第一話「出会い」
初めまして、不識庵・裏と申します。
真恋姫の中でも、アンチが結構多い蜀編で、元来の三国志演義の蜀の人物が現れたら? そんなイメージで作りました。基本の登場人物や設定は原作の物を使用しておりますが、話の内容や、人物の性格等は自分で考えた独自の物を用いておりますので、そう言うのが好きな方でも、苦手な方でも読んで頂ければ幸いです。
私にとりまして、今回が処女作です。何かと至らぬ点があるとは御座いますが、宜しくお願いいたします。
【注意】本作は原作通りの「一刀大ハーレム」ではありません。キャラによっては違う相手とのカップリングになっておりますので、それに対し深い抵抗感を感じる方にはお勧めできません。どうか悪しからずお願い致します。
(2011年5月4日追記)オリジナルキャラクター案は感想欄ではなく、メールにて伺わせて頂きます。不躾で勝手なお願いではありますが、どうかどうか皆々様方のご協力をお願い致します。
(2011年10月14日追記)本作を『昭烈異聞録シリーズ』としました。上に表示されております『昭烈異聞録シリーズ』をクリックして頂くと、本編と登場人物紹介のタイトルが表示されております。登場人物関連はそこを参照して下さい。
(2012年9月25日追記)本作は「小説家になろう」の他に「TINAMI」さんと「PIXIV」さんに掲載しております。これ以外のサイトで本作を見かけた場合は、それは完全な違法投稿ですので、見かけましたらご連絡ください。
「ここは……どこだ? 」
厳しい陽光が照り付ける荒野の中を、一人の少年が体をふらつかせながら、おぼつかない足取りで彷徨っていた。彼が着ている白い服は日の光を反射し煌き、体には大量の汗が流れ、苦悶の表情を浮かべている。
「おかしいな……。寝坊してガッコに遅刻しそうになって、慌てて寮を出て全力で走ってた筈だったのに、何で俺はここにいるんだ? 」
息もたえだえに一人ぼやいてみたが、誰も答える者はいなかった。そして、いよいよ限界が来てしまったのか、ついにはその場に倒れこむ。
(行き倒れってマジであるんだなぁ……。まさか、俺がそれになるなんて思わなかったよ )
内心、そう思ったのも束の間。あっという間に彼の意識は途切れてしまった。
「フンフフフ~~ン♪ ランタラタッタターン♪ 」
空の背負子(主にたきぎ等を背負う時に使う道具)を背負った少女が、お世辞にも上手いとは言えない鼻歌を歌いながら荒野を歩いていた。
彼女は、少し綻びが入り古ぼけた粗末な服を着ていた。だが、その顔立ちは整っており、磨けば王侯貴族の令嬢や公主(姫)も適わぬような美貌が窺える。
そして、その体つき、特に衣服の上からも判る膨らみを持った大きな胸は、彼女の女らしさを強調していた。
「今日は意外と莚や草鞋が売れちゃったなぁ~。さぁて、もう少し歩けば村に着くし、これも使わずに済みそうだよね 」
そう言うと彼女は自分の腰に下げた一振りの長剣に触れる。護身用と思われたが、その拵えはそれに見合わぬ見事なものであった。
だが、無邪気に鼻歌を口ずさみながら歩く彼女の姿は、とてもではないが、その立派な武器を扱いこなせそうに見えず、それどころか自分の身すら守れそうに思えなかった。
「ん……何か光ってるよね?誰か鏡でも落としたのかな? 」
村への帰路を進んでいた彼女だったが、ふと視界の前方に何か光る物が見えた。そして、彼女は歩みを速めそれに近寄り光る物の正体を確認すると、驚きの余り目を見開く。
「男の人……私と同い年位かな? それに見た事も無い服着てるし……。光っていたのはこの服だよね? もしかすると行き倒れ!? 」
それは先程行き倒れた少年だった。彼女は急いでそこに駆け寄り、そして彼を優しく抱き起こす。
「大丈夫ですかっ? もしもしっ!? 」
「ううっ…… 」
「良かった、息はあるみたい。うわっ、凄い汗ッ! それに唇が乾いてる。早くお水を飲ませなくっちゃっ! 」
