らぶれたー狂詩曲(ラプソディ)
愛や恋の告白はする当人にとっては不安と期待が入り混じった一大イベントだろう。
受け入れてもらえるのか、それとも拒絶されるのか、思い悩んでいる時間を共感してくれる人も多いだろう。
逆に告白を受ける人にとっては必ずしもそうとは限らないのは、告白する側は好きな人、愛する人へ告白するのに対して、告白を受ける側は好きな人、愛する人が告白してくるとは限らないからだろう。
とにかく、告白は当人にとっても、場合によっては周りの人間にとっても一大事なのだ。
これは、これは告白にまつわる、小さなお話。
◆
「ほあっ!?」
奇妙な声と一瞬の沈黙、そして苦笑に似た笑いが朝の昇降口にひろがる。
声をあげてしまった当人、白川 雫は顔を真っ赤にしながら俯いてしまっていた。
顔を真っ赤にしているのは、奇声をあげてそれを笑われた事もあるのだが、靴箱からすばやくスカートのポケットにねじ込んだ一通の封筒にも原因があった。
白い和紙で作られた上品な封筒には「白川 雫さまへ」と丁寧な字で書かれている。
よほど捻くれた感性をしていなければラブレターだと思っても不思議はないだろう。
(落ち着け、慌てるな、これは孔明の罠かもしれないじゃない)
まったく落ち着く気の無い言い訳をしながらも、彼女は胸の高鳴りを押さえ切れない。
メールで告白の方が多いと思われる昨今でも、まだ古めかしい形式のラブレターはわずかながらに存在する。もちろん、年頃の乙女特有の想像もしくは妄想が先走っている部分もあるだろうが、彼女がラブレターだと思ってしまうには理由がある。
それは昨日に遡るのだが・・・
◆
「しずっちさぁ、B組の赤穂ってどう思う?」
それは昼休みのこと、クラスの友達と昼食後のたわいも無いおしゃべりの中で出てきた話題だった。
「B組の赤穂って、あのサッカー部の?」
「そうそう、あいつがさぁ、しずっちの事を色々知りたがってたらしくてねぇ」
「お~、しずっちにもついにモテ期到来か!?」
「ちょ、人の事知りたがったくらいで、そーとは限らないじゃんよ」
そんな言い訳めいた事を言いながらも、雫は話題に出てきたB組の赤穂 雅彦の事を思い出してみる。
サッカー部でゴールキーパーをやっている赤穂は身長190センチ近い長身だ。顔立ちはイケメンとか美男子、美少年とはいえないものの雫の好みとしてはそう悪くない感じだ。
性格についてはよくわからない。ただ、穏やかで後輩の面倒見はいいらしく、部活でもクラスでも常に人に囲まれている印象がある。
彼氏がいなかったわけではないが、高校に入ってからは気になる男子も特におらず、逆に気にしてくれている男子もいない状態が当たり前だった雫にとって、この噂話には胸が高鳴ってしまう。女子なら恋バナの主人公は、友達や見知らぬ誰かより自分でありたいと思うものだ。
「ラブレターとか書いてくるかもねぇ」
「メールとかじゃなくて?」
「何か高そうなレターセット買ってたの見たらしいよ、晶が」
「でも、晶も同じの買ってたよね?」
「あ、あたしの事はいいじゃんっ!」
「慌てるなんて怪しいな~」
話題はすでに雫と赤穂の事から逸れてしまっていたが、雫はそれを聞き流しながら、久しぶりの恋の予感にちょっと期待していた。
◆
ガツンっ
鈍い音を立てて、何かが雫の頭にぶつかる。目の前が一瞬真っ白になって、その後にズキズキとした痛みが襲ってきた。
「あ、悪りぃ・・・って白川かよ」
「黒崎、人に謝る時はちゃんと頭を下げろって言われなかった?」
頭をさすりながら、自分に危害を加えた人物を睨み付ける。黒崎 隼人、雫のクラスメイトだが、正直仲はよろしくない部類に入る。
生真面目でお人よしな雫と、不良とまではいかないがダラしがなくてサボりがちな隼人は、何かにつけて揉めていた。日直や掃除当番等で二人が口論しているのはよく見られる光景だ。雫にしてみれば、不真面目にする事が全部自分へのしわ寄せとしてくるのだから、怒りたくもなる。今も周りに注意していれば、カバンをぶつける事も無かっただろう。
