開けゴマ、そして世界は終わる
「開け、ゴマ!」
盗賊の首領が呪文を唱えると、岩壁がゴロゴロと音を立てて割れた。
樹木の陰から盗み見してた俺は腰を抜かしそうになった。
声を漏らさないよう、俺は手を口に当てる。
盗賊の数は一人、二人、三人、いや、……四十人もいるのか。
盗賊たちは重そうな皮袋をいくつも洞窟の中に運び込んだ。
動く度に皮袋から、カチャ、カチャ、シャリ、シャリ、と金属が擦れるような音がする。
俺は思わず生唾を飲み込んだ。
やがて手ぶらの盗賊たちが出てくると、首領が再び呪文を唱えた。
「閉じろ、ゴマ!」
さっきと同じようにゴロゴロと音を立てて岩壁が閉ざされた。
盗賊たちは馬に乗るといずこかへ去って行った。
焦る気持ちを抑えて、盗賊たちが十分に離れたと見定めた頃。
俺はドキドキしながら、覚えたての呪文を唱える。
「開け、ゴマ」
音を立てて岩壁が開き、中の洞窟には金貨がぎっしりと詰まった皮袋が山積みになっていた。
財宝は金貨だけじゃない。
金塊、ルビー、サファイア、エメラルド、琥珀、真珠、宝剣、王冠、玉杯、数え切れないほどの金銀財宝が無造作に置かれている。
そして一際目を引くのが、銀細工で作られた玉座てある。
こんなの王様が住むお城にしかない。
震える手で皮袋から出した金貨に触ってみると、少しひんやりしていた。
俺は手で掴めるだけの金貨をポケットに入れた。
「マリク様、また怪我してるじゃないですか」
「冒険者だからな」
「左腕が二ヶ所、右肩が一ヶ所、脇腹が一ヶ所」
「え?」
「今月だけで四回目です。明日から農家になってください」
俺が居候している家に帰ると、早速召使いのジャスミンに叱られた。
「俺は農家に向いてないの」
「でも、冒険者に向いてるとも言えませんよ」
「ひどくない?」
「事実です」
「俺は褒められて伸びる子なんだよ」
ジャスミンはこの家で一番賢いと内外に認められているが、いつだってマリク坊っちゃんを見守る会会長なのだ。
俺はもう十八歳だというのに。
「去年も同じことを言ってました」
「言ってたか?」
「言ってました」
しかし独り立ちするべき年齢でありながら、俺はしがない低級冒険者であり、はっきりと言えば貧乏だ。
金持ちの娘と結婚して、妻の持参金を元手に資産を増やした兄と比べものにならない。
一年中切り詰めて暮らしているし、心配したジャスミンが毎週のように食べものを届けてくれなかったら、こうなる前に死んでいたかもしれない。
「死んだら夕飯抜きです」
「理不尽だ!」
「生きて帰ったら肉料理にします」
「心配しすぎだよ」
「冒険者を続けるなら、せめて死体だけは見つかる場所で死んでください」
「縁起でもねえ」
「探しに行くのは私なんですから」
「おまえが嫁だったら、毎日説教されそうだな」
「よ、嫁?」
「あ、いや、その」
「農家になったら考えます」
ジャスミンはわざとらしく咳払いすると、こう言った。
「少しは待たされる側の気持ちを考えてください」
「そ、それはそうだけど」
「しかし、森の行き止まりに洞窟ですか」
「今まで洞窟なんてなかったよな。今日初めて見た」
「まさか……」
「どうかしたか?」
と、ここで玄関の方が騒がしくなり、兄が足を踏み鳴らして俺の部屋にやって来た。
「やや! その金貨はどうしたんだ? おまえの稼ぎより多いじゃないか」
「あのなぁ」
余計な一言さえなければ、気持ちよく答えたのにな。
しかし居候の身で主人に逆らえるはずもなく、俺は四十人の盗賊を見て知ったことを全部話すしかなかった。
もちろん「開け、ゴマ」「閉まれ、ゴマ」という呪文も教えてしまった。
「おやめください!」
ジャスミンが血相を変えて止めたので兄はびっくりして固まった。
「あの洞窟には悪いものがいます!」
