、それはビシッと大きな音を立てて、馬超と馬岱の頭にそれぞれ命中する。次の瞬間、二人は頭を両手で押さえてうずくまっていた。



「☆○▲◇×~~!! 」


「◎■×▲☆~~!! 」


「ハァ~~ッ……お二人とも、陰口を叩かれるのなら、誰もいないところで言うべきだと思いますが? 」



 完全に呆れ顔の鷹那が、長い溜息の後に、未だに痛みでうずくまってる二人を窘める。翠と蒲公英の足元にはそれぞれ五銖銭がコロンと音を立てて転がっていた。



「まったく、無駄口叩く暇があったら、二人とも玄徳ちゃんを少しは見習って、家庭的な面も学ぶべきなのに……あら? どうしたのかしら? 玄徳ちゃん? もしもーし? 」


「…… 」



 『聞こえてたぞ! 』と言わんばかりに琥珀が二人に言うと、再び自分の胸に抱き寄せている桃香に視線を戻す。然し、当の彼女は琥珀の胸の谷間で窒息状態に陥っていたのか、彼女の呼びかけにも応じず、力なく手足をプランとさせていた。



「あうぅ~、死ぬかと思っちゃいましたよぉ~ 」


「ごめんなさいね、玄徳ちゃんの家庭の事情聞かされちゃったら、急に抱きしめたくなってしまったのよ 」

  


 あの後、鷹那が直ぐに桃香を琥珀から引き離して、活を入れると、桃香は息を吹き返す。桃香は青い顔で茶を飲んでおり、隣の琥珀は苦笑いを浮かべながら彼女に頭を下げていた。



「ふぅ~ん、馬騰、今回貴女がここに来たのは照世達を召抱える積りだったのね? 」



 琥珀に対する敵対心を解かぬまま、雪蓮が不機嫌そうな顔で言葉を発する。対する琥珀も、露骨にしかめた顔を雪蓮に向けた。



「あら……そう言う貴女も、『幽州の三賢人』の噂を聞いてここに来たと思ったのだけれど? おまけに妹姫と家来を連れてくるだなんて、ウチと同じ目論見なのかしら? 」



 すると、雪蓮は琥珀をあざ笑うかのように、顔を砕けさせてこう言い放つ。



「笑わせないでよ……照世達の存在はこの村に来てから知ったばかりだし。それにウチは『馬家と違って』、人材はそれなりに揃ってるから 」



 彼女の言葉にカチンと来るものがあったのだろうか、琥珀は眉をひそめる。鷹那、翠、蒲公英の三人も一斉に雪蓮を睨み始めた。蓮華と明命はどうすればよいのか判らず、雪蓮の後ろであたふたするばかりである。



「成る程……どうやら、四年の間に体つきを女らしくしただけではなく、相手を怒らせる言葉も学んできたようね……長沙の孺子…… 」



 顔を引きつらせて、琥珀が雪蓮に返した言葉が火種になったのか、彼女は眉を思いっきり吊り上げる。蓮華と明命が身振り手振りでやめるよう雪蓮に訴えかけるが、当の彼女はお構い無しであった。



「判ってるみたいじゃない……私だって四年も経てば色々と学ぶものよ? それと、私は今十九よ? 孺子と呼ばれる歳じゃないわ。あ、でも貴女の様な『年増』から見たら孺子かしらね? 私って若くってピチピチしてるから♪ 」


「ふ、ふふふふふ……鷹那、『棺』を用意しておいて頂戴。無論、『孫策』の躯を入れる為のをね…… 」


「蓮華、明命。今すぐ村の人間にお金を弾んで棺を作らせて頂戴。今から馬騰を亡骸にして西涼に叩き返してやるから…… 」



 正に、二人の間には、一触即発の険悪な空気が流れている。それぞれの家の者は互いの主に何とも言えない複雑な表情を向けており、義雷と桃香はどうしたものかと義兄である一心を窺っていた。



「二人とも、それまで 」



 それまで、黙ってやり取りを見守っていた一心が重々しく口を開くと、この場にいた者全てが一斉に彼を見る。彼の毅然とした態度や言葉には重みと威厳が感じられた。



「どうやら、二人の間には何か因縁があると思われた。だが、ここは戦場(いくさば)ではなく、それぞれの力が及ぶ武威でも長沙でもない。戦を嫌う人々が互いに協力し合って生活する場所なのだ。馬寿成殿、そして雪蓮……第一、今のお二人はこの家の客人ではないか、客人同士が家の者達の意向に沿わぬ事をして何になる? 」


