表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いま、宇宙にある日常  作者: 水無月 林檎
ep1。いま、宇宙(ここ)にある日常
7/20

05

美月のバイトのくだりを入れました。

     

 台東区と墨田区の境にある、小さなオフィスビルの1階にある飾り気のない金属扉を抜けると、奥から赤茶と白のツートンカラーが可愛らしい、ブレハイムのキャバリア犬が迎えてくれた。

 愛想の良いキャバリア犬は、ハッハッハッハッ!と舌を出しながら美月の足にじゃれてくる。美月は屈んでキャバリアの頭を撫でながら、改めてエントランスの様子を確認する。

 なんら変哲のない絨毯敷きの雑居ビル。そこに、少しだけ未来を意識したようなデザインの受付カウンターが一つあるが、そこには誰もいない。オフィスか会議室があると思われるパーテーションの奥からは人の話し声がかすかに聞こえてくるので、無人という訳ではなさそうだ。

 美月は今、ミィやバカップルたちと一緒に、ミィの帰る場所――つまり、ジャスリーズという名の宇宙人専門警備保障会社のオフィスにいる。

 美月とミィは探し物を無事終えて、晴れて各々の帰路につくはずだったのだが、バカップルが執拗に一緒に来てほしいとねだったのだ。美月は早く帰りたかったのだが、何度目かのバカップルとの押し問答の最中、ここで今日一と言っても良い程の重要な事案を思い出してしまった。


 ――立て替えたミィの病院の治療費を回収しないと今月の生活費が危うい!


 かくして、美月は渋々ミィに付いていくという選択肢を選ばざるを得なくなってしまい、ここに至る。

 美月は、出来るだけ手早く要件を済ませて帰りたかったので、取り次いでもらうよう頼もうとミィに目線を向けたのだが、ミィは美月の影に隠れるように萎縮してしまい動いてはくれなかった。半分くらいは不慮の出来事があったとはいえ、丸々一日以上連絡を絶っていたのでばつが悪いらしい。

 仕方なしに、美月は受付カウンターの上の小さな呼び鈴に手を伸ばそうとしたところで、それはのんびりとした高音の美声に遮られた。

「あらあら!ミィさん、おかえりなさいー!!」

 パーテーションで区切られた奥の部屋から栗毛の美女がパタパタと駆け寄ってきて、美月の背に隠れるミィを美月ごとぎゅうっと抱きしめた。

「もうっ、本当に心配したのよ」

 表情から、本当に心配だったのだろうと解るが、おっとりとしていて緊張感のない声でミィを窘める。

 感動の再開…なのだろうか?美月とバカップルとキャバリア犬は、おとなしく成り行きを見守っていると、栗毛の女性ははっと我に返ったようにミィ(と美月)を開放して、

「えっと、いらっしゃいませ。ジャスリーズへようこそ!」

 警備会社とは思えない、ファミレスかコンビニのような明るい笑顔で会釈して美月たちを迎えてくれた。


 ミィと美月と二人の宇宙人――バカップルことアランとメリルは、パーテーションの奥にあるオフィスの一角に小ぢんまりと作られたブリーフィングスペースに案内される。ブリーフィングスペースといっても、スチールの事務用机がいくつか並ぶ狭いオフィスの隅っこに、パーテーションも無く、ほかの事務用机と同じ机を4つ並べて大きな会議テーブルに見立てただけという簡素なものだ。

 美月たちは、案内されるままに乱雑に置かれたオフィスチェアに各々腰を下ろす。それを見届けた栗毛の女性は、「お茶を入れてきますね」そう言って、給湯室へと入って行ってしまった。ここまで一緒に付いてきていたキャバリア犬も、彼女の後を追いかけて給湯室に入っていった。

「ねぇ、ミィ。今の人は?」

「ん。受付のキャバ嬢?」

 美月の質問に、しれっと良く分からない返答を返す。

「へ?キャバ??」

「そう。キャバリア嬢、略してキャバ嬢。さっき美月がじゃれてた犬の飼い主だよ」

 理由を聞けば理解できなくもないが、また微妙な愛称を付けたものだと思う。

「やぁ、ミィくん。よく戻ってきてくれたね。ホント、ぎりぎりセーフだったよ。」

 不意にかけられた、気の抜けた緊張感のない男性の声に驚いて振り返ると、40代後半から50代半ばだろうか、くたびれたスーツ姿の男性が、やはり緊張感のない笑顔で立っていた。

 細身の筋肉質で、日に焼けた肌に黒髪のオールバック。ここまで見ると、本来は精悍という表現が似合うのだろうが、どことなく精気に欠ける窓際族のような、飄々とした好々爺のような、掴みどころのない雰囲気をまとっている。