俺は思いがけない事態に呆然とする。普段は冷静なジャスミンが激情を見せるなんて初めてことだ。
「どうか近寄らないでください。財宝ももとに戻して」
『アアッ!』
ジャスミンの言葉の語尾に鳴き声が被さった。
ジャスミンが首を振ったのでら俺も横に振る。
「なんだ?」
兄が金貨を一枚拾う。
すると。
『ひいっ!』
金貨の顔が兄になる。
俺もジャスミンも絶句した。
『ア、アアッ!!』
兄の姿は消えた。
だが、確かに金貨から兄の声がする。
『ア、アア、アアアッ!!』
なぜ今まで気づかなかったのだろう。
金貨に刻まれた人間の顔は生々しいほどの肉感を持っていて、気ままに鳴き声をあげている。
それも数十枚の人面金貨がうごめきながら鳴き声をあげているのだ。
『ひぃーーーーっ!』
兄の顔の金貨が叫び声をあげた。
「兄貴」
『マリク、助けてくれ!』
「兄貴!」
俺が取りこぼした兄の顔の金貨が転がって机から落ちた。
コロコロと転がっていき、女の足下にぶつかって止まる。
兄嫁が金貨を拾った。
金貨が言う。
『触るな、落ちる!』
「ぎゃあああああああ!!」
兄嫁が悲鳴をあげて金貨を放り出し、すかさず俺は受け止めた。
「マリク様!」
ジャスミンは果敢にも金貨を巾着に詰め直す。
俺は手伝いながら彼女に尋ねる。
「これをどうするんだ?」
「洞窟に戻さなきゃ」
「ああ」
なぜそうしなければならないのかを聞いている暇はなかった。
「あ、あれ、あれ、あれ!」
兄嫁はパニック状態だが、窓を指さしている。
敏感に反応したジャスミンに釣られて俺も窓から外を見た。
見るんじゃなかった。
まだ昼なのに空が暗くなっている。
月が太陽を隠すという、神話にあった通りの現象が起きている。
突然のことだった。
でも、何かがおかしい。
皆既日食は天文学に詳しい神官ならちゃんと予測できるのに、神官が予測を外すなんてあり得ない。
街に異様な怪物が現れ、老若男女関係なく襲いかかる。
馬が走る。
だが、頭だけは人間だった。
それも泣きながら走っている。
脚が八本ある犬が人間にじゃれつき、新たな悲鳴があがる。
墓場から甦った死者が子どもを捕まえ、取り返そうとした母親を殺して惨劇が起こる。
『ア、アア、アアアッ!!』
怪物たちは鳴き声をあげながら人々を殺し、街のあちこちから悲鳴が上がる。
『ひぃ、ひいぃ!!』
「あんたぁ!」
兄嫁が泣き叫ぶ。
自分よりパニックになっている人を見たら、逆に心が落ち着いた。
「洞窟に参ります。マリク様はご家族を守って!」
「ジャスミン!」
もともと身軽なジャスミンは、金貨を納めた巾着を持って家を出て行った。
「俺が出たら戸締まりするんだ」
兄嫁にそう言い残して、俺はジャスミンのあとを追って森に入った。
洞窟に近づくごとに激しく剣を振るい、何かとぶつかる衝突音が何度も響いた。
「盗賊たちが……全滅してる……!」
あんなに恐ろしげだった盗賊たちが見るも無惨に敗北し、捨てられたように地面に三十九人転がっている。
「この傷は人にやられたんじゃない」
首を飛ばされた者が多く、殺し方が残酷だ。
「遅かったな」
首領は腹を裂かれている。
呼吸が荒いが、目つきはしっかりとしている。
「おまえが開けたのか?」
「ああ」
「そうか……うっ!」
首領が血を吐いた。
「我らは負けた」
「なんの話だ?」
「盗賊ではない」
「え?」
「守っていた」
それなら金貨に人の顔が刻まれ、鳴き声をあげることに説明がつくのではないか。
「俺がやったことは?」
「邪神の封印を解くことになる」
「…………っ!」
あの呪文は飽くまで封印を一時的に解くものであり、扉を閉ざす呪文があることにも、ちゃんと理由があるんだ。
「はっ!」
気配を感じて振り向くと、異様な怪物が奇襲に失敗して舌打ちしたところだった。
『チッ』
