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いま、宇宙にある日常  作者: 水無月 林檎
ep1。いま、宇宙(ここ)にある日常
6/23

04

ミスで重複部分があったので削除しました。


   5


 目的の駅は、小さなオフィス街のなかにひっそりと建っている。

 駅舎の周囲にはコンビニや会社員向けの商店がちらほらと確認できるだけで、駐輪場はあるがバスロータリーは無い。

 そんな小さな駅だが、近所には都心を通る地下鉄駅があるので規模の割に、乗り換え客需要で人通りはそこそこある。

   6

「この駅にあるのね? 

「うん。都営線の駅数箇所に会社の貸し切りロッカーがあるんだよ。タイアップ的な?ほら、ミィたちって半分公務員だから。で、ここもその一つだねー。いやー、昨日の夜ぶりだにゃー」

「夜?」

「そそ、逃げてる途中に立ち寄ったんだ」

 猫の姿は手が痛くて歩くのが大変なので、人の姿になるために服を取りに追手を撒いてロッカーの前まで来たけれども、扉を開けようとしたところで周囲に騒がれたので慌ててその場を去ったという。

「ミィは敵に追われるエージェントだからね。めだったり騒がれたりしてはいかんのだよ、ふふふ」

なんて言っていたけれど、速攻騒がれて何を自慢げに……って、ちょっと待て。

美月はたった数時間前、今朝の出来事を思い出す。

「ミィサン?ロッカー開けるときって、やっぱり人の姿に?」

「あったりまえじゃん。美月はロッカーの足元に猫でも手が届く猫用の操作パネルなんて付いてるのを見たことがあるのかね?でねでね、その時にロッカーの番号と暗証番号控えたメモをミィの巾着から取り出して確認したのを思い出したんだよ!だからね、ここまではちゃんと荷物持ってた!つまり、ここから先ミィの足取りを辿れば見つけられるってワケさっ」

名探偵現わる!みたいな勢いで心の口ひげを撫でつつドヤ顔で語るミィを他所に、美月の表情は完全に死んできた、呆れで。

あー、やっぱり。と、いうことは……。

「まるっきり痴女じゃないのよっ!!」

猫の姿で駅に着く。ロッカーを開けるために人の姿になる。スッポンポンでロッカーから服を取り出す。

駅の中に全裸の女の子がいたら、それは騒ぎにもなるだろう。

ロッカーに衣服を預けておくというこのシステムには致命的な欠陥があると確信した美月だった。

猫から人の姿に変身するときは、よーく周囲の目を気にする様にとキツくいい含めてから駅構内に入る。

ロッカーは、改札を通るより前に設置されているらしい。

美月は学生の時分にはここから学校へ通っていたし、学校から近いからと決めたバイト先だって卒業した今でもここから通っている。

でもロッカーなんてあったかな?これまでの記憶を辿っても思い当たらない。しかし、美月には使う機会がなかったからなのだろう、今までずっと見落としていたようだ。

意識して見ないと気づかないような駅構内の片隅に、目的のコインロッカーが並んでいた。

並んでいたとは言っても縦に4つ横に3列。そんなに数が多くない上に、広告やパンフレットの配布棚にすこし隠れてしまっている。意図的に隠したという風ではなく、ロッカーも棚も邪魔にならない場所に押し込んだ結果がこれなのだろう。

「それじゃ、ラジオ取ってくるよっ。暗証番号は肉々ー。肉々2929っと」

ここのコインロッカーには物理的な鍵がない。集中管理しているコンソールにコインを投入してロッカー番号を指定し、4桁のパスを設定するとロックされる仕組みになっている。預けたものを取り出す際は、やはりコンソールでロッカー番号を指定して、先程設定したパスを入力すると開くのだが、

ミィが本来なら隠しておくべき情報を大声で連呼しつつ飛び出していった。

「こら、そんなの大声で公言するんじゃありません」

美月も慌てて追いかけるが、時既に遅し。ミィは素早くパネルに暗証番号を入力し終えてロッカーの扉を開けていた。はい、これでロッカー番号と暗証番号の組み合わせが一般公開されてしまいましたっと。