「あ、隊長」

「詳しい事情はまだ聴いていないが、だいたいの察しはついているよ。うちの隊員が世話になったね。ありがとう」

 ミィが隊長と呼んだ男性は、深々と美月に頭を下げる。

「あ、いえ。大したことはしてませんから」

 美月も慌てて席を立ってお辞儀する。

「自己紹介がまだだったね、私は当間玄哉。日本天球儀警備保障特殊警備四課の課長兼、台東区本隊の隊長で、一応ここの責任者なんてのを仰せつかってるんで、ひとつ宜しく」

「あたしは、氷守美月です」

「ふむ、美月くんだね。突然に宇宙人だなんて、驚かせてしまったね。だが、ここのミィくんもそうだが、人々の知らないところで宇宙人は度々地球を訪れていたのだよ。そうだ、こんな話を知っているかね?」

そう問いかけて、美月が首を横に振るのを確認すると、改まったように姿勢をただし、1つ、咳払いをする。

「ナスカの地上絵とかあるでしょう?」

「はぁ」

 突飛な話題の切り出しに思わず間の抜けた相槌が出てしまう。

「アレね、起源は宇宙人のラクガキなんだって」

「あ、それ聞いたことありますよ」

 初めて地球にUFOが現れた直後には、雑誌やテレビでミステリー特集や宇宙人特集がちょっとした流行になっていた。その大半は、前世紀から脈々と続く科学考証も信憑性も全くないオカルト寄りの内容を無責任に焼き直したようなものばかりだったのだが、その頃に、そんな内容の話を聞いたのを思い出す。

「昔の説だと思ってたけど、本当だったんですね。で、何て書いてあったんですか?」

「宇宙人参上!」

 期待通りの美月の質問に、意気揚々と答える当間。

「へ?」

「夜露死苦!!」

「……」

「よくやるでしょ?落書き」

「やりませんっ!地元の人に迷惑だからヤメといてください」

「ふあっはっは。生きた証を残すのは男のロマンってヤツでな。女の子には難しいかな」

そう笑いながら、満足そうに当間隊長はその場を立ち去ろうとするが、

「おっと、そうだ。フーリヤ大使の方々とミィくんはちょっとこっちへ。美月くんはゆっくりしていってくれよ」

 振り返った当間隊長が手招きで3人を招きよせ、彼女らを連れてオフィスの奥にある隊長室へと向かう。

 美月は、なんだか腑に落ちないような、狐につままれたような面持ちで、一行が扉の奥に消えていくのをぼーっと見送った。

「ごめんなさいね、あまり気にしないで下さい。ウチの課長の持ちネタなんです。初めてのお客さんには必ず披露しているんですよ」

 当間たちとは丁度入れ替わるように戻ってきたキャバ嬢が、お茶とお茶請けを乗せたお盆を持ったまま困ったような表情で美月に声をかける。

「……はぁ」

「ほら、機嫌を直して。お茶にしましょう?」

「あ、いや。怒っているわけじゃないのよ。ただちょっと、あまりの事に驚いたというか……」

 ばつが悪そうに美月が作り笑いで応じる。

「うふふ。怒っていないのならよかったわ。さぁ、どうぞ」

 おっとりとしてゆるやかだが品のある仕草で、淹れたてのダージリンティーを差し出してくれた。

「ありがとう。わぁ、良い香り!」

「熱いから気をつけてくださいね。茶葉はウェールズのおばあちゃんが送ってくれるものなのよ」

「そっかー。キャバ嬢はハーフなんだ」

「えぇ。母は日本人で父がイギリス人ですよ。そういう美月さんも少し西洋の血が入ってません?」

「んー。そう思って親に聞いてみたことがあるんだけどさ。残念ながら心当たりは無いそうよ」

「そうなんですかー。髪の色とか目の色とか、少し明るい色ですよね」

「そうなのよ。中学高校はこれで苦労したわ。髪染めているだろう!なんて教師に目を付けられてさー」

「あらあら、それは大変でしたねぇ」

 そんな他愛も無い世間話が弾む。ミィといい、当間隊長といい、ここは変わった人の集まりなのかと危惧していたが、キャバ嬢とは仲良くなれそうだ。


  ◆◆◆◆◆◆

     9

 紅茶の香りとお菓子の糖分ですっかりリフレッシュした美月がキャバ嬢との世間話を楽しんいると、ミィたちのいる隊長室から、白熱した中年男性の金切り声が聞こえてきた。

「何?ミィたちだけじゃないの?」

「えぇ、美月さんたちが来る少し前に、男性のお客さんが二人来たんですけど。そういえば、少しピリピリした雰囲気だったかしら」

 キャバ嬢が、困ったわ。といった風に、頬に手を当てて奥の扉を見る。

するとキャバ嬢の困った様子を見たキャバリア犬がピョンピョンと抱っこを要求して抱きかかえられていた。なぜか顔だけはご主人さまを守っている感を出していたので、頭を撫でてからキャバ嬢に聞いてみる。