少し大きな声で彼女は呼びかけてみたが、彼の息はたえだえだった。状態が良くない事を一目で確認すると少女は、腰にぶら下げていた竹の水筒の栓を抜き、中の水を口に含むと口移しで彼にそれを飲ませた。
(何だろう……良い匂いがする……それに何だかとっても甘いや…… )
自分の口内に流し込まれる水の感触で意識を取り戻したのか、彼はうっすらと目蓋を開いた。すると、自分の眼前には到底信じられない光景が広がる。
何故なら、一生かかっても彼女に出来なさそうな美少女が、その唇を自分のそれに押し付けていたからだ。驚きの余り声を出しそうになったが、上手く力が入らないし声も出ない。何とか、か細い声を出すのが精一杯だ。
「あ、あああ…… 」
「あっ、気が付きましたかっ? 」
一方、口移しを何度も繰り返して少年に水を飲ませ続けていた少女。やがて彼の目がうっすらと開かれ、何か言おうと唇が動くのを確認する。それを見て安堵したのか、ほうと一息つくと胸を撫で下ろした。
「あ、あり、がとう 」
「いいえ、お気になさらないでください。ここは日差しがきついから、あちらで休みましょう。まだ上手く歩けないですよね? 肩、貸しますから 」
そして、少女は少年に肩を貸し、彼を道端にそびえ立った高い木の下へと連れて行くと、彼女は自分の膝を枕にして少年を横にさせた。
「本当にありがとう……。助かったよ。あのままだったら、本当に、俺死んでしまうところだった 」
「ううん、気にしないで。困った人に会ったら助けなさいって、死んだお父さんに良く言われていたから 」
改めて自分に膝枕する少女に礼を言う少年。彼の額には水筒の水で湿らせた彼女の手拭が載せられている。そんな彼に少女は慈母の様な微笑を浮かべていた。
「それにしても、何であんな場所で倒れていたんですか? 見たところ旅のお方には見えなくもないですけど、その割に水筒とか持ち歩いていなかったし。それと、見た事も無い服を着ていますけど……もしかして貴族のご子息とか? 」
彼女がそう言うと、少年は一瞬きょとんとした顔になったが、次の瞬間、思わずプッと噴き出し小さいながらも笑い声を上げた。
「はははっ、何をどう思ったかは知らないけれど、俺は到って普通の人間だよ。それに、貴族だなんてそんないいご身分じゃない。本当に庶民の家の生まれだよ。この服だって、少しは値が張るけど学校で指定された制服だしね 」
「え、でもでもっ、その服お日様の光に反射したけど、どんなに高価な絹の服でもそんなにならないよ?それと……『がっこう』って何? 」
「え? 君は『学校』を知らないのか? 」
「うん、そんな言葉聞いた事が無いもの 」
(うーん、これは一体どう言うことなんだ? 全然判らないぞ。もしかして俺はとんでもない所に来てしまったのか? 一応ここはどこか聞いてみるか )
いつの間にか二人とも砕けた口調で話しており、お互いの表情も自然なものになっていた。だが、会話が進む内に少年の中に疑念が生まれ、それは物凄い勢いで膨れ上がる。
「『学校』が無いなんて……。そうだ、君に聞きたかった事がある。ここは何処なんだ? 」
「えーと、ここは幽州涿郡。もう少し歩けば私の住んでる楼桑村だよ 」
「幽州……。楼桑村……。ここは日本じゃないのか? 」
「え? 『にほん』? うーん……それって国の名前? 貴方の故郷なのかな? 」
「そっ、そんな馬鹿な……。こんな事ってありえない…… 」
自分の置かれた状況を確認する為に少女に問いかけたが、無情にもその答えは彼を愕然とさせた。
自分の国である『日本』と言う国名を、この少女は知らないと言う。流石に受けた衝撃がきつかったのか、彼は言葉を失うと、見る見る落ち込んでしまった。
「あっ、あのっ……。と、取り敢えず、私の家に来ませんか? そこで色々とお話すれば少しは解決案が出てくるかもしれないし 」
落ち込む彼を気遣い、彼女はワタワタと慌てふためきながらも、彼を窺う。そんな彼女の姿が可笑しく見えたのか、彼はまたプッと噴き出してしまった。