両目がない、口だけの子どものようだが、手に持っている短剣が血で濡れている。
一瞬でも迷ってはいけない。
俺は拳を握ると子どもみたいな怪物を攻撃した。
『ギャッ!』
怪物から短剣を奪い取り、それを腹に突き刺し回転させるが、内臓の感触がないのが気持ち悪い。
すぐさま飛び退いて様子を窺うと、怪物の腹部から黒い体液が流れ出た。
『キェーッ』
怪物が急所目掛けて拳を叩き入れようとするが、俺は身体を開いて受け流し、勢いよく反撃した。
「とどめだ!」
俺は全速力で怪物に詰め寄ると、その左胸に短剣を突き立てた。
『グエッ!』
怪物が断末魔の叫びをあげたが、とどめを刺したことを確認する。
念のために獲物の短剣を回収した。
はっとして首領の方を見るが、目は虚ろで、すでに絶命していることがわかった。
俺は急いで洞窟の中に入った。
「ジャスミン!」
そんなに深くない洞窟だが、今日だけは妙に明るい。
「マリク様、なぜ来たのですか?」
「放っておけるわけないだろ」
「ああ、あなたという人は……」
ジャスミンは悲しそうに俯いた。
次の瞬間、地面が大きく揺れ、洞窟の中に地鳴りが響いた。
ジャスミンが顔を上げて言った。
「封印する者がいなくなれば、邪神はもうじき復活するでしょう」
「なんとかする」
「私は器なんです」
「何を言ってる?」
「ずっと昔から決まっていました」
俺がジャスミンに向かって手を伸ばすが、彼女は拒んだ。
「どうして?」
地震がより強く来た。
「早くここを出よう」
俺はジャスミンを助けたい。
「封印の守り手がいない今、誰も解決策を持ってないんですよ」
「それくらい、俺がなんとかする。ダンジョンのボスだって罠にかければ手も足も出ない」
「それでは誰かが犠牲になってしまう」
ジャスミンは俺を出口へ突き飛ばすと、洞窟の奥に行ってしまった。
奥にあるのは一際豪華な銀細工を施された玉座のみ。
「扉を閉ざして!」
洞窟の外では、世界が滅びかける。
誰も解決策を持ってない。
そこでジャスミンが名乗り出る。
彼女は邪神を封じる器として生まれた存在だった。
ジャスミンは邪神を自らの肉体に封印する。
考えろ、考えろ。
ジャスミンを救う手はきっとある。
玉座しかない。
祭壇もない。
魔法陣もない。
それならーー
「あれがきっと封印の核だ」
俺は銀細工の玉座に短剣を突き立てた。
火花が散る。
傷一つつかない。
「マリク様!」
もう一度。
もう一度。
もう一度。
銀を削る音だけが響く。
刃が欠けた。
それでもやめない。
「もうやめてください!」
「うるさい!」
もう一度振り下ろす。
短剣が折れた。
俺は否応なく理解した。
壊せない。
封印は必要なんだ。
でも。
「ジャスミン!」
俺は助けようとしたが、ジャスミンは再び拒否した。
「マリク様は、生きてください」
「嫌だ」
「また子どもみたいなことを」
「うるさい」
ジャスミンは小さく笑った。
「今度は私が見送る番です」
ジャスミンの最後は笑っていた。
「閉じろ、ゴマ!!」
世界は救われる。
しかしジャスミンは洞窟の玉座に永遠に座り続ける。
*
「開け、ゴマ!」
数百年後、新しい冒険者が洞窟を訪れる。
そこには美しい女性が一人、銀細工の玉座に座っている。
彼女は静かに言う。
「どうか、扉を閉めてください」
冒険者が財宝へ近づく。
「閉じて!」
冒険者は嘲笑う。
「そんな手には乗らない」
金貨を拾う。
その瞬間、
数万枚の金貨が同時に喋る。
『開け、ゴマ!!』
洞窟の奥で、
玉座の女性が初めて絶望の表情を浮かべた。
おわり
アリババと四十人の盗賊をモチーフにしたホラーファンタジー短編でした。
最後までお読み頂き、お疲れ様でした。ありがとうございます。
今後もホラーファンタジーを書き続けていくので、よかったらまた読んでやってください。