「大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。課長さん、結構強いんですよ。それに、ほら」

 キャバ嬢が視線を向けた先には、自分のデスクで『今すぐ取れる漢字検定5級』という本と真剣に向かい合う屈強そうな角刈りの男が控えている。もしもの時は、彼が助けてくれる。そう言いたいのだろう。たしかに、そういった場面では頼りになりそうだ。

「でも、なんで漢検?」

「東郷さんは資格マニア、って言うのかしら?武術の段位と乗り物の免許は粗方制覇しちゃったみたいで、次は漢字検定にチャレンジするんですって」

「へぇ……」

 世の中には色々な人が居るものだと、美月は妙に感心してしまった。

 そうこうしていると、オフィス奥にある隊長室のドアが荒々しく開いて、いかにも神経質そうな、目つきの鋭い痩せぎすの小男と、彼の部下だろうか、一歩引いた位置で付従う、長身・黒髪に高価そうなスーツと眼鏡という、インテリサラリーマン風の男が出てきた。

 先頭を歩く小男は不機嫌を絵に描いたような態度でドスドスを床を鳴らしながら歩く。対して、後ろを歩く長身のインテリは涼しい営業スマイルを浮かべてその後を追う。その二人のギャップと、傍から見て明らかに小物感の漂う先頭の小男が背伸びして周囲を威嚇しているかの様な姿がなんだか可笑しくて、吹き出しそうになってしまい、美月は顔を背けた。

 小男がピタリと歩みを止めて、キッと周囲を睨み付ける。美月は吹き出しそうになったのを見つかったのかと内心焦ったが、どうやら違うようだ。

 来客である自分の扱い、それも怒らせて交渉決裂というこの場に及んで、引止めるどころか見送りにすら来ない事に対して更に腹を立てた様で、

「貴様たちがその気なら、こちらでも独自に護衛行動を展開する。それから、この件は上に報告させて頂く!」

 上ずった金切り声で言い放って、オフィスをぐるりと見回す。しかし、東郷が一瞬しかめっ面を上げて再び何事もなかったかのように漢検本に視線を落としただけで、これといった反応は無かった。受付のキャバ嬢は不思議そうな面持ちで小男を見つめているし、隊長室からは誰も出てくる様子はなく、しんと静まり返っている。部外者の美月は少々居心地の悪い思いで眺めていたが、一番居心地が悪い思いをしていたのは声を荒げた小男本人だったらしい。精一杯の恫喝が空振りした屈辱を誤魔化すように、またドスドスと床を鳴らしながらオフィスを出て行った。

「あ、またのおこしをお待ちしておりますー」

 いつもの条件反射なのだろう。送り出すキャバ嬢の可愛らしい声が、小男の背中に突き刺さる。もはや、この状況では追い打ちでしかない。外で、看板か何かを蹴り上げたような破壊音が聞こえた。

 成り行きを見守っていた長身のインテリは、出口の前でやはり営業スマイルを崩さずに優雅に会釈をして、静かに退室した。育ちの差なのか、度量の差なのか、あんな上司の元じゃ苦労するだろうな。そんなことをぼんやりと考えてしまう。

「あー、面倒くさい三角形だった」

 誰もいなくなった玄関口に気を取られている僅かな合間に近寄って来ていたミィが、清めの塩を撒く仕草をしながらぼやく。ちなみに、三角形というのは先頭に立っていた小男のあだ名らしい。顔も三角、目も三角、鼻も三角。三角形で出来た嫌な感じのヤツ。というミィの説明がえらくしっくり来てしまい、美月は思わず納得してしまった。

「そうそう、美月。隊長が呼んでるよ」

 三角形への愚痴が忙しくて危うく忘れる所だった本題を、ミィが切り出す。

「え、あたし?」

 いったい何だろう?

