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いま、宇宙にある日常  作者: 水無月 林檎
ep1。いま、宇宙(ここ)にある日常
8/23

06

書き溜めが尽きるまでは毎日更新します。


美月が自分の流され人生を回顧している間にも、話は進んでいたようだ。はっと我に返り、慌ててゴールドカードを自分のポケットにしっかりと仕舞い、周囲を確認する。

「やぁ、美月おかえりー」

ミィがニヤニヤと手を振ってくる。

「恥ずかしいからやめなさいっ」

「まあ良いではないか、美月君。ほんの数十秒だから、ね。大丈夫」

当間はフォローのつもりなのだろうが、それは脇腹をザックリと抉っている。

「えぇ、はぃ…。大丈夫です」

半泣きでうつむく美月から目をそらしつつ、

「それで、視察の予定を1日繰り上げた意図は?」

とメリルに質問する。これまでの飄々とした顔とは打って変わって深刻な表情だ。

「他意はありませんわ。スケジュールに変更が生じただけです。急な変更に対応していただいて感謝しています。京浜さんの事は残念ですが……心から無事をお祈りしております」

「では、一昨日の晩に興津港沖に隕石が落ちた事については?」

それって、あたしが見た流れ星?そうか、落ちると隕石って呼ばれるのか。話の展開に付いて行けずに、美月はぼんやりと大きな流れ星のことを思い出す。流れ『星』ならロマンチックだが、隕『石』に名前が変わっただけで一気にその神秘性が失われた気がするから不思議だ。

「何かご存知なのでは?」

「いいえ。その頃は地球に下りるシャトルを待っておりましたので。軌道上からは何も見えませんでしたが、それが何か?」「えー、未確認情報ですが、隕石ではなく、人工物だったという見解もあります。なんでも、国際銀河空港の方面から飛んできて、一度周回軌道に乗ってから落ちてきたとかで」

「残念ながら、存じ上げませんわ」

「そうですか。では、何か解ったことがありましたらご連絡下さい」

「えぇ、必ず」

それが、この問答の終わりの言葉だったようだ。

美月にはさっぱり理解できなかったのだが、あのミィでさえ真剣そのものの表情で聞いていた。きっと大切な話だったのだろう。

後に、あの会話の内容を理解できなかったのは、自分がJA3Sメンバーではない『外野』だからと考えた美月が、こっそりミィに説明してもらおうとしたのだが、しれっとした顔で「なーんも解んない」と言われてしまい、あれは、どうせ難しい話は解らないと『諦めを悟った顔』だったのだと知ることになるのだが、それは別の話。

「それでは、我々は少々打ち合わせがありますので、お二人はあちらの部屋でお待ちください」

当間そう告げると、ドアからキャバ嬢が入ってきた。いつもの完璧すぎるタイミングには驚いてしまう。

「ご案内しますね、クッキーをご用意してありますよ」

「わーい、おやつだー」

「またさっきのお茶を淹れてくださいますか?とても良い香りで気に入りましたの」

アランとメリルはキャバ嬢に手を引かれて出ていった。



扉が閉まり、外の様子が大人しくなったのを見計らって、当間が深々と頭を下げる。

「こちらの都合に巻き込んで、無理を言ってすまない。引き受けてくれて本当にありがとう」

「いえ、そんな。拙いかとは思いますが、精一杯頑張ります」

やると言ってしまったからには、しっかりしようと頭を切り替える。切り替えたところで、できることは少ないだろうが。

「美月、ヨロシク」

ミィも怪我をしていない方の手を差し出してきた。左手で軽く握手を交わす。

アランとメリルは、ああ言っているが、いつでも助けに入れるよう、バックアップ体制は整えておくから安心して欲しいと。当間は約束してくれた。

「と、言ったところでだ。今日はフーリヤ大使と共にホテルに泊まってもらって、明日から宜しく頼むよ。東條君がバックアップを務めるから、後で少し話を聞いてやってくれ。相手は、おそらく最近活動が活発になりつつある反宇宙人組織、太陽の子供たちか、リフレクション・マーズ・アタックか、その辺りかねぇ」

「反宇宙人組織…ですか?」

言葉の最顎の方は独り言のようになっていたのだが、美月は聞き逃さなかった。

「そうだ。世の中には宇宙人との交流を望まない者もいるんだ。それは個人の感情だったり、宗教的な理由だったりもするんだが、一番の理由は高度な技術が入ってくることで、自分たちの立場が脅かされ損をする。と言う事だろうな」