「ちょっと、危機管理が無さ過ぎよ」

「なんの事?それよりも、ほいラジオ」

小さなカードサイズの本体にイヤホンのコードがぐるぐると巻かれた物を渡された。近年はあまり見かけなくなったが、シンプルな携帯ラジオだ。

「へぇー、やっぱり初めて見るわ。で、どうやって使うの?」

「ボリューム回すと電源入るから、あとはチューナーのプラスとマイナスで周波数調整。長押しするとオートスキャンって言ってたよ」

「言ってた。って、使ったことないの?」

「余計なもの持ち歩きたくないもん。どーせ変身したときに落としちゃうし」

ロッカーの中をガサゴソとしながら投げやりに答える。

「まぁいいや、不用心だからロッカーの暗証番号変えておきなさいよ」

美月は呆れた声でそう言って、狭いロッカースペースから少し離れる。そして、改札へと続く通路の壁に寄りかかって、渡されたラジオを観察してみる。ボタンは少ない。これならなんとかなりそうだ。

まずは、イヤホンを片方だけ付けて「ボリューム」と書かれたダイヤルを回してみる。最初、カチッと言う軽い抵抗があったがその後はスムーズに廻り、ダイヤルの動きに合わせてザーという雑音が大きくなる。

今度は逆に回してみる。すると徐々に雑音は小さくなっていき、カチッというと雑音は完全に消えてダイヤルはこれ以上回らなくなった。どうやら完全にミュートされると電源も切れるらしい。

今度は「チューナー」と書かれた2つあるボタンの「+」を押してみる。ピッっという電子音がなったが雑音はそのままだ。続けて数度同じボタンを押してみたが、押した回数だけ電子音がなるだけで何も起こらない。相変わらずノイズ音だけが流れてくる。

長押しでオートスキャンって言ったっけ?オートって言うからには押せばどうにかなるに違いない。それくらいの気持ちで押してみる。美月は知らなかったが実際その通りで、自動でチューニング周波数をスライドしていき一定以上の強度の電波を拾えたところで止まるという仕組みになっている。ラジオ局の周波数を覚えていなくてもどうにかなるスグレモノだ。

ピッピッピッピッピッと先ほどと同じ電子音が連続で流れる。すぐにどこかのラジオ局の周波数に当たり、イヤホンからは雑音ではなく番組が流れてくるはず……だった。

一定のテンポでなっていた電子音は、ピーピッというこれまでとは違う音を最後に停止した。チューナーの対応している周波数の終点に到達したのだが、美月には訳が分からないのでもう一度「+」を押してみる。

ピーッピ

またしてもイヤイヤするような電子音。

仕方がないので今度は「-」の方を長押ししてみるが、同じようにピッピッピッピッピッとしばらく鳴ったあとに、あのイヤイヤするような音で停止してしまった。

おかしいな壊れているのかな?ミィも使ってないって言ってたし、動作チェックとかしているとも思えない。

「ねぇミィ」

ミィのいるロッカースペースに向かいつつ声をかけてみる。

「このラジオ雑音ばっかでなにも聞こえないんだけど」

「えー、例の追手がそこに居るんじゃね?フヒヒ」

つまりラジオが壊れているのではなく、電波障害が起きていると?

「怖いこと言わないでよって、おおぅわぁ!?」

目に入ったミィの姿に驚いて、思わずラジオを落としてしまう。

「なんで脱いでるのよ!!」

本日二度目のスッポンポンがそこにいた。一瞬、三度目だったかな?とも思ったが、それは「昨日脱いでちょっとした騒ぎになった」という話を聞いただけで見たわけではない。見た訳では無いが。

「外でほいほい脱ぐんじゃありませんって注意したばっかりでしょうっ!!」

駅の前でキツーく注意してから、まだ10分も経っていないはずだ。

「いやいや、誰も居なかったのに美月が勝手に入ってきたんじゃないかー」

「あたしで良かったでしょ!知らない人だったら大騒ぎ。駅員さんだったらポリス沙汰でしょうに!そもそも、なんで更衣室覗いたみたいになってるのよ?!誰も居なくたってこんな場所で脱いじゃ駄目なの」