「キャバ嬢、お茶とお菓子ご馳走様!」

 美月はキャバ嬢に挨拶して、ミィの先導で隊長室に向かった。


  ◆◆◆◆◆◆

     10

時はすこしだけ遡る。

宇宙関連の護衛からトラブル解決までを一手に引き受ける国内唯一の組織である日本天球儀警備保障(Japan Armillary Sphere Security Service)、通称JA3Sのオフィスの一室で、当間玄弥は頭を悩ませていた。目の前に座る目つきの鋭い男ーー木場幸二郎は今にも金切声をあげそうなほどの顔付きで体を震わせているし、横に座る身なりの良いスーツ姿で長身の青年は、冷静に事の成り行きを見守っている。名前を何と言っただろうか、机の上の名刺をちらりと見る。『国家地球外知的生命体対策室 邦堂國昭』、やはり聞いたことのない名前だった。この界隈で噂すら聞かぬ青年が抜擢されていることに違和感を覚える。室長を名乗る木場と言う男についてもそれは同様だが。

接客用ソファの対面に座る二人をじっとみる。

我慢の限界に達したのか、木場が口を開いた。

「何故、我々に案件を委ねることを拒むのかね。君たちは任務に失敗したのだ。それがまだ分からんというのかね」

イライラにまかせて、指でソファーテーブルをトントンと叩き続けている。よほど堪え性のない性格なのだと、当間は判断した。

「そうは言われましてもねぇ。まだ失敗と決まったわけではないでしょう。うちのエージェントもちょっと寄り道しているだけかもしれませんしなぁ」

飄々と返して様子をみる。本来であれば、こちらに非があることも、言い訳として成り立たないレベルで無理を言っていることも承知の上である。それでも、木場の要求を飲んではいけないと本能が告げている。

「ぐぬぬぬ。昨日の昼に行ったお使いにまだ帰ってこなくて、それを寄り道と言うのか!!」

顔を真っ赤にさせて低い声を上げる。まだ、辛うじて相手を威嚇しようという意識が残っているようだ。

「そうは言いましても、持ち帰りの期日は聞いておりませんしなぁ。うちの子らも大人ですから、ドライブついでにちょっと遠出してお泊りになることもあるでしょう。じきに土産を片手に戻って来ますよ」

「貴様は、人ひとりが行方不明になって何を悠長に」

一人?京浜とミィ。二人のはずだが。

「そんなことより、まだ帰ってきていない積荷。なんだと思います?」

当間はわざと話題を変える。

「積荷?小さな玉としか聞いておらんな。あれだ、儀式にでも使うのだろう」

「ほほう。儀式ですか、興味深いですなぁ。どうやら、我々の見解とは違うようだ」

わざと煽ってみせる。と、ここで内線のベルが鳴った。

「失礼」

一言断って内線を取る。二三やり取りをして受話器を置くと、にやりと笑みを浮かべる。

「ようやくドライブから戻ったようですよ。手土産もあるようで。呼んでくるので少々お待ちを」

それだけを告げて、当間は部屋を出ていったが、

困惑の表情を浮かべている木場を見逃しはしなかった。


「木場さん、顔に出ていますよ」

当間が離れたのを見計らって、邦堂が木場を窘める。

「わかっている」

「それに何ですか、交渉は冷静にと注意されていたでしょう」

「やかましい!黙って座っているだけの奴に何がわかる!」

「外から見ていると色々見えてきますが、僕は貴方の部下ですので、交渉事は木場さんのご随意にどうぞ」

にこやかに突き放す。邦堂には本当にどうでも良い事だった。

「くそっ、どいつもこいつも。くそっ」

机に当たり散らす木場を涼しい顔で受け流す。

しばしの間、部屋は沈黙に包まれた。


「「こんばんはー」」「ですわー」

「オイッス」

沈黙を破って元気よくドアから飛び込んできたのは、若い三人だった。

にこやかな青髪の男女と、片腕を怪我した不機嫌そうな猫目の少女の後から、当間も部屋に入って来ると、少女たちにもソファーに座るよう促す。

青髪の男女は『はーい』と元気よく返事をしてポフンと黒革の長ソファーに腰掛けて、猫目の少女は肘置きにドッカと腰を下ろした。彼女らであれば3人並んで座ることも余裕なのだが、まあ良いだろう。部屋の隅から背もたれのないチェストを持ってきて当間も腰を落ち着ける。

「さて、先ずは簡単にご紹介しましょうか。うちのエージェントで今回の任務に当たってもらったミィ君と、今回の積荷である救命カプセルに乗っておられたフーリヤ大使のお二人です」