「あっ、ひどーい。折角何とか力になってあげたいと思ったのに~~ 」
「ははっ、ゴメンゴメン。そうだね、君の言う通りだ。じゃ、君の言葉に甘えさせてもらおうかな? 」
プゥと頬を膨らまして不貞腐れる彼女に、彼は苦笑交じりで謝った。そして、介抱のお陰か、彼は少し楽になると、ゆるゆると身を起こし立ち上がる。
「それじゃ、君の家にお節介にならせてもらうよ。今からなら夕暮れまでには着くのかな? 」
「うんっ、大丈夫だよ。もし、苦しかったら言ってね。肩、貸してあげるから 」
彼の立ち上がる姿を見て安心したのか、彼女も立ち上がると背伸びをして体の凝りを解す。
「あっ、そう言えば名前をお互い言ってなかったよね? 俺、『北郷一刀』。『一刀』って呼んでくれ 」
「えっ、『ほんごうかずと』さんって言うの? えーと、『かずと』って字なのかな? それと、何て書くのか教えてもらえます? 」
自分の名を名乗った一刀だが、彼女の反応に今一つしっくり来ないものを感じる。何故ならば、目前の彼女は自分の名を『字』と言ったのだ。
更に、少し前に彼女はここを幽州涿郡と話している。先程から彼の中にある疑念は更に膨み、頭の中はごちゃごちゃになっていた。
(幽州……、涿郡……、そして『字』の存在……、そう言えば、子供の頃じっちゃんのとこで読んだ三国志の話にそんなのがあったよな? もしかしてここは昔の中国なのか? )
困惑の表情を浮かべ自分を窺い見る彼女を他所に、一刀は幼い頃から読み親しんできた祖父の蔵書の存在を思い出す。そして、それらに記載されていた物語から、彼なりに一つの結論を生み出そうとしていた。
「あのっ、どうしたんですか? もしもーし? 」
少女の呼びかけに気付いたのか、一刀はハッとした表情で彼女の方を向いた。
「……君の言った『字』だけど、俺に『字』はないよ。『北郷』が姓で、『一刀』が名さ。今から書くけど、俺の名はこういう字なんだ 」
一刀はそう言うと、自分の持っていた鞄から筆記用具を取り出し、ノートの余白にシャープペンシルで自分の名を書いた。それを見た少女は信じられない物を見たといった感じで驚きの表情を浮かべる。
「凄い! こんなきれいで真っ白な紙が何枚も一綴りになっている。それに、それは何? 墨が無いのに何で筆だけで字が書けるの? 」
自分が思わずした行動に、ここは現代の日本と違うという事を一刀は改めて痛感した。ここが昔の中国なら、現代で当たり前に使われているノートやシャープペンシルの存在はないのだ。
「あっ、えーと……何て言えば良いのかな。今俺が名前を書いた紙は『ノート』って言って、色んな事を書き留めるための紙を纏めた物だよ。それと、この筆みたいなのは『シャープペンシル』。これの中には……そうだな、墨の代わりに黒い鉛みたいなのを細長くした物が入ってるんだ 」
そう言うと、一刀は少女の眼前でシャープペンシルのボタンをカチカチと押す仕草をした。一刀がその動作をする事で、黒く細い芯がニョキニョキと出てくるのを彼女は興味深そうに見る。
「何か書く? これで書くことが出来るよ? 」
ノートとシャープペンシルを少女に差し出してみる一刀。すると、少女は恐る恐るそれを手に取り、そして一刀が自分の名を書いた頁の隣に何か書き始めた。少女の書いたそれを見た瞬間、一刀の中に衝撃の落雷が生じた。
『劉』、『備』、『玄徳』、『桃香』
何故なら、ノートに記された字はそう書かれていたのだから。
「……これって、もしかして君の名前? 」
「うん、これが私の名前と字。そして『真名』だよ 」
彼女の返答を聞いた瞬間、一刀の疑念は確信に変る。矢張り間違いない。自分は今、後漢末期、要するに三国志の時代に来ているのだと。
しかし、自分の知ってる劉備は男の筈なのに、今こうして、自分の目の前に居る劉備は自分と同い年位の少女だ。極め付けに、彼女の返答の中に一刀の全く知らない言葉が混ざっていたりと、余計頭の整理が出来なかった。