「テメーが変な声あげた後にボサッと突っ立ってるのがわりぃんだよ」
「へ、変な声なんてあげてないっ」
雫の言葉に平然と憎まれ口で返す隼人。彼にも彼なりに雫が気に入らない理由がある。白川雫は彼に対して細かい事を指摘しすぎるのだ。隼人は別に不良というわけではない。タバコはやっていないし、酒も飲んだ事は無い。多少制服は着崩してはいるが、別に校則に逸脱するほどでもない。日直や掃除当番をサボったのも実は2回ほどしか無く、それも彼なりに色々理由があっての事だ。普段はそれなりに真面目にやっている。それなのに、彼がサボっている、手抜きしているという前提で注意してくるから腹が立つのだ。
「チッ」
「ハッ」
舌打ちが隼人、鼻で笑ってみせたのが雫。
睨み合いは一瞬。
お互いに顔を背けると教室までの道のりを別々のルートで向かっていった。
◆
(しっかし、ムカツクなぁ・・・)
ラブレター?の件をすっかり忘れて不機嫌になりながら階段を登っていると
「おはよう、しずっち」
「おはよう、晶」
クラスメイトの青山 晶が挨拶をしてきた。雫にとってクラスで一番仲がいい友達だ。
「あの、しずっちさぁ・・・」
「ん?」
「さっき黒崎君と見詰め合ってたけど、その、何か、あったの、かな?」
「はい?」
見詰め合っていた?雫の中でしばし思考の空白が生まれる。だが、すぐに平常運転に戻る。さっき睨みあっていたのを見られていたらしい。しかし、見詰め合っていたなんて表現は雫には心外だった。
「あれは睨んでたのっ!だいたい、黒崎にカバンで頭叩かれて、それで謝りもしないんだから!!」
「あ~えっと・・・」
「悪いのはアイツなの、なのに何か勘違いされてもさぁ」
「違うの!違うなら、いいの・・・」
「そう?ならいいけどさ」
晶に八つ当たりしてもしょうがないと、思い直す。
冷静になったところで、ポケットにねじ込んでいた封筒の存在を思い出す。
途端に胸がドキドキしてくる。
(落ち着け、落ち着け~、まだ、ラブレターと決まったわけじゃないし、剃刀レターかもしれないじゃないの)
ニヤけそうになったり、急に不安な顔になったりと挙動不審な雫だったが、隣にいる晶はそれを気にしている余裕も無いようだった。
◆
(ラブレターなんて、初めてだよなぁ)
教室の窓際の一番端、教卓から最も遠い場所に黒崎隼人の席はあった。
今は1時限目の現国の授業中。教師が黒板に色々書きながら、何かを説明しているが彼の耳には当然の如く入ってこない。
隼人の手には白い和紙で出来たシンプルだが上品な感じの封筒があった。これは今朝、登校した際に靴箱に入っていたものだ。ピンクのハート型のシールで封印された封筒には「黒崎 隼人君へ」とだけ書かれており、差出人の名前は見当たらない。
手紙に動揺してカバンを白川にぶつけてしまったが、それは些細な事だ。と、隼人は考えていた。
(と、とりあえず中身を確認してみないとな、イタズラの可能性だってあるわけだし)
実際、友人である赤穂雅彦に対して、ニセラブレターのイタズラをした事が過去にあるのだ。仕返しに同じ事をやられる可能性は十分にあった。
(つか、そっちの可能性のが高いよなぁ、俺には前科があるわけだし)
本物のラブレターをもらう可能性の方が低い事に、若干凹みながらも封筒を丁寧に開けて中身を取り出す。ややピンクがかった和紙で出来た便箋が一枚入っているのがわかった。
『突然こんな手紙を出してごめんなさい。
悪戯だと思って驚かれたかもしれません。
今日の放課後、第二音楽室で待っています。
メアドを聞く勇気も無い私が、なんとか勇気を振り絞って書いた手紙です。
せめて、お話だけでも聞いてくれたら、嬉しいです。』
しばし、頭が真っ白になる。
内容からするとラブレターっぽいと思う。だが、どこをどう読み返しても差出人の名前はどこにも見当たらなかった。
(名前が書いてないから、やっぱイタズラなんだろうか?)