「な…」

「フーリヤ大使の、ハイルードハルデアランラルドアランソーテスハイテースルートフォートです」

「同じくフーリヤ大使の、スティールドルーデンメリルローテンメリスモリスバックモールバックハイロードですわ」

立ち上がって華麗なお辞儀をする青髪の男女を前に、何もできず、唇を噛んで当間を睨み付ける木場。

「これはご丁寧にありがとうございます。僕は国家地球外知的生命体対策室の邦堂國昭申します。そして、こちらは室長の木場幸二郎です」

木場のフォローに邦堂が動いた。流麗な動きで立ち上がると爽やかな笑顔で挨拶を済ませる。その一連の流れの中で木場の足を踏んでおくのも忘れない。

木場は一瞬邦堂を睨みかけ、現状にようやく気づくと慌てて立ち上がり不格好な挨拶を済ませる。

互いの挨拶が済み一同が着席したところで、当間が木場に向き直る。

「そういった訳でして、任務も滞りなく完了しておりますので今日のところはお引き取りください」

「何を言うか、1人行方不明のままではないか」

邦堂に足を踏まれた痛みで少しは頭が働いたらしい木場が慌てて食い下がる。

「はて、先ほどは人ひとり行方不明と言っていましたが?」

ミィに視線をやりつつ惚ける。厄介払いなのだから、相手の勘違いを利用しない手はない。

「い、いや、違う。男性だと聞いている。そもそもそこの小娘は運転できる年齢ではないだろう」

「ミィは116歳だぞ」

ムスッと反論する。もっとも免許証は持っていなかったが。

「はあ、何を言ってるんだこの小娘は!!兎も角、行方不明者を出した貴様らには任せておけん。フーリヤ大使の護衛任務は国家地球外知的生命体対策室が引き継ぐ!」

肩で息をしつつ、金切り声で一気にまくし立てた。

「お断りしますわ」

「はい。僕もそれは嫌ですね」

二人のフーリヤ大使から冷静な待ったがかかる。

「貴方がたには頼みませんわ」

「な、なぜだ」

ワナワナと肩を震わせながら声を絞り出す木場。

「「面白くなさそうだから」」

単純明快。それは、怒鳴り散らしているオジサンへの拒否だった。

「しかし。しかし、こいつらは任務中に行方不明者を…」

「そうですわ。人数が足りなくなってしまったのでしたら」

青髪の男女は顔を見合わせてニッコリと頷き合う。

「「美月さんにお願いしましょう」」

実際は、人数が足りなくなった訳では無い。JA3S内にだってまだ優秀なメンバーはいる。しかし、得体の知れない木場に護衛を任せるくらいならば、それは些細な問題だった。