「『真名』? 」
自身の収拾が付かぬまま、一刀は桃香にその言葉の意味を問うた。
「うんっ。私の、私自身を表す本当の名前。これはね、親兄弟か本当に親しい人じゃないと呼んじゃ駄目なの。迂闊にそうじゃない人がそれを呼ぶのは失礼な事になる訳で、最悪首を刎ねられても文句は言えないんだよ 」
そう神妙な面持ちで桃香は答えると、一刀は狼狽した。何故、今し方出会ったばかりの自分なんかにそのような重要な事を簡単に教えるのだと。
「だったら、何故君は俺にそれを教えてくれたんだ? 」
今、自分の言える範囲内での疑念を口にすると、彼女は胸の前で手を組み、優しく微笑んだ。
「だって……貴方は真名や字が無いのに、自分の名を私に教えてくれたじゃない。これって、私からすれば真名を教えてくれたのと同然だよ? だから、私は……自分の真名を貴方に教えたの 」
(そうか、ここで言うところの“真名”とは、※“諱”と同じような意味になるのか。いや、下手をすると諱よりもっと重要なものなのかもしれない )
彼女の言葉から滲み出てくる想いを受けた一刀は、覚悟を決めたのか。飛びっきりの笑顔になると、改めて自分の名を名乗りあげた。
「改めて自己紹介だ。俺は北郷一刀、『一刀』って呼んでくれ。それが俺の『真名』だから 」
桃香もそれに負けじと、野原に咲き乱れる花の様な無邪気な笑顔で名乗り返す。その笑顔を見た瞬間、一刀は一瞬ではあったが彼女の中に惹き込まれるかのような感覚を覚えた。
「私こそ改めまして。私の姓は劉、名は備、字は玄徳。そして……真名は『桃香』。『桃香』って呼んでね、一刀さんっ! 」
お互い頬を桜色に染めながら見詰め合う二人は、どこか初々しい恋人同士の様な甘い雰囲気が漂っていた。
「へぇ~、それじゃ一刀さんって、その『学校』に行く途中だったんだ? 」
「あぁ。朝寝坊しちゃってね。大慌てで支度して学校へ全速力で走っていたら、その途中で何か光みたいなのに包まれてさ。気付いたらここに倒れていたって訳 」
楼桑村へ向かう道中の一刀と桃香の会話。桃香は一刀の言葉に何か含むものを感じ取ったのか、顎に手を当て考え込む。
「桃香? 」
一刀はそんな彼女を訝しんだのか、思わず彼女の顔を下から覗き込んだ。
「ひゃうわっ!? 」
行き成り一刀の顔が自分の視界に入ってきたので、思考の海から呼び戻され慌てふためく桃香。
「どうしたのさ? 行き成り考え込んじゃって? 」
「あっ、ごめんなさい。さっきの一刀さんの話を聞いていたら、ちょっと思い当たる節があったの 」
「え? 」
桃香の言葉は一刀の心を揺さぶるのに十分な効果があった。そして次の瞬間。一刀は彼女の両肩を掴むと、激しく揺さぶる。
「そっ、それってどう言う意味なんだ!? 教えてくれ! 」
「いっ、痛いよ。一刀さん…… 」
目尻に涙を浮かべ、苦悶の表情になる桃香。必死の形相で迫る目前の一刀に怯えを見せた。
「あっ、ごっ、ごめん……。取り乱してしまった 」
痛そうな顔で怯える彼女に我に返ると、一刀は桃香の両肩から手を離し、頭を下げる。そして、桃香は覚悟を決めたのか、一呼吸入れて真剣な表情で一刀に向き直り、語り始めた。
「今から一年位前の夜だったかな? 私、変な胸騒ぎがしちゃって寝付けなかったの。そしてね、少し気分転換にと村のちょっと外れを歩いていたら、近くの森から何か光が見えたんだ 」
ここで一息つくと、桃香は話を続けた。
「私、おっかなびっくりで光の方に歩いていったら……信じられない物を見ちゃったの。立派な身なりをした男の人達がその場に倒れていたんだ…… 」
「立派な身なりをした連中だって? 」
「うん、どこかの王様か将軍様の様な出で立ちだったんだもの 」
「そんなに凄い外見だったのか? どんな感じだったんだ!? 」
身を乗り出し、逸る一刀。だが、桃香は落ち着いてと言わんばかりに手を前に出し彼を制する。