「う……確かにそうね、一心の言う通りだわ 」


「伯想殿の仰る事はごもっともね。どうやら、私もとんだ心得違いをしていたようだわ…… 」



 一心の言葉に、雪蓮と琥珀は気まずそうな顔で首肯する。それを見て彼は更に話を続けた。



「ならば、ここでは互いの私情を挟むのは止め、この家の仕来りに従って頂こう。それが出来ぬのであれば、即刻この村から立ち去って頂くが、如何か? 」



 そう言い終えて、一心がキリッと引き締めた顔をそれぞれに向ける。すると、琥珀と雪蓮は改めて冷静になったのか、それぞれ神妙な面持ちで互いに頭を下げた。



「一時休戦ね、馬騰。自分が惚れた男に嫌われるの嫌だし…… 」


「ええ、私達は客人同士。なら、ここの仕来りに従いましょう。私もここの人達との縁を台無しにしたくないわ 」



 二人はそう言うと握手を交わし、一時休戦の意を示す。すると、この部屋にいた者全てが、一心に拍手を送った。



「さっすが、一心兄さん! いざと言う時は頼りになるよね! 」


「流石は兄者だぜ! 俺ァ、兄者に惚れ直しちまったよ! 」


「お見事だわ、一心さん。母様や冥琳達以外で姉様を納得させる人ってそうそういないのよ? 」


「一心様は、お凄いのです! 桃香様や一刀様を始めとした沢山の方に慕われているのも納得いくのです! 」


「凄いな、あんた。『あの』母様を納得させる奴なんて、中々いないんだぞ? 」


「おじさん、すっごいねぇ~! 伯母様達に言う事聞かせるだなんて! たんぽぽびっくりしちゃったよ! 」


「最初は只の田舎のごろつきかと思いましたが……お見事です。この龐令明、主公を納得させた方を久し振りに見ました 」



 皆、それぞれの言葉で一心に賞賛の嵐を送るが、当の本人はいつものくだけた表情に戻すと、いかにもめんどくさげに頭をボリボリとかく。



「あんまし、褒めんなよぉ~。おいらは硬ッ苦しいの苦手なんだし、おまけに、これやると只でさえ疲れるんだしなぁ……あー、肩こったぜ 」



 彼はそうぼやくと、本当に疲れ切った風で自分の肩を叩く仕草をする。そんな彼の姿は、思わず周囲にいた者達の失笑を誘った。



「あ、兄上~、只今戻りましたぁ~! 松花の所で酒を買ってきましたよぉ~! 」



 そう、疲れ交じりの大声と共に、酒の入った大きな瓶を担いだ一刀が入ってきた。彼はあの後一心に金を渡され、簡雍こと松花の家に酒を買いに行かされていたのである。壊さないようゆっくりとそれを床に置くと、『ドン』と重そうな音が部屋中に響き渡った。



「お、一刀、悪ぃな。どれ、桃香、一刀! こう言う時は酒盛りして仲直りてぇのがウチの『仕来り』だったよなぁ? 」


「へ? え、えーと…… 」


「え? そんな仕来りあったっけ? 」



 いきなり一心に話を振られ、目を白黒させた二人であったが、彼が何か自分達に目配せを送ってきたのに気付く。すると、二人は満面の笑みで頷き返した。



「うんっ! そうだよね、一心兄さん! 喧嘩をしたら仲直りの酒盛りをするのが劉家の仕来りだもん! 」


(一心兄さん、多分雪蓮さんと馬騰さんとのいざこざを何とかする積りなんだ…… )


「俺も忘れていた! 喧嘩したら酒を飲んで仲直りするのに限るってね! こんな素敵な仕来りを決めてくれたご先祖様に感謝だ! 」


(もしかして、これが照世さんの考えた『策』なのか? 上手く行けばいいんだけどなぁ )


「よしっ! それじゃおっ始めるぞ! 金はおいらが持つ! 酒が無くなったら松花ンちに行って追加分買って来い! 」


(流石はおいらの妹と弟だ……上手く呼吸を合わせてくれたぜ。ありがとな )



 一心は、空気を読んでくれた一刀と桃香に心の中で感謝しながらも、酒の入った大瓶の蓋を開ける。すると、辺り一面を酒の匂いが包み込んだ。



「ふぅ~ん、これがこの家の『仲直り』の仕方なんだ? それじゃ、早速仲直りをしたいところね 」


「あら……仲直りの手段が酒盛りとは、随分粋な計らいね? 私もご相伴にあやかりましょう……幽州の酒がどのような味か知りたいし 」



 雪蓮と琥珀はそれぞれ目を細め、瓶の中から甘い芳香を放つ酒に情熱的な視線を送る。既に、二人はこれを飲んでみたい衝動に駆られていた。



「はぁ~い、皆さん。お待たせ致しましたわ 」



 明るい声と共に、紫苑が大皿に載せた焼いた猪の肉を始めとした、大小様々な料理を運んでくる。それらは見る者全てが唾を飲み込む程の匂いを放っていた。



「どぉれ、今日は西涼からの客人達と、長沙の客人達を交えての宴会だ! 全員呼んで馬鹿騒ぎするぞ! 皆杯を持て! ※4干杯(カンペイ)!! 」



 そう叫ぶと、一心は自分の仲間や、追加の酒を持って来させた松花をも交え、馬家と孫家への改めたもてなしと、琥珀と雪蓮の仲直りを兼ねた酒盛りを始める。


 それぞれ、初見の者同士で自己紹介をしあったり、中には意気投合したのか真名まで預けたりするのも出てきた。


 琥珀と雪蓮の二人の間はと言うと、最初は何気なく気まずそうな雰囲気であったが、それぞれ酌をしたり、返杯をする事によって、徐々にではあるが、刺々しい雰囲気は少し薄れてきた。


 そんな中、一刀が琥珀に酌をするべく、酒器を携えて彼女の前に現れる。一刀は馬一族の面々も女性だった事に驚いていたのと同時に、どんな人物か直接話をして見たい衝動もあったのだ。



「どうぞ、馬寿成様。遠路遥々お疲れでしょう。今宵は一献傾け、旅の疲れを癒して下さい 」



 照世・喜楽・道信の三人から、散々礼儀作法や適切な口上を叩き込まれた成果が発揮されたのか、一刀が琥珀に酌をする姿は実に様になっている。琥珀はそんな若い彼の酌を受け、満更でも無い笑みを浮かべた。



「まぁ、お見事ね。キチンと礼儀を弁えてるし……ところで、貴方が玄徳ちゃんが話していた仲郷殿かしら? 」


「はい、私の姓は『劉』、名は『北』、字は『仲郷』です。以後お見知り置き頂ければ、嬉しく存じ上げます 」


「そう……。で、貴方から見てどうかしら? 私の娘達は? 」


「は? 」



 彼女からのいきなりの問い掛けに、一刀が思わず呆気に取られると、それが面白くなかったのか琥珀は唇を尖らせる。



「だーかーら、あの娘達よ。ウチの孟起と馬岱 」



 少し品が無く、彼女が顎で指した方を見てみれば、酒器の注ぎ口に直接口付け、取っ手を掴んで酒をラッパ飲みする翠と酒よりも料理に夢中になってる蒲公英の姿が一刀の視界に入る。そんな彼女達の姿に、思わず一刀は顔を引きつらせてしまった。