当間は寂しそうに呟いた。

「じゃ、そゆ事で。俺はちょいっと出かけてくるから、後ヨロシク。明日からの現場指揮は東郷君に任せるんで、てきとうに打ち合わせしといてね?」

そう言って、当間はいそいそとコートを着込む。

「えー、隊長どこ行くのさ」

ミィがぶうたれるが、

「ちょっとお友達の所にね」

しれっと答えて外出支度を済ませる。

「今日は、このまま直帰するから。ほんじゃ、また明日ね」

軽いノリでそう言い残して、そそくさと部屋を出て行ってしまった。


  ◆◆◆◆◆◆


オフィスに戻ると、アランとメリルが満面の笑みでワーキャー言いながら美月めがけて駆け寄ってきた。

今さっきた食べたお菓子の事やら、香り高い紅茶の話やらを各々バラバラに話しかけてくれるのだが

「ちょっと、ちょっと待って。いっぺんに言われてもわからないよ」

残念ながら、美月に聖徳太子の素質はなかった。

「美月凄い懐かれようだにゃー」

「「それはそうですよ!」」

呆れ声のミィに対してすぐさまステレオで反論された。

「この国では外国人の名前も日本風に表記されるのでしょう?」

「それって、この国で認められたって事じゃないですか!」

「「アランとメリル。これって、地球名ですよね」」

よね。っと、満面の笑みで言われても困るんだけど。

認めた、のではなく、認識するために付けたあだ名だったので、ちょっと悪い気もするし。

それでも、二人は『地球名』を付けてもらったと喜んでいる。確かに日本では、英名はその読みに近いカタカナが当てられるし、中国人名は音読みに変わる。

名前が変わるのは不思議な風習だけど、これをその土地で受け入れてもらえた証拠と解釈してくれたようだ。

強いて言えば、地球名ではなく日本名なのだが。

それはともかく、喜んでもらえているならば美月にとっても嬉しいことだ。

「わかったから。いったん座って落ち着いてからね」

そう言って、二人を座らせた。

美月、ミィとアランとメリルの4人が揃ったところで、東郷とキャバ嬢を加えて明日の打ち合わせを始める。

「まずは明日の予定だが、宿泊先に車を寄越すから、それに乗って移動しろ」

東郷が口火を切る。

「はい、嫌でーす」

「電車とかバスとかに乗ってみたいですわ」

アランとメリルのわがままが始まった。

「いや、それはちょっと勘弁してくれよ」

「嫌です。絶対に公共交通機関に乗りますっ」

「一般の乗り物に乗るのも視察ですわ。大使の役目ですわ」

絶対に止めたい東郷VS絶対に乗りたいバカップルの闘いが開始した。

美月はどうしたものかと周囲を見渡すが、ミィはワクワクしながら動向を見守り、キャバ嬢は膝の上のワンコを撫でていたので、それに倣うことにした。

東郷とバカップル、しばしの応酬がおこなわれたのち、



「う…む。わかったからもう泣くな、な?少し離れた場所に護衛を付けるから」

最終的に勝利したのは「絶対にのるんだもおおおんん」と泣き出したバカップルだった。涙の勝利である。

「意外と泣かれると弱いのね、東郷さん」

美月のつぶやきに、東郷は顔を赤くして下をむいてしまう。

「こう見えて優しいんですよ、東郷さん」

キャバ嬢も同意する。悪意は全くないのだが、東郷としては追い打ちなのだろう。俯いたまま肩を震わせている。

「東郷ちゃん、顔真っ赤じゃーん。ニヒヒヒ」

「やかましいっ」

「ミィだけが怒られた。これは一体なんなのか」

「あんただけが煽ってるんだから、当たり前でしょう」

美月が呆れてたしなめる。

「それで、明日は電車とバスでどこに行くの?」

ふてくされるミィを放っておいて、アランとメリルに確認を取る。

「「???」」

そんな、揃って首を傾げられても…

「まさか電車に乗るのが目的ってことでは無いでしょう?」

「もしそうなら、山手線何周できるかチャレンジな」

割って入ってきたミィにチョップを入れて黙らせる。

「電車で…」

「そうですわねぇ」

「「分からないので美月さんにお任せします」」

「まさかの丸投げだったわ」

チラリと東郷を見る。

「いーよいーよ、自由にやってくれ。報道のアポは全部断るようにウチのボスに言われているし、どうせ明日は予定無しだ」

投げやりに許可がおりてしまった。

「互いの連絡を取る無線は明日までに用意しておくからお前らは帰れ」

「明日は私もサポートに回るのでよろしくお願いしますね」

女神さながらの笑顔でキャバ嬢が送り出してくれる。彼女もいるなら心強い。