「落ち着いてってば。今からキチンと話すから、ね? 」
「あ、ああ…… 」
一刀が落ち着いたのを確認すると、桃香は一呼吸置いてから話し始めた。
「私の目の前には十人の男の人たちが倒れていたの。見た感じ二十半ばから四十位だったかな? そして、一人一人に声をかけたら、気が付いたのか、全員周りをキョロキョロ見渡し始めたの。そしたら、もう……。ここからが大変だったんだよ!? 」
当時の事を思い出したのか、桃香は大げさな身振りを交えながら声高になって話を続ける。
「一斉にだよ、『ここはどこだ? 』、『蜀ではないのか? 』とか、『え? おい、お前いつの間に若返ったんだ 』なんて訳の判らない事を言いながら慌て始める始末。このままだと村の皆に気付かれて大騒ぎになると思っちゃったんだから 」
「そ、それは、確かに大変だったねぇ…… 」
桃香の大げさな身振り手振りに若干引き気味に合いの手を打つ一刀。
「でもね、その中でまとめ役と思われる人が一喝すると、一気に静かになっちゃてね。そして私に話しかけてきたの 」
「まとめ役? どんな感じの風貌だったんだい? 」
『まとめ役』なる人物の存在を聞き、一刀は片眉を吊り上げた。
「んーとね、背丈は※七尺半から八尺位かな?(※後漢時代の一尺=約二十三.三センチメートル)他の人たちよりは背が低かったけど、それでも普通の人より背は高かったよ? 顔なんかとっても人懐っこそうだったし、綺麗に揃えた口髭と、程好く伸ばした顎鬚。あと、耳たぶが結構長かったのが一番印象的だったかな? 」
(背丈は七尺半から八尺で、耳たぶが長い……まさか? )
桃香の説明を頭の中で整理する一刀。そして、その特徴を持った『まとめ役』なる人物の名前が浮かび上がりそうになる。
「そしてね、その人の事を『兄貴』とか『兄者』と呼ぶ二人の大男がいたんだけど、凄かったんだよ~?
一人は身の丈九尺で、赤ら顔に長い髭! もう片方は体つきが大きい岩みたいにごつくって、虎の様な髭を生やしていていたんだからッ! 」
(やっぱりそうだ!! 彼女が最初に言った人物は俺の知ってる劉備だ! そして後の二人は義弟の関羽と張飛に間違いないッ!! )
一刀の中でそれは確信に変った。
「でさ、桃香……。その人達なんて名乗ったの? 」
肝心な事を聞こうと思い、一刀は桃香に尋ねた。何故なら彼女は『この世界の劉備』なのである。
自分が知る『三国志演義の劉備』本人が彼女と遭遇したのなら、何かしらの衝突があったかも知れないと思ったからだ。
「あっ、えーっとぉ。私が最初に自分の名を名乗ったら、その長い耳の人が驚いたような顔になったの、何でだろ?
そしたら、その人の隣にいた白い羽の扇を持っていた人が何か耳打ちすると、一斉に皆何かゴニョゴニョと話し込み始めたんだ。今思うと、何か特別な事情でもあったのかな? 」
(俺が劉備と同じ立場でもそうなるだろうな……。そして、その白羽扇の男は俺の憶測が間違ってなければ、多分諸葛孔明だ )
「ご説明有難う。で、何て名乗ったんだい? 桃香? 」
「あ、ごめんね。その人は…… 」
改めて確認をとろうと思った一刀が桃香に再度尋ねたその時であった。
「お~~い、桃香ぁ~~~ 」
男の声だろうか、後ろの方から桃香を呼ぶ声が聞こえた。
「「え? 」」
突然の出来事に驚く一刀と桃香。一刀は彼女の後ろに人影を確認すると衝撃の余り目を見開き、声を聞いて振り返った桃香は親しい顔に会ったのか、安堵の表情を浮かべた。
「あ、一心兄さん! 」
「よう、帰りが遅いから心配しちまってよ。だから迎えに来たぜ? 」
その人影の正体は二十代半ば位かと思われる青年であった。
身の丈七尺七寸(約百八十センチ)程の長身で耳たぶは長く、人懐っこそうな顔立ち。見た者を優しく包み込むかのような温かな光を宿した優しげな瞳。
頭に被った頭巾や着ている服は、ボロや綻びが入っており、いかにも百姓に見える出で立ちだが、彼の持つ風格はまるで王者の様な威厳を漂わせていた。