以前に自分が似たような悪戯をした以上はどうしても疑いが先に来る。しかし、肌触りも優しい和紙で作られた便箋と封筒は値段も高そうで、丸みを帯びた丁寧な字で書かれた手紙は、悪戯にしては手が込みすぎている、とも思えた。
(俺がやった時は、封筒も便箋も安物をテキトーに使っただけったしなぁ)
思考はぐるぐる回る。悪戯だと疑いつつも、本物のラブレターだと信じ込みたい都合のいい自分もいる。正直、モてる方だとは言えないのでこういう状況には慣れていないのだ。
(放課後までは長く感じるだろうな・・・)
と、隼人は熱に浮かされたような思考で呆然と考えていた。
◆
廊下側の列の真ん中、そこが白川雫の席だ。
現国の教師は、生徒に朗読させたり、質問に答えさせたりという事を特にしない人なので、雫は手紙の内容に集中する事が出来たのだった。
『お話したい事があるので、今日の放課後にお時間をもらえないでしょうか?
第二音楽室で待っています。』
封筒の中から出てきたのは、白い和紙で作られた品のいい便箋だった。綴られた文章は丁寧だが、シンプルなものだ。やや素っ気無いとも言える。
(どーしたもんかなぁ・・・)
雫は悩んでいた。
昨日の昼に話題になったB組の赤穂からの手紙の可能性はそれなりに高い、とは思う。
これと同じ封筒、便箋の入ったレターセットを買っているところを晶が見たらしいし、雫の事を気にしているらしい事もわかっている。
しかし、シンプルすぎる内容は正直なところ、本気のラブレターなのかどうか判断が付かない。
B組の赤穂とは正直、ほとんど話をした事も無い。もしかしたら、話は告白じゃなくって別の事かもしれないとも考えてしまう。
(でも、思わせぶりな文章だしなぁ)
告白であるならば、正直なところ嬉しい、と雫は思っている。
よく知らない相手ではあるけれど、好みからは外れていないし、なぜ自分を好きになってくれたのかは大いに興味がある。恋に恋するなんて陳腐な感情は無いと考えてはいるけど、恋に飢えている部分があるのも事実なので、やっぱり話=告白だという結論に行き着いてしまう。
(悪戯だったり、話の内容が違ってたら凹むなぁ)
ネガティブな事も一応は考えてみるが、昨日の話の流れを思い出すとやっぱりポジティブにしか思考が行かなくなる。
人間は見たい現実しか見ない、とは古代ローマの禿げの女たらしの言葉だが、人間誰しも自分の都合のよい方向に物事を捉えてしまうのは仕方の無い事かもしれない。
(あぁ、放課後に早くなって欲しいような、欲しくないような・・・)
結局、この日の雫は終始上の空で過ごす事になるのだった。
◆
放課後のチャイムが鳴り響くと校内が俄かに騒がしくなる。
委員会や部活の用意をし始める者、早速下校してしまう者、今日遊ぶ場所について話し合う者等、その行動は様々だ。
その中で第二音楽室だけは静寂な空気が漂っていた。
特に部活や委員会でも使われておらず、他の教室から離れた場所にあるここは倉庫同然の扱われ方をしており、普段ほとんど人が訪れない場所だった。
誰にも聞かれたくない話をする、という意味では都合のよい場所ともいえる。
雫は第二音楽室に繋がる渡り廊下の前でうろうろしていた。
一応行くだけ行って話を聞こう、と決意したはいいものの、直前になって怖気づいてしまっているのである。
(うあぁ、あたしってヘタレかもしんない・・・)
もう10分ほど不審者な動きを続けている自分を雫は改めてそう評価してみる。事前に友達に相談したり、様子を見てもらう事も考えないでは無かったが、結局言い出せないままに時間だけが過ぎていった。そして、放課後になって相談しようにも、友達は皆どこかへ行ってしまっていたという事態になっていた。
(か、帰っちゃうわけにもいかないしなぁ・・・)
思考がまた何度目かのループに入ろうとしたところで、目の端にちらりと写るものがあった。詳しくはわからないが、男子の制服だったように見えた。
(っ・・・!)