膝の上から、キャバリア犬も自分に任せろといった顔をしている。きっと明日もキャバ嬢の膝を温めていてくれるだろう。

「東郷さんはまだ帰らないの?」

「自分は行方不明の京浜の情報収集で残るから、気にするな」

美月の疑問に東郷はぶっきらぼうに答える。

「普段はケンカばっかなのににゃー」

ミィがニヤニヤと茶々を入れた。

「ほっとけ。いっつも口うるせぇけど、居なきゃ居ないで調子出ねぇんだよ」

「喧嘩するほど仲が良いって言いますからね」

キャバ嬢がフォローという名のナイフで一突きして、東郷を見事にノックアウトしていた。


  ◆◆◆◆◆◆


JA3Sオフィスを出て、ひとつ深呼吸をする。

なし崩しで受けた話だったが、美月にはひとつ楽しみなことがあった。

政府要人って言ったらやっぱ、高級ホテルのスイートよね。と、うっかり心躍らせていたのだが、バカップル宇宙人の

「わたくし、地球人の普段の生活が見たいですわ」

「だから、僕たちは美月さんの家に泊まる事にしました」

「安心してください。ホテルはちゃんとキャンセルしておきましたわ」

「その点ぬかりはありません」

『ねー』

という、一方的な言葉に夢潰える。

「なんて事をしてくれたの」

と崩れ落ちる美月だったが、ということは、

「ちょっと待て。夕食はあたしが作るのか」

美月は重大な事に気付く。食事はどうすれば良いのだろう?美月の勝手な想像ではカプセルの栄養剤を食べているイメージなのだが。

あ、そうか。それなら、作る必要は無いのか。楽でいいかも。

いや、そういえば昔に聞いたことがある。血をすっかり吸われてカラカラに干からびた死体が発見されたことがあるって。それは宇宙人の仕業で、なんて言ったっけ。そう、キャトルミューティレーションとか、そんな名前だったはずだ。この二人の護衛などではなく、実はていよく今晩の夕食に選ばれた可能性。なんて考えも浮かび始め、恐る恐る二人に聞いてみる。

「夕飯は何が良いですか?」

こんな普通のことを聞くのにこれ程勇気が要ったのは、後にも先にもこれっきりだろう。

だがしかし、美月の緊張とは裏腹に単純明快な答えが返ってきた。

「美月さんにお任せしますわ」

「僕たちそんなに好き嫌いはありませんから」

何でも、世界に存在する物質の種類はたかが知れており、中でも摂取してエネルギーを生み出す物質となると、種類は一気に減るとかなんとかで、酸素を取り込んで、有機物からアミノ酸を吸収分解し……つまり、エネルギーを得るプロセスは地球人と大差ないそうだ。難しいことはよく解らないが、地球人が美味しいと思うものは大体食べられる。という事らしい。

好き嫌いの分かれやすい物を出さなければ問題ないだろう。

「美月、短い間に顔が百面相になってたよ…」

恐ろしいものでも見たような声でミィに指摘される。

「うるさいわね。知らないことを知るのに勇気が必要だっただけよ」

自分の想像力の豊かさに恥ずかしくなってプイッとそっぽを向く。

「とりあえず、最寄り駅まで行って、駅前のスーパーで買い物しましょ」

そう言ってスタスタと歩きだす。ミィとアラン、メリルも慌てて美月の後を追いかけた。

「…ねぇ、ミィ。経費でって言ってくれてたし、やっぱりほら、国のお客様を御もてなしなくちゃいけない訳じゃない?」

どうにも言い訳がましくなってしまうが、要は夕食はお肉。願わくば、牛肉。しかも国産牛。こう言いたいのである。

「うむ。わかっているじゃないか美月!可能であれば、マグロのお刺身もつけてほしい」

ミィも乗っかってくる。

「ほーう、良いじゃないのミィ。どうせなら舟盛りとかないかしら」

フッフッフッフと、戦に向かう漢の様な笑みを浮かべて気合いたっぷりに駅前の業務用スーパーに入っていった一行だったが、身の丈に合った買い物をレジ袋に詰めて出て来ることになる。

せめてもの贅沢と、預かったゴールドカードですき焼きの食材を買ったのは良いのだが、

「この期に及んでおつとめ品の牛肉に手を出すってどういう事なのさ、美月」

「ミィだって半額のお刺身パックをカゴに入れてたじゃない」

「その分、ミィは少しだけ多めに買ったもん!」

「…あたしたち、貧乏が染み付いている」

そして、ご馳走=すき焼きという発想の貧困さも反省すべきである。

ちなみに、アランとメリルは初めて見る食材にいちいち反応して大騒ぎしていた。スーパーであっても楽しいらしい。明日の行き先もそこまで悩む必要は無さそうな事は、観光先の選定を仰せつかった美月としては一つ大きな収穫だった。