「実はこの人なんだよ、さっき私が話した『まとめ役』って 」
「えっ! (もしかすると、この人物こそが俺の知ってる『劉備』なのか……? ) 」
桃香が一刀に耳打ちしてチラッと青年を見ると、一刀は思わず驚きの声を上げる。
一方、一人だけ取り残された形になってしまった『まとめ役』と呼ばれた青年は、二人のやり取りに「なにヒソヒソ話しこんでるんだ? 」と呆れ顔になった。
「あ、貴方は……? 」
桃香の話から出た推測を抱きながらも、恐る恐る、桃香が『一心兄さん』と呼んだ青年に尋ねる一刀。
「あん? まずは人にものを尋ねる時はテメェから名乗るッてぇのが筋じゃあねぇのかい? 」
そんな一刀に対し、ぶっきらぼうな口調で返す男。だが、苦笑いを浮かべ、諭すように穏やかな声で話す様は、不思議な事に高圧的な物が一つも感じられなかった。
「あっ、すっ、すみません。おっ、俺、『北郷一刀』って言います。北の郷と書いて『北郷』と読むのが姓で、一本の刀と書いて『一刀』と言うのが名です 」
自分の非礼に気付き、慌てて自己紹介する一刀。
「そっかぁ、変わった名だなぁ。するとおめぇさん異国のモンかい? まぁ、いっかぁ。それは後で聞かせて貰うぜ。どぉれ、名乗ってもらった以上はおいらも名乗らねぇといけねぇなぁ 」
そう言い、彼は一刀に向き直ると、誰しもが惚れ惚れするような爽やかな笑顔になった。
「おいらは劉思って言うんだ。字は伯想。伯想って呼んでくんな 」
(あ、この笑顔……さっき桃香が俺に見せてくれたあの、無邪気な笑顔と同じ物を感じる……。これが、劉備と言う人物…… )
朗々とした声で名乗った伯想に、思わず一刀は彼という人物の中に宇宙を見た。そして、自分と言う存在が彼に丸ごとそこに惹き込まれるかのような感覚にさえなった。
北郷一刀と二人の『劉備』の出会い。ここから彼らが紡ぎだす「外史」が始まる。
一方、その頃。某所にて謁見の間と思われる場所に数人の男女がいた。
煌びやかな金髪を独特な髪型にした小柄な少女が、座に腰掛けている。猛禽を思わせる鋭い眼光を放つ彼女の瞳は、自分の足元で卑屈と言っても良い位に大仰にひれ伏す男に向けられていた。
彼女の側近であろうか、座の両脇に立つ二人の長身の女性がそれぞれの視線をその男にぶつけていた。赤い服を着た長髪の女性は侮蔑のこもったものを、青い服を着た女性は品定めでもするかのような冷ややかなものだった。
「ふぅ~~ん、もしかして貴方が最近噂になっていると言う『天の御遣い』なのかしら? 」
「さぁ~? どないでっしゃろ? けどワイはこの世界のモンじゃない事は確かですー。その証拠にワイの持ちモンは全部貴女様に献上したじゃあありまへんかー 」
座に腰掛けた少女が悪戯っぽい笑みを男に向け、彼は愛想笑いでそれに応じる。男は眼鏡をかけていた。そして、一刀が着ていたものと同じ意匠が施された白い服を着ており、彼が話す言葉は独自の訛りを持つものだった。
「華琳様っ、矢張りこの男は信用できませんっ! 色々と怪しげな物を持ってはおりましたが、私にはこの様な者が『天の御使い』とは思えませぬ。それと、第一見た目が物凄く胡散臭いではありませぬかっ! 」
彼の愛想笑いが気に喰わなかったのだろうか、赤い服の女が苛立たしげに口を開くと、声高に叫んだ。
「ふむ、春蘭はそう思っているのね。秋蘭、貴女はこの男をどう見るのかしら? 」
華琳と呼ばれたその小柄な少女は、春蘭と呼んだ彼女の方に顔を向け「ふむ」と頷くと、もう片方に控えし秋蘭と呼んだ青い服を着た女性の方を窺った。
秋蘭は春蘭とは真逆の雰囲気を持っていて、先ほどの春蘭が「動」であるなら、彼女は差し詰め「静」といったところであろうか。話を振られた彼女は少し考えた後、慎重に言葉を選ぶような口振りで話し始めた。