「あの女……もう少し上品に酒を飲めないのか!? 西涼女の品位が問われるぞ!! 俺とてあんな風に酒を飲んだ事は無いのに、全く…… 」


「兄上……もう、やめましょう。幾ら我等がぼやいたとこで無駄だというものですよ……。然し、あの娘も、もう少し上品に食べられないものか。はぁ~ッ、西涼の女はもう少し慎み深いというのに…… 」



 余談であるが、そんな二人の隣では、壮雄と固生がいかにも『面白くない』顔で不貞腐れたように酒盃を傾ける。



「え、ええと……お二人とも寿成様に似て大変お美しいと思います。孟起様は寿成様に大変似ておられますから、将来は西涼一の美貌を持った将軍になられるでしょう。馬岱様はまだ幼く見えますが、磨けばもっと美しくなられるかと…… 」



 何とか、上手く言えないものだろうかと判断して、一刀は自分で思いつく限りの美辞麗句を並び立てた。すると、琥珀はそんな一刀の姿が滑稽に見えたのか、腹を抱えて笑いを押し殺す。



「ふ、ふふっ、無理しなくってもいいのよ? 親の私が自覚しているもの。娘達には幼い頃から武一辺倒で育て上げてしまったから、今一つ女らしさを教えていなかったのよね 」


「あ、でも、それはキチンと教えてあげれば、自然と身につきますよ。正直な感想ですが、間違いなくお二人とも将来美人になりますよ 」


「ふむ……それは嬉しい事を言ってくれるわね、仲郷殿。ところで……確か、貴方今十七歳だそうね? 玄徳ちゃんから聞かされたけど? 」


「はい、私は現在十七です 」



 琥珀は目を細め、興味深げに一刀を見る。次の瞬間、彼女が放った言葉は場にいた者全員を凍りつかせた。



「ねぇ、貴方……良かったら、ウチの翠……いえ、孟起の夫にならないかしら? 」


「……はぁ? 」


「へ? 」


「なっ、何ですって!? 」


「ブーーーッ!! 」


「え? 」



 合点がつかめなかった一刀が間抜けな顔になれば、桃香は思わず絶句し、蓮華は顔を真っ赤にして声を上げる。翠は盛大に酒を噴き出し、蒲公英は箸をポトリと落としてしまった。



「あらあら、何だか面白くなってきたんじゃない? 」



 いつの間にか一心の隣で座っていた雪蓮が、彼にもたりかかりながら意地の悪い笑みを浮かべて酒盃を傾ける。一方の一心は怪訝そうに眉をしかめていた。



「面白いって、雪蓮……蓮華ちゃんの味方じゃねぇのか? 第一おめぇさんは姉貴だろうがよ? 」


「あら、この前も話したけど、それは当人同士で決めりゃいいのよ。それに蓮華も孫家の姫なんだし、馬家の姫に遅れ取ったんじゃあの娘に一刀を旦那にする資格なんか無いわね? 」


「おいおい、随分手厳しいンだなぁ? 」


「そう言う一心だって、桃香を助けないのかしら? 」


「そうさなぁ……、ま、当人同士に任せるさ。こんなんで一々しゃしゃり出たんじゃかなわねぇしな。それよりも、雪蓮。馬騰のとこに行かなくっていいのか? これはおめぇさん等の為にやってんだぞ? 」



 言葉とは裏腹に、一心は自分にしなだれかかる雪蓮に満更でもない笑みを浮かべた。



「判ってるわよ、わざわざ気を使ってくれたんでしょ? だけど、もう少し……ね? だってぇ、惚れた男のそばで甘えていたいんだもん♪ 」


「やれやれ、とんだ甘えん坊だな……おめぇさんはよ 」


「ふふん♪ 」



 そうぼやいてみせると、一心は彼女の肩に手をやると自分の方に抱き寄せる。雪蓮は、そんな彼の嬉しい不意打ちに満足げに目を閉じると、何も言わずに彼の胸に自分の頭を預けた。



「ゲホッ、ゲホッ!! ゼェッ、ハァッ……か、母様、言って良い事と悪い事があるぞ!? 何で、あたしがこんな青瓢箪(あおびょうたん)なんかと結婚しなきゃなんないんだよ!! 」



 一方、酒を盛大に噴き出した影響で、むせ込んでしまった馬超こと翠。彼女は目を吊り上げて琥珀に詰め寄ると、顔を真っ赤にしながら一刀を指差す。


 一刀はそんな彼女から実に失礼な真似をされてはいたものの、この場合は仕方がないと判断して、何も言わずにただ苦笑いを浮かべるだけにした。



「あら? 嫌なのかしら、翠? 貴女や蒲公英だけでなく、子供達は皆武一辺倒で育ててしまったし、同年代の男友達も作らなかったしね。この際だから、ここで学問を学ぶと同時に、結婚とは言わないけど、仲郷殿と仲良くなってみてはどうかしら? 年齢も貴女と一歳しか違わないし、丁度釣りあうじゃない? 」



 それに対し、琥珀は悪びれもせずに、しれっとした態度で悠々と酒盃を傾ける。彼女の顔はほんのりと紅く染まっていた。



「冗談じゃないぞ! 見たとこコイツ弱そうだし、あたしは自分より弱い男は願い下げだからなッ!! 」


(あはははは……確かに『西涼の錦馬超』と比較したら、話にならないしなぁ…… )