「猫のご飯って味が薄いんだよ」

 スーパーからの帰り道。夕食に関するなんの話がきっかけだったか、ミィが不満そうにそんなことを言っていた。おそらくきっと、猫缶のことだろう。

「だからさ、ばーちゃんちではコッソリお醤油かけてた。それと、カリカリのやつってさー」

カリカリのゴハン。これも、もちろん猫のエサの話だ。

「口の中の水分持ってかれるんだよねー。だから、勝手に番茶煎れて飲んでたよ」

 衝撃の告白に、美月はめまいがしてきた。

「だから。の後がサッパリ解らないから。飼い猫がそんな事してたらホラーよ」

「でもバレてなかったし、ちゃんとばーちゃんの分も煎れてたよ」

 そこじゃないし、余計にアウトだし。

「昭和のおおらかな時代だったからねー」

「そういう問題じゃないから。そもそも10年くらい前じゃなかった?」

「ばーちゃんちを出たのはもうちょい最近かな?」

「バッチリ平成よ。それももう終ろうかって頃の」

 丁寧にツッコミを入れてしまう美月と、うんうんと頷きながら不毛なアホ話をどういった風に捉えているのか分からない表情で聞き入る宇宙人二人。時すでに遅し、カオス空間に飲み込まれつつあるが、対照的になんの疑問も持たずに話を続けるミィ。

「冬に関東チホーが乾燥するのは、日本海側の湿った空気が山を超えられないからなんだって」

急に何を言い出すの。って思ったが、とりあえず続きを促す美月。

「山で時空が捻れて長野まで平成来なかったんじゃね?」

そんなわけあるか。心の中でツッコミを入れて、そっと会話を強制終了した。



そうこうして、なんとか美月の普段使いしている駅にたどり着く。ミィのバカ話で気力をごっそり奪われたし、この駅はミィの全裸事件で悪目立ちしたばかりなので早急に立ち去りたい。

美月は顔を隠すようにそそくさと改札を抜けて外へ出る。少し駅員さんに睨まれていたような気もするが、気のせいであってほしい。

しかし、ここからもまた問題があるのだ。

徒歩40分。美月の住むマンションまでの道のりは、歩くには少し遠い。自分1人ならまだしもお客さんを連れて、というのは無しだろう。と、ここで気づく。せめて買い物後はタクシーだったのではないかと。