雫は大きく深呼吸すると、覚悟を決めて第二音楽室に歩き始めた。
緊張の所為で、手と足が同時に出ている奇妙な歩き方になってしまっていたのは、まぁ仕方ない事だろう。
第二音楽室には、やはり誰かがいるようだった。
一度扉の前で立ち止まると、もう一度深呼吸をする。
そして、わずかな躊躇の後に、扉をノックしたのだった。
◆
黒崎隼人が第二音楽室に着いた時、室内に人の気配は無いようだった。
扉に何か悪戯の為の仕掛けがされていないかを確かめた上で、慎重に扉を開ける。
古くなった譜面台や壊れた楽器のケース等が乱雑に置かれた室内に人の姿は見られなかった。
(まだ来てないのか、それとも・・・?)
扉を注意深く閉めながら、ゆっくりと教室内に足を踏み入れる。
(誰もいないな)
教壇の傍で周囲を確認してから、少し物思いに耽る。悪戯の可能性はまだ無くなった訳ではないが、とりあえず教室で誰かが待機していたり、何かで脅かしたり、という事は無いようだ。
(期待はしてないけど、告白だとしたら可愛い子がいいよなぁ)
期待してないと言いつつ都合のよい事を考えていると、廊下から誰かが近づいてくる足音に気が付いた。足音は第二音楽室の前で止まり、しばしの間の後に扉をノックする音が室内に響いた。
「ど、どうぞ」
少々どもりながらも、扉を開いて中に入るようにノックの主に促す。
そして扉がゆっくり開いていった。
◆
青山晶は焦っていた。
放課後になった早々に教師から呼び出しを受けたのだ。とはいえ、晶は不良でも劣等生でもない。成績は上の中と言ったところだし、素行だって悪くない。家庭的な問題があるわけでもないし、病気などの身体的な問題だって皆無だ。
では何故呼び出されたかと言えば、彼女が教師受けのいい素直な生徒だというのが最大の理由である。平たく言ってしまえば、教師の雑用に便利に使われていると言ってもいいだろう。頼まれ事、それも教師からのものをNoとは言えない気弱さとお人よしな性格が彼女の美徳にして欠点だったのだ。
もちろん、今日の放課後は彼女にとっての一世一代の重大イベントがある。この日の為にどれだけ悩んだことか。自分から呼び出しておいて遅刻など論外である、はずだった。
(うぅぅぅ・・・3人がかりとか卑怯だ・・・)
そう、教師3人にお願いされてしまったのだ。彼女の親友の白川雫なら、用事優先であっさり断っただろう。晶も同じ様に断ろうとしたのだ、しかし、押し切られて少しだけ手伝う羽目になってしまったのだ。今日ほど自分の弱気な性格を恨んだ事は無い。
結局、一時間程手伝ったところで、何とか開放してもらえたのだった。
(もう帰っちゃったかなぁ、もう帰っちゃったよね・・・?)
後悔と絶望、そしてほんのわずかの期待を胸に階段を駆け上がり、廊下を爆走する。
顔は必死の形相で歪んでいるし、目には涙が滲んでいる。正直とても見せられたものでは無いが、今の彼女にそれを思いやる余裕は無かった。
渡り廊下を駆け抜けて、角を猛スピードで曲がったところで目的の教室が目に入った。
(もういないかもしれないけどっ、でも、もしいたら・・・いてくれたらっ)
急ブレーキをかけて扉の前で立ち止まると、乱れていた呼吸を整える。
扉の取ってに手をかけようとして、そこで動きがぎこちなくなる。
いなかったらどうしよう?もし、いても待たせてしまったから怒らせてしまっているのではないか?逃げ出したい気持ちが強くなる。
(それでもっ!!)