「ちょっと待ってください、孟起さんっ! 一刀さんは弱くありません! 」


「馬孟起殿っ! 涼州きっての名家である馬家の姫とは言えども、今の一刀に対する暴言は聞き捨てなら無いっ! 貴女の方こそ言って良い事と悪い事があるわッ! 」



 翠の激昂を他所に、一刀は自分自身と言う人間を理解しているようで、敢えてだんまりを決め込む。すると、今度は桃香と蓮華が黙っていない。二人はそれぞれ柳眉を吊り上げると、彼女に詰め寄った。



「え、何であんた達が怒るんだ!? 」


「あらあら…… 」



 意外な人物からの横槍を受け、思わず翠はうろたえてしまい、琥珀は面白そうな顔でそのやり取りを眺める。



「一刀さんは青瓢箪でも、『うらなり』でも『根性無しの度ヘタレ』でもありません! 一刀さんは強い人です! 私の兄さんの仲間の人達と、最近『互角にやりあえる』ようになってきたんですよっ!! 」 


「そうよ、桃香の言う通りだわ! 一刀は『衆道』でも、『閨の上だけ女に強い』訳でも無いし、『女を欲望のはけ口にしか見てない』人間でもないのよ!? 彼の強さは『本物の領域』に入ってるわ! 人を見かけだけで判断するのはどうかしら!? 」


「ちょっ、ちょっと……何だかあんた達の方が酷い事言ってないか? 」


(何だかフォローされてるのかけなされてるのか判らない弁護だなぁ…… )



 恐らく、多少なりに飲んでいた酒の力もあったのだろう。顔を真っ赤にしながら、二人は一刀を弁護するものの、その内容の酷さは一刀と翠に複雑な表情をさせるのに十分な効果があった。



「どうやら、玄徳ちゃんと孫家の妹姫は仲郷殿にお熱を上げているようだけど……彼とは一体どういう関係なのかしら? 」



 顔をにやけさせながら、琥珀が桃香と蓮華に問いかける。すると、二人の出した答えはこの場にいた者全員をびっくりさせるのに十分な効果があった。



「私は、一刀さんと恋人同士ですッ!! いずれは一刀さんと添い遂げて幸せな家庭を作るんだからッ!! 」


「一刀は私の将来の『夫』よっ!! 彼を無理矢理にでも長沙に連れ帰って、母様や皆に認めさせて祝言を挙げる積りなんだからッ!! 」


「なっ、恋人と将来の夫だって!? 女二人はべらすなんて、

コイツはどれだけ※5『色情色情魔神スゥチンスゥチンモゥシェン』なんだよッ!?  」



 顔を真っ赤にして翠が一刀を指差して絶叫すれば、



「あらまぁ……仲郷殿はまだ若いのに随分と『お盛ん』なようね? それなら、翠を三人目にか……悪くないわね、それ。仲郷殿の様な若者なら良い血を馬家に入れてくれそうだわ。翠が学問を修めた暁には、当家の婿として一緒に武威に来てもらおうかしら? 」



 琥珀は大仰な仕草を交えて、わざとらしく煽り、



「翠姉さまご婚約おっめでとぅ~! それじゃ、仲郷さんはたんぽぽのお兄様って事になるのかな? 仲郷兄様、たんぽぽ、真名を教えるから仲郷兄様も真名を教えて~! 」



 蒲公英もニヤニヤと笑いながら茶々を入れ、



「翠姫様、ご婚約おめでとう御座います。いずれは仲郷殿との間に馬家の跡継ぎを産んで頂きたく思いますが、それは西涼に戻り、祝言を挙げるまではなさらないで下さいませ 」



 止めといわんばかりに、いつもの表情で鷹那がグッと親指を立てる。



「※○▲■↑◎~~~!! 」



 真っ赤な顔で目をグルグルと回し、両手で頭をかきむしると、翠は声にならぬ叫びを上げた。



「寿、寿成さん! 一刀さんを西涼に連れてくって、どういう意味なんですかッ!? 」


「そ、そうよっ、桃香の言う通りだわッ!! 馬寿成殿! 私から一刀を取り上げるという事は、正に孫家に喧嘩を売るのと等しき行為です!! 」


「どうも何も、言葉の通りよ? 見たところ、彼は中々出来た若者のようだし、ウチの孟起がキチンと学問を修めたら、彼と一緒に西涼に戻ってきてもらおうと今決めたのよ? 」


「だぁ~~っ!! もう、わけがわかんない!! ここへは母様の付き添いで来ただけなのに、何でいつの間にか学問や変な奴との婚約の話になってんだー!! 」


「翠姉さま、諦めようよ。伯母様、一度決めたら絶対曲げない人だしね~? 」


「翠姫様。残念ですが、お諦め下さい。琥珀様の人を見る目は確かです。琥珀様がお認めになったという事は、仲郷殿は一角の人物である証といえましょう 」



 一刀は、今自分の目の前で行われているこのやり取りに、正直ついてこれなくなっていた。何が何だか訳がわからないし、兎に角誰かに何とかして欲しい。何で自分の様な奴を巡ってこんな話になるのかと、助けを求めるかのように周囲を見回す。然し、周囲の連中の殆どが自分たちの事に構いっきりだ。


 頼りになる兄一心は雪蓮と甘い雰囲気をかもし出しているし、義雲は紫苑親子と共に妙な家族の団欒を作っている。義雷は上機嫌で酒盃を傾けており、明命は嬉々とした表情で彼に酌をしていた。


 雲昇は永盛の長ったらしい話に黙って耳を傾けており、只相鎚を打つだけであったし、壮雄と固生は自棄酒といわんばかりに速い速度で杯を重ねていく。


 喜楽は本当に美味そうな表情で悠々と酒盃を傾けているし、道信は松花と何か話し込んでるのか二人の世界を作っており、こちらが話しかけても全然応じてくれなかった。


 そんな中、一刀の視線が一人の人物に止まる。彼の姓は『諸葛』、名は『瞭』、字は『然明』、真名を『照世』といった。居ても立っても居られなくなった一刀は、迷わず彼に助けを求める。