きっとキャバ嬢も東條さんも、車でまっすぐ宿泊先のホテルに向かったと思っているだろう。

とはいえ、庶民的な移動手段で庶民的な生活をというのはクライアントの意向だったのだから仕方が無い。そう思い込むことにする。

「うーん。置きっぱなしは良くないから自転車を回収していきたかったんだけど、今日はタクシーかしらね」

「「自転車ですか!!」」

美月の独り言にアランとメリルが反応した。

「あの自分の足で漕ぐと走り出す二輪の不思議な乗り物」

「映像でしか見たことがありませんよ」

「乗ってみたいですわ」

「ボクもボクもー」

大騒ぎをはじめてしまった。

「うーん、それじゃあ見に行ってみる?すぐ近くだし」

「「わーい」」

行き先をタクシー乗り場から駐輪場に変更する。

「しかたがないにゃー。どうせなら、しっかり乗れるようになれよ」

ミィも投げやりに応援することにしたようだ。



駐輪場では物珍しそうに四方八方から美月の自転車を観察して、あれこれ感想を言い合っていた二人だったが、実際に乗ろうとするとてんで駄目だった。

怖がってしまって地面から足が離せないらしい。

「「美月さん。乗ってお手本見せてください!」」

そう請われてゆっくりと駐輪場内を一周すると、拍手喝采で迎えられた。

「「美月さん凄いです」」

「今日はこれに乗って帰りましょう」

「え、自転車は一人乗り…」

「わたくしが美月さんの左側に」

「ボクが美月さんの右側に」

「ほう。それでミィはどーするの?」

「「後ろの荷台に立ちましょう!!」」

想像の中でサーカスの曲乗りが完成していた。

「へー、いいじゃん美月」

「ミィまで何言ってるの。無理よ、無理」

曲乗りは美月によってあっさり却下された。

「それじゃあ、わたくしたちは救命ポットの中に入っていますので」

「乗ってる雰囲気だけでも味わってみたいです!」

二人が食い下がってきたが、これはまともな提案だったので了承することにした。自転車も持って帰れるし、ちょうど良い。

美月は買い物を自転車のかごに入れて、二人が入った虹色の玉をその上に置く。野菜の隙間に押し込んだので、簡単には転がっていかないだろう。

「それじゃ、帰りましょうか」

時刻は19時を回っていた。帰ってすぐにご飯を作って明日に備えたい。

美月は地面を蹴って自転車を漕ぐーー

「ちょっと待った!ミィは?ミィの事忘れてない?」

「何よ。忘れてないから」

「ほう」

「ミィはダッシュでしょ」

「それは忘れられてたほうがマシだー」

美月はそんなミィに構わず自転車を漕ぎ出す。

「心配しなくてもスピードは出さないわよ」

「ぐぬぬ。かくなる上は、無理にでも飛び乗る!」

ダッシュで追いついて後ろの荷台にトンと座った。

「きゃっ、危ないじゃない。最近は二人乗り厳しいんだからやめてよね」

「やだよーだ。仲間はずれにする美月が悪いんだい」

ミィはピッタリとへばりついて剥がれない。

「あーもー。せめて上り坂は降りなさいよ」

「やだよー」

きゃいきゃい言いながら上り坂を自転車を漕いでいると、前方からパトカーが。

『そこの自転車ー。止まりなさい』

「あーもぉ、面倒な…。ミィ!」

「あいよー」

しゅるりん。

『自転車の二人乗りはー…あれれ』

「なんですかー?お巡りさん。猫ですよ、猫」

自転車の荷台で衣服に埋もれたロシアンブルーがミャァと鳴く。

美月たちの横につけたパトカーからお巡りさんが降りてきて、まじまじと見るが猫しか居ない。

「あー、あれだ。…紛らわしいから猫に着せるなら猫の服にするように?…おかしいな、確かに…。あれ、君は昼間の…」

偶然にも昼間に会ったお巡りさんだった。

「あはは、どうもー」

あまりにも気まずくて、愛想笑いを浮かべつつ下を向く。

「これからJA3Sまでさっきの確認に行くところだったんだよ。それで、探し物は見つかったのかい?」

「あ、はい。そこに」

自転車のかごの中で、ビニール袋に入った白菜と椎茸パックに挟まった虹色の玉を指差す。

「え?ああ、うん。確かに珍しいが。スーパーにあったのかな??」

「いえ、そうではないんですが、色々と事情がありまして…」

「うん、そうか。えーと、気をつけて帰りなさいね」

「はい。ありがとうございますー。あ、あたしJA3Sから帰る途中なんですが、責任者の方はもう帰っちゃましたよ」

「え、そうなのかい。駅で全裸の女性が現れたとか通報があって遅くなってしまったから。明日に出直すかなぁ」

「うぐ…。急いでるんで、行きますね」

思い当たる節がありすぎて、すぐにでも立ち去りたい。

「今度からは上り坂以外で止めてよね、自分の体重が重くて美月は走り出せないから。ふひひっ」

気まずい原因が余計なことを言う。

「??」

「ミィ黙ってなさい。なんでもないですー」

困惑しているお巡りさんを尻目に、美月は一目散に逃げ出した。

夜道を軽快に走る自転車にいたく感動したフーリヤ人の2人は「最高の乗り心地でしたっ」

「わたくしたちも買って練習しますわ」

と興奮気味に絶賛していた。


ちなみに、ミィが猫になった際に外れたギプスは、帰ってから人の姿に戻る時に無理やりはめ込んで戻したらしい。


  ◆◆◆◆◆◆


美月たちは少し遅い夕食を済ませ、団らんタイムに入っていた。本格的とはいえないまでも、すき焼きは美味しかったし、久しぶりのお刺身も満足だった。ミィはもちろん、アランもメリルもしっかりと食べてくれた。