「そんなの誰が決めたんだっ」

「国が決めたのよ」

「ぐぬぬ、こーなったら革命しか」

「馬鹿なこと言うんじゃありません。で、なんで脱いでるのよ」

「着替えたい、地味ジャージ嫌だ」

着替えるのにいったん全裸になる意味とは?そんな疑問をぐっと飲み込んだ。

「……はいはい、あたしも自分の名前の入った服着てる人が突然脱ぎだしたとか変な噂になるのは嫌だわ」

怒る気力も無くなるほどに疲れ果ててしまったので早く着替えてしまうように言って、落としてしまったラジオを探す。

パンフレット棚の下に転がっていったような。そう思い、屈んで覗き込んでみると何か落ちているのが目に入った。ラジオではないが、気になって手を伸ばす。丸い、小さなボールのような……。

美月の手がそれを掴んだ瞬間のことだった。

ピカーっと、小さなボールから虹色の強烈な閃光がほとばしる。

「今度は何なの?!」

 反射的にミィを見る。トラブルメーカーが真っ先に疑われてしまうのは仕方のないことだろう。

「ミィも知らないよ!」

 しかし、ミィにも心当たりはない。今回ばかりは彼女の仕業ではないようだ。

 急な出来事に美月はパニック寸前、思わず光り輝く球を取り落とす。

 球は、コトリと地面に落ちて、いっそう強く光を放ち始めた。ミラーボールよりも派手で、カメラのフラッシュよりも強烈な光が、まるでバケツにぶち込んだ赤緑黄の光の三原色を、子供が粘土を捏ねるような動きでぐねぐねと混ざり合うようにうねる。

 駅構内が、見たことのないサイケデリックな光に包まれた。その異様な光景に、周囲も騒然となる。

 何これ??物凄い勢いで爆発したらどうしよう!

 一瞬のうちに美月の中で色々な憶測が駆け巡ったが、どの予想にも反して、玉から飛び出したサイケデリックな光は徐々に変形して、二人の人間のシルエットを形作りはじめる。

「「はじめまして」」

「ぼくの名前は、ハイルードハルデアランラルドアランソーテスハイテースルートフォート」

「わたくしの名前は、スティールドルーデンメリルローテンメリスモリスバックモールバックハイロード」

「略して」

「ハルデアランルートフォート」

「ルーデンメリルハイロード」

「「と呼んでください」」

 光のシルエットは、やがて妙な格好をした若い男女の姿に変わり、おもむろに自己紹介を始めた。二人が絶妙のタイミングで交互に言葉を継ぎ、まるで一人のセリフであるかのように話す、不思議な話し方だ。それにしても、本当に名前なのかと疑いたくなるほど長い。略した方でさえ、一度聞いただけで覚えることは難しい。

 不思議といえばその姿も不思議で、何度見直しても人間では無さそうだ。顔立ちは黒目勝ちなアーモンド形の瞳と、西欧の昔話に出てくる妖精のような先の尖った耳が特徴的で、髪は夏の空か南国の海を思わせる澄んだコバルトブルー。四肢は華奢ですらりとしている。背丈は美月とそれほど変わらないが、そのほっそりとした容姿から一回り小さく見える。透けるような真っ白な肌は、光の加減によっては病弱な青白い肌にも見えなくは無いが、好奇心に満ちた表情がそれを全否定している。

 得体の知れない生命体に淀みない日本語で自己紹介されてもどう返してよいものか解らずに、次の動向を見守る。

 ざわめいていた周りの野次馬も、ただ息をのんで事の成り行きを見守っている。

 しばしの沈黙の後、自己紹介を終えて笑顔で立つ二人の前に、ミィがスッと一歩前に進み出た。

「ミ……ミィの名前は、寿限無寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ……」

「やかましいっ!何に対抗意識燃やしてんのよ!」

 ミィにツッコミを入れて黙らせる。しかし、

「凄いですわ」

「地球人の名前も長いのですね!」

「わたくしたちの子供には負けない様もっと長い名前を付けますわ」

「「ねー」」

 最後の「ねー」は、息ピッタリで二人から同時に出たセリフだ。ご丁寧に向かい合って手を繋ぎ、ちょっと首を傾げてみせるポーズまで付いている。謎の男女、改めバカップルはすっかり感心した様子でどれだけ長い名前にしようかと相談を始めたが……やめておこうよ、きっと名付けられる方も迷惑だから。ミィの名前だって嘘だし。そう思った美月だったが、面倒事に巻き込まれる予感がしてそっと心の奥に留めておいた。

 ただ、今の一件でこの謎の二人組みは、得体のしれない存在からただのバカップルに降格されてしまったようだ。美月の中で彼らに対する警戒が急速に薄れていった。ただ単に呆れただけだとも言う。