「しょ、照世さんっ! 」


「おや……ご舎弟様いかがされましたかな? 」



 一刀の取り乱しようを見ても、当の照世はいつものように涼しげな顔のままだ。



「『いかがされましたかな? 』って、酒盛りを考えたのは照世さんなんでしょ? だったら、アレ何とかしてよ!! 雪蓮さんと馬騰さんを仲直りさせる為に目論んだんだと思うけど、いつの間にか俺が肴になってるんですよ!? このままじゃ、場が余計混乱するだけだ!! 」


「まぁまぁ、先ずは水でも飲んで気を取り直して下され 」


「……あ、ありがとうございます 」



 涼やかに笑みを浮かべ、照世は彼に杯を手渡す。それを手に取り、一刀が一気にそれを傾けると、白羽扇越しで照世はにやりと意地悪く笑みを浮かべた。



「……!? こっ、これは……酒ぇ!? それも、めっちゃキツい!! 」


「ご名答ですな、それは酒は酒でも特に強い※6『白酒(パイチュウ)』にて御座います。錯乱していると、人は冷静な判断を欠いてしまうものです。普段なら匂いで『酒』と気付く物でも、『水』とこちらが先入観を与えてしまえば、迷わず『水』と思い込んでしまいますからな。ご舎弟殿はもう少し冷静な判断力と、『機に臨んで変に応じる』術を身に付けられた方が宜しゅう御座いますな? 」


「おっ、おのれェ!! 謀ったな照世!! 」


「はっはっは、ご舎弟様。努々(ゆめゆめ)ご油断成されますな…… 」



 どこかで聞いたような台詞を口に出して、一刀が照世を恨みがましく睨みつければ、対する彼は悠々と高らかに笑い上げる。然し、騙されたとはいえ強い酒を飲まされた影響か、一刀は自分の意識が段々と朦朧していくのが判る。


 薄れ行く意識の中、おぼろげに一刀が見た光景は桃香、蓮華、翠、そして蒲公英の四人が、何か『ヨヨイのヨイ! 』と声高に叫びながらじゃんけんみたいなものに興じて、負けた方が服を脱いでくものであった……。



「何だか、馬鹿馬鹿しいわね。お酒飲んで馬鹿騒ぎしていたら、さっきまでのアンタに対する個人的恨みが馬鹿馬鹿しく思えてきたわ 」


「フフッ、私も同感ね。こんなに馬鹿騒ぎしたのは久し振りだわ。お互いいがみ合っていても、こうしてお酒を飲んで馬鹿騒ぎしてしまうと、何だかちっぽけなものに思えるんですもの 」



 あれからどれ位経ったのだろうか、居間の灯りも既に消えており、沢山居た面子も自分の家に帰ったか、或いはその場で雑魚寝を決め込んでいた。雪蓮と琥珀は差し向かいで酒を飲んでおり、お互い穏やかな笑みを浮かべている。一心は壁にもたれかかって眠り込んでおり、雪蓮は彼に自分の長衣を上掛け代わりにそっとかけてあげた。


 最後まで酔った素振りを見せなかった鷹那は、雑魚寝を決めこんでいた者達に対して律儀に上掛けをかけて回り、最後は琥珀に一礼して、休むべく宛がわれた部屋へと引き上げていった。



「それにしても、アンタの娘さん達、あんまりお酒強くないんじゃない? 」


「そう言う貴女の妹もあんまり強くないわね? 」



 雪蓮と琥珀がチラッととある方を見てみれば、桃香、蓮華、翠、そして蒲公英の四人が丸裸にひん剥かれた状態で雑魚寝を決め込んでおり、彼女等の上には上掛けがかけられていた。悲惨な事に、一刀もいつの間にか丸裸にひん剥かされており、おまけに彼女等の下敷きになっている有様で、時折苦悶の表情でうめき声を上げている。


 一刀が丁度酔い潰れかける頃、完全に酔っ払っていた桃香は、決着をつけるべく一心に教えてもらった『拳遊び』を真似始めたのだ。この『拳遊び』であるが、元は一刀が一心に教えた、現代で言うところの『野球拳』である。


 これには負けた方が衣服を脱ぐという罰則があると聞かされたので、好色な一心は一刀にやり方を全部聞き、後は自分流に今の時代に合わせて独自の編集を加えた。悪運だけは十人分の彼はこれで連戦連勝し、幽州中で評判の娼婦達を次々と丸裸にしたという逸話があるが、これは余談である。



『戦を~すぅ~るならぁ~こぉ~んな風にしやさんせ~♪ 勝ち! 負け! ヨヨイのヨイ! 』



 こんな感じで桃香達はそれをやった結果、最初に翠が丸裸にされてしまい、次に蒲公英が、そして蓮華が丸裸にされてしまう始末。興味を示した雪蓮が桃香に挑戦すると、雪蓮はお得意の勘を働かせて、桃香を完全に丸裸にしてしまった。その頃になると、お遊びに興じていた四人に完全に酒が回ってしまい、彼女等は全員床の上で雑魚寝を始めてしまったのである。




「まぁね、蓮華……仲謀はそんなにお酒強くないから。それにしても、一刀ったら随分と羨ましい目に遭ってるわね? 若い娘四人と全裸で大密着……、目を覚ました時の反応が楽しみだわ♪ 」


「貴女……随分と悪趣味よね? 確か酔い潰れた仲郷殿を丸裸にひん剥いたのは貴女ではなかったかしら? 」


 