「それでは、決まりましたな。今日はこれにてお開きということで」

当間は笑顔でミーティングの終了を告げ、手で帰るように促す。

「うぐぐ…」

木場はまだ何か言い足りなそうにしていたが、

「クライアントの意向では仕方がありませんね」

邦堂は軽く両手を上げて降参の意を示し、早々に立ち上がってしまった。

孤立無援となった木場も慌ててそれに習うが、せめてもの腹いせにドアを思い切り蹴り開けてズカズカと出ていく。

「うっわ、男子中学生」

「あら、思春期ですの?」

「大変ですねぇ」

ミィが蔑みの声を上げ、青髪の男女も憐れみの意を示したのだ

が、それが木場の耳に入ったのかは分からない。オフィスで何やらまた叫んでいたからだ。

邦堂には聞かれていたようだが。

「ミィ君、すまんが美月君を呼んできてくれ」

「あいあーい」

木場が蹴り放ち、邦堂が丁寧に閉めて出ていったドアを、ミィは元気に開け放って出ていった。

当間は、やれやれと立ち上がってドアを閉めると、さてどうやってあの少女に説明したものかと、しばし思案に耽るのだった。



  ◆◆◆◆◆◆


ミィと美月が隊長室の扉を開けると、難しそうな顔の当間と、喜色満面のバカップル宇宙人が待ち構えていた。

「先ずは座って頂いて。そうだな、お茶を持ってこさせよう」

当間は椅子を勧めて、内線を取る。

美月は勧められるままに腰をおろしてキョロキョロと一面の顔を見渡す。やはり、明らかにこちらを意識してニコニコしているバカップルが怪しい。

「ちょっとミィ。あの二人、何か企んでない?」

隣に座るミィを肘でつついて、小声で聞いてみる。

「ん、ミィは〜、し、知らないよっ」

目が泳いでいる。これは完全に知っているやつだ。

肘でつつくのではなく、肘を打ち込めば答えてくれるのかしら。等と物騒なことを考えていたら、キャバ嬢がやってきてお茶を淹れてくれた。

お礼を言ってひとくち口に含むと、ダージリンの豊潤な香りに癒されて、物騒な考えはどこかに霧散してしまった。

全員のお茶が新たに淹れられ、キャバ嬢が退室したところで当間が口を開いた。

「美月くんに改めて頼みたい事があってだね…」

歯切れの悪いその口ぶりとは裏腹に、隣の宇宙人はやはり、ニコニコしながら何度も頷いている。

「大変に申し訳ないのだが、我々を助けると思って、是非とも宇宙人警護業務に協力して頂きたい」

そう言って、徐に頭を下げる。

「え?私がですか?!警護って?」

突然の事に頭が真っ白になりかける。

相変わらず宇宙人が首をウンウンと縦に振っているが、そちらに構っている余裕はない。

手伝うと言っても、何か特別にできる事など何もない。どうしていいのか分からずにあたふたしている合間にも、当間は話を続ける。

「特別に何かしてもらうとか、命を張ってもらうとか、難しいことも危険なことも無いと約束しよう。ただ、失踪してしまったウチのエージェントに代わって、彼らのエスコートをお願いしたい。これは、彼らフーリヤ大使お二人から直接のご依頼でして、ウチの社員ではないから無理だと忠告はしたのだが」

ウンウン頷きつつ、二人の顔が近づいてくる。

やっぱりバカップルの企みか。

「やかましいっ」

身を乗り出してきた二人にトトンっとチョップを入れて撃退する。

「…」

「さっすが美月」

「ひどいなぁ、美月さん」

「わたくしたち、新婚旅行ツアーガイドをお願いしたいだけですのに」

「「ねー」」

美月のチョップに当間は絶句し、ミィは称賛して、バカップルは不平を述べた。

しかし、そんな賛辞も不平不満もどうでも良い。

今、なんて言った?

「新婚旅行のガイド?ここってそんな会社だった?」

意味が分からずに、思わず聞き返す。

「いや、確かにそういった事もやりかねない会社ではあるのだが、今回は違うんだ」

当間の発言が弁明の様に聞こえてしまうのは、彼の実直さ故だろう。本来であれば、やりかねない等と知らせる必要はないのだが、美月には好感としてとらえられたようだ。

「あくまで、世界各国に一律で来訪するフーリヤの大使をお迎えする際の国内護衛というのが、政府からの依頼であるのだが。どこでどうなっているのやら」

当間は頭を抱えてしまった。

「「ご心配は無用ですよ!」」

ご心配の源がステレオで元気よく語り始めた。

「わたくしたちは、確かにフーリヤの大使です」

「そこは間違いありません。ただし」

「「抽選で当選した民間人の大使なのです!!」」

二人向かい合って両手を繋ぎ、それから片手を離して大きく広げるポーズをとってみせる。

「はぁ…」

とか、へぇ。といった反応につつまれるも、二人の世界はおわらない。

「わたくしたち、実は新婚ホヤホヤなのですが」

「恥ずかしながら、新婚旅行の予定も決まらぬままでして」

「どうしようかと悩んでいたところで、今回の当選通知を受け取りましたの」

「ぼくたちは」

「わたくしたちは」

「「フーリヤで、初めて地球へ新婚旅行へ行くカップルになったのですっ!」」

しんと静まりかえる空間。

「…本当にただのバカップルだった」

ミィの辛辣な一言が全てだった。


  ◆◆◆◆◆◆

     11

家地球外知的生命体対策室

今回のフーリヤ大使はアメリカ、ロシア、EU等の主だった勢力圏に対して派遣されているそうだ。

中でもアメリカは国連本部がある兼ね合いで王家の方が来るとか、どこそこは大臣クラスのだれそれが来るとか、テレビで話題に取り上げていた。美月はかじる程度にしか見ていなかったが、それでも1つだけわかった事がある。

他所にはフーリヤ政府の要職が派遣される中、日本にはこのバカップル。つまり、日本は全く重要視されていない!