「レフリートツィートレフリートデリルマシュースタフルレリフルールルーブルイフリティアスレイナンシートバーバラバーバリフィファーティア」

「なんて、どう思います?」

「どうって、何の話?」

バカップルの問いかけに、意味が解らず困惑する美月。

「バカだなぁ、美月は。復活の呪文だよ。そんなに長いとメモるときミスって泣く子供続出だから、バックアップメモリーをだね……」

「ミィ、あんたは黙ってなさい。あと、早く服着て」

ミィには初対面は全裸で。という暗黙のルールでもあるのだろうか?美月は、ミィを後ろに押しのけて黙らせる。が、今度はバカップルが困惑の表情を浮かべている。

「バックアップ……?」

「何を言ってますの」

「「子供の名前ですよ」」

 どうやら、さっきの長い謎の言葉は名前の候補だったらしい。しかし、美月にはこのバカップルのセンスも長い名前の素晴らしさも理解の範囲を越えていたので、

「あー。よくわかんないわ、ゴメンね。そんなコトより、あなたたち何者?」

 と、すっかり緊張感も薄れた所で、今更感の漂う質問をぶつけてみる。

「「え?」」

「聞いていませんか?」

「フーリヤの地球視察団メンバーですわよ」

「ふーり……?なに?」

 美月にはやっぱり解らない答えが返ってきた。

「フーリヤ。惑星フーリヤですわ」

「僕たちはそのフーリヤという星から来ました」

「あなたたちから見れば、わたくしたちは宇宙人という事になりますわネ☆」

 何かを期待するようなキラキラした眼差しで、ちょっとしたポーズを決めてバカップル。

「はぁ、宇宙人……ですか」

 しかし、今朝……ほんの数時間前のミィとのやり取りを思い出して、ガックリと肩を落とす美月。

宇宙人って、こんなのばかりなの?

うんざりする思いで、大っぴらに着替えているミィとニコニコとこちらを見ているバカップルを交互に見比べて、大きなため息をつく。

「おや、随分と反応が暗いですね」

「この国ではもう珍しくないのかしら?」

 美月の反応に、バカップルはちょっと残念そうだ。

「いや、珍しいけど。そのセリフ聞いたの今日2度目なんで……」

「まぁ、先を越されてしまいましたのね」

「もっと早く会えたら驚いてもらえたのに」

「残念ですわ」

 何を期待していたのか解らないし、そもそも、1度目のミィに巻き込まれなければこの2度目のセリフを聞くことも無かったのに……なんて説明しても仕方ないので黙っていた。代わりに、

「とりあえず、場所を変えるわよ」

 そう告げて、美月は自称宇宙人たちの手を引いて歩き出す。全裸猫娘と派手な発光騒ぎに意味不明な発言の数々…。少しどころじゃなく悪目立ちし過ぎた。周囲を囲む好奇の目にいたたまれなくなって、視線を落としてツカツカとその場を退散する。

「え、待ってよー」

ズボンを手に持ったミィも追いかけてくる。下はスッポンポンで。

「あー、もぉっ!ちゃんと穿いてから来なさい」

ホントお願いします。これじゃ場所変える意味ないじゃない……。


 幸い、その場の誰もが美月たちの後を追ってくることはなく、一人、また一人と野次馬たちはもとの日常に戻っていった。

 きっと、周囲の目からは「遠くからそっと眺める以上に関わってはいけない」と、そんな存在に映っていた事だろう。

 恥ずかしくて当面この場には近寄れそうにない。しばらくの間、この駅は封印して隣駅まで自転車で行こう。これは。ダイエットだよ。冬ってほら、太るし。

 なんて、自分を騙すのもそろそろ限界だなと、もちろん美月も気づいていた。


ーーーーーー

     7

 小さな駅とはいえ、東京。夕方前のこんな時間に人目を避けて……なんて、そんな都合のいい場所は見つからないので、人ごみに紛れるようにして先ほどの場所から移動して少し離れたコンビニ駐車場の隅に陣取って一息つく。早足で歩いたことよりも、恥ずかしさで頬が熱い。