 大仕事をやり遂げた雪蓮はニヤリと意地悪く笑ってみせると、琥珀は眉をひそめた。だが、対する雪蓮はそんな彼女に思わず呆れ顔になる。



「そう言うアンタだって、一刀の裸を興味深げに『全部』見たじゃない? 無論『アレ』もね♪ 」


「そうね……翠が『弱い男はお断り』だと声を大にして叫んでいたから、どれだけ鍛えてあるのか確かめてみたかったのよ。彼、随分と鍛えこまれた良い体をしているわね。実力は翠に及ぶかどうかは判らないけど、彼なら良い戦働きをしてくれそうだし、それと、彼の『アレ』なら、良い子種を翠に注いでくれそうよ 」


「奇遇ね、そこら辺は私も同意見。一刀はたったの三ヶ月でここまでの領域に達したって明命……周泰の事ね。彼女が話してくれたわ……見たとこアレの凄さも兄弟お揃いみたいだしね。一刀なら良い血を蓮華に、そして孫家にもたらしてくれると思ってるわ 」


「まぁ? たったの三月でアレだけの『モノ』になったと? 」


「そっ、たったの三月で……そう言えば母様も言っていたわ、『一生懸命努力する人は、少し経っただけで別人のように見違える。だから刮目しないと駄目だ 』ってね 」



 二人の会話は、ごく一部がとても強調されており、聞き様によっては実に誤解を招きそうにも思える。然し、雪蓮が母親の事を口に出した瞬間琥珀は目を細めた。



「母様ね……伯符殿、文台殿は息災かしら? 」


「え? ええ、殺しても死なない人だし、嫡子の私や次子の蓮華が家を三月以上出ていても全然気に留めない人だしね 」



 そうぼやいて、雪蓮が肩を竦めて見せると、琥珀はフッと口角を吊り上げる。



「彼女と私は似た境遇だわ……若い頃に夫を喪い、女手一つで子供達を育て上げ、そして家を支える……これがどんなに大変なものかお判りかしら? 」


「判るわよ、正直私達の世話は侍女や、側近たちがしてくれたんだから。あの頃の母様、私達に目を向ける暇が無いくらい忙しかったわ。ようやく母様が自分の時間が持てるようになって、じっくりと面倒を見れるようになったのは次女の蓮華より下の三人の妹達だけだったのよ? 長女の私と次女の蓮華にとっては今でも厳しい母親だけどね 」



 雪蓮が空になった杯を眺めながら語ると、琥珀は黙って酒器を掲げて彼女に酒を注ぐ。思わぬ彼女の行動に雪蓮は驚いてしまった。



「フフッ、貴女も貴女なりに事情があったのね。私もね……翠、いえ孟起達には不憫な思いをさせてきたと自覚しているし、何だか自分と文台殿が重なって見えてくるわ。と言うわけで、仲直りの印よ? 受けてくれるかしら? 」



 すると、雪蓮は無邪気に笑って見せる。彼女は何も言わずにそれを一気に傾けると、今度は雪蓮が琥珀の杯に酒を注いだ。



「これが、私の答えよ? 馬寿成殿。私の方も受けてくれるかしら? こんな素敵な仲直りを考えてくれた、私の将来の夫とその軍師に感謝ね♪ 」



 琥珀も本心からの笑みを浮かべてみせると、彼女も黙ってそれを一気に煽り、杯を逆さにして一滴も酒が残ってないという事を雪蓮に見せてみた。



「これが私の答えだわ、孫伯符殿……。これからは仲良くやって行きたいものね? 」


「それは私も同感ね。それじゃ、これから宜しくお願いしちゃおうかしら? 」


「出来れば、今度は貴女の母上ともじっくり話をしてみたいわね……『江東の虎』と呼ばれし孫文台、物凄く興味があるのよ 」


「今の話母様にしたら、きっと物凄く喜ぶと思うわ。あの涼州の戦の時、母様は黄蓋を始めとした側近達に止められていたけど、貴女と一騎打ちをしたがってたのよ? 」


「あらあら……今だと正直あんまりやり合いたくないわね。もう少しで私も四十だし、最近は肩も直ぐこるようになってきたわ……ハァ~ 」



 すると、雪蓮は忽ち驚いてしまい、思わず声を上げてしまう。



「よ、四十ぅ!? どう見ても二十代半ばにしか見えないんだけど!? ウチの母様だって三十七なのに結構若く見えるし……どれだけ若作りしてるのよっ!? 」


「人の歳を大声で言わないでもらえるかしら? 只でさえこの家には若い男が多いんだし、あんまり知られたくないのよ 」


「あ、あはは。ご、ゴメンなさいね。今の貴女の顔、歳の事を聞かれて怒る母様に物凄くそっくりだったわ 」

 


 そんな彼女の反応が気に触ったのか、琥珀は眉をしかめて雪蓮を睨みつけると、彼女は苦笑交じりで頭を下げた。



「『琥珀』よ……私の真名。私を呼ぶ時は『琥珀』と呼んで頂戴 」



 雪蓮が頭を上げると、琥珀が真剣な表情で自分を真っ直ぐ見ている。そして、彼女は自分に真名を預けたのだ。雪蓮は一瞬うろたえるものの、意を決したのか、表情を真剣なものに改めて彼女を真っ直ぐ見つめ返した。



「『雪蓮』……私の真名。私の事も『雪蓮』と呼んで貰えるかしら? 琥珀殿 」


「ありがとう、雪蓮……私も貴女の様な娘が欲しかったわねぇ……あの人との間に三人の娘を儲けたけど、誰一人としてあの人に似なかったし、雪蓮の様に知勇を兼ね備えた娘が欲しかったわ。文台殿が羨ましいわね 」


「その台詞、母様に言ったら同じ事を言うかもよ? 孟起殿の様な強い娘が欲しかったとか言いそうだもの 」



 そして、二人は穏やかに笑い声を上げた。この後二人は何気ない雑談から、統治の仕方や戦の手法等を話題に語り合いながら延々と酒を飲み、終いには二人とも卓の上に突っ伏して寝息を立てていた。