道理で日本の話が話題にならなかった訳だ。

どんよりとした目でお気楽な新婚さんを見てしまう。

「美月、ほら目が死んでるよ。お茶飲んで。ほらお菓子食べて」

ミィが気を利かせて食べ物を口に放り込んでくる。

「って、やめなさいっ」

ミィをチョップで沈めておく。

「ナイスなチョップだぜ、美月」

机に突っ伏したままのミィから賛辞を受け、恥ずかしくなって下を向く。

「あー。そろそろ情報の整理をしようか」

場の空気がとっ散らかる前にと、当間が慌てて口を開いた。

「まず、ここのお二人は国賓として迎えられることが閣議決定されている。民間人とか、新婚旅行と言うのは、一旦脇に置いておこう」

お気楽フーリヤ人の2名をそう定義したようだ。

「国賓にチョップってすげーや、美月!!」

ミィが茶化してくる。のだが、これって本気で笑えない状況なのでは?美月は逃げ出したい気持ちで震えそうになる。

しかし、当の二人組は全くもってケロッとした様子であった。

「ツッコミっていうんですよね」

「この初めて経験するノリが楽しくて、美月さんにお願いしたんですの」

「「ねー」」

当人たちに怒った様子が無いのは幸いだったが、この先どうなるか分からないので気をつけようと心に誓う。

「と、これがまず大前提」

当間が話を続ける。

「次にこれまでの経緯を簡単に説明させてもらおうか。まず、昨日の午前中、本来の予定にはないフーリヤからの荷物が届いたとの連絡があり、その受領のために主力の京浜君とミィ君を向かわせるも、受領後にトラブルに巻き込まれて両名とも失踪。その後、先ほどの男が訪ねてきて、警護の全権を引き渡すように要求してきたのだが、お引き取り頂いた。これが昨日までの話だ」

「先ほどの男って三角形の事?」

「ん、三角形?ああ、そうだな。その時は一人だった」

ミィの問いに少し考えてから当間は頷いた。

「図々しい三角形だな。昨日断られたから今日は仲間を連れてきたのかっ」

お怒りの様子で机を叩く。ミィはよほどあの三角形が嫌いらしい。かく言う美月も好きにはなれないのだが。

「そして、今日の話なのだが、先ほどまでいたあの男が再び訪ねてきた。名前は木場幸二郎。一昨日までは霞が関で働く国家公務員だった男だ」

そう言って、胸元から一枚の名刺を取り出して机に置いた。

美月が覗き込むようにして名刺をみると、こう書かれてあった。『国家地球外知的生命体対策室 室長 木場幸二郎』

「うわぁ」

「うへぇ」

一緒に名刺をのぞき込んでいたミィと同じ反応をしてしまう。

「前日まで何者でもなかった男が翌日には新規部署の室長を名乗っているなんて、怪しいだろう?」

「隊長調べたの?」

ミィが尋ねる。

「そりゃあね、宇宙人絡みの新部署がウチに断りもなく出来たって事なら、霞が関のお友だちに聞いてみるわなぁ。こう見えて、ウチって政府公認だから。」

「ほえー。で、どーだったん?」

「部署と肩書は本物だった。しかし、誰が決定してこさえたのかも、人選を行ったのかも、誰も知らんそうだ」

「変なハナシー。んで、そこがミィたちには任せておけん。ってカチコミに来たと」

「そんな所だ。この案件を完全に引き渡すか、もしくは欠けたウチの人員の代わりに木場の指名した男に警護を任せるかの二択を強いてきた。で、ここからが美月君に関わってくるんだが、木場を追い返してしまったんだ、大使のお二人が」

「ふふふん。わたくしたちの護衛はわたくしたちで決めます。って言ってやりましたわ」

得意顔で宣言する。

「確かに、それが決定打になって帰っていったわけだ」

当間もそこは認めざるを得ない。

「「そういう訳です。美月さんよろしくお願いします」」

なぜ自分なのか、そこだけはどうしてもわからないが、美月が入ることで丸く収まることはわかった。

わかったが、引き受けるとは別問題だ。

「そうは言われても、メンバーの人襲われてるんでしょ?しかも、その人って……」

そう、JA3Sのナンバーワン・エージェントだ。

「地球人が襲い掛かってきてもへっちゃらですよ」

「追い返すくらい訳ありませんわ」

「「ねー」」

どんな根拠か知らないが、バカップルには一切危機感がない。

「そっちは平気でも、あたしは地球人だってのっ」

それも、なんの訓練も経験も積んでいない、ただのか弱い女の子だ。実際に口に出すとミィに突っ込まれそうなので、そこは黙っておくが。

「細かいこと気にしすぎですよぅ」

「「ねー」」

なおも現実の見えていないバカップルに、美月は眩暈がしてきた。

「お願いします。ね、いいでしょ」

「フーリヤからも護衛料お支払いしますからー」

「「一生のお願いだから!!」」

アランとメリルのお願いに熱がこもる。

「そんな、小学生みたいなお願いされても困るんだけど?!」

どこで覚えてきたのか、これでは駄々っ子小学生だ。

しかし、これを好機と見たのは当間だった

「美月くん。フォローはもちろん、こちらの人員で行うので、君はミィ君と一緒にフーリヤ大使のお二人について回るだけで構わない。危険な事など起こらないと約束しよう。しかも」