美月がキッチンで皿の片付けをしていると、

「あれ?こっちにも部屋ある?」

ダイニングに美月の部屋とは違う部屋に通じる扉を見つけて、駆け寄るミィ。

「一応、2DKよ」

片付けの手を止めることなく答える。今朝はバタバタしていたので気付かなかったらしい。

「その部屋、今は使ってないけどね」

美月の言葉に、扉を開けようとしてミィの手がピタリと止まる。

「何?オカルト的な理由?」

そう尋ねるミィの顔は、なぜか期待に満ち溢れていた。

「期待に添えなくて悪いけど、違うわよ」

これでオカルトだったら、宇宙人とセットで夏の特番が完成してしまう。

「ルームシェアしていたのよ。センパイと1年、後輩と2年。その後輩も今年の春に卒業しちゃったから、そっちの部屋は春から使われてないの」

「ふーん」

「面白い理由じゃなくてゴメンね」

「え、そうじゃないんだよ。あ、そうだバカップルが何か面白いの見せてくれるって」

「あー、そんな話していたわね。ちょっとまってね。あとは鍋だけで終わるから」

「ミィも何か手伝う?」

「いいわよ、もう終わるから。それに、片手じゃ危なっかしいわ」

美月は手際よく鍋を洗って片付けると、ミィを連れてアランとメリルの元に戻った。



メリルの手に、小さな、螺旋を描く巻貝状の機械が乗っている。

「何?この繊細なチョココロネ」

美月曰く、チョココロネを指差して不思議そうに尋ねる。

なぜ、巻貝という単語が出てこなかったのかは謎だが、それ以上に機械類としては地球上の何とも共通点がない謎の物体だ。

「これは立体映像を投影する機械ですわ」

「持ち運びに優れている分、あまり大きくは写せないんですけど」

「へぇー、すごいわね。どーなってるんだろう?」

「分解してみます?」

「いや、戻せなくなると困るからやめよう?」

今日は十分にトラブルに見舞われているのだ。余計なことはせず、穏やかに過ごしたい。

「ちぇーっ」

「なんであなたが残念な顔をしてるのかな?ミィ」

「「ちぇーっ」」

「二人も真似しない!で、これで何か見せてくれるの?」

「はいっ」

「実は、フーリヤと地球は過去に交流があったのです」

「銀河連盟が発足する以前の話なのですが」

「フーリヤ政府が映像でまとめたから見せてきなさいって」

「という事なので、再生してもよろしいでしょうか?」

地球にはない技術で再生される立体映像だなんて願ってもいない事だ。しかもフーリヤ政府からの情報ならばしっかりしているだろう。

「楽しみだわ、是非お願いするわね。ね、ミィ」

「あー、そうだねぇ」

ミィは今一つの反応だが、二人が了承するとテーブルの上にチョココロネをトンと置く。メリルが何か手を動かすと、コロネのチョコが入っていない辺りから光の操作パネルが浮かびだす。それをいくつか操作すると、コロネのチョコを詰め込む辺りから淡い光が出てきて映像をつくりだした。

フーリヤ政府が用意した立体映像が始まった。

しかし、すぐさま英語のナレーションを裏へ押しやって、ビデオからバカップルの声が割り込んできた。

「え?この声!?」

「この国では同時通訳が好まれると聞きましたわ」

「だから僕たちが勝手に追加しちゃいました」

「ほら見てください。字幕付きですのよ」

「宇宙ステーションでシャトルを待つ間暇だったので」

「わたくしたちで作りましたの」

『ねー』

勝手に付け加えちゃうってどーなのよ?とか、せっかくの立体映像で字幕ってどーなのよ?とか。ツッコミどころは多々あるのだが、日本語で進行してくれるのはありがたい。

とりあえず、斜めの角度からでは、わざわざ立体文字で作りこまれた字幕が重なって見えないので、みんなで映像の正面に集まった。



紀元前800年頃、宇宙船のトラブルで現在のペルー辺りに不時着した宇宙人がいた。

宇宙船を修理して宇宙へ帰ろうにも、それは、この星の文明レベルでは到底無理な話だった。そんな宇宙人に、地球の原住民は大変親切にしてくれた。住居を与え、食料を分けてくれたという。

宇宙人たちは、船を修理することは無理でも、連絡が途絶えた自分たちを捜索に来るであろう仲間たちに「自分たちはここに居る」事を示す救難信号を送る必要があった。そこで思いついたのが、「大地に宇宙からでも見える巨大な絵を描く」事だった。

「よくドラマなどで、遭難時に砂浜にSOSと大きく書くのと同じ要領だと思われますわ」

無理矢理に、メリルの注釈がねじ込まれた。映像が一瞬ひしゃげて止まったが、注釈のあとで何事も無かったように再開する。

宇宙人たちは、地球の原住民の助けを借りて、大地に大きな鳥の絵を描いた。

「測量の技術はこの時に伝わったようですよ」

今度はアランの注釈だ。

こうして、宇宙人たちは助けに来た仲間の船で、無事に宇宙へと帰っていった。その際に、その年、干ばつで困っていた地球の原住民に対して、お礼として雨を降らせてくれた。これは「雨雲の核」を打ち上げるという現在の地球でも度々行われている簡易的な処置であったと思われるが、当時の地球人にとって、どれだけの驚きがあったかは想像に難くない。以来、干ばつが続くと、宇宙人に教えられた、小さな元絵から相似拡大する「拡大法」を用いて地上に巨大な絵を描き、雨乞いをする風習が始まったという。

いくつもの地上絵が描き続けられた理由としては、度々、地上絵が描かれていく様を見つけた宇宙人が、好意で雨を降らせてくれたからではないかと言われているが、定かではない。

当時、その宇宙人は観察研究目的で、衛星軌道上に科学者を派遣していたという。しかし、銀河連盟が結成される遥か以前の話であり、公式なミッションでは無かった為に、詳細は残されていない。当の宇宙人たちの間でも、今となっては忘れかけられていた昔話だったが、地球との交流が始まるという事で、にわかに話題に上がったようだ。