 そして翌朝になり、目が覚めたのか、丸裸にひん剥かれた五人の男女の悲鳴が家中に響き渡り、一騒動が起こる。桃香と蓮華は一刀にお手つきをされたものだと勘違いして『責任を取れ』と迫ってくるし、蒲公英は顔をにやけさせて『お兄様ったら激しいんだもん♪』と火に油を注ぐような嘘を平然と語り、遂には激怒した翠が丸裸のまま得物を手に取り、憤怒の形相で一刀を睨みつける。



「こっ、このっ、好色(すけべい)野郎がぁ……よくもあたしの純潔を穢してくれたな!! こうなったらあたしの槍で『ソレ』を切り落としてやる!! 覚悟しろ!! 」


「じょっ、冗談じゃない!! 童貞の内から男を捨ててたまるかよっ!! 」


「あっ、こらっ!! 待ちやがれ!! 」


「あっ、一刀さん!? 」


「一刀!? 」


「あ、お兄様、翠姉さま~! 」



 この日、楼桑村は朝から村中騒然となった。なんせ裸の男女が村中で追いかけっこを演じていたからである。鬼の形相で槍を振り回しながら丸裸で追いかける翠の姿に村人たちは恐怖し、『鬼が現れたぞ~! 』と声高に叫ぶと、仕事を放り出して家の中に閉じこもってしまった。


 一方、桃香達も自分が裸である事も忘れて一刀達を追いかけたのだが、運が良かったのだろうか。それを家の中から覗き見た村人達は、それが彼女達とは全く気付かなかったらしく、『鬼の仲間』と思い込んでしまう。こうして、その日は一日中村の者達は誰も家から一歩も外に出なかった。


 その後、酔いから醒めた一心達が外の騒ぎに気付くと、一心はすぐさま義雲を筆頭とした六人の豪傑達に暴走した翠を取り押さえさせる。



「大人しくするが良い。お主のした行動で村人達がすっかり怯えきっているぞ 」


「ったく、テメェは何考えてんだよ!? 普通真っ裸で村ン中を得物片手で走り回るか? 」


「神妙になさい。貴女のした行動はお母上にも迷惑をかける事になります 」


「まったく……只でさえ儂等は二日酔い気味なんじゃ、大人しくせんかい……あー、イタタタタ 」


「馬孟起殿、名門馬家の姫君として恥ずかしくありませんか? 正直申し上げて、私達は物凄く恥ずかしい…… 」


「はっ、放せよッ! あたしはこの好色野郎をギッタギタにしてやんないと気がすまないんだぁッ!! 」


「……歯を食いしばれッ! 貴様の様な西涼女は、俺が修正してやるッ!! 」



 翠は思いっきりもがくものの、実に『イイ笑顔』をした壮雄から『強烈な一撃』を頭に噛まされると、彼女は完全に沈黙したのであった。


 雪蓮が間に入って何とか誤解を解いたものの、翠は一刀に対して警戒心を抱くようになってしまい、正直一刀は雪蓮を思いっきり恨みたかった。桃香と蓮華はあれから一刀を強烈に意識した行動を露骨にとるようになってきたし、蒲公英といえば『一刀お兄様♪』とじゃれるようになる始末だ。


 そんなこんなで約束の七日目に入り、馬家の者達は劉家や孫家の者達と気軽に真名で呼び合うようになっていた。そして、照世は約束の物を琥珀に手渡す。手渡された『それ』を見て、琥珀は驚きで目を見開いた。照世は一刀が現代からもたらした『鐙』と、自分と喜楽、そして道信の三人でしたためた『政の覚え書き』を一冊の書に纏めた物を琥珀に渡したのである。


 彼女は照世達に感謝すると何遍も頭を下げ、そして遂に西涼に戻るべく、鷹那と新たに家臣に加えた李恢の二人を引き連れて村を去ろうとした。彼女ら三人は、村の入り口で学問を学ぶべく村に残る翠と蒲公英を始めとした見送りを受ける。琥珀は翠と蒲公英をそっと抱き寄せると、二人は少し涙ぐんで琥珀を抱き返した。



「それじゃ、貴女達……しっかりと勉強して、自己の研鑽に励むのよ? 」


「わっ、判ってるよ、母様……そう言う母様だって無茶すんなよ? 母様最近病気しがちなんだしさ……それと、(ルオ)(ソウ)によろしく言っといてくれよ? あいつらまだまだ未熟なんだしさ…… 」


「伯母様、鶸ちゃんと蒼ちゃんによろしく言っといてね? あの二人も結構無茶したがるんだから…… 」



 二人は強がって見せるものの、涙声になっており、そして琥珀にしがみつくと大声で泣き始めた。琥珀は優しい母の顔で涙を流し、二人の感触を忘れたくないのか、更に強く抱き寄せる。その姿は、他の者達の涙を誘った。



「ちょっぴり、翠ちゃん達が羨ましいなぁ……私、お父さんもお母さんも子供の時に死んじゃってるから…… 」



 桃香は涙をぬぐいながら、別離を惜しむこの親子の姿に羨望の眼差しを向ける。すると、桃香の隣にいた一刀が、彼女の肩に手を置くと自分の所に抱き寄せた。



「あっ、一刀さん? 」


「大丈夫だよ、桃香には俺も居るし、兄上達も居る……だから、寂しかったらいつでも甘えていいんだよ? 」


「うんっ……ありがとう 」



 一刀が桃香に優しく微笑みかけると、桃香は自分の肩に置かれている彼の手に自分の手を添えると、そのまま彼にもたれかかった。



「…… 」


「あら? 蓮華、どうしたのっかなっ? 蓮華も一刀のそばで甘えたいんじゃない♪ 」



 甘い雰囲気を醸し出す二人に、蓮華は憮然とした表情を向けており、雪蓮はそんな妹を茶化すようにはやし立てる。だが、彼女はかぶりを振るとフッと薄く笑って見せた。



「構わないわ、今日位は桃香に譲ってあげる。考えてみれば桃香も一刀も両親が居ないんですもの…… 」


「おっ、流石は私の妹ね♪ 少しは成長したんじゃないの? 」


「もうっ、からかわないでよ姉様っ! 」


「あっ、お二人とも、喧嘩なさらないで下さい~! 」


 