そう言って、懐から1枚のカードを美月に差し出す。

「任務中は衣食住から全て経費だ。上限は無いから自由に使ってくれて構わない」

そう言って、金色に輝くクレジットカードをそっと美月の手に握らせる。

「へぁ…は、はい…」

暑苦しい程のステレオのお願いと、見たことのないゴールドカードの魅力で美月の頭はショート寸前。

よくわからないままに押し切られていた。


  ◆◆◆◆◆◆

     12

氷守美月は流されやすいという自覚がある。

いつからそうであったかは分からないが、おそらくは小さい頃からずっとそうだったのだろう。しかしそれを明確に自覚したのは比較的最近の事である。


美月が地元の高校を卒業した頃の事だった。

都内にある短大への進学が決まり、寮の申請に赴いた時のことである。


「ちょっとそこの彼女ー」

寮前で、たちの悪いナンパの様な声をかけてきたのは、ショートの髪を綺麗な金髪に染めたバンドマン風の女性だった。年の頃は美月とあまり変わりなく見えるが、切れ長の目が少し血走っている様で気圧されてしまう。

「この寮に入る学生さんかな?」

徐ろに話しかけられて、当時はまだ純真で引っ込み思案だった美月は返事をするのが精一杯で、「えあ、はぃ…」等と消え入りそうな声で返したものだった。

「そーかそーかぁ。それは丁度いい」

そんな美月の様子に金髪の女性はニンマリと笑う。

「ちょっとあたしの家に来てくれない?お茶くらい出すし、悪いようにはしないからさ」

目が笑っていない笑顔でそのような事を言われても恐怖でしかない。勇気を振り絞って断りを入れようとしたのだが、がっしりと肩を掴まれて引き寄せられていた。



成り行きのままに連れて行かれた家は、住宅街にある低層マンションの一室だった。オートロックこそないが、手入れの行き届いた建物だ。

「どーだい、悪くない部屋だろう?まぁ、そこに座ってゆっくりしてくれよ」

言われるままに、居間のテーブルの前に腰掛けると、ショートケーキとコーヒーを盆に乗せて持ってきた金髪女性も正面に腰を下ろした。

「あぁ、そうだった。アタシの名前は三杉綾香ってんだ。名前も名乗らずに連れ込んで悪かったね」

「あ、はぃ。氷守美月…です」

「美月、ね。オーケー、まあまあまずは食べてくれよ」

そう言われ、勧められるままにケーキを一口、口に入れた瞬間。またニヤリと三杉綾香が笑った気がした。

「実はさぁ、ちょっと困ってるんだ。聞いてくれるか?」

三杉綾香は、急にトーンを落として真面目な表情をつくる。

ガチガチに緊張した借りてきた猫は、黙って頷くしかない。

「そーかそーか、ありがとな。アタシも美月と同じコトに通ってるんだけどさ、寮が嫌でここを借りてたんだよ。ただし、お察しの通り一人で借りるにはちょっとお高いんだ。まあ、おばちゃんのご厚意で、相場よりはかなりお得な値段なんだけど。それでも貧乏学生にはちょっとね。そこで、ルームメイトと2人で折半して家賃を払っていたんだが」

ドンッとテーブルに手をついて身を乗り出す。コーヒーに波が立った。

「そいつと喧嘩しちまってさぁ。出て行っちまったんだ」

ため息をついて座り直すと、チラリと美月を見る。

「へ。あ、あの。大変…ですね」

「そーだろうそーだろう。そこでだ!」

ビシィと美月を指差す。

「へあ?無理です、無理ですよぅ!だって知らない人ですもん。仲直りの手引きなんて無理ですからぁ!」

「へ?いや、そーじゃなくてだな…」

美月を指し示していた指がふにゃりと下りる。

「ルームメイトになって欲しいなってハナシだったんだけど」

三杉綾香は、他人よりも少しだけ圧が強い三白眼でじっと氷守美月を見据える。

「え、ええと…」

こうなっては持久戦のにらめっこである。

美月は耐えた。本当に頑張って耐えた。

しかし、しばしの沈黙の後、先に目を逸らしたのは美月の方だった。



こうして、なし崩しに一緒に住むことになった三杉綾香 “センパイ” は、美月の人生と性格に多大な影響を与えることになる。

ちなみに、その日。

三杉綾香は新たなルームメイトを捕獲するために、朝から寮前で張り込んでいた。次々来る新入生の中で美月に声をかけたのは、偶然ではなく、用意した精一杯のエサである安物のケーキでも釣れそうだと判断したからだと後に語る。

更に、後に同級生に聞いた話によると、多くの新入生は「引き入れ失敗は家賃の危機」という、待ち伏せる三杉の殺気めいたものに恐れ、近づくことさえ出来なかったそうだ。

ぼんやりと自ら地雷原にとびこみ、流されるままにルームシェア生活を送った美月だったが、周囲から心配はされども、後悔はしていないと言う。




奇妙な1日延長戦!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