これが地球人とフーリヤ人のファーストコンタクトだった。


「以上、ダイジェスト版でお送りしましたわ」

「えへへ。なんだか難しいところはザックリとカットしておいたよ」

「えぇーっ。勝手に編集しちゃっていいの?いくらなんでもフリーダム過ぎる」

「まあまあ、細かいことは気にしたら駄目ですよ」

「あまり長いと見るのも大変でしょう?」

「半分以上カットしちゃいました。あ、翻訳に飽きたからじゃないですよ」

「絶対にそんな理由ではないですわよ」

「「ねー」」

「はいはい、そういう事にしておくわ」

「えー。これ絶対に面倒になったやつなのに」

「ミィも深追いしないの!それで、お話の中の宇宙人がフーリヤの人なのね」

「はい、当時は1番目のフーリヤ星にいた頃で、今とは少し技術系も違っていたそうですけど。間違えなく、わたくしたちの直系ですわ」

「だから、フーリヤでは地球人に好印象を持っている人が多いよ」

「連盟と地球が良好な関係を築けるよう尽力いたしますわ」

そう大使の二人は語った。バカップルなのに良い事を言う。と、美月は少しだけこの二人を見直した。

一つの星にこれだけ多くの国がひしめきあっているのは珍しいらしく、ナスカ地上絵が日本に無いことを残念がっていた。

二人の大使らしい姿を垣間見た美月は、改めて明日からの予定について聞いてみることにした。

「ねぇ、視察って、具体的にどこを見るのかしら?やっぱり政治の中枢、国会議事堂とか?」

「あら、政治の中枢なんてつまらないですわ」

「やっぱりここは」

「「観光スポット」」「ですわ」

「いろいろ案内してくださいね」

「楽しみにしていますわ」

「「ねー」」

満面の笑顔のバカップル。結局、回答はさっきと同じだった。

「えーと、それじゃぁ会談の予定とか、そういったものは?」「ありませんわ」

「全くの自由なんですよ」

「「ねー」」

あれ?依頼ってホームステイのホストファミリーだったっけ?本気で頭を抱える美月だった。

さっきの感動を返せ。

ミィに至っては最初から分かりきっていたようで、大きなあくびで事の成り行きを見守っていた。

うん。今日はもう寝よう。


  ◆◆◆◆◆◆


「こんなに大勢で押しかけて、あたしが狭いワンルーム暮らしだったらどうするつもりだったのよ」

と、4月から使われていない元ルームメイトの部屋にバカップルの為の布団を用意しようと席を立った美月だったが。その心配には及ばなかった。

二人の宇宙人は、休む時は脱出ポットの中で休むそうだ。なんでも地球の重力はフーリヤよりも少し強いようで、ずっと外にいると疲れるらしい。

バカップルは隣部屋、ミィは…これでも怪我人なので、美月のベッドで。自分は仕方なくソファーで寝る覚悟をしていた美月だったが、ミィに元ルームメイトの部屋を使わせて、美月は自分のベッドでゆっくり休むことができそうだ。

ミィを隣の部屋に案内して、机の上に二人が入った救命ポッドを安置する。

転がっていかないように下にタオルを敷いたら占いに使う水晶玉か御神体のような風体になってしまい、笑いをこらえながら自分の部屋に戻った。

今日は疲れたのですぐに眠れそうな、色々あって気分が高ぶっているのですぐには眠れなさそうな、複雑な気持ちだった。



その夜、なかなか寝付けなかった美月は、リビングで深夜の通販番組を眺めていた。

商品は「超振動中華包丁」。

最近流行りらしい「宇宙文明の技術でこの効果」が謳い文句の海外制作番組だ。

グリップを握ると、刃に超振動が発生して、どんなに堅い食材でも簡単に切ることが出来るらしい。ラテン系の陽気な男性司会者が、試しに、刃を上に向けてグリップを握り、無意味にセクシーな金髪アシスタント女性がジャガイモを包丁に向けて放り投げる。

すると、刃に触れたジャガイモは何の抵抗もなく、スッパリと二つに切れた。今度は、パイナップルを手にして、刃のすぐ上に持ってくる。そして、その手を離すと、やっぱりパイナップルは何の抵抗もなく二つに切れた。

「まぁ凄い!」

大袈裟に驚くアシスタント。

司会者もご満悦で、調子に乗って色々なものを切ってみせる。

「どうだい?どんなに堅い食材でもこの通り。ほら、まな板だって簡単に切ってしまうこの切れ味」

ついには、まな板を刻みだした。凄いには凄いのだが。

「まな板は切れちゃダメだろう」

美月はテレビに向かって至極当然のツッコミを入れる。

「あれ?美月。まだ起きてたの?」

眠い目を擦りながら、ミィが寝室から出てきた。

「ウン。眠れなくてさ。起こしちゃった?」

「んにゃ、喉渇いただけー」

「冷蔵庫に牛乳、まだのこってるよ」

「うん」

「ねぇ」

「ん?」

「…いいや。なんでもない」

「美月。不安?」

「そりゃー。まぁねぇ」

「大丈夫だよ。ミィもついてるし」

自信満々に胸を張ってみせる。怪我した猫娘にいわれてもねぇ。と思ったが、気持ちはありがたく受け取っておくことにした。

「ありがと。あたしも明日に備えて寝るよ。おやすみ」

美月はテレビを消して、寝室へ入っていった。


 ◆◆◆◆◆◆


室長として任命されたのは、奇跡と言っても良いほどの大抜擢だったと、自分でも自覚していた。

木場幸二郎は、国家地球外知的生命体対策室の自分の椅子に座り、この椅子に座り続けるためには何をするべきなのかを必死に考えていた。

木場にはエリート意識があった。幼いころから勉強においては誰にも負けることなく、官僚という地位を手に入れるのにもさしたる苦労はなかった。しかし、いざ官僚になると周囲の人間にはまるでかなわなかった。初めての敗北感。そして初めての焦燥感。嫌でも井の中の蛙だったと思い知らされ、苦汁を舐め続けた日々が脳裏に蘇る。同僚は皆出世して然るべき役職に就いている。このチャンスを逃すわけにはいかない。