 そんな孫姉妹のやり取りを他所に、翠と蒲公英を抱き寄せたままの琥珀が、真顔で一刀を真っ直ぐ見つめる。そして、彼女が放った言葉は衝撃的なものだった。



「一刀殿 」


「あっ、はいっ。何でしょうか、琥珀様? 」


「翠の事だけど……本気で考えていて頂戴。あの時は酒席の戯れだったけど、この七日間貴方の鍛錬する姿を見て本気で欲しくなってきたわ……何なら桃香ちゃんと一緒にウチに来てくれても構わないのよ? 」


「なっ……!? 」


「え、ええええ~~っ!? 」


「あっ、アレは冗談ではなかったの!? 」


「なっ、かっ、母様!? ※○▲■@×~~~!! 」


「それじゃ、たんぽぽは一刀お兄様のお妾さんになろうかなァ~? 正妻候補の桃香姉様に蓮華姉様も優しいし、仲良くなれそうだもん♪ 」


「フフッ、返事はゆっくりと待つから……それじゃ、翠、蒲公英、元気でね。皆さん、大変名残惜しゅう御座いますが、御機嫌よう。又会える日をこの馬寿成、心から楽しみにしているわ 」



 そう言うと、今度こそ琥珀は馬に跨ると、鷹那と李恢の二人を従え村を去っていった。風のように現れ、風のように去っていった馬寿成こと『琥珀』であったが、一刀達が彼女らと再会できたのはこの日以降かなり後日の事になってしまい、それは意外な形の再会であった事をこの時一刀達は予想もしていなかったのである。




※1:男色趣味の事。


※2:当時のお茶は高級品の一つ。雲南をルーツとし、四川から長江流域に広められた。華北で栽培されたのは、長江が開発されて流通経路が拡大された唐代以降の話。当時、華北で喫茶を楽しめたのは富裕層位のものであった。


※3:今作では、出回っている茶のイメージは黒茶(プーアル茶の事、雲南原産)や、青茶(烏龍茶の事で交州を原産とし、揚州で作られている)とする。


 現在中国で飲まれている茶の大半(七~八割)は緑茶であるが、若干日本茶と製法が異なる。中国茶に関しては、白茶、黄茶、紅茶、花茶(ジャスミン茶等)、ブレンド茶、茶葉を使わない茶(甜茶等)、蛾の幼虫に茶葉を食べさせ、その糞を利用した『虫糞茶(ちゅうふんちゃ)』という特殊な物が存在する。


※4:『乾杯』の事。中国では文字通り『杯を干す』という意味合いで『干杯』と言う。音頭の直後に、全員でその中身を一気に飲み干すのが礼儀だが、その直後に『随意(スイイー)』と付け加えれば、飲み干す必要はないので、そっちの方が喜ばれる事が多い。


※5:原作では、良く翠が一刀の事を『エロエロ魔神』とこき下ろしていたが、お遊びでそれを中国語訳にしてみた。余談だが、エロの語源は『エロティック』や『エロス』の略語。なので、恋姫で当たり前に使われてるのも変な話である。


※6:中国酒で一番歴史が古いのは、紹興酒や老酒に代表されるような『黄酒(ホワンチュウ)』で、紀元前四百年頃から存在していた。他にもビールやワインなども作られていたが、一般的に普及され始めたのはヨーロッパから技術が導入された近代以降の話である。


 白酒は歴史が比較的新しく、北斉の時代(550~577年)の頃に書かれた『北斉書』でそれに関する記述が残されていた。恋姫の時代は後漢末なので、白酒は本来は存在していないと思われるが、原作で祭がそれを飲む場面があったので存在している事とする。(原作ゲーム中では『白乾児パイカール』と表記されているが、白酒の中国東北部、山東省、四川省での方言である)




 ここまで読んでくださり、真に感謝いたします。


 前書きでも書きましたが、今回はモチベーションが下がり捲くり、執筆も全然捗りませんでした。おまけに操作ミスで一旦八割方まで書いた下書きがパー……正直投げ出したくなる衝動に一瞬駆られてしまいました。


 それでも、自分自身に喝を入れて、何とか死にもの狂いで話を練り直し、やっと今回の更新にこぎつく事が出来、今安堵しております。


 タイトルの「狂歓」は日本語で言うところの『馬鹿騒ぎ』です。自分なりに笑えそうなネタとかお色気ネタ……(下ネタですけどね)をばら撒いた積りです。


 今回で馬一族とのフラグっぽい物を入れてしまいましたが、馬騰のキャラを使うに当たり、山の上の人様の『西涼に落ちた天の御遣い』の琥珀様を借りた経緯があります。そこら辺を考慮して、馬一族のキャラクターをぞんざいに扱いたくないと言うのがありました。私自身、翠と蒲公英も結構好きなキャラなんで。(苦笑


 今回はグダグダでしたが、これからの展開の為にも、この部分も私にとっては必要な位置付けなのです。私は一つ一つ出来るだけ丁寧に書こうと思ってますので、どうしてもこうなってしまう事もあります。


 次回は少し時間を進めた所から始めようと思ってますので、どうか生暖かい目で見守ってつかぁさい!!(涙 第十一話でお会いしたく思います!!


 それでは、また~! 不識庵・裏でした~!!


 

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