「確かに姉者が華琳様に申し上げたように、この男からは胡散臭いものを感じます。ですが、こやつの持ち物は我等の世界には存在しない物ばかりですし、中には書物らしき物も見受けられました。これ等の物をこやつに訳させれば、もしかすると華琳様のお役に立つ知識が得られるかも知れません 」
ここで一区切り置き、秋蘭は主君への言上を続ける。
「それと、『天の御遣い』ですが、この際真偽は関係なく、こやつにその役目を果たして貰う方が我々にとって都合が宜しいかと 」
「流石は秋蘭ね。私も貴女と同じ事を考えていたのよ 」
秋蘭の言葉を聞いた華琳は目を細め満足そうに頷き、再び自分の足元にひれ伏す男に視線を戻す。
「そう言う訳で、今の話聞いたかしら? 貴方には私の『天の御遣い』の役をやってもらう。無論、拒否権は貴方に無いわ。もし、嫌と言うなら今ここで殺気立ってる夏候惇に首を刎ねてもらうだけよ。どう? やる? やらない? 」
有無を言わさずと言った所であろうか。華琳は小悪魔染みた笑みを浮かべつつ、男に向けた視線を更に鋭くする。現に『夏候惇』とか『春蘭』と呼ばれた赤い服の女は、己の得物である大剣を直ぐにでも抜き放たんとその柄に手を掛けていた。
隷属か、死か。華琳の足元でひれ伏す男は、どちらも選ぶのが嫌な二者択一を突きつけられた。だが、彼はそんな華琳に対し真剣な表情を彼女に向け居住まいを正す。そんな彼の仕草に、一瞬であったが華琳は驚愕の表情を浮かべた。
「どの道、ワイには貴女様の道具になるしか生き残れる道はありまへんのやろ? だったら、貴女様の『天の御遣い』の役目を果たさせてもらうまでです 」
(意外と肝が据わっているのね。まぁ、いいわ。この男にはいずれ私の覇業を成就する為の道化を演じてもらうとするか )
軽口染みた口調から一転。彼は真面目な態度で答え、華琳からの提案を受け入れた。それを見た華琳は満足そうに頷き、この男に対する評価を少し改める。
「結構。良く己の立場が判っている様ね。それでは改めて名乗りましょうか。私は曹孟徳。貴方の『真名』を私に預けなさい 」
華琳が真剣な表情で名乗り上げたのに対し、男は先程の表情から一転。キョトンとした顔になってしまった。どうやら、彼女の言葉が理解できていなかったようである。
「あのー、すんまへん。ワイ、その『真名』ちゅうんモンがないんですけど……って言うか、んなモン知りまへんしっ! もし、それが名前やったらワイにもキチンとしたモンがあります。姓は及ぶに川と書いて『及川』、名は人偏に右と書いて『佑』いいます。こんなんで宜しいんでっしゃろか? 」
真面目な素振りは何処へ行ったのやら、彼は目を白黒させながら且つ、自身を落ち着かせようと、取り敢えずは自分の名を名乗った。
「え? 貴方、『真名』が無いの? って言うか、知らないですって? 」
「へぇ、ですから。ワイの居た国には姓名はあっても『真名』なんちゅうモンはありまへんがな 」
焦りながら自分の名を言う及川と名乗った男に対し、思わず呆気にとられてしまった華琳。その表情はとても可愛らしく思えた。
自分の主君の意外な表情を拝められたのか、恍惚の表情を浮かべる春蘭と秋蘭。それに勘付いたのか、華琳が背後の二人を睨みつけると、彼女等は直ぐに表情を戻した。
「はぁ、判ったわ。本当に貴方は私達とは違う所から来たようね……。いいでしょう、私は貴方の事を『佑』と呼ぶ事にするわ。けど、今の貴方には私の真名を呼ばせる事は出来ないわね。私を真名で呼びたかったら、それなりの成果を出して信頼を得られるよう頑張って頂戴。それまでは私の事は字の『孟徳』で呼ぶ事。いいわね、『佑』? 」
疲れきった表情でため息をついた華琳は、額に手を当て及川にそう言い放った。
「判りましたッ! ワイ、孟徳はんの為に頑張らせてもらいますっ! そして、いつかは貴女様の事を真名で呼ばせてもらえるようになりますさかい、見たってや! 」
「貴様ッ! 曹操様の字を軽々しい口調で呼ぶなッ! 」
「やめとけ姉者 」