宇宙人の都合など、正直どうでもよかった。ただ、年齢の割りに昇進の遅い自分にとっては、絶好のチャンスであると割り切った。

JA3Sから無理矢理にでも大使護衛の任務を奪い、指定された人物に引き継がせる。簡単な仕事だと思っていたが、まさか大使本人から拒絶されるとは思わなかった。

あと少しの所で忌々しい。

忌々しいといえば、言われるままに手配された人物にIDを作成し、この国家地球外知的生命体対策室に加えた邦堂國昭という男もそうだ。

全く言うことを聞かない、完全に自分の事を馬鹿にしている。

何故あのような、どこの馬の骨とも知れない小僧に無能扱いされなければならんのだ。

しかし、今の自分には他に道がなかった。唯一の部下である邦堂を上手く使いこなす他無いのだ。

全くもって忌々しい。

募るイライラに、知れず唇を噛む。滲んだ血の味で我に返った。と、同時にある名案が脳裏に浮かんだ。

新たに大使の護衛についた女を脅して来れば話が早いのではないだろうか。

大使ご指名の一般人が護衛だ等と笑わせる。この手の輩は少し脅してやれば泣いて降りるに決まっているのだ。ニタァと笑みを漏らす。

散々な一日ではあったが、これが成功すれば大使の護衛任務に入り込む足掛かりにはなる。

自分の名案を自賛しつつスマホを手に取る。すぐさま法堂に言いつけて奴らの宿泊先に向かわせなければならない。

数コールを待って、法堂との通話がつながった。

「法堂、今すぐに大使の宿泊先に向かえ」

礼も何も無視して開口一番に切り出すが、当の法堂には今ひとつ伝わっていないようで、何を言い出すんだといった胡乱な返答が返ってきた。

「どういったお考えかはわかりませんが、僕にも予定がありますのでまた明日にでも出直してください」

「何を悠長な事を言っておるのだ。大使の護衛を引き受けた小娘を脅してこい。一般人など少し怖い目に合わせればどうにでもなる。お前が無理ならばお前に手下に任せればよい。よくわからん輩を数人引き連れていただろう!」

「木場さん、貴方の部下は一人だけですよ。そして、その部下には手下なんて存在しません。職員として雇った覚えがおありですか?」

「い、いや、無いが。しかし」

「しかしも何も無いでしょう。どうして雇用関係もなく部下ができると思ったのですか?彼らとは目的が似通っていたので共闘関係にあっただけです。あなたの我儘に付き合ってはくれないと思いますよ」

きっぱりと、諭すように断られる。

「そんなに新しい護衛に不満があるのでしたらこうしましょう。木場さん、貴方がホテルを張ってその小娘とやらをおびき出してください。上手くできたら僕が駆けつけますよ」

「な、ちょっと待て。なぜ私が⋯」

「健闘を御祈りしていますよ」

「おい!」

呼び止めたが電話は切られてしまった。

「くそ、バカにしやがって。なんで⋯」

と愚痴をこぼす。言われてすごすごとホテルに出向くのは癪だ。癪ではあるのだが、ここで何もせずに明日を迎えて何もできない奴と馬鹿にされるのはもっと癪だった。

両者を天秤にかけて熟考した結果、渋々大使の宿泊先に出向くことにするのだった。



寒空の下、木場はただただ待ちぼうけていた。車寄せを見張れる位置に陣取って、目つきの悪い小男が訪れる車に目を光らせている姿ははたから見て怪しい以外の何物でもない。

見かねたドアマンが駆けつけて問答になりかけたが、名刺を押し付けて大使のチェックインはまだかと逆にどなりつけたやった。フロントに問い合わせるとドアマンは言って、一度屋内に入って戻ってくると「まだチェックインしていません」とだけぶっきらぼうに答えた。部屋の予約は政府名義なのだから、この程度の問い合わせに答えるのは当然のことだろう。ドアマンを追い返すと、木場は再び見張りの任に戻る。

この場に法堂が居たら、自分の身分を明かして問い合わせるなど、ここに何をしに来たのか理解していますか?と不機嫌を露わにしたはずだが、幸いなことにこの愚行は法堂に露見していなかった。


結局のところ、その日は寒さに凍えながら日付の変わる頃まで見張り業務を継続し、再びドアマンを捕まえて同じ質問を繰り返すと、「キャンセルなされましたが?」と不信感に満ちた目でけんもほろろに告げられた。

木場は何も得るものがないまま、怒りに震えながらすごすごと帰宅する結果になったのだった。


<つづく>







真:奇妙な1日終了ー!

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