彼女は躊躇と弱気を押し殺す。ここで逃げたら、もう自分でチャンスを作る事なんかできないだろう。また、遠くから眺めているだけで終わってしまう。そんな自分はもうイヤだった。
目をつぶったまま扉をノックする。
そして返事を待たずに、扉を開け放った。
◆
赤穂雅彦は困っていた。
彼の所属するサッカー部は、練習試合の後だったので今日の放課後の練習は休みとなっている。彼にとってこれはチャンスだった。
部活の先輩に相談し、女友達から情報を集め、念入りに準備を整えた、つもりだったのだ。
しかし、彼の普段の面倒見の良さが今回は裏目に出る事になった。彼は優しく、よく相談にのってくれる頼りがいのある先輩として後輩から慕われていた。
そして、練習試合でミスをして凹んでいた後輩からアドバイスを求められたのだ。彼が上辺だけでなく、本当に面倒見の良い性格である事は後輩に対して真摯に相談にのってやった事でも明らかだった。しかし、その所為で放課後になってから一時間程経過してしまっていた。
幸いというか、後輩は満足いく答えが得られたのか笑顔で彼に礼を言い立ち去っていったが、雅彦自身はそれに応える余裕は無かった。
(自分から呼び出しておいて遅刻とかっ、アホか俺はっ!)
自分に罵声を浴びせながら、目的の場所に急ぐ。
(あれは!?)
渡り廊下を曲がったところで女生徒の背中が目的の教室に入っていくのが確認できた。
(よっしゃぁっ!!間に合ったぁぁぁっ!!)
思わず走りながらガッツポーズをしてしまうが、すぐに表情を引き締める。最初の関門をクリアしただけで目的はまだ達成できていないのだ。来てくれた事=OKにはならない。
「ごめん、待たせてっ!」
相手が左程待っていない事は先程確認済みだが、自分の方が遅れて到着したという事実が彼にそう言わせる。教室に入って改めて何かを言いかけた時、それは起こったのだった。
長い髪がふわりと弧を描き、彼女が振り返る。だが、その表情には最初は緊張と安堵が、そして驚きがそれにとって代わり、最後には落胆と絶望が色濃く広がる。
「・・・っ、ぅ、うぁあああああああああ!」
夏の夕立のように突然泣き始めた彼女、青山晶を前にしながら雅彦は呆然と立ち尽くすのだった。
◆
放課後の第二音楽室は奇妙な程に静まり返っていた。
室内には男女が一組いるにはいる。だが、お互いに背を向けたままどちらも沈黙していた。二人とも身じろぎ一つしないので、第三者から見たら時間が止まっているかのようにも見えたかもしれない。
もちろん、それは錯覚に過ぎず、よくよく見れば二人の指先だったり視線であったり、唇のわずかな開き等からちょっとした動きがあるのがわかる。
最初に言葉を発しようとしたのは彼女の方だった、だが彼の方もほぼ同時に動いていた。
「と、とりあえず、ごめんなさいっ!」
「な、なんていうか、ごめんなっ!」
言葉と同時に頭を下げる。そしてまたわずかな沈黙。だが、今度のそれはほんの一瞬。顔を上げた二人からは言葉の奔流が溢れ出していた。
「な、なんでいきなりごめん、なのよっ!」
「そっちこそ、いきなりごめんなさいってのはなんなんだよっ!」
二人、白川雫と黒崎隼人はお互いに睨みあう。
「呼び出しておいて、謝られても訳わかんないしっ!あんたさぁ、またなんかやらかしたわけっ?」
「呼び出したのはそっちだろうがっ!それでごめんなさいとかこっちが訳わかんねぇよっ!!」
またもやほぼ同時に怒鳴りあった後睨み合いになる二人。視線がぶつかり合う事しばし、結局ため息と共に視線を外したのもまた同時であった。
「はぁ・・・悪戯だったのね」
「はぁ・・・悪戯だったのか」
勝手に膨らんでいた期待の大きさに比例するように、失望と浮かれていた自分への恥ずかしさが膨らむ。二人はがっくりと肩を落とすと鞄を手に教室を離れていった。
「帰ろ・・・」
「時間無駄にしたな・・・」
結局、二人が学校に残っていたのは放課後が始まってから約40分程であった。
◆
「えーと、今何ておっさいましたですか?」