「タムロするならコンビニ前だよね!美月わかってるじゃんっ」

ミィが楽しげに美月を褒める。いったいどこのヤンキーだ。美月もいわゆる地方都市で育ったのでわかるのだが、なぜかちょっぴりヤンチャなワカモノはコンビニ前に集合する習性がある。当時は怖くて近寄らないようにしていた側だが、二十歳を超えてまさかの集合する側デビューとは思いもしなかった。

 小さく深呼吸をして、美月は改めて周りの面々の容姿を観察する。そして、大きくため息をつく。このメンツにタイトルを付けるならば「完全自由奔放適合、社会不適合集団」がピッタリと当てはまるような面々だったからだ。

 着替えたミィの服は、赤いレザーのジャケットと、同じくレザーのパンツで、腿やら肩やらにベルトがあしらわれた「UKロックスタイル」というやつだ。服を着ることには無頓着だが、衣装のチョイスはなかなかに決まっている。ただし、この格好の人とバッタリ出会ったとして、進んで仲良くなりたいかと問われれば断固としてNoだ。

 そして、二人の自称宇宙人改めバカップルの方は、冬なのに肌にピッタリとした斬新なデザインの薄着と、頭に巻いた虹色の透き通った布や、見たことのない鳥の羽飾りは、無理やり一言で言い表すならば「ホログラフィック民族衣装」だ。目を引くが、渋谷あたりにいけば、彼らより遥かに「飛んでいる」格好の人間に出会えるだろう。「コスプレ」もしくは「バンドの衣装」とでも言えば通ってしまいそうだ。こうして改めて見ると「普通」の範疇にギリギリ入りそうな気もするが、「様子がおかしい」言動の方は要警戒だろう。

 とは言え、幸いな事に辺りには美月たちに注意を向ける者は誰もいないようだ。

「それじゃぁ改めて、えっと……名前」

失礼だとは思うが名前が出てこない。いや、あんな長い名前が一度で覚えられるはずがない。口ごもっていると、二人が気を利かせてくれたようだ。

「ハルデアランルートフォートです」

「ルーデンメリルハイロードですわ」

 改めて名乗り直してくれる。

 とは言えだ、発音も日本の五十音とは異なるそれを覚えられるかというと、そうもいかない。美月は名乗られた名前を必死に頭の中で繰り返し再生し、その中からなんとなく馴染みのあるような部分を抽出することに成功した。

「アラン。そして、メリル」

 ビシっと指さしてキョトンとしている二人に告げる。

「これは、そう。あだ名よ。親しみを込めて付ける愛称!」

 無茶を通すには勢いが大切。今がセンパイに学んだことを実践する時とばかりに力強く、虚勢を張ってみせる。

「「あだ名、素晴らしい」」「ですわ」「ですね」

 見事なハモりで二人が喜びの声を上げる。

 どうやら通ったらしい。心のなかでこっそりとガッツポーズをとる。

「気に入ってもらえてよかったわ。あたしは、美月よ。ミツキって呼んでね」

 タイミングも良さそうなので自己紹介を済ませてしまう。その際、さり気なくあだ名を付けられる可能性を潰しておくのも忘れない。これまでの短いやり取りで嫌な予感しかしなかったのだ。

「それと、こっちはミィよ。あなた達が出てきた玉はミィが持っていたんだけど、落としてしまったみたいなの。あたしはそれを探すのを手伝っていた部外者よ」

 できることなら会話の主導権をミィに渡してしまいたい。そんな思惑があったのだが、当事者であるはずのミィは、通りすがりの美月以上に解らない顔をしている。

「それで、アランとメリルはーー」

どういったご用件で。と続けるのを遮るようにして、何かを察した二人が説明をはじめる。

「地球とフーリヤとの国交を本格的に始めるための準備が間もなく整うということで」

「地球の各国との文化交流の一環として親善大使を送ることになりましたの」

「そこで、一斉に……といってもちろん時差は考慮しますが、主要な国にそれぞれ数名の要人が訪問する事になっていまして」

「わたくしたちは親善大使の日本国担当として来ましたの」

そう言って優雅に一礼する。

言われてみれば、初めて宇宙人が地球に降りてくるってことで海外では大騒ぎになっているというニュースを見たような気がする。熱狂的なUFOマニアが何日も前から場所取りで押しかけてきていたり、反宇宙人を掲げるデモが連日連夜長い行列を作っていたりといった報道があったが、まあ遠い海外の事と聞き流していた。