調子良く返事する及川に対し、今にも噛み付きそうな形相で声高に叫ぶ春蘭。だが、秋蘭が嗜めると彼女はチッと舌打ちし、既に自分達に背を向けこの場を退出しようとする華琳の後を付いて行った。
「秋蘭、佑の部屋を用意しておいて頂戴 」
「はっ、華琳様 」
去り際に華琳は秋蘭に指示し、彼女が拱手の礼の後に返事したのを確認すると、春蘭を伴い自室へと戻っていった。
「春蘭、貴女はまだ怒っているのかしら? 」
「別に……怒ってなどおりませぬ! 只、あの男を見ていると、こう、何故か、直ぐにでも首を刎ね飛ばしたくなる程腹が立つだけですっ! 」
(それを怒っているというんじゃない…… )
自室に戻る途中、廊下を歩きながら華琳はまだ怒りの収まらぬ春蘭に呆れていた。
だが、何か思いついたのか、華琳は妖艶な笑みを浮かべると、春蘭の腕を掴み自分の所に引き寄せる。そして、彼女の耳元に自身の小さい唇を寄せ、耳朶を甘噛みすると、妖艶さを含んだ声で囁きかけた。
「本当に困った子ね。いいわ……今日は特別よ。私が貴女のいきり立ちを静めてあげる……閨でね 」
「かっ、華琳様ぁ~~~ 」
その甘露に満ちた言葉は、春蘭の怒りを霧散させるのに十分すぎる効果があった。
何故なら、彼女の表情が、傍から見れば正視に耐えられぬ阿呆な間抜け面へと一気に変わったからだ。目をトロンとさせ、嬉しそうに口元を緩ませだらしなく涎を垂らしている春蘭の姿は、先程まで怒りに震えていた武人と同一人物には思えない。
(フフッ、これで今晩は退屈せずに済みそうだわ。それにしても、『佑』だったわね、あの男。その名の通り私の覇業を『佑く』に相応しい人物であってほしいわね…… )
甘える猫の様に自分に擦り寄る春蘭を撫でながら、華琳は偶然自分が拾った異世界の男の事と、自分の進むこれからに思いを馳せていた。
※諱とは、中国であれば『名』の部分を指す。『孫策』を例に挙げると、『孫』が姓で、『策』が諱になる。諱は主君や親兄弟、そして余程親しい人でも無い限り呼ぶのは極めて失礼とされており、それを避ける為に相手を呼ぶ際には『字』を用いるのが鉄則になっている。
ここまで読んでくださった方に感謝します。私は遅筆で、中々満足の行く文面を書くことが出来ません。現にこの第一話を書くのに何べんも修正を加えまくり、約一月掛かってしまいました。
ですが、矢張り自分で描いたお話を書いてみたいと思い、何とか今回の投稿にこぎつく事が出来ました。現在、第二話をチョボチョボではありますが、執筆中です。
現実は中々厳しいもので、仕事帰りで疲れきった体に鞭打ち書いておりますから、中々捗りません。でも、それでも何とか書ききりたいと言うのが私の本心です。
今回、投稿前に目を通してもらい、色々とご指導してくださった黒蜜白石さんにここで感謝いたします。本当に有難う御座いました。第二話以降も、またご指導お願いします。
あと、文中での桃香の上手くない鼻歌は、「夜明け前より瑠璃色な」に出てくる朝霧麻衣の「デスマーチ」をイメージして書きました。彼女の担当声優は桃香と同じ安玖深音さんでしたので、それつながりです。(アニメ版では後藤麻衣さん)
次は一刀が自分の知ってる劉備なのかとコメントしていた、伯想さんの事です。彼の外見はコーエー三国志11の劉備をイメージしています。
それと、劉備は若い頃は侠(いわばごろつきやヤクザ者)を引き連れていたそうですので、曹操を主人公にした漫画「蒼天航路」に出てきた劉備の「べらんめぇ」口調がまさにそれにぴったりだと思いました。ですので、雰囲気を出す為、彼には荒っぽい喋り方にさせております。
ラストに出てきた曹孟徳と夏候姉妹、そして及川。ここら辺に関しては、一刀と対極の存在を作りたいと思いました。
原作ゲームでは冒頭部分にしか出ないのですが、今回彼にはその役を演じてもらう積りで出す事にした訳です。
それでは、今回はこれにて失礼致します。次回更新は可也時間が掛かると思いますので、余り期待せずに気長にお待ちください。(苦笑
以上、不識庵・裏でした。