「あ、うん、実はね・・・付き合い始めたの」
「なんで!?」
白川雫の叫び声が昼休みの教室に響き渡る。クラスメイトの一部が視線を向けるが、それに構わずに雫は青山晶に向かって矢の様に質問を浴びせかける。
「いあ、まず誰と?それにいつから?そもそも何があったのよ?つか、なんでこのタイミングで言うのよ?」
「あ~えっと、一つ一つ答えるね」
晶は嬉しそうに微笑みながら、雫の疑問に答えていった。
「付き合い始めたのは、今週からなんだけどね。でも、お話は先月ぐらいからよくするようになって。お互い振られた者同士だったし、色々慰めあってたら、なんとなく、ね?」
「ね?とか言われてもわかんないし。つか、肝心の誰に答えてないじゃん」
「それはねぇ・・・」
晶はそこで言葉を切ると顔を赤らめる。
「B組の赤穂君と、なんだぁ」
「ナンデスト!?」
(いあ、だって、B組の赤穂ってあたしの事が気になってるって言ってたじゃんよぉ)
雫の頭の中では先月に聞いた噂と今聞いている晶の報告が噛み合わない。
「しずっちが赤穂君振ってくれなかったら、付き合ってなかったかもだから、その意味では感謝なのかなぁ」
「いあ、振ったも何もさぁ、何にも無かったのにっ?」
「・・・?」
「な、なによ?その目は・・・」
「だって、赤穂君のラブレター無視したんじゃないの?」
「ラブレターって、あっ!あ~~~~~~!」
雫の頭の中でフラッシュバックしたのは、先月の放課後の一場面だ。
「あれって、悪戯だと思って。だって黒崎がいたし、いきなりごめんとか言われたし」
「黒崎君来てたのっ?!」
今度は晶が驚く番だった。
「うん、ってなんでそこで驚くのよ?」
「実はさ、あたしね、黒崎君にラブレター出してたんだよね、あの日」
「な、なんだってー!?」
「でもね、偶然にもね、赤穂君も同じ日に雫にラブレター出してたみたいで」
「まさか、待ち合わせ場所が第二音楽室で同じだった、とか?」
「うん、みたい・・・」
がっくりと机に突っ伏す雫。その隣では晶が事の顛末を語っていた。
「まぁ、それでね、あたしも赤穂君も一時間ぐらい遅れちゃったの。当然誰もいなかったから、二人とも振られたと思ってね。お互いに色々話しながら慰めあってたら、まぁ、付き合う感じになったっていうか・・・」
突っ伏したままの雫はすでに晶の話を聞いていなかった。ただ、自分のタイミングの悪さを嘆く言葉だけがぐるぐると頭を駆け巡っていた。
◆
放課後の屋上で黒崎隼人は一人凹んでいた。
昼休みの間はずっと友人の赤穂雅彦から惚気話を聞かされ続けていた為だ。
(なんてタイミングの悪さだよ、ったく)
青山晶は隼人の好みのタイプだった。性格も優しく大人しい感じのがいいと思っていた。だから、告白されていたら付き合っていただろう、と思う。
ただ、彼女が出来なかった事だけを悔やんでいた訳ではなかった。千載一遇のチャンスを逃しただけでなく、よりによって親友にそれを掻っ攫われたというのが追い討ちをかけていた。結局、雅彦の話に対しては時折相槌を打ちながら話を聞いている事しかできなかったのだ。
後悔の海にずぶずぶと沈んでいた隼人の隣には、いつの間にか雫が来ていた。最も雫も後悔の底なし沼を沈降中だったので、隼人の存在には気づいていなかったが。
「「はぁ・・・」」
ため息が重なった事で初めてお互いの存在に気づく。二人とも互いのタイミングの悪さに何か言ってやろうと口を開きかけたが、目の端に入ったあるものがそれを止めてしまった。
二人の視線の先、そこには恋人繋ぎしながら仲良く一緒に下校している赤穂雅彦と青山晶の姿だった。
「「いいなぁ・・・」」
運の悪さで負け犬同士になってしまった二人は、ただ羨ましがる事しかできなかったのだった。
◆
この過去の苦い思い出が、10年後の同窓会で二人を再び繋ぐ縁になるのは、また別の話となる。
文語体の短編に挑戦。
引っ張った割りにオチが微妙かも
ご感想、苦情、要望等ありましたらお気軽にどうぞ。
最後に、拝読していただき真にありがとうございました。