だが何故だろう。日本にも来るという話は知らなかった。ニュースはそれほどしっかりとチェックしている訳ではないので偶然耳に入らなかっただけなのかもしれないが。

それでも日本ではあまり話題になっていないように思える。

「あれ?ちょっと待ってよ」

 美月の長考を遮って、ミィが急に声を上げた。

「使節団が来るのは今日の予定だよ。それに、昨日受け取ったのは荷物1つで、使節の人だなんて聞いてない」

 ミィの言葉にバカップルの女性の方が怪訝な顔をする。

「あら、いやだ。ちゃんと説明しましたのに」

「急な事情で、僕たちだけ一日早く来ることになったんです」

 バカップルの男性の方も後に続いた。なんど見ても、見事としか言いようのない連携だ。

「本当に聞いていませんの?」

「聞いてないよ、急に小さな荷物が1つ降りてきたから取りに来いって。昨日急に言われたんだもん」

 念を押すも、やっぱりミィは知らないと言う。政治的な話には明るくない美月だが、それでもにわかに雲行きが怪しくなってきたのが解る。予定外の訪問者って事だろうか?だとしたら、使節団という話も怪しくなってくる。そもそも、なんであんな小さな球に入って隠れるようにして来たのだろう。

「ねぇ、あなたたち。なんであの球に隠れていたの?」

「隠れていた?」

 美月の問いに、ようやく得心がいったという様子のバカップル。

「もしかして、これの事ですか?」

 そう言って、例の球を見せてくれる。

「そう、それよ。それ」

「これは、脱出ポッドですよ」

「脱出ポッドを持ち歩くのは常識ですわ」

「もしもの時もこれさえあれば大丈夫。大気圏突入だってへっちゃらです」

「この国でも、もしもの時に備えて学校の名札の裏に10円玉を入れておくって言うじゃありませんか」

「それと同じですよ」

 ずいぶんとレトロな例えで説明してくれる。 

 残念ながら、そんな風習は古い漫画の中でしか見たことが無かったが。ともあれ、地球暮らしの美月には今ひとつしっくりは来ないが、それが「宇宙が身近にある」という事なのだろう。

「まぁ、それが脱出ポッドだって事は解ったわ。問題は、なんでそこに隠れていたかよ」

「それは……」

「えぇと、気を悪くなさらないでくださいね」

 そう前置きして、本当に申し訳なさそうに説明を始めた。

「この星のシャトルがあまりもの旧型でしたので」

「不安になってしまいましたの」

「歴史博物館でしか見れないような技術で飛んでいるんですよ」

「実物が見れるのは素晴らしいのですが」

「実際に乗るとなると」

「「ねー。」」

 この「ねー」は言葉を濁す際にも使われるのか。使いどころをわきまえているというか、侮れない宇宙人である。

 つまり、事の真相はこうだった。事情で一日早く地球に降りる事になったバカップル。衛星軌道上の新国際宇宙ステーションで日本行きの連絡シャトルを待っていたのだが、使われているシャトルがあまりにも旧式で怖くなり、大気圏突入失敗で落ちても大丈夫なようにと、手持ちの脱出ポッド避難したまま地上に降りる事に。しかし、どこかしらの連絡ミスで係員は乗客は乗船キャンセルと判断して、とりあえず荷物だけを地上に降ろした、と。こういう事らしい。なんとも迷惑な話である。

「なんとなくの事情は解ったわ」

警戒ばかりしていても仕方がない、美月は二人に笑顔を向ける。神妙な表情で話を聞いていたミィも。

「わかんないけど、まーいいや」

理解するのを諦めたらしい。

「ミィはあの変な玉を持って帰ってこいって言われただけだし、玉のオマケとして二人も持って帰ればいっか」

思考することを完全に放棄したらしいミィは、軽いノリでお家に帰る宣言をする。

こらこら、要人をオマケ扱いするんじゃありません。

とはいえ、部外者である美月がこれ以上立ち入ったところで仕方がない。わずかな好奇心を満たす以外に得るものは無いだろう。美月は家に、ミィは球とオマケのバカップルを連れて事務所に、それぞれ帰るという事で話はまとまった。


 美月の、徒労感たっぷりの奇妙な一日は、ようやく終わろうとしていた。






奇妙な一日終了?

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